AIをはじめとするテクノロジーの急速な進化により、企業やビジネスの前提そのものが書き換えられつつあります。変化の終着点を予測することは、もはや誰にもできないでしょう。
そんな時代だからこそ「どこへ向かうか」を見据えることだけではなく、パラダイムシフトの波のなかにあっても自分自身を正しくナビゲートできることが大切になるのかもしれません。何を信じ、何を拠り所にして動き続けるか。その「軸」を持つことこそが、いかに時代が激しく動こうとも、生き抜くための力になります。
時代が激変したのは何も現代だけではありません。人類は幾度も、程度の差はあれど変化を経験してきました。そして、人類はその都度、自らの経験を後世へ伝えようと言葉を綴ってきたのです。世代を超えて読み継がれるような本を手に取り、「何が変わり、何が変わらないのか」を考えるのも、変化のなかでも指針を形づくるのに役立つことでしょう。
今回はALL STAR SAAS FUNDのメンバー6名が「激変の時代だからこそ、スタートアップ起業家に読んでほしい1冊」をテーマに本を選びました。それぞれの経験と言葉を交えて、読むべき理由を語ります。
今回紹介する6冊
- Gambling Man: The Secret Story of the World's Greatest Disruptor, Masayoshi Son - Lionel Barber(前田ヒロ)
- Unreasonable Hospitality: The Remarkable Power of Giving People More Than They Expect - Will Guidara(小林千尋)
- 二番目の悪者 - 林木林(関根未佳)
- やり抜く力 GRIT(グリット) - アンジェラ・ダックワース(楠田 司)
- 成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法 - 加藤洋平(神前達哉)
- Make Something Wonderful - Steve Jobs Archive(湊 雅之)
前田ヒロ|マネージングパートナー
不確実性のなかで、自らの“conviction”に従う
書名:Gambling Man: The Secret Story of the World's Greatest Disruptor, Masayoshi Son
著者:Lionel Barber(Atria/One Signal Publishers、2025年1月)
「ウォール街が過去10年間で急激に変動するなか、私たちの生活はこれまで以上に少数の傑出した投資家の良識とリスク選好に依存するようになった。ブラックロック、バンガード、バークシャー・ハサウェイといった投資家たちのなかで、おそらく最も型破りな人物がソフトバンクの孫正義である。綿密な調査とインタビューに基づき、ソフトバンクがいかに常識や圧倒的な困難を乗り越え、世界のテクノロジーと商業を未来へ押し進めてきたのかを描く。」
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「変化が読めない時代に、どう張るか」を体現した人物の伝記として、この本を選びました。
孫正義さんは、PC革命、インターネット、中国の台頭、そしてAIと、テクノロジーのパラダイムシフトのたびに誰よりも大きく賭けてきた人物です。本書にもAlibabaへの初期投資やArmの買収など、周囲から無謀と言われた意思決定が数多く描かれていますが、同時にWeWorkで多額を失うような壮絶な失敗もリアルに記録されています。
この本が起業家に刺さると信じられるのは「勝ちパターン」を教えてくれる本ではないからです。むしろ、変化の波に乗る人間が「何を見て、何を信じ、どこでつまずき、それでもなぜ立ち上がるのか」が生々しく描かれています。出自と差別経験、ドットコムバブル崩壊での瀕死の状態、Vision Fundへの批判。逆境のたびに自分のビジョンを再定義し、次の賭けに向かう姿勢は、時代が変わっても色あせません。
リスクを取る判断を迫られる場面で「確信があるなら、周囲の評価ではなく自分のconviction(※強い信念や確信)に従う」という姿勢を、この本から改めて受け取りました。変化の激しい時代に必要なのは、未来を正確に当てることではなく、不確実性のなかで自分の信念を持って動き続けること。その覚悟を、これほどのスケールで見せてくれる本はなかなかありません。
小林千尋|エグゼクティブパートナー, Brand & PR
「5%の非効率」が強い信頼を生む
書名:Unreasonable Hospitality: The Remarkable Power of Giving People More Than They Expect
著者:Will Guidara(Optimism Press、2022年10月)
26歳のウィル・ギダラは、苦戦していた2つ星のブラッスリー「Eleven Madison Park(EMP)」の舵取りを引き受ける。その11年後、EMPは2017年に「世界のベストレストラン50」で1位に選ばれた。ギダラはどのように変革を成し遂げたのか?今日、あらゆるビジネスが「ホスピタリティビジネス」になることを選択でき、誰もが平凡な取引を特別な体験に変えることができることを伝える一冊。
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「効率化」「コモディティ化」と言われる時代だからこそ、手に取った一冊です。舞台は、ニューヨークの「Eleven Madison Park」という一軒のレストラン。世界一とは程遠かったこの場所を、Will GuidaraとシェフのDaniel Hummが引き継ぎ、「合理性を保ちながらも、無茶なほどに人を大切にする」姿勢を貫いた結果、世界一のレストランへと育てた。その過程から溢れ出るインサイトが詰まった本です。
スタートアップ起業家から見れば、まったくの異業種の話に思えるかもしれません。しかし、「人間中心の感覚」──AIではなく、人間をちゃんと扱う感覚──を取り戻させてくれる一冊です。メニューやプロダクトの機能はときに忘れてしまうかもしれないけれど、「自分が人からどう扱われたか」という感情の記憶は絶対に消えない。その「扱われ方」の差が、強い信頼を生む。
特に印象に残るのが、本書に登場する「95/5ルール」です。95%は徹底的に管理し、残りの5%で非効率だけれど予想を超えるホスピタリティを届ける。効率化一辺倒になりがちな今だからこそ、この5%の意味を問い直したくなります。自動化が加速する時代に、リアルな人間味の部分を敏感に考え続けたい。そんな思いでハッと立ち帰りたくなるポイントが詰まった一冊です。
関根未佳|パートナー, Portfolio Audit
沈黙も同調も、意思表示である
書名:二番目の悪者
著者:林木林(小さい書房、2014年11月)
金色のたてがみを持つ金ライオンは、一国の王になりたかった。自分こそが王にふさわしいと思っていた。ところが、街はずれに住む優しい銀のライオンが「次の王様候補」と噂に聞く。ある日、金のライオンはとんでもないことを始めた……大人向け絵本でありながら、 小学校高学年・中学生向けの「全国学校図書館協議会選定図書」でもある一冊。
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『二番目の悪者』は、組織や社会における意思決定の本質を改めて考えさせる寓話です。
わかりやすく邪悪な悪者ではなく、自分勝手な動機で動く「どこにでもいる存在」が登場します。しかし問題の核心は、その情報を無批判に受け入れ、広め、同調する人々によって、小さな嘘が大きな現実へと変わってしまう点にあります。
本書が示すのは、問題の本質が「嘘の有無」ではなく、それを取り巻く人々の解釈と反応によって現実が形成されていくという事実です。
立場や背景の異なる多様な人々がいるなかで、私たちは何を基準に判断し、どの声を拾い、どこで立ち止まるべきか。沈黙も同調もまた意思表示である以上、何を選び取るかが組織やコミュニティの方向を決定づけます。日々の判断の積み重ねが、やがて組織の空気や現実を形づくっていく。そのことに気づかせてくれます。
楠田 司|シニアタレントパートナー
変化の時代に成果を分けるのは、案外にシンプルなこと
書名:やり抜く力 GRIT(グリット)
著者:アンジェラ・ダックワース(ダイヤモンド社、2016年9月)
「人生のあらゆる分野での成功に必要な最重要ファクター」としての「やり抜く力(グリット)」を解明した一冊。著者はペンシルベニア大学心理学教授のアンジェラ・ダックワースで、「グリット」の研究によって米国内では「天才賞」とも称されるマッカーサー賞を得た。本書ではグリットを自ら伸ばす具体的な方法、そして子どもやまわりの人間のグリットを伸ばす効果的な方法についても記している。
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技術革新によって知識やスキルの差が急速に縮まりつつあるなかで、「何が最後に成果を分けるのか」を考える場面が増えました。そんな問いを持つようになったときに、改めて手に取ったのが、この本でした。
本書は、成功の差を生むのはIQや才能ではなく、「情熱」と「粘り強さ」を掛け合わせた“やり抜く力”であることを、科学的な研究と実例を通じて示してくれます。変化の激しい時代でも色あせないのは、「何のために挑むのか」という軸を持ち続けながら、手段は柔軟に変えていくという姿勢です。本書はその本質を、静かに思い出させてくれます。
ALL STAR SAAS FUNDのタレントパートナーとして6年ほど活動するなかで、多くの経営者の挑戦や意思決定を、面談やインタビューを通じて間近で見てきました。環境の大きな変化を乗り越え、それでも結果を出し続けている方々に共通していたのは、特別な才能以上に、長い時間をかけて挑戦を続ける「やり抜く力」でした。
環境がどれだけ変わっても、最後に成果を分けるものは案外シンプルで、実はそれほど変わらない。そんな確信と勇気を、改めてこの一冊が思い出させてくれます。
神前達哉|パートナー
人の成長に向き合う経営者に、理論という武器を
書名:成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法
著者:加藤洋平(日本能率協会マネジメントセンター、2017年6月)
能力開発の領域で注目される、成人を対象とした「発達心理学」。ハーバード大学教育大学院を中心に研究が進み、ロバート・キーガン教授らの成果が日本でも訳書で紹介されています。キーガンの理論では、人間の器(人間性)の成長を中心に取り扱うものですが、人間性が高いにもかかわらず、仕事の力量(スキル)は低い人も見受けられます。そこで本書はその矛盾を是正し、日本の人事部門や管理者など能力開発を担う実務家を対象に、スキル開発のメカニズムとプロセスを解き明かし、その実践法をわかりやすく丁寧に解説。
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タイトルはハイブローに見えますが、比較的読みやすい一冊です。AI時代においても、経営者は人間の成長に向き合う場面がより一層求められてくると思います。
本書では、「どのようにしてスキルは高まるのか」という成長のメカニズムについて、プロセスと実践例を交えて学べます。社会人の成長を理論的に整理した内容は、OJT担当や組織づくりに向き合う場面で即座に活用できます。
まさに私自身がその立場になった際、本書から得た学びは他者への声かけやチームマネジメントに大きく活かされました。より効果的なフィードバックを伝えたいと考えている方に、特に響くことでしょう。
湊 雅之|シニアパートナー
「何を作るか」に迷ったとき、立ち帰る場所
書名:Make Something Wonderful(オンラインで無料公開中)
著者:Steve Jobs Archive
スティーブ・ジョブズのスピーチ、インタビュー、書簡を厳選して集めた本書は、創造的な起業家の一人である彼が、どのように人生と仕事に取り組んできたのかを垣間見ることができる。自身の幼少期、Appleの立ち上げと追放、ピクサーとNeXTでの経験、そしてすべてが始まった会社への復帰について、自身の視点から語る。読者が「世界を前進させるような素晴らしい何か」を自ら生み出すよう促すことを目指した一冊。
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「AIで何が変わるか」を考えて、「何を作るか」に迷っている起業家に読んでほしいです。本書は、Steve Jobsが残したスピーチ、インタビュー、メール、手紙などをまとめたもので、Apple創業期から晩年まで、彼の思考や哲学が本人の言葉でつづられています。
Steve Jobsは市場の変化を読むことより、「Make something wonderful(素晴らしいものを作る)」という意志を羅針盤にし続けました。従来のB2Bプロダクト開発では、リーンスタートアップが示すような「企業の課題を発見してDX化する」というフレームがうまく機能してきました。しかし、AIが人の働き方を根本から変えつつある今、「何が顧客の課題か」すら自明でなくなった世界で、どこに立脚点を置くか。本書はその問いへの一つの答えを示してくれます。
Steve Jobsが向き合い続けたのは、「技術が変わる」という事実ではなく、「人がどう感じ、どう生きるか」という普遍の問いでした。AIが何でもできるようになるほど、「誰のために、何を、どういう感情を持って作るか」という問いの解像度こそが差別化の本質になる。
変化の激しい時代に「作ることの意味」を問い直したいすべての起業家へ、贈りたい一冊です。



