採用に強い組織と弱い組織。その差は、ノウハウやフレームワークだけでは生まれません。責任者の行動量と諦めない姿勢──このマインドセットが、採用力の差を決定づけます。
今回お話を伺ったのは、LayerX執行役員CHRO・石黒卓弥さんです。メルカリでは60名から1,800名、LayerXでは30名から600名超という、2度の急成長フェーズを牽引。経営陣が自ら採用の最前線に立ち続ける組織を作り上げてきました。現在も現役で、採用の第一線に立ち続けています。
ALL STAR SAAS FUNDシニアタレントパートナー・楠田司との対話を通じて、石黒さんが実践してきた採用哲学と、候補者への向き合い方、継続的な接点の作り方、ミスマッチを防ぐ採用基準まで、具体的な実践の型をお届けします。
「なぜうちに来ないのか?」というマインドが採用を変える
楠田司(以下、楠田):早速ですが、採用に強い会社はマインドセットがどう違うと考えますか。
石黒卓弥(以下、石黒):私はメルカリとLayerXという2社を経験していますが、どちらも「採用に強い」と言っていただくことがあります。ただ、LayerXに入社したときは従業員が20名ほどで、今のような資金調達額も事業規模もありませんでした。そのなかで私自身も競合がひしめく採用市場を走り続けてきました。
採用では、ほぼ必ず競合が発生します。そこで私が常に持っているのが「なぜ、この方はLayerXに来ないんだろう?」というマインドです。皆さんの会社でその感覚をどこまで持てているか。これがまず大事になります。
楠田:これは、自社を磨いているか、という問いかけなんですね。
石黒:まさに。候補者の方が自社に来たときに「悔いのない意思決定だった」「充実した人生だった」と思えるか、それを胸に問い続けながら採用に向き合っています。
目の前の候補者さんに対して「この方は絶対うちに来たほうがいい」と確信を持てるとき、私は全力で口説きます。一方で、条件やキャリア観などを含めて確信を持ちきれない場合は正直にお伝えします。「A社さんも良いのでは」「別の角度で見たらB社さんも合っているかもしれませんね」と。
最終的に決めるのは候補者さんご自身です。だからこそ、フラットに情報をお伝えすることを大切にしています。
楠田:採用に強い会社の条件を端的にまとめると、どうなりますか。
石黒:候補者の方と向き合うときに、自信を持てているか。この一点に尽きます。自信が持てないなら、持てない部分を改善する努力をしているか。マネージャー、部長、VP、代表も含めて、その努力を社内に投げかけているかどうか、です。
たとえばLayerXでは、給与レンジが要因で候補者の方の辞退が続くような場合、HRBPのマネージャーが「給与を上げなければ勝てない」と人事制度の変更を提案しに来ます。実現できるかどうかは別として、これは良いことだと思っていて。「変わらないものなんてない、常に変えていこう」という姿勢が根づいているってことですよね。
楠田:会社の未来を長期的な視点でイメージできているかどうかが、採用力の差になっているのだなと感じました。目の前の課題に必死になるあまり、長期視点が抜け落ちてしまうケースは多いですよね。
石黒:私がよくお伝えする話があります。たとえば、10名の採用目標があったとして、私は採用できたのは極論9名でも構わないと思っています。ただし「本当に優れた9名」が揃えば。無理に10名を超えようと「11名埋めました」とするより、はるかに良い。
P&Gが掲げるバリューのなかに“We always try to do the right thing.”というフレーズがあります。私たちは常に正しいことをしようと努める。採用はまさにその一つだと思います。候補者の人生にとって自社が適切な選択肢でないなら、入社は勧めるべきではない。その強い信念を持って臨んでいます。
採用したら終わりではなく、少なくとも3〜5年しっかりと在籍していただくことが理想です。特にこの業界では3〜5年在籍すると「長くいるね」という感覚になるほど転職サイクルが早い。だからこそ、その方のコアとなるキャリアを作る、そうした信念を持つことが大事です。
そして、3〜5年後にどんな会社になっているかを候補者と一緒に想像する。そのビジョンを伝えながら採用に向き合っています。
ブレないのは「信念の言語化」があるから
楠田:「強い信念」という言葉が印象的でした。LayerXという組織として、信念の強さを感じた瞬間はありますか?
石黒:まずは代表の福島良典がブレないところです。
たとえば、ブロックチェーンからSaaSへの転換、具体的には今のバクラクの前身である「LayerXインボイス」へピボットしたとき。
当時は従業員28名で、全員がブロックチェーンカンパニーと認識して在籍していました。結果論ですが、ピボット決定後の退職者は1名だけで、それから1年経ったあとの人数もほぼ変わりませんでした。
社員からすれば、ブロックチェーンの技術課題を解き、入社したら事業がピボットしていた、という具合です。なかには「私は何の課題を解いたんだ」と笑っている人もいる。それでも辞めないんです。
楠田:なぜ辞めなかったのでしょうか?
石黒:大きなビジョンへの信頼があったからでしょう。「すべての経済活動を、デジタル化する。」という方向性は変わらない。福島が2019年に書いたnote『LayerXが賭ける「次の10年」』に、その信念が凝縮されています。
スマートフォンやAIといった、常に張るべき技術的トレンドの波を追いかけて社会実装し続ける──この信念がブレないから、みんなついていくんだと思います。
ブロックチェーンが好きだとか、伸びている会社がいいとか、そういう理由ではありません。この信念にBetできるかどうか。それが問われているわけです。
楠田:信念を社内に浸透させるために、意識的に取り組んでいることはありますか?
石黒:行動指針や「羅針盤」の整備もそうですが、福島がnoteを書き続けていることが大きいですね。彼は以前はブログをあまり書かない人だったそうですが、LayerXの代表になってから書きはじめた。理由を本人に聞いてみると、ざっくりとした意訳ですが「ストーリーを語るほうが自分は得意で、そのほうが人を動かせると気づいたから書いている」と言っていました。やはり、信念を言語化して発信し続けることが大切です。
「こんにちは!」の一言が、数年後の採用を動かす
楠田:次に候補者との接点について聞かせてください。ハイレイヤーの方と接点を作るのは勇気もいることです。何か心がけていることはありますか?
石黒:「在籍している会社を辞めそうか(辞められる可能性があるのか)」を意識しないようにしています。「それは難しいのでは?」とおっしゃる方も多いのですが、常に心がけることが大事です。実際に、同じようなマインドで接せられる方は多くはないでしょう。
たとえば、私はLayerXに5年半在籍していますが、私に対して「なぜうちへ来ないんですか?」とお誘いをくださった経営者は三人だけです。すべて丁寧にお断りしましたが、誘われること自体に嫌な思いはまったくしませんでした。
楠田:実は「嫌な思いをしない」というのがポイントですね。
石黒:そうです。ハイレイヤーの方にとって転職を誘われることは、それこそ「こんにちは、最近元気ですか?」と挨拶されるのと、ほぼ同じ感覚なんですよ。
それこそYOUTRUSTなどの採用系SNSやキャリアプラットフォームを通じて「こんにちは!」と本当に送るのもおすすめです。採用系SNS経由というのが大事で、ほかのSNSから送られる「こんにちは!」とは意味がまったく違う。「こんにちは!」だけでも十分な文脈があります。
私も、すでに顔見知りのハイレイヤーの方であれば、「元気?」とだけ送ったりしますよ。相手からしたら「元気?」だけの意図ではないだろうと勘ぐってしまうでしょうけれど(笑)。
ときたま「(ほかのSNSでもつながっているのに)どうしてYOUTRUSTで連絡してきたんですか?」と返事が来たりしたら、「あぁ、まだタイミングが来ていないな」と感じつつ会話を続ければいい。
相手が“何か”を意識しているタイミング、昇進などのめでたいことがあったタイミングに、絶対に誰もやらないことをやる。これが大事です。
楠田:具体的にはどんな場面で連絡するんですか?
石黒:VPに就任した知人・友人がいたとします。VP就任の日って、向こう2〜3年はコミットですよね。ということは、3年後にその方が次のステップを考える可能性は十分ある。
だから、VPになった日に連絡するんです。「おめでとう、最高だね!やりきったら、次のチャレンジはうちだね」と。これを伝えられるかどうかです。おそらく、やっていない方のほうが多いと思います。
さらに言うと、採用で競合してご辞退になったときに、その候補者の方をその後も追い続けていますか?私はその方が競合に入社したその日に連絡することがあります。「入社おめでとうございます、次はうちなんで忘れないでくださいね」と。
楠田:それは確かに、ほとんどの人がやっていないでしょうね……。
石黒:気味の悪さはぬぐえないところはあれど(笑)、だからこそほかの人はやらない。思いつく人が1万人いたとして、やろうとする人は100人、実際にやる人は一人です。本当に。
連絡を送るだけなら何も失わない。でも、送らなければ何もはじまらない
楠田:CHROやCOOの採用を目指す企業から名前が挙がるのが、それこそ石黒さんや、LayerXのCOOである福島広造さんだったりします。広造さんへのアプローチはどのようになさったのですか?
石黒:「その方を本当に口説いていた人が何人いたか問題」というのがありまして。
魅力的なハイレイヤーの方の転身を知ったとき、「なぜ自分は連絡しなかったのか」と思う方も多いはずです。そういう人には「メッセージを送って何かを失いますか?」と聞きたいですね。仮に既読スルーされても、傷つくのはちょっとした自尊心だけで、明日にはもう忘れています。でも、メッセージを送りさえすれば、100万分の1の確率だったとしても返事がくるかもしれない。それなら送ったほうが良いでしょう。
福島広造さんの採用では、まずは広造さんに当社のBizDev勉強会の講師として来ていただいたころから接点を持ち、そのあともCEOの福島との壁打ちを継続していただいていました。「広造さんならどうやってLayerXを倒しますか?」という問いを投げかけながら、関係を積み上げていったんです。このあたりの「積み上げ」は以前にFastGrowさんの記事でもお話していますので、ぜひ。
ハイレイヤーへの接点の取り方で言うと、すでに人間関係が深いほうであれば突然「うちに来ませんか」と連絡しても成立します。そうでない方には、昼夜を問わずの会食か、またはお茶に誘うことが基本ですね。
楠田:昼夜を問わずということは朝食も含まれますか?
石黒:朝食は結構使います。忙しい方ほど夜が埋まっていますから。最近は家庭を大切にされる経営者も多く、夜は家族の時間にしたいという方が増えている。朝なら「今日は少し早く出る」で済む場合も多いですから。皆さんが使いやすい時間帯です。
候補者の「解像度」を高めるソーシングの技術
楠田:石黒さんはどのように候補者をサーチされているんですか?
石黒:ソーシングは「期待しすぎず、まず送る」が大事だと思っています。経験やクエリを何度も繰り返しながら探す、地道な作業が基本です。
ただ、解像度を高める工夫としてお伝えできるHowがあります。私はメルカリからLayerXに移りましたが、toBビジネスは経験が浅く、主力事業であるバクラクシリーズとの親和性が高い「経理職」の解像度も高くありませんでした。そこでやったのが、Xの自己紹介欄に「経理」と入っている方を片っ端から100人フォローすることです。そうすると、タイムラインが経理の情報で埋まるんですよ。
楠田:タイムラインを変えることで、業界の解像度を上げるわけですね。
石黒:そうです。コーポレートエンジニアでも同じです。50〜100人フォローするとタイムラインが変わり、その方たちが何に関心を持っているか、今イケているサービスが何かがわかってくる。そうすると、琴線を知ることが出来、延長的な効果としてそのサービスを使っている人をLinkedInやYOUTRUST、ビズリーチなどで探せるようになります。
たとえば経理で言うと、バクラクを導入している方は新しいツールへの感度が高い。履歴書にバクラクと記載している方を探してアプローチするというやり方ができます。「経理」という大きなワードでソーシングすると母集団が広がりすぎるので、絞り込む方向・エッセンスが必要になります。
事業責任者の方がHRBPやタレント・アクイジションの担当者に、業界のトレンドワードや具体的なサービス名を渡してあげる。それだけでソーシング精度が一気に上がるはずです。
組織を動かす北風と太陽
楠田:COO採用を進めている某企業から、各部門長が担当領域だけに注力して、チームの組成まで意識が向けられていない、というお悩みを聞いたことがあるんです。こういった企業が状況を変えるにはどうすればいいでしょうか。
石黒:本音を言うと、採用に向き合わない部門長は……「部長としての役割を果たせているのか」と問い直すくらいでもいいんじゃないでしょうか。やっぱり採用は部門を背負う方の仕事ですから。そういう認識を前提とするのは案外大事なんです。では、どうやって浸透させるか。一つには「評価に組み込むこと」が有効でしょう。
当社の例ではない前提で、一つの例を紹介します。事業の評価が5であっても、採用の評価が1なら、総合評価は1で昇給なし。そういうフィードバックをはっきり示してあげないと、何回言っても変わらない人は変わりません。事業を背負ったうえで、採用に向き合っている人だけが損をする状況は良くない。
8年ほど前ですが、ラクスルさんで行われていた「同レイヤーを採用できない社員は絶対に上へは上がれない」という鉄則は有名ですね。リファラル採用に取り組まない限りは昇進できない、というルールを設けたわけですね。これが「北風」バージョンです。
楠田:ということは、「太陽」バージョンもあるんですね。
石黒:「太陽」は背中で見せることです。私自身、HRでありながらバクラクの営業に相当コミットしていて、成約MRRは社内でトップクラスだと自負しています。私がそこまで営業するなら、営業メンバーがリファラルに取り組まないわけにはいかない……そういう「空気」を作るんです。
「目標達成おめでとう。で、リファラル採用、どう?」とニコニコしながら聞きに行く。健全なプレッシャーをポジティブな文化として定着させていくんです。あるいは、部長職には「1年後も2年後も本当に同じことをしたいの?」と問うのもいいでしょう。「あなたの仕事は誰に渡すんですか」と繰り返し伝えていく。
それから、採用会食の面白さ・楽しさを教えてあげることも効果的です。当社では代表の福島や松本との会食に社員を同席させることがあります。トップレベルの人材が口説かれる場面を2時間、食事をしながら聞ける──これほど刺激的な時間はないと思っています。
楠田:確かに視座が変わる体験ですね。
石黒:はい。北風バージョンと太陽バージョン、両方を使い分けていくのが良いでしょう。
「Why you」と「Why now」──辞退した候補者こそ、次に口説くべき一人かもしれない
楠田:アプローチするためのメッセージを、ひとつの具体的なケーススタディを見ていければと思います。
ケースとしては、エンタープライズ系セールスの責任者候補として採用面談をしていた方が、タイミングがあわず辞退された。ただ、再アプローチすべくメッセージを用意している。この文面をぜひ石黒さんに添削していただきたいです。
○○さん、お世話になっております。⬜︎⬜︎の△△です。
以前は採用面談にお時間を割いていただきありがとうございました。採用活動の振り返りを行うなかで、当日の○○様との面談内容やメッセージを改めて拝読していました。
「もしオファーのタイミングで、ライフステージが異なっていたら……」というお言葉を見て改めてうれしくなり、また率直にとても素敵な方だったということを思い出し、思い切ってご連絡した次第です。
その後の転職先でのお仕事についてや、当時の採用面談に対するフィードバックなど、改めてご感想をいただきたいと思っています。もしよろしければオンラインで(さらにご都合がよければランチでも)少しお時間いただけますでしょうか。
このメッセージについて、どう指摘されますか?
石黒:「Why you」は伝わっています。ただ、「Why now」が少し弱いですね。この2〜3ヶ月で事業が大きく進展したとか、この方の上長になる予定だったマネージャーが起業の挑戦に出たとか。「なぜ、今なのか」の理由があるともっと良くなります。
それからもう一点、良い意味で「気持ち悪っ...」と感じるくらいの体温まで褒め言葉を書いてもいいのでは。たとえば、「社内でタレントプール何度確認しても、一番上に○○さんの名前が出てきてしまうんですよ」といった表現などです。「選考プロセス中よりも辞退されてからのほうが、○○さんの名前がたくさん出ています」というのも同じです。
楠田:N=1で個人に向けられた体温が伝わるメッセージですね。
石黒:そうです。N=1で自分に時間を割いている、ということは必ず伝わります。AIでも書けそうなメッセージではなく、この人のためだけに書いたと感じていただく体験をさせることが大事です。
あとは細かい点ですが、締めは「お時間いただけますでしょうか」より「お時間いただけたら嬉しいです」のほうが相手は受け取りやすい。許可を求める文体は無意識に上下関係を生んでしまいます。そして、メッセージに必ずスケジュールを添付すること。スケジュール調整のURLを貼るだけで、相手の行動コストが大幅に下がります。
メッセージはFacebook Messengerなどでも1ページに収まる量が理想です。長すぎると読んでもらえませんから。
「アップデートし続ける」ことが継続的接点の前提条件
楠田:一度メッセージを送った後、2〜3年かけて関係を続けるための工夫はありますか?
石黒:大前提として自分自身をアップデートし続けることです。前回と同じ話しかできない人に魅力はありません。毎日自分を磨くことは最低条件として、そのうえで接点の作り方を考えます。
「Why you」で言えば、その方の昇進や受賞をきっかけにお食事に誘う。「Why now」で言えば、こちらに新規事業がスタートするタイミングで、「チームを作ることを考えたとき、最初に○○さんの名前が挙がりました」と伝えに行く。Why youとWhy nowを言語化したうえで連絡するのが基本形です。
それ以外は全部変化球です。「勉強会に来てください」「どうしても会わせたい人がいます」「新しい株主と話してもらえませんか」……通常の採用連絡では絶対に使わないネタを作るんです。口説きたいと思っている方はみなさん非常に忙しい。その方が「時間を確保したいと思えるほどの価値」を提供できるかどうかが勝負です。
楠田:上場企業のVPやSVPの方に会いに行くとき、持っていくと喜ばれやすい情報はありますか?
石黒:その方のことを徹底的に調べ尽くした状態で臨むことです。お会いする方に関して、手に入る情報はほぼすべて確認します。たとえば、6年前のインタビューで「子どもが4歳」と書いてあれば、今は10歳のはずです。そのくらいの解像度で調べていくと、「改めてお聞きしたいことがほぼない」という状態で会話に入れる。相手に新しいことを話してもらわなくて済む分、深い話に進みやすくなります。
共通の趣味は言われて嫌な方はいませんし、上場企業の方なら直近の決算の内容は必ず確認しておく。IR資料とディープリサーチが最低限の準備です。
場所の選び方も重要です。相手の会社の近くは便利ですが、社員の目も気にする必要があります。最寄りから1駅ずらすだけで、それを避けられます。
タレントプール9,000人でも「本当に採用したい人」は頭に浮かぶ
楠田:膨大な数の方と接点を持つなかで、管理はどうされているんですか?
石黒:LayerXではNotionでタレントプールを構築しています。一般的なATSにもタレントプール機能はありますが、書きやすさを優先してNotionを選びました。今は9,000名を超えています。入社して最初にやった仕事ですが、本当に良かったですね。
ただ、ハイレイヤーに対しては「管理しないくらいが良い」というのが私の持論です。頭に出てこない人は、今はタイミングではないんです……という乱暴な論なんですが(笑)。
楠田:本当に欲しい人は、常に頭にいるということですね。
石黒:そうです。「この方は絶対に必要だ」と思っている方は、考えなくてもパッと出てくるはず。まずその10〜20名を常に意識し続けることが、ハイレイヤー採用では最も大切だと考えています。
楠田:初めてハイレイヤーの方に会えた場で、次のアポにつながるトークはありますか?
石黒:「今日は学ぶことばかりで恐縮なんですが、定期的にお時間をいただける可能性はありますか」というのが自然だと思います。そのうえで、会話のなかで生まれたテーマを次回の接点に使う。中学受験の話が出たなら「3ヶ月後に『二月の勝者 絶対合格の教室』を読んでからご連絡します」でいいし、コーヒーが好きなら「次は浅煎りのお店に」でいい。
「半年後に定例会にしましょう」というのも有効です。対面であれば「脈なしです!」とは言いにくいので、「定例会にするとしたらどんな形がありますか?」と問いかけると自然に話が続くこともあるでしょう。「焼き鳥好き」とわかって行きたいお店があるなら、「予約を絶対に取ってきます!」とつなげれば、会う理由としては十分じゃないですか。
採用コストの観点から考えてもいいでしょう。仮に転職エージェントを通じて採用できた場合の手数料を考えてみてください。その方に会うための準備や店の予約なんて、おそらく100分の1以下です。そう捉えても、リサーチも予約も「余裕でやれること」になります。
「1.5年後の組織図」を描けているか?
楠田:自社にとって必要な人材の見極めに悩む声もよく聞かれます。あるいは一部のポジションでは明確なイメージがあっても、組織図となると不明瞭なまま、というのも。いかにして必要なハイレイヤー人材を特定していくべきでしょうか。
石黒:LayerXで「1.5年後の組織」と呼んでいる考え方が参考になるでしょう。
たとえば、部長へアサインする機会のときに「1.5年後の組織図を書いてください」と伝える。VPであれば「1.5年先の事業ロードマップを引いてください」を宿題にする。
そうすると、何人の組織で、どんなポジションが必要になるかが可視化されます。ここでポジションが見えないなら、今は組織にとっても必要ないのかもしれません。「1.5年後」を一つの基準にするのは、メルカリでも「18ヶ月ルール」として同様に使っていました。
楠田:期間もさることながら、実現しようとするビジョンのスケール感によっても人材像は問われますよね。
石黒:それは核心に迫る問いです。仮に「次のサイバーエージェントやリクルートを作る」と本気で思っているなら、絶対に必要な人材はいるはずです。もし、それが見えないなら、組織図や事業ロードマップではなく「ビジョンが小さいのではないか」と経営合宿で問い直すことも有効のはず。あるいは、現在の自分のポジションを誰かに渡す検討をしてみることも、次に必要な人材の採用を考えるきっかけになるかもしれません。
「一緒に作ろう」という一言が、候補者のストーリーになる
楠田:石黒さんがLayerXさんに入社された当時、従業員20名でプロダクトも未完成という状況だったはずです。候補者の方に明かせる要素が少ないなかで、どう自社を見せていたんですか?
石黒:起業家のみなさんって、一人のときでもとてつもない風呂敷を広げていますよね。実現できるかどうかわからないのに。20名だからといって「見せるものがない」ことは全くないと思っています。
大きな風呂敷を広げて、「一緒に作りましょう」と言う。相手がその夢を一緒に作りたいと感じられないなら、夢の描き方を変えるべきなんです。
LayerXならば、ブロックチェーンからの転換期は本当に「会社に何もない」状態でした。それでも、そのつど「こういう未来を作る」と話しました。私自身も、LayerXに入るとき「メルカリに次ぐスタートアップの教科書を作りたい」と言っていました。はっきりとはしていなくとも、「この人は面白いかもしれない」と思ってもらえる。
大事なのは、自分たちのキーフレーズをいくつ作れるかです。転職するとき、家族や友人に「なんでその会社に行くの?」と聞かれたら、必ず答えを用意していますよね。その答えこそが候補者に渡すべきストーリーです。
楠田:候補者が大切な人に説明できるストーリーを、こちらが用意するわけですね。
石黒:そうです。自分の大切な人に転職を反対されたい人なんていない。「転職するんだけど、○○だから行くことにした」と、食卓で堂々と話せる理由や大義、未来を示す「ガードレール」となる言葉を作ってあげること。これもHRの仕事であり、最強のクロージングなのです。
「GOじゃなければNO」──ミスハイアリングが組織を壊す
楠田:ハイレイヤー採用でのミスマッチを防ぐために、意識していることはありますか?
石黒:採用では20人のエースより、一人のミスマッチのほうが組織へのインパクトははるかに大きい──これを徹底して言い続けています。
以前、ALL STAR SAAS FUNDからのインタビューで「NOじゃなきゃGO」という表現を使いましたが、採用においては「GOじゃなければNO」です。迷わずGOじゃない限りは絶対にNO。
四人が面接して一人でもNOと言ったらお見送りする。そのくらいの基準でいいと思っています。
楠田:ただ、面接だけで人を判断するのも難しいですよね。
石黒:そこは、「人が人をたった数回の面接で判断しきれるはずがない」という前提に立つことも大事ですね。明らかにNGという人はすぐわかります。ただ、そうでない限りは入社後にどう活躍していただくかを考えたほうがいい。
採用においても、当社の行動指針の「Trustful Team」に則り、トラストファースト、つまりは「先に信頼する、先に情報を渡す、先に仕事を任せる」を徹底しています。
一般的に、ハイレイヤーの方が入社されたときほど、社内に「お手並み拝見」といった雰囲気が生まれやすいものです。でも、部下も人間関係もゼロの状態で、周囲の協力がなければ、どんな方であっても本当の実力を発揮できるわけがありません。だからこそ、まずは信頼して任せることが先です。
LayerXは今600名の規模ですが、VP・部長以上の短期離職は現時点でゼロです。最も早い部長でも在籍1年以上、VPで1年半以上。この結果は、トラストファーストの文化が大きく影響していると考えており、継続していきたい文化の一つです。
楠田:役職者の採用は、既存メンバーの感情的な抵抗感もありますよね。自分より上のポジションで入ってくる、給与も高いとなると……。
石黒:正直、複雑な思いをしているメンバーもいるかもしれません。でも、感情は脇に置くんです。その方が間違いなく会社の時価総額を上げてくれる。神の目線で見れば、上のポジションで入ることへの抵抗など、小さなことではないでしょうか。
トラストファーストを組織全体で実践することが、ミスマッチを防ぐだけでなく、採用した人材を活かすことにもつながります。
面接で最初に聞く一問は「あなたが次のキャリアで得たいものは何ですか」
楠田:最後に、皆さんへのメッセージをお願いします。
石黒:私は採用面接のフロントに立ち続けているんですが、面接で最初に必ず聞く質問があります。「今日はあなたのための時間です」とお伝えしたうえで、「あなたが次のキャリアで得たいものは何ですか」という問いです。
お金でも、肩書きでも、経験でも何でも構いません。転職するということは、今得られていないものがあって、それを求めているわけです。最初にそこをすり合わせることで、こちらが伝えるべき内容が見えてきます。
家族が増えて経済的な安定を求めているのか、周囲がVPになるなかで自分も肩書きが欲しいのか……その方が大切にしていることを聞いたうえで、その方がストーリーを持ち帰れるように会話を設計することを大切にしています。
繰り返しになりますが、転職の決断を大切な人に反対されたい人はいません。「なぜ転職するの?」という問いに答えられるガードレールとなる言葉を、HR・事業責任者・管理職が一緒に作ってあげることが仕事の一つです。
ストーリーの上で踊り、結果を作るのは本人です。こちらの役割は、そのストーリーの輪郭を描いてあげることです。今日は私が話す機会をいただきましたが、皆さんからもたくさん学ばせていただければと思っています。ありがとうございました。
楠田:ありがとうございました!
(本記事はALL STAR SAAS FUNDが2026年3月5日に主催した「起業家・事業責任者に捧げるハイレイヤー採用」のセッションから、オフレコ情報等を除いて抜粋・再構成したものです。記事中の在籍企業・肩書きはイベント当時のものです)



