資金調達環境が厳しさを増すなか、成長率と利益率の両立がスタートアップ経営の最重要テーマになってきました。それは言わば「Quality Growth(質の高い成長)」。トップラインを追うだけでなく、戦略設計、バーンレート管理、予算配分、投資比率といった変数を精緻にコントロールできる「強い経営力を持つCOO」こそ、企業の命運を左右する存在として注目されています。
そこで今回は、スタートアップが学ぶべきロールモデルとなる二人のCOOにお話しいただきました。まず、SmartHRでCOOを務める倉橋隆文さんは、ARR 6,000万円の段階から8年間会社を支え、200億円超の規模へと導き、現在も経営を牽引しています。次に、福島広造さんはラクスルでCOOとして25億円から500億円規模の成長を経験し、現在は「2030年にARR 1,000億円」を掲げるLayerXでCOOとして経営を担っています。
戦略の立て方、計画への落とし込み、KPI管理とモニタリング、組織に「気合いと根性」を浸透させる実践まで。経営の核心を、聞き手のALL STAR SAAS FUND マネージングパートナーの前田ヒロが深掘りします。
「競合優位性」と「顧客の声」から見えた、タレントマネジメントへの進出
前田ヒロ(以下、前田):まずはケーススタディとして、SmartHRがタレントマネジメント事業の戦略に至った背景から教えていただけますか。
倉橋 隆文(以下、倉橋):SmartHRは、もともと労務管理の領域で創業したあと、入社時の社会保険手続きや年末調整を扱うところからスタートしました。そこから成長するなかで「第二の柱」の立て方が議論されたんです。労務管理がつながるのは給与計算であり、実際お客さまからの要望もあったのですが、私たちはタレントマネジメント領域へ進出しました。
2021年の意思決定でしたが、この5年を振り返っても結果は正しかったと感じます。現在のARR 200億円のうち、タレントマネジメント領域だけで50億円以上を構築できましたから*。
前田:その意思決定のプロセスを、もう少し詳しく教えてもらえますか?
倉橋:給与計算は市場規模は大きくても成熟しきっていたんです。ARRが50億円に達したばかりのタイミングで、ジャイアント企業とぶつかるのは体力的に厳しいという判断もありました。
一方のタレントマネジメントは、データシナジーが同等以上にあって伸張中の市場。私は戦略を決める際には「必ずお客さまに話を聞きに行く」主義なので、ユーザーヒアリングをしてみると、導入したけれど使いこなせていない実情が見えてきました。5つの機能があっても一つしか使っていない、社員がデータを入れてくれない、人事データがメンテナンスされていない……といった声ばかりだったんです。
前田:そこに勝機を見たんですね。
倉橋:そうです。労務管理領域は入社・退社を扱うので、人事データが自動的に更新されます。そこにタレントマネジメントを重ねれば、「データメンテナンスの苦労が解消されますよ」というトークで、後発でも十分に戦える。先行プレイヤーがいるなかでも、シナジーを効かせることで急速に伸ばすことができました。
ただ、今お話ししたのは「平時の戦略の立て方」という昔話です。未来がある程度は見通せる時代ならこれでよかった。AI時代の今は同じアプローチだけでは足りません。ファンダメンタルなテクノロジーの変化、未来予測の要素をどれだけ組み込めるかが、現代の戦略立案には欠かせないと感じています。
戦略の賞味期限は何で決まる?AI時代の「メトロノーム」思考
前田:AI時代のインプットは技術も市場も変化が激しくて大変かと思いますが、広造さんはどう対処されているのでしょう?
福島 広造(以下、広造):戦略レベルの方向性は、実はクリアになってきたと思っています。米国の最新事例を見て、情報をNotebookLMで整理すれば、「何を目指すべきか」はかなり見えてくる。
難しいのは「いつ来るか」の読みです。確かに5年後には、いまAIで議論されている環境が必ず日本にも来る。でも足元の1年では、おそらく影響が少ない。そのギャップのなかで、自分たちの変革をどの時間軸で、組織に落として実践していくかが最大の考えどころです。
私たちは「メトロノーム」と呼んでいたのですが、自分の会社が戦略を決めてから、実践してインパクトを出すまでのサイクルがどれだけ短いサイクルかによって、打ち手は大きく変わります。
前田:3ヶ月で動ける会社と、3年かかる会社では、まったく別の戦略になりますね。
広造:そうです。3ヶ月で変えられるなら、目の前のモメンタムに向き合えばいい。3年かかる組織なら、AIが行き着く最終形から逆算して今すぐ打ち手を講じないと間に合わない。この自社のサイクルの見極めが、AI時代の戦略で最も重要なドライバーだと思っています。
前田:倉橋さんは、だいたいどのくらいのサイクルで戦略をアップデートしていますか?
倉橋:テーマごとに必要な時間軸から逆算して考えるのが基本的なスタンスですね。事業ポートフォリオ全体は5年程度のタイムスパン。海外展開は10年かけてじっくり仕込めばいい。一方、AI対応は5年も待てませんし、「5年後には会社が存在していない」という感覚があるので、1〜2年のスパンで判断しています。
前田:テクノロジーの変化については、どこまで自ら理解する必要があると考えますか?
倉橋:できるだけ自分で触って、理解したほうがいいでしょう。コーディングの仕事経験はないですが、バイブコーディングも、AIエージェントの構築も自ら試しています。人から聞いた話と実際に体験した感覚はまったく違いますから。
広造:個人で触ることの大切さは当然ですが、2026年からは「組織として実装する経験」をどう積むか、いかに業務フローで活用して生産性を上げられるか、そこからの学びをどう得るかに挑戦がシフトしてきていると思います。
スタートアップのCEOやCxOが「自分は使いこなしてる!みんなも使おう!」という発信はあるが、AIは個人単位の活用促進より、「会社として」どう導入するかに経営が答えを出さなければいけない段階に移った認識です。
「アウトプット」から「アウトカム」へ。AI実践の本当の問いかけ
倉橋:今の点を少し深掘りすると、AI活用でトップダウンに業務マニュアルを変えるのが最終形だとして、それを作りあげて実装させるまでのプロセスはどうするとよいのでしょうか。
広造:「10人のコーポレートと営業10人で売上100億」のような、米国で語られる理想が完全に描けるなら、一気に会社を作り変えていい気がします。ただ、日本の現時点の成熟度を考えると、すべての業務をビッグバンで変えようとすると、ほぼ間違いなくつまずく。
重要なのは、自分たちの業務のなかで「今のAIプロダクトを活用して、最も生産性が上がる業務の塊」を特定することです。「営業」という大きな枠でやるのか、インサイドセールスに絞るのか、インサイドセールスの1日の過ごし方に絞るのか。この塊の切り方が難しい。
前田:小さすぎると効果が出ませんね。
広造:はい。大企業で「AIのPoC疲れ」と言われている課題がまさにこれです。試算したFTE削減は達成できても、P/Lの人件費は変わらない。真の価値が出せる塊までカバーするが、大掛かりになり過ぎない範囲を切り出すことが最も難しい。そこを見極めるのが、AIでアウトカムを上げていく経営者が取り組むべきことだと思っています。
その際は、真の価値(アウトカム)とアウトプットの区別が大事です。「AIを活用して提案書作成支援して作業時間を削減した」というのはアウトプットベースの変化です。それによって「一人の営業の生産性が1.2倍になった」は、アウトカムベースの変化です。
自分の組織でAIを業務に組み込み、アウトプットだけでなく、アウトカムを増やす。この挑戦を何個×何回実践できるかが、AI時代の経営の差別化になると思います。
ガバニング・ゴールはシンプルに、情報収集はネットワークに頼り切る
前田:先ほど倉橋さんが「必ずお客さまに話を聞きに行く主義」と話していましたが、戦略を立てるときにほかにどういうインプットをして、何を確認していますか?
倉橋:基本に忠実なタイプなので、矢野経済研究所や富士キメラ総研のレポートを購入して市場規模を調べることはもちろん、最近はGeminiに聞けばおおよその数字が返ってきますしね。
ただ、最終的なガバニング・ゴールはシンプルです。「お金になるか」「ビジネスとして成立するか」「自分たちが勝てるか」……これに尽きます。市場規模の調査もお客さまへのヒアリングも、すべてそれらの問いに向けた行動です。市場があって、すでに人々がお金を払っていて、しかし満たされていないニーズがある。そこに自分たちが付加価値を出せて、提供コストがそれを下回れば、ビジネスになります。フレームワーク自体はシンプルなんですよ。
前田:難しいのは、それが「パチッとハマる領域がほぼない」ってことですよね。
倉橋:そうです。明らかにビジネスになる領域は、すでに誰かが取っている。だから必ずどこかに「危なっかしい要素」が残ります。お客さまは欲しがっているが本当に買うかわからない、市場は小さいがレポートでは成長すると言われている……そういった状況で「どのリスクを取るか」は最終的に経営判断です。100点満点の案件は絶対に存在しません。
前田:ちなみにその判断は、倉橋さんが一人で考えるんですか?それとも経営陣で分担して作るものですか。
倉橋:SmartHRは「みんなでワーワー喋る」スタイルです。Slackでオープンチャンネルに「こんな海外事例があるらしい、うちでもできないか?」と投げ込んで、盛り上がったら少し進める。株主の方々、特に海外の投資家から「このPodcastを聞いておけ」「こんな事例があったよ」と情報が飛んでくることも多くて助かっています。入ってきた情報を処理して、「自分はこんなふうに解釈する」と付加価値を乗せるのが私の役割です。情報収集は協力者とネットワークに頼り切っていますね。
前田:広造さんはインプットの取り方、少し違いますか?
広造:投資家から情報が届くという点は同じです。加えて「探索」を意識的に組み込んでいます。特にAIはまだわからないことが多いので、誰かに挑戦してもらい、成功でも失敗でも構わないので、実践から情報を得る。事業拡大のためではなく、戦略を固めるための探索も情報収集の一つの手段と捉えています。
倉橋:今のお話は強く共感します。「右か左か今すぐ決めろ」と問われると、決めなければならない気になってしまう。でも、私が「プロセスで解く」と表現しているアプローチがあって、「ネクストステップだけ決める」という選択肢があります。「仮説を検証し、その結果がこうなら右、こうなら左へ」という条件付きの戦略意思決定は非常に有効です。
前田:どのくらいのコンフィデンスレベルになれば「こちらに行く」と決断しますか?
倉橋:状況によります。自社の切迫度、リソースの余力、並行して走っている新規事業の数といったパラメータで変わります。新規領域に飢えているときは勢いよく進めますし、複数のイニシアチブが走っているときはリソース分散をどこまで許容できるかで判断します。
広造:私が意識するのは「情報と議論が飽和するタイミング」です。情報や議論に触れて「また同じ話だ」「これは前に議論した」と感じはじめたときは飽和しているサイン。議論が収斂して情報も揃ってきたら、あとはリスクを取って決断するしかありません。そこが「決めるとき」です。
「戦略マニア」と「累積思考」——いい戦略が生まれる瞬間
前田:お二人から出てくる戦略のセンスは、相当な数の事業戦略を理解していないと出てこないレベルだと感じます。お二人は「戦略マニア」なんですか?
倉橋:私はマニアだと思っています。
広造:ラクスルのファウンダーの松本恭攝さんからは「ビジネスモデルマニア」と言われましたね。他社のIRを見ては「自分だったらどうするか」「このP/Lの作り方は美しくない」と考えてしまうんです。
前田:COOは絶対に「戦略マニア」でないといけないと思いますか?
倉橋:CSO(最高戦略責任者)が別にいるならマニアじゃなくてもいい。ただ、COOがCSOを兼ねているタイプなら、マニアのほうが確実にいいです。
広造:戦略と実行は、スタートアップのフェーズでは分離しないほうがいいでしょう。私がラクスルで最初に手がけた意思決定の一つが、自分が所属する経営企画部を廃部にすることでした。価値が出ないと判断したからです。戦略と実行が人として分かれること自体、最善ではないと思っています。
前田:ズバリ「いい戦略だ」と感じる瞬間には、どんな要素が入っていますか?
倉橋:「勝てる確信」が持てること、言い換えると「儲かり続けられる自信」に尽きます。分解すると、カンパニー、コンペティター、カスタマーから成る3Cで考えています。お客さまのニーズがあって、マクロ的に5〜10年はそのニーズが広がる見込みがあり、自社がユニークな価値を出せて、競合にはその価値が出せない。この条件が揃えば、基本的には儲かります。フレームワークの教科書に最初に出てくる3Cが、実は意外と強力なんです。
広造:私が重視するのは<yellow-highlight-half-bold>「累積思考が溜まりきった」という感覚<yellow-highlight-half-bold>ですね。投資家からどんな問いを投げられても、「それは2年前に考えた」「それは実際に試した」と即答できる状態になったとき、初めて「いい戦略」だと確信できます。あらゆるインプットに対して自分がブレなくなった状態です。ラクスルのとき、印刷Eコマースというビジネスモデルについては、当時は累積思考の時間なら日本で私が絶対にトップだと自負していました。
加えて、ピーター・ティール的に言う「隠れた真実」があるかどうか。倉橋さんのお話を引けば、周囲は給与計算に行くべきだと思っているのに、自分はタレントマネジメントだと確信している。外の意見とのギャップのなかに隠れた真実がある。これら2つが揃ったときに「この戦略でやり切る」という決断ができます。
シナジーより「グロースポートフォリオ」
前田:もう少し戦略論に入っていきましょう。コングロマリット・ディスカウントはどう意識していますか?無視しているのか、意識して戦略を立てているのか。
広造:ラクスル時代にはずっと議論していましたね。結論としては、全体で伸びていればプレミアムがつき、伸びていないときは、さまざまな指摘が来る。それに尽きます。
社外取締役だったオリックスの宮内義彦さんから教わったことで、考え方が変わりました。「シナジーを追求した経営をすべきか、ビジネスオポチュニティベースで張っていくべきか」という議論をしたとき、宮内さんは明確に「ビジネスオポチュニティで張るべき」とおっしゃった。
シナジーというのは、成長規模100億円に対しての数億円、つまり一桁パーセントの話です。一方、大きなビジネスオポチュニティは常に20〜30%成長するかどうかの話です。桁がまったく違う。だから、常にビジネスオポチュニティに張り続けるほうが、全体の成長額が増えてプレミアムが上がっていくはずだという考え方です。
たとえば、GoogleによるYouTubeの買収も、シナジーではなく、次のグロースへ投資しているだけ。これがグロースポートフォリオ戦略です。シナジーを本格的に意識するのは、成長が一定落ち着いてバリューポートフォリオ戦略になったときで、それは後で考えればいいんじゃないかという感覚ですね。
100億円の事業を10個作ってから、シナジーの話をすればいい。10億円の事業をいくつか持っているときには、シナジーを考えるより「どうやって100億円の事業を10個作るか」の議論に集中したほうがいいと思います。
予算は「組織の成長率を最大化する」ために設計する
前田:戦略をKPIに落とし込む際に意識していることを教えてください。
倉橋:まず、予算計画には相当な時間をかけています。半年サイクルで予算を更新するのですが、更新期間だけで約2ヶ月かかっています。
前田:予算は何パターン作っていますか?
倉橋:社内は常に1パターンです。「やるかやらないか」しかないので。
前田:6ヶ月のうち2ヶ月は予算計画に割かれるということですが、それはいつから続けているんですか。
倉橋:成長とともに長くなっていったんですよね。ARR 10億円くらいまでは、予算は私がトップダウンで決めていました。全部の数字を把握して、誰が何パーセントくらい達成するかが手に取るようにわかるほどでした。会社中に神経が張り巡らされている状態だったので、自分で決めて「来期はこれでお願い」と営業個人レベルまで予算を渡していました。
ただ、さすがに人間には限界があって、それがだんだんと通用しなくなってきて、対話型に切り替えていきました。最初は事業もシンプルで組織も小さかったので、2週間ほどで予算が決まっていました。ところが徐々に組織が複雑になり、一つひとつの組織も大きくなってくると、「あと5パーセント上げてよ」と言われても「わかりました」と即答できない状態になってきた。そこから議論の期間がどんどん伸びていって、今の2ヶ月という形に至っています。
前田:予算計画の際に意識していることは何ですか?
倉橋:主に2つです。まず<yellow-highlight-half-bold>「正しい予算とは、組織の成長率を最大化する予算だ」<yellow-highlight-half-bold>ということ。緩すぎる予算は全力を引き出せないし、キツすぎる予算は誰も追わなくなる。「マジ無理」と思いながらも「いけるかもしれない」と全力で追って、最後にギリギリ届くくらいの予算が、実は組織が最も伸びるちょうどいい予算設定だと捉えています。
前田:もう一つは?
倉橋:プロセス自体の価値です。私とCFOラインでハイレベルな数字を出して、現場に「できそうですか」と投げる。現場からアンサーが来て、2ヶ月間議論し続ける。このなかで必ず戦術の話になってきます。「こうすればできます」「この可能性は考えましたか」という対話を繰り返すことで、ほどよいストレッチと練り込まれた戦術が同時に生まれる。これがこのプロセスの価値だと思っています。
前田:楽観的な人と悲観的な人では、出てくる数字がまったく違いますよね。どうやって引き出しているんですか?
倉橋:SaaSなので因数分解が効きます。リード数、商談数、受注数、受注金額と分解して、その過去推移を起点に対話しますね。「受注率は過去の傾向から上げられるか」「新商品も増えているが単価は上げられないか」とかいった形で、構成要素のレベルで数字を突き合わせていきます。
前田:予算策定で戦術の話を深く議論するとおっしゃっていましたが、相手の仕事をある程度は自分でやったことがないと、戦術の会話にはついていけない気がします。やはり現場の解像度は必要ですか?
倉橋:そのほうがいいとは思います。私の場合、20人規模のときからCOOを8年間続けているので、大体のことは感覚としてわかります。ただ、その感覚がない状態でいきなり入るのは、かなり厳しいと思いますね。
ビジネスサイドたるもの言い訳するな
広造:今のお話に続いて、少し質問させてください。法規制の追い風や競合参入など、外部要因で数字が動いたとき、営業組織の実力と切り分けるのが難しいと思っています。成長しているときは「自分たちのおかげ」、未達のときは「外部要因のせい」というのはよくあるパターンで。倉橋さんはどう切り分けていますか?
倉橋:難しい問いですね。私は「雨が降っても自分のせい」という言葉が好きで、「ビジネスサイドたるもの言い訳するな」と本音から思っています。何があっても数字を達成しなければならない職種ですから、外部要因は「知らんがな」が基本姿勢です。
ただ、時間軸を使い分けています。当期の6ヶ月予算については何があっても達成する方法を一緒に考え、達成の線は絶対にぶらさない。一方で、来期以降の予算や戦略の切り替えについては、現場で起きていることをきちんと事実として吸収する。現場力が自分にないからこそ現場の実態を教えてもらいたい。「聞く面と聞かない面」を両立させている感じです。
広造:予算サイクルが6ヶ月である理由を聞いてもいいですか。AI時代なら3ヶ月もあり得ると感じているのですが、6ヶ月で回している理由は何ですか?
倉橋:1年は環境変化に対して長すぎるんですよね。もう一つ大きな理由は、数字を追うメンバーへの配慮です。スタートで出遅れ、頑張っても70%上限という状況に1年間置かれ続けるのは精神的にきつい。6ヶ月に一度はリセットボタンを押せることで、モメンタムを保っています。
3ヶ月という案もありましたが、そうすると年がら年中、予算策定になってしまう。また、6ヶ月分なら「気合いと根性」で取り返せる感覚があるんです。3ヶ月だと1ヶ月目でこけたら事実上終わりですし。
広造:確かに、1ヶ月で難しいと、もう挽回できませんもんね。
倉橋:賢い人間なら「この四半期ではなく次に寄せよう」という発想も働いてしまうでしょう。ただ、AIで予算策定が効率化されたら変わるかもしれません。
広造:予算の落とし方として、フィールドセールスの組織単位で握るのか、個人レベルまで握り切るのかはどうしていますか?
倉橋:個人レベルまでは、今はやっていません。以前はやっていましたが、規模が大きくなるにつれてやめました。チームに落としたら、そこから先の達成の道のりはマネージャーに預ける形です。
果てしなく遠い目標を掲げ、事業と組織を最大化する
前田:ぜひ広造さんのプロセスも聞かせてください。組織のキャパシティーを最大化するためにストレッチさせる意識でいるのか、あるいは別軸で考えていますか。
広造:ラクスル時代はCFOからトップダウンで数字が落ちてくるので、議論の余地はなく、「どう実現するか」だけでした。その意味では、市場と外部が求める成長率は所与のものとして、果てしなく遠い目標を掲げることで事業と組織を最大化するという発想です。
倉橋:広造さんのほうが、圧倒的に思想がマッチョですね(笑)。
広造:一つ明確に区別しているのは、連続的な成長と非連続な成長を分けることです。
たとえば「来期50億円から100億円」という目標なら、80億はトラックレコードをやり切って財務上のマスト目標として「息をするように達成する」。残り20億については完全に非連続です。単価を2倍にするとか、営業生産性を2倍にするとか、プロダクトをもう1本当てるとか、非連続なドライバーを決めてチャレンジします。
連続側は達成して当然、非連続側は「白黒つけにいったか」で評価する。こういった分け方をしています。
「T2D3は無視」しても「市場が求める成長率」は満たす
前田:最近「T2D3」ではなく、「Q2T3」が求められる市場の期待値がどんどん上がっています。その期待に必死に応えにいくのか、どこかでブレーキをかけるのか。現実的にはどのように見ていますか?
倉橋:正直に言うと、多分無視します。目標とは「組織の速度を最大化するために正しいレベルに設定するもの」だと捉えていて、高すぎても低すぎてもその役割を果たせない。自社が最も伸びるための設定を優先すべきで、市場の期待値はその判断材料にはなりません。
ただ、かつてT2D3を追いかけていた時期に、コースから外れたときの社内デモチベーションを相当恐れていました。なんとか達成できたのでよかったのですが、外れていたら「この会社は失敗した」とみんなが認識してしまう。
社内のモメンタムは、市場の期待値ではなく、自分たちの目標に対する達成・未達で大きく変わります。50%成長でも目標が30%なら「すごい」になるし、目標が70%なら「どうするんだ」になる。
広造:事業責任者としては倉橋さんとまったく同じです。ただ、VCから調達している会社として資本市場に向き合う責任もある。3日ごとに株価が動くような短期の波にはついていかないけれど、AIによって「これくらいの成長が求められる」という2〜3年のマクロな期待値を満たす責任は感じています。
モニタリングは「数字を知ること」ではなく「状況を理解すること」
前田:KPI管理とモニタリングについて聞かせてください。倉橋さんは今、どんな形で数字を見ていますか?
倉橋:昔はSalesforceで全商談のフェーズを全部追っていました。今は無理なので、やり方を変えました。ブラウザで「KPIウィンドウ」としてタブを8つほど開いていて、1日3〜4回見ています。受注金額やチャーンリスクといったKGIに近い指標だけを見て、週1回の「Biz定例」でキャッチアップしています。ただ、自分がVPを兼務している事業部については、商談フェーズの進捗まで一緒に追っています。
前田:焦り出すタイミングはどう判断していますか?
倉橋:チームによって見方が違います。2年ほど一緒に仕事すると、楽観的に見積もる人と悲観的に見積もる人の癖がわかってくるんですよね。同じ着地80%でも、ある人の80%は期末に100%になる。別の人の80%は「本当にまずい」を意味する。脳内補正をかけながら判断しています。
前田:広造さんはどうですか。しっかりミートするためにどこを見ているか、異常値の検知はどうしているか。
広造:ラクスルが売上300億円を超えて、複数ポートフォリオがあり、事業責任者も配置できていたときは、月次報告で回していました。逆に、売上30億円のときは、毎朝全員が集まってすべての売上を報告する朝会を実施していました。会社のフェーズによってまったく変わると思います。
前田:上場後は変わりましたか?
広造:変わりました。上場後は個別のモニタリングでアクションを打っても、P/Lをそれほど大きく動かせない局面が出てきます。そこでは個別改善ではなく、「P/Lをコントロールするためのドライバーを持つこと」です。
具体的には、売上が足りていなければ「今週からマーケ投資を一気に増やしてトップラインを押し上げる」といったレバーを3〜4個手元に持っておく。各事業にはオーナーシップを持つ事業責任者に進めてもらいつつ、合算した数字が足りない部分については、自分が持つ売上レバーと利益レバーをどこまで引くかだけを判断して、最終的な着地を作っていく経営になりました。
会議体は「報告する癖」をつけることが最大の目的
前田:会議体の設計について、各会議体の目的と確認ポイントを教えてください。
倉橋:私が設けているのは「Biz定例」という週1回30分の場で、各事業領域の責任者が全員参加します。KGIの報告、トピック報告、質疑応答です。
意図的に毎週30分にしている理由は「数字の進捗を報告する癖をつけること」です。何が良くて、何が悪くて、次のアクションは何かを説明できると、事業のPDCAを自律的に回す習慣がつく。自律できる人は不要かもしれませんが、報告の場がないと怠ける人もいる。対策を考えること、数字を確認することを、週1回30分で担保しています。
面白いのは、ダッシュボードの着地予想に加えて「私の個人予想はこれくらいです」と出してくる人がいることです。これが新情報になる。数字の動きと今週のトピックが紐づいているかどうかも、毎日見ているからこそ気づけます。
最近は「人間って、どういうふうに作られているのか」をよく考えるんですが、狩猟民族時代に私たちのDNAや肉体が最適化されているので、基本的にサボったほうが生存できる。働かなくていいときに動いている狩猟民族以外の生物は、エネルギーを使いすぎて滅んでいくわけで、私たちのDNAには「サボれるときはサボれ」と組み込まれてるんですよね。
なので、「ここだけはやってね」と担保するような会議体設計、オペレーション設計、KPI設計が大事なのかなと。それ以外は任せるスタンスでいこう、という考えに今は至っています。
広造:結論は私も同じですね。数字だけの短い報告会も、月に半日かける大事業戦略会議も試しましたが、どちらも限界がありました。数字は見えている。でもその人のコミットメントの引き出し方と事業解像度の確認は、週1の場でないとわからない。
「なぜ下がったのか」を本人がどこまで把握しているか、対策をどこまで考えているか。それらを確認する場が、週1回は必要です。
「気合いと根性」を令和の組織に浸透させる3つの方法
前田:倉橋さんはよく「気合いと根性」とおっしゃいますが、どうやって組織に浸透させているんですか?
倉橋:大事なことが3つあります。
まず「インセンティブ」です。成果を出した人にはそれだけのリターンを返す構造にする。たとえば、SmartHRのセールスは達成率が低いとボーナスがゼロ、達成率が高いと基本給を超えるボーナスが出る。年収が倍以上になるチャンスがあるほどアグレッシブな設計です。成果を出した人に報いるインセンティブを明確にすることが最初の一手です。
2つ目は「気合いと根性を求めながら、愛されるマネジメントができる人を登用すること」です。令和の時代に「激詰め文化」は通用しない。でも、言うべきことは言う、なぜできなかったかを指摘する、それでいて部下から信頼される……そういうオールラウンドな人材がどれだけいるかが、組織の強度を決めます。
3つ目は「空気感と文化」です。私自身が達成したら全力で喜ぶし、未達なら全員の前で悔しがる。リーダーの行動が、組織のなかで何が喜ばしくて何が悲しいかを伝えていく。
具体的には、うちに「勝ち名乗り文化」があります。セールスが達成すると、担当チーフがSlackの達成報告チャンネルに長文を投稿する。どんな苦労があって、どう乗り越えたかを全員にメンションして書く。私はそれに全員分、必ず3行程度のコメントを書いています。人数が増えて大変ですが、こういう地味な積み重ねが空気感と文化を作ると信じています。
ゼネラル・エレクトリックの元CEO Jack Welchさんは、優れた成果を出した人に直筆の手紙を書いていたという話は印象的でした。その手紙を受け取った人は、その手紙を机に貼り続ける。リーダーからの感謝や賞賛は、ROIが非常に高い。そういった事例から学んで、自分も取り組みはじめました。
広造:倉橋さんの話はまったくその通りで、加えるなら「一貫性」です。
生産性を上げるという戦略を立てたなら、制度も、登用される人も、経営陣も、ずっとそれを維持し続ける。これを一貫してぶらさない。「気合いだ」と言いながら、気合いの入っていない人が昇格しているのを見たら、誰も信じなくなりますから。人は意外と経営陣や昇進者の背中を見ているものです。
前田:広造さんなりのコツはありますか?会議でのスタンスや言葉の問いかけ方など。
広造:「何を見ているか、何で評価するか」を、かなりはっきり伝えるようにしてます。事業責任者と話すときは「アウトカムしか見ない」と伝えています。「守護霊を背負う」という言い方をするんですが、会社で会ったときに、そのヒトの後ろに背負っている数字が浮かび上がっているような感じになります(笑)。
倉橋:怖っ(笑)。
広造:多くの場合、経営メッセージがブレて、一貫性がないことがあるんです。売上を達成しろ、でもモチベーションサーベイで退職者を出すな、NPSは維持……みたいに、一人に5つも6つもメッセージを投げてしまっている。<yellow-highlight-half-bold>徹底とは、一つのメッセージを全員が行動変容するまでやり切ること<yellow-highlight-half-bold>です。やり切ったら、次の一つを足せばいい。やり切るまでは、極めてシンプルで極端なメッセージで、シンプルな指標で組織を貫くことが重要です。
たとえば「気合いで目標達成する文化を作りたい」なら、目標達成だけで全員を評価する。1年間それだけをやってみる。そこまでシンプルにして、やり切れるかどうかです。
前田:具体的なエピソードはありますか?
広造:戦略コンサルティングをしていたころに、店舗の売上改善でありとあらゆる切り口で分析して提案プレゼンしたことがありました。顧客層、地域、市場規模、さまざまなKPIを並べたのですが、プレゼンのあとに営業執行役員から言われたのが「電話を3コール以内に取って挨拶する店舗が、必ず売上が一番高い」という一言でした。
誰でもできるシンプルなルールを、店舗の全員が徹底できている。それが「凡事徹底できている状態」だと。そういう組織には、何をやらせても成果が出るという話でした。
もし、金曜日の締め会で「来週の月曜日からXXを徹底してほしい」と話したとき、次の週の月曜から、全員がそれを徹底できている会社がどれだけあるか。ほとんどない。組織に「神経を通す」ことが大事。
その神経の通し方は、会社や経営者によって異なります。ただ、成果を出すCxOに共通しているのは、その「徹底」を自分の芸風で組織に浸透させられる能力です。やり方は違っても、必ずその「神経の通し方」を持っている気がします。
「実質的なオーナーシップ」と「オーナーシップの役割」を同期させない
前田:COOの重要な役割の一つである「次世代マネジメントの育成」について。落下傘採用に頼らず、社内の人材を部長・VPレベルに引き上げるにはどうしていますか?
広造:自分の役割をそのまま任せようとすると「適任がいない」壁にぶち当たります。まず、自分の役割を3つぐらいに分けて、それぞれの役割で、自分の上位互換になる人を採用すること。そして、その人に「機会」を提供する。自分の下に置き続けても成長しません。
ラクスルでは、M&Aで買収した子会社の経営に挑戦してもらい、30億から100億まで経験してもらって、本体に戻ってきてもらいました。オーナーシップを持ったときにヒトは成長するものです。ただ、いざ部下を持つと「まだ半人前だから任せられない」と成長の機会を与えず、「成長しろ!」という無理ゲーを課してしまいがちなのが、人間のおかしなところです。
前田:倉橋さんはどうですか?
倉橋:1年半ほど前に8つのポジションを兼務していました。さすがに限界で、この1年半で7つを手放しました。
やっていることとして、任命する前に渡すようにしました。「私はこのポジションを兼務しているが、基本はあなたに全部任せる。チームにも『この人をVPだと思って接してください』と伝える」と宣言して渡してしまう。本当のVPに任命するのはまだ怖いけれど、渡してしまう。様子を見て大丈夫なら正式に任命する、というプロセスです。
広造:そこに関しては一つTipsがあります。「実質的なオーナーシップ」と「組織上のオーナーシップ」を同期させないことです。つまり、「事業責任者のつもりでやり切って欲しい」という気持ちの委任は先に渡しますが、タイトルや報酬といった役割は成果が出たあとでついてくる形にする。
日本では任命した後に降格させることへの抵抗が大きいですよね。それなら、実質的なオーナーシップを先に渡して、成果が出たらタイトルが後からついてくる形にすれば、双方に無理がない。大事なのはタイトルや報酬よりも「オーナーシップを持って仕事したい」という気持ちに応えることですから。
「これまでの教科書」が通じない時代に
前田:最後に、お二人からひと言ずつお願いします。
広造:LayerXはCxOやAI時代の事業家を絶賛採用しています。ご関心のある方は、ぜひお声がけください!!
今日語ったような経営の常識の半分は、AIネイティブな変革のなかで変わっていくと思います。「これまでの教科書」を知ったうえで、「次の教科書で何が変わり、何が変わらないか」を皆さんが実践しながら学んでいただけると、今日のセッションに意味があったと感じられます。
倉橋:本当に素晴らしい締め方をされましたね。付け加えることがないくらいですが……。
今は大変革の時期で、週末も「どうすればこの時代に勝てるか」と考え続けています。今日の内容が正解というわけではなく、私自身も不安と期待が入り混じった状態で日々考えています。
SmartHRも採用中です。そして、この会場にLayerXやSmartHRの競合の方がいらっしゃいましたら……今日の話を聞いたということは、競合したときはあまり激しくぶつからないと心に誓っていただければと思います(笑)。ありがとうございました。
※本記事はALL STAR SAAS FUNDが主催する「THE GREAT COO」(2026年2月26日開催)のセッションから、オフレコ情報等を除いて抜粋・再構成したものです
※記事中の在籍企業・肩書きはイベント当時のものです



