「すべてのスタートアップには、もはや2年の猶予しか残されていない」
AI革命の真っ只中にある今、こう断言するのはLayerXの代表取締役CEO・福島良典さんです。LayerXはブロックチェーン、SaaS、FinTech、AIと、常に時代の最先端で事業を展開し続けてきました。直近1年間ではAIクラウドサービス「バクラク」シリーズを拡充する形で、AIエージェント機能を搭載したAI申請レビューや勤怠管理などの大型プロダクトリリースを実現。
その驚異的な開発スピードの背景には、AI時代における競争環境の根本的な変化と、それに対応するための戦略的な意思決定メカニズムがありました。
いま、福島さんは何を考え、このAI時代の波を乗りこなそうとしているのでしょうか。スタートアップが生き残るための戦略から「Forward Deployed Engineer」を採用する意味、さらには野心的な目標を支える事業計画の立て方まで。AI時代を勝ち抜く経営の本質について、ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーである前田ヒロが聞きました。
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AI革命で明確に変わった「スタートアップの戦い方」
前田:福島さんが、「1万人の組織にレバレッジをかけ、Bigger Becomes Biggerを実現することも可能と思う」とポストされていました。実際、AIによってスタートアップの戦い方は変わったのでしょうか?
福島:はっきりと変わっていると思います。一番イメージしやすいのはコーディングの領域でしょう。開発のスピードが異常に上がっていますし、これが速くなることはあれど今より遅くなることは絶対にありません。
「バイブコーディングやエージェンティックコーディングだけで開発が完結するほど簡単ではない」とはいえ、7〜8割のプロダクト開発やコーディングであれば、AIで一気に進められる。スタートアップの本来の強みだった「早く作って、大企業が対応できない間にある程度のMoatを構築してしまう」というレシピが通じなくなる世界になったと感じています。
今この瞬間で言えば、まだ小さい会社でAI開発に早くシフトできたところに、大きなアドバンテージがある。ただ、今後2〜3年で見ると、この「開発が速い」というアドバンテージはスタートアップ固有のものではなく、大きな企業も持つ標準装備になるでしょう。
そうなると、次のボトルネックになるのは「顧客が本当に欲しいものがなにかを考え、作るものを決めること」になります。つまり、顧客の課題を深く理解し、既存の顧客接点のなかで課題やお金を払うポイントを知っていること、それを確実に届けられる力があることです。
さらに、AIには高い信頼性が求められるため、「データを任せる」「オペレーションを任せる」といった領域で信頼を得ているブランド価値がある会社が、急速に強くなると考えています。これが”Bigger Becomes Bigger”という言葉の意図です。
前田:誰よりもインサイトを取りに行き、そのインサイトを元に適正なプロダクトをデリバーしていく。ここがAI時代の優位性になってくるということですね。
福島:その通りだと思います。<yellow-highlight-half-bold>今、小さな会社に残されている時間的猶予は自分たちを含めて2年程度でしょう。長くて2年、短いと半年程度です<yellow-highlight-half-bold>。「あと2年でどれだけディストリビューションを広げられるか」ということを、真剣に考える必要があると思います。
そこで獲得した市場が、最大領域になり得るのです。それ以降の世界で、新しいプロダクトによって新しいチャネルが生まれ、新しいディストリビューションが生まれ、それに対して既存のプレイヤーがキャッチアップできないというような従来のスタートアップのプレイブックが本当に継続するのか、非常に疑問に思っています。
LayerXもまだ持たざる者、"Bigger"ではない側なので、この2年に間に合わせないと生き残れないと考えています。
「Forward Deployed Engineer」の真の意味とは?
前田:LayerXのAI・LLM事業部では、アメリカのPalantirなどで登用が進む「Forward Deployed Engineer(FDE)」の採用を開始されましたね。これもAI時代の変化に適応した動きなのでしょうか?
福島:FDEについては、「これまでのSESじゃないか・SIerをリブランディングしただけではないか」という声も寄せられました。しかし、実際はまったく違います。FDEがワークする前提として、柔軟性があり拡張力のあるプロダクト、あるいはプラットフォームが存在することが必要です。
なぜ、PalantirやOpenAI、SnowflakeがFDEという職種を設けているのか。たとえば、ChatGPTのようなツールが素材のように提供され、企業が「業務に合わせて導入してください」と言われても、実装が困難だからです。ある程度のインプリメンテーションがないと導入が難しいプロダクトなのです。
そこで、FDEが業務に合わせた要件定義や内部のワークフロー整備を行い、プロダクトをその企業に最適化した状態で導入・運用する。そして、究極的にはカスタマーサクセスを実現し、チャーンを防ぐ。そのためにFDEは存在するのです。
LayerXでは、「Ai Workforce」のチームで FDEを募集していますが、「バクラク」では募集していません。これには明確な違いがあって、Ai Workforceはプラットフォームであるのに対して、バクラクはSaaSであるという違いです。バクラクはそれほどカスタマイズしなくてもユーザーが使いこなせるため、テックタッチ・ロータッチで、一つのプロダクトでスケールする方が良いモデルなのです。
一般的なSaaSの企業であれば、FDEを置くよりは、カスタマーサクセスやカスタマーサポートをAIでスケールさせることを志向したほうがいいでしょう。事実、バクラクではAIを活用したサクセス・サポート支援に投資しています。チームによって考え方は変えるべきですね。
前田:チェンジマネジメントもFDEの担当ですか?
福島:そうですね。端的に言えば、プリセールスの能力を持ったエンジニアのような、非常に難しい職種です。
弊社では、「AIオンボーディング」という言葉を使っていますが、AIを企業にオンボーディングしようとした際に、そもそもAIが必要とするデータやナレッジ、ツールが整理されていることはそれほど多くありません。業務も暗黙的に運用されていることが多く、ここを明示的な指示に落とし込まないと、AIはうまく働けません。そこで業務フローを読み解き、内部に入ってヒアリングして、ワークフローに落とし込む。加えて、業務に深くダイブすることで理解したプラットフォームの改善ポイントをプロダクトチームやプラットフォームチームにフィードバックし、汎用的な方法で解決していく。プラットフォームに貯まるアセットを増やしていく。これがFDEに求められる役割です。
プラットフォームの改善と、その企業のサクセスを循環させることができるのが、FDEの仕事の面白さでもあります。正直なところ「それができる人はスーパースターですよね」と笑われてしまいそうですが、それだけの実力がないと成り立たない職種だとも思います。
前田:なかなか見つかりにくい人材でしょうね。
福島:ベースはエンジニアでありながら、顧客ヒアリングや課題解決が好きといったコンサルティング能力を、トレーニングしながら身につけていくのも、取りうる方法ですね。顧客の課題解決が好きなエンジニアの方にはおすすめのキャリアです。
「すべてのAI企業はPalantirのようになる」への見解
前田:ある著名な投資家が、非公式ではあるのですが「すべてのAI企業はPalantirのようになる」と発言していたんです。これについてはAgreeでしょうか、Disagreeでしょうか。
福島:Disagreeです。たとえば、CursorのようなAI企業がPalantirのようになるかというと、絶対になりません。
業務の性質によると考えています。ただ、BtoB企業であればどの企業も多かれ少なかれPalantir的な要素は必要になると思います。たとえば、SaaSの世界で私が考えているのは、SaaSの大カスタマイズ時代が到来するということです。
従来のSaaSの考え方は、なるべく標準化して、「SaaSの業務フローに合わせてください」という考え方でした。生成AIの出現で「ソフトウェアとしては標準化されているが、カスタマイズも可能です」という提供方法が実現可能になったと考えています。そういう意味でのPalantir化は加速するでしょう。
ただし、「Palantirのようなビジネスモデルになり、Palantirのようなプラットフォームプロダクトを持つことがすべてのSaaS企業にとって正解か」というと、必ずしもそうではないと思います。
SaaSの本来の良さは、標準化されていることです。ソフトウェアとして標準化されていることが保たれたまま、カスタマイズが可能になることがポイントです。単純にカスタマイズするだけでは、スケーラビリティのない受託開発になってしまいます。スケーラビリティのある方法でカスタマイズができるようになることが重要だと考えています。
前田:標準化している部分を壊さずに、カスタマイズがしやすい設計にしていくということですね。
福島:その通りです。その間を埋めるのが生成AIの役割だと考えています。
「2030年にARR1,000億円」という野心的な目標設定
前田:LayerXは「2030年にARR1,000億円」と目標を掲げられましたね。この期間や数字にどうやってたどり着いたのか教えてください。
福島:これは、実はAIがここまで盛り上がる前に設定した目標なんです。AIによってまた少し考えが変わっているのですが、まずはベースの考え方を話します。
SaaS市場の観点から、私は「2030年にARR1,000億円」を重要なベンチマークにしています。現在のトップティアのSaaS企業、ARRが上位の4〜5社を思い浮かべてみてください。ARRが200〜400億円のレンジに到達しており、最上位の企業で年間100億円程度のARRを積み上げている成長速度です。成長率でいくと約20〜30%増で、一番成長している企業だと50%増くらい。成長率の低減や生産性などの前提をモデルに当てはめて計算すると、2030年にSaaSのトップティアたちのARRが1,000億円に達することになります。
そのとき、何が起こるか。ARR1,000億円を超えた企業が、100億円以下の企業を次々と買収するということが、ほぼ確実に起こるでしょう。SaaS企業はオーガニック成長と買収による成長を組み合わせて成長していくのですが、当然両方を活用できる企業の方が成長速度は上がります。これはアメリカのSaaS市場を見れば自明に起こったことです。そして基本的には大きい会社ほど、買収による成長をうまく活用できます。資金調達能力とバイイングパワーの観点です。
第一世代のSaaS企業がある程度の規模になり、そのディストリビューションやブランドを活用して、新興の成長企業を買収して、さらに成長していく。日本でも同じことが繰り返されると考えているので、2030年までに——できれば「日本で最初に」ARR1,000億円に到達するSaaS企業になるという目標を設定しました。そのためには、多少の無理をしてでも投資を行い、積極的にAI事業への投資に取り組むこと、そしてAIエージェント事業への参入およびSaaSのAIネイティブ化を進めるという方針を決めたんです。
この成長が少しでも遅れたらどうでしょう。2035年にARR1,000億円に到達することも、すごい成長です。しかし2035年にARR1,000億円に到達しても、その頃にはトッププレイヤーたちはさらに成長し、ARR2,000億円に到達する会社がでてきているでしょう。買収力は基本的に上位企業ほど高まるため、LayerXが買収競争に参加できなくなるという危機感がありました。
さまざまな数字やマーケット規模を予測していますが、まず間違いなく少なくとも2社、多いと5社は2030年の時点でARR1,000億を超えるはず。LayerXも、そのスピード感で競争に入らないと生き残れないという危機感があります。
前田:この計画を策定するうえで、内部的要因やその他外部的要因で考慮されているポイントはありますか?
福島:実現不可能な目標を設定しても意味がないので、非常にストレッチな目標ではあるものの、私たちが持っているすべての仮説が本当にすべて良い方向に進んだ場合には到達可能だろうという内部的要因からつみあげたものと、外部要因的競争という観点で、2030年だと間に合うが、2035年では遅すぎるという感覚から設定しています。
たとえばLayerXが、2年後の2027年にARR1,000億円に到達するかというと、それは100%不可能です。しかし2030年は内部的にギリギリ、本当にすべてがうまくいった場合にギリギリ到達可能な水準です。逆にLayerXは今のペースで成長すれば2035年には確実にARR1,000億円に到達します。しかし2035年では先程話した競争という観点では遅すぎる。
すべてがうまくいった時に最短でいつ到達できるかとトップティアのSaaS企業の競争という観点を考えると、2030年ARR1,000億円という目標が最低ラインだろうと。外部環境を考慮しながら、この目標を設定しました。区切りもいいですしね。
「良い事業計画」と「悪い事業計画」の差とは?
前田:福島さんにとって、「良い事業計画」を表すとしたら、どんなものでしょうか?
福島:まず、計画の前に自分たちのベースラインである実力値が正しく把握できており、その成長ドライバーも理解できていることが大事です。「良い事業計画」とはその正しく把握している実力値に対して、努力を要するアップサイドが適切に含まれている状態といえます。
たとえば、事業を推進していき、ある月に「予算に対して50%で未達でした」という状態があるとすれば、それは前提を大きく間違えているのではないかと考えます。つまり、「悪い事業計画」です。逆に、毎月110%ずっと達成しているというのも「悪い事業計画」で、それは実力が110%のレベルにあるということです。そのような企業は本当にストレッチさせれば、120〜130%程度まで伸ばせるはずです。
「良い事業計画」とは、実力値の20〜30%程度上に目標が設定されており、それに対してリソースやアクションが適切に計画されていることだと考えますね。
私は、計画の前提について幹部陣と深く議論します。「この成長ドライバーで、生産性は上がるのか下がるのか、それとも維持されるのか?」「10倍成長させるために従来同様の効率でリードを獲得するには、マーケティング施策を現在の100倍実施する必要があるが、その施策数を飲み込めるだけの十分な市場ポテンシャルや、アイデアリストがあるか?」「それらに優先順位をつけられているか?」「実行するオーナーは誰でリソースがあるのか?」といった前提を詳しく検証します。
このような具体的なアクションの検証をしない計画も「悪い事業計画」の典型で、エクセルでピッと引っ張った数値だけで計画を作るのはご法度ですね。
もっともこれらの計画の設定を洗練させていくのは「言うは易し」で、正しく設定することが非常に難しいことですけれど。
前田:相当、事業理解が深くないと難しいでしょう。それを深めるためには、各部門の責任者とのコミュニケーションを重ねていくしかないですか。
福島:大切なのは抽象と具体の往復だと考えています。
まず、前提として、LayerXのビジネスモデルは非常にシンプルです。生まれたリードがどの程度の期間で、何パーセントが形になり、単価がいくらになるのか。そのうち、どの程度がチャーンして、どの程度のNRRが上昇して……と、基本的にSaaSはシンプルに表現されます。まず、その全体像を理解することが重要で、その次にメッシュを細かくしていく。
たとえば、平均のリードタイムが2ヶ月であれば、リードからキャッシュが生まれるまで2ヶ月で計算した計画を引きます。ただしメッシュを細かくすると、たとえばSMBとエンタープライズではリードタイムが異なりますよね。
現場やファーストラインのマネージャーと話したり、実際に営業へ行ったり、自分がそのパイプラインを持ってみたりして、「確かにこういう交渉が発生するならリードタイムは変わるな」といった生の情報が必要だと思います。
「競合に対するウィンレートをこう設定しているけれど、実際は確かにこのプロダクトのアドバンテージはここにあるんだ」とか、「プロダクトのアドバンテージはないが、営業の努力でこの程度獲得している」とか、そういうことを現場で理解することが重要です。そのうえで、また抽象的なモデルに戻ってきて、モデルは適切なのかをモニタリングしながら、実際に深く考えながら検証していくんです。
<yellow-highlight-half-bold>私はAI時代においては顧客と話すことが非常に重要になると考えているので、自分で営業の目標数字を持って、それにコミット<yellow-highlight-half-bold>しています。もちろん全商談をマネージすることはできないので、「クロージングでこの程度」とか、「自分でアウトバウンド的にソーシングしてきてこの程度の見込みARRを作る」といった目標も設定しています。
そのなかで商談にも出席しますし、プロダクトの会議にも参加します。実際に、既存のお客さま向けにミートアップで新機能のデモを行なって実際にヒアリングしたり。自分の稼働時間の2〜3割程度はお客さまと話す時間にしようと、月単位で設定しています。
「やり切る組織」に最も重要なのは設計図
前田:野心的な計画を達成するためには「やりきる力」が重要だと思います。それを持つ「やり切る組織」や「実行力の高い組織」を作るために工夫されているものはありますか?
福島:経営者の視点で見た「実行力の高め方」と、マネージャーとして見たときのHowは違うとは思うのですが……経営視点で最も重要なのは設計図です。設計図は何に現れるかというと、モニタリングするKPIに現れます。
ハイパフォーマーを増やしたいという相談を受けた際に、「ハイパフォーマーの定義ができていますか?」と質問すると、ほとんどの企業でできていないのが現状です。
KPIとして当社では、基本的に「アクション数」と「見込みARR(パイプライン)」という2つを見ています。「ハイパフォーマーとは何か」が適切にモニタリングできていれば、KPIに達していない時点でアラートが起き、そこでロールプレイングを実施するなどして、弱点の強化を図るといった具体的な施策が打てます。
正しいKPI設定、正しい目標設定、ハイパフォーマーの明確な定義。これらが揃えば基本的には、かなり実行力を高められると考えています。また、KPIも目標も正しいはずなのに実行力が伴わないときはマネジメントの課題だと考えられます。それこそマネジメントのトレーニングが必要になってきますね。
もう一つ、当社が工夫している点は、AIに生データや生の行動に近いものを分析させて評価する、ということを重視していることです。現在はインサイドセールスとフィールドセールスのみに適用していますが、すべてのコールをAIが聞いて評価しています。
すべての商談動画を分析して、「あなたの弱点はこの部分です」といった社内ツールを開発していますが、毎回の商談に優秀な営業マネージャーが同席してくれるような効果をAIによって実現できます。これはやり切る組織の今後の共通点になると考えています。まさに気合と根性と技術の組み合わせです。
AIを監視役でなくパフォーマンスを上げるためのパートナーとして、いろんなとこに配備していく。それによってボトムアップでパフォーマンスを上げていく。これは今後のAI時代における「強くなる組織の共通点」になるのではないかと考えています。
「人間が最も頑張れる状態」を考える
前田:福島さんがXに投稿していたコミットメントへの鋭い言及を深堀りさせてください。
「事業をこう伸ばすというドライバーの認識をする。そのドライバーを10xするアジェンダを設定する。そのアジェンダは今の時点でもできるかもわからない、howもわからないもの。それに対してただ1人の責任者の名前を書く。それがオーナーシップ。そのアジェンダの成否の結果責任を負う。それがコミットメント。常に10xを意識した変革が行われる経営を当たり前にしたい」
と投稿をされていました。この背景について教えてください。
福島:最も事業として成果が上がる形態はスタートアップだと考えています。それをもう少し深く分析するとオーナーシップだと思うのです。
オーナーシップとは、事業の成果に対して取れる手段の自由度が高い状態で「結果責任」を負うことだと解釈しています。この状態で仕事をするとき、人間は最も成長し、最もパフォーマンスを発揮すると思うんです。この状態を組織で作ることができれば最強ではないでしょうか。
逆に、うまくいっていないケースを分析すると、実務や組織上の権限を持っているのに、実際は数字を背負っていないというケースがあります。「インサイドセールスで商談数とパイプラインにコミットしたいです、しかしマーケティングチームがどの程度リードを獲得してくれるかに依存しています」といった状態では絶対に成果は上がりません。
「雨が降ってもあなたの責任」だし、「マーケティングチームが機能しなくてもあなたの責任」だろうと。だから、「あなたは商談数とパイプラインにコミットしてください。あなたの評価は、すべてあなたが獲得した商談数とパイプラインで決まります」となったときが、最も成果がでる状態です。
この話をすると、「厳しすぎる」と言われることもありますが、少なくともLayerXで幹部になろうという人は、これくらいのことを楽しいと思えなければいけません。実際、幹部と対話する中でも「もっと求めてほしい」「この状況が楽しい」と考えている人が多かったです。コミットメントの引き出し方として、経営者が「高い水準を要求する」ということは大事だと思います。
お互い合意したうえで、「これを求めていきます、よいですか?」「承知しました」となったら、その期間はこのようなシビアな接し方をしようということを意識して要求するようにしています。
ボトルネックを先んじて解決するのが、CEOの時間の使い方
前田:この1年で大きめなリリースを複数出されていますが、福島さんの新規事業に関わる時間の使い方、あるいは「関わらない領域」はどうやって決めているのでしょうか?
福島:現在は、ほぼ100%の時間をAIと新規事業に充てています。ただし昨年は、100%の時間は使えてませんでした。既存事業の立て直しや、既存事業のGTM戦略の見直し、成長ドライバーの再調整を行なっていたからです。
CEOの時間の使い方は、企業のボトルネック、未来のボトルネックを先んじて解決していくことに使うべきだと考えています。CEOの役割は適時で変わっていきます。新規事業によって新しい収益源を作ることなのか、既存事業の成長ドライバーを再調整することなのか。ある瞬間は採用かもしれないし、既存組織のマネジメントかもしれない。
クオーターや半年単位で自分のなかでテーマを決めて、実際にカレンダーもトラッキングしながら、「この案件に、これくらいの時間を使う」ということを決めておき、その予定通りに時間を使えているかを追っています。
また、CEOが新規事業として関わる場合と、既存の事業責任者のなかで領域拡張として行う新規事業は明確に分けています。構造が異なるものや、これを既存チームで進めようとした際に明らかにハレーションが起こって進まなくなることが予想されるものは、私のチームで立ち上げます。
勤怠管理はその最たる例でした。もともとバクラクは経理向けで、CFOが決裁者でしたが、勤怠管理は決裁者としてのCFOは同じでも、対面のバイヤーは経理と労務で変わりますよね。
SaaSにおいて、バイヤーを変えることはアンチパターンとして避けるべきだと言われており、投資家からも「やるな」と怒られることだと思います。ただ当社の場合、ユーザーから「経費精算と勤怠管理を同じシステムで使いたい」という声が多く寄せられていました。
そこで顧客ヒアリングを深く重ねていくと、組織図の同期、つまり「組織図マスターを一つにしたい」というニーズが見えてきたので、「やはり作るべきだ」となりました。
ただし、通常新規事業を立ち上げた場合、最初からいきなり既存事業の営業効率と同等にはなりません。勤怠のケースだと既存のディストリビューションチャネルも使えるようで使えない部分があります。蓄積していくノウハウやドメイン知識も異なります。この前提で既存事業の責任者に「勤怠もグロースして」と渡すのは、典型的な新事業のアンチパターンです。既存の経理向けプロダクトで成長を追っているなかでその役目をいきなり渡されて、「では、立ち上げてください」と言うと、かなり組織のハレーションが起こると思います。
そのため、これはCEOの戦略案件として位置づけました。組織も切り離して作る。ただし、最終的に組織をマージするということを事前に伝えたうえで立ち上げました。
勤怠管理サービスを販売しても、最初はなかなか売り方が固まってなかったりします。営業担当者からすれば、既存製品である請求書や経費精算は、売り方も固まっていてパイプラインも読みやすい、と考えるでしょう。「なぜ今さら新規事業で勤怠を売りに行かなければいけないのか」「それをすることで自分の営業成績にどれくらい反映されるのか」というところで、さまざまなハレーションが起こると思います。
営業のオンボーディング担当者も、「経理の知識を営業に継続的にトレーニングするだけでも大変なのに、なぜ労務の知識までトレーニングしなければいけないのか」となります。新規事業はどうしても最初は売上効率が小さいため、むしろやらない方が良いとなりかねないのです。
AIも同様です。AIは、まさにチェンジマネジメントが必要な領域で、「すべてをAIネイティブに考える」「AIを中心に捉え、その際AIが起こすミスは、こういう形でカバーする」という風に、組織の設計を変えなければ成功しないと思います。「今ある組織に補助的にAIを導入しましょう」「今ある組織は維持したまま、サポートする形でAIを導入しましょう」というアプローチを取っている組織はすべて失敗しているはずです。
AIを中心に捉えて、「この流れで強くなっていく方向に賭けよう」という考え方が重要です。現在は「ハレーションもあるし、ミスも起こるけれど、それも含めて受け入れたうえでAIを中心に考え最適なミスのカバー方法を見出すことが、AI時代の最重要なノウハウになる」というアプローチを取っている組織が勝つのだと思います。
このような構造変革が必要なものや、チェンジマネジメントが必要なもの、既存の仕組みと大きなハレーションが起こるものがあるときは、最終的にマージする前提で、組織も切り離して、私の権限で立ち上げます。戦略的に「やらなければ生き残れないからやるのだ」という企業の使命、あるいは顧客の課題に応えるというミッションドリブンで、推進しなければ破綻してしまうからです。
逆に、ハレーションがない形で立ち上げられるものは、現場で顧客の解像度や課題の解像度を深く理解している人が事業を立ち上げた方がうまくいく。そこは私のなかでは明確に切り分けています。
自己誤認を避ける「不都合な真実」への向き合い方
前田:再び福島さんからのポストから……
「過去にした単なるビジネスジャッジだったものが時を経ることで、信念と自己誤認してしまうことがある」
と話をされていました。どういったコンテクストの投稿だったのでしょうか。
福島:もともとLayerXでは、ビジネスジャッジとして、BPOは現在は実施しないという意思決定を長らく行なってきました。しかし、それが「呪いの言葉」のようになってしまい、「当社はBPOを行わず、プロダクトで業務を変革していく企業だ」という形で、組織が自己誤認してしまったことがありました。
しかし私自身は、実はそれほどこだわりがないというか、AI時代によってBPO自体も非常にスケーラブルな事業になってきていると考えています。そこである日突然、私が「BPOをはじめよう」と言って、社内は大混乱になったわけです(笑)。
「福島さん、BPOはやらないと言っていませんでしたか。そういう信念なのではなかったのですか?」という話があった際に、「いや信念ではなく、あれはビジネスジャッジだから......」という話をしたんです。
前田:この自己誤認を避けるために、何か工夫はありますか?
福島:まずは自分たち自身をメタ認知することです。そのためには定期的な振り返りが必要です。当社の経営会議のアジェンダには「不都合な真実」というテーマがあるんです。
LayerXを非常に批判的に見てみようというアジェンダです。たとえば、ある競合企業の経営者になりきってロールプレイして、「LayerXは客観的にこう見える」とか、「LayerXを叩き潰すとするならこういう戦略を取れますよね」とか考えてみる。すると、私たちが取っている方法が地獄行きのルートであったり、隙だらけに見えたりすることがわかってきます。
そこで、LayerXがBPO事業をやっていないことが、競合からしたら「非常にラッキーだ」と思えるのではないか、という話をしました。「あなたは〇〇社の幹部だと仮定しよう」と切り出して、「LayerXがBPOをやらないのは、営業担当としてどう思う?」みたいな。そうしたら「いや、非常に楽ですね」と返ってきた(笑)。だから、私たちもやるべきだねとなりました。
前田:競合の立場に立ってみて、自分たちの事業を見てみるのは、良い問いですね。
福島:特にAI時代になった際に「自分たちが何者でもないAIスタートアップだったとして、LayerXを潰すなら何を作る?」という議論は頻繁に行います。
作られてしまうと不都合なもの、攻め込まれると致命傷になりかねないもの、先んじて取り組まれる可能性があるもの……それらは、すべて自分たちで先に埋めてしまおうと。
ただ、現場で頑張っている当事者からすると、事前に経営陣の方針とアラインして握ったうえで事業を成長させているわけですから、それが覆されるようでストレスもあるでしょう。私が逆の立場でもストレスを感じると思います。でも、<yellow-highlight-half-bold>そこで瞬間的には受け入れがたい話ほど、熟考する価値があるアイデア<yellow-highlight-half-bold>なんです。あえて「性格の悪い人」になりきって、自社のリスクを洗い出すということを、定期的に実施しています。
とはいえ、それを毎週やっているのは健全ではないので3ヶ月に1回位の頻度で自分たちの戦略を客観的に見直すと良いと思います。今はAI時代なので1ヶ月に1回程度やった方が良いかもしれませんね。
日本も、AIプロダクトを本気で作ることに挑戦してほしい
前田:最後の質問ですが、もしSaaSやAIスタートアップの起業家たちに今日から実践してほしい宿題を一つ出すとしたら何でしょうか?
福島:AIのプロダクトを本気で作ってほしいと思っています。現在、みなさんが使用しているサービスはすべて海外のものではないでしょうか。GoogleしかりMetaしかりNetflixしかり。AIはOpenAIとAnthropicとGrok、もしくは中国製のDeepseekなど……これで良いわけがありません。
AIアプリケーションもCursor、Genspark、Manus、Perplexity(Comet)、Diaなど、すべて海外のサービスです。「これではダメだろう」という感じです。
もっとも、AIを使うという意味では日本の方々も相当使っているほうだと思います。先日、広島に営業で行ってきましたが、中小企業からエンタープライズ企業まで集まる場に行って、「ChatGPTを使っていますか?」と質問したら、ほぼ全員使っていました。
それほど海外のAI製品を使用しているのです。一方で、日本発のプロダクトがあって、それが世の中を変えた、ユーザーの習慣や業務を変えた、といった話をほとんど聞かないと感じています。それは私も悔しいと思いますし、LayerXとしてはAi Workforceを展開したり、バクラクでもAIエージェントの開発に注力していきます。
そのなかで「圧倒的に業務が変わった!」というものを作りたいのですが、これをもう皆さんでスタートアップ全体が実施して、AIプロダクトをどんどん提供していくと。
みなさんも、AI受託などもう今すぐ止めて、プロダクトを作ってほしいと思っています。
前田:確かに日々触れているサービスは全て海外製ですね。日本のサービスがどんどん増えるといいなと僕も思います。
僕としては、まずは10xのアジェンダを自分でも考えていきたいところです。今日は新規事業におけるCEOの関わり方や、競合の立場になって「自分たちをどう潰すかを考える」といったお話は、特に学びになりました。お忙しい中、ありがとうございました!
(この収録は、2025年7月23日に実施しました)