「スピードとディファレント──この2つを生み出してきたからこそ、異次元の成長を実現できている」
コロナ禍という逆風のなかで創業し、わずか3年3ヶ月でT2D3を大幅に上回る成長軌道を描くスタートアップがSales Markerです。その代表取締役CEO・小笠原羽恭さんが掲げるのは、一般的に対立関係とされる「スピード」と「ディファレント(差別化)」の両立戦略です。
「インテントセールス」というカテゴリを確立し、競合ひしめくセールステック領域で独自のポジションを築いた背景には、ハッカソン集団としての圧倒的な開発力と、戦略コンサルティングで培った論理的思考の融合がありました。
4人でスタートした組織は現在315人まで拡大。累計23.5億円の資金調達を経て、AI時代を見据えたプロダクト群の展開へ……小笠原さんは何を考え、どのような戦略でこの異次元成長を実現してきたのでしょうか。スタートアップが生き残るためのメソッドから、AIオーケストレーション構想まで、ALL STAR SAAS FUND シニアパートナーの湊雅之が深掘りします。
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異次元の成長、その原動力は「スピードとディファレント」
湊:今日のテーマは「異次元の成長」です。Sales Markerはまさにそれを体現されていると思いますが、小笠原さんが最も重視している観点は何でしょうか。
小笠原:まずは、事業アイデアの検証における圧倒的なスピード。そして、他社との差別化要因となるディファレント。常にこの「スピードとディファレント」を生み出してきたからこそ、「異次元の成長」とありがたく言っていただけるような実現ができていると思っています。
今日は「スピードとディファレント」をさらに分解して、6つのテーマを用意してきました。

1つ目は『絶対的なバリュー・プロポジション』です。私たちは最初、CrossBorder株式会社として会社をスタートしました。提供していたのは、簡単に言えば「NewsPicksの英語版」のようなサービスです。世界中の新しい情報を集めて日本語へ翻訳し、それを月額4,000円でお届けしてきました。しかし、これではディファレントが足りません。「海外の記事をGoogle翻訳にかけるのと何が違うんだ」という指摘を受け、なかなか事業としての成長を感じられなくなってきました。
シード投資についても、ここでつまずきました。経営陣については、名だたる企業から集まってきた4人で創業しましたから、投資家からも大きくご評価をいただいていたのです。「この経営陣だからこそ出資したい」というわけです。しかし、サービスの新規性がありませんから、「それが見えるまで出資は決められない」と。大変堪えましたし、まさに最初の試練です。
湊:創業メンバーは起業ありきで最初から4人が集まったのか、領域が決まってからチームを作り出したのか。どういった経緯だったんでしょうか?
小笠原:チームありきで事業を作りました。創業以前に、CTOの陳晨、取締役の渡邉駿也、それから私で、あるハッカソンのアジア大会で優勝したことがあったんです。
COOの荻原慎太郎とは、それとは別のビジネスコンテストに一緒に出まして、そこでSDGsをテーマに「各企業がどれくらい社会課題の解決に貢献しているのか」を可視化するブロックチェーン・プラットフォームを考案して入賞しました。
言わば、私のなかにはエンジニアチームとビジネスチームが共存していたので、この2つを合体したら良い会社ができるのでは、と創業したんです。テーマありきよりも、このチームで何かがやりたいから集まったのが大きいですね。
投資家との対話が生んだ、ディファレントへの気づき
湊:バリュー・プロポジションは、みなさん悩まれる観点だと思います。新規性を求められるなかで、どのように確立していったのでしょう?
小笠原:それを圧倒的にディファレントにするきっかけは、投資家の皆さんとのディスカッションでした。まさに「新規性の乏しさ」について指摘を受けたんです。
今でも、2021年12月31日のSlackを見ることがあります。ひたすらに「新規性とは何か」を詰めに詰めきって、私たちがたどり着いたのが現在のSales Markerの基礎になります。では、何を考えたのか。まず、そもそも企業活動とは「売上を高める」「コストを下げる」「利益を上げる」の3つに大別できます。
そのなかから「売上を高める」には新規を開拓するか、既存を拡大することです。そして、新規の開拓とは「ターゲット企業数×商談化率×受注率」で決まる。受注率向上を図るプロダクトはいくらでも世の中にCRMがありますから、一定で課題解決されているはずです。しかし、商談化率を上げるプロダクトはどうやら市場にまだないと気づきまして、そこを軸にディファレントを見出していったのです。
アメリカでは「セールスインテリジェンス」と呼ばれるサービスがさまざまありましたが、日本にはまだ見当たらなかった。そこで、Sales Markerの概念と「インテントデータ」というニーズのデータを活用したサービスとして、商談化率の向上に寄与するプロダクトをローンチするに至りました。
Sales Markerを出すまでに、実は会社員時代から数えると9つくらいプロダクトを作ってきたんです。Sales Markerは10個目のプロダクトですが、ようやく市場に求められ、なおかつディファレントなものを作れた実感がありますね。
湊:投資家との対話がバリュープロポジション発見のきっかけになったのはユニークですね。彼らはいろんなサービスを見ているから、その脳を借りたような感じでしょうか?
小笠原:いえ、それで言うと、まずは私たち自身でアメリカの先行サービスを徹底的に調べたのですが、かえって知識が身につきすぎてしまったようです。形にしてみたら、先行例の良いところ取りをしたキメラのようなサービスになってしまって、投資家からも「一つだけ選ぶとしたら何が強みだろう?」という問いを投げかけられました。
自分ではバリュープロポジションがあると思っていても、端から見れば何がそれに値するのか全く定まっていない……まさに、このズレをチェックするために、投資家との対話という機会を活用させていただいた感じですね。今後伸びるという確信があるからこそ投資に値するわけですから。チェックポイントとしても、かなり有効だと思っています。
顧客の購買軸を掛け合わせる、ポジショニングマップの威力
湊:ほかにも、投資家とのディスカッションで得たものはありますか。
小笠原:論理だけで証明されても顧客に選ばれなくては意味がありません。そこで、縦軸と横軸でポジショニングマップを作りました。
横軸に据えたのは「動的なデータがある」と「静的なデータしかない」です。たとえば、企業リストは山ほどありますが、「ニーズがわかるターゲティングリスト」はないものです。縦軸は「自動でマルチチャンネルにアプローチできる」と「シングルチャンネルでしかアプローチできない」です。
そして、「動的なデータがある」かつ「自動でマルチチャンネルにアプローチできる」というサービスこそがSales Markerであり、今も私たちしか存在しません。
ポジショニングマップの軸の作り方はとても重要です。大概は機能数、価格、満足度あたりで引くと思いますが、それではいけない。顧客が購買するときに「大事にしている軸①」と「大事にしている軸②」で作るのです。これはコンサル時代に鍛えられたところですね。
PSFは「5件正規価格で売れたか」で捉える
湊:PSF(プロブレム・ソリューション・フィット)ではユーザーインタビューをされるケースが多いと思います。Sales Markerが手応えを掴むまでに、どれくらいのインタビュー数を重ねたのでしょうか?
小笠原:Sales Markerの着想を得て資料化し、プロダクトのデモを作って営業を開始してから2回目の商談で受注できました。我ながら、かなり早くたどり着けました。
湊:2回目は相当早いです!(笑)
小笠原:ありがたかったですね。私は、田所雅之さんが『起業の科学 スタートアップサイエンス』で示されたPMFを目指すマイルストーンがとても好きなんです。
カスタマー・プロブレム・フィットで本当に問題があるかを見極め、その後にPSFで本当にプロブレムとソリューションがフィットしているかを判断します。しかし、この見極め方が実はあまり明文化されていません。ここで多くの起業家がつまずくのではないでしょうか。
そこで、Sales Markerでは社内独自のPSFの条件を設けています。それは「5件正規価格で有料で売れたか」です。5件の正規価格での受注をもって、PSFの達成を判断しています。もし、できていなければ、PMFも永続的に訪れないと考えます。
湊:ユニークな基準ですし、初めて聞きました。時間的な制約はあるのでしょうか。やはり、2年間かけて5件売るのと、1ヶ月で売れるのでは、意味が全然違うはずですから。
小笠原:明確な時間制限は設けていませんが、3ヶ月程度の期限内で5件の受注を目標にしています。短ければ1〜2ヶ月で5件は受注したいところです。理由は市場の変化。時間をかければかけるほど、プロダクトの価値が相対的に低下する可能性があります。その点でも、2〜3ヶ月が適切な期限でしょう。
インテントセールスという新カテゴリの創造戦略
湊:カテゴリ作りについてお聞きしたいのですが、Sales Markerほど明示的に取り組まれているのは珍しいと思います。どこからインスピレーションを得たのでしょうか?
小笠原:インテントセールスという新概念を提唱する背景には、米国式のブランディング戦略を取り入れたことがあります。コンサルファーム出身者として経営論の書籍をよく読んでいましたが、Oracle、SAP、Salesforceといった企業は、すべて重要な3つの戦略にブランディングを組み込んでいます。
なぜブランディングが重要なのか、調査を重ねた結果、新しい概念を生み出した会社が市場のリーダーになっていることがわかりました。有名であることや導入企業数の多さは後からついてくるものですが、いかにその領域を創造したかが極めて大切。最初に参入したことよりも、最初に領域を作った企業だと認識されることが決定的に重要なのです。
具体的には、インテントデータを活用した顧客起点の新しいセールス概念として「インテントセールス」を定義しました。これを書籍化して内容を広く知ってもらうとともに、誤解されやすいポイントの解消も図りました。インテントセールスは単純に「検索されたら電話して契約獲得」ではありません。まずは市場のニーズを高め、それをシグナルとして捉え、的確なアプローチで商談と受注を実現する──複数のステップからなる体系的な手法です。
小笠原:成果として、Japan Sales Tech Landscape 2024というカオスマップに「インテントセールス」という新領域が創設されました。もともとアメリカには存在しなかった領域を私たちが創り上げ、リーダー企業として掲載いただき、アメリカ企業とも並んで紹介されている。インテントセールス領域をSales Markerが確立したことを実感できた瞬間でした。
湊:PMFの段階からブランディングを意識されていたのでしょうか?
小笠原:PMF達成後にカテゴリ創造に取り組む方が適切だと考えています。先にカテゴリを作っても、そのカテゴリが本当に市場に受け入れられるかはわかりません。私たちはシリーズA完了のタイミングからカテゴリ作りを本格化させました。
湊:インテントデータを活用した営業方法が新しかったなかで、初期のお客さまはどのように獲得していきましたか。展示会や知人の紹介など、どういった方法を?
小笠原:オンライン/オフラインそれぞれで取り組んでいましたが、参考になる特徴的な考え方があります。『トラクション ―スタートアップが顧客をつかむ19のチャネル』に書かれていて、ぜひ皆さんに読んでいただきたい一冊ですね。ポイントをかいつまんで言うと、ターゲットとなる方はどこにいるのかを考えるのが最も大切である、と。
Sales Markerは商談化率を上げるプロダクトですが、それを求める方はどこにいるのか。大きく4つ挙げるとすると、1つ目は経営者マッチングサービスのコミュニティ。2つ目が経営者をお繋ぎする人物。3つ目が展示会。4つ目がイベント登壇です。
これらに属する方は、基本的にみなさん商談が欲しいから来ているのであって、私たちからすれば全員が見込み顧客です。結果として初期の早い段階で受注もでき、顧客獲得もうまくいきました。最初はオフラインのチャネルも活用しながら5社ほど獲得していきつつ、その後にウェビナー、ウェブ広告、SEOといったオンライン施策へ広げていきましたね。
PMFは「カテゴリ・マーケット・フィット」を考える
湊:みなさんにとっての「PMFの定義」について教えてください。どのタイミングでPMFを達成したと感じられましたか?
小笠原:2つの転機がありました。1つ目は、初回受注の瞬間です。デモ段階でリリース前にもかかわらずご契約をいただけたことから、深刻に困っている顧客が存在することを確信しました。これは強烈なカスタマー・プロブレム・フィットでした。その後、契約数が順調に伸び、当初1年間でMRR1,000万円、ARR1億円というPMF最低ラインの目標を半年ほどで達成できました。
2つ目は、ビジネスメディアのPIVOTで「インテントセールス」についてお話させていただいた際の反響です。多くの方にご注目いただき、導入が加速しました。これも決定的な転換機でしたね。
PMFに関しては、私が独自に考案したフレームワークがあります。<yellow-highlight-half-bold>カテゴリ・マーケット・フィット<yellow-highlight-half-bold>です。インテントセールスという考え方自体がマーケットにフィットするかが極めて重要で、これが達成されないと、PMF後に踊り場へ入ってしまい、次の一般化段階に進めません。
その次が「ボーリングレーン期」です。『キャズム2.0』の著者であるジェフリー・ムーアの『トルネード キャズムを越え、「超成長」を手に入れるマーケティング戦略』という書籍で紹介された考え方ですね。センターピンを倒すことでアーリーマジョリティ層を連鎖的に獲得できる。そして、そのためにはホールプロダクトが重要になる、という定義です。

次にやってくるのは「トルネード期」です。何をしても、どんなクレームを受けても、成長が止まらない期間が訪れる。その後に「メインストリート期」として、一般企業でも「取り組むべきだよね」と積極的に検討される段階へ移行します。
こうした段階を明確に分け、各プロダクトの現在地を可視化しています。この現在地可視化の方法論はまだ一般的に確立されていない印象があります。複数のプロダクトを手がけるようになった今では、すべてのプロダクトで同様の成長軌道を描けるのではと考え、社内でも徹底的に実践しています。
「ハッカソン筋肉」が生む異次元の開発スピード
湊:プロダクト開発のスピードについてお聞きします。Sales Markerのローンチまでどのくらいかかったのでしょうか?
小笠原:アイデアの種からリリースまでは合計5ヶ月程度ですが、ディファレントを思いついてからリリースまでは3ヶ月で完了しました。早期リリースは実現できましたが、重要なのは単なるスピードではなく、顧客に求められている機能を早く作ることです。
小笠原:具体例を挙げると、2回目の商談で「このポイントが解消されないと契約できません」というご指摘を頂戴しました。「わかりました。明日にはできるので、また明日にご確認いただけますか」とお答えすると、「明日できるなら契約します」とつながったんです。
翌日にご要望だったエクスポート機能を実際にお見せし、その場で契約署名をいただき、翌月の利用開始に向けて準備を進めました。お客さまの「絶対必要」な機能は、最速で開発することを徹底しています。
ほかのプロダクトでは、Recruit Markerはアイデアからリリースまで3週間、Marketing Markerは1ヶ月半〜2ヶ月でした。最近の「Orcha(オルカ)」というAIエージェントは、開発決定から1週間でモックアップを作成し、そこから1ヶ月で銀行への導入が決定。ゼロからのアイデアを1ヶ月で本番環境レベル、かつ銀行でも導入可能なレベルまで完成させたのは、かなり高速だったと自負しています。
湊:その異次元の開発スピードの秘訣は何でしょうか?
小笠原:3つの要因があります。1つ目は、我々が「ハッカソン集団」であること。ハッカソンは24時間で1つのプロダクトを作るため、モックレベルのプロダクトを1日で作るのが当たり前の感覚です。私は8回のハッカソン参加経験があり、1日で1つのプロダクトを作り、ピッチするのが基準値になっています。
2つ目は、エンタープライズ対応の技術力です。もともとは野村総研でエンタープライズ向け証券システムを開発していた経験から、厳格なセキュリティを担保したシステム構築、しっかりとした要件定義、コンサルティングファーム級のプレゼンテーションやRFP作成能力を併せ持っているのは一つの強みといえるでしょう。
3つ目が、私がエンジニアや経営コンサルタントを経験していることです。通常、営業やコンサルタントが「この機能が必要なんだ」とCTOに依頼しても、「3ヶ月かかる」なんて言われがちですよね。ただ、私は「どんな開発をイメージしていますか」と具体的に聞き、「お客さまが真に解決したいのはここだけです。これなら1ヶ月で作れませんか」と提案できます。さらに、「このコード、このライブラリー、このAPIを使えば作れるのでは」とソースコードのレベルでも議論できます。
戦略レベルからソースコードレベルまで一貫して議論できるのは、ハッカソンやフルスタック開発のスキルがあるからといえます。現在もOrchaのソースコードを直接確認し、精度向上のボトルネックをコードレベルで特定し、解決して、早期の精度向上を実現しています。
いつも協力してくれるCTOやエンジニアチームには頭が上がりませんね。
組織の生産性を劇的に改善する「論点思考」
湊:次に、組織の拡大についてお聞きします。短期間で組織がグンと大きくなった印象があるのですが、創業時の4名から315名まで、どのように成長されたのでしょうか?(*2025年8月の最新数字では347名)

小笠原:組織の拡大には段階的な課題がありました。まずは2023年3月、シリーズAのあたりで50名規模になった時点で、私一人での指示出しが限界に達し、「誰が何をやっているのか」というメンバーの業務内容が見えなくなる問題が起きました。
解決策として、Notionデータベースでプロジェクト管理システムを構築して、全員のプロジェクトとタスクを一元可視化しました。業務の透明性が向上し、リーダーやマネージャーによるメンバーの管理が可能になりました。
しかし、2023年12月ごろに100名規模となると、新たな問題が発生しました。プロジェクトとタスクが膨大になり、Notionが重くて開かない、あるいはプロジェクトがスタックするといった状況に陥ったんです。メンバーが懸命に働いているにもかかわらず結果に結びつかない苦しさがありました。
ハイライトこれを解決するために取り組んだのが「論点思考」の導入です。『論点思考 内田和成の思考』を参考に、社内で「論点テーブル」を運用しています。
「論点テーブル」の具体例を挙げると、創業初期に「ウェビナーをやってみては」という提案を受け、マーケターが20時間準備してウェビナーを実施しても、獲得できる商談は2〜3件程度でした。20時間で2〜3件は効率が悪すぎます。一方で、交流会に参加すれば5件程度の商談は獲得できていたのです。
ここで論点として設定すべきは「商談を10件獲得するには何をすべきか」という抽象的な問いです。10件獲得するためには、交流会で5件、もう5件は紹介していただければ、2〜3時間で目標達成できるかもしれません。あるいは、ウェビナーでも質疑応答時間を多めに取り、資料準備を最小限にして商談につながる質問に丁寧に回答すれば、2〜3時間の準備で5〜10件の商談が獲得できる可能性があります。
実際に試してみると、20時間で準備したウェビナーで2〜3件の商談だったのが、2時間で用意したウェビナーで5〜10件の商談獲得という結果になり、10分の1の時間で50倍効率的な成果を出せました。<yellow-highlight-half-bold>タスク管理では気づけませんが、論点管理なら気づける<yellow-highlight-half-bold>のです。
湊:採用計画でも論点思考は活用できそうですね。
小笠原:そうですね。論点ベースでの採用は効果的だと思います。
たとえば、「プロダクトマネジメントが機能せず、顧客要望がプロダクトに反映されない」という課題があったとします。この場合、顧客からの課題をヒアリングし、プロダクトに反映させ、継続率を向上させる能力を持つ人材を採用すべきです。しかし、通常は「PdMを採用しよう」となり、結果的に開発寄りで顧客対話が得意でない人材が来てしまい、マッチしないケースが多発したりします。
私自身の考えとして、ジョブディスクリプションはあまり当てにならないと思うんです。どうしてもスキルベースになりがちですから、論点ベースでのジョブ型採用に近い手法を採用すべきだと考えています。
湊:キーポジションで、このタイミングに加わってくれてよかったと思う人材はいますか?
小笠原:2023年12月にCDO(Chief Design Officer)に岡直哉を採用できたことは、とても良かったですね。それまでは典型的なシードステージ企業のホームページや資料でしたが、彼は元LINEヤフーでブランドデザイン本部長として、CEO直下800人程のデザイナーを統括していたのです。CDOと連携した組織デザイン、プロダクトデザイン、概念の具現化活動が劇的に加速しました。
プロダクト開発は高速でしたが、概念化やデザイン領域で私のリソースが限界に達していたため、CDO採用の効果は絶大でした。シリーズAタイミングでCDOを採用する企業はほとんど見たことがなく、ユニークなポジショニングだったと思います。
自社プロダクト活用でROI7倍を実現するマーケティング
湊:プロダクトの自社活用についてもお聞かせください。
小笠原:プロダクトの自社活用には力を入れていまして、成果が出る企業と出にくい企業の特徴を分析し、自社で実践しながら言語化しています。

小笠原:Sales Markerはインテントシグナルが注目されがちですが、インテントジェネレーションが最も重要です。
具体的には、2年前の4月時点で「インテントセールス」を検索していた人は市場に8人しかいませんでした。現在は約1万人が「Sales Marker」や「インテントセールス」を検索しています。これらの検索者はSales Markerに関心があるのは確実なので、シグナル検知してアプローチを行なっています。
タクシー広告、エレベーター広告、ビジネスメディア出演など、あらゆるマーケティング施策で高い成果を実現しています。従来は検索していなかった人が急に検索をはじめ、シグナルが大量発生し、アプローチすると「タクシー広告で目にしました」「エレベーター広告を見ました」「PIVOTに出られていましたよね」といった反応が得られて、言わば「話が早い」という状態になります。コール時の反応率は5倍向上し、商談数も大幅に増加しています。
認知ブランディング広告はすべて平均ROI7倍を達成しており、1回の投資で7倍のARRを生み出しています。この効率的な循環は、Sales Markerを自社で徹底活用していることが大きな要因です。
さらに、Sales Marker活用で「商談獲得の次は受注まで」という段階での機能不足を実感した際は、『Sales Marker Bolt』として機能拡張を行い、効果的な活用方法を顧客にご案内しています。
最近のSales Marker Boltでは、商談録画を分析し、成功する営業と成功しない営業の差分をすべてプロンプトで分析しています。すると、成功する営業は特定機能を提案し、成功しない営業はデータの話しかしていない、といった違いが明確になりました。
こうした知見を可視化し、自社プロダクトの徹底活用により改善と成長を実現しています。それこそ書籍化できるレベルまで言語化できたのも、自社活用の成果です。
AI時代を見据えたオーケストレーション構想
湊:最近ではAIオーケストレーション構想を発表されましたね。この取り組みについて教えてください。いつごろから開始されたのでしょうか?
小笠原:実はAIに関しては2年以上前から取り組んでいます。ChatGPT登場直後に、Sales Markerの「AIセールス」、現在で言うAIエージェントのような機能をリリースしました。
チャットベースでAIに「ニーズがある企業をリストアップし、文面を作成して送信しておいて」というタスクを指示すると、自動で営業活動が行われ、自動で商談が入ってくる機能です。しかし、時代を先取りしすぎたのか理解されず……チャットで商談獲得するニーズが存在しませんでした。
この経験から、市場の受け入れ準備が整っていない段階での急進は効果的でないことを学び、必要なタイミングで必要なものを提供する方針に転換しました。現在は第一弾としてAIスライド機能などを展開しています。
その上で、私たちが構想したのが「AIオーケストレーション」です。今後はAIプロダクトが急増し、インターフェースが分散して、SaaS乱立と同様にAIエージェントも乱立し使いにくくなると予想されます。
そこで私たちは、興味・関心・意図といった人のインテントを起点に、複数のAIサービスや情報ソースを統合し、ビジネスにおける成長戦略の立案から実行を一貫して支援する「ヒューマンセントリックなAIの指揮者(オーケストレーター)」の必要性に着目しました。
中心に「顧客インテント」を据えつつも、セールス、マーケティング、人材採用、事業開発、プロダクト開発、ファイナンス、M&Aが密接に関連していると考えています。そこでSales Markerとして、これらすべてを結び、商談増加、クロージング、マーケティングコンテンツ作成の一気通貫による課題解決を支援できるように、AIスーパーエージェントのOrchaを提供しています。

湊:なるほど。セールステックだけに閉じずに、広くプロダクトを手掛けられている理由でもあるのですね。それらがOrchaですべてつながっていると。
小笠原:ええ、全部つながっていますね。
必要なものを、必要なタイミングで、必要な速さで提供する
湊:みなさんは、いわゆる生成AIネイティブな企業ではありませんよね。コードエージェントも含めて、これからもAIのプロダクトは数多く出されていくと思いますが、SaaSと比較した際の難しさや差別化要因の異なりなど、どのように捉えていますか?
小笠原:まず難しさについてですが、SaaSはインプットが決まればアウトプットが必ず一意に決まる、入力と出力が担保されているサービスです。その意味では予定調和的でもあります。一方、生成AIは同じ入力でもアウトプットが変わるのが難点です。
たとえば、金融機関のシステムでは、生成AIは使わない方が良いと考えています。「10万円分の株に投資したい」という指示に対して、勝手に「20万円やっておきました」と言われても困りますよね。こうした領域では使えません。
しかし、「この人に営業したい」という場合に刺さる文面を作成するなら、バリエーションは無数にあり、正解も存在しません。そこには一定の幅があっても良いと考えています。つまり、幅出しができる機能と、幅出しができない機能を見極めることが大事です。
また大切なのは、そもそもランダム性があっても問題ないことを受け入れられるかどうかです。受け入れずに固定しすぎると、かえってユーザーの期待を裏切ることもあります。この辺りをうまく工夫しながら開発しています。
湊:そういったことは事前に見極めできるのでしょうか?プロダクト開発が短期かつスピーディだからこそ、実際にぶつけてみる方が早いという考え方もあるかと思うのですが。
小笠原:ぶつけた方が早いというのは、確かにありますね。実際、AIスライドをリリースする前にウェイティングリストで募集したところ、数時間で数百の申し込みがありました。「これがいらないわけはない」と確かめてから作りはじめたわけです。先ほどお話したPMFを最速で回していく手法が、ここでも活きています。
この速さがないと、Gemini、Claude、OpenAI、Gensparkなどが次々にリリースしてくるため、意味があり、かつディファレントなものを生み出すのは相当困難です。我々がこれまでお話ししてきたPMF実現のためのメソドロジーを有していることは、大きな優位性だと考えています。<yellow-highlight-half-bold>必要なものを、必要なタイミングで、必要な速さで提供する<yellow-highlight-half-bold>──この能力が我々の重要な優位性になっていますね。
湊:一般的にスピードと差別化は二律背反になりがちですが、小笠原さんの場合は両輪になっているように見えます。
小笠原:とある時価総額40兆円規模のグローバルSaaSの日本法人会長とお会いした際に、こんなことをおっしゃったんです。「A or B じゃない、A and B だ」と。これが非常に重要な考え方です。スティーブ・ジョブズも「スピードとエクセレント、どちらも取ろう」と言っていましたよね。
この両立を今後も大切にしていきます。優位性の観点では、インテントデータについて、我々しか取得できないサードパーティーデータがあり、このデータを起点としたニーズのある顧客向けスライド作成、コンテンツ作成など、さまざまな領域のプロダクトがインテントに密接に関わっています。これらは継続的な優位性として担保されていくと考えています。
スーパースターとロックスターの最適な役割分担
湊:これまでのご経験を踏まえて、小笠原さんが考える理想型のチームとして、PdM、PMM、ビジネスエンジニアなど、それぞれ何名くらいのチームで組み、その後どれくらいの期間で、どれくらい増やしますか?
小笠原:これはファウンダーのケイパビリティなどにもよると考えています。
私たちはファウンダー4人のうち3人がエンジニア出身です。そのため、PdMやPMMの能力に特化した人材が4人中3人いるので、これらの機能が元々備わっていました。結果として、これまでPMMやPdMの機能をそれほど必要としませんでした。
その後は機能が増え、既存機能のアップデートも必要になってきたため、現在は3名のPdMと2名のPMMの方に参画いただいており、合計5名体制です。全体の組織サイズが300名なので、60分の1程度の人数でカバーできています。
一方で、もしファウンダーのCEOや共同創業者がエンジニア、PdM、PMMのケーパビリティを持たない場合、おそらく3〜4倍の人数が必要になると思います。「プロダクトマネージャー」という職種は、ほぼファウンダーのような動きを期待されがちですが、必ずしもそうした能力があるわけではありません。
0→1や1→100といった特定領域に強みを持つ人材なので、「新規プロダクトを立ち上げよう」「新機能を作ろう」というときには、慎重に見極めて自分でやるという選択肢も持っていた方が良いと思います。実際、Orchaを作ったときは、私が全領域を横断して担当しました。
湊:これからもさまざまな0→1プロダクトを作っていく際は、基本的にファウンディングチームの誰か、創業メンバーの誰かが担当するのが大前提でしょうか?
小笠原:むしろ、担当することが大事だと思っていまして。AppleやGoogleの管理職研修プログラムを手掛けた方が著者の『Great Boss―シリコンバレー式ずけずけ言う力』を最近読んでいるのですが、この本では「スーパースター」と「ロックスター」とという2つのタイプについて解説されています。
ファウンダーは通常「スーパースター」で、さまざまなものを生み出せます。一方で「ロックスター」は日々同じ業務を完璧に遂行する人材です。ファウンダーはそういった動き方が苦手な傾向がありますよね。得意分野が真逆に位置するため、お互いを「仕事ができない」と感じる可能性がありますが、両者が連携しなければスケールは絶対に実現できません。
最近は「<yellow-highlight-half-bold>スーパースターは0→1を担当、ロックスターは1→100を担当<yellow-highlight-half-bold>」という整理でアサインメントを行い、非常にうまく機能しています。
高速開発時代のセールス・マーケティング連携術
湊:スピード感を持って開発すると、営業のキャッチアップや顧客への適切な訴求変更がなかなか大変そうだと感じます。メンバーへの落とし込みはどのように?
小笠原:極めてクリティカルなご指摘です。現在はプロダクトが4つ、Orchaを含めて5つあることより、実はSales Marker内の1つのプロダクト内に28個程度の価値ある機能が存在することを正確に伝えるのが困難でした。(※2025年9月現在、7プロダクトを開発・展開)
この課題を解決するため、顧客を3つのパターンに分類しました。従来は多種多様な顧客がいるという定義でしたが、現在は「3種類しか存在しない」と定義しています。この3種類の企業様に対して、各機能がどのように役立つのかを示す「課題マップ」と「バリューマップ」を作成し、全社で展開する取り組みを先月からはじめました。
当社でも、機能とプロダクトが増えすぎてセールスやマーケティングのチームがキャッチアップできない、さらには顧客もキャッチアップできないケースが発生していたんです。そこで、バリューマップ、課題マップ、そして顧客分類表を作成し、これらをもとにキャッチアップできるように、ドキュメントの充実化に取り組んでいます。
これまでも機能一覧表や営業資料への記載は行なっていましたが、営業資料が150枚程度になってしまい、説明が困難になりました。そこで資料を削減しつつ、パターンをシンプルにする取り組みを最近は進めています。
湊:機能開発するかどうかの基準は、どのように設定しているのでしょうか?
小笠原:まず、私たちがどのようなバリューを提供するために存在するのかに常に立ち返ります。
具体的には、契約締結による売上向上を実現するために、私たちはプロダクトを提供しています。そのボトルネックとなる事象を解消するプロダクト機能であれば開発します。逆に、この軸に関係のない機能、たとえば「このデータを可視化したい、理由は見てみたいから」といった曖昧なニーズに対しては開発を見送ります。
一方で、契約獲得のためには検索ニーズだけでなく、「商談録画から得られるニーズも活用したい。これがないと2回目、3回目の商談につながらず、契約に至らない」という相談を顧客から受けた場合は開発します。実際に商談録画機能をリリースし、録画から商談のボトルネックを自動抽出するプロパティをAccount Markerの機能として組み込みました。
この機能により、顧客は「なぜ商談で失注するのか」を分析でき、我々からは「このように商談を進めれば受注できます」とアドバイスできるようになりました。このような本質的な売上向上という大論点に関連するサブ論点であれば開発し、論点との関連性がなければ開発しない──これが私たちの基準です。
原体験は、カマキリ好きな少年の情熱だった
湊:最後に、スピードとディファレントを大切に、事業に挑む小笠原さんのモチベーションの源泉はどこにあるのでしょうか?
小笠原:地元の青森でカマキリを育てることが好きだった少年時代の体験が原点です。小学1年生のときにNHKの番組で「カマキリが地球温暖化の影響で生息できなくなる」という内容を見て、解決策を考案しました。
大気中の二酸化炭素を回収して地中に埋めることで、大気中の二酸化炭素濃度を下げ、地球温暖化の進行を遅らせ、カマキリを育てられる期間を延長する──この提案を青森県に提出したところ表彰され、クラス中から賞賛されました。すごく嬉しかった経験です。
この経験から、新しい社会課題を発見し、それを解決するソリューションを考案することが私の生きがいになりました。それが面白くて取り組んでいるだけですね。
湊:カマキリへのソリューション開発が原体験とは!まさに、それが現代化しているのがSales Markerですね。小笠原さんのお人柄も伝わるエピソードです。今日はありがとうございました!