2018年頃にカスタマーサクセスの概念が日本に紹介されてから、すでに7年が経ちました。この短い期間のなかでも、役割は大きく進化しています。
そもそもカスタマーサクセスは、コストセンターとしてスタートしました。その役割は「顧客を自立させるための教育的な仕組み」であり、「顧客を自走させる」、すなわちプロアクティブなカスタマーサポートに近いものでした。
しかし、今では「顧客に成果を提供し、パートナーとしての立場を確立する利益創出の仕組み」が強く求められるようになっています。つまり、プロフィットセンターへの進化です。
SaaSをはじめ多くのサービスにおいて、カスタマーサクセスの重要性はすでに広く認知されています。しかし、その位置づけを「コストセンター」とするのか「プロフィットセンター」とするのかについては、いまだに議論が続いています。
議論において特に考えるべきは、次の2点です。
- カスタマーサクセス組織にエクスパンション(利用拡大)目標を持たせるべきか
- カスタマーサクセス人材がその役割を担う特性を備えているのか
「コストセンター or プロフィットセンター」の議論に一つの答えを
「コストセンターか、プロフィットセンターか」という議論は、私がカスタマーサクセスに携わりはじめた2018年頃から繰り返し語られてきましたが、簡単に結論の出るものではありませんでした。
しかし、SaaSの歴史が積み重なるなかで、この議論に一つの答えを提示する企業が現れました。今回紹介する株式会社RightTouchです。
先日、私がモデレーターを務めたイベント「生成AI時代におけるエンタープライズCSの最前線と未来 〜RightTouchが描く、新しいCustomer Successのかたち〜」での、RightTouchの田中彬寛さん、増田隆洋さんとのディスカッションを私なりに解釈してみました。
「カスタマーサクセスのプロフィットセンター化は本当に可能なのか?」に対する一つの回答を提示したいと思います。
RightTouchのサービスとカスタマーサクセス組織の特性
RightTouchはコールセンター/カスタマーサポート領域に特化したコンパウンドSaaSを提供する企業で、すでにシリーズ累計14.2億円を調達しています。もともとは株式会社プレイドを母体としており、同社が提供する「KARTE」をコールセンター/カスタマーサポート領域に特化させたプロダクトである「QANT Web(旧:RightSupport)」から事業をスタートしました。現在は大手企業を中心に導入が進み、着実にシェアを拡大しています。
彼らのユニークさは、事業戦略とカスタマーサクセス組織に表れています。具体的には、
①DAY1からエンタープライズをターゲットに据える
②カスタマーサクセス組織がExpansion(利用拡大)の責務を担う
という2点を明確に標榜していることです。
私自身、当初は②の「カスタマーサクセス組織がExpansionを担う」に注目していました。しかし、お話を伺ってみると①と②は切り離せないものであり、むしろ「①を選んだからこそ②が必然的に成立する」という事実を理解できました。
(①については、ALL STAR SAAS FUND BLOGに掲載されているRightTouchの代表取締役 野村修平さんの記事が参考になりますので、ぜひご覧ください。)
RightTouchは2025年8月にカスタマーサクセス組織の名称を 「Customer Growth Partner(CGP)」 へ変更しました。これは冒頭で述べた「カスタマーサクセスの役割変化」を敏感に捉えた結果であり、「顧客の事業成長を実現することで、自社の成長も実現する。そのためのパートナーとなる」という宣言だと受け止められます。変更の背景については、同社が公開しているnoteにも詳しく記されています。
この変更において最も注目すべきは、Expansionの役割を明確にCGPに担わせている点です。RightTouchは、まさにカスタマーサクセスをプロフィットセンター化する実践者であるといえるでしょう。

上記は一般的なSaaSとRightTouchを比較した表ですが、特に興味深いのは次の点です。
「エンタープライズ顧客が中心であるため、自然とChurn Rate(解約率)は低くなり、事業のキャッシュエンジンはNRRとなる。そしてCS(カスタマーサクセス)の役割も、それに最適化されたものになっていく」
ここが非常にポイントです。多くのSaaS企業は、まずSMB(中小企業)市場をエントリーとして選び、その規模に合わせたCS組織を構築していきます。一方、DAY1からエンタープライズを狙うRightTouchは、 「エンプラを最初からターゲットに据えるのであれば、CSがExpansionを担うのは自然なこと」 と解釈しているのです。
実際、多くのスタートアップはこの点に気づいていません。PMFがまだ十分に確立されていない段階では、キャッシュフローを整える必要から自然とSMB市場を目指すことになります。その場合、CSの役割は次の2点に集約されます。
- オンボーディングを中心とした早期立ち上げ支援
- Churn阻止(解約防止)
こうして3〜4年が経過すると、CS組織は上記の役割に最適化されてしまい、経営が急に「これからはエンプラ重視だ。CSもExpansionを担え」と号令をかけても、組織がすぐに対応できないのです。
しかし、DAY1から徹底的にエンプラ市場を狙ったRightTouchは事情が異なります。エンプラ顧客の場合、2〜3年単位で業務改善計画を立てるのが一般的です。そのため、CSが上記2点に過剰に縛られる必要はなく、「顧客との中長期の戦略実現をプロダクトベースに支援し、成果創出を通じて自社のNRRを高める」という発想へ自然とつながっていくのです。
こうしてみると「DAY1からエンプラ戦略」は合理的に思えます。しかし、実行は容易ではありません。エンプラ市場を中心に営業活動を行う場合、以下のような課題が立ちはだかります。
- 有効なリードやパスが乏しい
- 与信やセキュリティ要件が厳しい
- 未成熟なプロダクトでは要求に応えられない場合が多い
- キャッシュインまでのリードタイムが年単位に及ぶ
資金が限られるSaaSスタートアップにとって、これらは致命的です。RightTouchがこの戦略を選んだ背景には、上場企業である親会社プレイドの信用力やプロダクト、そして既存の顧客基盤をうまく活用できたことが大きかった面もあるでしょう。
ただ、RightTouchの実践例は、エンタープライズ市場を狙うスタートアップにとって有用に違いありません。彼らの失敗・成功の経験から導き出された回答は、余計な回り道をせずに済むヒントとして受け止められるはずです。
RightTouchのCS組織を「4つの観点」で分析する
RightTouchのCS戦略、とりわけCGPの実態に迫るべく、以下4つの観点から見ていきましょう。
- AE(Account Executive ≒ 営業)連携・組織設計
- KPI・成果測定
- 採用/人材要件
- スキル体系・キャリア

まず、RightTouchのGCPにおいて特徴的なのは、上図に示されたKPIの整理です。
- AEの責務
- Land:初期契約の獲得
- 新規バイヤー開拓:BDRによる横展開
- CGPの責務
- Expand:契約の拡大
- チャンピオン活用:既存顧客内での拡大
重要なのは「新規バイヤー開拓」をCGPのスコープから外していることです。
CS組織にExpansion目標を持たせてもうまくいかないケースの多くは、 「CSM(Customer Success Manager)が案件創出まで担当し、本来のCS活動に十分な時間を割けなくなり、結果的に中途半端に営業組織化してしまう」 という事態に行き着きます。
この失敗には「顧客キーマンとの関係性や課題」を見誤ることが根本にあります。大きくは、それらが潜在しているのか、顕在しているのかで分かれます。
また、エンタープライズでは、特定の部署には導入済みであっても、ターゲットと考える本丸の部署ではまったく内情が異なる場合があります。その場合はAEが営業を担当します。一方で、本丸の部署に導入済みで、成果がすでに出ていれば、CS(CGP)が担当する、という分け方を取っているのです。
まとめると、以下のような形です。
潜在課題と顕在課題でのCS・セールスの活動の違い
A:キーマンとの関係性と課題が潜在な場合
セールス活動
- 新規バイヤーの発掘(パワーストラクチャの把握と関係構築・強化を含む)
- マーケットトレンドの啓蒙
- 顧客の事業課題に応じたニーズの掘り起こし
CS活動
- プロジェクトの顧客担当者との信頼関係構築
- プロジェクト担当者からの責任者およびキーマン紹介アプローチ
- 隣接課題やプロジェクト以外の課題ヒアリングと把握
B:キーマンとの関係性と課題が顕在な場合
セールス活動
- ニーズに対して製品がどう貢献できるかを提示
- 具体的な要件のヒアリングと、自社・他社製品のマッチアップ
- 稟議・購買プロセスのサポートや価格交渉
CS活動
- 現プロジェクトを通じて取組可能なことの提案/頭出し
- 定例等のタッチポイントでヒアリング・課題の明確化
- プロジェクトフェーズアップのスケジューリング
エンタープライズの既存顧客に対する活動は基本的に商談段階でキーマンとの会話ができることも多いため、Bの顕在課題であり、ExpansionといってもAとBでは性質がまったく異なります。必要な人材特性も異なり、Aは「市場を読む力」や「関係構築力」が、Bは「合理的な成果プロセス設計力」と「クライアントの中長期戦略の実現に合わせた提案力」が求められます。CGPが担っているのは、まさにBの領域です。
AEが市場を読んでアプローチする一方で、CGPは個社ごとの事情を加味し、戦略にアラインしたプロダクトなどのロードマップを提案、NRR最大化を目指します。
つまり、<yellow-highlight-half-bold>RightTouchはExpansionを、「潜在課題への対応 A をAEが担う」「顕在課題への対応 B をCGPが担う」という分業体制を明確に<yellow-highlight-half-bold>しています。
さらに想像してみて欲しいのですが、「Expansionの実行」といっても状況によって次のように分かれます。
- ケース1:同一顧客に対して、拡大利用や新しいプロダクトを提案する
→ 顧客課題や関係性がすでに把握されている → B(CGPの領域) - ケース2:別部門・別顧客に対して、(他部門で)実績のあるプロダクトを提案する
→ バイヤー発掘からはじめる必要がある → A(AEの領域)

この考え方を前提に、RightTouchの「受注から成果創出に至るプロセス」を見ていくと、同社の戦略がより鮮明に理解できます。

これまでの説明を整理すると、LandはAE(営業)が担当し、ExpandはCGPが担うという構図が見えてきます。図の上部に記されている「Sales/CGPのどちらかがAM(Account Manager)を担う」という表現は、まさに先ほど例で述べた ケース1 / ケース2で分岐する意味を示しています。
判断のポイントはシンプルで、以下のように理解すればよいでしょう。
- バイヤー発掘を伴うExpand → AE(営業)が担当
- 既存関係内でのExpand → CGPが担当
さらに補足すると、一般的にCSMが苦手とされる契約クロージングの部分(稟議・購買プロセスのサポートや価格交渉を含む)は営業が担います(RightTouchの場合は、蓄積された経験もあるために多くの場合CGPが担当しているとのことでした)。全体を俯瞰すると、大局的にはAEとCGPで役割を整理し、状況に応じてCGPが苦手とする部分をAEが補完するという座組です。
こうしたプロセス設計によって、それぞれの強みを活かしながら、無理のない形で顧客成果と事業成果を両立させていることが分かります。
CGPに求められる人材要件
続いて、「採用/人材要件」と「スキル体系・キャリア」の観点から見ていきましょう。
「CSMにエンタープライズ案件のExpansionを任せる」と聞くと、多くの方は高度なスキルが必要になると感じるのではないでしょうか。しかし、ここまでの説明を踏まえると、それは必ずしも正しくないことがわかります。
Expansion活動の解像度をもっと高め、A(潜在課題対応)とB(顕在課題対応)に分けて整理してみます。すると、Bの活動は、CSMが本来の役割を突き詰めていけば十分に担える範囲だと理解できるはずです。
つまり、CSMにとって難しいのはAの領域であり、BはむしろCSMがキャリアの延長線上で自然に目指す姿だと言えます。もっとも「稟議・購買プロセスのサポートや価格交渉」は例外ではあります。
ハイクラス人材は必須なのか?
「エンプラ顧客向けにExpansionができるCSM」と聞くと、多くの方はハイクラス人材を思い浮かべるかもしれません。たとえば、コンサル出身者や外資系企業でのAE経験者などが頭に浮かぶでしょう。
しかし実際には、必ずしもそうしたキャリアが必要なわけではありません。自社のプロダクトを通じて顧客の成果創出に真摯に向き合える人であれば十分だと私は考えています。
事実、RightTouchで活躍しているCGPのバックグラウンドを見ても、必ずしも「ピカピカの経歴」を持つ人ばかりではありません。むしろ、以前から自社のプロダクトやサービスにしっかり向き合い、顧客に成果を届けてきた人たちが中心です。
大切なのは「RightTouch Mind」と彼らが呼ぶマインドを持てるかどうかを、採用でも重要視していると言います。これこそが顧客成果を生み出す原動力になっているのでしょう。

そのうえで、「顧客に対する成果創出提案」という打席に何度も立ち続け、PDCAを回せた人が、「エンプラ顧客向けにExpansionできるCSM」、すなわちCGP人材へと成長していくのだと私は感じました。
RightTouchの場合、エンタープライズを中心に事業を拡大しているため、この打席数がとても多い環境が整っているといえるでしょう。
もちろん、コンサル出身者や外資系AE経験者がマッチしないというわけではありません。彼らの持つ経験や知見がCSにおけるExpansion活動で有意義であることは言うまでもありません。ただし、そうしたバックグラウンドが必須条件ではない点は強調しておきたいです。
日本カスタマーサクセス協会が唱える「CSMの人材要件」との比較
少し話がそれますが、私が代表理事を務める日本カスタマーサクセス協会(JCSA)では、現在「CSMの人材要件」を策定中です。
よくいただく質問の「どのような人がカスタマーサクセスに向いているのか?」に対する協会としての回答であり、将来的には各社の採用基準や評価基準のベースとして活用されることを想定しています。
この人材要件は、一般的に認知されている「顧客の自走支援」を中心としたCSM像にとどまらず、成果創出を支援できるCSMまでを含めて整理されています。ここでは詳しく触れませんが、要件には「成果志向」「仮説思考」などが含まれています(2025年末に協会からパブリッシュしますのでお楽しみに!)。
今回、私は策定中の「CSMの人材要件」をイベントでご一緒したRightTouchの田中さんや増田さんにも問いかけてみました。その結果、「CGPが求める人材像」と一致していることが分かりました。
つまり、一般的なCSMとしての役割を突き詰めていけば、自然とExpansionを担える人材へと成長できることを示していたのです。
この傾向は特にエンタープライズの既存案件において顕著です。エンタープライズ顧客はバジェット規模が大きく、購買判断は「提案に合理性があるかどうか」に基づく傾向が強いのが特徴。トップの一声だけで決まるケースは少ないものです。
したがって、そこにセールステクニックが入る余地は小さく、焦点は「この追加提案が本当に利益をもたらすのか?」という問いに答えられるかどうかに絞られます。
さらにRightTouchが向き合っているのはコールセンター/カスタマーサポート市場です。この市場は今、顧客要求の高度化とAIの普及によって「コスト削減」と「プロフィットセンター化」が経営から強く求められています。そして「人数を◯人削減すれば◯円のコスト削減につながる」「◯のサポートで◯円の売上創出に繋がった」といったROIをSaaSベンダーが示しやすいことも特徴です。
市場規模も1兆円を超える巨大マーケットであり、カスタマーサクセスの合理的な成果提案を受け入れやすい土壌が整っています。これも、同社がCGPという考え方に至った大きな背景のひとつだと考えられるでしょう。
ExpansionをCSの役務とする流れは加速する
今回の記事の締めくくりとして、ひとつ予測しておきたいと思います。
今後CSのExpansion戦略は、これまで以上に「高度に整理されていく」ということです。そして、この記事が議論の起点となれば良いと願っています。
CSMに「顧客アウトカムの創出」を求める流れはさらに強まっていくでしょう。オンボーディングやリニューアルといったプロセスドリブン型の顧客伴走活動は、いずれAIに置き換えられる可能性が高いと考えられます。そのような状況下で求められるのは、言うまでもなく顧客のアウトカムを創出することです。
アウトカム創出に取り組むことは、すなわち顧客の事業成長を支援する営みであり、その手段としてExpansion活動が伴うのは自然なことです。つまり、ExpansionがCS活動に包含されていくのはごく自然な流れだと言えます。そうした意味で、RightTouchはすでに私の予測を体現している存在だと感じます。
実際、私のもとにも最近「顧客のアウトカムを達成するためのサクセスプランをどう設計すればよいか」といった相談が増えています。そして現在、私がたどり着いた答えは、
「アウトカム創出というコストのかかる支援を成立させるためには、Expansionによってベンダーとバイヤーが相互に成長する必要がある」
というものでした。これこそが、私が「CSMはExpansionも責務とすべきだ」と主張する理由です。
今回、幸運にもRightTouchの組織の中身を知ることで、私の主張が一定の条件下では成立することを確認できました。また、それを実際に機能させるためにはどのように組織を設計すべきかも学ぶことができました。
みなさんも、ぜひ自社の事業において「CSがExpansionを担う前提条件が整っているか」を吟味し、「どこまで何を実行すべきか」を検討していただければと思います。
【謝辞】
今回の記事を制作するにあたって、イベントを開催してくださったRightTouch様、私がメンターを務めるALL STAR SAAS FUNDをはじめ、関わってくださった皆さまに感謝申し上げます。




