みなさん、こんにちは。山田ひさのりです。
私は日々、「カスタマーサクセスとは、アウトカムを顧客に与えるビジネスアプローチである」と世の中へ啓蒙しています。
2022年頃までカスタマーサクセス(CS)の目標は、提供するプロダクトを顧客に活用してもらうことばかりでした。しかし、昨今ではリセッションの機運が高まり、状況は変わりつつあります。SaaSベンダーは顧客から選ばれ続けるために、自社が提供しているプロダクトやサービスの「成果(アウトカム)」を説明する必要に迫られています。
これは以前にALL STAR SAAS BLOGに寄稿した記事でも説明したとおりです。
成功事例と知見が集結する、世界最大級のカスタマーサクセスカンファレンスPulse──山田ひさのりさん特別レポート
いかにしてアウトカムを特定すべき?国内の先行事例に学ぼう
国内の先進的なSaaSベンダーは「自分たちのアウトカムとは何なのか?」に向き合いつつあります。私が支援しているSaaSベンダーにおいても、社内でプロジェクトを立ち上げ、組織内でコンセンサスを得るところも現れ始めています。
ただ、アウトカムの特定はSaaSベンダーにとって急務ではあるものの、提供しているプロダクト・サービスによってアウトカムが異なることから、極めて一般化しにくいことが課題です。グローバルレベルでもプラクティスとして確立されていません。
これは、CSの普及を自身のミッションに掲げている私にとっても由々しき問題です。そういった課題感をもとに、2024年1月30日に、私がCSの支援に入らせていただいている3社を募り、『SaaSベンダー アウトカムの事例共有勉強会』を開催しました。この勉強会の開催背景や目的は以下のとおりです。
- アウトカムは、SaaSベンダー各々が提供しているプロダクト・サービスに依存するため一意には決まらない
- また、それを導き出すプロセスも未だ確立されていない
- ただし、国内の先進的なSaaSベンダーは提供サービスのアウトカムの特定に挑戦しつつある
- ならば、それらのベンダーがアウトカムを特定・定義、およびそれを導き出したプロセスを説明してもらい、自社の参考としよう
まさに今後のCSにとってど真ん中のトピックと呼べる「アウトカムを突き止める方法」にテーマを絞って、各社に経験とナレッジを持ち寄っていただきました。
Sansan株式会社、株式会社プレイド、株式会社ビズリーチの事例をもとに、自社のアウトカムを特定し、クリアにするヒントを掴んでください。
早速、各社の事例を紹介……と行きたいところですが、事例の理解を深めるためにも、今回の記事は「前編」と位置づけ、アウトカムにまつわる基本的な話をします。そもそもアウトカムを特定すべき理由に始まり、アウトカムを特定する事業的メリット、共通言語としての「アウトカム」の定義、そして特定するための大まかなプロセスについてまとめます。
アウトカムから見る、CSの責務
「われわれのサービスの提供価値は〇〇です」というフレーズをよく耳にします。しかし、CSのアプローチでいえば、この表現は正確ではありません。
本来は「われわれのサービスはアウトカムとして〇〇を提供できます」と言うべきです。ここでポイントとなる「提供価値」と「アウトカム」の違いから、まずは説明します。
上記の図表1は、従業員ストレスチェックSaaSを例に、顧客に与える「プロダクト提供価値」と「アウトカム」を整理したものです。2015年の労働安全衛生法の改正に伴い、みなさんも同様のサービスに触れる機会は多いと思います。
このサービスによって「できること」、つまり「プロダクト提供価値」は、従業員のストレス度合いを「測定できる」ということです。では、それが「顧客に与えるアウトカム(成果)なのか?」と問われると、違和感を覚える方も多いのではないでしょうか?
成果のスコープの捉え方にもつながる話ですが、「顧客に与える成果」と表現する場合は、顧客の特定の利用ユーザーや部門にのみ便益を与えることではなく、組織全体に利益をもたらすことを意味します。
そのような観点で「アウトカム」を捉えるならば、「測定できる」だけでは成果が足りえません。私なりに表すと「従業員が健全に働けることで、社員定着率が向上すること」だと考えます。
これならば組織に対する立派な成果といえるでしょう。そして、CSは、このレベルのアウトカムを顧客に与えることを目的としなければなりません。また、詳細は後述しますが、アウトカムはプロダクトあたり4〜5個ほど定義でき、そのうちの3つ程度で、顧客の求めるアウトカムの約80%をカバーできることが多いのです。
上記の「プロダクト提供価値」と「アウトカム」の関係を見たとき、「それはサービスで提供できるスコープを超えているのではないか?」と思われた方、まさにそのとおりです。
世の中にあるサービスの多くは、そのサービス単体でアウトカムを与えることは難しく、顧客側の創意工夫が欠かせません。これまでのビジネスにおいては、「成果を創出できるかどうかは顧客次第」と捉えられていたのですが、21世紀型のビジネスでは「顧客の成果にまで積極的にコミットしてこそ良質なサービス」という考え方が支持されつつあります。そして、CSはこれを具現化するためのビジネスアプローチとして誕生したのです。
上述の「プロダクト提供価値」と「アウトカム」の間には「サクセスプラン」という両者をつなぐ歯車があります。これは、顧客にアウトカムを与えるために必要なプロダクト外支援(=支援計画)のことを指します。職務としてのCSが行うべきは、プロダクト提供価値をアウトカムに変換するために必要な支援計画を練ることなのです。
先ほどの図表1を再掲します。いま説明したことを、図中で描かれている3つの歯車に当てはめて考えてみましょう。
「プロダクト提供価値」は、そのサービスを作った時点で概ね自明となります。そして、「プロダクト提供価値」と「アウトカム」を捉えられれば、職務として「サクセスプラン」を作ることができます。これら3つの歯車は密接に関係しているわけです。
この職務は旧来的には「アカウントマネジメント」と表現され、セールスの責務とされていました。ただ、CSという役割の出現により、「サクセスプラン」という名称で語ることも多くなってきています。
アウトカムの特定が自社と顧客にもたらすもの
CSとして率先してやるべきことは「アウトカム」の特定です。なぜなら、それによって「サクセスプラン」を具体的に考えられるようになるからです。
アウトカムベースで提供サービスの導入を推進できるようになることには、自社と顧客の双方に大きなメリットがあります。詳細は下記図表2に記していますが、ざっくり言うと以下のとおりです。
自社視点のメリット
サクセスプランを定型化し、カスタマーサクセスマネージャー(CSMs)のスキル依存を少なくできる。結果、CSMsへの教育も進めやすくなる
顧客視点のメリット
アウトカムの創出量および質ベースで導入・活用進捗を測れるようになり、フェアにサービス継続の判断ができる
「顧客視点のメリット」はサービス提供側にとって厳しい側面もありますが、お互いに健全性が増していると捉えることもできます。これらのメリットを享受できるのであれば、アウトカムを特定することに魅力を感じる人も多いのではないでしょうか。
日本語として、アウトカムを定義する
ここまでアウトカムの特定や、そのメリットについて説明してきました。アウトカムは日本語では「成果」と訳されることが多いですし、イメージしてもらうために書いてみたのですが、実は個人的にはあまりピンときていません。
よって、あらためてアウトカムという単語を、私なりに日本語として定義し直してみます。
海外のSaaSベンダーは日本よりも早期にアウトカムに向き合っているので、単語の定義もそこから拝借してみます。下記の図表3は私がXでアウトカムについて議論していたときのやりとりをまとめたものです。
図表3ではアウトカムを「顧客がImpact(インパクト)に至る一歩手前の定量化できる数値」と定義しています。これを理解するにはまず「インパクト」を理解する必要があります。
図表4はプロダクト・サービスがインパクトに至るまでのプロセスと、その過程で何をアウトカムと捉えるかをまとめたものです。
図表右、縦に並んでいるのがインパクトであり、顧客が求める(一般的な)最終成果です。通常、企業はこれらを「価値ある命題」として追及しています。インパクトは「売上アップ」か「コストダウン」のいずれかと思われがちですが、企業に求められる責務の多様化を受けて、内容も変わってきています。私の感覚では「SDGsへの貢献」や「ジェンダーレスの推進」などを挙げるケースも増えてきました。
いずれにせよ、アウトカムとはインパクトを導き出すための各要素です。そして、できる限り、インパクトに寄り添うものであることが望ましいとされています。
ここで質問ですが、みなさんが提供されているサービスは、顧客にとってのインパクトを直接的に創出できるでしょうか?
この質問には、おそらくほとんどの方が「No」と答えるでしょう。たいていの場合、プロダクトやサービスはインパクトを創出する「要素」となるものに対しての数値を上げられる/下げられるに留まります。
ただ、アウトカムとはまさしくこの「元要素」のことを指すと、私は考えます。顧客に対して「当方のサービスはあなた方の売上を直接的にアップすることはできませんが、売上アップを実現するためのこのプロセスにおいて、この特定の数値を上げられる/下げられます」といえる。それが、アウトカムなのです。アウトカムを特定するための第一歩は、この考え方を理解することです。
再掲した図表4には、重要な示唆がもう一つ含まれています。それは、「アウトカムを特定するには、インパクトを出すための全体プロセスを描き切らなければならない」ということです。
たとえば、顧客の求めるインパクトを「ガバナンスの強化」とした場合、ガバナンスが強化される工程を(自分たちなりに)導き出し、「どの部分の数値をプロダクト・サービスにより最適化できるか?」という問いに答えることで、アウトカムを特定していくことになります。
簡単に言うと、「自分たちの提供しているサービスは、どのビジネスプロセスにおいて、どのポイントに効くか」を正確に理解する必要があるのです。ざっくりではダメで、具体的にイメージする必要があります。なぜなら、アウトカムは「定量化された数値」なので、その数値が変化するメカニズムをきちんと理解しなければ出てこないからです。
ここまでの説明をふまえて、アウトカムを特定するまでの流れを整理したものが下記の図表5です。
本記事の冒頭で説明したとおり、アウトカムはサービスやプロダクトによって異なるため一意に決まるものではありません。ただ、それを導くための手順をこうやって抽象化して考えると、そこにメソッドが存在していることが見てとれます。
アウトカムを探索する際には、まずは自社の典型的なアウトカムパターンがいくつあるのかを考えてみましょう。そして、特殊なアウトカムに関しては、事業優先度の観点から一旦すっぱりと忘れてしまうことも重要です。
実はアウトカムのパターンは限られている
読者の中には「顧客によってやりたいことが異なるので、アウトカムも個別化するのではないか?」と思われる方がいるかもしれません。私の見解は、「半分Yes、半分No」です。
これは私がさまざまなSaaSベンダーを支援していて気づいたことなのですが、アウトカムはプロダクトあたり4〜5個程度を認められ、そのうち3つほどで、顧客の求めるアウトカムの約80%をカバーできることが多いからです。
あくまで定性的な感覚ですが、それなりに根拠もあります。そもそもプロダクトは「特定の課題を解決すること」を目指して作られます。その場合、解決したい課題に無数のバリエーションが存在することはなく、おおむね1〜2個であるはずです。
そして、プロダクトが市場に受け入れられていく過程においては、提供元が思いもよらなかった課題を顧客自身の使い方によって解決できることがあります。CSはこういった顧客を取り逃がさないのも重要ですが、それにしても顧客が活用法を思いつくのには限界があります。そのため、プロダクトが提供するアウトカムも5つ程度に収まるというわけです。
上記の図表6はアウトカムパターンについて説明したものです。
アウトカムは「典型的なアウトカム」と「特殊なアウトカム」に大別できます。そしてアウトカムの特定は、まずは80%を占める典型的なアウトカムに絞って行うというのがセオリーといえます。80%の顧客をカバーできる支援を型化できれば、それだけで十分な事業リターンが見込めるからです。
上図では「3つで80%」と表現していますが、このパーセントはサービスの提供年数や機能数によって変化します。一般的に、サービス歴が長く、機能が多いプロダクトだと、アウトカムのパターンも多くなる傾向があります。
また、汎用性の高いプロダクトだからといって、アウトカムパターンが増えるわけでもありません。たとえば、サイボウズの「kintone」は汎用性が高く、あらゆる業務でアウトカムを出せる可能性を秘めています。
しかし、実際にkintoneを購入した顧客が望むアウトカムのバリエーションは、プロダクトの汎用性とは比例しません。PMF(Product Market Fit)を行う過程で「誰にどんな目的で売るのか」が最適化されているため、意外に求められるアウトカムは決まってくるのです。
今回の記事前編では、アウトカムを特定することの重要性と、アウトカムという抽象的な概念の捉え方について説明しました。
後編ではアウトカムの特定に挑戦した3社の事例をもとに学んでいきたいと思います。いずれのベンダーも、今回説明したアウトカムの概念を正確に理解した上で、自社が提供するアウトカムを特定し、事業を加速させるための方向性を見出していらっしゃいます。
成果までつなげられているもの、まだチャレンジ中のものと濃淡はありますが、きっとみなさんの参考になるでしょう。
後編記事は、こちら↓