去る2023年5月17日、18日。アメリカ・サンフランシスコで、世界最大のカスタマーサクセスカンファレンスPulse(パルス)が開催されました。このイベントにALL STAR SAAS FUNDのメンターであり、「カスタマーサクセス実行戦略」の著者で、多くの企業のカスタマーサクセス組織構築への支援を行なっている山田ひさのりさんが参加。
今回のコンテンツは山田さんによる特別レポートのような形で展開していきたいと思います。
世界最大のカスタマーサクセスカンファレンス「Pulse」とは
こんにちは、山田です。今回レポートするイベント「Pulse(パルス)」は米Gainsight社が主催するカスタマーサクセスを主題としたイベントで、今回で10回目を迎えます。
主催であるGainsight社について簡単に説明させていただきますと、カスタマーサクセスのプラットフォームSaaS「Gainsight」を開発・販売している企業で、主にB2B SaaSのカスタマーサクセス活動を効率化するためのソフトウェアです。
Box, Workday, Zendesk, Miroなどの多くの大手IT企業を顧客に持ち、サブスクとSaaSブームの追い風を受けて今も成長中。プロダクト戦略としてウェブパーソナライズサービス:Aptrinsic、コミュニティ構築プラットフォーム:InSidedを買収し、カスタマーサクセスを中心に顧客への価値提供の機会を拡大しています。
また、2020年12月1日には、アメリカ最大規模のプライベートエクイティであるVista Equity Partnersからの11億ドルの買収提案に応じました。同社はCitrix, Ping Identity, Marketoなど多くのIT企業に投資しており、毎年30%のリターンを得ています。GainsightもVistaからの支援によって、さらに大きく成長することを望んだようです。
2022年8月には、海外SaaSの日本展開を支援するJapan Cloudとパートナーシップを締結し、日本法人Gainsight Japanを設立しました。ちなみに私が所属していたSansan社は国内初のGainsight導入企業であり、その導入プロジェクトは私が推進した、そんなご縁もあり、Pulse及びGainsight社とは以前からゆかりがあります。
Pulseについての説明に移りましょう。Pulseは、Gainsight社が2015年から開催しているイベントで、主にカスタマーサクセスに関わる人たちがノウハウを持ち帰る場所と位置付けられています。カスタマーサクセスは2010年ごろにアメリカで誕生した比較的新しい概念で、世の中に参考とすべきプラクティスやナレッジがまだ十分に普及していません。Gainsightとしては、Pulseを通して、カスタマーサクセス関係者が最新のナレッジを得られる場を提供し、同時にカスタマーサクセスの市場拡大を狙う良い機会というわけです。
同イベントは2020年~2022年の間はパンデミックの影響でオンライン開催(もしくはオンライン・オフラインの併用)を余儀なくされましたが、今回のPulse2023は完全オンサイトで開催。開催地はサンフランシスコのMoscone Center(west)で、Gainsight Japanからの情報によると、米国を中心に全世界から2,200名が来場したとのこと。
Pulseでは何が行なわれるのか?
PulseはSaaSを提供している会社のビジネスカンファレンスなので、日本で行なわれるそれと大きな違いはありません。
- 基調講演(open/close keynote)
- 各種セッション(スピーカーによる講演)
- 各種ミートアップ(ユーザー会)
- 各種ワーク
- スポンサー企業によるブース展示
などが開催されます。海外のビジネスカンファレンスは基本有償で、チケット代金がかかります。それなりの金額がするゆえに、イベントのクオリティも自ずと求められます。
また、海外ならではの「お祭り感」があるのも海外カンファレンスの特徴の一つです。他の海外ビジネスカンファレンスに出席した経験がないのであまり詳しくは比較できませんが、以下のような催しやサービスがありました。
- イベント会場、もしくはエントランスでDJが音楽をかけて盛り上げてくれる
- チャリティーイベントとして保護犬(子犬)の譲渡会が開催されている
- 朝食、昼食、おやつがサーブされる
- VR体験コーナーやマッサージエリアなど、イベントとは直接関係のない遊びのコーナーがある
海外、特にアメリカ開催のカンファレンスは規模が大きいことで有名です。開催期間も3日間から1週間程度と日本からすると考えられない日数開催しています。なお、Pulseの規模はアメリカのビジネスカンファレンスにおいては中規模とのこと。
Pulseの魅力
本イベントの最大の魅力は、「カスタマーサクセスの最新トレンド」をキャッチアップできることにあります。SaaSであるGainsightはカスタマーサクセスプラットフォーム(カスタマーサクセス業務を推進するためのソフトウェア)であり、Gainsight=Customer Successといっても過言ではありません。
セールスやマーケティングのイベントは他にもたくさんありますが、カスタマーサクセスの祭典となると、このPulseがほぼ唯一無二であり、世界中のカスタマーサクセス関係者が最新情報をキャッチアップする場となっています。
実際に上記で紹介した私の著作「カスタマーサクセス実行戦略」においてもGainsightが考案したプラクティスを多く紹介していますし、それらは国内SaaS企業の現場で今も使用されています。
Gainsightがノウハウやナレッジの収集・確立に力を入れるのは同社のSaaSのブランディング、リード獲得の機会でもありますが、カスタマーサクセス関係者が業務に関連するナレッジを獲得できる機会が他にないからだと私は思います。市場において唯一無二のポジションを獲得し、それをもって事業推進とマーケットメイクをしていく。Pulseにはそんな思いが込められているようです。
現に、こちらの記事でも「Top 10 Takeaways From Pulse 2023」が紹介されていました。今回のPulseで象徴的であったメッセージやトレンドを踏まえてまとめられた「お持ち帰りポイント」です。英語の原文は元サイトをご参照ください。
1. Digital Is a Strategy, Not a Segment
デジタルを使ったCS支援は特定のセグメントに向けたものではなく、全社戦略である
2. Gainsight Digital Hub
今回リリースを発表した「デジタルハブ」は顧客をサクセスさせるための統合エクスペリエンスだ ※後述
3. AI Makes Us More Human
AIの進化により、われわれは顧客に時間と意識をより費やすことができる
4. Gainsight Horizon AI
生成AIを用いた顧客支援のための機能(スマートサーチ、サーベイ、顧客のアウトラインサマライズなど)をわれわれは提供する
5. CCO 2.0
われわれの調査はテクノロジー企業の39%にCCO(Chief Customer Officer)がいることを示している
6. Gainsight Everywhere
CCOがより柔軟にGainsightにアクセスできるように、われわれは新しい価格プランを提供する
7. CS 2023 Is Agile and Fast
開始とスケールはより迅速に行なわなければならない
8. Gainsight Joyride
あなたはGainsightをトライアル環境で実際に試すことができる
9. All of This Needs CS Ops
CS Opsとコンテンツの必要性はますます高まっている
10. Better Together
Gainsightが提供するコミュニティはこれまでより多くの人に必要とされている
ややGainsightの商品アピールも含まれますが、これらのメッセージからいくつかの示唆も垣間見えます。これから本論に入っていきますが、まずこの「Top 10 Takeaways」からは、「デジタル活用を事業戦略の一環として強化する必要があること」「CCOというポジションが一般的になりつつあること」の2つが読み取れます。ただ、私が今回のPulse2023で読み取ったメッセージはこれ以外にもあります。ここから順を追ってそれを説明していきたいと思います。
印象に残ったセッション紹介
Pulseは2日間にわたって開催されることもあり、セッションのコマ数が70ほどに及びます。それだけの数があると当然すべてのセッションを見ることはできないので、いくつかのセッションに絞って見て回りました。
セッションは大きなテーマ(Track)ごとに開催される会場が分かれており、それぞれの会場では1日を通して同じテーマのセッションを扱っています。それが以下です。(詳細はこちら)
- Stabilizing Revenue in a Downturn by Doubling Down on Retention(不況下における安定的な成長戦略)
- Improving Profitability by Unlocking Expansion Revenue(高収益体質への改善)
- Digital Strategies to Help You Achieve More With Less(デジタル戦略)
- Community Building Tactics That Drive Advocacy and Save Customers(コミュニティ戦略)
- CS Ops: Increasing Efficiency Through Operational Excellence(CS Opsによる業務効率化)
- Human-First Leadership(ヒューマンファーストのカスタマーサクセス)
- Must-Have Skills for an Impactful CSM(CSMに必須のスキル)
私はGainsight Japanのすすめもあって、「デジタル戦略」と「CS Opsによる業務効率化」中心に見て回りました。本記事ではその中でも印象に残ったセッション、及び各種Keynoteで象徴的だったエピソードをまとめたいと思います。
尚、発表内容がすべて英語であったため、私の理解力が及ばずこれから紹介する内容に若干の事実誤認がある可能性も踏まえて読み進めていただければ幸いです。
①非SaaS企業がいかにしてヘルススコアを構築し解約を減らしたか
アメリカのデータセンター事業者Flexentialがヘルススコアを構築して、Net Retentionを増加させた事例です。同社はセキュリティSaaSなども扱っているそうですが、収益の多くはデータセンター事業からもたらされており、この解約をいかに減らすかに奮闘されたそうです。
データセンター事業はリカーリング収益モデルを採用しているため、SaaS事業とビジネスモデルが近いかもしれませんが、「非SaaS」の事例として興味深かったです。彼らによると、2019~2022年までに16%のRetention改善を達成したとのこと。
私もヘルススコアの構築・運用経験がありますが、ヘルススコアはその要素の決定が難しく、精緻にチャーン(解約)予測をするのはとてつもなく困難です。
上記はFlexentialヘルススコア定義書ですが、私から見ても非常に練り込まれているなと思いました。彼ら曰く、「定量と定性を絶妙にブレンドすることが大事」とのことで、特にCSM Assessment(CSMの印象危険度)の部分は個人によって評価がぶれやすかったり、システムへの入力が行なわれなかったりするなどの問題があります。
Flexentialではこのもっとも重要とされる、CSM AssessmentをImpact Itemsに分類し、それぞれに対して「何がどうなったらこのスコア」というのを細かく決めていったようです。
私の経験だとこのようなスコア定義は一度決めただけでスムーズに運営されることはなく、その後の微調整を現場とともに繰り返して初めて機能するものです。おそらく3年間のうちにそのような苦労を重ねられたのだと思います。
ヘルススコアの危険度に応じてCSMs(Customer Success Managers)のアサインメントを細かく調整することでチャーンを減らしていったそうです。これ以外にも、四半期、月次、週次でどのレベルの職責の人が顧客のどの層にレポートするかなども厳格に決めてありました。
また、CSMがヘルススコアに対していつでも参照・入力できることの重要性も唱えていました。Gainsightのヘルススコアダッシュボードを上手く活用しているようで、ここは私も完全に同意です。
Key Takeaways(お持ち帰りポイント)では、以下のポイントをあげられていました。
- ヘルススコアはシンプルに
- 自動化と定性感覚を絶妙にブレンドせよ
- すぐに作って運用に乗せろ
- 改善に終わりはない
②Value Deliveryを実現する Pathwayフレームワーク
本セッションを聞いて、私は「Pulse2023を象徴するセッションだったな」という感想を持ちました。IT界隈にいる方でVMwareの名前を知らない人はいないでしょう。クラウド、モビリティ、ネットワークソリューションを提供する会社で、2023年度の着地見込ARRは46億6,000万ドルで、前会計年度から30%伸ばしています。
多くの製品を持つ彼らですが、パートナーセールス/サクセスの仕組化とValue Delivery Framework(顧客へのビジネス成果提供フレームワーク)に力を入れられていることはあまり知られていません(私も知りませんでした)。本セッションでは「VMwareがいかにして顧客にビジネス成果を提供しているか」について詳細に語られていました。
そのもっとも象徴的なスライドがこちらです。
カスタマーサクセスをやっていれば、顧客のジャーニーマップを作るのは当然のことだと思いますが、VMwareではそれとは別に「Customer Value Journey」という考え方を持っています。これは「顧客がビジネス成果を得るまでの道筋」を概念化したもので、カスタマーサクセスのミッションを顧客のナーチャ(育成)ではなく、顧客にアウトカムを与えることにハッキリとフォーカスしていることが見て取れます。
昨今、私が国内のSaaSベンダーに対して感じることに「自社のプロダクトが発揮するプロダクト価値は理解しているが、顧客に与えるビジネス成果を理解していない」というものがあります。これはその製品のウェブサイトを見ればわかりやすいのですが、多くの場合、「このプロダクトで〇〇ができます。便利!」というのは描かれているのですが、それが「あなたのビジネスの〇〇を△△%向上・削減できます」ということは書かれていません。
これは、顧客の購買期待値を高めすぎないという背景もありますが、多くの場合、サービス提供者側も自社のプロダクトがもたらすアウトカム(ビジネス成果)を理解できていないという実態があります。
VMwareは多くの製品を持っていますが、おそらく彼らは「この製品とこの製品を組み合わせることでこのようなビジネス成果を創出できる」という事例(これを『カタログ』と表現)を多く保有しており、これらを抽象化→統合して13のビジネス成果にまとめたと言われていました。ただなんとなくビジネス成果がわかっているということではなく、13個に絞られており、それに至るにはそれぞれにおいてどのような支援をすればいいかというHowの部分も保有しているようです。
おそらくは、パートナーを活用した顧客サクセス(パートナーサクセス)に力を入れてきた同社だからこそ、ビジネス成果を明確にし、それに至る筋道までも明確にできたのではないかと思います。同社はこのストラテジーを「Pathway Framework」と命名されていました。
さらにすごいのは、その13個のビジネス成果とその到達期待値を顧客と握り、Gainsightの顧客ダッシュボードで管理しているということです。これは顧客に対しアウトカムをコミットするという行為なので、よほどそこに到達させる自信と練り込まれたサクセスプランがないと不可能です。
サクセスプランは最終的には顧客ごとにカスタマイズされたものになると思いますが、その基盤となる13個のビジネス成果を構築・運用できているのは素晴らしいとしか言いようがありません。
Pathway Frameworkを有効に機能させるためのHowとして後述の4つを挙げられていました。自社のプロダクトを知り尽くし、その上で成果創出に必要なものを確実に揃えにいった印象を受けます。
- カスタマイズされたサクセスプランの準備
- デジタルを使ったパートナーサクセスの支援
- Pathwayさせるための練り込まれたカタログ群
- 他プラットフォームとのAPI接続
そして、その結果として「リニューアルレートが20%増加とPMFの強化がもたらされた」と締めくくられていました(かかった期間は明示されず)。
③因縁の対決 Product vs Sales Led Growth
Pulse2023で私的にもっとも面白かったセッションの一つです。PLG(Product-led Growth)については皆さんも聞いたことがあるかもしれません。簡単に言うと、「プロダクトを事業のキードライバーと位置付けて、マーケティング、セールス、カスタマーサクセス活動をやろう」というコンセプトのことで、ユーザーはプロダクト利用時にさまざまな提案をプロダクト経由で受けることになります。SlackなどはPLGを上手く取り入れている印象です。PLGについて深く知りたい方はこちらの記事(山田執筆)を参照ください。
PLGと比較されるコンセプトにSLG(Sales-led Growth)があります。これは従来型のセールスドリブンの事業成長戦略であり、優れたセールス戦略を構築し、優秀なセールスパーソンを揃えることを成長エンジンとするやり方です。
SaaS界隈では「SLGとPLGのどちらを採用すべきか?」という論争になったりするのですが、本セッションはその疑問に真っ向から回答してくれました。
登壇されていたのはMiroの方で、ユーザーグロースをミッションとされているそうです。冒頭、「PLGとSLGは映画『ロッキーシリーズ』のようなもの」と仰られていました。私はロッキーを見たことがないので、全然ピンとこなかったのです(笑)。
ロッキーシリーズは、ボクサーのロッキーとその宿命のライバルであるアポロとの戦いを描いたものなのですが、第一作ではロッキーがアポロに負け、次作で勝利、そして新シリーズではアポロの息子をロッキーがトレーナーとして育てていくという話らしいのですが、それをPLGとSLGの関係になぞらえることができるそうです。
もう少し説明すると、PLGは最初はSLGを代替する概念として位置付けられていたそうですが、次第にそうではなく「SLGで獲得した顧客をスケール/アクセラレートするのにPLGを活用するのが良い」という位置付けになっていったそうです。実際にMiro社でも2019年頃は同じ考え方をしていたそうなのですが、やっているうちに両者が補完関係(強みが異なる)ことに気づき、上記のような捉え方になったそうです。
Miroは日本でもパンデミック中に著しく市場拡大したプロダクトでご存じの方も多いと思います。そのMiroの方がこのような主張をされていることは非常に説得力がありました。
登壇者はPLG+SLGを統合した概念を「Scaled Customer Experience(SCX)」と呼んでおり、独自のスケールジャーニーを保持されていました。顧客のどのライフサイクルで、PLGの力を借りてどのようにグロース/スケールさせるかという独自のフレームワークです。興味のある方は上のスライドを拡大して読み込んでみてください。
セッションの最後には、「誰かがPLGとSLGを統合しなければならない」と主張されており、それらが競合する概念ではないことを訴えられていました。ロッキーの例に始まってとても示唆がある内容でした。
Product Keynote
Product Keynoteではいくつかの機能が発表されました。昨今、市場ではGenerative AIがトレンドですが、ご多分に漏れずGainsightからも同機能強化の発表がありました。
しかし私的には、同時に発表された「Digital Hub」がもっとも注目すべきフィーチャーに見えたのでそれを紹介します。
Digital Hubとは
詳細は公式ウェブサイトを見てほしいのですが、簡単に言うと
- ユーザーコミュニティ
- ナレッジベース
- プロダクトフィードバック受付
- イベント告知
などのオールインワンパッケージを簡単に構築できる機能で、顧客のProduct Usage(プロダクト活用ログ)をGainsightに接合すれば、顧客ごとにオンボーディングステップを明示し、顧客が次に何をすれば良いかをパーソナライズして表示してくれるものです。
これは直近でGainsightが買収した、InSidedのテクノロジーを活用したもので、顧客専用ポータルを簡便に作れるようにすることでデジタルタッチを促進する狙いがあります。
カスタマーサクセスにおける顧客ポータルの重要性は、私が早くから訴えてきたことの一つです。私がSansan時代に立ち上げた「Sansan Innovation Navi」はWordpressを使って構築したナレッジベースですが、それがプロダクトと接合し、デジタルタッチの有効なツールとしてプロダクト提供されたということでしょう。
カスタマーサクセスの本家であるGainsightが満を持してその領域に踏み込んできたということは、同じ主張をしていた身としては感慨深いものがありました。
カスタマーサクセスのグローバルトレンド in 2023
今回のPulseのTakewaysを私なりにまとめるとしたら、以下の2つのスライドに集約されます。
題して、「Nurture to Value Delivery」。2021年ごろまで、米国のカスタマーサクセスの基本思想は「顧客をナーチャ(育成)すること」でした。カスタマーサクセスにおいて公開されている多くのメソッドは、顧客の育成に関するものであり、その裏には「顧客をしっかりと立ち上げることがもっとも重要である」というメッセージが込められていました。オンボーディングなどはその代表的なプラクティスであり、私もそのようにメッセージングしてきました。
しかし、現在は企業活動にとってSaaSの活用が当たり前になり、コロナ禍とその後の景気減速も手伝って、より効率的な顧客育成が求められるようになっていきます。
その一方、顧客の「硬い財布の紐」に対応する形で「顧客に成果を与えてこそ真のカスタマーサクセスであり、そこを実現するための方法を確立しなければならない」という考え方が出現します。これが2022年頃で、事実、前回のPulse2022におけるジェフリー・ムーア氏のOpening KeynoteでValue Delivery/Realizationの重要性が語られていました(記事)。
今回のPulse2023においては、2つのテーマが存在していたと私は見ています。それが以下の2つです。
- Accelerate Nurturing by Digital(デジタルで顧客支援を加速)
- Build the Strategy of Value Delivery(成果提供の戦略・戦術を確立)
1.はこれまでも存在していた効率化の流れを受けたもので、Pulse2023のセッションでもその流れが加速していることが見て取れました。セッションスピーカーたちも、より効率的なCS業務の実現にチャレンジしていた印象です。
2.はPulse2022でもわずかにあった兆候ですが、「2023になってそれがより加速している」と前回のPulseから連続して参加している方が仰っていました。それは私が参加したVMWareのセッションでもハッキリと感じたことです。
実際に私も最近カスタマーサクセスのValue Deliveryの重要性に気づき、このような資料を使って、
- プロダクト提供価値とビジネス成果は異なる概念であること
- カスタマーサクセスのすべてのプラクティスはビジネス成果が明確であって初めて整合性が取れること
- 提供しているプロダクト・サービスごとに典型的なビジネス成果は自然と決まってくること
を主張し始めたばかりだったので、今回のPulseに参加して「我が意を得たり」という思いが湧いてきました。
このような考え方は米国においてもまだ出現し始めたばかりであり、日本においてはまだその価値観に触れた方はほとんどいないと思われます。しかし、この Value Deliveryの概念を振り返れば振り返るほど、カスタマーサクセスの本質を語っていると言わざるを得ません。
上述のスライドにあるように、国内においてはまだ「ナーチャノウハウのキャッチアップ」「テクノロジー強化」の色合いが強いカスタマーサクセスですが、あと数年のうちに「結局、このプロダクトが与えてくれるビジネス成果は何なの?」という問いに直面することになると思われます。
最後に
ここまで本記事を読んでいただきありがとうございました。私は個人的な人生のミッションに「カスタマーサクセスの概念を普及すること」を掲げています。このPulse2023レポートもそのような想いで執筆してみました。
私はこの記事で「日本のSaaSは全然ダメだ」などと言いたいわけではなく、素直に先行者に学び、それを吸収して個人→会社→社会の発展に活かせていけばいいと思っています。
SaaS及びカスタマーサクセスは本当にフェアなビジネスモデルだと実感しています。今叫ばれている「共存・共栄型の持続的な社会発展」を実現するためにも、これからもカスタマーサクセスについて学び、発信していきたいと思います。
それでは皆さんまたどこかでお会いしましょう。
追伸:Gainsight CEO、Nick Mehtaについて
Pulseと同じぐらい象徴的に語られるのが、Gainsight CEOのニック・メータ氏です。彼はカスタマーサクセス関係者にはお馴染みの「青本」の著者でもあります。
彼の何がすごいかというと、ロックスターのような風貌でノリが良く、人間本位(ヒューマンファースト)でビジネスを考える方です。私も何度かお会いしたことがあるのですが、靴がド派手でまずそこに驚きました(笑)。今回のPulseにおいてもおそらくニックの演出であろうジョークや聴衆を惹きつける仕掛けがふんだんに盛り込まれており、彼の魅力=Gainsightの魅力という面も多分にあると思います。
一方で、Gainsight Japanの方によると、普段はまじめで部下を信頼してマイクロマネジメントはせず、落ち着きのある考え方をする方だとも伺いました。経営者として優れているというだけではなく、不思議な魅力を持った方です。
期間限定かもしれませんが、こちらのサイトからPulse2023のOpening Keynote、及びすべてのセッション動画を見ることができます。ぜひPulseとニック氏の魅力に触れてみてください。
著者:山田ひさのり
『カスタマーサクセス実行戦略』の著者。ゲームプログラマーとしてキャリアをスタートし、Web開発のPG/SEを経て事業開発にキャリアチェンジ。その後、Sansan株式会社にてCS部門の責任者を歴任。現在はsasket LLCを設立し、2年間で約20社へのCSアドバイザリーを経験。