2022年以降、市況がリセッション(景気後退局面)の傾向へ向かった結果、カスタマーサクセス(CS)を取り巻く環境は大きな変化を迎えています。リテンションやエクスパンションに取り組むミッションが強化され、ポストセールス体制の再設計が重要視されはじめました。
日本におけるカスタマーサクセスの第一人者である山田ひさのりさんが目下、研究しているというのが「アウトカムを出す方法」と「アウトカムを特定する方法」です。
今回の記事もその一つ。2024年1月30日(火)に、CXプラットフォーム「KARTE」などを手掛けるプレイド社のオフィスにて行なわれた勉強会の内容をまとめました。Sansan、プレイド、ビズリーチという3社の実例をもとに、具体を踏まえた実践を解説いただきます。
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こんにちは、山田ひさのりです。
本記事は、後編にあたるものです。勉強会を実施した背景やCSにおけるアウトカムについて知りたい方は、まず前編からご覧ください。また、「カスタマーサクセスの役割」や「アウトカム」に関して解説した記事は、ALL STAR SAAS BLOGにて『ポストセールスにおけるカスタマーサクセスの役割とは?価値提供の役割を再考する』でも公開していますので、併せてご参照ください。
さて、この記事では、Sansan、プレイド、ビズリーチが共有してくださった各社のアウトカムについて、以下の観点から深掘りしていきます。
- どのような背景でアウトカムの特定が求められたのか
- どのようにアウトカムを特定していったのか
- 特定されたアウトカムとは
- アウトカム特定の結果、得られた示唆とネクストアクション
今回登壇した3社は、それぞれのアウトカムに向き合い、自社なりのプラクティスに落とし込んでいました。活用度合いは各社異なる点がありますが、単なる精神論にとどまらず、確実に自社の事業を後押しするポテンシャルがあることを証明してくれたと感じます。
Sansan:営業DXサービス「Sansan」のアウトカム事例の共有
Sansanの登壇者は、田中二郎(たなかじろう)さんです。新卒でSansanに入社され、現在はSansan事業のカスタマーサクセス部の副部長を務められており、SMB領域を管掌されています。
(参考:営業DXサービス「Sansan」のサービス説明サイトを見る)
Sansanがアウトカムの特定に迫られたのは「Sansanがどのような経営効果をもたらしているかがハッキリせず、CSがどうしてもナーチャリング(顧客育成)に寄った支援をしてしまうこと」が理由でした。
実は、同様の支援をしているCS組織は多く存在します。特にライトサクセス(※)に寄ったプロダクトの場合は経営効果が見えにくく、現場からの支持を厚くすれば契約が継続されやすくなるため、どうしてもナーチャリング支援に偏ってしまうのです。
(※CSにおける「ライトサクセス/ディープサクセス」は私の提唱する考え方です。以前に解説した記事がありますので、以下をご参照ください)
「活用度が高い=アウトカムが出ている」ではない
Sansanではアウトカムの種を探すための方法として、「活用モデルケース」を定義・認定していったと言います。
活用モデルケースとは、カスタマーサクセス部のマネジメント層が「この顧客はアウトカムが出ている」と認定した案件のこと。認定には、カスタマーサクセスマネージャー(CSMs)がノミネートし、マネージャーが承認する形態をとっています。これにより、CSMsがアウトカムへの理解と意識を深められたそうです。
CSの職務はナーチャリングとアカウントマネジメントに大別されますが、実はそれを意識できている人は多くありません。ナーチャリングこそがCSの責務と勘違いしているケースも少なくないのです。
そこで、Sansanでは下記の図のような認定基準を設け、Sansanのアウトカム候補をクリアにしていきました。
田中さんによると、「プロダクトの活用度が高いことがアウトカムだと勘違いしているケースも散見された」とのこと。SansanのようなメガSaaSであっても、このあたりが混同されやすいことを示唆していますね。
そして、下記の図「Sansanのアウトカムパターンの候補」は、蓄積されたモデルケースから導き出されたもの。10のアウトカム候補が挙げられていますが、私の経験でもかなり多い方です。というのも、Sansanはサービス開始が2007年と古くかつ多機能化しているため、結果として対応可能な顧客ユースケースも広くなっているからです。
このリストから得られた示唆は以下です。
- アウトカムによって、実現難易度やリードタイムに大きな違いがある
- 比較的、短期間で創出可能なアウトカムであっても、それにフィットした顧客群は確実に存在する
- 自分たちがミッションに掲げているアウトカムの実現にこだわっていたが、顧客はそれ以外にも利益を感じていた。しかも、その実現はSansanにしかできないことであり、競合優位性でもある
一般的にアウトカムは実現難易度に濃淡があります。CSMsは、サービスを導入された顧客が希望するアウトカムがどの程度の難易度・リードタイムなのかを手前で把握し、それに沿ったサクセスプランを構築しなければなりません。
しかし、こういった運用をしているところは稀だというのも、アウトカム候補の絞り込みで学習できたことの一つです。
アウトカムの固定で、コミットすべきビジネスプロセスや数値が明確に
モデルケースを精査していくうちに、さまざまなアウトカム候補が出てきました。次に、それらを抽象化することで、Sansanの主要なアウトカムが「商談プロセスの中で発生する」と見えてきたそうです。
The Modelベースの商談プロセスにSansanを当てはめてみると、「リード生成」から「クロージング」、そして「追加の契約相談」などで、最終成果である「売上増」に間接的に影響を与えていることがわかったのです。これまで直感的に理解できていたものの、詳細に言語化に至ったのは初めてだったそう。
これらを踏まえると、Sansanにおいてアウトカムが発生するビジネスプロセス、Sansanのアウトカム、アウトカムの発生をトラックするKPI(Before/After)までを特定し、仮説を組み立てることができました。
わかってみれば「そうだよね」となるものの、これらの関係性を改めて認識できたのは大きかった、と田中さんは語ります。特に示唆が大きかったのは、現状トラックできているKPI群ではSansanのアウトカムを正確に計測できないことでした。
「新たなKPIのトラッキングはプロダクトバックエンドの修正も伴うため大掛かりになるが、今後しっかり取り組んで可視化していきたい」と述べられていました。
ちなみにSansanでは、CSプラットフォームの「Gainsight」を活用して、「顧客がどのようなアウトカムを希望され、CSMsがどのようなサクセスプランを顧客と握ったか」を記録しています。このあたりは未だ多くのSaaSベンダーで、CSMs任せでブラックボックスになっているため、今後は効率良くマネージすることが求められていくでしょう。
田中さんは今後の展望として以下2点を挙げていました。
- アウトカムベースで顧客ステージを設計
- サクセスプランとプレイブックの作成
Sansanではプロダクト活用度を軸としたヘルススコアが運用されているものの、顧客がサクセスに近いかどうか(=アウトカムが出ているか)では俯瞰できていないそうです。これができれば、顧客のステージアップを事業目標とすることができます。そして、それを実現するための具体的な支援ノウハウの集約として、サクセスプランとプレイブックの作成が必要なのです。
Sansanの取り組みは、おそらくはどのSaaSベンダーにとっても参考になる内容だと思います。特にアウトカムを特定するためのプロセスは有用でしょう。
プレイド:CXプラットフォーム「KARTE」のアウトカムの共有
プレイドは宮本和典(みやもとかずのり)さんが登壇されました。CS部門、およびHRBP(Human Resource Business Partner)を兼務されており、人事畑でのキャリアも長い方です。
(参考:CXプラットフォーム「KARTE」のサービス説明サイトを見る)
プレイドがアウトカムの特定に迫られたのは、「CSメンバーが急増している中で、提供するプロダクトの最適な研修プログラムを決める必要があった」でした。
プレイドが提供するプロダクト『KARTE』はWeb接客プラットフォームとしてサービスを開始しましたが、ユースケースへの柔軟性・拡張性が非常に高く、現在では幅広いインダストリーおよび業務ニーズに応えられるように進化しています。
ゆえに、「KARTEの基本とはこれだ!」というものが見えにくく、CSの従業員オンボーディングにおいて、まず何をインストールすべきかに迷われていたのです。これは汎用性の高いプロダクトがしばしば持つ課題です。
ただ、この問題については「顧客の80%をカバーできるアウトカム」を特定することで解決につながります。まさに「まず、これだ!」をインストールすれば良いからです。
KARTEの強みをレビューしていて気づいたこと
KARTEのアウトカム特定プロジェクトには、私も参加させていただいたのですが、具体的には現場とのディスカッションでアウトカムの種を探していきました。詳細は割愛しますが、ディスカッションを進めていくと、以下のようにアウトカム候補を絞れることがわかってきました。
- ユーザーそれぞれに合わせて適切なコミュニケーションができるので、企業側はそのユーザーのニーズを満たしながら狙ったポイントへの案内を促進できる
- ポイントへの案内機能を顧客が自前で開発することもできるが、KARTEを使えば開発稼働に関する大幅な削減効果が見込める
- 実施したコミュニケーションの結果を分析することで、ネクストアクションのための示唆を得られる
宮本さんはご自身のCS経験から、これらのアウトカム候補をより具体的に言語化されていきました。結果、導かれたのが以下の図です。
その上で宮本さんは、社歴1年以上のCSMsに対して、「この中でしっくりくると思うアウトカムはどれか?」というサーベイも行ないました。
投票と同時に、CSMsにはフリーコメントで「自分がアウトカムと思うもの」を自由に記載してもらいました。さまざまな意見が出たものの、そのほとんどは宮本さんが導き出したアウトカム候補と同義であったといいます。
宮本さんはマネジメントの立場から、「KARTEのOJTプログラムにもっともふさわしいアウトカム」を特定。そしてそれを、私が提唱する「プロダクト提供価値 - サクセスプラン - アウトカム」のモデル図にプロットしたものが、以下の図です。
宮本さんは、「このモデル図に当てはめて考えることで、KARTEのカスタマーサクセスが向き合うべきことが見えてきた」と語っていました。
KARTEのアウトカムバリエーションをより正確に把握する
さらに、プレイドさんはKARTEに求められるアウトカムの出現比率についてもまとめました。「統計を取ったわけではなく、あくまで定性感覚」と前置きされていましたが、宮本さん曰く「3つのアウトカムで顧客全体の80%を占める」と思われるとのことです。
「80%を占める典型的なアウトカム」をピン留めすることは、乱暴に見えるかもしれませんが非常に大切なことです。一見すると、顧客に与えるアウトカムに広いバリエーションがあるほうが事業にとって有利に映るかもしれませんが、
- マーケットへのリーチメッセージの作りやすさ
- セールスクロージングのシナリオの作りやすさ
- カスタマーサクセスの人的リソースの制限
- 従業員イネーブルメントの観点
といったさまざまな観点で、アウトカムを絞ったほうが実はメリットが大きいのです。KARTEにおいてここをクリアにできたことは、今後のプレイドさんの事業推進上のノイズを減らす効果があると思われます。
より正確に言うと、アウトカムのバリエーションが多いのは良いことではあるのですが、「80%を占める典型的なアウトカム」を見えにくくしてしまう。しかし、アウトカムのバリエーションが多くても、それがピン留めできるのであれば問題ない、という考えです。
宮本さんはHRBPの視点から「最も典型的なアウトカムである『コンバージョンの向上』の創出を最大化するため、ナレッジ整備と育成コンテンツ整備を進めている」と締めくくられました。まさに、HRBPならではのお考えだと思います。
ビズリーチ:採用管理クラウド「HRMOS採用」のアウトカムの共有
ビズリーチの佐藤里衣(さとうりえ)さんは、HRMOS事業部でエンタープライズ顧客のアカウントマネージャーを務めています。
(参考:採用管理システム「HRMOS採用」のサービス説明サイトを見る)
HRMOS採用がアウトカムの特定に迫られたのは「市場の競争環境が厳しくなり、より安価なATS(Applicant Tracking System)への乗り換えを防ぐため、ROIを言語化する必要に迫られたこと」が理由でした。
アウトカムの特定は必ずしも良いことばかりとはいえません。アウトカムを特定することは、ROIを算出できることと同義です。これまで契約を継続していた顧客でも、ROIに基づいて継続を見直すリスクもはらんでいるわけです。
ここは、SansanやKARTEとは競争環境の違いが如実に出た部分でした。SansanやKARTEは、競争相手が比較的少ないマーケットカテゴリで戦っているのに対し、HRMOS採用はATSというレッドオーシャンで戦っているため、先の2社よりもROIベースで顧客と会話する必然性が高かったのです。
導入目的の目線を一段上げることで、ROIがクリアになった
HRMOS採用のアウトカム特定で、私が大きく着目したのは「導入目的の目線の置き方を変えた」というエピソードでした。
CSであれば必ず行なうであろう顧客との導入目的の擦り合わせの目線をアウトカムベースに変更する、という大きな意思決定をされています。この変化を私なりの言葉で表現すると「プロダクト提供価値でアピールすることをやめた」と言えます。
佐藤さんは「アウトカムをピン留めすることで、全アカウントマネージャー(AM)がこのような会話をできるようになりつつある」と述べています。
ただ、アウトカムベースで顧客と会話することは、腕の良いCSMsやセールスからすると当然に思われるかもしれません。しかし、組織目線でアウトカムを特定する意義は、「誰もが」やれるようになることです。これこそがプラクティスがもたらす力なのです。
さらに、HRMOS採用ではこの目線変更を進化させ、最終的に5つのアウトカムを決定。いずれも決裁者目線で語られています。
この図の面白いところは、各アウトカムにおける「プロダクトで達成できる部分」と「プロダクト外で達成しなければならない部分」の比率を記しているところです。例えば、
2.オペレーション:残業時間短縮、採用Lead Time短縮
というアウトカムについては、8割程度をプロダクト力だけで達成できることが見て取れます。
そうかと思えば、
4.データ活用:(採用の各フェーズからの)転換率改善
というアウトカムについては、プロダクトでフォローできる部分は「6割程度」と表現されています。これは「アウトカムの達成難易度」と言い換えることもできます。上図でいう左寄りのアウトカムは単に顧客のプロダクト活用度を上げるだけで達成可能なのに対し、右寄りのものはより手厚いCSMsの支援が必要なことを示唆しています。
顧客の決裁責任者とのQBR(Quarter Business Review)やリニューアル時には、これら4つのアウトカム達成度を定性・定量で伝えています。佐藤さんは「これらをROIとして提示することで、決裁者からの信頼、および契約更新時のエクスパンション金額が明らかに向上した」と語っていました。
アウトカムを最大化する組織の在り方にまで踏み込む
「アウトカムを特定する過程で、組織の在り方にまで向き合いました」と佐藤さん。以下はHRMOS採用のカスタマーサクセスチームの組織図です。
同組織は、顧客とアウトカムを合意するアカウントマネジメントグループと、同意されたアウトカムに基づいてプロダクト活用を支援するカスタマーサクセスグループを明確に分離しています。
実は、この組織設計は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023」のセッションで私が提唱した組織図でもあるのですが、それをすでに実践レベルで行なっていたのです。
この組織体制の最大のメリットは、アカウントマネジメント向きの人材と、ナーチャリング向きの人材を分離できることです。現在、一般的なCS組織ではこの2つのロールが混在しており、人材要件が高度になってしまう問題をはらんでいます。
しかし、各々のロールに所属する人員をスキル要件や嗜好性によって振り分け、2つのグループの連携をKPIベースで行なうことで、それぞれのグループをより効率的・効果的にワークさせることができます。
2グループの連携の要となるKPIは、Sansanの発表でも示唆されていた「アウトカムを正確に計測するためのKPI」と同じ概念です。私はこれを「アウトカムKPI」と呼んでいます。
佐藤さんは「新体制にあたって業務をどのように役割分担していくのか不安という声もありましたし、まだ課題もありますが、今ではメリットのほうが大きい」と語られていました。
HRMOS採用は、今回の事例の中でも比較的アウトカムの活用度が進んでいるプレイヤーでしたが、彼らは以下のネクストステップを模索してもいます。
- アウトカムKPIの精緻化と確実な遂行
- アウトカムに沿ったプロダクト開発提案
より大きな目線でとらえると、アウトカムのピン留めはマーケティングメッセージの最適化やプロダクト開発優先順位の指針としても活用できます。
現段階では、今回の事例発表企業もCS組織のみの活用にとどまっていましたが、将来は多くのSaaSベンダーがビズリーチと同じ展望につなげていければ、日本のSaaSはさらなる進化を遂げるのではないでしょうか。
アウトカム特定と運用は不可能ではない
今回、日本を代表する上場SaaSベンダー3社のアウトカム事例を伺ってわかったのは、「アウトカムを特定し、運用することは決して不可能ではない」という紛れもない事実です。
アウトカムは提供サービス・プロダクトで個別化するため、よく「結局、お客様によるので決めようがない」という声を聞くこともありますが、決してそんなことはありません。
確かにアウトカムは最終的には顧客に応じたカスタマイズが求められます。ただ、前述したように「80%の顧客を満たせる典型的なアウトカムパターン」を規定できれば、あとは軽微な修正のみで、それぞれの顧客の事業課題を解決する手段ともなりえるのです。
謝辞
この日の勉強会は、アウトカムを特定する重要性を日々主張している私にとっても、感慨深い時間になりました。終了後の懇親会では、コロナ禍を経ての開催ということもあってか、「同じ境遇で奮闘されている方々と、久しぶりにリアルで話す機会を持てました」というお声も聴かれました。
今回の勉強会開催にあたっては株式会社プレイド様の全面協力をいただきました。会場と配信設備の提供、および勉強会当日の会場設営と運営までをご担当いただき、非常にスムーズに進行しました。また、懇親会の段取りや後片付けまでをフォローしてくださったプレイドの皆さん、そして関係者の方々、本当にありがとうございました。
sasket LLC
山田ひさのり
『カスタマーサクセス実行戦略』の著者。ゲームプログラマーとしてキャリアをスタートし、Web開発のPG/SEを経て事業開発にキャリアチェンジ。その後、Sansan株式会社にてCS部門の責任者を歴任。現在はsasket LLCを設立し、2年間で約20社へのCSアドバイザリーを経験。
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