SaaSスタートアップの成長において、「経営管理の基盤整備」は事業の安定的な成長を支えるための要素でありながら、後回しにされがちな課題です。特にシリーズAの調達が済み、組織が拡大していく段階において、「どのタイミングで経営企画人材を採用すべきか」「どんな役割を任せるべきか」といった問いに直面する経営者は少なくありません。
そこで今回は、経営コンサルティングファームから、店舗事業者向けの集客・採用支援サービスを提供しているカンリーの「一人目経営企画」として参画し、現在は事業責任者として活躍する石地和樹さんをお招きしました。シリーズA直後からシリーズB調達、さらにその先の成長までを経験してきた石地さんとともに、「経営企画人材のリアル」に迫ります。
成長フェーズごとに求められる経営企画の役割や、採用すべき人材像、そして経営企画が組織にもたらす価値とは?聞き手はALL STAR SAAS FUNDのシニアタレントパートナー・楠田司です。
実行力重視のコンサルからスタートアップへ
楠田:私たちも投資先の支援をするなかで、経営者の方々から「どのタイミングに採用し、どんな役割を任せるべきか」という相談を受けることが多いんです。
そんななかで、石地さんのnoteに出会い、入社後の経営企画としての取り組みが非常にわかりやすく書かれていたんです。そこで今日は、石地さんがカンリーに入られて推進してきたことや重要なミッションについて伺いながら、「一人目経営企画の役回り」の重要性や役割を紐解いていければと思います。まず最初に自己紹介をお願いできますか?
石地:新卒で経営共創基盤(IGPI)というコンサルティングファームに入り、大企業向けの経営コンサルティングをしていました。IGPIの特徴は、戦略だけでなく企業再生やM&Aなど全方位で支援するファームだったので、事業面と財務面もそうですし、戦略面と実行面を一気通貫で長期的に支援する経験ができました。
5年ほど在籍し、最後の半年はカンリーとの兼業期間を経てから完全に移りました。カンリーでは「社長室」として一人目の経営企画ロールを担当し、財務会計・管理会計の整備、ビジネスプロセス整備、事業開発などを行なってきました。現在は新規事業の事業責任者として、事業のグロースにチャレンジしています。
楠田:経営共創基盤はハンズオンで実務支援もやっていくようなコンサルなんですね?
石地:そうですね。IGPIは顧客の業績を上げることに重きを置いていて、戦略や事業計画も自分たちで実行する前提で実現性の高いものを描くようなタイプのファームでした。取引企業も幅広く、年商が3桁億円の会社から1兆円超え企業までありましたし、企業再生案件や新規事業のインキュベーションに携わったこともあります。
楠田:そんな実行力を重視するファームからスタートアップのカンリーに移られたわけですが、きっかけは何だったんですか?
石地:もともと、どこかのタイミングで事業サイドへ行こうという思いでコンサルに入っていました。だからこそ、純粋な戦略ファームというよりは、実行までちゃんと身につけられるようなIGPIを選んで入ったんです。4年ほど経ったタイミングでカンリーから声をかけてもらい、スタートアップはタイミングを逃すと同じフェーズが二度と来ないという思いもあって、チャレンジすることにしました。
楠田:入社時のカンリーさんはどんなフェーズだったんですか?
石地:シリーズA調達直後のタイミングで、社員は40名ほど。当時は完全フルリモートでしたが、代表がカルチャー浸透にも力を入れていて、一体感があったのが心強かったですね。現在は150名近くまで成長し、オフィスも構えてハイブリッドで働いています。
シリーズAフェーズでは「整理」からスタート
楠田:今日お聞きしたい「一人目経営企画」というテーマは、企業のフェーズやプロダクトのフェーズによって役割が変わっていくと思います。そこで大きく3つのフェーズに分けて、石地さんの役割の変化を教えてください。
分け方としては、入られた直後のシリーズAフェーズ、資金調達前のシリーズB手前、そしてシリーズB以降のフェーズです。まず、シリーズAフェーズで参画されたときの役割はどういったものだったのでしょうか?
石地:明確なミッションがバチッと決まっていたわけではなく、「できていないことがいっぱいあるから、いろいろやってほしい」というざっくりとした期待値でした。
具体的には、シリーズA調達後、投資家とのコミュニケーションのために予実のモニタリングが必要でしたが、そもそも予算が立てられていなかったんです。また、事業はハイグロースしていましたが、その土台が整っている状態ではなかったので、ビジネスプロセスの整備も期待されていました。
楠田:このフェーズでCFOもいらっしゃったんですよね。経営企画とCFOで分けて任せたいミッションは何かあったのでしょうか?
石地:私はどちらかというと事業サイドのミッションのほうが重きが大きかったですね。CFOはファイナンス面やコーポレート寄りを担当し、私はビジネスサイドから予算周りやビジネスオペレーション整備を担当する棲み分けでした。また、私の過去の経験も活かして、事業と財務のつなぎ役も担おうと考えていました。
楠田:カンリーに入られたとき、最初から経営企画という配置ではなく、「社長室」としてスタートしたのはなぜだったのでしょう?
石地:コーポレート部のなかの経営企画だと、レポートラインがコーポレート部になり機動力が落ちてしまいがちですが、その時々で重要な経営課題に対して柔軟にリソースを振り向けて遊軍的に関わる動き方が必要だと考えました。そこで、代表直属の独立組織として社長室を立ち上げることを提案し、受け入れてもらいました。
「正しい経営判断」のために数字を把握する
楠田:抽象度の高い依頼に対して、課題を整理するために最初にどのような下調べからはじめられたのでしょうか?
石地:各部署のキーマンに個別に時間をもらい、どのように自社のビジネスが回っているのか、それぞれがどのような役割を持って組織が動いているのかをヒアリングによって把握しにいきました。事業内容や事業の流れ、組織体制や会社のなかの一人ひとりの動きや仕組みなどを解像度高く理解するのが目的です。
楠田:そうして課題を把握したうえで、どのような優先順位で取り組んでいったのですか?
石地:まずは数字が正しく見えない状態だったので、そこを整えない限りは正しい経営判断もできないと感じました。予算を作るにしても過去の実績を正確に把握できていなかったんですね。そこで、過去の契約書を全件見直して、これまでの売上の推移を正確に把握するところからはじめたりもしました。そういう泥臭い作業も自分で手を動かしてやりました。
楠田:予算以外にも、シリーズAのフェーズで着手した主な取り組みは何でしたか?
石地:まずは財務会計の整理、次にビジネスプロセスの整備、そして最後にモニタリングの仕組みを作ることです。予実の比較をして見える化するところまで進めていきました。これら3つを完成させるのに丸々1年ほどです。土台整備の部分は仕組みを作ってそれを運用に落とし込み、定着させるまでが大変だったので時間がかかりました。
楠田:財務面の整理は、どのようなメンバー構成で、どれくらいの期間で進めましたか?
石地:当時、CFOはいましたが経理担当は社員ではなく業務委託しかいませんでした。ビジネス側のCSとコーポレートの経理を巻き込みながら、主に私が主導して仕組みとオペレーションを作っていきました。ただ、業務委託の方々だけだとオペレーションが回り切らず、その後、監査法人出身の公認会計士の社員が入社してからようやく本格的に回りはじめ、実際には4〜5ヶ月くらいかかりました。
楠田:ビジネスプロセスの整備はどのように進めていったのですか?
石地:ビジネスプロセスのところは、まずFP&A(財務計画と分析)のためのKPIツリーのブレイクダウンからはじめました。KPIにブレイクダウンをして、SaaSビジネスのマーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、CSといった各部門の動きを聞き、「あるべき姿」と突き合わせながらKGI・KPI設定を設計していきました。
楠田:「生産性が高い適切な状態とは何か」という定義をまずは固めないと、KPIやKGIの設計もおそらく大変ですよね。現場と擦り合わせながら整理したのでしょうか。
石地:それで言うと、KPIツリーの策定は経営企画主導でやったほうが早いと思います。叩き台を作りつつ、実態にあわせてチューニングするというアプローチを取りました。理想をもとにブレイクダウンしたKPIが現実に拾える状態かどうかは、会社や部署の状態次第です。拾えない数字が出てきたら、それを拾えるようにするか、もう一段階上のKPIを見るかなど、オペレーション作りも含めて現場と擦り合わせていきました。
土台整備の価値は「次のアクションにつなげられること」
楠田:シリーズAフェーズの前半はこの2つの取り組みが中心だったのですね。可視化が進んだことで、ビジネスにどのような変化がありましたか?
石地:もともとあまり数字を見るという文化ではなかったのですが、予算を作ることで「予算に対して今どうなっているか」を見る文化ができました。各部署ごとにKGIやKPIを設定することで、その指標を意識して動くようになったんです。
財務側では、P/Lの勘定科目の使い方も整理し、原価と販管費で分けるのはもちろん、SaaSビジネスとして「R&D」「S&M」「G&A」の3区分で見えるようにしました。これにより、どの部分のコストを、どう管理すべきかの判断ができるようになりました。
土台を整えてちゃんと見える化をすると、事業計画に対して実績を比較したときに、どこでギャップが生まれたのかがわかるようになります。たとえば、売上のギャップが、単価の問題なのか客数の問題なのか、さらに客数の問題ならパイプラインのどこに問題があったのかまで遡れるようになります。
これが土台整備の価値であり、明確に次のアクションにつなげられることが一番のポイントです。また、投資家に対しても予算と実績のギャップの原因と対策を明確に説明できるようになり、信頼感・安心感を持ってもらいやすくなったと思っています。
シリーズB調達に向けた経営企画の役割とは?
楠田:シリーズBに向かう段階で、経営企画としての役割はどう変化していきましたか?
石地:シリーズBでは事業成長の継続性をしっかりと示す必要があります。シリーズAは市場環境がうまくはまっただけでもPMFできれば調達できることもありますが、シリーズBでは事業をいかに成長させ、その成長の継続性を説明できることが重要になります。
言わば<yellow-highlight-half-bold>「戦略に落とし込み、事業が進むべき方向」を示せるかが、シリーズAとBの大きなギャップ<yellow-highlight-half-bold>です。そのためにも、先に土台作りが整っていないといけません。
楠田:SaaS企業では初期からマルチプロダクト戦略やコンパウンドで事業が複数走りはじめ、管理が大変になりますよね。早めに土台を整備しておくことが、結果的に経営者にとっても楽なのではと感じました。
石地:そうでしょうね。後回しにすると後から整備するのも大変ですし。マルチプロダクトやコンパウンド戦略を進めていくなかで、きちんと数字を見てみると、「この事業単体では経済性がないのに注力している」ということもあり得ます。リソースの最適配分を考えるうえでも、早めに整備することが大切です。
楠田:ほかの企業でマルチプロダクト戦略がうまくいっている共通点として、撤退の基準が明確だということがあります。これも基盤整備と関係していますよね。
石地:確かにそうですね。新事業単体で手運用で管理することもできますが、全体の基盤が整っていれば、たとえばP/Lでフラグを振って切り出して見るなど、モニタリングが効率化されます。それが事業判断や撤退基準の明確化にもつながるんです。
楠田:シリーズBに向けて特に注力された領域はありましたか?
石地:「中期経営計画」の策定です。これまで整備してきた土台があってこそ、トラッキングレコードやKPIの実績を前提に説明し、今後の成長指針を示して、「継続的な成長が担保できる」という方針をセットで表すことができます。
カンリーでも中期経営計画を土台に、ブレイクダウンした数値計画と戦略部分を作り、パッケージとして資金調達に臨みました。期間はかなり突貫で1ヶ月ほどでしたが、各部門の責任者や経営陣を巻き込んで作り上げていきました。
楠田:シリーズB調達において、特に評価されたポイントはありましたか?
石地:一つは予算に対して実績がミートしていたことです。最初に作った予算も突貫でしたが、ブレイクダウンしてから積み上げで作成した計画通りに実績が推移していたことで、将来の計画にも信頼性が生まれました。
もう一つは、中計の事業戦略の明確さです。<yellow-highlight-half-bold>「このプロダクトではこういう目的で展開し、メインプロダクトでは面を広げ、別の商材でARPAを上げる」といった戦略を明確にし、将来のプロダクト戦略も含めて一体感を持って伝えられた<yellow-highlight-half-bold>ことが調達に貢献したと思います。
社内の関係者をクライアントに見立ててみる
楠田:ここまでの取り組みを通じて、課題も多かったと思います。特に印象的だった指摘や気づきはありましたか?
石地:現場からすると、KPIを管理するのに工数が増えることもあります。「現業だけでも忙しいのに厳しい」という声を寄せられることも往々にしてあります。そのため、単に数字を見るだけでなく、「現業を軽くするオペレーション作り」もセットで考えることが落とし込むうえでは大事だったりします。「ちゃんと把握できる仕組みを一緒に整えよう」というアプローチが大切ですね。
「意思決定がクリアにできるようになった」「やるべきことに注力できる」「オペレーションがシンプルで楽になった」……そういったメリットを実感させることが仕組みを浸透させるためにはキーになると思います。
楠田:現場に対するメリットをちゃんと伝えながら進めることが重要なんですね。実際に効果を感じられた取り組みはありましたか?
石地:マーケティングのリードソース別分析が効果的でした。SaaSでは「リード創出から商談、受注までのパイプライン管理」が重要ですが、各部門が分かれていると全体を通して見るのが難しい。横断的に分析することで、「このリードソースからの受注率が高い」などの発見があり、部署を超えた施策につなげられました。
「一人目経営企画」に求められるスキルや思考
楠田:今はシリーズB以降のフェーズで、石地さんは新規事業の責任者をされているとのことですが、なぜその役割に?
石地:シリーズB調達後、会社として「指数関数的な成長を続けるには新事業が必要」と判断し、そこを担当することになりました。これは完全に自分のキャリア志向にも合致していました。コンサルやこれまでの経験では「1→10」や「10→100」の成長はサポートしてきましたが、「0→1」を当事者として経験したいという思いがあり、志願しました。
楠田:これまでのキャリアを思っても、自分の手で事業を動かせるようになるところに対してのモチベーションは高く持ち続けていらっしゃいますよね。ここまでの実体験を積まれた石地さんから見て、「一人目経営企画」に求められるスキルや思考、姿勢にはどのようなものがあると思いますか?
石地:<yellow-highlight-half-bold>スキル面では、事業面の理解と財務会計面の理解、この2つが必要<yellow-highlight-half-bold>です。コンサルとしてデューデリジェンスなどを行うと事業面の理解は深まるものですが、財務会計面の理解はなかなか経験できないのではないでしょうか。だからなおさら、そちらのスキルを持っておくと非常に役に立つだろうと感じます。
思考については、シリーズAのスタートアップでは「何もない前提で自分が作る」という姿勢が大切です。何かを改善するより、ゼロから作るつもりで臨むことが必要でしょう。
楠田:事業会社での経験は必要だと思いますか?
石地:必ずしも必要ではないと考えます。私自身、カンリーに入ったときは事業会社の経験はありませんでした。スキルとマインドセットが揃っていれば価値を出せます。ただし、事業会社のインセンティブ構造や意思決定の仕組みは理解しておく必要があります。
楠田:経営企画を採用する際に見るべきポイントは何でしょうか?
石地:私は基本的に事業のディスカッションをします。その人がどういう思考で事業を捉え、戦略的思考を持っているかを見極めます。「こういう事業があって、それを伸ばすためにどうするか」というディスカッションを一緒にして、共に進められるかを確認します。
また、「個人的に一番しんどかった経験」と「それをどのように人を巻き込んで解決したか」も重要です。経営企画はステークホルダーを巻き込む必要があり、壁にぶつかったときもへこたれず、前向きに対処できるマインドが必要だからです。
楠田:あとは、経営企画の定義は企業によって異なりますね。大企業の経営企画と違い、スタートアップでは管理だけでなく幅広い役割が求められそうです。
石地:その通りです。大企業では分業化が進み、経営企画でも計数管理やIRなど特定の業務に特化していることがあります。しかし、スタートアップではそういった経験が直接活かせるとは限りません。経営企画の経験があることはプラスですが、会社によって求められることが違うので、自社にあった人材を見極めることが大事です。
PMF後の「てんてこ舞い」は経営企画の採用タイミング
楠田:「一人目経営企画」という役回りの定義は、経営陣の構成や企業フェーズによっても変わると思います。そういう前提のなかで、石地さんから見て「こういうアラートが出たら経営企画の採用を考えたほうがいい」という組織のサインはありますか?
石地:PMFを経て、てんてこ舞いになる見立てがあったら、動き出していいと思います。カンリーもそうでしたが、PMF後に事業が一気に成長すると、人の採用も必要になり、事業成長に対して体制作りが追いつくかどうかという戦いになります。
そうなると、既存事業の維持・グロースだけでいっぱいいっぱいになり、土台の整備や戦略構築が後回しになりがちです。後から着手すると1〜2段階遅れてしまうため、そういう状況になりそうだと感じたらアラートだと考えています。採用もすぐにはできないので、その時点で動きはじめるのが良いでしょう。
楠田:具体的なペルソナについても理解を深めたいのですが、どういう出身者が合いそうでしょうか?
石地:実行推進を経験しているコンサルタントは一つの良いペルソナだと思います。コンサル経験を通じて戦略の理解は一定あり、組織をどう動かすかという勘どころがあることが大きな強みです。
もう一つのペルソナとしては、すべてを一人で担ってきたようなスタートアップの事業責任者タイプもあり得ます。事業責任者にもいろんなタイプがいて、BizDevとして事業づくりが得意な方もいれば、セールスが得意な方もいますし、プロダクトに責任を持っている方もいます。その中でも、ビジネスの仕組みを作り、一連のビジネスプロセスを構築するなどして全方位で事業を成長させた経験を持つ方であれば、一人目経営企画のペルソナになり得ると思います。
楠田:ありがとうございます。最後に、経営企画人材を採用したい経営者と、そういったポジションに挑戦したい方へメッセージをお願いします。
石地:経営者の方には、一人目の経営企画は「自分の相棒」を選ぶような重要な採用だと思っています。勢いで採用するのではなく、しっかり見極めて信頼できる人を獲得することに注力してください。
経営企画に挑戦したい方へは、今回の話でハードルが高く感じられたかもしれませんが、一人目でなくても二人目、三人目としてポテンシャルで入ることもあります。必要なスキルは勉強できますし、今いる組織でも経験を勝ち取りにいけるはずです。スキルが足りないと諦めるのではなく、自分でその機会とスキルを獲得しにいくアクションを起こしてください。
楠田:素敵なメッセージでした。「相棒を探す」というのは素晴らしい表現ですね。石地さん、今日はありがとうございました。