ビジネスの現場で「AI革命」が進む中、起業家に求められる資質やマインドセットも大きく変化しています。
CursorやHarvey、Abridgeなど、アメリカではAI企業が大型の資金調達を短期間で実現し、ARRも200〜300億円規模まで上げる企業が続々と登場しています。
従来のSaaSスタートアップとは異なる競争環境で、どのような起業家であれば成功を掴めるのでしょうか。ALL STAR SAAS FUNDのパートナーを務める前田ヒロと湊雅之が、現在の環境を観察しながら、「AI起業家に必要な5つの要素」について語り合ってみました。
一番はスピード感。「他社よりも遅い」が最大のリスクに
湊:今日はテーマとして、AIスタートアップの起業家に、VCが求めるものについて話したいと思います。特に資質とかマインドセットの部分ですね。AIはさておき、以前にもヒロは「急成長する起業家のマインドセット」というタイトルの記事を書いていたけれど。
前田:書いたのが2017年だから、もうずっと昔のことになってしまったね。
湊:昔のこととは言いつつ、まずはこの記事から振り返ってみると、ヒロは自己認識能力、成功・失敗からの学び、チャレンジし続けること、目線やモチベーションという4つを挙げていましたが、AIの領域ではどう変わったと思います?
前田:この4つの要因は変わらないんだけど、一つひとつの要因に付け足すものが増えたし。もしかしたら5つ目、6つ目の大事なポイントが出てくるかもしれない。起業家や経営者に求められるものは、間違いなく高くなったなと思う。
湊:そのあたりを深堀っていきたいんだけど、起業家で、特にAI領域をやる起業家の方って、"パラノイア感(偏執病的要素)"が強い方が成長している印象があります。これを5つくらいにブレイクダウンして話したいんですが、まず一番に大事なのがスピード感。あるいは危機感(Sense of Urgency)ですね。
アメリカを見ても、CursorやHarvey、Abridgeなどが大型調達を短期間で実現して、ARRも200〜300億円規模まで上げている。一旦こういうふうに大きくなっちゃうと、もう追いつくのがすごく困難です。
<yellow-highlight-half-bold>AIによって、市場はかなり未開拓な状態に、言わば「まっさら」になった<yellow-highlight-half-bold>と思うんですよね。そのなかで今の最大のリスクって、間違ったことをやることより、「他社よりも圧倒的に遅いこと」が一番のリスクになる。プロダクトを作る難易度が下がったのもあって、特にイタレーションも含めたスピード感が大事だと思います。
前田:いろんな意味でスピード感を求められる時代になったなと。「プロダクトに実装するスピード感」もあるし、「新しい機能を出すスピード感」もある。けれど、やっぱり「実行のスピード感」、エグゼキューションの部分だよね。
どんどん開発が簡単になっていく世界のなかで、プロダクトのイノベーションで差別化するのに加えて、スピードを持ってそれを拡散できるか、お客さまにサービスできるか、広められるかというところが重要で、経営者に求められることになっている。
湊:前までは「場合によっては2〜3年はPMFにかけてもいいよ」みたいな感じだったけれど、この時代になって時間に関しては厳しくなったよね。
前田:そうだね。やっぱりAIによって国境を超えるハードルも下がってる。日本語対応に時間がかかるとか、日本のユーザーにリーチするまで時間がかかるとかいうのが少し前まではあったけど、特にLLMはすでに日本語を理解している。Cursorも日本ですごく普及してるし、Mastraも日本のエンジニアユーザーがすごくついてる。どんどん日本へのリーチのハードルが下がってきてますよね。
日本国内での競争は激しくなってるので、日本のスタートアップも世界レベルで、スピード感を持って動かないといけないのは間違いないはず。
毎週進化するAI技術についていく「好奇心」
湊:2つ目の要素は好奇心だと思うな。AIという技術自体が毎週のように進化する状況のなかで、これって正直のめり込むくらいにAIが好きでいないと……。ヒロもそうだけど。この好奇心というのがすごくイントリンジック(内から出るもの)だし、簡単に真似られない。
特にこのAI革命はテクノロジーのシフトなので、AIに取り組んでいる目立つ経営者……LayerXの福島さんとか、IVRyの奥西さんもそうだと思うけど、エンジニア経験やエンジニアとしてのバックグラウンドがある人が比較的この特性が強い傾向がある。
前田:すごく大事だね。エンジニア系の方のキャッチアップが早いという話をしたけど、でもちゃんと非エンジニアバックグラウンドの方で、キャッチアップスピードの早い経営者もいますよね。
本当にLLMってめちゃくちゃ便利で、非エンジニアでもプログラム書けるようになったりとか、いろいろ試せるようになっている。テクノロジーのキャッチアップ、根本的な裏側の仕組みの理解は難しいかもしれないけど、その上のレイヤーで何が実現可能なのか、自分たちのビジネスにどういう影響があるか、プロダクトにどう実装可能なのかは、実はエンジニアのバックグラウンドがなくても理解しやすくなっている。
あとはやっぱり「<yellow-highlight-half-bold>AIを信じるか、信じないか<yellow-highlight-half-bold>」もある。AIに対して悲観的に見ていると、なかなか変化に敏感に動くことは難しい。でも信じている人たちは、毎日のようにXを見て、ClaudeやGeminiの新しいアップデートを見て、それにワクワクして、キャッチアップしているよね。この「純粋さ」が、かなり重要だと思う。
湊:確かにそうですね。ある意味でテクノロジーを信じる力とか、それにまつわる興味の強さみたいなことが見えてきたのかなと。
競争を楽しめるかどうかが勝敗を分ける「負けず嫌いさ」
湊:3つ目の要素は「負けず嫌いさ」でしょう。ダイナミックに変わる競争環境のなかで、自らのポジショニングをどう描くか、チェックするか、変えていくかというところ。
これまでのSaaSって、競争環境がそんなに大きく変わることはなかった。一方で、AIの場合は参入障壁が下がってるのと、海外のプロダクトが競合になるケースもある。
分かりやすい例が「AI議事録」で、それまでは日本語対応するプロダクトがそんなになかったから、独自のAI議事録ツールがいっぱい出てきた。でも今の進化で見ると、Geminiやtactiqなど海外ツールも含めて入ってきて、ポジショニングが変わっていく。
だから、まず自分たちがどういうポジショニングを取るべきか、冷静かつ「負けたくない」という執着心、あるいはパラノイア化みたいなものがすごく大事だと思う。
前田:全体的に競争が激しくなっているよね。自分たちのロードマップやポジショニングを常にアップデートし続けないといけない。どんどんみんなスーパーアプリみたいになってきているじゃない?
OpenAIもデスクワークの仕事を全部、とにかくOpenAIができるようにしたいという構想を持ってると思うけど、そういう方向性でプロダクトを進化させている。そうなっていく世界を考えたときに、自分たちのプロダクトをどう作っていくのか、差別化するのか、どこに寄り添って考えていくのか。それらはかなり重要な意思決定の一つだと思う。
湊:その観点で、SaaSとAIをどう組み合わせるかという話がよく出てきますよね。結局、OpenAIとか他の海外プロダクトが持ってないデータ、業務の入り込み方をどうやるか、ロックインしていくかがすごくポイントになってくる。
面白いのは、AIエージェントからスタートした起業家の人は、逆にSaaSを作ろうとする傾向があること。SaaSならではのデータとワークフローを取ることで、プロダクトへのイタレーションが早くなるし、外資系企業が参入する時の防護柵というMoatになるので、この組み合わせがすごく大事になってくるケースがあるなと。
前田:少し前までは競争が嫌いな人や競争を避けるタイプでも一定成功できる環境だったと思うけど、<yellow-highlight-half-bold>競争を楽しめるかどうか、競争を好むかどうかがかなり重要<yellow-highlight-half-bold>じゃないかと最近思いはじめた。
湊:めちゃくちゃ賛成。本当にそうだと思う。
前田:相手より強くなろうとか、相手より良いプロダクト作ろうとか、他社より良い組織とか、とにかく他社より良いものを良くしていこうか。そういう執着心がより求められていて、競争を避けるのがなかなか難しい環境になってきた。
湊:起業家の方の特性が現れやすいのが、この「負けず嫌いさ」と「競争を楽しめるか恐れるか」。プロダクトロードマップから見ても、避け続けるタイプの人もいる。ニッチ市場を取って、またニッチに行こうとする人とかね……。
エントリーとしては当然、資本力がないスタートアップがニッチで競合が弱いところを狙うのは大事だけど、それだけを目指し続けると小さい市場しかいかなくなっちゃう。最終的には競争を楽しめるかというのが本当に大事だと思う。
前田:ブルーオーシャン戦略とレッドオーシャン戦略があると思うけど、0→1がブルーオーシャンだったとしても、1→10がたぶん必ずレッドオーシャンになる感じがあるよね。
湊:そうだね、間違いなくある。やっぱり大きくなっていくスタートアップはほとんどそうだと思う。SmartHRもしかり、LayerXもしかり。本当に急成長して大きなソフトウェアの会社を作っていこうとすると、避けられないポイントだろうな。
変化を起こして立ち位置を良くする「レジリエンス」
湊:4つ目の要素はレジリエンス。競争環境や技術進化の変化が激しいなかで、正直失敗するかもわからないけど、既存の事業にこだわりすぎずに突破していく能力。
これって特に、SaaS経営者のなかでも濃淡が現実に出ている。たとえば、僕らの支援先のログラスの布川さんも自ら旗を振って、AI合宿をやって、AIのプロダクトをどう作っていくかを推進したり(この話をしている『ALL AI PODCAST』はこちら)。これまでにはそんな話まったくしていなかったのに、技術変化に対して早めに察知して、経営としてトップが動き出すことをやっているよね。
ナレッジワークの麻野さんも、『ALL AI PODCAST』で話していたけれど、彼も危機意識を持ってやってた。このレジリエンスがすごく発揮されてるなと感じる。変化が激しい状況だと、レジリエンスは特に経営者、CEOには大事になってくる。
前田:間違いなくそうだね。「レジリエンスって何なのか?」と考えると、変化に適応できるかどうか、自ら変化を起こして、より自分たちの立ち位置を良くする力が要素なのかなと思っている。
とにかく変化があったときに、自分たちで動いて変わろうとか、環境が変わったときに自分たちで動いて、もっと良いポジショニングを狙いに行こうという考え方を、しかも経営者が自ら動いてやっていくところがかなり肝だと思う。
湊:うん、そこが一番肝な気はするな。
深く入り込むパートナーシップ「カスタマーオブセッション」
湊:最後の5つ目は、常にSaaSでも大事なんですが、文脈が違うのがカスタマーオブセッション、お客さまへの執着。
特にエンタープライズのお客さまを狙うAI企業にとっては、AIを積極的に取り入れようという会社がまだそれほど多くない状況だった。それが以前よりもAIプロダクトが入り込めるようなワークフローとか、場合によっては今BPOを出しているものをAI化しようという話も出てきたりする。今までのSaaSだったら、アーリーアダプターのお客さまに対しては1つのプロダクトを出して、そこから広げようとするやり方だったけれど。
そういう意味で、一人・一社のお客さま、少ないお客さまに深く入って複数プロダクトを出していく動き方をするケースが大事になってきている。それによって、大きな事例、成功事例を作って横展開していく。
これは今までのSaaSとは、シングルプロダクトで作って横展開していくスピード感とはちょっと違うプロダクト展開の仕方なので、その意味でのお客さまを中心にした顧客志向で入れ続けられることは、結構大事だと思う。
前田:そうだね。技術の変化も激しいので、お客さまと一緒に業界を作っていく、お客さまと一緒にデファクトスタンダードを作りに行くという気持ちで動かないといけない。
本当の意味でのパートナーシップだと思う。ソフトウェアベンダーとお客さまが、今の技術変化のなかでこの業界で一緒にどういう変化をもたらすことができるか、どうすればもっと業界が良くなるかを考えないといけない。最近は、AIによってPoCもすごく増えています。そういったパートナーシップの重要性は増すと思う。
湊:パートナーシップの重要性は、AIのプロダクトロードマップが具体的で、実際に動いてる会社を見てると、確かにパートナーになるような「強いお客さま」がちゃんといらっしゃるケースが多いな、と僕も感じます。
組織論の変化は「少数精鋭」がキーワードに
湊:余談的になるけれど、組織の考え方についても変化が見えますよね。最近はAIによって、場合によってはシングルファウンダーでARR100億ぐらいの会社を作れるんじゃないか、という話をSam Altmanなどがしている。
AIの文脈において、起業家が組織論を扱うときにちょっと変わってきたのが、「少数精鋭」という言葉が結構出るケースが増えたと思うんですよ。
少数精鋭の良さは機動力重視なので、スピードを出すには、100人の組織でやるのか、10人でスタートするのか。当然、10人の方が早い。その観点で言うと、少数精鋭は理に適っている。今までSaaSって、いきなり「採用に全力を振ってください」という感じだったけど、この割合が少し変わってきている気がする。
前田:間違いなく割合は変わってきていて、一人当たりの生産性という指標を見たときに、今まで見たことないような生産性の高さがどんどん出てくるのかなと思う。
一方で、競争している限りは、その生産性をうまくレバーかけて、よりスピードを早くするとか、より大きくなっていくところを武器にするスタートアップはまた出てくるんじゃないでしょうか。
大きく変わりそうなのが、組織内の構成。CSの人数、エンジニア人数、セールスの人数あたりは、具体的にどう変わるかはまだ答えを持ってないけど、変わる気がするね。
セールスやサポートの自動化ツールも出てきていて、AIエージェントが開発領域で特に広まっていて、とにかくどんどん自動化されるもの、エージェント化されるものが増えていく。そういうなかで、組織人数がどう最適化されていくかはすごく楽しみ。
湊:マルチプロダクト化が結構早い段階で起こるので、創業チームの時間をいかに新規プロダクトに当てられるかが議論のポイントになる。
一方で、AIでプロダクトの差別化になってくると、究極的にはエグゼキューションが強い会社が勝ち切るんじゃないかという見方もできる。だから最近は、エグゼキューションを担っている人は誰なのか、に焦点を当てることも増えています。組織のナンバー2みたいな人を、最近もっと注意してみるようにしている。
前田:確かにそれは間違いないね。
湊:ファウンディングチームに求められてるレベルが、ちょっと上がってるよね。
テクノロジーへの理解があって、ドメイン知識がある人、場合によっては2人に分かれるケースもある。たとえば、医療とか特殊な領域は特にね。そして、リクルートやキーエンス出身者といったエグゼキューションが強い方がファウンディングチームにいるといったように、組織全体のレベル感が前よりは求められている。
これはスマートフォンアプリの革命、iOSの時の「アプリの多産多死」みたいな状況とまた違うファウンディングチームに求められるレベル感なのかな、という気がする。
前田:iOS時代は、本当にいかにいいプロダクトを早く作れるかみたいな。
湊:そこだけでもある意味突破できちゃうところがあった。
前田:でも、B2Bになるとね、もう少し複雑になってくるよね。
AIを活用できるマネージャーを求める時代
前田:採用条件や採用基準は、変わると思う?
湊:変わる可能性はあるよね。これから出てくるのは、マネージャークラス、特にGTMチームだけじゃなく、ファイナンスチームなどもそうかもしれないけれど、AIを使っている会社とそうじゃない会社で、差分がすごく出やすくなるとは思う。
そうなってくると、マネージャークラスを期待される人に求められることは、少なくともAIに対する理解、業務フローへの理解、そして型化する能力が必要になってくる。
シンプルに言うと、今までの業務プロセスで、どこにAIを活用してきて、なぜこれはできて、なぜこれはAIでできなかったのか。そういった考え方や実績がマネージャーとしては求められる可能性が高いんじゃないかなと。1年以内にもっと話が出てきそうな気がする。
前田:マネージャーに求められるものが、変わってくると。新しい技術変化があったときに、自分たちの業務や自分たちのチームをどう変えられるか。そこまで見られるのがマネージャーで、求められる要素の1つになりそう。
湊:ピープルマネージャーであることや結果・数字に対するこだわりがあったけど、それにプラスして、AIも従業員の1つとして考えて、どうやって組んで結果を出すか。そういうところがこれから求められるのは、大きな違いになると思う。
変化を楽しみ、好きになることが成功の鍵
湊:最後にヒロから、このAI時代で僕らの要求がどんどん上がってきているようなところですが(笑)、VCとして起業家へメッセージを送るとしたら?
前田:本当に変化を楽しむことが大事かなと思っています。AIを好きになること。変化を好きになり、競争を好きになること。経営や起業のなかで、いろんなものがあると思うけど、それらを丸めて好きになっていくのはすごく大事。そうじゃないと続かない。
僕も毎朝Xを開いて、新しいニュースを見るのがすごく楽しみなんですけど、どのように自分たちの仕事や事業やミッションに対してインパクトを与えられるのかを考えながら、経営していくのがいいのかなと思います。
湊:僕も思うのは、結局は最初の話に戻るけど、このAI革命によって、場合によっては既存にあったERPやBPO、オンプレミス、あるいはSaaSも含めて、大きな未開拓の状態が作られて「まっさら」になってきていると。
だから、ある意味ではチャンスしか広がってない。そのなかで、もちろん能力的な差分はあるけれど、ヒロが言ってくれたように、好きだとか、これに負けたくないとか、ある意味の「エモさ」がすごく重要かもしれないね。
孔子の『論語』に「<yellow-highlight-half-bold>それを知っている者は、それに好んで取り組む者に及ばない。それに好んで取り組む者は、それを楽しむ者に及ばない。<yellow-highlight-half-bold>」という言葉があるそうだけど、そういう衝動的なものって、「戦略」ではやっぱり勝てない。
まさにそんな状況なんじゃないかな。本当に自分の好き、好奇心、野心みたいなのは、蓋を閉じずに、全開放して戦ったほうがいいんじゃないかなって思う。
前田:いいですね!