AIをめぐるグローバルな競争が日々激化するなか、どのスタートアップが生き残り、成長し続けることができるのか。その答えを探るため、ニューヨークとカリフォルニア州メンロパークを拠点に、日本でも知られるSakana AIをはじめ、世界的に注目を集める最先端テクノロジー企業への投資を行うLux Capitalのパートナー・Grace Isford氏に、ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナー・前田ヒロがインタビュー。
「SFを現実にする」投資哲学から、AI時代のMoatの築き方まで、スタートアップ経営者必見の洞察を紹介します。
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スタンフォード大学からAIと最先端テックへの道へ
前田:まずは、GraceさんがLux CapitalでAI領域に投資するまでの道のりを聞かせてください。テクノロジーへの興味は、どこからはじまっていますか。
Grace Isford(Grace):テックの世界に入ったのは、スタンフォード大学でエンジニアリングを学んだのがきっかけです。このとき、テック起業家向けのプログラム「Mayfield Fellows Program」というフェローシッププログラムに参加したことで、多くの素晴らしいスタートアップ、起業家、投資家と知り合うことができました。このときの経験から「テックとベンチャーキャピタルの世界は強いインパクトを与える領域だ」と感じたんです。
卒業後は、"大学生版のLinkedIn"といわれる「Handshake」に入社し、プロダクト、データ、エンジニアリングの経験を積みました。次に、スタートアップを評価する方法を理解したくて、グロースエクイティに携わりました。スタンフォード大学で修士号も取り、ベイエリアのCanvas VenturesというVCでパートタイムのスカウトとして働きはじめたんです。
そして、今から3年前にLux Capitalにジョインしました。AI、オープンソース、バイオテック、ヘルスケア、宇宙防衛ロボット……あらゆる投資領域で、アメリカだけでなく、日本でも印象的な企業と出会ってきましたね。
「SFを現実にする」ディープテック企業への投資哲学
前田:Lux Capitalの活動は実にユニークですよね。最先端ソフトウェアからバイオシンセシス、外科用ロボット、飛行物体まで、幅広い分野に投資されています。多様なセクターやトピックをカバーしていますが、どのように投資の意思決定がなされているのですか?
Grace:私たちは「SFを現実にする」と言っているのですが、クレイジーに見えるものや開発の初期段階にある技術など、そういったプロジェクトにも恐れず投資します。たとえば、研究所や大学からスピンアウトした知的財産とか。
これはとても重要なポイントで「私たちはほかの人が理解する前に信じる」という姿勢があるんです。言い換えると、多くのVCが「マーケットリスク」に焦点を当てる一方で、私たちは「テクニカルリスク」を取ることを恐れないのです。
実現可能性を見極めて、市場よりも先に革新的技術へ投資します。それは、新しいバイオテックかもしれないし、オープンソースAIの新しいアプローチかもしれないし、ハードウェアや機械工学、ロボティクスのまったく異なる技術かもしれないでしょう。
10社の企業が同じ市場を狙っているとして、その企業の技術的なアプローチは実はすべて同じである、というケースは実は多くあるんです。ここでの本当の違いは「どう実行するか」ということだけです。
前田:それだけの広い分野に投資できるのは、なぜですか?
Grace:私たちのチームのほとんどがエンジニアでジェネラリストですが、それぞれが異なるパッションを持つ分野があります。
私はAIと最先端ソフトウェアに情熱がありますが、一方でバイオテックやヘルスケアにパッションがあるメンバーもいます。「AI×バイオ」といった掛け合わせ、あるいは防衛領域ソフトウェアもあるので、チームで協力して、異なる案件でも最良に決断できるように努めています。
人や仮説に賭け、早期アイデアも積極的にインキュベーション
前田:技術や分野を学ぶために数ヶ月や数年要することもあり、バイオなど特殊な世界に関しては特に難しい領域ですよね。「十分に深く理解した」という確信はなかなか持ちづらいのではないでしょうか。
Grace:チームメンバーが情熱を持つ分野によっても異なりますが、バイオテックに投資しているメンバーの多くは、その分野で多くの経験を持っていて、実際にその分野で PhDを取得していたり取得を目指していた人たちです。同僚のJahinは、電気工学のPhDを持っていて、チップやハードウェア、半導体に関する投資の多くを担当しています。
それから、私たちは独自のネットワークも持っています。デューデリジェンスを行うときも、初期の調査アプローチを補強するために、起業家をはじめ、スタンフォード大学やバークレー大学などの研究教授たちがサポートしてくれています。
そしてもう一つ、私たちは新しい会社のインキュベーションも行なっています。仮説に基づいて積極的にリサーチを行い、合致する企業をアクティブに探せる仕組みがあるのです。ここで2つの事例を紹介しましょう。
事例①:核廃棄物処理技術「Kurion」
まずは、日本とも非常に関係の深い「Kurion」という会社です。Kurionは、もともとLux Capitalが原子力分野について深く掘り下げたリサーチから生まれた企業です。当時、私たちは「原子力エネルギー」に注目していました。10年以上前に投資が盛り上がった領域ですが、有望なベンチャー企業がまだ存在していなかったんです。
そこで私たちは、ほかの人たちがあまり語らなかった、もっと逆張り的な視点……つまりは結果として生まれる副産物の「核廃棄物」に注目しました。Kurionを立ち上げ、創業メンバーや初期投資家を集め、私たちは彼らの株式を取得しました。彼らは福島第一原発の事故でも汚染水の放射性物質除去にあたり、国際的に唯一選ばれた協力企業になりました。
Kurionはその後、フランスのVeoliaに30倍以上のリターンで売却されました。これは、適切な人材を集めてチームを作り、最終的にポジティブな成果の創出につながった仮説主導型の良い例だと思います。
事例②:嗅覚のデジタル化「Osmo」
もう一つの例は、「Osmo」というニューヨークを拠点にしている会社です。私たちは「AIの擬人化」に関してたくさんの仮説を持っていますよね。AIに声や視覚だけでなく、嗅覚も持たせるにはどうすればいいかという問いです。
私たちはすでに、多くの感覚をデジタル化してきました。たとえば、スマートフォンに話しかけることができたり、触覚フィードバックも得られるようになっています。そんななかで、「嗅覚を再現するテクノロジーとは、一体どのようなものなのか」と考えたんです。そこで、この領域について数百社もの企業を調査しました。
そして見つけたのがOsmoという会社でした。ボストンのGoogle Brainからスピンアウトした企業で、実際に嗅覚をデジタル化しています。彼らは今、この部屋に存在している分子を特定し、それを自社の「香りマシン」で実際に再現できるんです。私たちは創業者と一緒にほかの創業期の投資家を集め、最初の資金も提供し、実際にオンラインで体験できる香りを伝送するマシンを開発しました。
2つの事例は、Lux Capitalがインキュベーションにおいて、いかに人や仮説に賭けて、早期のアイデアに対しても積極的に取り組んでいるかを示すものになっていると思います。
前田:香り再現のスタートアップは、まさにSFのようですね。ちなみにKurionは、福島原発事故より前に仮説を立てていたのですか?それとも後ですか?
Grace:事故の前です。私たちはその数年前にすでに投資していました。
現在のAIにも通じる話で、これも「ほかの人が理解する前に私たちは信じる」という考えに通ずるのですが、Lux CapitalがAIに初めて投資したのは2013年です。実際、その投資は「少し早すぎた」くらいでした。
ただ、私たちのAI投資の多く……たとえば、機械学習のためのGitHubのようなサービスを提供する「Hugging Face」は、2019年にシリーズAのリード投資をしています。動画生成のための生成AIを手がける「Runway」は、日本にも多くのユーザーがいると聞いていますが、2018年にNYUの研究所からスピンアウトした企業です。それから、当時AIモデルを訓練するためのプラットフォームを展開していた「MosaicML」は2023年にDatabricksに13億ドルで買収されました。
どの企業も非常に初期フェーズにありましたが、私たちが早期にパートナーとして関わることができたのは、技術的な知見を持っていたからだと思います。他社が大きな成果になると気づく前に信じられたからです。いくつかの企業はすでにイグジットしていたり、数億ドルの評価額に達したりしている企業もあります。
AI時代のMoatとは?「UX」が真の差別化要因
前田:ここからは今日の主要テーマでもある「AI」について、話していきたいと思います。
特にAIのアプリケーションレイヤーに注目したいのですが、日本では投資チャンスが非常に大きい領域と考えています。AIアプリケーション企業に投資する際に、特に重視しているポイントは何でしょうか。投資に至る、あるいは至らない企業に分かれる「違い」とはどんなものがありますか。
Grace:最近ニューヨークで開催された「AI Engineer Summit」に登壇したとき、私は「UX」というキーワードを特に強調しました。<yellow-highlight-half-bold>私がAIアプリケーションを見るときに最も重視するのは「ユーザー体験」。これこそが真の差別化要因になるのです<yellow-highlight-half-bold>。
わかりやすい例として、プログラミング領域を挙げてみましょう。「Cursor」は、その領域ではよく知られた存在ですよね。彼らは、開発者のワークフローを非常によく理解しています。ユーザーの心理や各インタラクションをどのように使っているかを深く考えている。彼ら自身も開発者なわけですからね。つまり、ユーザーのワークフローを本質的に理解しているということです。これが1つ目のポイントです。
そして2つ目は、あらゆるシステムと統合できることです。ユーザーのワークフローをうまく支えるためには、高度なプロダクト連携ができるかどうか。たとえば、コードベースやIDEなどに簡単に組み込めてCursorのIDEに自然と移行できるかどうかが肝心です。
3つ目は、ワークフローと完璧に融合し、ユーザーに驚きを与えるような体験を届けられることです。たとえば、「Tabキーを押せば次の行のコードが生成される」。そんな魔法のような体験を実現できるかがポイントです。
これらのコンビネーションに着目しています。結局は、ユーザーへの深い理解と優れたプロダクト思考、そして単なるシステム連携にとどまらずにLLMの力を活かして独自性や創造性ある体験を作り出せる能力が重要なんです。
前田:企業を評価する際に、どのLLMを使うのかだったり、独自のLLMを持っているかどうかはそれほど重視していないということですね。それよりも、ユーザー体験やインテグレーション、ワークフロー、顧客理解が重要だと。
Grace:この点については、私自身の考えも変わってきたと思います。2023年にGPT-4が登場したときは「これは面白い」「技術的なMoatかも」という雰囲気がありましたよね。「新しいAIアプリケーションの技術的なMoatとは何か」という問いをみんなが持っていたと思います。
その後、Metaの「Llama」のように高性能オープンソースLLMが続々と登場して、もっと安価に同じことが実現できるようになりました。これは「民主化が進んだ」とも言えるでしょう。最近では「DeepSeek」のモデルなど非常に高性能なものも登場していますし、以前からオープンソースへの投資を通じてクローズドソースとのギャップは縮まったと考えていますが、実際にこれら研究機関が発表するモデルの登場によってその流れはさらに加速したと思います。
モデルそのものには、もはや大きな差別化要素がないとも言えるわけです。だからこそ重要なのは、変化への適応力があるAIアプリケーション企業です。AnthropicやOpenAIの次世代モデルといった進化にすばやく対応できるかどうかがカギになります。独自モデルの保有は重要視されなくなるでしょう。
では、その企業独自のアプローチは何なのか。より少ないリソースでより多くの成果を出すにはどうすればいいのか。そして、それらのモデルを活用しながら最終的に素晴らしいユーザー体験をどう構築するかが問われています。
SaaS時代からAI時代へ、Moatは「データ」にあり
前田:こうしたビジネスにおいて、Moatとなるものは最終的に何だと思いますか。長期的に優位性を保つために、企業が積み上げていくべき要素とは何でしょうか。
Grace:「SaaS」と「AIアプリケーション」には多くの共通点があります。「実行力」と「競争相手に勝つ力」、そして「データ」。これらが大きなキーになるでしょう。
自社の独自データやユーザー体験向上に用いるデータを活かして、いかに実行できるかが重要です。では、それらの要素をどう測って、どうやってユーザー体験につなげていくのか。ここがポイントになります。
技術的なMoatは、メディアや世間が思うほど大きくはなく、プロダクトの創造性や独自性が問われているのです。現時点では、AIにおける本当に革新的なプロダクト体験は、まだそれほど登場していないと思います。単なるチャットボットとのやり取りではなく、まったく新しい形でAIを活用するプロダクトが必要です。
前田:私もそう思います。独自データは、AI時代のMoatとしてよく語られますが、データの良し悪しにはどんな違いがあると考えていますか。
Grace:データには本当にさまざまな種類があります。良いデータとは、実際に活用でき、使い回しもできるもの。悪いデータというのは存在していなくて、強いて言うなら、使える形になっていないものと言えるでしょう。データについて考えるとき、いくつかのカテゴリがあることに気づきます。
1つ目は、独自保有データ。社内データウェアハウスや工場内センサーで取得できるようなものです。
2つ目は、AIモデル自体が生成するデータ。最近はリーズニングモデルのような面白いモデルも登場してきていますよね。これらのモデルは自己反省ができて、正解か不正解かを学習しながら、自分で新しい道筋を見つけていくことができます。このようなデータを収集すること自体がとても面白く、多くのスタートアップが取り組むことを期待しています。つまりAIエージェントやモデルを動かすたびにより賢くなっていくという循環を持てることです。
3つ目は、それらの要素をどう組み合わせるか。AIモデルのワークフローで発生するさまざまな種類のシグナルがあります。機械学習の世界では「Eval」という考え方がとても重要です。モデルが正しい答えを返しているかをどうやって確認するか。数学や理科のように答えが明確な分野では簡単なんです。そういう問題なら正解がはっきりしていますから。
しかし、検証が難しい分野になると一気に評価が複雑になります。「この英語のエッセイは、良いエッセイなのかどうか?」とか。たとえば、Deep Researchは調査レポートを作ることに優れたツールです。でも、VCとしての私の好みに合っているかどうかを評価するとなると、それはとても主観的な世界ですよね。だからこそ良い評価のフレームワークとデータ設計が重要になります。
ところが、OpenAIのDeep Researchは何度も使うことで「あなた好み」がシステムに学習されていきます。「私がどんな質問をするか」というシグナルも蓄積されて、モデル全体がどんどん賢くなっていく。つまり、データとその整備は非常に重要なテーマなのです。
この領域の活用は、まだまだはじまったばかりだと感じています。ソフトウェアの世界では、昔からデータが大きなMoatになってきました。特に2つ目と3つ目のデータカテゴリにおいて、その重要性がさらに増していくと思います。
「パーフェクトストーム」の中にある、AIエージェントの未来
前田:Graceさんは「AIエージェントがいかに実用レベルで機能しているか」というテーマのプレゼンをしていましたね。そのとき、フライト予約を例として挙げて説明していたと思います。実際にAIエージェントがもっと実用的になるためにどんなブレークスルーが必要だと思いますか?
Grace:今、私たちは、まさに「パーフェクトストーム」の中にいる。そういう状態だと思うんです。実際に多くの人が「2025年こそがAIエージェント元年になる」と言っています。基礎となるAIはすでにかなり整ってきていて、今まさにAIを使ったアプリケーションが次々に登場し、AIエージェントの実践的な活用も現実になりつつある。
それはなぜか?「リーズニングモデル」が登場してきていることも一つの大きな要因として挙げられるでしょう。DeepSeek-R1、OpenAI「o1」や「o3-mini」といったモデルですね。推論時に計算リソースを集中させる「Test Time Compute」という新しい学習手法も注目されています。このアプローチによって、未曾有の性能が実現できるようになってきています。ハードウェアやエンジニアリングも進化しています。それこそDeepSeek-R1は、限られた予算内で高効率・高性能が発揮された好例です。
インフラ投資も世界的に進んでいますよね。アメリカでは「Stargate」という5,000億円規模のプロジェクトが動いています。去年11月にもNVIDIAとSoftBankが巨大なデータセンターパートナーシップを発表しました。ヨーロッパではマクロン大統領が1,000億円を超える投資パッケージを出しました。つまり、コンピューティングも整って、モデルも揃い、AIエージェントが機能する条件が揃ってきているわけです。
実際、技術的にはもうかなり近いところまで来ていると思いますよ。もはや新しい形でAIを活用するプロダクトが必要です。新しく劇的な研究のブレークスルーを期待するよりは、すでにある技術の活用段階に来ているのでしょう。モデルの進化をどう活かして実際に現場で使えるかがキーになります。
たとえば、フライト予約の効率化はその好例です。フライトの予約って、一見簡単そうに思えますよね。ニューヨークから日本へのフライトを予約するとします。私は「ニューヨークのなかでも特定の空港から飛びたい」と思っているとしましょう。さらに、マイルを貯めたいので、特定のエアラインで飛びたいという希望もある。予算にも制限があって、さらにトラフィックの条件もあるわけです。
こういう希望を、テクノロジーが理解してくれると良いですよね。「Graceは成田より羽田を好む」といったことを把握できたり、ネット検索もできたりする。でも、これらすべてをまとめてやるのが難しいんです。
料理で言えば、すべての材料をバランスよく混ぜて、ちょうどいい分量でうまく調理するようなイメージです。そこでの本質的な課題は、小さなエラーが積み重なっていくところにある。本来ならシンプルなエージェントが連携し機能するはずが 、小さなズレや連携ミスが積み上がって、問題が複雑化するんです。
前田:将来的には、単体エージェントが長大なワークフロー全体を担当するほうが、複数を連携させるよりも良い体験になると考えていますか?
Grace:どの程度のデータにアクセスできるか AIソリューションが「広く浅く/深く狭く」対応するのかにもよりますよね。
実際には、両方のアプローチが混在する形になるのではないかと思います。現在、多くのエージェント的ワークフローは、タスクごとにAIエージェントが自分自身を呼び出す形です。それとは別に、単純タスクに複数のエージェントが群れのように動くアプリケーションも出てきていますから。
加えて、コストや処理スピードへの要求も関係してくるでしょう。私の予想では、巨大エージェントが全体を動かすよりも、小さなエージェントが小さなタスクをこなすほうがコスト的には安くなることが多いのではないかと思います。
AIエージェントは徐々に、段階的に、広がっていく
前田:「今年はAIエージェントの年になる」と言う人もいますよね。その意見に同意していますか?それとも、まだ少し早いと思いますか?または、来年ごろになるのか……どのくらいのタイミングを予想していますか?
Grace:実践的なAIエージェントは、本当にもうすぐ来ると思っています。もうすでにはじまりつつあるんじゃないか、という期待もあります。
これからも素晴らしいAIエージェントの会社や本格的に業務で使えるワークフロー系の会社がどんどん出てくるはずです。突然、一気に来るよりも、徐々に段階的に広がっていくイメージに近いかもしれません。
今のAIエージェントやAIアプリケーションは、コパイロット(補助役)として動いている感じですよね。先ほどのフライト予約の例なら旅程の一部をAIがサポートするくらいで、すべてを自動で完了させるところまではいっていません。人間が関与する部分がまだまだ残っています。
でもこれからは、少しずつその役割がAIエージェントに移っていくと思います。ただ、それだって人間が何もしなくて良い「完全自動化」を実現したような状態ではなく、AIが8割くらいをこなして、人間が2割を担うようなバランスになるでしょう。今年中にも実現する可能性が高いと考えています。
特定の分野によっては実現性がより高いと思います。たとえば、評価や検証がしやすい領域。コーディングは非常にうまくいっている分野ですね。フルのエンドツーエンドで動くAIエージェントがかなり現実に近づいてきていると感じます。セールスやカスタマーサポートのように、データのパターンが多く蓄積されている領域もそうです。
一方で、人と人とのやり取りが多い分野では、もう少し時間がかかると思います。医療や金融サービスといった領域ですね。完全な自動化には数年かかるかもしれません。
AIのエラーを減らすための5つの戦略
前田:以前、Graceさんは、AIのエラーを減らすための5つの戦略について触れていましたよね。「データの整備」「Eval」「スキャフォールディング」「UX」「マルチモーダル」という5点です。これまでスタートアップや創業者たちを見てきて、どの要素が最も見落とされがちだと感じますか?
Grace:「マルチモーダル」領域ですね。日本には、音声系、コンピュータビジョン系、ロボティクスのクールな会社がたくさんあるので、大きく期待しています。
先ほどのフライト予約の例で言えば、私たちは今、AIに対して少し過剰な期待をしてしまっているところがあるのも事実です。まるで「AIが指をパチンと鳴らせば一瞬で予約してくれる」……そんなイメージを持ってしまっている。
でも現実には、複雑な要素がたくさん絡んでいます。スキャフォールディングもできるし、データも整えることができるけれど、最終的にはこれまでにないような新しいユーザー体験を作ることが重要になります。
AIが完璧でなかったとしても、使っていて「これは面白い」と感じられるような体験……未知なるテクノロジーとの関わり方ができるなら、それを使い続けたくなりますよね。「使う人が自然にワクワクできる」。そんな新しい体験があるかどうかが重要なんです。
私たちのポートフォリオから一つシンプルな例を挙げると、「tldraw」という会社があります。彼らは、オープンソースのキャンバスツールを開発しています。「Miro」みたいなホワイトボードのようなツールなのですが、tldrawはLLMと連携していて、最初からオープンソースとして構築されているんです。
面白いのは、AIとやり取りしている感じがしないのに、実は裏でAIが動いているという点です。tldraw computerというプロダクトでは、写真を組み合わせて何かを作ることができて、その裏ではGoogleのGeminiモデルなどが使われています。たとえば、5枚の画像を使って、それをもとにレシピを作成するようなことができます。
操作感はシンプルで使いやすく、でも裏でAIがしっかり働いてくれている。チャットボットのようにLLMを呼び出して会話する感じではなく、「自然に使っていたらAIが活用されていた」。そういう設計がとても秀逸です。
この事例はデザイン分野の良い例ですが、私はロボティクスについてもよく考えています。どうすればもっと人間らしい「触覚」をロボットに持たせることができるのかと。ロボットの技術はどんどん進化しています。
今はロボティクスが大きく進化する転換点に来ていると感じています。多くのデータを集められ、ロボットとのインタラクションも、より人間らしくなってきました。すでに日本では多くの場所でロボットが使われていますよね。オフィスの受付などでもよく見かけます。では、その受付ロボットをどうやったらもっと良くできるのか。どうすればもっと共感力があって、人間らしい存在になれるのか。
あとは、音や声の分野にも注目しています。日本では音声系のスタートアップが本当に素晴らしい仕事をしていると思います。とはいえ、音声の普及は、まだ初期段階にあるとも感じています。だからこそ、今後どうすればもっと魅力的な音声体験をつくっていけるのか。AIとやり取りしていると気づかないくらい自然な体験をつくれるのか。声がものすごく人間らしくて非常に高性能でレスポンスも早くて、遅延がほとんどないような体験がつくれるのか。
こういったものは、まだ世の中に十分には出ていませんから。技術的にはまだはじまったばかりですが、これから数年の間にスタートアップによってどんどん面白いアイデアが出てくるのではないかと、とても楽しみにしています。
「10倍の差別化」を生み出す真のリーダーと企業
前田:以前にスタートアップ創業者には「10倍の差別化要素を持っているかどうかを尋ねる」とおっしゃっていたことがありましたよね。実際に、あなたが出会ったスタートアップのなかで「10倍の差別化要素」にはどんなものがありますか?
Grace:創業者を探すときって、ついバランスの取れた人を求めがちですよね。良い大学を出て、経歴もすごくて……というような、いわゆる"整ったCEO"像です。でも、私が関わってきた本当にすごい企業では、そういうケースのほうがむしろ少なかったんです。
ときには、たった一つの突出したスキルがすべてを変えたりします。たとえば、コードを書くスピードも精度も圧倒的な10xエンジニアがいたり、または10xセールスパーソンがいたり。あるいは、ものすごくカリスマ性があって、顧客も候補者も引き込むことができてしまうような人。それから、人の気持ちを理解し、モチベーションを引き出してインセンティブ設計ができる「10x共感型」の人間性を持つリーダー。ほかにも、いろんなパターンがあると思います。過去に評価されなかった悔しさを燃やすタイプ、とかね。
(Lux Capitalの共同創業者である)Josh Wolfeは「肩に悔しさ、ポケットに成果(Chips on shoulders but chips in pockets)」とよく話すのですが、私たちは「何かを証明したい」という強い気持ちを持つ、野心のある人を探します。過小評価された経験から今こそ見返したいという気持ちが10倍くらい強いような人です。そういうタイプの人は、すごく強い。
もう少し大きな話をすると、ベンチャー業界はPower Lawの世界です。スタートアップをユニコーンや100億ドル企業にするのは、とてつもなく大変な旅。だからこそ、普通の枠に収まらない人材こそ、そんな異常値の成果を生み出せるのだと考えています。
私が考えているのは、<yellow-highlight-half-bold>その人の「尖り(スパイク)」は何か。そして、それをどう活かしているか<yellow-highlight-half-bold>です。理想的にはその尖りがFounder-Market Fit、本人の特性と市場の相性が結ばれた状態がベスト。たとえば、10xエンジニアがコーディング系のスタートアップをはじめていたら最高です。10xセールスパーソンが大企業の意思決定層との交渉が必要なGo-to-Market型のビジネスに挑戦したり。
前田:とても納得できます。その人のスキルやモチベーションなどのソフトな要素と、どんな市場を狙うかというマーケットの相性。それらがフィットするかどうか。これが差別化できるかどうかを見極める要素になる、ということですね。
Grace:重要なのは、10xの才能があることは、バランスが取れているという意味ではないのです。「尖っている」という意味です。
創業者のリファレンスを取るときも、尖りを見極めます。投資家として大切なのは、「エンジニアとして完璧ではないが、セールスが超強い」……あるいはその逆であればいいといった柔軟な視点を持つことです。私の経験では、尖りに注目するほうが将来のCEO候補を評価するうえで、より良いアプローチだと思っています。
AI時代に進化するSaaSとは何か
前田:ALL STAR SAAS FUNDとしては、SaaSの話題も外せないのでお話しできればと思います。最近はXでも「AI時代が来て、SaaSは終わった」という投稿が話題になっています。従来のSaaSの要素のなかで、今後なくなっていくもの、逆にこれからも残っていくもの。その違いは何だと思いますか。
Grace:SaaSが終わったというよりも、SaaSは今、カタチを進化させているのだと考えます。そして、AIアプリケーションこそが「新しいSaaS」になると思います。
インターネットへのアクセスが普及したときのように、大規模言語モデルへのアクセスによって大きな転換点が今また起きている。コストカーブも急速に下がり、素晴らしいAIアプリがどんどん生まれてくるでしょう。SaaSとAIアプリを比較してみると、多くの共通点があると感じますしね。なにより大事なのは、実行力です。
私たちのポートフォリオに、次世代の経費管理プラットフォームを展開する「Ramp」という会社があります。彼らは、とにかく競合を圧倒する実行力を持っていました。ものすごく優秀なエンジニアリングチームがいて、驚くほどのスピードで開発を進めていました。競合ひしめくなかで、技術的に特別な差別化ポイントがあるわけではなく、圧倒的な実行力で勝ち抜いたのです。なので、素晴らしい実行力や、優れたプロダクトをつくれる力を、私としても重視しています。
これは「良いSaaSプロダクト」にも「優れたAIアプリ」にも、両方に共通して言える特徴です。ユーザーのワークフローや体験を深く理解し、さらに、新しい技術にもすばやく適応する力が求められるのです。
だから私は、皆さんが思っている以上に、SaaSとAIアプリには多くの共通点があると思っています。ただ一つだけ違いがあるとすれば、それはビジネスモデルでしょう。SaaSといえば、多くの人が「シート課金」や「プラン別料金」のような伝統的なモデルをイメージすると思います。でもAIは、そうした従来のビジネスモデルをひっくり返そうとしています。
ここで創業者が考えるべきは、「顧客をどれだけ理解しているか」に立ち返ることです。価値と価格がしっかり連動しているプライシングが求められます。たとえば、成果ベースのプライシングもよく見かけるようになってきました。カスタマーサポートの問い合わせを1件解決するごとに課金したり、コードの行数に応じて課金したりと、実際の成果に紐づけて料金を決めるやり方です。ほかにも、クレジット数に応じた従量課金モデルも見かけます。
これらは従来のSaaSとはまったく異なる考えで、SaaS企業を大きく揺さぶるポテンシャルを持っています。脅威ですらあります。でも、この変化こそがスタートアップにとっては絶好のチャンスだと思います。顧客に寄り添った形でビジネスモデルやプライシング戦略を見直すことができるのですから。
前田:時間が経つにつれてマーケットはどう変化すると思いますか?SaaSが普及したときには、どの会社も80〜100個ものSaaSを使っていましたが、その後は統合の波が訪れて、より少ない数のツールに絞ったり、一社のベンダーにまとめたりする動きがありました。AIの世界でも同じような流れになると思いますか?
Grace:可能性はあるでしょう。特に既存の大手企業による統合が進むと思います。
たとえば、Salesforceのような企業なら、自社ツール群を強化するために他社を買収するかもしれません。アメリカでは、すでにM&A市場が再び活発になりはじめています。AIクラウドコンピューティングの「CoreWeave」という会社はIPOを果たし、AI開発者のためのプラットフォームを運営する「Weights & Biases」を買収しました。CoreWeaveはインフラ計算領域の企業ですが、クラウドAI企業を買収する動きに出ているんです。
今後、こういった戦略的な買収がどんどん増えていくと感じています。一方で、最終的には"最高のプロダクト"が勝つとも思っています。どれだけすごい成長曲線を描いていても、本当に優れたプロダクトを作るか、それを軸に周辺展開ができなければ、成長は持続できません。統合は進むと思いますが、しばらくはカテゴリの方向性がはっきりしない混沌とした時期が続くと思います。最終的な勝者が見えてくるのも少し時間がかかるでしょう。
「リアルな世界におけるAI」の可能性
前田:アプリケーションレイヤー以外で、特に注目している領域はどんな領域ですか?今後アプリケーションレイヤーのAI企業がどんどん増えていくなかで、新たなチャンスが生まれるのはどこだと思いますか?
Grace:広い意味ではAIアプリケーションに含まれますが、「リアルな世界におけるAI」を、私はやや異なる文脈で捉えています。AIというと、テキストとか動画とか音声みたいな比較的シンプルな情報を扱う分野の話が多いですよね。ここで言う「リアルな世界」というのはハードウェアと統合したり、工場や倉庫、ロボットとAIを組み合わせたりする領域のことです。小型デバイスやエッジコンピューティング上でどうAIを動かすか、という話も含まれます。
この領域は、AIそのものが初期段階であるのと同じく、非常に発展途上です。そしてここでは、単にワークフローを理解するだけでなく、機械やシステムそのものに関する専門知識も必要になります。そこが、スタートアップにとって大きな差別化ポイントになり得ます。また、大規模言語モデルを活用して、プロダクトとのインタラクション自体を再構築する可能性も広がっています。だから私は、この領域にも大きな期待を寄せています。ハードからソフトまでを横断する高度なエンジニアリング力が必要ですが、とても面白い分野です。
前田:こうした企業は、ハードウェアからソフトウェアまで一貫して手がける垂直統合型になると思いますか。それともハードウェアはもう少し柔軟にソフトウェアと組み替えられるようになると思いますか。
Grace:業界によると思います。たとえば、製造業の倉庫のような場所を考えると一度導入したものを入れ替えるのは難しいと思います。一方で、ロボットアームのようなものであれば、一部のパーツやソフトを入れ替えるのは比較的簡単です。つまり、一概には言えず業界や用途によって違ってくるということですね。
重要なのは、そのハードウェアに技術的な革新性や存在意義があるかどうかだと思います。当然ですが、大きなハードウェアほど複製や交換は難しくなります。そのうえで、どうやって既存の業務フローに自然に組み込めるかがカギです。
実際、既存システムが古くなったことからハードウェア企業がソフトウェアスタックを一から作り直すケースもありました。でも逆に、ハードウェアとソフトウェアのレベルが釣り合っている場合は、ハードウェアを柔軟に交換できる場合もあります。
結局は、業界や顧客の状況をちゃんと理解すること、そしてその業界の現在地を把握することが何より大事。そのうえで、最適な形でモデルを活用していく必要があります。
Sakana AI投資の舞台裏。チームとビジョンへの確信
前田:Sakana AIについてもお聞きしたいです。この会社に「何」を感じて投資を決めたのか。魅力はどこにあったのか。どんな仮説や確信があったのかぜひ教えてください。
Grace:Sakana AIが際立っていた最大の理由は「チーム」でした。創業メンバー全員が非常に補完し合えるスキルセットを持っていて、とてもバランスの良い構成です。
CEOで共同創業者のDavid Haは、私たちのリサーチネットワークや、Lux CapitalのJoshが理事を務めている「サンタフェ複雑系研究所」などを通じて、彼の評判を聞いていたのです。Davidはいつも「最もクリエイティブな研究者の一人」と言われていて、彼のリファレンスチェックでも、その創造性の高さが際立っていることがわかりました。
たとえば、「クリエイティビティとAI」というテーマが注目される前の時代に、NeurIPSでCreativity and Machine Learning Workshopを立ち上げたこともあります。最初の投資判断につながった強い根拠は、常識とは違うアプローチで物事を進めようとしていた、非常に優れた創業チームがいたことでした。
Sakana AIの共同創業者であるLlion Jonesは、Transformer論文の著者の一人で、今日の大規模言語モデルの土台技術を切り開いた人物で知られています。そして、Ren Itoはオペレーションやビジネスのバックグラウンドを持っていて、その二人をうまく補完する役割を担っています。彼は、メルカリのヨーロッパ拠点での経験があり日本政府でも働いていた経歴を持っています。
この三人の組み合わせは、本当にワクワクするポイントでした。加えて、私たちは2つの大きな可能性を見ていました。1つ目は、東京に最先端のリサーチラボを作るチャンスです。「アジア版DeepMind」のような存在を目指せるかもしれない、という期待です。
DeepMindがロンドンに世界最高峰の研究拠点を築いたように、Sakana AIも日本で同じことができるかもしれない。中国やアメリカから素晴らしいモデルが次々と生まれるなかで、日本に最先端のAI研究者たちを集められるかもしれないというビジョンです。
日本発の自律型AI企業を作り、日本の素晴らしい企業群を支える中心的存在になれるかもしれません。完全なる日本法人であり、チームの大半が日本人または日本語話者で構成され、日本経済に本気で投資していく。そんな構想でした。
基準にもよりますが、日本は世界第3位または第4位の経済規模を持ち、エンタープライズソフトウェア市場としても世界第2位の規模です。ここには、本当に素晴らしい日本発の企業として成長できる大きなチャンスが広がっています。
Sakana AIに投資を決めた背景は、私個人としても非常にワクワクした点なのですが、まったく新しいテクノロジーのアプローチを切り拓こうとしている点です。Sakana AIについて知らない方に簡単に説明をすると、彼らは進化的アルゴリズムという手法を活用しています。つまり、自然界の仕組みを模倣するアルゴリズムです。蜂の群れの動きや、植物の成長の仕方を再現するようなものです。
小規模なアジア発のモデルを組み合わせて活用しながら、非常に革新的で面白いアプリケーションを実現しようとしています。ここには、まったく新しいパラダイム、ブレークスルーとなる研究イノベーションを生み出す可能性があると思っています。その技術は、日本だけでなく、世界中のさまざまな市場にも力を与える可能性があります。
そういったビジョンに本当にワクワクしています。このチームが日本にいようと、ほかの国にいようと、私たちは間違いなく投資していたでしょう。ただ、彼らが採っていた技術的にユニークなアプローチ、何より素晴らしい日本市場をターゲットにしていたという事実にワクワクしましたね。
前田:少し前にSakana AIが公開した論文について、Xでいくつか議論がありましたね。それについての率直なコメントや反応をぜひ聞かせてください。
Grace:Sakana AIはディスラプティブな会社であり、これからもその姿勢を貫いていくと思います。私が特に評価しているのは、Davidとチームが常に限界を押し広げようとしているところです。彼らは、世の中の誰も見たことがないようなことに果敢に挑戦しています。ICLRに完全にAIが生成した論文を提出したり、これまでにない型破りなことにも臆せず取り組んでいます。
ほかのポートフォリオと同じく「SFを現実に変えていくこと」に挑戦しているんです。そこには、賛否や議論も起こると思います。業界を前に進めていくためには、そういった健全な議論がとても重要だと感じているんです。
私にとって、そしてSakana AIにとっても、オープンソースのエコシステムを育て続けることが重要です。自らのイノベーションや開発したモデル、テクノロジーについて透明性を持って公開し続けることが、とても大切だと考えているんです。Sakana AIは、これからも透明性を大切にしながら進んでいくと思いますし、次のリリースがとても楽しみです。
ファウンデーションモデルは、ネット黎明期と似たもの
前田:モデルのコモディティ化について話しましょう。多くの人が「ファウンデーションモデルはコモディティ化していく」と言っていますよね。まず、その意見に賛成ですか?もし賛成ならば、AIにおけるディフェンシブルな価値創造は、どこにあると思いますか?
Grace:<yellow-highlight-half-bold>ファウンデーションモデルは、市場のなかでも最も早く価値が下がっていくアセットクラス<yellow-highlight-half-bold>だと思います。
オープンソースモデルの台頭で、クローズドソースとのギャップがどんどん縮まってきている。そして、これらのツールを開発・構築するコストが大幅に下がってきているのは、エコシステムにとって非常にポジティブな変化です。
ただ、それがAIの価値をゼロにするとは思っていません。そこには明確な違いがあります。ファウンデーションモデルは、インターネットの黎明期や通信業界の初期と似たものだと捉えられるはずです。つまり、基盤のインフラ自体は広く普及していくのです。
電話やインターネットのように誰でも使えるようになれば、限界費用はゼロに近づくかもしれません。しかし、本当の価値は「その上に何を構築するか」にあるのです。本当の価値はAIアプリケーション、プロダクト、ワークフローこそが価値を持ちます。ユーザーの行動を深く理解し、最適化する力が鍵となります。これらがコモディティ化することは、まだまだ先になると予測していますね。
このあたりは、あちこちでコードが書かれたり、AIが文章を生成するのが当たり前になったりしたときに、改めてしっかり話すべきテーマかもしれないですね。ただ、そのときに問われるのは「自分がどこまで支払う価値があると思えるか」でしょう。今のところ、業界ごとのプロダクトに十分な差別化があって付加価値もあるので、コモディティ化まで時間はかかるはず。おそらく5年後くらいには、「SaaS 2.0からSaaS 3.0へ」みたいな形で、AIアプリケーションが自らをディスラプトしていくという話になるかもしれません。
前田:こうした変化によって、ソフトウェアの平均価格も変わっていくと思いますか?
Grace:おそらく変わるでしょう。ビジネスモデル全体が変わってくるはずなので、ユーザーインセンティブと強く連動するプライシングになりますし、まったく異なるビジネスモデルが登場してくるはずです。最終的にどうなるかはわかりませんが、個人的には価格が下がってくれるといいなと思っています。
一方で、超高性能・高コストなプロダクトと、低コスト・軽量なプロダクトに二極化していく、バーベル型分布になる可能性もあると思います。とはいえ、新しいテクノロジーが生まれると、時間とともにコストは下がっていく流れはこれまで常に見られてきたことです。やはり最終的には、「そのうえに何を構築して」成功させるかが勝負になると思います。
オープンソース主導型ビジネスモデルは増えていくのか
前田:オープンソースの役割についても、触れていきたいと思います。ちょっと視点が変わるかもしれませんが、Hugging Faceのようなオープンソースプロジェクトを軸にビジネスを構築していく場合、どんなマネタイズ戦略が有効だと考えていますか。
Grace:実はオープンソースは、すごく良いビジネスモデルになってきましたよね。
一見すると型破りですが、Linuxムーブメント初期のころからオープンソース技術を基盤にしたマネタイズの方法は、フリーミアムモデルや多くのクラウドプロバイダーとの収益パートナーシップなど、いろいろ存在してきました。エンタープライズ向けの専用プランを用意して独自のハブを提供し、ライセンス料をもらう形もあります。
私は今でも、オープンソースをリード獲得の手段としてとても有効だと考えています。もし自分たちの技術を使ってくれる大きなコミュニティを作ることができれば、その技術を軸にさまざまなプロダクトや仕組みを展開していくための大きな影響力を持つことができますから。
前田:今後もオープンソース主導のビジネスモデルは、さらに増えていくと思いますか?
Grace:「オープンソース主導」という考え方は、とても面白いフレームだと思います。実際、それを土台にしたモデルによって、新たなアプリケーションや会社が今後も生まれてくると思います。つまり、オープンソースによってAI技術をより低コストで届けられる、という意味での「オープンソース主導」は確実に増えるでしょう。オープンソース技術は重要な役割を果たしてきましたし、これからもその流れは続いていくと考えています。
その活用領域は、さらに多様になっていくかもしれません。たとえば、新しいAIモデルの分野だったり、AI以外の領域でも、オープンソースを活用したまったく新しいテクノロジーとのインタラクション方法が出てくるかもしれません。
そういう意味でも、オープンソースは今後も変わらず重要な存在であり続けると思います。実際にLLMの土台としてもオープンソースは支配的な存在になりつつありますから。
AI時代の起業家たちへ…「今こそ起業する絶好のタイミング」
前田:今、まさにAI企業を立ち上げようとしている創業者たちに、どんなアドバイスを送りますか?毎日のように状況や技術が変化するなかで、どのような考え方で会社作りに臨むべきでしょうか。
Grace:今こそ起業する絶好のタイミングだと思います。
さまざまな変化の転換点が重なりチャンスが広がっています。まずは何よりも顧客にフォーカスすることです。この10年や20年、ベンチャーの世界で変わらず言われ続けてきたアドバイスですが、「顧客が本当に必要としているプロダクトを作ること」は絶対に変わりません。
そして、顧客を深く理解したうえでビジョンや創造性あるプロダクトを生み出していくこと。あとは、柔軟性のある技術スタックを持つことです。「テクノロジーは常に進化している」という前提で動くべきです。特定のモデルに依存しすぎるのではなく、変化にすばやく対応できるインフラやエンジニアリング、そしてチームを持つことが理想ですね。
本当に今はワクワクするタイミングですから、ぜひ多くの人に起業してほしいです。
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