AI時代だからといって、根本的なビジネスの原理原則は変わっていない。大切なのは、何が変わって、何が変わらないのかを解像度高く捉えること
対話型音声AI SaaS「アイブリー」を提供し、日本の産業中分類99のうち96業界で導入されるまでに成長したIVRy。代表取締役/CEO・奥西亮賀さんが掲げるのは、技術革新の波を捉えながらも、ビジネスの本質を見失わない経営手法です。
2023年からAI対話機能をリリースし、現在では複雑な予約変更から道案内まで、多様な電話問い合わせを自動化。SMBから大手企業まで、幅広い顧客層に対してプロダクトレッドグロース(PLG)とソリューションレッドグロース(SLG)の両輪で事業を展開しています。
シリーズA、B、Cと3回の資金調達を経て、組織は4名から230名まで拡大。T2D3を上回る成長軌道を描く背景には、セグメント別に施したバリュープロポジションの言語化から、変化に強いレジリエント組織の構築まで、独自の事業開発メソッドがありました。
奥西さんは何を考え、どのような戦略でAI時代の成長を実現してきたのでしょうか。競争優位性の構築、ARPAの向上、AI時代の差別化戦略など、AI時代を躍進するIVRyの戦略と実践をALL STAR SAAS FUNDパートナーの神前達哉が深掘りします。
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AI時代のSaaS企業に求められる「不易と流行」の見極め
神前:今日は「AI時代を躍進する戦略地図の描き方」をテーマにお話を伺わせてください。近年はSaaS企業とAI企業の境界線が曖昧になるなかで、AIの技術革新によってSaaS企業の経営がどのように変わっていくのか。まず、変えなければいけないことと変わらないこと、この「不易と流行」をどう整理されているか聞かせてください。
奥西:根本的には、ビジネスのマクロ環境をPEST分析で捉えたとき、テクノロジー領域においては、AIによって従来できなかったことが、かなり実践可能になったと考えています。
次に整理すべきは4Pですね。ビジネス上、4Pのなかで何が変わり、何の価値が変更されているのか。プロダクトの作り方や商品自体は、AIによってかなり大きく変わっています。特に人間しか解けなかった問題が解けるようになってきているため、ビジネスのオポチュニティが拡大し、これまでの「当たり前のソリューション」が大きく変わってきています。
それによって変化しているのが、従来のSaaSの評価基準です。今まではT2D3やSaaSプレイブックがスタンダードで、ソフトウェアビジネスのなかでSaaSが金融商品化したときの投資効率が読みやすく伸びやすいということで、金融投資家から人気がありました。
しかしAIによって、ほかのビジネスモデルも含めてさまざまなソリューションが変わってきているため、従来のSaaSの指標よりも優れた指標を出すビジネスモデルやビジネスオポチュニティが出てきています。つまり、従来通りのSaaSプレイブックで進めれば投資が集まるという常識は崩れつつあります。プレイブック自体を見直す必要もあるかもしれません。
そう考えると、より俯瞰的な視点で、自分たちがどのようなビジネスを展開し、どのような営業効率を実現しているのか。投資家から見て、投資すればリターンの確率と伸び率が高いものになっているのか。こういった根本的な部分の基準が大きく変わってきています。
具体的には、SaaSにおけるヘッドカウントを増やしてARRを伸ばすという従来の常識は変化しています。一方で、ヘッドカウントを増やさないと伸びない部分も確実に存在するため、そのチューニングが重要になってきます。変わらない部分についても、モデル自体は変わっていないが係数が変わっているだけかもしれません。こうした違いを解像度高く捉えていきたいと考えています。
プロダクト価値の変化を「UI/UX、データ管理、ビジネスロジック、開発速度」で分解する
神前:奥西さんがご自身のnoteにも書かれていましたが、プロダクトやその価値はどう変わっていくのか、お考えを聞かせてください。noteではソフトウェアのプロダクトを、UI/UX、データ管理、ビジネスロジック、開発速度という4つに分類して、それぞれがAIによってどう変わっているか整理されていましたね。
奥西:あのnoteは、AIによる変化を語るとき、しばしば大味な議論になりがちなので、性質を分けて考えたほうがいいと思って書きました。
たとえば、「SaaS is Dead」にしても「LLMでアプリケーションを生成できるようになるから」とか「インターフェースがGUI不要になるから」とかいった議論がありますが、もう少し整理して考えなくてはなりません。
まず、インターフェースの変化を見てみましょう。入力方法の歴史を振り返ると、CUI(キャラクター・ユーザー・インターフェース)からGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)へとMicrosoftが主導して進化してきました。
しかし生物的に最も自然なのは、テキスト対話、さらに言えば音声対話だと考えています。私たちは社内で「5年後か10年後には、キーボードが博物館に飾られているかもしれない」と話しています。子どもの世代が「昔はキーボードというものを叩いていたらしいね」と言うように。ちょうど私たちがポケベルを見るのと同じような感覚です。インターフェースの変遷ひとつとっても、従来からの当たり前の価値は変わってきているわけです。
データ面でも変化があります。これまで価値がないと思われていた非構造データが、解析しやすくなったことで注目されています。むしろ非構造データのまま残しているほうがコンテキストが保たれており、構造化データは情報が欠けていると見るケースもあります。
AI研究者のAndrew Ng(アンドリュー・ン)先生のCourseraの講義「Generative AI for Everyone」でも言及されていますが、LLMは大きく「チャット」「リーディング」「ライティング」の3つの性質に分かれています。チャットがインターフェース、リーディングがテキスト解析・分類、ライティングが生成機能に対応します。
重要なのは、これらの性質を自分たちのビジネス課題に対してどうアプローチするかです。従来はロジックを構築しなければいけなかった部分をAIで代替するのか、価値がないと思われていたものを価値に変えるのか。こうした技術的アップデートをきめ細かく見極めることが大事なのではないでしょうか。
差別化戦略は1年後に現れる「AIネイティブ競合」を想定して
神前:技術の解像度を高く持って、それを今までのビジネスの当たり前と組み合わせることが、これからの常識になりそうです。
奥西:そうですね。そこをしっかりやれていないと、1年後か2年後に現れるであろうAIネイティブな競合に、一気に市場を奪われる可能性もありますね。AIネイティブな競合が現れたときを仮想的に考えることで、自分たちの戦略的ヒントが見つけられるはずです。
神前:静的な競争優位性がないなかで、IVRyとしては次に来る競合に対してのMoatや競争優位性を、どのように捉えていますか。
奥西:基本的には先行者優位でアカウントをバンドルしていくことが重要ですし、ブランドの構築も欠かせません。第一想起を獲得するには、市場が形成される前に取りに行くのが最も効率的です。新しい市場でCMを打つと7億円程度で第一想起まで到達できるが、既存市場で競合から奪いに行こうとすると20億円程度かかる、という話もありますね。
そういう意味で、先行者利益で勝つというのが一つの戦略です。同時に、私たちがターゲットしているセグメント別に、自分たちのユニークなバリューをしっかりと言語化していくこと。そして、バイヤーがそこに価値を感じるポイントを明確化していくことが、極めて重要だと考えています。これは最近、社内でも特に力を入れて取り組んでいる活動です。
「どうやったって勝つ」ポジション確立の重要性
神前:セグメント別にバリューの言語化をされているという話でしたが、どのタイミングからはじめられたのですか?
奥西:最初は中小企業向けには明確にしていました。ただ、セグメントが中小企業、中堅企業、大企業と拡大すると、それぞれが感じる価値は異なりますし、バイヤーごとの興味も違います。リテラシーの進展度合いも異なるからです。
たとえば、大企業では「AI対話自体は過去に検証したことがある」という状態からスタートするため、失敗後の論点により深くアプローチできます。一方で、中小企業の方々にとっては、AIの電話対応自体が初めての体験なので、また違った価値を感じて導入いただけます。
このように、ターゲットに対する価値創造のポイントや、もともと持っている興味の解像度は大きく異なります。そこでポジショニングを明確化していくことが必要になりました。私たちもまだ仮説検証のフェーズなので、仮説をもとにクォーターごとに検証し、学んだことを次のクォーターでアップデートするということを繰り返しています。
業界で分類すると、「この業界はこういう特徴がある」「ビジネスモデルの性質上こうなる」といったセグメント分析をしながら言語化していく作業を、ここ半年から1年程度は特に意識するようになりました。
神前:どのくらいの粒度でバリュープロポジションの言語化を進めていますか?
奥西:理想的には、全セグメントで同じバリュープロポジションにしたいですね。基本的にはシンプルにしたいです。もっとも現実としては、セグメントを切ったほうが芯を食うケースが多々あるんです。
神前:「良いバリュープロポジションの言語化」の特徴を挙げるなら?
奥西:「そのセグメントの人たちは、こういう価値を感じている」と一言で表現できていること。そして、競合と比較したときにIVRyが何の価値で勝てているのか、そのユニークバリューが明確に一致している、または一つの性質で明らかに勝っているという状態を意識していますね。
神前:答え合わせは数字で見られるのでしょうか。受注率、競合との勝敗率、お客さまの定性的な声など、立脚されているファクトはありますか。
奥西:仮説検証をデータで厳密にやれているかというと、弱い部分もあるかもしれません。最初の仮説時点では、競合を洗い出し、競合の性質上から見える論点を、なるべく解像度を高めた状態で分析しています。
何をチェックしているかといえば、私たちのビジネスの性質上、コンペになることは仕方ないですし、特にエンタープライズでは必要です。そのコンペになったときに「勝負にならないように決まる」というフィードバックが営業から返ってくるのか、「決まるかどうか不安」といった状況になってしまうのか。それがユニークバリューの指標だと考えています。
なぜ勝てるかというと、一つの変数が突き抜けていて、顧客にとってのペインポイントとして認識されるからです。それ以外の軸で決められてしまったら仕方ないとしても、自分たちが想定していたユニークバリューの仮説で勝てないとまずい。
考えていたことが数字に跳ね返ってきていないときは、テコ入れが必要になります。そこで何が起きているのかを深掘りしていく、というのが基本的なアプローチです。やはり、新規事業なので検証時間は減らしたいんです。時間を減らすためには、「どうやったって勝つ」という状態を最初に作って、使ってもらってから改善したほうが良い。
では、<yellow-highlight-half-bold>どうやったって使ってもらえる場所、どうやったって使いたくなる場所とは何か<yellow-highlight-half-bold>。この点を新規事業をはじめるときは、最初にかなりディスカッションします。そこを見つけないと、ほかのところを開発しても仕方ないと、よく言います。
神前:戦わずして勝つくらい、ペインポイントを押さえられているか。そこを研ぎ澄ますのにレバレッジをかけて投資していく。
奥西:そうです。逆に言うと、ほかのところが全然できていなくても、その一点のみで「使いたいんです」と言わせるポイントを探すのが大事だと考えています。
PLGとSLGを両立するためのプライシング戦略
神前:IVRyの素晴らしい点として、セカンドプロダクトやサードプロダクトの立ち上げ、既存顧客からの売り延ばし、NRRの高さが挙げられます。まさに、今おっしゃったポイントを実践されていると感じますね。そこには、新規事業を再現可能性のある形で展開する、奥西さんなりの法則があるのだと思います。
特に日本市場では新規顧客が爆発的に増えることは考えにくく、いかに既存顧客からの顧客単価を増やすかがBtoBビジネスの本質です。これはAIプロダクトであろうが関係ありません。そして、キモになるのがプライシングの設計。特にモデルの部分で、こだわっている点や気をつけている点はどこでしょうか?
奥西:まだまだ探求中の部分もありますが、グローバルSaaSのプライシングは非常によく考えられていると感じます。SalesforceやHubSpotあたりには、多くのナレッジがありますよね。従量課金のうまさといえばDatadogが挙げられます。彼らは初期価格が安いからカジュアルに使えるんです。
自分たちの成長に合わせて、いろんな機能を使いたくなって、気づいたら相応のコストを払っている。やはり、時価総額が高いSaaSの多くは、実はサブスクリプションの固定費だけで売っているところは少なく、従量課金でほぼ売っています。従量も爆発的に使うと定価では高くなるため、値下げ交渉を行うセールスが登場するという構造です。
よくできた仕組みだと感心するのは「営業がタッチして値下げしてくれるから、お得な気分で使える」という構造になっていること。実はこれがPLGとSLGを両立するときの共通項ではないかと考えています。定価とエンタープライズ向けはほぼ特価を常に出していく形になりますが、そこを非連続にしすぎないデザインをどうやって作るかを意識しています。
もう一つは、基本的に従量課金やアウトカム課金にどんどん寄せたほうが、特にAI時代には適していると考えています。なぜなら、どの部署の予算から導入費用を寄せるのか、「どこのお財布からコストを取ってくるか」が重要だからです。
そこにこだわらないと、優れた機能であっても市場がないことになってしまいます。自分たちが出している価値を最大化するとき、AIは人件費で担っていた部分をリプレイスできることが大きな特徴です。そこを取るか、売上連動で取るかしか、大きなコストが継続的に出てくる場所はありません。
日本市場としては、人的コストがどんどん高くなっていき、人材も取れなくなってくるので、今は大きなチャンスです。いかに人件費からコストをシフトしてくるか、その従量課金の価値をどう合わせるかを、こだわって議論しています。
神前:PLGとSLGの関係性で言うならば、SMB向けのプロダクトとエンタープライズ向けにどうアップマーケットしていくかという論点のなかで、プライシングモデルをどう有機的に連動させていくかは重要です。同じプライシングモデルだと、どこかで食いっぱぐれる部分があります。そこをプロダクトを棄損しない形でどう設計するかが難しいポイントですが、苦労した点はありますか?
奥西:レベニューのシェアの多くが大企業から生まれているとすると、どちらの視点に立つのかが重要になります。PLGの視点に立つのか、SLGの視点に立つのか、どちらのほうが融通が利くのかを考える。すると、SLGの方は自分たちでプランを作ったとしても、最終的には顧客との商談のなかで進められるわけです。
プライシングを考えるときに、中小企業とエンタープライズに分けて考えてはいけない。まずは中小企業向けのプライシングを考えて、エンタープライズは商談を経て調整していくという形で、シンプルに考えたほうが良いのではないかと思っています。
取りこぼしを心配してあれこれ考えると、議論が迷走してしまいますし、プライシングモデルを変えるという理屈も説明するのが難しい。だから、プライシングモデルは同じだけれど、それを実現するためにどうするかだけを考えれば良いということですね。
複数プロダクトを支える組織設計とPdM採用戦略
神前:IVRyは複数の事業や新規機能を作っていくなかで、PdMを充実させてきたのが、この2年ほどだったと感じています。コンパウンドに事業やプロダクトを膨らませていくとなると、それぞれのプロダクトに対しての責任者、マネージャーが必要だと思うのですが、そこも充実されている印象があります。採用はどのように進めていますか?
奥西:まずは顧客を愛せるか、顧客の価値を喜びに感じるかということを重視して見ています。
なぜIVRyに来てくれるかという話では、構想の大きさが重要だと感じています。自分たちが作るプロダクトの最終形態を考えたときに、世の中の働き方が本当にひっくり返るぐらい変わるのではないかというビジョンを、ちゃんと見せられるかどうかが大事ですね。
PdMは、自分たちのプロダクトが社会の働き方やライフスタイル、生き方をどう変革するのか、どう良い方向に変革するのかに興味がある人が多いのではないでしょうか。そういう構造的変革を、ちゃんと自分たちが構想として持っているかが重要だと考えています。
もう一つは、やはりAIです。AI技術に対しての深い理解と、AIエンジニアが優秀なのでAIプロダクトを作れる環境があるということ。これからのPdMは、AIプロダクトを作ったことがあるかないかで分水嶺があるでしょう。
AIプロダクトを作るのは難しい作業でもあります。ロジックで作るわけではないので、「QAしたら動きます」ということではありません。たとえば、予約対話を新しく実装すると、すでに実装していた道案内のユースケースの精度が下がってしまうといったことが起きます。
そういった全体のバランスをどうやって、PrecisionとRecallの精度検証をしながら取って開発していくか。これはAIで解けそうな問題なのか、そうならない難しい問題なのか。あるいはAIの進化、LLM自体はこちらの方向に進化するから、自分たちで頑張らないようにしたほうがいいのか。その変数が技術理解と一致していくので、そこの経験をどれくらいやっているかは、これからのPdMのキャリアとしても面白い部分です。そのあたりがみんなが面白いと感じているポイントではないでしょうか。
神前:奥西さんがもともとPdMだったということで、見極めの質問みたいなところをぜひ伺いたいです。事業責任者がPdMを採用するときの、一問でも効くような質問はありますか?
奥西:PdMや事業責任者は明確に特徴があって、だいたいジェネラリストなんです。イケてる人も、ジェネラリストが多い。ジェネラリストの人たちにいつも聞くのは「あなたのいろいろな筋肉のなかで、最も得意な筋肉は何ですか?」です。最も得意な筋肉について、すごく深掘りして聞きます。
ジェネラリストなので、その能力がおそらくレーダーチャート上の最大値なんですね。そこが推定できると、大筋でどういったチャートを持っていて、自分自身のメタ認知能力を有しているかが見えてきますね。「この筋肉が強い人だから、IVRyにとっては良いタレントだな」といったように判断できます。
すべてを備えているような人は珍しいので、そういう面積のなかで、自分たちのPdMのポートフォリオ、PdMチームのポートフォリオをどう持つかについて考えています。
レジリエント組織を実現する「変化対応文化」の構築
神前:AIやLLMの流れを受けて、採用予定人数を変更されましたか?また中長期的に捉えると、組織の作り方に変更はありましたか。
奥西:変更はありますね。エンジニア周りの採用では、シニアエンジニアを重視するようになりました。CursorなどのAIツールがどんどん出てきているので、ミドル・ジュニアのエンジニアよりは、シニアのエンジニアを重宝することになるでしょうし、シニアになり得るミドルは採用したいところです。もっとも、エンジニア向けのツールがすでに出てきているから見えるだけで、ほかの職種も似たようなことが起きてくるのではないでしょうか。
そうなると、すでにシニアの方については、とにかく頑張って採用するしかないでしょう。それに、シニアになり得る人はどういう人なのか、シニアにいかに早く自走してなってくれるかが、スタートアップにおいては最重要だと考えています。
10年かけてシニアになる人と、勝手に2〜3年ですごく成長する人では、後者じゃないとスタートアップで活躍できません。そう考えると、自己学習力や自己成長力、あとは成長への強い欲求といったマインドセットを持っている人たちが大事になってくるでしょう。
最近話しているのは、1〜2年でキャッチアップできそうな職種は、もしかしたらジェネラリストに代替されやすいのかもしれない、ということです。なぜならば、AIに聞けば大筋のことは分かるし、それで済むケースもありますからね。
神前:noteにも書かれていましたが、「レジリエンスの高い組織」を作ることにこだわっていると。
奥西:そうですね。プロジェクト制のようにやっているので、3ヶ月に1回プロジェクトがバシバシ変わります。すると、無意識的に価値観が生まれるのが最も良いですね。「組織やアサインはあまり変更しないでくれ」と言われるところもありますが、そこは「変化に適応するものだよね」という常識を作っているのが効いてます。
最近話しているのは、CXOやVP、プリンシパルなどの役職も流動的でいいよね、ということです。言わば、自分より優秀な人を採用できるべきなのだから、いつしか肩書きのバーゲンセールみたいになってしまいます。どちらかというと自然な流れで変化できるようなカルチャーを作ったほうが、IVRyとしては面白い成長を遂げるのではないかと思っています。
神前:クォーターベースくらいのスパンで、ミッションや目標、ロールも変わっていくイメージですか?
奥西:そういうことを極論やってもいいよね、と。ただし、3ヶ月で結果が出せないロールもあります。
たとえば、エンタープライズのセールスで1年はかかる案件で、3ヶ月でそもそも何かを証明するのは非常に難しい。そういう案件はチューニングしなければいけません。少なくとも変化するという常識を、すべてにおいてどう持つかが大事だなと感じています。
神前:今でもプロジェクト制みたいな形で運用されていると思うのですが、固定の役割に対して、固定と変動を組み合わせて、アサインは持たれているのですか?
奥西:評価システムは固定システムに近いかもしれません。どちらかというと、OKRや「何をやらなければいけないか」が変動する形です。
神前:そうすると、「そもそも変化するよね」というマインドセットのなかで動けるから、そこにも耐性ができるということですか?
奥西:そうですね。デメリットもあるのですが、長期のことをみんなあまり考えない傾向になります。その辺をうまく組み合わせて、長期のことを考えなければいけない人は、長期のことを考えるようなサイクルに持っていく。そこは、今後もっとチューニングしていくつもりです。
起業家から経営者へ。進化したのは「視座とリスク思考」
神前:奥西さん自身のアップデートについても聞かせてください。1年前と比べて劇的な成長を体感されているのではと思いますが、どのようなアップデートをされているか。特に社外のメンターをうまく活用されている印象があります。
奥西:自分自身の成長において感じているのは、「<yellow-highlight-half-bold>耳が開いているかどうか<yellow-highlight-half-bold>」です。順調に事業が進んでいるときは、どうしても外部の意見を聞き入れる姿勢が薄れがちになります。
昨年を振り返ると、正直なところ、私自身の耳があまり開いていませんでした。本来であれば、ほかの方から聞いた話で「それは違うな」「よく分からないな」と感じる部分があったとき、その差分を深掘りすることで価値あるナレッジが得られるはずでした。しかし、事業がうまくいっていたため、「自分の考え通りに進めればよい」という慢心があったことを深く反省しています。
今年に入って会社規模の拡大、組織の成長、資金調達環境の悪化、AIによるルール変更など、さまざまな変化に直面しました。順風満帆というわけではなく、むしろ課題が山積していることを実感したんです。そこでもっと自分自身が成長しなければ、やりたいことの実現や会社の可能性を潰してしまう、従業員を守ることもできないという危機感を強く持つようになりました。
この気づきから、積極的に外部の知見を求めるようになりました。メンターをはじめとする経営者の方々に「正直僕についてどう思います?」と率直な意見を求め、時には辛辣でも本質的なフィードバックをいただくことで、自分の改善すべき点が明確になってきました。それに、自分として伸ばせる余地があることにも気づけたんです。
耳が開いているかどうかで、社外メンターの存在価値は大きく変わります。重要なのは、事業がうまくいっているときも、そうでないときも、「自分たちにもっと成長余地はないだろうか」「会社の可能性をもっと引き上げられないだろうか」という視点を持ち続けること。
会社の可能性向上が見えているならば、そこに到達するための組織や経営のケイパビリティが十分なのかを常に自問自答する必要があります。この姿勢を保ち続けることが、経営者として大切だと学びました。
神前:社外メンターとの対話は、どのように実施してきましたか?
奥西:具体的には、定期的な1on1を複数の社外メンターと実施し、必要に応じて300人以上の組織を運営された経験者から学んだり、エンタープライズ営業のナレッジを持つ方々から知見を得たりしています。自分たちが未経験の領域については、積極的に「巨人の肩の上に乗る」ことを心がけています。耳が開いていれば、わずかな努力であっても成功確率を高められるのであれば、やったほうがいいですよね。
神前:起業家から経営者にどう成長していくかについて、振り返った時に、こういうハードルを超えていった、経営者として習っていくなかでこういうジャンプアップしてきた。そのあたりを振り返ってみてのレッスンはありますか?
奥西:<yellow-highlight-half-bold>経営者と事業家の違いは、「リスクサイドの思考の深さ」と「検討するベクトルの広さ」にある<yellow-highlight-half-bold>と思います。
事業をグロースさせることは、数値をベースとしたマネジメントである程度は実現可能です。しかし、経営者には財務リスク、組織リスク、レピュテーションリスクなど、多角的な視点での判断が求められます。さらに、変動費と固定費の配分、コスト増大時の対応策の準備といったコスト構造の把握も含まれます。
経営は、会社が長期間存続し、かつ最適な成長角度を維持するという制約条件下での最適化ゲームであると捉えると、事業家では通常は考慮しないリスクの幅やケースが存在します。私自身の反省点として、AIが台頭してきたときに、なぜもっと早くヘッドカウントベースではなくなるとか、ほかのAIネイティブ競合の脅威にも気づけたはずでした。
それらも情報としては入手可能でしたが、SaaStrへの参加を通じてちゃんと気づけたんですよね。1年前に同じレベルの理解に到達できていれば、より適切な戦略を立てられたでしょう。
自分が事業グロースに特化した視点しか持っていなかったことを反省しました。自社でコントロールできない外部要因も含めた包括的な思考、適切なリスクケースの想定、リスクテイクの境界線設定など、会社経営に必要な判断基準を持たなければ何も守れません。
神前:考える視点のレイヤーが一段も二段も上がり、俯瞰して見られて、そこからブレイクダウンしたときの具体的な数値もしっかり見に行く。そういった行き来をされているなと感じます。
奥西:検討すべき観点が大幅に増えることは確かです。あらゆる要因が会社に影響を与える可能性がありますからね。
数値管理の本質は「先読み」にある
神前:経営における事業数値管理が、今の資金調達の環境を含めて重要になってきているなかで、IVRyは予実管理が素晴らしくマネジメントされている印象を受けています。予実管理についてどういうところを意識されていますか?
奥西:ポイントは2つあります。1つ目は、計画策定時のアプローチです。蓋然性の高い数値をベースに計画を構築し、想定シナリオから外れた場合の代替プランを2〜3パターン事前に用意しています。「仮説が外れたときの打ち手が見えない」という事態を避けるため、最初からシミュレーションをしています。
2つ目は、時間軸への意識です。特にSaaSビジネスにおいては、直近数ヶ月の事業数値に一喜一憂している場合ではありません。直近の数字は既に決まっているようなものなので、むしろ「その後の数字ギャップ」を埋めるための施策に焦点を当てます。さらに踏み込むと、計画達成は前提として、1〜2年で150〜200%成長を実現するための施策や、2〜3年後の市場変化を見据えた仕込みに議論の中心を置いています。
どれだけ「先読み」して準備できるかが、結局は大事だと思うんです。数値管理の議論では直近3ヶ月のMRR見立ての確認よりも、半年後や1年後のギャップ分析、コンサバティブシナリオとミドルシナリオの施策への確信度といった、より戦略的な観点を重視しています。
神前:予実管理のマネジメントにおいて、ストレッチさせるようなモデレートなラインとコンサバティブなラインに分けるなど、プランニングで注意していることはありますか?
奥西:難しいですよね。ただ、計画策定では「フォルム」を最初に設定しています。「このフォルムなら投資に値する」という全体像を描き、もしそのフォルムに到達できないなら事業自体を見直すべきなんです。
ボトムアップの積み上げによる蓋然性重視のアプローチでは、200%や300%といった飛躍的成長は絶対に生まれません。未経験の領域を検証しながら積み重ねる新規事業においては、初期フェーズで500%、600%、1000%といった成長率を出す必要があるからです。
そのため、理想的なフォルムを設定し、そのフォルムを支える市場規模の確認、顧客の「お財布」の明確化を、計画策定の最初に確認します。そのうえで、理想的なフォルムに到達するためのビジネスモデルの数式化を行います。コンバージョン率などの指標について、一般的な水準と自社実績を比較しながら、実現可能性を判断していく流れですね。
結局は主要KPIの特定が重要で、「この数字さえ証明できれば、後は仕組みを回すだけ」という状態を作ること。ビジネスマネジメントにおけるこの力点を、計画段階で明確に見極めることに注力して、常に議論しています。
積み上げ式で考えると、新規事業はその特性上、いつも「現在」が最もパフォーマンスの低い状態です。機能拡充、セールスオペレーション改善、マーケティング活動の蓄積、ブランド認知の向上など、今後の改善要素がたくさんあるため、現状の積み上げでは意味のないフェーズがあります。もっとも、成長が安定化するタイミングならば、現状ベースの蓋然性のほうが大事になってくるでしょう。
神前:自分たちの理想のフォルムをちゃんと見るということと、そこでモデル化をしっかりしていくということで、それぞれの変数を整理していく。それらを仮説ベースで持っているからこそ効果検証ができる、ということだと思います。
奥西:<yellow-highlight-half-bold>仮説なきアクションは無駄<yellow-highlight-half-bold>です。仮説設定は絶対に必要だということを、IVRyでは創業当初から徹底していますね。
「能力は掛け算」だからこそ、古典にも学ぶ
神前:今日はIVRyの強さの理由に迫ることができ、良い時間をいただきました。ちなみに最近、奥西さんが特に「勉強になった」と感じたコンテンツがあれば、ぜひ共有してもらえませんか?
奥西:あまり本は読まない、というところがあって……漫画を2冊紹介しますね。『エコノミックス――マンガで読む経済の歴史』と『マンガ 経営戦略全史』です。
AIでいろんなことが変わるけれど、根本的なものはあまり変わっていないな、と思ったときに、古典を勉強するのが結構好きで。「経済はどういうふうに進んできましたか」とか、「ビジネス経営はどういうふうに変わってきたか」とか。偉人たちは賢いので、「ブレないフレームワーク」や「50年生きているフレームワーク」などを、彼らが考えてくれると思うんです。
そういうものを勉強すると、今の自分たちに起きている変化が過去にもあったことの繰り返しであるとか、ブレずに進んでいっていいと感じたりとか、そういった全体感をもって捉えられるようになる。状況に振り回されず、地に足ついたアクションが取れるかなと。
本を読める人は本を読んでもらったらいいのですが、私は漫画で勉強したりしています。
神前:カッティングエッジなテクノロジーを追求しているからこそ、古典のグラウンディングな部分も大事だ、という説得力がすごいです。
奥西:掛け算なので、能力は。エンジニアリングに詳しい人は、むしろ古典的な経済やビジネスに詳しくないこともある。でも、今後はどちらも分かるというのが価値になるのかなと考えています。