4年で8つのプロダクトを展開し、400名規模へと急成長を遂げたLayerXの福島良典さんは、「プロダクト単品でもARR100億円を目指せる」という基準を掲げ、独自の成長戦略を推進しています。
プロダクトの選定基準、組織づくり、エンタープライズ展開、そしてAI時代のSaaS戦略まで。LayerXの具体的な取り組みに、Rice Capitalの福山太郎さんが迫りました。彼らのセッションから、コモディティ化時代を生き抜くSaaSビジネスの糸口が見えてくるはずです。
4年で8プロダクト、LayerXの成長戦略
福山(以降、太郎):まずはLayerXの現状について聞かせてください。今、従業員は何人くらいですか?
福島:正式な数は公表していませんが、だいたい400名くらいですね。
太郎:SaaSビジネスをはじめてからはどのくらい経ちました?
福島:約4年です。現在、AIのプロダクトも含めて8つのプロダクトを展開しています。社内的にはもう少し細かくプロダクトを分けてはいますが。仕込み中のものも数個あります。
太郎:アメリカのRipplingなどのコンパウンドスタートアップを見ていると、25のプロダクトを展開したりと、かなり積極的に展開している印象があります。それに比べると、LayerXは狙いを絞って展開していると言えそうですね。
福島:そうですね。とはいえ、LayerXでは半年に一つくらいは新プロダクトを出そうという方針はあるんです。一つひとつがインフラになるようなプロダクトで「単品でARR100億円を目指せるもの」が基準です。
太郎:プロダクト1つあたりがARR10億円でも、10個積み上げれば100億円になるという考え方もあると思いますが、なぜLayerXは、そういった戦略を推進しているのでしょう?
福島:競争環境やAIの流れを踏まえて、コンパウンド戦略と相性が良いプロダクト群にどれくらい取り掛かれるのかは、おそらく「最初に参入したポジショニング」で決まるところがあると思います。
そのうえで、マルチプロダクトを作るときには、何かしらのデータや業務フローに中心を据えて、モジュールのようにプロダクトを増やしていくものだと考えます。その中心に近いところで「業務の置き換え性の難しさ」や「業務のコア度や複雑さ」を見ながら選んでいくことが基本になるだろうと。
太郎:アイデアリストがあっても、あえて時間をかけて進めているわけですか。
福島:そうなります。事業を推進できるスピードは、経営陣のキャパシティ、手持ちの資金、既存プロダクトの成長度合いといったものとのバランスに懸かってくる。そう考えると、基本的には出せるプロダクトの数も決まるだろうと思っています。
いわゆる日本のスタートアップにおける人材流動性と資金流動性で、毎年10個の新規プロダクトが出せるかと言えば、それはダウトだと考えていて。現実的で正しい問いは「大きく当たったプロダクトを1〜2個出し続けられていますか?」ではないでしょうか。
結局、売上を大きく作っていくプロダクトには、偏りが生まれるとも思うんです。顧客の業務に、ジェネラルかつ深く刺さるものは限られていますから。たとえば、普段仕事をしていてもメールやカレンダーは毎日見ますが、1年に1回ほどしかやらない業務もある。どちらの価値が高いかは、比べるまでもありません。
新規プロダクト展開のスピードと組織づくり
太郎:新規事業は、どれくらいのスケジュールでローンチするんですか?
福島:リソースや競争関係を見ながら、おおむね3〜6ヶ月でローンチに至るケースが多いです。もっとも、1年以上準備するプロダクトや、現状のコアプロダクトからの機能切り出しでライトに出せるものもありますから、一概には言えませんが。
太郎:チームはどう組織して、平均何人くらいではじめるのでしょう。
福島:新規プロダクトはチームを完全に分けます。私としては、開発やビジネス面を含めて、3〜5名ではじめるのがいいのかな、と思います。責任者が1人、開発とビジネスサイドで2〜3名といった構成です。
太郎:責任者にはどういったバックグラウンドの方が多いですか。
福島:責任者の経歴はさまざまです。エンジニア出身もいれば、CROの経験者、プロダクトマネージャーなど、特に限定はしていません。ただし、社内からの登用が比較的多いですね。外部から採用して、いきなり任せるケースは少ないです。
太郎:アメリカだと、コンパウンド戦略で有名なRipplingは、メンバーにも創業経験者が多いと聞きます。そういった採用は意識されていますか?
福島:創業者的な気質を持つ人材の採用は、強く意識しています。役員レベルでも、従来の採用エージェント経由ではなく、通常の採用市場には出てこないような人材を四半期に1人は採用するという目標を掲げていますね。ただし、そういった人材でも、すぐに新規プロダクトを任せるかというと、ケースバイケースで判断しています。
新プロダクトでは数字目標だけでなくPMFを重視する
太郎:新規事業のローンチで、売上目標や達成のスピード感はどのように設定しています?
福島:そもそもSaaSビジネスとしては「1年でARR1億円に到達しないのは厳しい」という認識です。ただし、それを厳密な目標値として設定したいわけではありません。新規事業チームに対しては、よりPMFに焦点を当てた定性的な目標を設定しています。
たとえば、特定の顧客セグメントに対して1件でも良いから受注を獲得する、あるいはサクセス事例をつくるといった形で進め、その比率を見ながら徐々にスケールしていく。そうした努力を最速で続けていけば、半年から1年でARR1億円程度になってくるというのが一つの目安です。もちろん、1年でARR1億円に到達しなくても大きくスケールする可能性のあるプロダクトもあれば、逆に早期に達成しても必ずしも成功とは限らない場合もありますが。
太郎:なるほど、具体的な数字目標ではなくPMFを重視する形なんですね。最終的な判断は事業責任者に任せますか?それとも福島さんが感じた手応えから決めていきますか?
福島:私がジャッジします。
太郎:どうやってジャッジするんです?判断基準が気になります。
福島:顧客との対話を通じたプロダクトの浸透度合いと「先行指標」を重視しています。先行指標とは、たとえば商談獲得や受注後のオンボーディング完了率などです。
仮に、プロダクトのコンセプトを説明して商談化できないのであれば、そもそもコンセプトが空振りしている証拠でしょう。まず通常の商談獲得ができるか、そして商談から実際のトライアルまで移行できているか。トライアルまで進んだ場合、どの程度の比率で受注に繋がり、その後にどれだけの割合で実際のオンボーディングまで完了できているか。
そういった各段階における最高水準の数字が出ている状態がPMFだと考えています。
太郎:では、トップ自ら現場に行って、お客さまと直接会って温度感を掴むといったことがやはり大事だと考えていますか?
福島:そうですね。私が直接行くケースもありますし、ほかの役員が行くケースもあります。ただし、必ずVPクラスが責任を持って見ることは、ポリシーとして徹底しています。
太郎:僕から見ると、LayerXはプロダクトが入念に練られてヒットしている印象です。でも実際には「一度方針を見直そう」や「ピポッドしよう」といった判断もよくあるわけですか。
福島:そういったケースもありますが、一度は「出す」と決めたものについては粘り強く取り組みます。LayerXの特徴として、プロダクトチームやエンジニアが開発室に籠って作業するのではなく、顧客に直接会いながらプロダクトを作り上げていくカルチャーが根付いています。「1年間できる限り粘って、ダメならしょうがない」くらいの覚悟で進めていく。
経営者の立場としては、プロダクトが100%成功するという前提では進めていませんが、結果的にこれまでほぼ100%当たってきている状況です。必ず、少なくともニッチのセグメントでも良いから刺さるはずだ、という信念でやっています。
「クロスセル疲弊問題」に陥らないためのコントロール
──セールスの体制について教えてください。現在の8プロダクトで、営業はすべてのプロダクトを売れるのか、それとも各プロダクトにスペシャリストがいるのでしょうか。
福島:まず、チームとしては顧客の従業員規模によって、SMB/MIDとエンタープライズで分けています。そして、領域内のプロダクトは全員が売れるようにしています。
ただ、HR領域のプロダクトは例外で、従業員規模ではなくドメイン知識や業務フローへの理解を基準に、スタンドアロンでチームを設けています。この領域は、専門的な知識や理解で分けることが得策だと考えたからです。
とはいえ、新規プロダクトをどんどん出していく組織なので、覚えなければいけないことも増えていきます。そこで、新プロダクトに関しては専門のGo To Market(GTM)チームを作り、専門的に売り方を検証していくようにしています。
最近では請求書発行と勤怠管理を新規プロダクトとして出しましたが、そこは縦のGTMチームを持っています。それ以外は基本的にクロスセルもすべて許可していますが、GTMチームで作った売り方のパターンを全社に展開し、みんなで売れるようにしていくという形です。
一つ気をつけなければならないのは、すべてのプロダクトを売ることがお客さまにとっては必ずしも良いこととは限りませんから、先方のニーズにあわせたクロスセルの提案をしていくようにしています。
太郎:僕も投資先でよく伝えるのが「クロスセル疲弊問題」です。たくさんのプロダクトをローンチしても、現場は「そんなにたくさん売れない」とギャップが出ることがある。お客さまにも数多くは勧めにくいと。LayerXはその点、どうコントロールされているんですか?
福島:現場と私で感覚が違うところがあるかもしれませんが、まずCSには「フリークエンシーを一定でコントロールしよう」と言っています。「月に何回までメール送って良い」とか、「月に何回接触して良い」とかいった枠組みのなかで、「最も顧客に求められているもの」をNRR目標を見ながら、望みのある筋を追っていくイメージです。
なので、商談数を積めば良いとか、たくさんプロダクトを売ってくれば良い、といった管理には一概にはしていません。もちろん、現場は頑張って売ろうとしているので、自分の働きを活動量などで見せようとはすると思うのですが、一定でコントロールするようには心がけています。
「データの繋がり」で業務を捉えているところがユニーク
太郎:LayerXの特徴的な部分として、アメリカのコンパウンド企業と比べると、勤怠管理のようにバイヤーが異なるプロダクトまで展開されているのが印象的です。戦略的な意図があるのでしょうか?
福島:バイヤーは確かに異なりますが、業務フローとしては密接に繋がっています。たとえば、経費精算のプロダクトを例に取ると、経費精算には承認経路がありますよね。レシートをアップロードして、マネージャーが承認し、場合によっては役員承認まで行く。こういった承認経路は勤怠管理でもまったく同じなんです。
ところが、経費精算と勤怠管理のプロダクトが分かれていると、労務担当者が二重管理を強いられることになります。たとえば、組織変更が発生した場合。クオーターのはじめや、マネージャーへの昇進、異動、新任役員の就任など、組織図が変更されると、システムが連携していれば自動的に同期されます。
しかし、別々のシステムを使っていると、経費精算の方は経路が更新されているのに、勤怠管理のほうは半年前の組織図のまま。そういうことが、多くの企業で起きているんです。
実は、バクラクという共通基盤のなかで持っているトランザクションデータ、組織図のデータ、取引先のデータが一つであることで、さまざまなサービスへの同期が容易になる。これがコンパウンドスタートアップの根本的な思想であり、その意味で勤怠管理への展開は極めて自然な流れだったんです。
もう一つ重要な点があります。実は最も参考にしていることは、インサイドセールスの段階で「何の理由で失注したか」、要は「商談化に至っていない顧客のニーズは何か?」です。
興味深いことに、経費精算の提案をする際に、「経費精算と勤怠管理をセットで使いたい」というお客さまが非常に多かったんです。最初は私も意味がわからなかった。バイヤーも違うし、業務も違う。これは一体何なんだろう?と。
さまざまなヒアリングを重ねていくなかで、先ほどの組織図の同期問題にたどり着き、「なるほど、それで経費精算と勤怠管理を統一したいんだ」というニーズが見えてきた。そういった過程を経て、適切なタイミングを見計らってリリースに至りました。
私たちがバイヤーや部署で業務を捉えているというより、データの繋がりで業務を捉えているところがユニークで、なおかつ既存のSaaSスタートアップとの差別化だと思います。
太郎:なるほど。経費精算もやって、法人カードもやって、勤怠管理もやって、営業支援もやるとなると、ある意味で全スタートアップを競合にしているような印象を受けます。これから大手メガベンチャーも参入してくるなかで、「ここだけはブラさずにいけば、LayerXは今後も成長し続けられる」という競争戦略のコアってどこにあるんですか?
福島:コンパウンドスタートアップというと、複数のプロダクトがあるから良いでしょう、という捉え方をされがちです。しかし、我々が重視しているのは、勤怠管理なら勤怠管理、経費精算なら経費精算と、それだけで絶対に選ばれる理由、それだけで絶対10X良くなっている、代替手段よりも10倍良いと自信が持てるプロダクトじゃないと出さない点です。
特にSaaSやBtoBのソフトウェアでは、決済者と実際にサービスを触る人が異なるケースが多くあります。最も効率良く成長しようとすると、決済者の視点で機能比較表を作り、いわゆるノックアウトファクターと呼ばれる要件を潰していくようなプロダクト開発になりがちです。しかし、私はこの考え方を否定したいと考えています。
そうではなく、実際にサービスを触る人の体験がどれだけ良くなるか、実際の業務でどれだけ工数が削減されるか、あるいはどれだけ売上が増えるか、コストが下がるかという本質的な価値の改善にフォーカスすべきです。社内でもCPOやCTOがこの点を強調していますし、私自身もそう信じています。
従業員体験、顧客体験に絶対的にフォーカスする。もちろん決済者の体験も無視しません。しかし、どちらを優先するかと言えば、実際に使用するユーザーが楽になる方向性を選び、10倍、20倍良い体験を作ることに注力する。そうすれば、結果はおのずとついてくるという思想です。
従業員100〜1,000名ほどのMIDセグメントを狙え
太郎:これからARR50〜100億円に到達するスタートアップが増えていくと思うんです。そこで、これまでさまざまな攻め方を試されてきた福島さんから見て、その到達の道のりは「エンタープライズ向けにシングルプロダクトで、一社1億円で100社というパターン」とか、「SMBでマルチプロダクトのほうが良い」とか、どういった方向性が向いていそうですか?
福島:ケースバイケースではありますが、個人的には、スケールするプロダクトをMIDのセグメントに持っていくことです。ここが一番スケールすると考えています。
このセグメントはパワープレイでは解決できないし、プロダクトとしてしっかりスケールする土台が必要です。また、組織も作り込む必要があり、M&Aやマルチプロダクトによる複雑性への対応も求められます。複雑で難易度が高いんですが、実はエントリーバリアが最も厳しいと思います。
エンタープライズだと、日本でも結局は数千社しかないので面取りゲームになります。ちょっとした偶然やコネクション、資本業務提携などで優先的に選ばれて、一気に売上が立つケースもある。でも、従業員100〜1,000名ほどのMIDセグメントは企業数が多く、TAMが大きいんです。
このセグメントがマーケティング的にもアクセスの難易度が高く、営業組織を作る難易度も最も高いんですが、結局ここを押さえられている会社が一番伸びていると思うので、チャレンジすべきだと考えています。
ただし、これは会社が解決したい課題やプロダクトの性質によっても変わってきます。CO2削減のようなプロダクトなら、絶対にエンタープライズから攻めたほうが良いですし、AI系のプロダクトも間違いなくエンタープライズからのほうが良い。逆に、ホリゾンタルSaaSの場合は、いきなりエンタープライズから入ることはまったくお勧めしません。
結局のところ、日本における最大の課題はMIDセグメントの生産性にあると考えています。この変革に、より多くの企業が挑んでほしいですね。
太郎:別の観点から聞いてみたいのが、これまでのSaaSは業務効率化がメインの価値提供でしたよね。でも、最近のAIトレンドを見ていると、意思決定支援みたいな方向性も出てきています。ただ、実際にそれが現場で起きているのをあまり見ない気もする。この辺りについてはどう考えていますか?
福島:確実にその方向へ進むと思っています。ただし、我々の感覚で考えすぎないほうが良いとも感じていて。やはり顧客の声をしっかり聞くべきところだと思うんですが、日本に限らずグローバルでも、ほとんどの非スタートアップ、非IT企業はまだその段階に達していないのが現状です。
業務効率化してプロダクトを使いこなすという段階にあって、そこをあまり飛び越えさせすぎないほうが、購買の意思決定のストレスを減らすことができると考えています。
私が勧めるとしたら、ファーストコンタクトや商談の段階では、わかりやすい価値提供に徹することです。「具体的にこの業務が削減できます」「このくらいコストメリットや売上メリットが出ます」という形で入っていく。その後、意思決定支援でクロスセルして、業務を広げていく。ランドするところでは基本的に業務効率化などわかりやすい効率化の一点推しでいき、エクスパンドの段階で意思決定支援を使っていくのが良いと考えています。
いきなり入り口の段階で「我々のプロダクトを入れると色んなデータが集まって、このような意思決定支援ができます」と言われても、やはりイメージしづらい。マーケティングの支援であれば、CPAなどコストがどれくらい下がるのか、売上がどれくらい上がるのかをわかりやすく明示しないと予算化も難しくなってしまいます。なかなかバイヤーの意思決定として通りづらくなってしまうんです。
この5年でSaaSは「AIが動かす箱になる」
太郎:最近はAIの流れもあって「SaaS is Dead」みたいな議論もありますよね。SaaSもAIも両方やられてる福島さんから見て、どう捉えていますか?
福島:「SaaS is Dead」の議論については注目していますが、内容を見ると、SaaSそのものが死ぬというよりも、SaaSのあり方が大きく変わるという指摘だと理解しています。
具体的に言えば、まずこの5年でSaaSが「関数になる」、あるいはSaaSは「AIが動かす箱になる」という変化が起こるでしょう。現在のSaaSは、データベースがあって、そこをラップするUIを作っているというものが多いんです。人がそのフォームに何かを入力して、そのデータを基に業務を実行するという構造です。この部分をAIが触るようになり、人が触らなくなっていく。
たとえば、バクラクにログインせず「このレシートを精算しておいて」とチャットするだけで経費精算の申請が終わる。「SaaS is Dead」とは、データベース型SaaSの箱化と、AIエージェントによるワークフローの自動化という方向性にあります。この変化のなかで、各SaaS企業のポジショニングが問われることになるでしょう。
太郎:なるほど。その未来を見据えて、LayerXとして具体的に取り組んでることってあったりしますか?
福島:一つの具体例が、共同代表でCTOの松本(勇気)が推進している「Ai Workforce」です。これは生成AI時代におけるSaaSの一つの形を示すものとして開発しています。
従来の固定的なワークフローという概念を超えて、さまざまな業務に存在する非構造なデータに対応できるワークフローを生成AIの柔軟性を活かして作る。そうなったときに、サービスはどう変わるべきか、変えるべきなのか、変えるとすればどのような形になるのか。こうした問いに対する一つの解として開発を進めています。
変更しなくても良い部分もありますが、今後どのような形で展開されていくのか、それが現実的にどのように普及していくのかといった判断をしていかないと、思わぬところから破壊的な影響を受けるリスクがあります。
太郎:採用面でも、AI人材やAI技術者は意識して採用しているのか、あるいは教育やトレーニングがあればどうにかなるのか。どう考えますか。
福島:生成AIで、ある種の「AIの民主化」が起こっていて、ソフトウェアエンジニアであれば6〜8割くらいまでのAIプロダクトならスピーディに作れるようになっているのは事実。それは、どう考えても取り組むべきで、やらないだけリスクになります。
一方で、プロダクションレベルでは、ユーザーが体験として許容できる範囲とか、体験として驚きを与えられる品質とか、そういった精度の向上にはエキスパートの観点がまだ欠かせません。要は、80%のものを100%へ持っていく難易度や工数は変わっていない。スペシャリティを持ったAIエンジニアやLLMエンジニアは絶対必要であるというスタンスですね。
ただ、PoCや社内から出る新規プロダクト案などで、完成度が6〜8割でも必要なものを素早く作ることに関しては、すでにソフトウェアエンジニアだけでもAIへコンバートできるようになっている感覚です。だから、それは今すぐでもやるべき。それにも取り組んでいないなら、その会社は5年後になくなってしまうような可能性も非常に高まっている状態だと思います。
太郎:僕が関わる企業でも「AI技術者がいないのでAI事業に乗り出せない」という声を聞くこともあるのですが、そうも言ってられませんね。ではあらためて、Ai Workforceについて、ターゲットなどをさらに教えてもらえますか。
福島:Ai Workforce自体はバクラクと大きく異なり、まず「超エンタープライズ」が対象です。具体的には、バクラクはSMB/MIDから従業員1,000名以上。多くても数千名の会社をターゲットにしているのに対し、Ai Workforceはざっくり言うと1万名以上の会社に向けたAIのワークフローツールです。
ワークフローツールと言われてもイメージが湧きにくいと思いますが、海外のDify.AIというサービスのドキュメント処理に特化したようなものだと考えていただくとわかりやすいかもしれません。
太郎:それを超エンタープライズ向けに、という設計なんですね。
福島:そうですね。具体的に狙っているのは「これまでSaaSが解いてこなかった問題」です。SaaSが解いてきた問題というのは、おそらく凡庸的で固定的なワークフローの問題でした。たとえば、どの会社でも行われる請求書の処理や法律面でのNDAチェックです。
ところが、金融業界特有のデューデリジェンスという業務があっても、それを専門で扱えるSaaSがなかなか存在してこなかったわけです。こういったミドルテール・ロングテールの課題が、現在は生成AIによって単一プラットフォームで解決できる可能性が出てきているんです。これまでは課題に対してベンダーやコンサルタントが密着してカスタマイズしていた部分を、今後はAIが吸収してくれる。そういう発想で作っています。
太郎:アメリカだと企業に「AI予算」というのがすでにあって、とりあえずAIのプロダクトを買って試すことで初速が伸びてる会社も見かけますよね。一方で日本だと、AIを怖がっている節もある。Ai Workforceを立ち上げて、お客さまの反応や感じた手応えはどうですか?
福島:初期の反応はとても好評です。ただし、日本企業の特徴かもしれませんが、AIに対して非常にポジティブな層と、AIという言葉に躊躇する層がはっきりと分かれています。
興味深いのは、バクラクではあえてAIという言葉を使わないケースもあるのですが、Ai Workforceでは明確に打ち出したほうが良いケースもあり、賢明に使い分けている状況です。
CTO経験者の採用、そもそも「100人のCTO友達」がいます?
太郎:ちょっと話は変わりますが、気になっていたことがあって。どうやってLayerXはCTO経験者をそんなに採用できているんですか?
福島:二つ要因があります。一つは、現CTOの松本や、メルカリやソウゾウでCTO経験のある名村(卓)といった、エンジニア陣のトップメンバーの存在が大きいですね。元も子もない話なんですが、エンジニアというのはより良いエンジニアと一緒に働きたいもの。そのサイクルを組織のなかで、いかに作れるかが重要です。
もう一つが全幹部の採用へのコミットメントです。これは皆さん、今日からでもできることのはずです。CTOを採用しようとなったとき、まず皆さんの頭のなかで「100人のCTO」を思い浮かべられますか?そして、その100人のうち何人が友達で、会食やランチに行けますか?実は単に、採用はこの比率の多さに比例するだけだと思います。
これって、要は営業や資金調達と同じです。あなたがCEOやCROなら、100社の「この人に連絡しよう」という顧客リストが頭にパッと思い浮かぶはず。CTOも同じで、100人が頭に浮かんで、100人が友達だったら、来年には10人のCTO経験者が採用できているかもしれません。逆に、1人も友達でないなら、1人も採用できない可能性のほうが高いでしょう。だいぶシンプルな話にしていますが、でも、そういうことじゃないでしょうか。
太郎:福島さんのマインドシェアについても聞いてみたいです。何に時間を割いているのか、3年後のことを考えているのか。あるいは来月のことを見るほうが多いのか……。
福島:今は直近のことを考えています。実は何に時間を使っているかは毎月トラッキングしていて、カレンダーをアシスタントにお願いして分類してもらっているんです。基本的に実施したことは全部カレンダーに入れています。
何に時間を使っているかは、ある月は採用に8割使っているケースもあれば、ある月はエンタープライズ営業にほぼ9割使っていることもある。また、ある月は3年後のプロダクトポートフォリオの仕込みやテックビジョンを作るためにさまざまな人と会ったり、考える時間が増えていたり。1ヶ月ごとに時間の使い方をトラックしたうえで、最近は直近の営業の動きや組織の問題にフォーカスしている、という感じですね。
今、それにフォーカスしているのは、それが成長のボトルネックになっていると認識していて、そこに時間を一番使うべきだと考えているからです。
「CEOの理想的な時間の使い方」があるわけではなく、今一番課題になっていてレバレッジが効くことに時間を使うことが大切です。「あなたの会社の究極のボトルネックを一つ挙げるなら何か」というのが、CEOが本当の意味で考えるべきことでしょう。
CEOが時間をかけて、最もレバレッジが効くことは何か。そして、そのとおりに本当に時間を使えているのかをトラックすること。難しいですが、皆さんにも勧めたいですね。
「皆さんは今日からどんな行動を変えますか?」
太郎:では最後に、会場の皆さんに伝えたいメッセージをお願いできますか?
福島:一番のメッセージは、バクラクをぜひ使っていただきたいということです(笑)。
これは冗談ではなく、急成長する会社はバクラク以外でも良いのですが、さまざまな業務を諦めずにAIやITでスケールさせていくことが生産性向上に繋がっていきます。今日の話が少しでも面白いと感じていただけた方は、LayerXに興味を持っていただけると嬉しいですね。
実は、私自身もセッションや勉強会で経営者の方々から学ぶ機会が多いのですが、ある方に「皆さんは今日からどんな行動を変えますか?それがないのなら、私の話した時間は無駄だからコミットしてください」みたいに言われて、ハッとした経験があります。
今日この後、誰かの行動が何かしら変わるといいなと思っています。そうすることで、日本のスタートアップ、特にSaaSがより一層盛り上がり、面白くなっていくはずです。「良い話を聞いた」とか「つまらなかった」とか、そういった感想で終わるのではなく、この瞬間に何を変えるのかを意識していただければ、私の話した意味も大きくあったはずです。もちろん、その変わる行動が「バクラクを購入する」ならば嬉しいですけど、それは強制できませんので(笑)。とにかく、何か一つでも行動が変わるきっかけになればいいですね。
福島 良典 (X|Linkedin|note)
株式会社LayerX 代表取締役 CEO
東京大学大学院工学系研究科卒。大学時代の専攻はコンピュータサイエンス、機械学習。2012年大学院在学中に株式会社Gunosyを創業、代表取締役に就任し、創業よりおよそ2年半で東証マザーズ(現東証グロース)に上場。後に東証一部に市場変更。2018年にLayerXの代表取締役CEOに就任。2012年度IPA未踏スーパークリエータ認定。2016年Forbes Asiaよりアジアを代表する「30歳未満」に選出。2017年言語処理学会で論文賞受賞(共著)。
福山 太郎(X|Linkedin)
Rice Capital 代表パートナー
Fond 創業者
2012年に福利厚生SaaSを提供するFond社を米国にて創業。Salesforce社, Facebook社, Visa社を含む顧客にサービスを提供。同社はYcombinator, Andreessen Horowitz, DCMから投資を受ける。2023年にEdenred社に売却。2024年にRice Capitalを創業し、日米のスタートアップに投資。SmartHR、ナレッジワーク社外取締役。
(本記事は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2024」のセッションから、オフレコ情報を除いて抜粋・再構成したものです。記事中の在籍企業・肩書きはイベント当時のものです)