SO設計の大前提「約束したことは確実に実行すべし」
神前:最近、特にシードからアーリーフェーズのスタートアップからSOの設計に関する相談や質問が多く寄せられています。この時期にSOを設計しなければ、と考える認識を持つ起業家が増えてきていると感じます。
まず、改めてSOを設計するにあたって、大前提として注意するポイントについて、金田さんの見解をお聞かせください。
金田:大前提として、「SOを社員に付与する」と経営陣が話している企業でも、実際に制度が動いていないケースがあるんです。私が人事制度設計のプロジェクトを立ち上げて、マネージャーやメンバーからヒアリングする際に、SOに関する質問をよく受けます。
話を聞いてみると、採用時のオファーやその後の会話でSOについて話があったものの、実際にどう動いているのかわからない、あるいは全然動いていないケースが意外と多いのです。それを社員の方が不安に思うケースも多いですね。
SOは社員にとって重要な報酬ですが、わかりにくい面もあり、経営陣に直接確認しづらいことでもあります。そのため、約束したことがそのまま流れていってしまうことはなるべく避けたいですね。設計以前の大前提として、「いつまでに制度を設計する」「いつまでに実際に付与される」といった期限をまず決めて社員と握っていくことが大切です。後で変わることはあるかもしれませんが、まずは誠実に対応することが肝心でしょう。
神前:丁寧にコミュニケーションをして、制度の背景をどれだけ伝えられるか。そして、資本政策の一つとしてのグランドデザインをいかに設計するか。正しいSO設計の在り方を考えがちな方も多いですが、この2つの点を意識しながらスケジュール感をしっかりと決めていくことが重要ですね。
今回は、SOを3つのフレームワークで整理して進めたいと思います。
1つ目は、創業メンバーをはじめ、特にリスクを取って参画してくれる優秀なメンバーをどう惹き付け、アトラクトしていくのか、という観点。2つ目が、事業成長に貢献した方々に対して、その貢献度によるプラスアルファとしての報酬設計。そして3つ目が、ハイクラス向けに、特にレイターステージのタイミングで、優秀な方々を惹きつけるための採用施策です。
創業メンバー向けSOは、明確な基準と説明が大切
神前:では、1つ目のフレームワークとして、主に創業期メンバーの方々に対するSOの基本方針を教えてください。
金田:考えるべき点はいろいろありますし、正解はない話ですが、骨格となる基本方針を作って、そこから自社の事情にあわせて微修正するのが良いと思います。
創業メンバーのSOを考える場合、まず考えるべきなのが、「何人まで創業メンバーとして位置づけるか」という定義です。10人なのか、20人なのか、はたまた30人なのかによって、採用におけるSOの魅力も変わってきますし、SOをどれくらい割り振れるのかも変わってきます。
一般的であるSOは「約10%までが付与枠」と仮で置いてみて、創業期メンバー、貢献度、採用という3つのカテゴリに3分割してみますと、それぞれに3.3%割り振ることができます。これを機械的に創業メンバーの数で割っていくと、10名なら0.33%、20名の場合だと0.17%、30名だと0.11%となります。このあたりの0.1%から0.3%が、ざっくりとした目安になるんじゃないかと思います。ここを目安に調整することになります。
たとえば、創業メンバーの獲得が難しい事業領域であれば、創業メンバー向けのSOを手厚くして採用の強力な武器にすることもできます。一方、創業期のメンバー獲得にある程度の自信がある場合、それほど高い割合を設けなくてもいいかもしれません。各社の考え方や戦略が色濃く出る部分だと思います。
また、20名を創業メンバーと定義する場合でも、「最初の10人」と「次の10人」で傾斜をつけることも可能です。最初の10人は「まったくもって何も整っていないところに飛び込んでくれたメンバー」、その後の10人は「何も整っていない環境に入ってくれたメンバー」という差がありますからね。
神前:私も海外の文献を見たときに、「最初の10人」にどれぐらい付与するのかについてデータがありました。従業員の株式報酬やSOなどを管理できるサービスを展開するCartaが発表したデータによると、最初のハイヤーで高い人は約6%というケースもありましたが、大体中央値の平均が0.5%で、10番目の社員の中央値が0.18%ぐらいでした。だいたい0.1%からMAXで0.5%ぐらいの間に収まることが多いように思います。
海外はSOのプールが日本と比べて2倍ぐらい大きいので、日本ではもう少し少なめにするという手もあるかもしれませんが、10人とか20人のフェーズだと、目安としては0.1%から0.3%ぐらいが適切なのかなと感じました。
金田:そうですね。ただ、あくまでこれは機械的に割ったときの数字ということになります。ここは経営陣の方が意思を持って決めていき、それをきちんと説明して理解を得るのが大事です。
貢献度に応じたSOは、等級制度との連動がポイント
神前:次に、貢献度に応じたSO配分について。企業価値に貢献した社員にロングタームなインセンティブを持ってもらうことは、活躍している社員にとって重要ですし、頑張りに報いる意味でも大切だと思います。貢献度に応じたSO配分について、どういう構成と設計のポイントがあるか伺えますか?
金田:先ほどお話しした10%の付与枠を3分割した各3.3%をベースにする前提で、具体的な数字を踏まえながら見てみましょう。貢献度の場合は、まずこの3.3%の枠を「期間」で割り振っていくのが良いと考えています。
たとえば、3年でこのSOの枠を割り振っていくことにすれば、1年に1.1%付与ができることになります。これが2年であれば、もう少し手厚く付与できますね。そして、この付与を該当する期に在籍していた社員の方へ分配していきます。
機械的に、1年目の対象者が50人いた場合、単純に1.1%を50人で割っていくと0.02%。これを1年、2年、3年で割り振っていって、最終的な合計が貢献度SOになります。
実際は、1年間で区切ると期間が長くなってしまうので、半年間の在籍期間で付与を決めているケースが多いです。「半年間在籍している人にはこれぐらいの枠があって、それを分配すると、これぐらいの数字になります」という形ですね。
神前:このあたりは、貢献度をどう評価していくかというのも重要なポイントだと思いますが、特に等級制度や報酬制度の側面から見たときに注意すべきポイントはどういったところでしょうか。
金田:貢献度をどうやって定義するのか、という話になります。もし、人事制度が導入済みである、あるいは今後導入を考えているのであれば、最もシンプルなのは等級制度に連動させるやり方でしょう。
つまり、等級が高いということは能力も高い、あるいはその会社で持つ役割や責任の度合いも大きいと解釈して、等級が高い人ほど手厚く配分していくという形です。等級ごとに比率や傾斜のテーブルを設計して、それを機械的に割り振っていく形になります。
この場合の変数は、等級と社員数です。高い等級の方が多いのか、低い等級の方が多いのかによって変わってきます。また、社員数が1年目は50人、2年目は100人と増えていけば、後になればなるほど1人あたりの付与数は基本的に少なくなっていきます。
神前:1人あたりの付与の目安はあるのでしょうか?
金田:貢献度のSOについて、どれくらいの枠を設けるのか、期間、社員数、等級の分布など、変数が非常に多く、振れ幅も大きいので、具体的な「1人あたりの適正値」を伝えるのは難しいと思います。
たとえばですが、付与枠として3.3%、期間を3年とし、1年目に社員50人、2年目に100人、3年目に150人と増えていった場合、機械的に分配すると1年目が0.022%、2年目が0.011%、3年目が0.007%となります。これを合計すると0.04%ぐらいになりますが、この数字は特に違和感のあるものではないと思います。
もちろん、これは1年目からいた方が3年間でもらえる数字であって、3年目に入社した方がもらえるわけではありませんが、この程度の数字は貢献度SOの枠内で見ると、特におかしな数字ではないでしょう。
高い等級の方が増えるかもしれませんし、先ほどの前提の期間を2年に変えれば大体0.05%ぐらい増えたりします。前提の置き方によって数字は変わりますが、これも1つの目安になるかなと考えています。
貢献度SOをうまく活用する会社の特徴や共通点
神前:SOをどの人たちに分配するかという点についても、マネージャーレイヤー、VPレイヤーと執行役員、取締役レイヤーといったマネジメント層への配分や、メンバーに対して幅広く配る場合もあると思います。ただ、これは株式市場の環境にも左右される面がありますよね。
事業成長の蓋然性は高くても、上場のタイミングや上場後の株価の推移は予測が難しいです。この点について、どのようにお考えですか?
金田:SOを理解することは本当に難しいと感じています。会社としても理解活動を行い、社員にオーナーシップを持ってもらうことで、SOがモチベーションになるようにすることは重要ですが、想像以上に難しい面があると思います。
そのため、マネージャー以上や一定等級以上の方々に集中して配り、その人たちに対する理解活動を深めていくというのも一つの方法です。
全員にSOを渡すことが会社の戦略やポリシーにあっているのか、それとも一定のメンバーはSOではなくボーナス(賞与)などの短期的インセンティブで対応し、中長期のインセンティブはマネージャー以上に絞るのか。どちらも合理的な考え方だと思いますので、会社の戦略や考え方によって決めていくべきでしょう。
神前:SOは増資のたびにパーセンテージが希薄化していくので、パーセンテージだけで語るのは難しい面もありますが、重要なのは「このSOがどういう価値を持つのか」を丁寧に説明することだと思います。
すぐに換金できるものではなく、会社が上場したり、SOを行使するタイミングが来たときに初めて有価証券になり、それを売却することで行使価額との差額が利益になるという点をしっかり説明する必要があります。なぜその方の持つSOがこれくらいのパーセンテージになっているのかを整理し、合理的な説明と納得できる理由付けが重要ですね。
このようなオペレーションをしっかり回していくには、HRで経験のある方が必要になると思いますが、金田さんがメンタリングやコンサルティングをするなかで、貢献度に応じたSOをうまく活用している会社の特徴や共通点はありますか?
金田:社員全体に影響がおよぶので、担当者を設置して丸投げというよりも、経営の一つの重要マターとして、経営陣がしっかりとボールを持って動かしている印象が強いです。
数字が独り歩きすると危険なので、慎重に扱う必要があります。ただ、慎重にやりすぎて具体性のない話になったり、まったく話が進まないということも起きます。だからこそ、私はあえて機械的に簡単な数字を出しています。これを一つの参考にして議論のきっかけにしてもらえればと思います。
社員にも「数字だけが独り歩きするのは危険」という前提はありながらも、具体的な数字をシミュレーションしたり、「前提がこう変わったらこの数字も変わる」ということも説明したりするなど、コミュニケーションを深めていかないと理解が得られません。うまく進めている会社は、そこまで踏み込んでいる印象があります。
SOの理解を深めるガイダンスの重要性
神前:SOに対してのガイダンスや教育については、どのような頻度や内容が効果的でしょうか?
金田:導入に際しての社員説明では、基本的なリテラシーから自社の株式価値までをきちんと伝えることが、まず一つ。さらに、事業が成長して想定通りに進んだ場合に、SOがどれくらいの価値に高まるのかまで具体的に説明することも大切です。
これを基本的には入社してくる全員に、オリエンテーションやオンボーディングのタイミングで実施していきます。社員の方は最初は理解できなくても、会社で働くなかで疑問が出てくると思うので、そのときにすぐ問い合わせができ、疑問を解消できる環境を設けると良いでしょう。
マネージャー(上長)に質問して疑問を解消することもあるでしょうが、SOを取り扱う担当部署に質問して、即時解消できる体制を整えておくことがベストだと思います。
優秀な人材を惹きつけるための採用SO戦略
神前:最後に、特にミドルレイヤーやハイクラスの方々を採用するタイミングにおけるSOの活用についてお聞きします。ここに対しての考え方やベンチマークはどういったものがありますか?
金田:少し話が逸れるかもしれませんが、スタートアップの組織づくりの観点から最も大事なのは、採用・仲間づくりだと考えています。組織力で勝負する意識も大切ですが、強い個人で固めた組織は勢いや強靭さが違います。
そのうえで、CxOやVPクラスといった重要なポジション、あるいはエンジニアリングマネージャーなど希少性の高い職種を採用するためには報酬インセンティブとしてのSO付与枠を持っておくことが大事です。そうした人材を採用できるかどうかで会社の成長が全く変わってくるからです。
ただ、SOや株式報酬というものは、理解度によってその価値や意味に対する捉え方が全然違うと感じています。たとえば、現職の給与とのギャップ分としてSOが一定補填されているという意識だと、オーナーシップなどの部分が欠けてしまうこともあります。
一方で、会社として「こういう考え方があって、これだけの採用枠があって、採用のためにSOをこう活用している」という説明があるだけでも、SOの捉え方や考え方は変わってくる。
SOは、一度渡すとその先も報酬インセンティブとして継続的に機能していく報酬です。そのため、通常の現金報酬とのギャップに使うものとは若干違うものだと私は思っています。
通常の給与とのギャップ分に関しては、単純にサインアップボーナスのような一時金で補填をしていって、SOは違う考え方で渡していくのも、わかりやすい方法の一つだと思います。
5〜6年前は、報酬とのギャップにSOを使っていくケースが多かったと思いますが、最近ではサインアップボーナスをうまく使う会社も増えてきています。そういう意味では、トレンドが変わってきました。
「退職時のSO持ち出し」をどう考えるか
神前:SOの設計でよく問われるポイントとして、退職時のSOの持ち出しがあります。
金田:そうですね。以前は持ち出しをOKにするケースは少なかったと感じていますが、最近は「半分持ち出しOK」にしたり、「そのまま持ち出しOK」にするケースを見聞きするようになってきました。
その理由は2つあると思います。1つ目は、SOを採用の武器として使い、その魅力を高めたいという考え方です。持ち出し不可で退職したらSOが失効してしまうとなると、社員からすると「退職するかどうか、先のことはわからないし、会社がどうなるかもわからない」というなかで、SOの魅力が下がってしまいます。
スタートアップにとって採用は最重要テーマなので、SOの魅力を下げてしまうのは避けたいわけです。実際、本人の都合だけでなく、家庭や家族の事情で辞めざるを得ないこともあるでしょうから、会社と個人がフェアでフラットな関係を築くという意味でも、持ち出しはありだと考えています。
2つ目の理由は、SOを持っているがゆえに退職しにくくなってしまう状況を避けたいという考えです。これが問題化すると「ぶら下がり」と表現されるようになります。この「ぶら下がり」を避けるために持ち出しを可能にするケースがあります。
20〜30人の組織フェーズと200〜300人の組織フェーズでは求められる能力や経験値が違いますし、最初に活躍した人が将来も活躍できるとは限りません。SOを持っているから退職しにくいとか、職業選択の意思決定が遅れる・ブレるというのは会社にとっても本人にとっても健全ではありません。そうした課題を感じる場合に「持ち出し可」にすることで解決を図っています。
神前:一気に「持ち出し可」にすると退職する社員が増えるのではという懸念もあるでしょうし、発行できる上限が決まっているなかで退職者が持っていくことへの懸念もあると思います。ただ、「持ち出し可」にすることのメリットもあり、難しい判断ですね。
金田:そうですね。このあたりは細かい条件を付けたり専門家を交えて細かく設計していく必要があります。私自身も「持ち出し可」にしたほうが良いというスタンスではなく、各社の考え方があるべきだと思います。
ただ、持ち出し不可にしている会社でも、「なぜ不可なのか」と聞くと、あまり深く考えずに「それはダメでしょう」という感覚で決めているケースが多い印象です。よく考えると、デメリットよりもメリットのほうが上回るケースもあれば、シンプルに不可でいいというケースもあります。
重要なのは、一つひとつしっかり考えておくことです。自分たちの状況を踏まえて「なぜ、そうするのか」を考えておかないと、説明を求められたときに相手の納得を得られず、信頼関係が損なわれてしまいます。
どちらが良いという単純な話ではなく、自分たちでしっかり議論を尽くして意思決定し、それを社員に自信をもって説明してリテラシーを上げていくこと。それが、持ち出しの問題においても大事だと考えています。
誰しも「身銭を切る」感覚を持ち、SOの理解を深めよう
神前:メンバーに株式報酬の価値を理解してもらう、あるいはメンバー自身が理解するために取り組めることはありますか?
金田:私の個人的な意見になりますが、SOは「株式報酬」だと考えると、報酬である以上は労働の対価として会社から付与されるものです。ただ、状況次第で金銭的な価値を持つかどうかも、その価値の大きさも変わってくるという「不思議な報酬」だとも思います。それがある種の「夢」につながることもあるでしょう。
また、SOは、それ自体を自分事として捉える機会が非常に少ないですよね。私は、スタートアップのメンバーがSOを付与されるときには、「身銭を切っている」という感覚を持っても良いのではないかと思っているんです。スタートアップに転職して、自分の労働資本を投資しているわけですから、十分に身銭を切っていると言えるでしょう。
給与が下がるケースや、他社での高い給与オファーを断って参画する場合、金融資本の面でも身銭を切っていると言えます。そういった感覚を持ってSOを理解しようとすれば、「難しいから」と簡単に妥協することなく、自分事として当事者意識を持って理解するようになれるはずです。
「身銭を切る」感覚を持って向き合えば、会社側も社員側も、さらに理解が深まるのではないかと思います。