国内SaaS市場は2027年度に2兆円を超える規模に成長すると予測されています。しかし、日本のソフトウェア市場全体に占めるSaaSの割合はわずか10%。特にエンタープライズ市場には大きな成長機会が眠っています。
ライフサイエンス業界向けクラウドソリューションのグローバルリーダーであるVeeva、その日本法人であるVeeva Japanを2011年に立ち上げ、2022年まで代表を務めたのが岡村崇さんです。SAPやMicroStrategyといった欧米著名ソフトウェア企業でのマネジメント経験を活かし、Veevaを日本のエンタープライズ市場で成功に導いた実績を持ちます。
現在はALL STAR SAAS FUNDのメンターとして、その豊富な経験を次世代のSaaSスタートアップに共有する岡村さん。エンタープライズ市場特有の商習慣や要求事項、SaaSスタートアップが陥りがちな課題、それらの解決策について、プロダクト戦略、組織設計、さらにはグローバル展開を見据えた経営判断まで、実践的な知見を聞かせてくれました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのPartnerである神前達哉です。
バーティカルに特化して見えてくる、SaaSの日本市場のポテンシャル
神前:国内SaaS市場の規模予測は上方修正が毎年かかって、2027年度に2兆円を超えていく見込みです。これだけ成長スピードが予想通りに進捗しているのは珍しいと感じます。
一方で、アメリカの場合、SaaS市場は約21兆円で、ソフトウェア市場が49兆円。つまり、SaaSの浸透率は42%です。日本はGDPも世界4位という規模で、ソフトウェア市場自体は12兆円とそれなりにある。しかしSaaS市場は1.2兆円で、わずか10%に留まっています。
ここにアービトラージの機会があると私たちは考えています。そのアングルでエンタープライズを狙っていこうと。岡村さんもスタートアップのメンタリングをされていますが、このエンタープライズSaaSの可能性についてどのように捉えていらっしゃいますか?
岡村:エンタープライズ市場におけるSaaSは攻略が難しすぎるのではないか、と思われている方が多いのですが……実はそんなことはありません。一切、難しくはないんです。
確かにSaaSという形態そのものがSMBに合うことは間違いありません。たとえば、1ユーザー当たり月々5,000円で、10人の社員がいれば月額5万円。この金額で経理システムや人事システムが導入でき、インプリメンテーションもいらない。とても良いストーリーです。
ただし、SaaSの良さは「そこだけではない」と私は考えています。SaaSの最大の価値は、常に最新のバージョンを最良の形で、エンドユーザーへダイレクトに届けられることです。スマホアプリのように、常に最新の状態を保てる。
一方で、大企業のデスクトップアプリケーションはどうでしょうか。ロジスティクス、ERP、人事、売上報告、顧客管理など、古いバージョンのまま使い続けているケースも多いですよね。リモートアクセスも難しく、VPNにアクセスが集中して止まってしまう状況も。
これらの課題をブレークスルーできるのがSaaSなんです。だからこそ、コロナ禍でもSaaS企業の評価は大きく伸びました。常に最新のアプリケーションやソフトウェアを業務向けに、しかも会社のデスクトップ環境、ラップトップ環境、モバイル環境からアクセスできる。これこそ最大の競争優位性だと考えています。
神前:SMBやMIDといった切り分け、あるいはロングテール戦略と同じ考えではなく、「なぜ、SaaSなのか?」というデマンドジェネレーションをしっかり作っていかなければいけない、ということですね。
ここでいうデマンドジェネレーションは、最初にGo To Marketをするときにぶつかるポイントだと思っています。Veeva Japan に在籍当時ブレークスルーだと感じたユースケースや、理想的な顧客像(ICP、Ideal Customer Profile)の整理について、お聞かせいただけますか。
岡村:特定の業界に特化したバーティカル(垂直型)と、ホリゾンタル(水平型)では攻め方がまず違います。ただし、コンセプトは同じなんです。結局、エンタープライズの場合はホリゾンタルでもバーティカルに攻めざるを得ないからです。
たとえば、全業種で使える会計アプリケーションを出したとします。政府官公庁でも、銀行でも、製薬会社でも使える会計システムを作るのは、おそらく誰にもできません。やはり強み弱みは必ずある。
ですから、ホリゾンタルなアプリケーション企業でも、自分たちの得意とするバーティカルにフォーカスせざるを得ないと思っています。戦略を立てるときに、自分たちの製品が「どこで最も売れるのか」を理解したうえでGo To Marketモデルを考えないと、太平洋のど真ん中で餌を付けて釣りをしているようなものです。
周りにいる魚は釣れるかもしれませんが、それらを釣ったら終わりになってしまう。Total Addressable Marketは太平洋全体かもしれませんが、実際のServiceable Available Marketはその辺りだけなんです。そこをちゃんと理解しないと駄目ですね。
CEOが、プロダクトドリブンで、市場を攻める
神前:提供したいお客さまの姿を定義することへの難しさもあると感じています。コツや工夫はありますか?
岡村:フォーカスポイントに関するお悩みですよね。これは永遠の課題かもしれませんが、営業ドリブンなのか、プロダクトドリブンなのか、という話とも最終的にはつながってきます。私はそれを営業にやらせるのではなく、プロダクトが担うべきだと思います。
「こんな製品があるよ、どこか売れるところへ売ってきて」と伝えてしまうと、売り先を営業が考えざるを得ない。「規制がある製薬業界に一番売れそうだから」みたいに。でも、エンタープライズのSaaSはそれでは売れません。それで売れるのはSMBモデルなんです。
エンタープライズのSaaSは、プロダクトアウトとプロダクトドリブンで、初めからピンポイントに狙っていかなければなりません。
たとえば、私が支援をさせていただいているPortXが狙う「国際物流のコスト管理」のように、非常にニッチな領域であっても、エンタープライズであればニッチのほうが良いのです。なぜなら、ニッチや隙間はエンタープライズのシステム内には膨大にあるわけで、ハマれば一気に可能性が高まる。
国際物流のコスト管理のエリアは、ブルーオーシャンなんです。なぜならば、Excelしかないからです。そして、こういった領域を解像度高く捉え、切り開けるのはCEOしかおそらくいないはず。自社のプロダクトはどこに向けて作るのかを、強いメッセージと意思を伝えて、CEOが率先していくことが一番だと考えます。
神前:その考えがあるからこそ、プロダクトの拡張戦略も生まれるし、セグメントやターゲットの拡大戦略も関わってきますね。
ゴールを見据え、第一目標に到達するまで、いかにサバイブしていくのか
神前:これまでの岡本さんのご経験から見ても、「この企業と契約できればブレークスルー」といった目標があったかと思います。エンタープライズのGo To Marketにおいては、ユースケースの創出が非常に効果的ではないかと考えますが、その点はどうされていましたか。
岡村:Go To Marketに関しても、会社が進化する過程で取るアプローチは異なるべきだと思います。ただ究極的には、単一マーケットに対して狙いを定めているわけなので、ゴールは定めたほうがいいでしょう。
私がいた当時のVeevaでは、2〜3人で集まって、「最終的に自分たちがどうなりたいか」を議論していました。私たちの場合、製薬業界にフォーカスをしていたので、「世界各国で業界を代表する企業に、自分たちの製品を使ってもらう」というのが最終的なゴールだと設定していました。
神前:そこに行くまでには、やはり結構な時間はかかったのではないでしょうか。
岡村:結構な時間はかかります。結果、設立後に7〜8年はかかりましたからね。業種特化型であってもです。だから戦略としては「第一目標に到達するまで、いかにサバイブしていくのか」を考えないといけないと思います。
神前:長期戦ではファイナンスも考えなければなりませんが、重要顧客が取れてくると展開のスピードも高まりますか。
岡村:いくつかの波はありましたね。製薬業界に関していえば、まず外資系の波が大きく来て、Veevaを導入していったんです。それが落ち着いた後に、日本国内の製薬メーカーから声がかかり、導入が検討されはじめた流れがありました。
ただ、やはり国内企業にとって一番の問題は、OPEX(Operating Expense、事業運営費)やCAPEX(Capital Expenditure、資本的支出)の問題です。エンタープライズSaaSだと、金額も数億円レベルに達します。コンサルティング企業にBPRなども含むと、全体プロジェクトで「最低10億円で3年間」といった形になります。
特に製品のARRに関しては完全にOPEXですから、そのOPEXをそれだけ増やせるバリューをきちんと説明できるかが、プロジェクトチームには求められますね。
SaaSは「コンサルティングができるパートナー」と相性良し
神前:次にお聞きしたいことは、パートナーとの関係構築です。販売代理店の方々をはじめ、コンサルティングファームとの共創も含め、ポイントになってくるはずです。
岡村:パートナー連携に関しては、SaaSだと皆さん「やりにくい」と思われる方が多いかもしれませんね。というのは、今までのオンプレミスなアプリケーションだと、ベンダーはソフトウェアを組み、インプリメンテーションは大手SIerやコンサルティング会社が担当する、というWin-Winの関係が成り立っていました。
そのため、オンプレミス型のほうがパートナーシップは得やすいと思われているかもしれません。しかし、実はSaaS型も非常にやりやすいし、もしかしたらSaaS型のほうが、パートナーシップを築きやすいかもしれません。ただし、トラディショナルなSIerではなく、コンサルティングができる会社との相性が特に良いと感じます。
神前:相性の良さは、具体的にどのようなところで感じられますか?
岡村:一例を挙げると、オンプレミスERPの導入においては、仮に「失敗した」とわかるまでに3〜5年くらい費やしてしまうものですが、失われるのは導入費用だけでなく、この時間の長さも問題です。SaaSのいいところは、5年もインプリメンテーションにかかりません。短期で入れられるところもあるし、せいぜい長くても6ヶ月です。つまり、6ヶ月で結果が出るんです。
だからコンサル会社としては、非常に動きやすい。SaaS型のERPの限定部分だけでも先行して導入するだけなら「5千万円かつ半年で導入できます」と言えるわけです。
神前:このあたりは、やはりSaaSのスタートアップでコンサルティングファームとコラボレーションできている事例がまだまだ少ないところで、伸び代がありますね。
DAY1からすべきは、PMMを機能させ、PMFを確実に達成すること
神前:プロダクト設計における考え方についても伺わせてください。エンタープライズ市場では、シングルソース・マルチテナントでの提供が難しいケースも多いと思います。カスタマイズ性をどの程度許容するのか、それをロードマップにどう反映させていくのか。特にPMF前後の段階で、プロダクト設計の重視すべきポイントについてお聞かせください。
岡村:これは、SaaS企業の根幹中の根幹の話ですね。SaaS企業はコンサルティング会社でもなければSIerでもない、純粋なプロダクトカンパニーなんです。
シリコンバレーのスタートアップとしてはじまったOracleにしろ、Appleにしろ、あるいはMicrosoftだって、みんなCEOはプロダクト出身者です。彼らは革新的なプロダクトが頭の中にあって、それを達成するために会社を作った。それを考えても、SaaS会社にとっての根本的なところはプロダクトなのです。
ここで重要なのは「プロダクトチームといえどエンジニアではない」という点です。プロダクトチームはエンジニア集団だけではなく、エンジニアリングはある一部分にすぎません。もっと重要なのが、日本でいうPMM(プロダクト・マーケティング・マネージャー)の役割です。PMMをきちんと機能させることによって、PMFを確実に達成する。これがDAY1からやらなければいけないことだと考えています。
私もVeeva Japanを2011年に立ち上げた当時、CEOから最初に言われたのが「まずはじめにPMを採用しなさい」でした。「営業じゃないの?」と尋ねたところ、「営業は君がやればいい」と。「まぁ、それはそうか」と納得しました。
というのも、日本のお客さまには日本特有の要件があります。Veevaのプロダクトを実践するためには、PMMが必要不可欠だったんです。それがすべてのスタートでした。
神前:その点について、エンタープライズ展開においては、多くの企業がエンタープライズセールスの採用を優先しがちです。プロダクトとセールスのバランス、投資配分についてはどのようにお考えでしょうか。
岡村:その会社の成熟度に応じて、適切なセールスチームの規模は変わってくるはずです。SAPやOracleのように、買収を重ねて豊富な製品ラインナップを持つ企業であれば、最重要課題は「最強の営業チーム」を作ることです。
しかし、製品を開発中で、大きなプロジェクトを進行させている段階であれば、営業は必要最小限でいい。まずは最初の顧客を満足させることが優先です。パイプラインを積み上げるための営業を1人置く程度で十分かもしれません。
つまり、“Ready to sell”の製品をどれだけ持っているか、あるいは“Ready to sell”にどれだけ近いかによって、必要な営業チームの規模やスケールが決まってくるということです。
神前:プロダクトが十分に成熟していない段階で、セールス組織だけが先行して成長してしまうと、空回りしてしまうリスクがあるということですね。
岡村:その通りです。これは特に、SMBをメインにしていてエンタープライズに進出したい企業にとって難しい課題です。根本的に要件が違うんですよ。
一般的に言われているのは、エンタープライズ市場から入って、SMB市場に下りていくのは比較的容易です。ただし、その場合、価格を下げざるを得ない。すると「同じ製品なのになぜこんなに価格が違うのか」という課題が生じます。そのため、プライシングを慎重に考える必要があります。
逆に、SMBからエンタープライズへの展開は相当に難しい。不可能ではありませんが、多くの課題を乗り越える必要があります。
プロフェッショナルサービスのKPIは独立採算制で
神前:プロダクトはエンジニアチームだけのものではないという話に続いて、サービス全体を考えるうえで、プロフェッショナルサービス(PS)の果たすべき役割も重要だと考えています。PSに対する期待や位置づけについて、どのようにお考えでしょうか?
岡村:PSチームは、プロダクトと密接に関係します。エンタープライズのお客さまであるがゆえに、さまざまなカスタマイズ、コンフィギュレーション、パラメーター設定、場合によっては基幹システムとのインテグレーションが必要になります。
これらを担うのがPSですが、ただし何でもやって良いわけではありません。他社製品の実装を請け負うといったことではなく、あくまでも自社のプロダクトを最大限活用してもらうためのプロジェクトを行うチームという位置づけです。ここもプロダクトありきなんです。
もし完全にサービスフリーなエンタープライズSaaSが作れれば、PSは不要かもしれません。ただ、それはおそらくあり得ないでしょう。
神前:PSのKPIの設定について、どのような工夫ができるのでしょうか。岡村さんのご経験から、良い見解があれば教えてください。
岡村:独立採算制を採用するのは一つの手ですね。コンサルティング会社と同じように、PLを完全に分けて、利益の一定割合をマネジメントチームでシェアする形を取るのです。その際、顧客に対して課金した金額の一定割合が、インセンティブとして毎月支払われる仕組みも構築すれば、PSのモチベーションを高めることもできます。
ただし、このような体制を取る場合、プロダクト営業がPSを売っていくという考え方ではなく、PSチームがライセンス営業と一緒に売っていく体制にしないと難しいでしょうね。
神前:つまり、プロダクトのラインとサービスのラインをきちんと分けなければならないと。
岡村:その通りです。ライセンス営業にPSを売らせると、大抵は非常に安く、あるいは無償にしてしまうのですが、本末転倒です。ライセンス営業はライセンスの売上に集中し、PSは別収益として管理する。それが効果的だと考えます。
経営者が持つべき責務、経営者として高めるべき能力
神前:経営者として能力を高めていくうえで重要なポイントについてもお聞きしたいと思います。あるいは、岡村さんが本社Veeva SystemsのCEO・Peter Gassnerからどういったメンタリングを受けていたのか。経営者はどのような役割に注力すべきでしょうか?
岡村:リーダーというのは基本的に孤独なものです。社内で相談する相手はあまりいないし、いすぎても良くない。そんな中で、孤立せず、かつ癒着しすぎない形で自分のスキルを伸ばしていくのは非常に難しい。
私はVeeva時代に、CEOのPeter Gassnerが、最初の1年間くらいはメンターとして本当にいろんなことを教えてくれたんです。シリコンバレーでは、どんなに有名な経営者でも必ずメンターがいるそうです。これは経営者に限った話ではなく、誰もが自分にあうメンターを見つけるべきです。メンターは会社の先輩や同僚、後輩の可能性だってあります。
メンターが必要な理由は、仕事をしていると前しか見えなくなってしまうからです。一歩引いて、より広い視野で物事を捉えると、違う選択肢が見えてくる。それに気付かせてくれるのがメンターの役割なんです。
神前:現在も岡村さんが、スタートアップのメンタリングをさまざまされていることにもつながっているように感じますね。スタートアップのメンタリングをなさっていて、おそらく多く聞かれる相談事の一つが権限委譲の問題ではないでしょうか。CxOの採用など、権限委譲のタイミングについてはどうお考えですか?
岡村:CxOに関しては「遅すぎる採用」は問題ありません。むしろ早すぎることのほうが危険です。遅れた場合、意思決定が遅いとか、もっと早くできたはずという社員の不満は出るかもしれません。しかし、早すぎてCxOを採用してしまうと、権限委譲をせざるを得なくなる。すると、自分の目が届きにくくなってしまいます。
神前:経営者として最後まで持ち続けるべき領域はどこでしょうか?
岡村:私は、営業の一部とプロダクトだと考えています。
営業については売上の源泉ですから、キーアカウントとのリレーションシップは経営者が必ず持つべきです。半年に1回食事をしながら話すだけでもいい。何らかの形で関係を保ち続けることが重要です。
もう一つはプロダクトです。営業は四半期や半年、長くても年単位で動きますが、プロダクトは最低でも5年単位の話。今日の判断の結果がわかるのは5年後かもしれない。それほど重要な決定なので、アウトソースするわけにはいきません。会社のリーダーが自ら認識し、意見を聞いて自ら決めるべきです。
神前:Veevaは元々CRMからはじまり、Veeva Vaultなど複数のプロダクトを展開してARPAを伸ばしていきました。この複数プロダクト展開についても経営者が関与すべきでしょうか。
岡村:そうですね。ある意味、これは経営者の最大の仕事かもしれません。Next Big Thingを見つけること。これがCEOにとって最も重要な仕事です。
去年のセミナーでも、どなたかが「CEOの仕事はTAM(実現可能な最大市場規模)を広げることだ」と言っていましたが、まさにその通りです。これはCEOしかできない。ただし、それには常に将来を見続けることが必要です。毎日プロジェクトやセールスばかり見ていては、5年後や10年後にどういう製品を作るべきかは見えてきません。
神前:その長期的な視点での製品開発について、どのような計画の立て方が良いとお考えですか?
岡村:これはあくまでも一つのやり方ですが、お客さまごとのARRシミュレーションを5年間、製品ごとに全部作るという方法があります。ただし、あくまでも営業プランではなく、経営プランとして活用するんです。
バーティカルに特化していれば、顧客数は把握できます。数百社なのか、数十社なのか。どのタイミングで、自社の製品がどのお客さまに入るかを予想していく。5年後のマーケットシェアは何%で、そのときのARRはいくらになるのか。それらを計算して目標にします。
私がVeevaに在籍していた頃は、このようなシュミレーションを毎年のようにブラッシュアップ……いや、もうブラッシュアップなんて言い方ではなく、修正に次ぐ修正を重ねていました。
神前:その修正は営業レベルではなく、経営課題として行うということですね。
岡村:そうです。ストラテジーチーム(製品戦略)が担当製品単位で計画を立て、それを全社でコンソリデーションしていました。これは皆さんもやったほうがいいと思います。実はとても簡単なことですから。
そうすると、自分たちがフォーカスすべき領域が見えてきます。逆に、これができないということは、お客さまやマーケットの情報が圧倒的に不足しているということ。その場合の次のアクションは、まず情報収集です。
たとえば、今どんなシステムを使っているのか。「SAPの◯◯を使っています」とわかれば、2年後にメンテナンスフェーズアウトになるからチャンスがあるかもしれない。でも、現状のシステムすらわからないのであれば、まずはそれを確認しに行く。それが次のステップになります。
神前:それでは最後に、エンタープライズSaaS、バーティカルSaaSに挑戦する方々へのメッセージをいただけますでしょうか。
岡村:皆さん、もしかしたらエンタープライズSaaS、バーティカルSaaSは非常に難しいんじゃないかと思われているかもしれません。しかし実は、私の見方では、SMB向けのSaaSよりも、ちゃんと戦略さえ作れば取り組みやすいはずです。
ニッチでいいんです。ただし、自分がフォーカスしたい業務エリアや業種をきちんと見つけて、参入する前に戦略をしっかり作る。戦略が正しくて、うまくエグゼキューションできれば、それこそ第2、第3のVeevaを作ることは、それほど難しくないでしょう。
ただし、バーティカルに進出する場合は、日本国内だけで閉じないほうがいいですね。TAMの問題が必ず出てきますので、最低でもアジア、できればグローバルをはじめから視野に入れながら、製品や戦略を作っていくのがいいでしょう。言うのは簡単ですが、そこを意識することが大切ではないかと思います。
岡村 崇(Linkedin)
ALL STAR SAAS FUNDメンター
Veeva Japan 株式会社元代表取締役
2011年3月米国Veeva SystemsにJapan General Managerとして入社(日本人社員第一号)。その後2011年5月にVeeva Japan株式会社を設立し、代表取締役に就任。日本国内におけるVeevaの基礎をゼロから作り上げ、以来社員100名強の組織に成長させる。Veevaに入社前はSAP、MicroStrategy等欧米著名ソフトウェア企業にて数々のマネジメント職を経験、1990年代後半に2年強外資系企業の現地駐在として英国ロンドンにて勤務。
神前 達哉( note|X )
ALL STAR SAAS FUNDパートナー
和歌山県出身。東京大学卒業後、ベネッセコーポレーションに入社。法人営業を経て、新規事業開発室に異動。海外スタートアップとの日本向けB2B SaaSの事業化を果たし、セールス組織開発を担当。その後カスタマーサクセスの責任者として事業成長を牽引。2021年2月よりALL STAR SAAS FUNDのPartnerに就任。
(※本記事は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2024」のセッションからオフレコ情報を除いて、抜粋・再構成したものです。また、記事中の在籍企業・肩書きはイベント当時のものです)