起業家という「特殊な動物」を輝かせろ
楠田:急成長を進めるスタートアップにおいて、幹部採用の重要性について、まずは理解を深めていきたいと思います。なぜ、幹部採用が重要だとお考えでしょうか。
小野:起業家には特殊な性質があります。一般社会でいえば「外れ値」とも言える存在で、リスクを取り、新しい価値を生み出していく。言い方は悪いかもしれないのですがわかりやすいストレートな例えをすると、そういう意味で、私は起業家を「別の動物」として捉えています。
この「動物」が最大限の力を発揮するには、常に飽きさせず、元気であることが必要不可欠です。特にアーリーフェーズから上場までの期間、創業者が活力を失うと会社の成長は止まってしまう。そして、その活力を維持するには、創業者の苦手分野をカバーし、サポートできる幹部の存在が決定的に重要になってきます。
抽象的な言い方になりますが、この起業家という特殊な動物をいかに輝かせるか。そのためにも幹部をしっかり揃えないと、2倍や3倍の成長なんて苦しくてやってられないのです。
楠田:つまり、ある意味「異端児」的な存在である起業家は、特殊なスキルを持つ一方で、組織を成長させていくうえで必要な部分を補完してくれる人材が重要ということですね。
PMFを軸に考える、幹部採用のタイミング
楠田:幹部採用のタイミングについて、多くの経営者が悩まれると思います。小野さんがさまざまな企業を見てこられたなかで、「このタイミングで採用すべき」というポイントはありますか?
小野:非常に難しい問題ですね。ただ、定型化したら間違えると思っていて、会社によって大きく異なります。一つの重要な指標としては「PMF」があります。
PMFを境目として、その前後で採用戦略は大きく変わってきます。PMF前の段階では、できるだけスモールな企業幹部で進めたほうがいいと考えています。一方、PMFが見えてきた、あるいは「PMFするんじゃないか」という「わくわくした」段階での採用も一つのパターンです。ただし、この場合も「早すぎた」と感じるケースは少なくありません。
実際、PMFの予測が外れるケースもありますし、逆に創業者が思った以上に万能で、幹部があまり必要なかったケースもあります。後者の例としてはアンドパッドでしょう。
楠田:アンドパッドではどういったことが起きていましたか?
小野:まだPMF前だった当時、私は創業者の稲田さんに「早めに採用したほうがいいかもね」とお話ししたことがあります。彼は初めての起業でしたし、謙虚な性格でもありましたから。すでにPMFも達成し、従業員数も100人を超えていた段階でしたが、結果的に今現在もCFOの荻野泰弘さんとほぼ二人三脚の状態で進められているんですよね。
つまり、「ビックネームの幹部は必要ない」というケース。これは創業者がどれだけユニバーサルに活躍できる人材なのか、という見極めとセットで考える必要があります。
楠田:アンドパッドの場合、稲田さんがジェネラリストとして非常に長けた方で、さらに直下の方々にバランスよく人材が揃っていたという印象です。
小野:その通りです。しかも興味深いのは、それらの方々がまだ残って活躍している点です。一般的に「創業メンバーは成長についていけなくなりやすい」と言われますが、実は300〜500人規模の成功している未上場企業では、最初の段階から、当時は無名でも高いポテンシャルを持ち、その後も成長し続けられる人材が何人かいるものです。そういった伸び代がある人材が早期から集まっている会社が、成功するという形です。ここには因果関係があるかもしれません。
幹部候補者に求められる本質的な資質
楠田:CMO、CFO、CTOなど、さまざまな役割がありますが、役員候補者に共通して求めたい素養やスキルはありますか?
小野:間違いなく言えるのは、知性です。ここで言う知性とは、単なるIQのような知能とは異なります。人間としての正しさであり、難しい状況に向き合う際の態度、一緒に悩める姿勢、さまざまな利害関係を勘案したうえでベストな判断を下せる能力……こういった意味でのマチュリティ(成熟度)が重要です。
その見極め方としては、仕事以外の話も楽しい人かどうかは、意外と重要な指標になります。たとえば、CFO候補が2人いたとして、一方は仕事と成功のことしか考えていない。もう一方は多様な趣味があり、実は若いころにロックミュージシャンになりたかったといった背景を持つ。PMF前後のスタートアップの場合、後者のような人材のほうが適していることが多いのです。チャーミングさを持ち合わせているかどうかは、極めて重要な要素です。
楠田:確かに、幹部候補者と面談していると、成功している方々にはユーモアがあり、チャーミングなポイントがありますね。ちなみに、大手企業の幹部候補との違いはあるのでしょうか?
小野:明確な違いがあります。大手企業の幹部候補は、バックグラウンドが極めて重要です。何万人も社員がいる組織では、直接的に仕事をする機会が限られるため、出身企業や経験した肩書きといった経歴が重要な判断材料になります。特にグローバル企業では顕著になってきます。まず最初に「すごい人らしい」という納得感が効いてくるんです。
一方、スタートアップでは、その会社の机に座って仕事をしている姿が自然に想像できる、そんな人材を見つけることが大切です。それは肩書きだけでは判断できない要素です。
楠田:確かに、私たちの投資先で活躍されているCxOたちを思い浮かべると、みなさん現場の方に好かれていますね。現場との関係性を重視し、そこからの支持を得ていく、そういった方が多い印象です。
「体温理論」から見る組織バランスと人材の見極め
楠田:職種問わず、幹部候補を迎えるにあたって、絶対にやるべき見極めのポイントはありますか?
小野:社長との相性です。これには二つの側面があります。とにかく社長と馬が合う面と、社長を補完する面と、両方あるんです。経営者とある程度は馬が合うことは大前提として、私たち採用をサポートする側が確認すべきは、社長と補完関係を築けるかどうかです。
この補完関係について、多くの方が勘違いしがちなのは、単にファンクション(機能)的な補完だけを見てしまうことです。「経理や管理が苦手だから、そこを補ってくれる人材が必要」といった補完はもちろん重要ですが、それだけでは不十分です。
私は人間には体温があると考えています。起業家にも「高体温型」と「低体温型」がいます。たとえば、ナレッジワークの麻野耕司さんは完全な高体温型でしょう。私の肌感覚ですけれどね。
興味深いのは、低体温系の社長の下には低体温系の幹部が集まりがちだということ。そうなると、非常にハイパフォーマンスで、成果に厳しく、成長志向が強い……まさに資本主義に向いた組織になり、強いです。ただし、そのままで突っ走っていくと、やがて歪みが出ます。役員陣のなかに一人ぐらいは高体温系の人材を意図的に投入しないと、組織が硬直化したり、人がついていけなくなったりする可能性があります。
楠田:組織がどういうバランスで成り立っているのか、たとえばコンサル集団なのか、営業出身者が多いのかによっても、その組織の「体温」は変わってくるということですね。
小野:その通りです。特にシリーズB以降で顕著になってくる課題です。アーリーフェーズではそこまで意識する必要はありませんが、100人や200人の規模になり、どこかで組織が倍増するようなフェーズを経験した会社によく見られるのが、KPIしか気にしない人たちが集まる、組織の「低体温症」です。これは意識的に是正していく必要があります。
なぜ、あの経営者は、いつも優秀な幹部を惹きつけるのか?
楠田:経営者を見ていると、「この人は優秀な人材をよく集められるな」という方がいらっしゃいます。そういった経営者の共通点はありますでしょうか?
小野:私たちの投資先でいうと、ジョーシスの松本恭攝さんやnewmoの青柳直樹さんのようなシリアルアントレプレナーは特に強いですね。彼らの特徴は、大きな組織の姿が見えているということです。
経験したかどうかはさておき、「今から会社が倍になったとき、どういう状態になっているだろうか」と見えている人が多いです。
それは単なる情報収集力だけでなく、深い思考や行動予測が無限に続いている状態です。これはスタートアップに限らず、大きな企業を作り上げた経営者に共通する特徴だと思います。つまり、連想ゲームが得意な人なんです。
ただし、パターン認識に落とし込もうとすると、そこから外れたものを排除してしまう危険性があります。幹部採用はアートにも似ています。アートを理解しようとするときに、たとえば「これは抽象派の影響を受けていますね」といったカテゴリーで語ろうとしがちですが、そうした分類や判断軸を持ち込むこと自体が、多くの可能性を失わせてしまうことになります。
優れた起業家および幹部採用は、常識や「べき論」から解放されているなかで、自分も理想の世界に向かっていくようなイメージです。
楠田: つまり、幹部採用に「こうあるべき」という固定観念を持ちすぎることが、むしろ成長の機会損失になりかねないということですね。
小野: そうですね。今日の私は幹部採用についてのノウハウをする立場でありながら、「こうすべき」という定型的な答えを出さないほうが良い、と答えるのは矛盾しているように聞こえるかもしれません。
しかし、これは私がサッカーの世界で学んだことなのですが、戦術というものは常に進化し、既存の形を打ち破っていくものだと考えています。優れた監督は「強豪チームの戦術をうちもマネしよう」といったアプローチはまずしません。さまざまな理想を持ち、他チームの情報も頭にいれつつ、その時々の自分の選手の特色を踏まえたうえで最適な「当てはめ方」を見出せる人が勝利をつかんでいます。
幹部採用も同じで、理想論に人を当てはめようとするのか、採用でき得る人材のなかでマキシマムの成果を追求するのか。美しいサッカーを目指すのか、とにかく勝利を目指すのか。正解は一つではありません。
重要なのは、「うちの幹部はこうあるべき」という自分なりの軸を持ちつつ、その実現方法は柔軟に考えること。単にフレームワークを学び、確からしい解を求めようとするアプローチでは、真の成長は望めません。
採用戦略は経営課題として向き合うべき
楠田:最後に、幹部採用を検討している経営者や採用責任者へのメッセージをお願いします。
小野:最も重要なのは、採用は人事の仕事ではなく、経営の仕事だという認識を会社全体で持つことです。採用は経営そのものであり、それは誰の仕事かというと、まず創業者や社長が最優先で取り組むべきことです。また、経営幹部の方々にとっても同様です。
「人事が」「HRが」という発想自体を変える必要があります。人事という枠組みから採用を切り離し、たとえば「採用部」として社長室直轄にするくらいの意識改革が必要かもしれません。つまり、採用は経営であり、採用は商売である、という視点で向き合っていくことが極めて重要だと考えています。
(本記事は「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2025」のセッションから、オフレコ情報を除いて抜粋・再構成したものです。記事中の在籍企業・肩書きはイベント当時のものです)