エンタープライズ向けクラウドソリューションのリーディングカンパニーであるVeeva Systemsにおいて、日本法人のVeeva Japan株式会社で10年以上代表を務めた岡村崇さんに、エンタープライズへのSaaS提供におけるイロハや、陥りやすい罠について解説していただいています。
今回は、エンタープライズSaaSを提供する上での課題として、以下3つの観点から考えます。
1:デマンドジェネレーション
2:プロダクト開発におけるセキュリティ要件への対応と機能提案
3:ポストセールスでのプロフェッショナルサービスの重要性
記事前編では、エンタープライズへSaaSを導入することの「矛盾」や「財務的な課題」を乗り越えるための前提を踏まえて、デマンドジェネレーションについてお聞きしました。続く後編では、残り2点の観点をより掘り下げていきます。
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セキュリティ要件は初期設計から考慮し、内製化すべき
神前:ミッドから準エンタープライズに進むと、セキュリティ要件を求められることが多いと思うんです。この辺りは、どのタイミングで準備していくべきで、どういう準備が必要ですか?
岡村:お金の投資金額の問題をあまり気にしないのであれば、セキュリティに関しては開発当初からかなり考えて作ったほうがいいです。あまり考えずに作って、ある程度顧客や投資金額も増えてからセキュリティを抜本的に強化しようとすると、余計に高くついてしまうことがあるんです。
これはイニシャルビジョンの初期設定にもよりますが、エンタープライズ領域まで自社製品を売っていくビジョンがあるのなら、プロダクト設計の時点で、エンタープライズ企業が求める最低限のセキュリティ要件を満たせるようにデザインすべきだと思います。そうしないと最悪のケースとして、ミッドマーケット向けの製品とエンタープライズ向けの製品を完全に分けなければならなくなります。SaaSとしてのうまみが一つ消えてしまいますよね。
マルチテナントと言いつつ、SMBとエンタープライズが異なるシステムで動いていることは、日本だけでなくグローバルのSaaS企業でもよくあるんです。並行して複数のシステムをメンテナンスしなければならないと、売上は変わらないのに管理コストが嵩み、効率的ではない運用環境になってしまうかもしれません。
だからこそ、そこをデザインできるプロダクトマネージャーやエンジニアリングチームが重要です。また、そういったチームを日本でも海外でも、オフショアでも持つことが優位性にもつながると思います。
担える人材は、必ずしも東京オフィスなど本社機能に据える必要はありません。日本なら「暖かいところがいい」といった理由で沖縄や、海外ならベトナムのオフショア開発もありますよね。技術が高くて、コストがリーズナブルなところを選べばいいでしょう。
ただ、会社の規模が小さいうちは、日本国内で全部賄うほうが効率はいいかもしれません。いずれにしても、アウトソースしがちですが、ここは肝だと捉えたほうがいいです。
プロダクトマネージャーの腕の見せどころ。個別要件への対応とカスタマイズの線引き
神前:プロダクト作りにおいて、二つ目の論点は「プロダクトをどのようにエンタープライズにアジャストしていくか」です。プロダクト作りにおいて意識する部分や、機能を企画していく上で重要となるポイントは、どういったところがありますでしょうか。
岡村:先ほどお話ししたように、「個別対応するか」というのはプロジェクトの部分で、「どこまでを製品化していくのか」が重要なポイントです。
最も理想的なのは、すべての顧客の個別要件を製品化し、さらに最小限のコストでプロフィットを出せるマルチテナント型のSaaSアプリケーションを作ることです。でも、それは現実的には不可能ですよね。どこかで線引きせざるを得ないんです。
いろんなやり方があると思いますが、一つは顧客からもらった要件が「業界全般で求められる一般的な要件」なのか、それとも「個社でしか使われないような要件」なのかを、プロダクトマネージャーが判断することです。
仮に「個別の要件が入らないと御社の製品は使えない」と言われたときでも、「申し訳ありませんが、それは製品化できません。ただし、カスタマイズが可能であれば、個別にSIerに開発してもらうのはどうでしょうか」と、きちんと線引きができるかどうかです。
日本人はこれが苦手なんです。「No」と言えないんですよ。自社製品の検討が止まってしまう恐れに向き合えない。だから、「No」を伝える役割は営業にやらせてはいけません。営業は絶対に言えないので、プロダクト側かサービス側の人間が、「それは製品化できません。なぜならば……」と、きちんと論理立てて説明すべきです。
神前:前提条件として、エンタープライズにシステムを導入するとなったら、すべての要望やニーズをプロダクトで吸収していくことは不可能に近い認識を持つべきですよね。
岡村:不可能に近いでしょう。仮にやろうとしても失敗します。失敗すると、結局3年ほど時間とお金をかけて、ベンダーも顧客も完全に無駄にしてしまうんです。
それは両者にとって良くないので、最近はエンタープライズの顧客もそこまでプッシュしてくることは少なくなったと思います。とはいえ、いろんな細かい部分を詰めていくと、必ず出てくるんですよ。画面のタブやボタンの位置だったり、夜間バッチ処理でのエラーハンドリングの仕様だったり。
それらを製品化するか否か。ここがプロダクトマネージャーの腕の見せどころです。ある意味、マルチテナント型のSaaSの究極の面白さは、そこにあるんじゃないでしょうか。
神前:どこまでをプロダクトで吸収していくのかという部分は、プロダクトビジョンにも関わりますし、プロダクトの競争戦略にもすごく紐づいてくると考えます。
岡村:必ずなります。かといって、全てに「No」と言っていても存在価値が問われてしまいます。だからこそ腕の見せどころなんです。「今はお客さまが言われたやり方ではできませんが、こういう違ったやり方なら実質的にやりたいことができますよ」というプランBやオプションを必ず提案していかなければなりません。それをクリエイティブにできる人が、すごく良いプロダクトマネージャーなのだと思います。
コーディングが発生するものをカスタマイズと呼ぶ
神前:個別の要件はプロジェクトで解決していく必要があるとおっしゃっていましたが、そのプロジェクトは具体的にどういったことを担っていくんですか?
岡村:「タブやボタンの位置を変えてほしい」と言われて、「それは製品の構成上できません。ただし、製品をいじるのではなく個別のカスタマイズならできますよ」という場合ですよね。では、カスタマイズは誰がやるのかというと、オンプレミス型のソフトウェアと違って、自社のプロフェッショナルサービスチームが担うのが一番いいんです。そうしないと、年に数回行われるアップグレードのタイミングについていけなくなってしまいます。
だから、アップグレードに対応できるようなカスタマイズを、お金をいただいて個別対応していく。それもプロフェッショナルサービスの仕事の一つになるのではないでしょうか。
神前:ポストセールスの段階で、その交渉をしないとディールが取れない、継続しないということもありえます。
岡村:そうですね。つまり、マストハブの要件でありながら「製品化しない」ということであれば、何らかの手段で機能やプロセスを実現しなければならない。そういうときは、やはりプロフェッショナルサービスが担うべきだと思います。
本来は、特にバーティカルのアプリケーションであれば、個別要件までも包括した形で製品を作れればいいのですが、バーティカルでも難しいのにホリゾンタルのアプリケーションでは、かなり不可能に近い。カスタマイズが多くなるのは避けられないでしょう。
神前:だからカスタマイズできるとしても、外形的な、コンフィグレーションな部分ということですよね。
岡村:そうです。できればコーディングをしない形でコンフィグレーションできればいいと思います。多くの場合、コンフィグレーションできてしまうものはカスタマイズとは呼ばずに、コーディングが発生するものをカスタマイズと呼んだりしますね。
そうなると、ややこしくなります。コーディングが必要になるということは、お客さまも本当にそこまでやる必要があるのかを考えるはずです。結局は高くつくんですよ。だから、今の流れとしては、SaaSベンダーの製品をなるべくそのまま使って、どうしようもないところだけ、例えば「Excelで別途対応する」といったことが増えているのではないでしょうか。
神前:「Excelで別途対応する」といった部分を人の手を介しながらサポートしていくことは、プロフェッショナルサービスに含まれると考えますか?
岡村:それはどちらかというと「運用サポートサービス」と位置づけた、BPO的な運用請負ですね。SaaS企業ならどこでもあると思いますが、そのチームが担うのが一番いいのではないでしょうか。プロフェッショナルサービスチームよりは単価を低めに抑え、お客さまの代わりに運用していく。そういうBPOサービスのようなものがあってもいいはずです。
ポストセールスの全体像を整理する
神前:三つ目の論点として、「ポストセールスのフェーズでのプロフェッショナルサービス」を伺わせてください。プロフェッショナルサービス、カスタマーサクセス、カスタマーサポートなど、ポストセールスを担う主役はセグメントや職責によって変わってきます。
しかし、最近はこれらが混在して理解されている傾向があるので、この機会にしっかりと整理したいと思っています。岡村さんから見て、どのように整理されるべきでしょうか?切り分けるコツなどあればお聞かせください。
岡村:基本的に、SaaSの製品企業におけるサービスサポートについて、「そのコストが製品のP/Lに載るのか」「個別のサービス部門のP/Lに載るのか」で区別できると考えます。
つまり、そのサービスの結果として個別に請求書を発行するのか、それともサブスクの一部として提供するのかで分けるのが一番良いのではないでしょうか。みなさん、そこを混同しているケースが多い。むしろ、「すべてがサブスクに含まれるので、サービスは不要」となってしまうような、もったいないところが散見されます。
サブスクリプションの範囲で提供するものとしては、最低限のテクニカルサポート、要は製品に不具合があったときの対応は必須です。これは製品の一部として提供するしかありません。10年使ってから「それは別料金ですよ」と言うのなら顧客は納得するかもしれませんが、毎月のサブスクリプションに費用を払っているなら不服に思われるでしょう。
もう一つよくあるのが、カスタマーサクセス(CS)チームです。グローバルスタンダードでは、CSはサブスクリプションライセンス料に含まれる無料のサービスで、有料のプロフェッショナルサービスやマネージドサービス、ビジネスコンサルティングとは基本的に別の部隊です。文字通り、製品を使って顧客に満足してもらうためのチームなので、各社でやることは違っていいでしょう。
製品の使い方やエンドユーザー向けのトレーニングを提供したり、エンタープライズの複雑な製品なら利用状況を分析して活用のための提案やレコメンデーションをしたりなど、位置づけ次第だと思います。ただ、カスタマーサクセスチームがやってはいけないのは、トラブル対応ですね。どうも「無料だからやってくれ」という風潮があります。あとはクレーム窓口にもなりがちですが、ある程度はしょうがないでしょう。
つまり、サブスクリプションによって無料で提供されるのはプロダクトサポートとカスタマーサクセスです。それ以外は有料サービスとして、製品導入チーム、プロフェッショナルサービスチーム、運用を代行するマネージドサービス、ソフトウェアから出てきたデータを基にしたビジネスコンサルティングサービスなどがあります。
神前:確かにそれらをきちんと切り分けられていないケースは多いです。
岡村:まずはそこで切り分けてみる。最も楽なのは、あらゆるものをサブスクに載せて月額料金を高くすることですが、そうすると顧客が「何にお金を支払っているのか」が見えにくくなる。ソフトウェアなのか、それらを支える人件費なのか。ひいては、自社の立場がプロダクトカンパニーなのか、SIerカンパニーなのかという問題に行き着いてしまいます。
より速い成長を求めるなら、プロダクトカンパニーとしてプロダクトを販売し、顧客数をレバレッジできるほうがいいと思います。
神前:マネージドサービスやプロフェッショナルサービスがカスタマーサクセスに含まれているケースがすごく多い印象を持っています。そこをきちんと切り分けていく上では、セグメントも大事になるのではないでしょうか。ミッドセグメントのARR200万円くらいの顧客にはサブスクリプションにサービスを含め、その代わりセールスは新規にフォーカスできるようにするのは、とてもメイクセンスします。一方でエンタープライズやSMBだと、カスタマーサクセスをサブスクに含めるとユニットエコノミクスが成り立たなくなりそうです。
岡村:おっしゃる通りです。
神前:エンタープライズだと、サブスクリプションに含めるべきサクセスは限られてきて、プロフェッショナルサービスやマネージドサービスの部分がより重要になってくるのかなと。対象とするセグメントによって、必要なポストセールスのサービスは結構変わってくると考えますが、いかがでしょうか?
岡村:まさにそうだと思います。では、どう考えればいいかというと、一社当たりのARRやMRR、つまりは「売上規模」で判断するのがいいでしょう。一社当たりのARRが数百万円の顧客と数億数十億円の顧客では、必然的に対応が異なりますから。
ただ、SaaS企業を全般的に見て感じるのは「やり過ぎ感がある」ということです。何でもかんでも無料でやってしまう。それはやめたほうがいいですね。必ず無料ラインの線引きはする。それは顧客満足度というよりも、企業の売上機会を奪っているんです。本来は有料で提供できるサービスをわざわざ無償にしている。
日本人的には美徳に感じるかもしれませんが、ビジネスのオポチュニティという面で見ると、「お金をもらえるのに、もらわない」という機会損失をしているわけです。それはインベスターとしてもレビューする際に、指摘したほうがいいのではないでしょうか。
神前:おっしゃる通りですね。2020年、2021年はSaaSが一種のバブルでした。投資が集まり、全てサブスクリプションでサービスを含めてトップラインを伸ばそうと、CSをどんどん採用して、対応できる件数を増やして帳尻を合わせようとするような財務戦略・経営戦略だった。でも、それが今は資本コストが上がってきています。
岡村:状況が変わってきていますよね。
神前:はい。サブスクリプションですべてのカスタマーサクセスのサービスを含めていくことは難しくなってきました。ただ、アメリカと日本だと解雇に対する向き合い方が違う。アメリカではCSとセールスがリストラされましたが、日本はレイトステージやIPOしたSaaS企業の中で、CSが占める人数はかなり多いと思います。
これがエンタープライズに入っていくSaaSが増えてくると、よりプロフェッショナルサービスにシフトしていくとか、マネージドサービスをどう管理していくかという方向にCSの役割がどんどん分化され、より専門化されていくような気がしています。まさに今はその過渡期なのかなと。
岡村:ですから、いきなり明日からやり方を変える必要はないのですが、一度は自社が無償で提供しているサービスを見直して「どこに本当の価値があるのか」を考えてみるといいです。価値のあるものに価格をつける分には、それほど顧客の抵抗感はないと考えます。日本人はそういうのすごく得意じゃないですか。メニューを少し変えて、「これは有料です」とか、「ここまでは今まで通りできます」とか。そういうのはやっていくべきです。
一つのカギは、プロフェッショナルサービス部門にしろマネージドサービス部門にしろ、コストセンターではダメだということです。サブスクリプションに含まれないということは、自組織できちんと売上を立てて収益を出し、プロフィットを出すこと。そういった自己完結組織にできるかどうかが、最も健全な見方ではないでしょうか。
神前:ありがとうございます。ポストセールスの全体像がクリアに整理されました!
岡村:サブスクリプションは、単純にはセールスとマーケティングと、それから最重要である製品開発・R&Dの人たちのためにあるべきですよね。そこにお金を持っていかないと、結局は製品が成長しないことには市場も売上も成長しません。R&Dに向けるべきコストを、CSやプロフェッショナルサービスに含めてしまうことで上限をつけてしまうのは、非常にもったいないことだと感じます。
プロフェッショナルサービスチームの役割
神前:全体感については整理されたところで、プロフェッショナルサービスについて深掘りさせてください。エンタープライズに対しては「プロダクトで解決できる部分」と「プロジェクトで解決できる部分」がありますよね。私の考えでは、プロジェクトをポストセールスの段階で担っていくのがプロフェッショナルサービスだと理解しています。
Veevaでは、プロフェッショナルサービスのKPIが粗利やグロスマージンで設定されていると以前に伺いまして、それがプロフィットセンターとしてプロフェッショナルサービスを考えていく上で重要だと感じました。プロフェッショナルサービスの役割を、より具体的に説明するとすると、どのように言えますか。
岡村:KPIやファイナンシャルメトリクスはいろいろあるのですが、私の個人的な経験から言うと、プロフェッショナルサービスの存在理由は「顧客の成功」だと思います。つまり、自社の製品を使うメリットを感じてもらうこと。それを実現するのがプロフェッショナルサービスチームです。実はCSではなくて、それこそがプロフェッショナルサービスチームの役割だと私は考えています。
特にエンタープライズの場合は、ソフトウェアの種類にもよりますが、導入して明日から先方で稼働してもらう、というわけにはいかないことがほとんどです。例えば、CRMなら顧客データを全てロードして、過去の売上やアクティビティデータを新しいCRMに入れて、ようやく使えるようになる。財務系のデータであれ、契約系のデータであれ、人事系のデータであれ、何らかの形でデータ統合やコンフィグレーションが絶対に必要です。
空のソフトウェアアプリケーションを渡すのではなく、顧客が「使えて良かった」と言えるようになるまでを、プロフェッショナルサービスが責任を持って実行する。それが口コミモデルにとっては重要なのです。
神前:仕事の内容としては、どういったサポートを、それぞれのフェーズで担っていくのでしょうか。
岡村:新規のプロジェクトや、導入済みの内容を大幅に変更する場合など、大きなプロジェクトがある程度発生する場合は、プロフェッショナルサービスチームがきちんと関与します。もっと言うと、製品のコンフィグレーションや中身を変えていく場合、つまりは製品の中身をいじる場合については、プロフェッショナルサービスが担うべきです。
ですので、例えば「カスタマイゼーションをもう一度したい」という場合もプロフェッショナルサービスの出番ですし、他のシステムと連携をしたい、データウェアハウスと接続したい、新しいレポーティングを作りたいといったことは、本来はプロフェッショナルサービスが担うべきだと考えます。
神前:お客さまと対面しながら要件定義をして、プロジェクトをハンドリングしていくのが役割ということですね。
岡村:大きく分けると、ソリューションアーキテクトと業界で一般的に呼ばれる人が中心になります。製品に精通しつつ、お客さまのプロジェクト内容と業務を理解している、いわゆる「プロマネ」に立てる人間ですね。その人を中心に、コンフィグレーションができる人や、カスタマイズが必要ならコーディングができるエンジニアなど、一連の人たちをまとめて、プロフェッショナルサービスとしてプロジェクトに入っていくイメージです。最小では1人から、大きなプロジェクトだと10〜20人が目標に向かって一緒に仕事をするわけです。
神前:プロフェッショナルサービスチームとセールスの棲み分けでいくと、プロジェクトを成約するのはセールス、あるいはアカウントエグゼクティブの役割なのでしょうか。
岡村:会社のオペレーションモデル次第ですが、営業はプロフェッショナルサービスのエキスパートではないケースが多いんです。製品企業の営業になると、製品は売れても、サービスを適正な価格で売ってくるのはなかなか難しいことがあります。
一番やってはいけないのは、サービスを割り引いて売ってしまうこと。製品にインクルードしてしまうのも実質的な割引ですから避けるべき。それらはプロフェッショナルサービスチームのモチベーションや企業の健全性から考えても、絶対にやらないほうがいいと思います。
営業は取っ掛かりがあれば、それをプロフェッショナルサービスチームにきちんと渡してあげる。できれば、プロフェッショナルサービスのマネージャーが顧客のところに出向いて、ニーズのヒアリングや見積もり作成、最終的にはサービスの契約書……よく「Statement of Work(SoW)」と言いますが、その締結まで担っていくのがいいのではないでしょうか。
そこをライセンス営業にやらせると、「ライセンスに付けておきますから無料で構わないですよ」なんて言って話がややこしくなってしまう。ラーメン屋さんで言えば「餃子はタダでお付けしますよ」なんて、まずいじゃないですか(笑)。餃子だって、ちゃんと「餃子でお金をください」と言えないといけないので。
神前:ライセンス営業とプロフェッショナルサービスは、切り分けてマネージされるべきなんですね。
岡村:そのほうがいいでしょう。ただ、中にはスーパーセールスのような、特にプロフェッショナルサービス上がりの営業は、製品とサービスの営業の両方が担えることもあります。ただ、すごく稀です。
製品を売るだけでもそれなりの専門知識が必要で、年に3回バージョンアップしているくらいの製品を売ろうとすると、営業が最もよく理解していなければいけません。一方で、プロフェッショナルサービスは、限られた情報でどれぐらいリスクを見つけられるか、正しい見積もりをして、正しい期間でプロジェクトを終わらせることができるか、というリクワイアメントが違うんですよね。
片方はバリューセールスで、もう片方はリスクマネジメントなところがあります。それが両方できるなら良いのですが、多くの場合は分けたりしています。
プロフェッショナルサービス人材の採用戦略は、経験者採用と新卒育成の両輪で
神前:このプロフェッショナルサービスのチーム、特にディレクションを担える人材は、なかなか市場に少ないと思うのですが……。
岡村:ええ、いないんです。
神前:どのように採用していくべきなのか。あるいは、活躍しているプロフェッショナルサービスに、バックグラウンドで共通する部分があれば教えていただけるとうれしいです。
岡村:製品企業におけるプロフェッショナルサービスの人員確保は極めて難しいです。無料のサービスはいくらでもあるのですが、きちんとお金を取れるレベルで、かつ製品企業でプロフェッショナルサービスを提供できる人になると、ものすごく少ない。
ですので、第一には製品企業でのインプリメンテーションや製品導入プロジェクトの経験がある人が第一候補になってきます。もしくは、その製品を導入しているSIerやコンサルティング会社出身の人ですね。実際に製品を導入された経験がある人が最も適するのではないでしょうか。
できればそれに加えて、ある程度の業務知識がないと顧客と会話ができません。国際物流の話をしているのに、全く違う製薬の治験の話ばかりしていたら噛み合わない。国内物流のプロジェクトであれば、国際物流を理解しつつ、自社の製品を理解している人がサービスチームにいないと難しいかもしれません。そうすると人選が限られてきてしまう。
ただ、ある程度は基礎となるチームができあがれば、その中でお互いに教育し合うという「育成のメカニズム」が必ず出てきます。まずは経験者を5〜10人採用して、その後にある程度の未経験者を雇う。「製品は理解しているけれど、業種はよくわからない」という人たちを採用してきて、業界のノウハウや内容を教え込むのはすごく良いやり方だと思います。
それでもやはり中途採用だと限界があるので、これはVeevaの宣伝になってしまうかもしれませんが、彼らはサービスに関しては新卒採用を随分前からやっていますね。
神前:新卒のほうが、むしろ育成しやすいと。
岡村:素養を見極めるのは難しいですが、正しい素養を持った新卒であれば、3年経てば頼もしい戦力になります。しかも、新卒なので自社カルチャーが染み付いています。社会人の場合、入社して3〜5年でその人の「社会人カルチャー」が決まってしまうところもあるので、新卒を採用できるメリットに挙げられます。きちんと手当てをしてあげる必要はありますが、定着率も比較的高いです。
「製品価値の向上」と「ARR成長」の関係性
神前:BPOやビジネスコンサルティングをSaaS企業が担っていこう、という話が最近よく聞かれますが、岡村さんはどう思われますか?
サービスとして独立したP/Lがあるので、その上にクロスセルのように乗せていくことの良さはある一方で、全体収益に対するプロダクトサブスクリプションの比率と、プロフェッショナルサービスを含めたサービスの比率のバランスが気にかかります。Veevaの特徴として、上場のタイミングではサービスの比率がおよそ半分くらいだったと記憶しています。
岡村:比率は高かったですよね。当時は大きなプロジェクトが多かったですから。
神前:そこをきちんとプロダクトに転化できることが重要だと考えますが、その辺りはどうお考えですか?
岡村:まさにおっしゃる通りです。先ほどから「製品企業のプロフェッショナルサービスチーム」と言っていた理由も、そこにあります。結局、製品とまるっきり関係ないプロジェクトをやろうと思えば、いくらでもあるんです。
でも、それをやったところでARRが伸びない。プロフェッショナルサービスに関しては、やはり製品に特化した導入サポートや導入サービスにフォーカスしていくべきです。
ただ、ビジネスコンサルティングはちょっと毛色が違っていて、回り回って最終的に製品の価値を高めるというやり方もできるはずです。製品を導入するにあたって、まず自社内でのビジネスプロセスや問題点をビジネスコンサルティングが洗い出して、どのように解決できるのかを検討する。
その中で自社製品が選択肢に入ってくるかもしれませんし、あるいはBPR(業務プロセスの再構築)などのプロセス変更で達成できる部分もあるかもしれません。そういった点でも、プロフェッショナルサービスに関しては、製品特化型のサービスで良いのではないでしょうか。
本来、エンタープライズフォーカスのSaaS企業であれば、大きなプロジェクトが走って、1〜2年後に大きいARRが来るというプロジェクトの流れが自然だと思います。ですので、プロフェッショナルサービスの内容は確認しなくてはなりませんが、売上がプロフェッショナルサービスにあれば、その後に続くARRがある、というふうに見るべきでしょう。
逆もまた然りで、プロフェッショナルサービスがまるっきりない中で、いきなりARRだけが上がるということも、エンタープライズに関しては多分ないはずなんです。鶏と卵の関係になってしまいますが、ある意味ではプロフェッショナルサービスの売上は、リーディングインジケーターではないにしろ、サブスクリプションの指標の一つにしても良いのではないでしょうか。
神前:つまり、プロフェッショナルサービスの後にしっかりとARRが乗ってくる、サブスクリプションやプロダクト収益が上がるかどうかを、きちんと確認したほうが良いと。
岡村:そうですね。そのような体系でサービスを提供しているかどうか。場合によっては、サービスの売上だけを稼ぎたいために、製品とはまるっきり関係ないプロジェクトをやっている、というのでは駄目だと思うんです。
あまりにも製品周りのプロジェクトが少なくて、人員削減もできないので遊ばせておくよりはマシだという理由があるのかもしれませんが、もしそのような状況であれば、オペレーションの体制や戦略を見直すべきではないでしょうか。
日本発のグローバルSaaS企業が生まれる未来へ
神前:今日は、エンタープライズにSaaSをどう提供するかという観点で、インサイトをたくさんいただきました。最後に岡村さんから、エンタープライズにSaaSを提供しようとしている経営者や、そこで働いている方々に向けて、メッセージをいただけると幸いです。
岡村:エンタープライズSaaSの領域は、まだまだ未成熟というか、成長中だと思うんです。ですので、今この時点ではそれほど華やかだとか、美しい未来が見えていないかもしれません。けれども、みなさんが毎日やられていることは、社会にとって歓迎されるものだと理解していただければ、とても前向きになっていけるのではないでしょうか。
今後の日本経済の復活や成長を見据えると、人手不足になるのは目に見えています。そういった厳しい環境でも成長を続けていくための道具の一つが、マルチテナント型のSaaSアプリケーションです。自分が仕事をすることで社会に貢献できているんだ、正しいことをしているんだと理解していただくと、明日への活力が湧くのではないかと全般的に感じます。
経営者の方に関しては、日本人の労働者、エンジニアや営業はとても真面目で、ものすごくよく働くんですね。ただ、経営者の仕事としては、方向性を明確に示してあげることが大切です。例えば営業部隊ならば、「明日から売ってきて」というのではなく、「うちはこういう戦略で、こういうセグメントに特化して営業活動をしたいので、実際のエグゼキューションプランを持ってきてくれ」といったところまで落とし込むなど、その方向性を明確に示してあげる。それこそが経営者の仕事ではないでしょうか。
それをやっていただければ、非常に良質な従業員と、リーダーシップのある経営者の組み合わせで、日本発のグローバルSaaS企業もできあがるのではないかと楽しみにしています。
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