皆さま、こんにちは。ALL STAR SAAS FUNDのシニアパートナー・湊雅之です。
昨今はAIの急速な技術進化もあって、AIを活用したSaaS・サービスを提供するスタートアップの皆さまとお会いする機会が多くなってきました。AIの進化は、もはや不可逆な流れ。私たちも積極的に学習していこうと、国内外のAIについて調べたり、実際に活用してみたりしている日々です。
その取り組みの一環として、私たちがAIにまつわるスタートアップの事情について学んだことや感じたことを「AI探求ラボシリーズ」と称して記事にしていくことにしました。その時々の考えや学びを書いていくので、粗い部分も多々あるかと思いますが、どうかご容赦ください。
今日お届けする第一弾では、海外のバーティカル(業種・業界特化)のAIエージェントを扱うスタートアップにスポットライトを当てました。どういった分野でAIエージェントが立ち上がっていて、ホットになっているのか?海外スタートアップへの投資状況から分析してみました。
そもそも、AIエージェントとは何か?
最近よく話題にあがる「AIエージェント」と、それが注目される理由について、まずは簡単におさらいしてみたいと思います。
米国トップVCに数えられるBessemer Venture Partnersは、AI時代の「B2Bソフトウェア 〜バーティカルAI〜」には、3つのユースケースがあると提唱しています。
- コパイロット(Copilot):従来のSaaS同様に、ワークフローの中心は人間に置きながら、AIの支援により人間の生産性を大幅に改善させるユースケース。AIネイティブSaaSで最初に出てきたもので、GitHub Copilotなどが代表例です。
- エージェント(Agent):コパイロットは、AIがあくまで人間の支援をする一方で、エージェントは、人間の介入を最小限にしながら、特定のワークフローをAIが完全に自動化するユースケース。人員や外注(BPO)が担ってきた業務プロセスを自動化することで、人材やリソースをより付加価値の高い業務へ集中させることが可能になります。
- AIイネーブルド・サービス(AI-Enabled Service):サービス企業がAIソフトウェアを活用し、労働集約型の業務を自動化するユースケース。サービス産業は人的リソースを増やし続けなければ成長できない制約があるなか、AIによる自動化によってその制約を最小限に抑える狙いがあります。結果として、より低コストで、より速く、品質が安定したサービスの提供を図り、事業の成長性を高められます。
これらのユースケースを見ても、労働人口が減少する日本市場において、AIエージェントは非常に大きな可能性を秘めています。その理由は、事業成長に合わせて柔軟に業務リソースを増減できるからです。人的リソースの確保(採用・育成)に依存せず、事業運営に必要な業務量へ調整することが可能になるでしょう。
また、SaaSのようなソフトウェア企業からすると、TAMの本質的な拡大につながります。従来であれば企業のソフトウェア予算しか関われないところ、その10倍規模ともいわれる人件費や外注予算を狙えるからです。特に、外注の活用頻度が高いと言われる日本企業の特性を踏まえると、大きな市場機会と言えるでしょう。
どのような職種・業種向けのAIエージェントがあるのか?
それでは、海外のバーティカルAIエージェントはどのような職種・業界に現れているのか見てみましょう。
今回の調査では、米国トップVC4社(Bessemer Venture Partners、Insight Partners、Andreessen Horowitz、Menlo Ventures)のAIエージェントの記事でピックアップされたスタートアップ212社を調査しました。ここでは特定の「業種・業界」に特化したAIエージェントスタートアップに限定して調査したため、以下のような事例は除外しました。
- GAFAMやセールスフォースなど上場企業の事例
- スクレイピングやサーチなど、業種・業界が特定しにくい汎用的な事例
- 音声や動画などマルチモーダル特化の事例
今回の調査に基づいて作成した業種・業界特化AIエージェントのカオスマップが以下です。現時点ではコパイロットか、エージェントかは議論の余地がありますが、どういった分野でAIエージェントを提供するスタートアップが出てきているのかについては、参考になるはずです。
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続いて、いくつか注目の分野をピックアップして解説します。
エンジニア・開発組織向け
AIエージェントの最も大きな分野が、エンジニア・開発組織向けの分野です。AIに身近なエンジニア職に向けたエージェントが、一番多いのはうなずける結果でしょう。AIエージェントは、コード生成、エンドツーエンドのテスト、インフラのプロビジョニング、QA、技術負債の解消など、ソフトウェア開発ライフサイクル全体のワークフローを強化します。代表例は、自立型AIソフトウェアエンジニアのDevinやReplitなどが挙げられます。
営業・マーケティング
営業・マーケティング向けAIエージェントは、Andreessen Horowitzの記事「Death of Salesforce(セールスフォースの死)」でも取り上げられるほど注目される分野の一つです。リード獲得の自動化、パーソナライズされたコンテンツ配信、営業の予測・分析など、営業・マーケティング活動の自動化のみならず、収益の最大化を狙えるため、大きな市場ポテンシャルも期待できます。AI SDRを提供する11xやClaygentを提供するClayなどが代表的なスタートアップです。
調達・物流管理
企業の資材調達や物流などのサプライチェーン管理は、見積依頼、請求書などの大量の書類照合、進捗確認、サプライヤーとのやり取り、そして決済など、バックオフィス業務のなかでも反復かつ大量の書類のやり取りが発生する分野です。代表的な企業として、輸送コスト管理に特化したAIエージェントのLoopや資材調達特化のAIエージェントのDideroなどが挙げられます。製造業の市場が大きい日本では、大きな可能性を秘めている分野なので、個人的にも注目しています。
カスタマーサービス
カスタマーサービス分野は、最近のAndreessen Horowitzの記事でも取り上げられている通り、BPO支出の最大セグメントであり、AIエージェントの大きな可能性を期待されています。AIエージェントは24時間365日稼働可能で、多言語対応、即時応答が可能であり、人材の採用・研修・維持の負荷を軽減できます。代表例はDecagon、自動車ローン特化のSalientなどがあります。
法務・コンプライアンス
法務・コンプライアンス分野は、膨大な法律文書、法令、判例といったデータセットから判断をする業務があり、それらの性質はAIと非常に相性が良い分野です。法務リサーチや契約書のレビューから訴訟戦略やクライアントとのコミュニケーションに至るまで、あらゆる法律実務での活用の可能性を秘めています。つい先日、評価額$3B(約4,500億円)でSequoia Capitalなどから大型調達を発表した、法律事務所向けにカスタムLLMを提供するHarveyなどが代表例です。
リクルーティング(採用)
HR分野で最もAIエージェントの可能性が見えているのが、リクルーティング(採用)です。リクルーティング活動は、求人票の作成、候補者の探索、スカウトメールの送信、面接日程の調整、フォローアップなどアナログな業務量が多く、かつ評価基準の標準化や評価の一貫性の確保が課題となっています。AIエージェントは、定量的なデータと明確な評価基準に基づいて候補者を評価することで、より体系的な採用プロセスの実現を支援することができます。代表企業には、MoonhubやHumanly.ioなどがあります。
ヘルスケア
ヘルスケア向けAIエージェントは、医療費の請求管理などの医療事務業務、診断支援、カルテ記入の自動化といった医療従事者の負担が大きい業務向けでよく見られます。医療サービスの質向上や医療従事者のバーンアウト問題の解決を大きく前進させるため、AIエージェントが期待されています。この分野では、先日シリーズDで$250Mの大型調達をした、ヘルスケア業界特化AI議事録のAbridgeなどが有名です。
AIエージェントプラットフォーム
主にエンタープライズ向けに、さまざまな部門の反復作業が多い業務や複雑性の高い業務に対して、「カスタマイズしてAIエージェントを使いたい」というニーズに応えるのが「(AI)エージェントプラットフォーム」と呼ばれる分野です。従来のRPAや自動化系SaaSが捉えていたニーズに対して、AIエージェントで対応するアプローチを取っているように感じます。代表企業にはEma、Relevance AIなどがあります。
どの分野のAIエージェントがホットなのか?
最後に、AIエージェントを提供する212社のスタートアップの累計資金調達額、ステージのデータからどの分野のAIエージェントが成熟し、ホットになりつつあるのかを見てみたいと思います。分野によって存在するスタートアップのN数は大きく異なるので、正確性には難がありますが、ざっくりしたトレンドの把握には役立つはずです。
まずは、各分野でより多くの資金調達をしているスタートアップの割合を見るために、累計資金調達レンジの構成比を見てみたいと思います。
トップ5は以下の通りです。
1位 カスタマーサービス
2位 法務・コンプライアンス
3位 採用
4位 調達・物流管理
5位 ヘルスケア
1位のカスタマーサービスは古くからAIへの取り組みが早かった分野で、IntercomやSalesforceの元Co-CEO Bret Taylor氏が設立したSierraなどもいるので、納得の結果です。また前述のHarveyのいる法務・コンプライアンス、Abridgeのいるヘルスケアも上位にランクインしています。
まだ$100M以上の大型調達はないですが、比較的大きな単位で調達できているスタートアップの割合が多い採用分野、調達・物流管理分野もAIエージェントの可能性が注目される分野と言えると思います。
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次に、ステージがPMFを超えていると想定される、シリーズA以上のスタートアップの割合を見てみます。
トップ5は以下の通りです。
1位 カスタマーサービス
2位 ヘルスケア
3位 調達・物流管理
4位 法務・コンプライアンス
5位 AIエージェントプラットフォーム
1位から4位は、先ほどの資金調達額と類似した結果になっていますが、5位にエンタープライズ向けのAIエージェントプラットフォームが食い込んでいるところを見ると、エンタープライズでのAI導入がホットになっていることを感じます。
一方で、いかにアメリカと言えども、VC未調達も含むシード以下のAIエージェントスタートアップがほとんどで、特定領域ないしは一部のスタートアップが急速に成長・資金調達を重ねている状況です。アメリカでもAIエージェントスタートアップの設立については黎明期であることもわかると思います。
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AIエージェントは日本の多くの産業に革新的な価値を提供し、既存のソフトウェアを超えうる、巨大なビジネスを生み出す可能性を秘めています。今回の分析は粗削りではありますが、日本でのAIエージェントビジネスの市場可能性を考えるヒントになれば、心より嬉しく思います。
そして、AIエージェントで日本の産業を革新し、大きなビジネスを創り出すことに野心を燃やしている起業家の方がいれば、ぜひALL STAR SAAS FUNDとお話させてください。