スタートアップシーンで最も注目される一大セクターとなった、フィジカルAI。いま、ホットなテーマは「人間の代わりに仕事を理解・実行できる汎用的なロボット知能はできるのか?」。
それが実現されたとき、AIはデジタル世界から物理世界全体へと解き放たれ、最終市場は「ほぼ全産業」と言えるほど、地球上の経済活動に大きな影響を及ぼし得るからでしょう。
このテーマに真正面から取り組むスタートアップの代表格が、Physical Intelligence、Figure AI、Skild AIの3社です。いずれも創業は2022年〜2024年と比較的若いにもかかわらず、評価額はすでに100億ドル(約1.5兆円)超え。投資家からの注目度の高さを感じます(Physical Intelligenceは110億ドル評価での調達交渉が報じられている段階)。
OpenAIが人類にAIという選択肢を一挙に広めたように、「ロボット版のOpenAIをつくれるのか?」という問いに、この3社は肉薄していると思います。
前回のAI探求ラボでは、フィジカルAIの現在地をテーマに記事を書きました。今回はより具体的に考えるべく、期待のスタートアップ3社それぞれの創業ストーリー、事業コンセプト、戦略を整理します。そこから見えてくる共通点と違い、そして日本の起業家にとっての機会についても考えていきます。

汎用ロボット知能という逆転の発想
まず、この3社に共通して言えることとして、「汎用的なロボットAI」というコンセプトは、従来のロボットの在り方を根本から革新するものです。
従来のロボット産業は、溶接や運搬といったように、用途ごとに最適化してきました。たとえば、工場の製造工程に合わせてロボットアームを設計し、その後にアーム専用の制御ソフトを作る。「業務タスク→ロボット(身体)→知能(脳)」という順番です。
しかし、この3社が目指す汎用的なロボットAIは、「知能(脳)→業務タスク」という逆転の発想です。たとえるなら「このAIをロボットに載せたら、洗濯物もたためるし、お皿も片付けられる」というものです。
面白いのは、3社が類似したビジョンに向かっているにもかかわらず、アプローチが三者三様である点です。しかも、NVIDIA、Google DeepMind、Teslaなどの最強の競合がひしめくなかで、です。
Physical Intelligence:業界屈指のロボットAI研究者集団

1社目は、汎用ロボットAIでおそらく最も知られているPhysical Intelligenceを深掘りします。
Physical Intelligenceは、Google DeepMindの研究者・エンジニアに、スタンフォード大学やUCバークレーといったアメリカ西海岸のロボットAIトップ研究者が加わり、2024年に創業したサンフランシスコ発のスタートアップです。
2024年11月にJeff Bezos(ジェフ・ベゾス)氏らがリードしたシリーズAで評価額24億ドルで4億ドルを、2025年11月には評価額56億ドルで6億ドルを調達。さらに2026年3月には評価額110億ドルで10億ドルを調達中と伝えられています(完了したかは未確定)。
現在のコアプロダクトは、ロボット基盤モデル「π(パイ)」シリーズ。VLM(Vision-Language Model)をベースに、ロボットの連続的な動作を生成する「Action Expert」を組み合わせた、VLA(Vision-Language-Action)モデルです。
これは、現実世界を理解してロボットの動作を生成するという構造です。たとえば、ロボットに「服をたたんで」と指示すると、カメラから得た映像を理解して、見る→状況を把握する→アームを伸ばす→シャツをつかむ→折る、という連続した動作のプログラムをリアルタイムで生成します。
「SayCan」から「πシリーズ」へ。Physical Intelligenceの創業ストーリー

Physical Intelligenceは、GoogleでロボットAIの基礎研究をともにしてきた研究者を中心に、7人で創業しました。共同創業のチームとしては比較的多めの人数です。
現在CEOを務めるKarol Hausman(カロル・ハウスマン)氏(@hausman_k)は、ポーランドの小さな町の出身。公立のワルシャワ工科大学、ドイツのミュンヘン工科大学を経てアメリカに渡り、南カリフォルニア大学でコンピュータサイエンスの博士課程に進学しました。
ハウスマン氏がロボットに魅せられたのは、スターウォーズの影響だったと「The Generalist」のインタビューで語っています。C-3POやR2-D2のように個性を持ち、判断し、感情を持つかのように動くロボットたち。その姿が、少年に「知能とは何か」という問いを植え付けました。
しかし、大学でロボット工学を学ぶなかで見た現実のロボットは、A地点からB地点へ動くだけのプログラム機械。知的なロボットを真剣に作ろうとしている人がほとんどいないことに、失望したといいます。
転換点になったのは、後にPhysical Intelligenceの共同創業者となるSergey Levine(セルゲイ・レビン)氏の講義でした。ロボットに深層学習で物理的スキルを学習させるアプローチを目の当たりにしたハウスマン氏は、PhDの研究テーマを深層学習へ180度転換することを決断します。
その後、Google DeepMindのスタッフリサーチャーとスタンフォード大学のAdjunct Professor(非常勤・兼任教授)を兼ねながら、共同創業者となるレビン氏、Chelsea Finn(チェルシー・フィン)氏、Brian Ichter(ブライアン・イクター)氏らと10年にわたりロボットAIの研究を重ね、後述する「業界を変える革新的な研究」を世に出してきました。
ここで主要な共同創業メンバーについても、簡単に触れておきます。
- Sergey Levine(セルゲイ・レビン)| @svlevine
チーフサイエンティスト。スタンフォード大学でPhDを取得後、UCバークレー教授として「ロボットにどうやって自律的に学習させるか」という研究に長年従事。後述のチェルシー・フィン氏の師匠であり、Physical Intelligenceの学術的な中核を担う人物。 - Chelsea Finn(チェルシー・フィン)| @chelseabfinn
MITで学び、UCバークレーの博士課程でレビン氏に師事。その後、スタンフォード大学教授として、「新しい仕事を素早く覚えられるAI」を作るMAML(Model-Agnostic Meta-Learning)などを研究。 - Brian Ichter(ブライアン・イクター)| @brian_ichter
Googleでハウスマン氏の同僚として、ともにRT-1などのロボット基盤モデルの研究に従事。 - Lachy Groom(ラッキー・グルーム)| @lachygroom
学生時代から複数の事業を起業し、高校卒業後にStripeの初期メンバーとしてプロダクト、グロース、オペレーション、アジア・オセアニア地域の海外展開をリード。Stripe卒業後はエンジェル投資家を経てLGFというVCを立ち上げ、Figma、Notion、Rampなどのアーリーステージに投資。Physical Intelligenceでは経営・財務サイドをリード。
このほかのメンバーでは、Adnan Esmail(アドナン・エスメイル)氏はTeslaやAndurilで上級開発リーダーを、Quan Vuong(クアン・ブオン)氏はGoogle DeepMindのソフトウェアエンジニアを務めていました。
つまり、Physical Intelligenceは、ハウスマン氏を中心とするロボットAIのトップ研究者に、グルーム氏の経営・財務、TeslaやAnduril出身のエンジニアが加わった、ハイレベルな創業チームでスタートしているのです。
「Googleでの研究」がPhysical Intelligenceの伏線に
ハウスマン氏は前述の通り、Google DeepMindでPhysical Intelligenceに直結する「ロボット版トランスフォーマー」であるRT-1/RT-2/RT-Xの研究に関わっていました。創業の伏線となったGoogle時代の主な研究を4つ紹介します。
- SayCan(2022年):Googleが発表した研究フレームワーク。LLMの言語的な計画能力を使い、「何をすれば目的を達成できるか」を実行可能な複数のスキルの系列に分解する、ロボットの頭脳側の研究。
- RT-1(2022年):「ロボットがその動作を実際にどう実行するか」を担うロボット制御モデルの研究。ハウスマン氏、フィン氏、レビン氏、ブオン氏ら、現在のPhysical Intelligenceの創業メンバーが多数参加。
- RT-2(2023年):RT-1をさらに発展させ、巨大VLMをロボット制御のバックボーンに採用。ロボットを動かすモデルそのものに、Web上で学習した世界知識・視覚言語理解を組み込んだモデル。
- RT-X(2023年):ハウスマン氏らGoogle DeepMindと世界34のロボット研究ラボが共同で構築した、史上最大のオープンロボットデータセット。汎用ロボット基盤モデル「π0」の学習基盤。
つまり、GoogleでのロボットAIの共同研究が、創業メンバーの深いつながりとともに、Physical Intelligenceの技術の根幹を担っているといえます。
なぜGoogleを離れたのか──「専門化」の回避
ハウスマン氏らはなぜGoogleを離れ、Physical Intelligenceを創業することになったのでしょうか?Sequoia Capitalのポッドキャストで、ハウスマン氏はこう語っています。
「アプリケーションを1つ選んだ瞬間に行き詰まり、すぐに倉庫のピックアンドプレースロボットだけをやる会社になってしまう」
ハウスマン氏が繰り返し語るのが、汎用的なロボット知能を作るうえでの「専門化の罠」です。大企業の研究機関は、どこかの段階で商業化への圧力にさらされ、特定のプロダクトへの最適化を迫られる。それは「汎用化」の敵にほかなりません。
この起業の経緯そのものが、Physical Intelligenceが特定のユースケースにとらわれず、汎用的な知能にこだわった研究重視のアプローチを貫く哲学的な背景になっています。
これまでのプロダクトの変遷
Physical Intelligenceのプロダクトの変遷についても簡単に触れておきます。
同社が掲げる目標は「どんなタスクをどんなロボットでも(any robot to do any task)」。2025年2月にはπ0モデルをオープンソース化し、7種のロボット・68タスクにまたがる1万時間超の現実世界のデータで訓練しました。洗濯物たたみやテーブルの片付けなど多様なタスクを、訓練データにない未知の環境でも実行する様子が公開されています。
最近では、2026年に発表されたπ0.7が注目を集めています。π0.7は、明示的に学習していないタスクにもある程度対応できる初期的な能力を示しはじめています。たとえば初見の家電を、言葉による指示・コーチングを受けながら操作する実験がTechCrunchで報告されています。
Physical Intelligenceはどうやってマネタイズするのか?
2026年1月のTechCrunchによる取材でグルーム氏は、投資家に対しても商用化のタイムラインを提示していないと説明しています。記事によれば、同社は物流や食料品など少数の企業と実世界でのテストを進めているものの、研究開発を最優先する姿勢を崩していません。
Physical Intelligenceがどうマネタイズするのかは、まだ未知数です。ハウスマン氏自身、モデル提供・垂直統合ソリューション・ロボット販売のどの形になるかは「まだわからない」と明言しています。
Figure AI:連続起業家の「ヒューマノイド×垂直統合」の賭け
続いて2社目は、Figure AIです。

Figure AIは、連続起業家のBrett Adcock(ブレット・アドコック)氏が2022年に米カリフォルニア州サニーベールで創業した、汎用ヒューマノイドロボットとロボットAIモデルを開発するスタートアップです。
2024年2月にMicrosoft、NVIDIA、ベゾス氏らが参加したシリーズBで評価額26億ドルで6億7,500万ドルを調達、2025年9月のシリーズCでは10億ドルを超える調達を行い、評価額は390億ドル(約6兆円)に到達しました。シリーズBから約1年半で評価額15倍という、驚異的な伸びです。
同社のコアプロダクトは、自社開発の汎用ヒューマノイドロボット「Figureシリーズ」と、それを動かすAIモデル「Helix(ヘリックス)」です。
Physical IntelligenceやSkild AIが「どんなロボット・どんなタスクにも使えるAIブレインを作る」ソフトウェア・ファーストな会社であるのに対し、Figure AIはロボットのハードウェアからAIモデル、製造ラインまでをすべて自社で手がける「垂直統合」モデルを採用しています。これがFigure AIの最大の特徴であり、ほかの2社との根本的な違いです。
「農場育ちの連続起業家」が世界最大の労働市場に挑む

Figure AIというスタートアップを理解するには、まず創業者兼CEOのアドコック氏(@adcock_brett)という人物を理解しなくてはなりません。
Physical Intelligenceのハウスマン氏や後述のSkild AIのパタク氏が「10年以上の研究が会社になった研究者型CEO」であるのに対し、アドコック氏は「ロボット業界を知らない状態から最速で学習し、最速で実行する連続起業家型CEO」という、対照的なタイプです。
アドコック氏はアメリカ中西部・イリノイ州の農業地帯で、三代続く農家の家に生まれました。2008年にフロリダ大学で経営学の学士を取得後、ヘッジファンドで人材紹介・採用業界担当のアナリストを経て、ニューヨークでソフトウェアスタートアップに取り組みはじめます。
最初のスタートアップは、Adam Goldstein(アダム・ゴールドスタイン)氏と2013年に共同創業した採用マッチングプラットフォーム「Vettery」(現Hired)です。Vetteryは機械学習を使って企業と求職者をマッチングするサービスで、2018年に大手人材サービスのAdeccoグループへ売却。売却額は非公表ですが、TechCrunchは関係筋の話として1億ドル強と報じています。
資産を手にしたアドコック氏が次に選んだのは、ソフトウェアとはまったく異なる領域、電動航空機でした。「ソフトウェアとインターネットの世界で10年働いたが、毎日ハードウェアをやりたいと思い続けていた。農場で育ち、コンピュータを組み立てたりと、手で触って作れるものをずっとうらやましく思っていた」と「Shawn Ryan Show」のインタビューで語っています。そして2018年、eVTOL(電動垂直離着陸)機の開発会社「Archer Aviation」を共同創業します。
航空工学の知識がゼロだったアドコック氏は、6ヶ月で300人以上の専門家にコールドコールをかけ、技術書を読み漁り、航空機設計コースにも参加しました。この「知らない業界でも最速で学習する」アプローチは、イーロン・マスク氏とも重なる、アドコック氏の最大の武器です。
Archer Aviationは2021年にSPAC上場を果たします。ただし上場直前に条件が見直され、プロフォーマ企業価値は27億ドルから17億ドルへ切り下げられたとReutersは報じています(アドコック氏自身は「27億ドルで上場」と説明)。
2022年5月に発表した30年のマスタープラン
2022年4月にアドコック氏はArcher AviationのCEOを退き、同年にFigure AIを創業。次の挑戦への思いを、わずか1ヶ月後に公式サイトで「マスタープラン」として語っています。
「私はテック企業を作り続けて20年になる。以前はArcher AviationとVetteryの創業者だ。いま私のフォーカスはFigure AIだけだ。私の野心は、30年の視点でこの会社をつくることだ。人類への私のインパクトを最大化することに、自分の時間とリソースを費やしていく」
Sourceryのポッドキャストによると、Figure AIはアドコック氏の自己資金で立ち上がり、最初の4〜5ヶ月は月に100万ドル(約1.5億円)を燃やしながら、Boston Dynamics、Tesla、Google DeepMind、Appleから精鋭を引き抜き、40人の「ベストアスリートチーム」を構築したそうです。
「アイザック・アシモフのロボット小説の影響を受けてきた」と伝えられる点は、ハウスマン氏のスターウォーズからの影響と重なります。
Figure AIの伏線となった「連続起業家としての蓄積」
ハウスマン氏がGoogleでの研究を通じてPhysical Intelligenceの技術的基盤を積み上げたように、アドコック氏もVetteryとArcher Aviationでの起業が、Figure AIのコアとなる開発哲学につながっています。
- Vettery
「膨大な数の候補者と企業のデータを扱い、AIでマッチングを最適化する」経験を通じて、データ駆動型のプロダクト設計能力を培いました。後のFigure AIでの「大量のロボット動作データを収集しAIを訓練する」アプローチと構造的に共通しています。 - Archer Aviation
最大の教訓は「既製品に依存できない」ということです。航空機という超高信頼性が求められる製品で、アクチュエーターやモーターなどのハードウェアと飛行制御ソフトウェアを内製化してきた経験が、Figure AIの「ハード+ソフト一気通貫」の開発戦略に直結しています。設計→製造→テストを超高速で回すイテレーションの経験も生かされています。
OpenAIとの協業解消から得た垂直統合の哲学
Figure AIのこれまでの歩みで、重要かつ波紋を呼んだ意思決定が、2025年2月のOpenAIとの協業解消です。Figure AIとOpenAIは、2024年2月のシリーズB調達と同時に、「ヒューマノイド向けのAIモデル開発」の協業契約を締結していました。このラウンドにはMicrosoftもNVIDIAも出資しており、まさに「オールスター連合軍」とも言える体制でした。
しかし約1年後の2025年2月5日、アドコック氏はXでこのような投稿をして業界を驚かせました。
「本日、OpenAIとの協業契約を解消する決断をした。Figure AIは、完全に内製したエンド・トゥ・エンドのロボットAIで大きなブレークスルーを達成した。今後30日以内に、ヒューマノイドで誰も見たことのないものをお見せする」
その後のTechCrunchへの取材で、アドコック氏は「Embodied AI(※)をスケールで解くには、ロボットAIを垂直統合するしかない」「ハードウェアを外部委託できないのと同じ理由で、AIも外部委託できない」と語っています。
ハウスマン氏がGoogleの商業化圧力の外に出るために創業したのと同じように、アドコック氏はOpenAIへの依存の外に出るために、AIの完全内製化を選択しました。この判断が、Figure AIのその後の躍進を支える技術的な柱になっています。
(※Embodied AI:ロボットやアバターなどの「身体(Body)」を持ち、環境と相互作用しながら「経験を通じて自ら学習・適応する」、より本質的な身体性の概念を強調している。認知科学・学術寄りの専門用語としてよく用いられ、いかにして知能が生まれるのか、という観点に立つ。その点、すべてのEmbodied AIはフィジカルAIに含まれる)
Figure AIのプロダクトの変遷
Figure AIのプロダクトは、アドコック氏の過去の起業経験を反映して、急速に進化してきました。
- Figure 01(2022年・2023年5月に初歩行)
創業年に発表した最初のプロトタイプ。外部ケーブルを使った二足歩行ロボット。物流・倉庫向けの単純労働タスクを想定した初期実証機。 - Figure 02(2024年8月〜)
商業展開を見据えた本格モデル。16自由度(※)で人間並みの握力を持つ手は最大25kgを運搬可能。内蔵ケーブル・一体型バッテリー・6台のRGBカメラを備え、計算能力は前世代比3倍。このFigure 02がBMWの製造ラインへの初の商業展開に使われ、Spartanburg工場に11ヶ月間導入されました。1,250時間を超える稼働で9万点を超える部品を投入し、3万台以上のBMW X3の製造に貢献しました。 - Figure 03(2025年10月〜)
アクチュエーター・モーターを含む主要モジュールをすべてゼロから自社設計した全面刷新モデル(個別部品の製造は外部ベンダーも一部活用)。身長173cm・体重61kg、触覚センサー(3gの力を検知)・ワイヤレス充電。現在BotQ工場で量産中で、2026年4月時点では1時間に1台のペースまで生産が加速しています。
(※16自由度:自由度(DoF:Degrees of Freedom)とは、ロボットや機構が空間内で独立して動かせる関節や軸の数を指す。16自由度は、合計16関節を持つため人間の手に近い関節構成といえ、各指の動きを精密に制御できる)
Figure AIのコアとなるAIモデル「Helix」
OpenAIとの協業解消から2週間後に公開されたHelixは、Figure AIが独自に内製開発したVLAモデルです。Helixは2つのシステムによって構成されています。
- システム1(低レベル視覚運動制御)
システム2が理解した内容を、200Hzという高頻度で手首・指・胴体・頭部の連続的な動作指令に変換します。ヒューマノイドの全上半身を高頻度で連続制御する世界初のVLAです。 - システム2(高レベル推論)
たとえば「食器洗い機を空にして」という言語的な指示の意味を理解し、システム1へ渡す動作の方針を生成します。
Helixの技術的な特徴として、特に重要なのが完全オンボード推論です。ロボット本体に搭載された省電力の組み込みGPUだけで推論が完結します。ネットワークに依存しないため、製造現場でも安定したリアルタイムの動作制御が可能です。
初代Helixの時点で、2台のロボットが同じモデルの重みで同時に動き、初見の物を扱う共同作業ができることが実証されていました。最新のHelix 02では、歩行・バランス・マニピュレーションが単一のニューラルネットワークに統合されています。
また「Project Go-Big」と呼ばれる取り組みでは、不動産大手Brookfieldが管理する10万戸以上の住宅で、人が生活するなかでの一人称視点の動画データを収集し、Helixの学習に使っています。人間の動き方をそのままロボットの制御に転移することで、家庭環境への適応学習を加速する仕組みです。
Teslaに最も近いビジネスモデル
Figure AIはどのようにマネタイズしているのでしょうか?
現在の主軸は、BMWをはじめとする企業への商用導入です(契約が販売かリースか、金額などの財務条件は非公表)。自社工場BotQでは年産1万2,000台を目標とし、製造ペースは急速に上がっています。公式発表によると、生産ペースは120日足らずで1日1台から1時間に1台へと24倍に上がり、2026年4月末時点で累計350台超のFigure 03を出荷しています。
https://youtu.be/WoXCHr1IaTM?si=fCUzrvdEVxBpitZS
ただし長期的なマネタイズは、アドコック氏がSourceryのインタビューで語る通り、RaaS(Robot-as-a-Service)モデルだと予想されます。企業や個人がロボットを購入するのではなく、月額サブスクリプションでロボットを「雇う」モデルです。
Physical Intelligenceが「OpenAIに最も近いビジネスモデル」を目指しているとすれば、Figure AIは「Teslaに最も近いビジネスモデル」と言えます。ハードウェアを大量製造してコストを下げながら、ソフトウェア(Helix)で差別化し、最終的にはサービス収益に転換していく戦略です。
Skild AI:ロボットAI研究者二人が挑む汎用ロボット知能

Skild AIは、カーネギーメロン大学(CMU)で長年ともに研究を続けてきたロボットAI研究者、Deepak Pathak(ディーパク・パタク)氏とAbhinav Gupta(アビナブ・グプタ)氏が、2023年に米ピッツバーグで創業した汎用ロボットAIのスタートアップです。同社のコアプロダクトは、「Skild Brain(スキルド・ブレイン)」と呼ばれる汎用ロボット基盤モデルです。
2024年7月のシリーズAでは、Lightspeed、Sequoia、Coatue、SoftBank、Amazon、ベゾス氏などアメリカの主要VC・テクノロジー企業から評価額15億ドルで3億ドルを調達。2026年1月にはSoftBankグループがリードしたシリーズCで、NVIDIA、Samsung、LG、Schneider Electric、Salesforceなどアメリカ、アジア、欧州の大手企業を中心に、評価額140億ドル超で14億ドルを追加調達しました。シリーズAから約1年半で評価額が9倍以上になるスピードは、フィジカルAI業界でも注目を集めています。
Physical Intelligenceのπシリーズが「どんなロボットでもどんなタスクでもこなせるように(any robot to do any task)」を掲げるのと同様の方向性を持ちながら、Skild AIは「Omni-bodied(オムニボディード)」という概念を技術の中心に置いています。四足歩行ロボット、ヒューマノイド、ロボットアーム、モバイルマニピュレーターなど、あらゆる形状のロボットを単一の基盤モデルで動かすという考え方です。
そして最大の特徴は、すでに売上が立っていること。Physical Intelligenceのように汎用化のためにあえて研究段階にとどまる競合が多いなかで、公式の発表によると、2025年の数ヶ月のうちにゼロから約3,000万ドル(約45億円)の売上を達成しています。いわば、プロダクトはPhysical Intelligence、コマーシャル戦略はFigure AIという、2社の中間にあたるアプローチです。
「カフェで手書きしたコード」から世界的研究者へ

Skild AIを理解するために、まず共同創業者兼CEOのパタク氏という人物を深掘りします。Sequoia Capitalのインタビュー記事によると、パタク氏はインドのIIT(インド工科大学)カンプール校でコンピュータサイエンスを学び、2014年に最優秀成績者に贈られる金メダルを受賞しました。その成績は地元紙が報じるほどの快挙でした。しかし彼の原点は、その優秀さよりも前にあります。
パタク氏が育ったのはインドの地方都市で、自宅にパソコンを持てる環境ではありませんでした。プログラミングを学ぶために選んだ方法は、まずコードを紙に手書きし、何度も見直してから、近所のカフェの限られた利用時間内に入力してテストするというものでした。「制約のなかでいかに効率よく世界を探索するか」。この習慣は、後の研究テーマ「好奇心ドリブン学習」の根底にある発想と深くつながっています。
IIT卒業後はUCバークレーのPhDプログラムに進み、在学中にAI顔認証スタートアップ「VisageMap」を共同創業して、FaceFirstに買収されるという起業家経験も積みます。2017年、パタク氏はICML(国際機械学習会議)で「好奇心ドリブン探索」の論文を発表します。この論文が、後のSkild AIのすべての起点になります。
PhD取得後はMeta(Facebook)のAI研究機関FAIR(Facebook AI Research)で研究を続け、その後カーネギーメロン大学ロボティクス研究所の助教授に着任。2024年にはMITテクノロジーレビューの「35歳以下のイノベーター(Innovators Under 35)」にも選出されています。
共同創業者のグプタ氏もまた、この分野における伝説的な人物です。カーネギーメロン大学ロボティクス研究所の終身教授であり、FAIR Roboticsの創設メンバー兼元研究リーダーでもあります。研究引用数は10万件超(Google Scholar・2026年8月時点)。パタク氏と合わせて25年以上のロボットAI研究経験を持つ創業チームが誕生しました。
二人は、10年間にわたり起業について話し合っていました。2023年初頭、自分たちの専門分野における技術的進歩の加速を目の当たりにし、研究を次のレベルへとスケールさせるのは「今だと確信した」と語っています。
Skild AIの伏線となったCMU・FAIRでの研究
Sequoia Capitalの記事には「木曜日の午後に初めて会い、火曜日にはパートナーになっていた」と書かれています。会って5日で投資が決まるほど、パタク氏とグプタ氏が積み上げてきた研究の軌跡は、それ自体がSkild AIの技術の根幹でした。創業の伏線となった主要な3つの研究を紹介します。
- ロボティクスデータの1,000倍スケールアップ(2015年)
グプタ氏の研究室が、世界でも数百件規模だったロボット学習データを1,000倍に拡大する手法を確立。後のRT-Xなどの大規模データセット研究にも接続する、業界の転換点となった研究です。 - 好奇心ドリブン学習(2017年)
「Curiosity-driven Exploration by Self-supervised Prediction」と題した論文を発表。外部からの報酬(「正解したら点数を与える」)なしに、AIが「未知に出会うことへの驚き」を内部報酬として自律的に環境を探索し続けるアルゴリズムを提案。ゲーム『スーパーマリオブラザーズ』の未知ステージを、スコアという報酬を一切与えずに自律探索するデモが世界を驚かせました。論文の引用数は4,000件超(Google Scholar・2026年8月時点)。Skild Brainの「関節が1つ動かなくなっても新しい歩き方を自律発見する」という能力の哲学的な根底に、この「好奇心」の概念があります。 - 大規模アダプティブ Sim2Real(2021〜2022年)
シミュレーション環境で学習したことを現実世界のロボットにそのまま転移させる(Sim2Real)技術を大規模化。
パタク氏とグプタ氏はSim2Realのブレークスルーを目の当たりにして「これは会社にできる」と確信し、2023年春にSkild AIを創業しました。
「ロボットのインターネット」を自分たちで作るという決断
二人がカーネギーメロン大学での研究と並行してSkild AIを創業した判断の背景を、パタク氏は36Krのインタビューでこう語っています。
「過去70年間、多くのロボットのデモンストレーションが行われてきた。しかし、ロボットは私たちの周りに本当に現れていない。それはロボットに脳がないからだ」
ハウスマン氏が「専門化の罠」を創業の動機として語るのと対照的に、パタク氏が繰り返し語るのは「ロボットのインターネットが存在しない」という問題です。
大規模言語モデルがあれほど急速に賢くなれたのは、人類が書き記したほぼすべてのテキストがインターネット上に存在し、学習データになったからです。しかし、ロボットが物をつかんで持ち上げて別の場所に置くという一連の動作データは、インターネットのどこにも存在しない。現実世界でロボットが物理的に動き、その結果を記録するしかない。これがロボット学習の本質的な制約だとパタク氏は指摘しています。
その答えとして、Skild AIの前身となる研究チーム(パタク氏ら)がCoRL 2022で「Best Systems Paper Award」を受賞した大規模Sim2Real技術をベースに、シミュレーションとインターネット動画で事前学習を大規模化する方向性を公式ブログでも説明しています。いわば「ロボットのインターネット」を自らつくる。アカデミアでは実現できない規模と速度でそれを実行するために、二人は会社をつくるという決断をしたのです。
これまでのプロダクトの変遷
Skild AIは「あらゆるロボットが動かせる、1つの汎用ブレインを作る」というコアコンセプトを一貫して追求しています。
創業当初は研究開発に集中し、2024年7月のシリーズA発表と同時に初めて社名を公開するまで、徹底したステルス状態を維持しました。TSG Investによると、その間に、Meta、Tesla、NVIDIA、Amazon、Google、Andurilなど世界中のロボティクス・AI業界から、自己教師あり学習・好奇心ドリブン探索・Sim2Real・マニピュレーションの専門家をひそかにリクルートしていました。この点は、Figure AIのアドコック氏の「ベストアスリートチーム」づくりと酷似しています。
現在Skild Brainは、セキュリティ巡回、施設点検、ラストマイル配送、倉庫、製造、データセンターという複数のユースケース・現場で実際に稼働しています。注目すべきは、四足歩行ロボットの膝関節をソフトウェアでロックして3本足の状態にしても、2〜3秒で新しい歩行パターンを自律的に発見し歩き続ける「自律回復デモ」。制約に直面しても、諦めずに新しい解を自律探索し続ける。パタク氏の「好奇心」の哲学がそのまま実装された姿と言えます。
シリーズCに続いて、2026年3月にはABB Robotics、Universal Robots、MiR、NVIDIA、Foxconnとのパートナーシップ締結を、4月にはZebra Technologiesの倉庫・物流向けロボティクス部門の買収を発表しています。これにより、ソフトウェアだけでなく倉庫向けの実際のロボットハードウェアも傘下に入れ、商業展開を加速させています。
Skild AIのコアとなるAIモデル「Skild Brain」
Skild Brainは「Omni-bodied(オムニボディード)」と呼ばれる汎用ロボット基盤モデルです。従来のロボットAIが特定のロボット形状や特定のタスクに最適化されるのに対し、Skild Brainはヒューマノイド、四足歩行ロボット、ロボットアーム、モバイルマニピュレーターなど、異なる形態のロボットを1つのモデルで制御することを目指しています。公式発表では、身体構成を事前に知らないロボットでも制御できるとしています。
4種類のデータソースがSkild Brainの学習基盤です。
- 大規模シミュレーションによって生成される、数兆規模の合成経験データ(synthetic experiences)
- インターネット上にある、数十億本にものぼる人間の動作動画
- 人間がロボットを遠隔操作するテレオペレーションによる高品質なロボットデータ
- 商業展開されたロボットが実稼働することで生成するリアルワールドデータ
Skild AIは、前者2つを主に事前学習に、後者2つを事後学習に活用する構成を説明しています。特にシミュレーションと人間動画を大量に利用することで、実世界のロボットデータだけでは難しい規模まで学習データを拡張することを狙っています。
モデルのアーキテクチャは階層型を採用しています。「何をするか」を決める高レベルポリシー(低周波数)と、「どう動くか」を実行する低レベルポリシー(高周波数)の二層構造です。高レベルポリシーがナビゲーションや操作などの行動を決定し、低レベルポリシーが関節角度やモーターのトルクなどの具体的な動作に変換します。
Physical IntelligenceとSkild AIは、いずれもロボットのOS/基盤モデル層を狙いながら、データ戦略には明確な違いがあります。Physical Intelligenceが多様な実ロボットから得られるリアルワールドデータを基盤モデルの学習に組み込むことを重視するのに対し、Skild AIはシミュレーションと人間動画で事前学習を行い、テレオペレーションや実環境で得られたデータを事後学習に使うアプローチです。
「大量のシミュレーションと人間動画による事前学習が、少ないリアルワールドデータでも高い汎用性を生み出せるか」。ここが、Skild AIの技術戦略を今後評価するうえでポイントになります。
Skild AIはどうやってマネタイズしているのか?
Skild AIは前述の通り、2025年のうちに数ヶ月でゼロから約3,000万ドルの売上を達成しています。現在の収益はセキュリティ・倉庫・製造・建設・データセンター向けのエンタープライズB2B展開から来ており、「ロボット向けAPIコール」のようにシンプルなインターフェースで企業がSkild Brainを使えるプラットフォームを目指しています。
長期的なロードマップは、公式見解でもエンタープライズ向け展開を起点に、最終的にはコンシューマー市場への展開を目指すと明示されています。
Skild AIのマネタイズの本質は「商業展開がデータを生み、データがモデルを強化し、モデルがさらなる展開を生む」というデータフライホイールにあります。Physical Intelligenceがその信念から商業化を意図的に遅らせているのに対し、Skild AIは「商業展開こそが最速でロボットのインターネットを作る手段だ」という逆の発想で、マネタイズと研究を同時に走らせています。この点でSkild AIのビジネスモデルは、3社の中で最もユニークです。
まとめ:3社から見える共通点と日本へのインサイト
汎用的なロボット知能という、まだ誰も答えを持っていない大きな挑戦に向き合う3社。そのアプローチは三者三様であり、それぞれの創業者のバックグラウンドや思想が、そのまま戦略の違いに表れています。今回3社を追うなかで、私自身も多くの学びがありました。
最後に、この3社に共通して見えてくるものと、そこから考えられる日本の可能性について整理してみたいと思います。
汎用的なロボット知能の先には、まだ無数のバーティカルがある
3社のCEOに共通しているのは、「ChatGPTがデジタル世界を変えたように、VLAモデルが物理世界を変える」という強い問題意識です。
Physical Intelligenceのハウスマン氏は、言語モデルで見られたスケーリング則がフィジカルAIにも適用できる可能性を語り、パタク氏らSkild AIは、デジタル情報だけでAGIに到達できるという通念に挑み、物理世界に根ざした知能こそがAGIへの道だという立場を掲げています。Figure AIのアドコック氏は、人間の労働が生み出す巨大な経済価値に着目し、ヒューマノイドによる労働の自動化を巨大な市場機会として捉えています。
ただし、汎用的なロボット知能を巡る競争は、まだはじまったばかりです。
そして、ここには日本のスタートアップにとって大きな可能性があります。
LLMの世界でも、基盤モデルを作る企業だけがすべての価値を得ているわけではありません。基盤モデルの上には、業界・業種ごとのデータやワークフロー、顧客接点を押さえるバーティカルAIが生まれています。
フィジカルAIでも同じことが起こるかもしれません。たとえば、医療・介護・農業・建設・物流・製造など、日本が強みを持つ産業には、それぞれ固有の現場、規制、業務フロー、データがあります。汎用モデルそのものを作らなくても、そのモデルを特定の業界で「使えるプロダクト」に変換することには、大きな事業機会があります。
むしろ、日本の起業家にとって重要なのは、「汎用モデルを作れるか」という問いだけではありません。「自分たちだからこそ取れるデータは何か」「自分たちだからこそ理解できる業務は何か」「その業界で最終的な成果を誰よりも出せるか」という問いです。汎用ロボットAIの進化は、バーティカルの可能性を奪うのではなく、むしろ新しいバーティカルを生み出す土台になる可能性があります。
創業者そのものが競争優位になる。だからこそチームづくりが重要
3社を比較して強く感じるのが、フィジカルAIでは創業チームそのものが競争優位になり得るということです。フィジカルAIは、通常のソフトウェアスタートアップ以上に守備範囲が広い領域です。基礎研究、AIモデル、ロボティクス、ハードウェア、実装、現場でのテスト、量産、さらにはサプライチェーンまで、異なる専門性を同時に扱う必要があります。だからこそ、初期のチームには、単なる「AIが強い」「ロボットが強い」だけではなく、研究・技術・プロダクト・事業・資本を一つの方向に束ねる総合力が求められます。
そして、この3社を見ていると、創業者の過去の経験や個性が、そのまま会社の強みになっていることにも気づきます。Physical IntelligenceやSkild AIには、大学や研究機関での長年の研究を通じて形成された、強い研究チームと研究実績があります。一方、Figure AIは連続起業家であるアドコック氏の事業・資本・採用における経験を大きくレバレッジしています。
ここは、日本の起業家にとっても勇気を与えてくれるポイントではないでしょうか。
フィジカルAIというと、どうしても「世界トップクラスのロボット研究者でなければ参入できない」という印象を持ちがちです。しかしFigure AIの例が示しているのは、業界トップの研究者だけがこの市場の主人公ではないということです。
研究者、エンジニア、起業家、事業家、それぞれのバックグラウンドからフィジカルAIに参入することができます。重要なのは、自分が持っている経験を、フィジカルAIという新しいフィールドでどう競争優位に変えるかだと思います。
「スマートマネー」を巻き込む資金調達力
フィジカルAIでは、ソフトウェア以上に資本政策そのものが競争戦略になります。
モデルの学習には膨大な計算資源が必要であり、ロボットの開発・製造・配備にも大きな資本が必要です。さらに、研究開発と市場開拓を同時に進めるには、長い時間軸で会社を支えられる資本が欠かせません。
ただし、単に「大きな金額を調達する」だけでは足りません。3社を見ると、資金調達を通じて戦略的なパートナーそのものを巻き込んでいることがわかります。NVIDIAやベゾス氏のような投資家が複数社に関わっていることは、フィジカルAIというカテゴリそのものへの大きな期待の表れとも捉えられます。これは「どの一社が勝者になるか」に賭けるだけではなく、フィジカルAIという産業全体が拡大することに賭けるという見方です。
この構造は、日本にとっても決して不利ではありません。日本には、ファナック、安川電機、川崎重工業をはじめとする世界有数のロボット企業があります。さらに、モーター、アクチュエーター、センサー、減速機など、ロボットのサプライチェーンを支える優れた企業が数多く存在します。そして何より、製造、物流、介護、建設など、ロボットのユーザーとなる巨大な産業基盤があります。
つまり日本には、フィジカルAIを構成する「部品」「ロボット」「現場」のすべてが揃っているのです。
日本のスタートアップにとっても、資金調達を「お金を集める行為」と捉えるのではなく、顧客、製造パートナー、データパートナー、計算資源、グローバルな販売網を同時に獲得するための資本政策として設計する余地があります。
ロボットデータの「質」と「量」をフライホイールに変えるには
3社に共通しているのが、フィジカルAIにおける最大の技術的ボトルネックである「ロボットデータが足りない」という問題への向き合い方です。LLMには、人類がインターネット上に蓄積してきた膨大なテキストがあります。しかし、ロボットにはそれに相当するデータ基盤がまだ存在しません。Skild AIが表現するように、いまだ「ロボットのインターネット」は存在しないのです。
3社は、この問題にそれぞれ異なる方法で挑んでいます。Physical Intelligenceは、多様なロボットから得られるリアルワールドデータを重視する。Figure AIは、自社のヒューマノイドを実際の工場に投入し、現場データを蓄積する。Skild AIは、シミュレーションや人間動画を大規模に活用しながら、実世界への展開によってデータを増やす。
アプローチは違っても、共通しているのは、「データを集める」だけではなく、「データが増える仕組み」そのものを事業に組み込もうとしていることです。
日本でフィジカルAIのスタートアップを立ち上げる場合にも、これは重要な示唆になります。最初から巨大なデータセットを持っている必要はありません。工場の動画を一件ずつ集める。現場の作業を一つずつ記録する。ロボットの失敗を一つずつ蓄積する。顧客とのPoCを一つずつ増やす……。
泥臭い活動に見えるかもしれません。しかし、そのなかから「データが自動的に増えていく仕組み」を発見できれば、それは将来的に大きなMoatになります。フィジカルAIにおける競争優位は、モデルの性能だけではなく、データを生み出す事業そのものに宿るのかもしれません。
最後に問われるのは、「どのレイヤーで戦うか」と「どうマネタイズするか」
3社を並べてみると、それぞれ異なる戦い方をしていることがわかります。Physical Intelligenceは、汎用のロボット基盤モデルというOS層を狙う。Figure AIは、モデルからロボット本体、製造、現場への展開までを垂直統合し、ヒューマノイドという完成品から市場を取りに行く。Skild AIは、複数のロボットメーカーや実世界への展開を通じて、データフライホイールを構築するAIプラットフォーム層を狙う。
どれが正解なのかは、まだ誰にもわかりません。だからこそ、日本のスタートアップにもチャンスがあります。肝心なのは「Figure AIと同じことをやる」「Skild AIと同じことをやる」と考えることではありません。
- 「自分たちはどのレイヤーで戦うのか」
- 「そこで自分たちにしか持てない強みは何なのか」
- 「その強みは、事業が成長するほど強くなるのか」
- 「そして、その成長を支えるマネタイズモデルは何なのか」
これらを最初に設計することです。
特に日本のスタートアップは、アメリカのスタートアップと比較すると、資金調達、人材、計算資源などで制約を受ける場面も少なくありません。だからこそ、限られた資本でどうデータを集め、どう顧客を獲得し、どうモデルを改善し、その改善がさらに次の顧客を呼ぶ仕組みを作るか。ここが勝負どころになります。
この点は、Skild AIのような「データフライホイールとマネタイズを両輪で回す」戦略から学べる部分でもあります。
正解なき世界へ!参入する起業家たちへ
繰り返しになりますが、フィジカルAIの世界では、まだ「正解」が存在していません。
- どのモデルアーキテクチャが勝つのか?
- どのデータが最も価値を持つのか?
- シミュレーションデータとリアルワールドデータのどちらが重要なのか?
- 汎用モデルがすべてを取るのか、バーティカルが大きな価値を取るのか?
- 汎用ロボットOSが勝つのか、ハード+AI一気通貫が勝つのか?
その答えも、まだ決まっていません。これは、日本の起業家にとってむしろポジティブなことだと思います。
日本には、世界トップクラスのロボット技術があります。製造業があります。自動車産業があります。物流があります。高齢化という社会課題があります。そして、現場に根ざした膨大なノウハウとデータがあります。
これらは、AI時代には「古い産業の資産」ではなく、フィジカルAI時代の新しい学習データと市場機会になり得ます。むしろ、日本を起点に世界で展開できる新しいポジションを見つける可能性も十分にあります。「どの会社がロボット版OpenAIになるか」が決まっていない今だからこそ、参入する意味があります。
ALL STAR SAAS FUNDは、こういった野心的なビジョンを持つ日本の起業家・チームを応援する存在でありたいと思います。連絡先は、オンラインオフィスアワー、またはXのDM(湊 雅之、前田 ヒロ、神前 達哉)まで。
※本連載シリーズは、私たちがAIにまつわるスタートアップの事情について学んだことや感じたことを記事にしています。その時々の考えや学びを書いていくので、粗い部分も多々あるかと思います。そして急速なAIの進化によって、記載内容の鮮度が失われるペースも速まるかもしれません。どうかご容赦ください。この記事が皆さんの新たなインサイトにつながるきっかけとなりますように。
※記事中の企業・肩書き・数値・実績は執筆当時のものです




