SaaSスタートアップを支える「T2D3」という圧倒的な成長。その高成長を実現するためには、SaaSの世界を駆け抜けるための「戦略」が存在します。そこで、ALL STAR SAAS FUNDでは、全4回からなる短期集中型の連続講座を通じて、その戦略について多角的に考えていく機会を作りました。昨年度に引き続き開催する「ALL STAR SAAS BOOT CAMP」では、主にシードからアーリーフェーズの企業や、起業準備中のSaaS起業家へ、T2D3をハックするためのメソッドを見つけ出していきます。
課題を乗り越えてきたSaaS企業の現役経営陣とSaaSスタートアップの各成長フェーズを支援してきたALL STAR SAAS FUNDのメンバーが、実体験をもとに各テーマについて解説。今年度の最終回となる第4回、そのテーマは「人事制度」です。「人」や「組織」こそSaaSが成長する源泉といえます。組織のメカニズムを知り、人事的な課題にも適切に取り組むためにも、より良い人事制度の構築が欠かせません。そこで今回のゲストに人事制度のプロフェッショナルをお招きしました。ALL STAR SAAS FUNDのメンターであり、スタートアップから成熟企業まで、人事制度の構築を中心にコンサルティングを務めてきた、株式会社インプリメンティクスの金田宏之さんです。
大学卒業後、組織変革のコンサルティングファームで、大企業向けに人事制度の改善・改革に取り組んだほか、企業合併に伴う人事制度の整備、監査法人、大学法人、NPOといった組織体の人事制度設計も経験。その後、独立し、現在は主としてスタートアップに特化しての組織・人事の制度設計や運用をサポートしています。また、人材育成に関する戦略立案や実行、社員研修など、HR全般に関しての知見も豊富な金田さん。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのパートナーである神前達哉です。
(※この記事は、約1.5時間からなるセッションをテキスト化・再構成したものです)
人事制度を設けるべき、2つの理由
金田:はじめに、私が「人事制度」と称する定義から入ります。この定義は学術的なものではありません。むしろ、私が現場で得た経験から、特にスタートアップの現場でよく取り沙汰されるテーマを50の領域に分け、それを言語化したものです。
本日はその中でも「等級制度」「評価制度」「報酬制度」というHRの3本柱となる仕組みに焦点を当てたいと思います。入社された方々が、これらの人事制度を通じてマネジメントされ、パフォーマンスを発揮していただくために、制度がどのように役立つのか。私は、その仕組みに専門特化していますから、今日はここを中心にお話ししていきます。
具体的な例を挙げると、人材を8段階の等級で定義する場面が考えられます。私が普段、クライアントと人事制度を構築する際も、まず見せる型があります。この定義をもとにしながら、各企業の特性やニーズに応じてカスタマイズしていく形になります。
「等級・評価・報酬」という人事制度の目的は、主に2つあります。
1. リソースの最適配分を実現する:シンプルに言うと、社員の給与や報酬を決定することを意味します。この目的は人事制度の中核をなすものです。
2. 指針を示し、成長を促進する:人事制度は、社員の成長や育成を後押しする役割も担っています。報酬決定は特に人事制度にしかできない部分なので、その点を強調しながら、社員とのコミュニケーションを進めていくことが重要だと考えています。
人事制度は「PMFを確立し、10名程度の組織」から検討する
続いて、「人事制度をいつ導入すべきか?」という課題についてお話しします。私もよく「社員が10人、50人、100人のときに導入するべきか?」と質問されます。この質問には一概に答えられないのですが、いくつかの指針はあります。まず、PMF(Product-Market Fit)のタイミングを一つの目安として考えます。PMFが確立され、積極的に採用を進められるような段階が、人事制度を導入するタイミングの一つといえます。
ただ、実際にPMFを達成したと思いきや、実はそうではなかったケースもありますね。私も過去に経験があります。とはいえ、人事制度が走り出してしまうと、採用も進んでいて、報酬制度についても会社内の説明が済んでいるので、ピボットするのが非常に難しい。社員と話をしながら、人事制度を白紙にして、改めて構築しないといけません。組織の規模やフェーズも、導入のタイミングを考える上で大切です。
例えば、チームが10名程度のときに導入をはじめると、チーム内でディスカッションも促進されて、それが組織のカルチャーとしても根付きやすいです。私の経験上、制度の設計には6ヶ月ほどの期間がかかります。社員10名程度で進めていると、実際に制度が形作られる6ヶ月後には、組織は拡大して約20名程度になることも多いです。
このタイミングで導入すると、まだ組織が小さいため、現場スタッフの意見をしっかりと取り入れることができます。もちろん、50名や100名を超えた組織での導入例もあります。しかし、そのタイミングでの導入は、すべてのメンバーの納得感を得ることが難しく、導入のコストも高まると感じています。私のアドバイスとしては「PMFを確立した上で、組織が10名程度の時点で、人事制度の導入を検討する」というのが良いのではないかと考えます。
等級制度の作り込みこそが人事制度の要
金田:続いて、人事制度の構造をお伝えしていきます。人事制度の中で最も大事なのは「等級」です。等級とは、会社が期待する人材のレベルや姿を言語化したものです。「等級3の人は自立的に仕事が進められる」とか「等級5の人はマネジメントができる」といったような基準があります。等級制度が重要なのは、会社が期待する人材像を明確に示す点であり、それが報酬にも直結するからです。等級制度が整っていなければ、人事制度自体がうまく機能しません。
等級に基づいて目標を設定し、その振り返りを行なうのが「人事評価」です。その評価が報酬に影響する形で結び付いており、昇給や降給が行なわれます。そして、報酬には市場価値があります。今ですと、エンジニアの報酬水準が高くなっているのが事実で、そういうところを報酬に反映をさせていくというものです。
ここで注意点として、よく「人事評価制度を作ってほしい」と言われるケースがあるのですが、多くの場合、等級制度が無視されてしまっていることがあります。そもそも人事制度の基盤となるのは等級制度であり、それに基づいて目標を決め、等級判定プロセスが動くからです。どちらかといえば評価制度に目が行きがちですが、基礎である等級制度の作り込みこそが人事制度の要だといえます。
そして、よく受ける質問が、「等級判定と人事評価の違いは何か」というものです。大きな違いは「見極めの対象」です。等級判定は、期待される働きに対しての「再現性」を見るのに対して、人事評価は目標達成への行動やプロセスを含めた「結果」を評価するものです。期間の長さも異なります。等級判定は入社からの全期間を考慮しますが、人事評価は四半期ごとなど比較的短期間で適用していきます。このため、等級判定は抽象的で、人事評価は具体的なものとなります。
最後に、報酬に関連して。等級は報酬のレンジ、その上限や下限を決定します。例えば、「3等級ならば400万から600万」といったレンジが設定され、その中での昇給・降給の金額が人事評価によって決まります。等級判定の部分が欠けており、評価のみで制度が運用されてしまうことが、問題を引き起こす原因となり、人事制度への理解や納得が生まれない理由にもなります。制度に対する理解が社員の納得感につながるので、マネジメントにもプラスに働くのではないかと思います。
等級制度は8段階が基本
金田:私が提案する等級制度は、デフォルトとして8段階を基本にしています。等級は、全体の評価や報酬の基準となるものです。仮に、等級を1段階増やすだけで、報酬のレンジや基準を変更する必要も出てくるので、この土台の変更は簡単ではありません。私の経験上、概ね8段階あれば、多くのスタートアップ企業の方々にも納得され、200人や300人といった一定の規模まで成長しても適用可能だと考えます。
スタートアップ企業においては、特に「3等級」の位置が重要です。この3等級は「自立的に担当領域の仕事を完遂できる」という人材の評価基準として位置付けられています。新卒採用ではなく、中途採用の際には、この3等級以上の人材を採用する方向に進むことが多いです。もし、スタートアップが2等級の人材を中心に採用すると、マネジメントのコストが上昇し、組織の成長速度が鈍化してしまうリスクがあります。
最近のスタートアップの中には、新しい顧客獲得の対象として、エンタープライズ企業を狙うような動きをしているところもありますが、その場合は4等級の人材が採用基準となってきます。どのレイヤーが自分たちの採用基準とすべきか、という目線を合わせるためにも等級制度は使えるのです。
報酬のポイントについても触れておきましょう。報酬のレンジは、「職種グループA」と「職種グループB」に分けることをおすすめします。グループBにはエンジニア、プロダクトマネージャー、エンタープライズ領域のセールスなど、給与水準が高い職種が含まれます。例えば3等級の場合は、グループAでは上限が600万円、グループBでは上限が700万円。4等級の場合、グループAは800万円、グループBは1,100万円という具体的な差が出てきます。
これらの数字は、私が多くのスタートアップとの議論や報酬サーベイなどの情報をもとにして定めたもので、あくまで参考値として捉え、企業ごとに調整をして適用するのが良いでしょう。ある企業は、この制度をベースに50万円や100万円単位で微調整を行なうこともあれば、このまま適用する企業もあります。
評価制度の捉え方、昇給率の決め方
金田:「評価制度」は、スタートアップでは一般的となった「ビジョン・ミッション・バリュー」から説明するとつかみやすいです。評価を「ビジョン・ミッション・バリュー」から整理すると、ビジョンを実現するためにミッションがあり、ミッションから期待される成果が各メンバーに設定され、これが目標となります。そして、多くのスタートアップでは、バリューとして定義されている行動指針があり、それに沿った行動をすることが推奨され、評価の対象となってきます。
さて、制度設計の最後に「昇給」についても触れておきます。私が制度設計する際にデフォルトとして想定しているのは、6ヶ月ごとの評価に基づいた昇給制度です。具体的には、「satisfactory(期待通りの働き)」と評価された場合、年収が約1%上がるという形。最も高い評価である「アウトスタンディング」であれば8%です。
つまり、アウトスタンディングを連続で得られれば、年間で約16%程度の昇給になります。実際的には複利なのでもう少々上がりますが、概ねこういった数値設定です。
昇給率は、一般的に「年間1.8%から2%」といわれています。6ヶ月に一度のsatisfactoryが実現できれば1%上昇、さらに6ヶ月後に実現して1%上昇と考えれば、世の中の平均とも差はそれほどないといえます。しかし、高評価を獲得すれば年間で10%近く昇給することも可能ですが、私自身、前職のコンサルティング現場でもこれほど高い昇給率はほとんど見られませんでした。
ただ、スタートアップの場合は報酬が大きな動機付けとなり、成果を上げた人にはより多くの報酬を分配する、という考えが根付いています。一方で、「unsatisfactory」という低評価を受けると、マイナスの評価を付けることも実際にはあります。
採用時の等級は「迷ったら下の等級」に
神前:金田さん、解説ありがとうございました。ここからは私も加わって、等級制度と人事制度についてさらに詳しく伺いたいと思っています。まず、人事制度における等級制度の位置付けは非常に重要とのことですが、具体的にどういう基準で、その等級を決めるのでしょうか?また、会社全体での共通認識を持つためのポイントや工夫があれば教えてください。
金田:基本的には、一人のメイン評価者を設定し、その方が各要件に対して評価を行ないます。制度を導入する際、最初の6ヶ月はトライアル期間として、要件の確認や調整をします。この際、感覚ではなく文書に基づいて評価を進め、それを経営陣に報告するのがポイントです。ただ、この導入フェーズはかなり手間がかかりますね。
神前:経営メンバーの中で、等級の認識にズレがあるケースも多いと感じます。例えば、ある経営メンバーが7等級と判断した人が、実際には5等級だったというようなケースです。これを減少させるための対策や、リスクの明示は重要だと思いますか?
金田:まさにその点が重要です。採用時に、その人がどの等級に該当するのかを最初に見極めます。しかし、特に上位層の人物については、前職での実績や経験だけでは自社での実力を判断しきれないこともあります。そういったケースでは、「迷ったら下の等級」を基本に動くようにしています。一度高い等級を提示してから下げるのは難しいのですが、逆ならば比較的スムーズだからです。
神崎:採用時に、候補者の前職の給与と現在のグレードが合わない場合、どのような対応を推奨しますか?
金田:サインアップボーナスで調整する企業が増えてきています。例えば、200万円のギャップがある場合、その額を入社時や6ヶ月後に分割して支給する方法です。以前は給与を下げてでも採用するという考え方が主流でしたが、現在の採用状況ではそれだけでは難しいですね。特に上位層の方には、ストックオプションを検討するなど、経営層での判断が求められるケースも増えています。
スタートアップほど、柔軟に変更できるような制度を作るべき
神前:次に質問したいのは、制度構築のタイミングについてです。先ほど、PMFの達成時や社員10名の時期という話がありました。例えば、1年後や3年後の組織を予見して制度を構築すべきなのか、それとも現状に合わせて設計すべきなのか、どのようなアプローチがオススメでしょうか。金田さんが特に気を付けているポイントや、実際にフィードバックを受けて変更してきた内容なども教えていただければと思います。
金田:実際に制度を作る際に大事しているのは、制度は常に変わるということです。特にスタートアップの世界では「昨日の方針が今日変わる」ということも十分に考えられます。そのため、あまり将来のことを詳細に考えすぎて制度を構築するより、現状に合わせて柔軟に変更できるような制度を作るべきだと思っています。
私の経験上、300人程度の組織まで対応できる制度を目指すことが良いと感じています。そして、10人くらいの時期に早めに制度を作り始め、20〜30人の時点で具体的に制度を取り入れて、100人から200人になるまでに制度を何回か運用して、そこで自社に合う制度に変えていきます。
だいたい6ヶ月ごとに検証して、1年間で2度は制度を回すと、ある程度の形が固まってきます。その段階で組織が100名になると、制度が一定、改善できた状態で運用できるようになります。こういった改善期間も大切になってきますね。
神前:制度を作成し、運用に移行した後もトライアンドエラーを繰り返して最適化していく必要があると思うのですが、制度がうまく機能する会社と、そうでない会社の違いは何でしょうか?
金田:実際のところ、制度を設計・導入した後、「あとは、人事チームで運用をお願いします」と経営者が丸投げして終わるようなアプローチは成功しません。制度を導入しても、それを経営者が適切に運用・監視し、改善を続けるようにコミットメントしないと、制度は単なる文書として存在するだけになってしまいます。成功している会社は、制度導入後も経営チームが定期的に集まり、問題点や改善点を議論し、適切に修正を加えていることが多いです。この継続的な取り組みが、制度が実際の業務にフィットし、組織全体を効率的に動かす鍵となっています。
バリューの評価方法は「覚悟を持って任せる」
神前:今、投資先の皆さんや多くの方々から質問されることの中に、「バリューの評価方法」に関するものがあります。具体的には、どうバリューを評価に取り入れるのか、その表現方法が難しいと感じています。このあたりのヒントはないでしょうか?
金田:「バリュー」という言葉を使いますが、簡単に言えば、これは会社が成長するための「仕事の仕方や考え方」を言語化したものです。大切なのは、バリューと呼ぶことではなく、明確に言語化することです。なぜ、スタートアップでバリューが必要なのかといえば、人材の採用戦略に影響されるからです。特にスタートアップでは、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が集まります。そこで、それぞれの経験や仕事の仕方を尊重しつつも、「うちの会社としてはこのやり方でいきます」と、共通の価値観や基準を持っておかないと、まとまらなくなってしまいます。
リクルートのような大手企業でも、社員が日常的にバリューを使ってコミュニケーションしています。「自ら機会を作り」や「圧倒的当事者」、「Willを示せ」といったフレーズを、元リクルートの方はよく口にしています。これこそが大事で、どんどんと社員から出てくる形でなければならない。ただ横文字のスローガンを掲げるだけでは浸透しません。日常業務の中で、自然と言語化され、活かされるようなバリューの形成が必要です。
神前:それを具体的に評価するとなると難しいですね。その方法についてもう少し教えていただけますか?
金田:評価の基準としては、バリューに対する貢献度や、周囲の模倣になっているか否かとかについて、3段階や5段階の評価が考えられます。この評価は売り上げなどの定量的な数値に基づくものではなく、日々の業務を通じての定性的かつ主観的なものです。それに客観的な評価基準を設けるのは、正直に言って困難でしょう。私はメイン評価者の主観に任せる、というのも一つの評価だと考えています。メイン評価者が会社のバリューを正確に理解し、それをもとに評価を行なうことが大切です。そういう人をマネージャーに据えないと、評価制度は崩壊していく。マネージャーに評価の権限を委ね、納得のいく評価を行なってもらうスタンスが必要です。最後は「覚悟を持って評価者に任せる」というのがポイントといっていいでしょう。
「1名から50名組織」と「51名から100名組織」のフェーズで変わる
神前:スタートアップのフェーズに区切って、それぞれの課題に対しての捉え方を教えていただけますでしょうか。
金田:フェーズごとの課題と予防策についてお話ししましょう。具体的には「1名から50名組織」と「51名から100名組織」という2つの範囲について触れていきます。ポイントをしっかりお伝えしたいと思います。
1名から50名の組織における課題
金田:まず、1から50名の組織の場合、最初の評価制度を導入するタイミングで必要な部分だけを作っていくのが良いでしょう。やはり、どんどん変わることを前提とします。
例えば、エンジニアやセールス向けの評価基準や等級要件を6ヶ月ごとに微調整していくなどのアプローチが考えられます。ただし、具体的な職種に合わせて評価基準を変えるのは問題ないですが、バリュー体現の方法や評価基準を変えるのは難しくなる可能性があります。
50人、100人と組織が成長するにつれ、仕事の仕方も役割分担が進んで、分業化します。そこで評価基準を作り込みすぎても、実態と合わなくなって、評価制度の納得感がなくなってしまう。一方で、人材評価の基準は抽象的なので、頻繁に変更する必要は少ないと感じています。目標設定の際、具体的なルールを厳密に設ける場合があります。例えば、業績目標のウェイトを固定するといった方法です。
私の経験から、大企業ではこのようなアプローチでも問題は少ないのですが、スタートアップでは目標が頻繁に変わることが多いです。目標設定を硬直的にしてしまうと、期中での方針転換や目標変更が難しくなり、うまく運用できなくなる可能性があります。
目標の変更を前提とした上で、日々の1on1の中で目標を確認し、適宜調整していく方法を勧めています。あとは、セールスのインセンティブや賞与など、はじめの段階での制度導入を行なうと、企業の成長とともにインセンティブのハードルが上がってしまうケースがあります。
これは、現場のメンバーにとっては、昨日までの目標が突如として高くなると感じることになり、モチベーションを失ってしまうリスクにつながります。経営側と現場側の間で意見の食い違いが生じ、結果的に事業の前進が難しくなることもあります。私は、50名規模の組織の段階では、短期的なインセンティブの導入は控えたほうがいいのでは、と考えますね。
51名から100名の組織における課題
金田:1名から50名の組織では「細かく制度を作り込まない」というアドバイスをしましたが、51名から100名組織のフェーズでは、しっかりとした枠組み作りが求められます。ここでは具体的なアドバイスとして3つを挙げます。
1. 背景の文書化
人事制度の背景や根拠を明らかにすることが大切です。評価制度や報酬制度を紹介する際、単に制度の内容だけを伝えるのではなく、それらが「なぜそのように設計されたのか」を説明するためにも文書として残すべきです。なぜ、これが重要かというと、組織が大きくなるとマネージャーが増え、権限が分散します。
そのマネージャーは制度を作成した経緯を知らない場合も多いため、現場のメンバーから質問を受けた際に、制度の背景や理由を説明できなくなりがちです。これが続くと制度そのものが形骸化してしまいます。
2. 制度の具体化
マネージャーが増える中で、彼らが説明責任を果たせるように、制度をより具体的にすることが必要です。創業時には職種ごとの詳細な評価基準を設ける必要はなかったかもしれませんが、この段階ではエンジニアやセールスの等級要件などを明確に設定することをお勧めします。
例えば、創業の段階ではCTOがエンジニアを直接評価していたかもしれませんが、マネージャーがその役割を担うようになる中で、CTOと同じ目線で人材を評価できるようになってほしいわけです。同じ評価基準や目線で人材を評価するためにも具体的なガイドラインが求められます。
3. 目標設定のガイドライン整備
組織が100名程度になると、目標設定の流れや方法に慣れてきますが、それがマンネリ化しやすいです。とりあえずマネージャーと話して、「この6ヶ月でこのタスクをやろう」といったタスクベースに落ち着く形になりがちです。そうではなく、「自社の目標とは何か」をもとに、具体的な目標設定の方法や、どういった目標を設定すべきか、ストレッチ目標とはどういうものか、といったことを考えるためのガイドラインを整備することが大切です。
マネージャーごとに目標設定の考え方がバラバラになってしまうと、目線のズレや認識の違いが生じやすく、部署間の摩擦の原因にもなります。そのため、組織全体で共有するガイドラインを文書化し、しっかりとドキュメンテーションすることが必要です。これらの取り組みは、ぜひ人事の方々に進めていただきたいと思います。
組織拡大の壁は「マネージャー」に起因する課題である
神前:「30人の壁」や「100人の壁」といったものがありますが、具体的にどのような組織的な課題が現れるのでしょうか?金田さんの経験から教えていただけますか。
金田:やはり、マネージャーに権限が委譲されるタイミングと関連していますね。特に、50人や100人の組織規模になると、創業当初のメンバーや初期のリーダーシップを発揮していた方々から、徐々にマネージャーへ権限が移譲されていきます。この過程ではマネージャー育成が難しく、適切なマネージャーを採用できることが成長の鍵となります。
本当に伸びている会社、成長の速度が速い企業を見ていると、50人や100人の「壁」はあまり感じられないのです。そして、抽象的に語られるそれらの「壁」は、たいていはミドルマネージャーの問題に起因しているように見えます。
やはり、早い段階でのマネージャー採用が大切です。初期の段階では自らの手足となるような人材、つまりは3等級程度の人材を重視する傾向にあると思います。しかし、その後の4等級や5等級といった上位層の人材を採用できるようにすることが、組織の成長において極めて大切です。少ない人数のときに、マネージャーがきっちりと会社の仕事の進め方、バリューやカルチャーを理解した状態で、マネジメントポジションに就けるかどうか。自分たちの会社をよく知ってる人がマネジメントをしているかどうか。ここは大きなポイントだと思います。
神前:少し具体的な数字としては、例えば30人の組織で、どれくらいの割合で4等級や5等級の人材を確保しておくべきだと考えますか?
金田:30人規模の組織において、300人規模の組織になったときを見据えると、その段階での経営層の半分を確保していくと良いでしょう。例えば、300人の組織で、CxOが10人必要になるのであれば、そのポテンシャルを持った人材が5人はいたほうが望ましいです。このような組織作りができている企業は、成長の伸び率が変わってくると考えます。
神前:ありがとうございます。もう一点、気になるのは「行動量などの達成にはコミットし、数字の達成もできているものの、バリューに合っていない。あるいはアンラーニングができず、ルールを軽視するベテランメンバー」のような人たちに対して、どのように人事制度をアプローチしていけば良いか、という悩みがあります。
金田:基本的には、評価制度やその等級要件の基準に照らして評価します。例えば、バリューとして定義されていることが、本人にはできていない、もしくはやろうとしない場合、評価時にそれを低評価としてフィードバックをしっかり行なうことが大切です。逆に、これを実施しないと、そのような行動をしても許容されると感じるメンバーが増えてしまうリスクがあります。カルチャーを保つためには「問題のある行動は問題である」と明確に示すことが必要です。このフィードバックは厳しいものになるかもしれませんが、短期的なメリットを追求するのではなく、中長期的な視点から、その重要性を理解してもらうことが必要です。
「成功する組織作りを実践している経営者」の5つの共通点
金田:今日、ここまでお話ししてきた内容にも関連しますが、経営層のコミットメントは欠かせないことがおわかりいただけたかと思います。そこで、私からの提案として「成功する組織作りを実践している経営者」に共通して見られる特性や考え方について、私の経験をもとに5つのポイントを言語化してみました。あくまで私の経験と感覚に基づいているので、学術的なデータや研究に基づいてはいません。
1:相手の意見や考えを尊重する
成功する組織作りの秘訣として、何よりも大切だと感じています。私がこれまで関わってきたスタートアップでも驚いてきたことで、役割や責任が明確に分けられており、その担当者がしっかりと考え、自信を持って提示したことに対して、経営者は尊重します。
ときには、経営者と担当者の意見が異なることもありますが、成功する経営者はその担当者の意見を尊重しながら、「あなたがそう言うならやってみよう」と提案を実行に移す。絶対に引けないケースもあるのですが、多くのケースでは担当者の意見を尊重します。結果として、組織全体の信頼関係が深まり、より良い成果を上げることができます。
2:有言実行・言行一致
成功する経営者は、自らの言葉と行動が一致するよう心がけています。できないこと、やらないことは言いません。つい、組織を率いるときや、メンバーを鼓舞するときにはきれいごとで片付けてしまうものですが、それは一時は良くても持続的ではありません。「背中で見せて、やり抜く」といったスタンスで組織を動かしているな、と感じています。
具体的な例として、社員の給与を業界トップレベルにすると言いながら、実際にはそのための戦略や計画がないようだと、組織内の信頼感は薄れてしまいますよね。成功する経営者は現実的な計画を持ち、有言実行している。そうしてリーダーシップを発揮しています。
3:冷静に相手の視点に立てる
一つ目の「尊重」とも深く関連しています。多くの起業家は、自らの経験や成功体験に基づいて意思決定をしているわけですが、実際にその経験だけで決めているのか、それとも他者の視点を取り入れているのか、その差は大きいです。例として、人事制度の話をします。起業家が過去に「この制度は良かった」と感じたからといって、そのまま自社で採用するのか。
それとも「私はこれが良かったけれど、社員はどう思うだろう?」と他者の視点で考えるのか。それを真摯に実行できる人は、意外と少ないのではないでしょうか。例をもう一つ挙げると、セールスのインセンティブについて、自分がセールスをしていたときにはインセンティブがあって嬉しかった、という理由だけで制度を導入する方もいます。しかし、その制度が現状の組織や環境に合致しているかどうかは、冷静に検討する必要があります。このような視点が、組織作りの際にも重要となってきます。
4:採用を絶対に妥協しない
経営者にとって採用は、ファイナンスや売上などと同じく、重要なミッションの一つです。正直かつ遠慮はせず、敬意を持って候補者を断りますし、採用に関して時間をしっかり投資している経営者を多く見かけます。しかし、中には「この人なら仕事ができるのでは?」という思いから、少し妥協して採用をしてしまうケースもあります。理想的な人材が見つからない場合、一つランク下の人材を採用してしまうことも。そういった数合わせのような採用はしないのですね。
一方で、候補者の方の前職が有名企業だったり、色々な実績があったりするときでも、自社と合わないと考えれば、妥協せずに「断る」こともできる。断ることによって自分の首は締まるのですが、そういう苦しさを乗り越えてきている人ほど、組織のことがよくわかってるし、周りからの信頼も厚いな、と感じます。
5:素直である
組織作りを担う経営者やマネージャーとして、会社を成長させていくプロセスとは、ある意味では「素直になっていく」という過程といえるかもしれません。何が正しいのか、目的は何なのかをシンプルに捉え、それをもとに判断する能力も「素直さ」だと私は考えます。もちろん、人間関係には相性の問題も存在します。
そのため、経営者や会社との相性は大事ですし、フェーズに対して必要なスキルを持っているから採用したとしても、その部分が合わなくなってくるケースは十分あります。組織作りがうまい人でも起きるのです。それも加味しながら、責任を持って見ていくのが良いのではないでしょうか。
以上、私が組織作りで意識してほしい5つのポイントを話しました。これらはアカデミックなものではありませんが、組織作りの観点からは役に立つのではないか、と思います。