事業を軌道に乗せ、成長を遂げたいスタートアップにとって、採用活動は切っても切り離せません。専任の人事担当者を置いたとしても、それですべて解決するわけではないというのも実情です。アメーバのように形を日々変える組織体にあって、実情を反映した採用を実現させるには、現場からの意見や要望をフィードバックした採用活動が功を奏します。
現場の部門責任者が採用にコミットし、事業成長を実現しているスタートアップ「Ubie」はまさに実践例と言えます。生活者向けの症状検索エンジン「ユビー」などを展開し、2019年からの2年間で社員数5倍以上、さらに現在はその倍に近い規模まで伸長してきました。
以前にもALL STAR SAAS FUNDではUbieの採用についてインタビューしましたが、それから時を経て、Ubieはさらに事業成長を加速させています。さらなる組織拡大を進めた同社に、あらためて採用活動についてインタビューしました。今回、話を伺うのは、森俊彦さん。
森さんは2015年新卒でエムスリーへ入社後、リクルートキャリアを経てUbieへジョイン。それまで採用担当としての経験はありませんでしたが、現在はUbie DiscoveryとUbie Pharma Innovationの採用にフルコミットしています。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDで、採用関連の支援を行なうタレントチームから楠田司が務めました。
チームの役割に対して、最適な文化を作るUbieのスタイル
楠田:以前、2021年7月に掲載したそのぴーさんへのインタビュー記事では「100名フェーズまで採用人事が不在だった」と伺いました。当時の僕としては、採用人事の役回りを細分化して担当制を取っていたことが大きな学びでした。
そこからUbieさんのフェーズも変わってきたかと思いますが、現在の採用活動や変化から、まずは教えていただけますか?
森:2022年11月現在は社員230名ほどの規模になり、組織が大きく4つに分かれるようになりました。最大のチームは「Ubie Discovery」です。Ubieは「医療機関向けの事業」と「製薬企業向けの事業」を手掛けていますが、いずれの事業も0→1の立ち上げ時から事業の蓋然性(がいぜんせい)を一定で高めるところまで、いわゆるPMFからのGo To Marketフェーズについて、Ubie Discoveryが担当しています。
そのフェーズを超えて以降のスケール拡大は、医療機関向けの事業は「Ubie Customer Science」が、製薬企業向けの事業は「Ubie Pharma Innovation」が担っていきます。
出典:Ubie会社資料より抜粋
楠田:0→10はUbie Discoveryで、10→100はUbie Customer ScienceとUbie Pharma Innovationが担当するわけですね。
森:そうですね。Ubie Customer ScienceとUbie Pharma Innovationというスケール担当の組織が、現在は採用を積極的にすすめています。事業全体がR&Dからスケールのフェーズになってきているので、主役も移ってきたという印象ですね。私が採用を手伝っているUbie Pharma Innovationは、勢いを持って事業の主役に躍り出ようとしてるところです。
担当人事でいうと、Ubie Customer Scienceにはすでに部門人事がいます。Ubie Pharma Innovationにも置こうと考えていますが、まだ不在のため、森がUbie Discoveryから組織をまたいで、手伝っている状況です。
入社前から希望されていた、「事業7割、採用3割」というミッション
楠田:森さんが務めてきた、役割の変遷を詳しく聞かせてください。Ubieさんに入社された時、兼任するタイミング、フルコミットに切り替わった、という時系列で伺えますか。
森:前提として、Ubieも「スタートアップあるある」で役割はよく変わりますし、兼務もさまざまありますが、オファーレターをいただいた時点でそこには「事業7割、採用3割」といった会社からの希望は、すでに書かれてありました。
2018年に入社して、2020年くらいまではその割合で動いてきましたが、事業系の人材が増えてきたこと、医療機関向け事業で人が足りなくなってきたタイミングもあって、仕事の中身や採用領域も変わっていきました。その後、直近ではUbie Pharma Innovationの採用が全社的に喫緊の課題になったので、フルコミットすることとなりました。
楠田:いずれにしても、現状のUbieは230名という社員規模から見ても、採用担当者が他の企業と比較しても少ないほうだとは思います。入社した当時は今の規模よりも小さかったとは思いますが、それでも森さんは人事経験が豊富な人材としてジョインされた訳ではない。さらに兼務ということで、採用について難しさもあったと想像します。いかに採用活動の施策を考え、実行していったのでしょう?
森:そうですね。採用ノウハウ自体は社内にはまだ全然溜まっておらず、それでも「やる気だけはすごくある」みたいな感じで(笑)。その頃はリファラル採用に注力していました。あとは、他社さんと協同で採用イベントを打ってみたり、ファネル管理をしたりしながら、施策あたりの効果を見ていきました。2021年くらいからは、細かく検証を進めています。
あと、僕が全体ディレクションをしましたが、採用をチームとしてスクラム体制を取り入れるなど、いろんなメンバーが少しずつでも採用に関わるように割り振りしました。
【ポイント1】スクラムを導入し、1週間単位で採用の方向性をアップデート
楠田:森さんから見て、手当り次第な施策から、スクラム採用などに振り切っていくことにできた「きっかけ」は何だったと考えますか?
森:きっかけを問われると難しいところですね。というのも、いくつかの要因があるのだと思っています。一つは、Ubieとしてホラクラシーやスクラム体制の全社導入がありました。それから、2年前くらいから採用範囲をセールスに限らずマーケティングにも広げ、人数を加速させようとした動きもあります。
従来の延長線で、つまり「リファラル最強!会えば口説ける!」みたいな考えだけでなく、選考の見極めプロセス含めて見直しが入り、出会うまでのPR活動も一気に力を入れて。それらを網羅的にやりはじめた時期だったんです。これらは全社の課題でも対処の優先度として高く、OKRでも上位に入るものでした。
森:私はUbie Discovery全体でスクラム体制を導入したのは、大きな転機だったと思っています。Ubie Discoveryのプロダクト開発で使っていたスクラム開発が、フレームワークとして「優秀すぎる」ということから、プロダクト開発以外のいろんな所に展開してみたら、実に汎用的だったんですよね。ビジネスチームでも有用だったので、採用チームでも用いることにしました。
楠田:採用チームでは、森さんがディレクションをされたというお話がありました。具体的に、どういった立ち位置を取りながら、編成していったのでしょう?
森:去年は「事業開発ポジションの採用」を推進する役割として、まずは「採用に30%くらいの活動量を割ける人」に集まってもらいました。スクラム体制は人数が多すぎてもいけないので、当時では6〜7人ほどでしょうか。彼らを一つのチームとして、そこに僕が「プロダクトオーナー」として加わりました。
1週間のスパンで「その1週間で達成したいこと」と「やること」の優先順位のゴールを決め、それらに応じてチケットの一覧を準備して、1週間ごとに方向修正しました。たとえば、「イベントは思ったよりリターンが出せなかったから、優先順位を下げよう」といった議論ですね。それを毎週繰り返して、「人を集めるための解像度」が上がっていき、それに伴ってメトリクスが改善していきました。
楠田:チケットの管理や追加はどのように?
森:管理については、スクラム開発でエンジニアが普段使っているソフトウェア開発用ツールの「Jira」を、僕らも使っています。たとえば、「コンサル出身者にスカウトメールを送って返信率を可視化する」といったような達成したいゴールを設け、1週間で達成できそうな量のチケットを週初めに選定します。
1週間のアウトプットを見て、翌週以降の方針を定めて改善していく、という繰り返しですね。
【ポイント2】常に新メンバーを加えて、入れ替わりが起こる採用活動を
楠田:メンバー構成で気を付けたことは?
森:基本的には募集するポジションに近い領域の人が担当します。事業開発メンバーの採用なら、すでに事業開発を担っている人ですね。そのほうが「採用したい人」に関する解像度が最も高いであろう、という考えです。
森:あとは、一定の割合で新メンバーを加えて、入れ替えが起きるようにしています。採用活動に触れていない人がいれば、積極的に声をかけます。
確かに。これまでのノウハウを知ってる人に、まだ全然わからない人を交えることで、メンバーが育っていく。そうすると、他で採用が必要になった時も全員が動けるようになります。それはUbieのように全員採用を掲げる組織だからこそ、ともいえます。
楠田:Ubieは、採用にも当事者意識を持って臨むカルチャーがあるように見受けられますが、新メンバーをアサインする際に、彼らの不安や自信の無さを払拭するために、何かされれていることはあるのでしょうか?
森:まずは、採用時の前提として「新しい物事に取り組んだり、そこから学んだりするのが好きである」「これまでのやり方を捨てられる」といった要件は重視して見ていますね。
採用に関するオンボーディングはUbie Discoveryの全メンバーに実施してますし、全てのメンバーに面接官も担ってもらいます。
また、Ubieの重視しているリファラル採用でいえば、オンボーディングのセッションでも「現状で、こういった要件の人が欲しい。では、こういう形で声をかけていってください。では、残り30分で実際に声かけもやってみましょう」という行動まで進みます。
入社直後のオンボーディングから実際の採用に関するアクションを取りはじめるようになるため、採用活動に関わることが最初から当然になり、自然と全員採用が進むのかと思います。
【ポイント3】採用を進めたいなら、詳しい人を巻き込む
楠田:募集ポジションに近い領域の人が採用担当を務めることについて、さらに伺わせてください。仮に、欲しい人が見えていても、どういった手法で採るべきなのかは、採用のプロでもなければ100%は理解できないはずです。現場責任者の主導で採用を進める時には、どういった働きかけでそれをクリアしていますか?
森:まずは、知見がある人を社内からどんどん巻き込むのがいいと思います。現場担当者がメインになって前進するのは変わらずとも、採用ノウハウに関する知見が社内にあるならば、それを借りてきたほうが絶対に早いですからね。「部門の採用が追いついていないから、30%だけコミットしてほしい!」と声を掛ける、みたいに。
Ubieなら、私が3年ほど前から在籍して採用に当たっていたので、駆り出されることもよくあります。そして、私が出ていくうちに、周囲にも「採用に詳しい人」が増えていくという形です。あとは「業務委託」で加わってもらい、知見がある方にアドバイスをもらいながら、自分たちで実行していく体制もあります。
私も元々は業務委託として関わっていたのでわかりますが、割と汎用性があるスタイルかなと思います。業務委託には、採用に関する全体のプロセスを分割して考え、自分たちが弱いと感じるポイントを見極めて、サポートしてもらうのがよいのではないでしょうか。
楠田:なるほど、採用担当が足りないリソースや専門性をクリアにして、外部でそれらを持つ人から注入してもらうスタイルを取られていると。
森:そうですね。一般的には、採用は「人事が事業部を巻き込む」という話になりやすいところですが、Ubieでは「事業部として採りたい人がいるから詳しい人を巻き込む」という逆の発想ともいえそうです。
楠田:それはまさに、Ubieさんの社内で「巻き込まれたから協力する」という文化が根付いている証拠ですね。
森:確かにUbieではやりやすいスタンスですが、むしろ「スタートアップならば」だとも思います。大企業では事情が違うかもしれませんし、マインドはあっても動き方がわからなくて協力できてないという人も、意外と多いように感じます。ロールの付け方を含めて、巻き込み方さえうまくやれば、意外と一緒に取り組める人は多いはずです。
楠田:大切なのは「巻き込む側がどのように協力してほしいのか」がクリアになっていることだと感じました。巻き込まれる側が貢献すべき内容がはっきりしていないのは、他のスタートアップの採用でも聞かれる課題なのかなと。
森:それはよくあるケースですよね。みんな、協力したくないとまでは絶対に思っていないはずです。事業を伸ばしたいし、そのためにスタートアップを選んでいるわけですから、貢献したいと思うことが前提。そこの接続がうまくできてないだけなのでしょう。
【ポイント4】採用基準が甘くなる「あるある」を防ぐのは、徹底的な言語化
楠田:質問の角度を変えて……森さんに、採用の役回りで「失敗してしまった話」があれば、ぜひ後学のためにも教えていただけませんか。
森:結構「スタートアップあるある」かなと思いますが、人を求めるがゆえに採用基準がゆるくなってしまいがちになることですね。例えば、僕がある事業を一人で見ていて、その担当を2人目、3人目と増やさなといけないときの事例です。
「人の見極めが大事だ」と頭ではわかっていても、喉から手が出るほど人が欲しいあまりに、評価が甘いまま採用プロセスを進めてしまったことがありました。
結果、その方は入社されなかったので、何かしらのクリティカルな問題が起きたわけではなかったのですが、振り返っても「危なかった」と感じますね……。
楠田:事業が大変がゆえに採用基準が甘くなるのは、私たちの投資先からも本当によく聞く失敗です。それを防ぐために、最初に実践できることはありますか?
森:採用のことがわからない現場責任者の方に初手で勧めたいのは、要件を言語化して共有することです。ジョブディスクリプションを書くのもその一つですが、むしろ全職種共通の性格や考え方の部分で「メンバーになってもらいたい人の特性」をみんなでブレストしながら作り上げるようなことが効果的だと思います。
日本の法規制では採用の不可逆性が特に高いので、会社に合わない人が入ってしまうと、組織的な負債として溜まってしまいます。人が採れないことよりも、合わない人を採ってしまうことのほうがネガティブなインパクトは大きいとも感じています。そういう意味では、まずそこを潰すことを初手でやり抜くのは大事だと思っています。
その上で、採用要件を形作っていく。Ubie Discoveryであれば6つの要件があります。たとえば「論理性」をいかに5段階評価するのか。評価のためにすべき具体的な質問と、確認すべきエピソードは何か。そういったことを言語化し、評価フォームなどに落とし込んで運用できる形に整えていく。評価のプロセス化を整えるために要件を作り、適切に複数人の間でも運用されるようなオペレーションを考えます。
【ポイント5】コスパ“最高”な面接後アンケート
楠田:森さんがスクラム採用を引っ張っていく立場として、みんなにモチベーションを高く協力してもらうために、コミュニケーションの工夫は何かされていますか。
森:採用チームというよりも社内全体に対して、Ubieはリファラル採用が盛んなので、求めているポジションの重要性や喫緊性を、折に触れて、繰り返し発信しています。全体ミーティングで話す機会があったら絶対に言いますし、未来からの逆算で「現状は回っているように見える仕組みも、これくらいの規模になったら組織が継続しにくくなる」と伝えたり。それは僕だけでなく、経営陣も重要性を理解して全体のOKRに反映されています。
だからこそ、社内向けには「事業的に重要なポジションの採用に協力して実現した人が一番かっこいい!」という雰囲気も醸成できています。
楠田:面接の精度や求職者体験についても伺いたいです。Ubieさんは体系化が進んでいる会社ですが、そのデメリットといえば候補者からすると「面接の場が固い」と感じてしまい、アイスブレイクに至らないケースもあるのでは……と感じたんです。
森:良い質問ですね!そういう問題は割と生じているのが実情です。候補者には面接後アンケートを投げていますが、率直な声に唸ることもあります。だからこそ、商談と一緒で、まずはアイスブレイクからはじめること。Ubieでは社内に「あだ名文化」があるから、「僕は“うどん”と呼ばれています」みたいな話から意識的にはじめるようにしています。
あとは、逆質問の時間はなるべく取るようにして、疑問を解消できるようにします。オファーやアトラクトにまで進んだ候補者は、飲み会を開いたり、オンラインでいろんなメンバーに会ってもらったり。そこまで進めば固さはまったく無くなると感じています。
楠田:たとえば、面接が60分あった時に、アイスブレイク、形式質問、逆質問は、どのような比率で設計していますか?
森:自己紹介を交えたアイスブレイクが最初の2〜3分で、メインの質問が50分、残り時間で逆質問という建て方が多いですね。見極めのための質問が多くなりますが、Ubieとしての印象づけが足りないと思えば、通常の面接ステップの間に、会社をもっと知ってもらうための場を別途用意するなど、柔軟に対応しています。
そのあたりは志望していただいている度合いなどにも影響されますね。一つ、共通して実施していることとしては、面接後アンケートで「現在の志望度を5段階で教えてください」と聞くことです。その度合いによって、次なる面接官にフィードバックもできますし、必要に応じて面会機会を設けることも考えられます。作成や運用にもほとんどコストがかからないので、面接後アンケートは、正直、めちゃくちゃコスパが良いです。
楠田:どのような項目が入っているんですか?
森:現在の志望度の他に、明かせる範囲で「現在受けている他企業とステータス」を聞くのは大事です。競合企業によって見込み度合いも正直に変わってきますからね。選考の進捗や他に募集している案件についても問うようにしています。ざっくり言うと、志望動機や競合状況の項目ですね。あとは「Ubieについて気になっているところ」は参考になる回答をもらえることが多いです。
【ポイント6】「なぜ、採用が大切なのか」を理解し合う
楠田:これから現場責任者で、採用を強化していかないといけない人に向けて、これまでの経験を踏まえて、ぜひメッセージをいただけますか。
森:採用を特別視しすぎないことです。僕らとしては、リードを集めてプロセスを経て着地させる意味では、採用というよりマーケティングやセールスとほぼ一緒だと思っています。もちろん一定の手順やノウハウはあっても、採用だからと身構えずに、少しずつ検証しながら慣れていけばいいのだと思います。マーケティングやセールスと通ずるところがあるのであれば、時間はかかったとしても、数値管理やクロージングといった精度を上げながら、丁寧に取り組めば一定の成果を得られるはずです。
ただ、採用は不可逆性が大きいため、本当に迎え入れるか否かのジャッジは慎重にやらざるを得ません。一般的な事業と比べてもここは特異な点なので、採用基準を早めに固めるためのコストを優先的に払っておくなどは有効かと思います。
組織一体での採用を持続させるために、最も大切なのは「採用がなぜ大切か」を、社員に理解してもらうように伝えることなのでしょう。自分たちにとって優先すべきことだと納得できていれば、貢献したくない人なんていないですね。その腹落ちがなければ、うまくは進みませんが、逆にそこが腹落ちしていれば、組織一体での採用は確実に根付いていくと思います。