こんにちは。ALL STAR SAAS FUND シニアパートナー・湊雅之です。
今回は、この連載シリーズ「AI探求ラボ Vol.1」で触れた、バーティカルAIの3つのビジネスモデルの一つである「AIイネーブルド・サービス(AI-enabled Service、AI強化型サービス)」について深掘りしていきます。
AIイネーブルド・サービス(AI強化型サービス)を、アメリカのVCであるBessemer Venture Partnersは、以下の通りに解説しています。
ソフトウェアを活用した作業の自動化により、AIイネーブルド・サービス企業は、より安価で迅速、かつ一貫性のあるサービスを市場に提供し、既存のサービス企業からシェアを奪う可能性があります。このようなサービスの価格設定は一般的に、既存のレガシー・サービス・プロバイダーに準じていますが、自動化によってAI企業は競合他社より低価格で提供でき、AIの低コスト構造により高い利益率を維持できます。(※筆者訳)
つまり、企業におけるソフトウェア支出を狙うBtoB SaaS/AIとは異なり、AIをフル活用しながら、企業や消費者によるレガシーなサービス事業者への支出を狙う、新興サービス事業者を差しています。
ALL STAR SAAS FUNDの支援先でも、AIドリブンな不動産開発業を展開するトグルホールディングスや測量・補償コンサルタント事業を手掛ける南都技研を完全子会社化したクアンドなど、こういったビジネスを展開するスタートアップが出てきています。
そこで今回、AIイネーブルド・サービスについて、海外でも注目されている代表的な領域・企業を見ていった上で、日本市場での可能性、AIイネーブルド・サービスを手掛けるスタートアップを立ち上げる上でのポイントを考えてみます。
海外のAIイネーブルド・サービスの2つのパターン
AIイネーブルド・サービスにはどのような事業があるのでしょうか?ここでは、2つにパターンに分けて紹介します。
パターン1:外注サービスのリプレイス
海外で最も活発に議論されているAIイネーブルド・サービスはこのタイプです。企業が一般的に内製化せずに、BPOやプロフェッショナルサービスに外注しているサービス産業を、AIをフル活用して代替します。
外注サービスの代表格であるBPO市場は矢野経済研究所による調査によると、2025年で約5兆円あり、日本でも大きな市場ポテンシャルがあります。ここではカテゴリー別で主なスタートアップについて解説します。
1-1.顧客体験にかかわるフロント業務
AIイネーブルド・サービスで、すでに大きな市場機会があるのが、カスタマーサポート領域です。カスタマーサポートといえば、電話で長い時間待たされたり、チャットボットやEメールでの対応が遅かったりと、苦い思いをした方は多いことでしょう。
カスタマーサポート領域のAIイネーブルド・サービスでは、テキスト、電子メール、音声などの複数のモダリティに対応した大規模言語モデルを基盤としたAIエージェントを、既存システムとシームレスに統合して、24時間365日でクイックな顧客対応を自動化する機能を提供します。
代表的なスタートアップとしては、NotionやRipplingのような代表的なテクノロジー企業でも導入されているDecagon.aiや、Intercomが提供するAIエージェントFin AIが挙げられます。課金体系ではDecagonは1顧客対応あたりの従量課金(Per Conversation Pricing)、Fin AIでは1チケット解決あたり$0.99米ドルでアウトカムベースのプライシングで提供されていることがよく見られます。
その他に、業界特有のカスタマーサポート業務に特化したバーティカルなAIイネーブルド・サービスも複数あります。
たとえば、配管や電気工事などのホームサービスを提供する中小企業に向けて、営業時間外でも自動対応できる音声やテキストのAIエージェントを提供するAvoca.aiや、自動車ローンの支払い督促のSalientがあります。
バーティカルの場合は、その業界でスタンダードになっている特有のシステムとの連携(Acova.aiはServiceTitanと連携)に強みがあったり、業界特有の規制に準拠したトレーニング(SalientでいえばCFPBなどの金融規制)をしていたりなど、ホリゾンタルでは手が届きにくい対応をすることで差別化を図っているケースがよく見られます。
1-2.請求まわりのバックオフィス業務
カスタマーサポートと並んで事例が多い外注サービスリプレイス型のAIイネーブルド・サービスとして、反復作業が多く、複雑な請求処理周りにまつわるバックオフィス業務向けがあげられます。
この領域は、複数の異なるシステムから処理が煩雑な非構造データを大量に処理をするため、従来はBPOだったり、エンタープライズでは高額なRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を活用していたりするケースもあります。
この領域のAIイネーブルド・サービスの大きな特徴は、業界特化のバーティカルで提供されていることが主流な点で、特に保険請求とかかわるサービスが多いです。ここでは、いくつか主要事例となるスタートアップを紹介します。
保険
保険請求プロセスは、保険ポリシーと照合しながら査定し、保険会社やブローカーなど複数のステークホルダーを巻き込んで処理をするため、反復性と複雑性が高い業務です。この領域では、AIの自動化と保険の専門家を組み合わせたアウトソーシングサービスが主流で、代表的なスタートアップとしてReservやFoundationが挙げられます。
ヘルスケア(病院向け)
病院における医療費の請求処理は、患者のカルテデータや保険請求がからむため、単調でありながらプロセスは複雑です。それに加えて、患者へのケア品質指標を向上させるとともに、病院の売上最大化にもつながるミッションクリティカルな業務でもあります。通常は医療事務のBPOなどで対応されることが多いですが、AIで自動化しているサービスとしてSmarterDxやCamberが出てきています。
リーガル(法律事務所向け)
保険と似ていますが、個人間の傷害訴訟でも過去の判例データを元に損害賠償請求が発生します。この領域に特化したEvenUpは、医療記録や事件ファイルをアップロードすると、AIが損害賠償請求書を自動生成したり、法律事務所が和解交渉をおこなうためのサポートを行なったりします。すでに1,000以上の法律事務所で利用されています。
サプライチェーン
物流(サプライチェーン)での請求は、ERPやWMSなど複数のシステムからデータが得られ、複数の運送業者などのベンダーが関わるため、複雑で処理に時間がかかるプロセスです。この領域スタートアップであるLoopは、システムからの取得データを一元管理して、AIによる請求監査や運送業者の選択に関わる自動化ソリューションを提供しています。
1-3.(個人的に気になる)その他の領域
さらに、日本でも可能性のありそうな、個人的に気になる領域も紹介します。
AI開発・ビッグデータ解析業務
現在のAIブーム以前からありましたが、AI開発やビッグデータ解析は、見方を変えるとAIイネーブルド・サービスと言える領域だと考えます
最もわかりやすい代表的なスタートアップでいえば、Palantirです。Palantirは元々がSaaSというよりサービス事業としてスタートした会社で、いまや米クラウド企業として最も高い評価(2025年3月時点でEV/NTM Rev 53.1x!)を受ける企業になっています。
また、自動運転などの先端AI開発のためのアノテーションにより高品質データを供給するデカコーン企業のScaleも好例です。
人材紹介・採用業務
人手不足の日本で成長し続ける外注サービスの代表格として、人材紹介は注目に値する領域です。矢野経済研究所によると、日本のホワイトカラー職種の人材紹介市場は2023年で4,110億円もあり、驚くべきことに前年比+17.1%で急成長中。この領域のAIイネーブルド・サービスで特に注目を集めているスタートアップがMercorです。
2023年に21歳の若者3人が起業したMercorは、2年でARR $70M(約105億円)を達成し、直近のラウンドでは評価額$2B(約3,000億円)と急成長しています。Mercorは、履歴書のスクリーニングと候補者のマッチングを自動化し、AIを活用した面接と給与管理を提供。 雇用主が求人内容をアップロードすると、Mercorのシステムが最適な候補者を推薦してくれます。
Mercorが従来のSaaSではなく、AIイネーブルド・サービスと言えるポイントとしては、顧客あたり1時間単位の人材紹介料によって課金する点だと思います。
パターン2:SaaS/AIから顧客業界への染み出し
もう一つのAIイネーブルド・サービスに見られるパターンとして、SaaS・AI開発に強みを持ったスタートアップが、ソリューションの提供先である顧客業界にも進出しています。
前述のALL STAR SAAS FUND支援先であるトグルホールディングスやクアンドの事例はこれに当てはまります。こちらは、外注サービスのリプレイスパターンほど数は多くはないですが、海外からの事例として、MetropolisとAmp Roboticsを紹介します。
駐車場特化SaaSから「AI駐車場業」へ進出したMetropolis
2017年設立のMetropolisは、駐車場に特化したバーティカルSaaSスタートアップです。
独自のコンピュータービジョン技術を活用して、事前に登録した車両のナンバープレートをカメラで認識し、ドライバーが駐車場に出入りする際に自動で決済処理するシステムを提供する事業からスタート。そのため、ターゲット顧客は駐車場を運営する不動産オーナーや管理者に、駐車場の稼働率アップや運営コスト削減のためのソリューションを提供していました。
2023年にMetropolisは、4,000以上の駐車場拠点を保有する北米最大の駐車場運営企業であるSP Plus社の買収(2024年5月に完了)と$1.7Bの超大型の資金調達を発表しました。この狙いは、非連続に顧客基盤を獲得するのみならず、SP Plusの持つ駐車場運営の優れたノウハウの獲得や将来の商業施設や空港などの多角化への布石と見られています。
廃棄物リサイクル分別AIから「AI廃棄物処理場」へ進出したAMP Robotics
2015年に設立されたAMP Roboticsは、元々は廃棄物リサイクル施設での手作業による仕分け作業の非効率化に着目して、コンピュータービジョンを活用した自動リサイクル分別AIと自動化ロボット事業からスタートしました。
2020年のシリーズA、2021年のシリーズB時点では、AIの技術開発や北米と欧州での事業展開に集中していましたが、2022年のシリーズCあたりで、自社運営の二次リサイクル分別施設をアメリカのデンバー、アトランタ、クリーブランドに開設しました。廃棄物の分別1トンあたりに課金するas a ServiceモデルなのもAMP Roboticsのユニークな点です。
AIイネーブルド・サービス事業を立ち上げるための4つのポイント
AIイネーブルド・サービスというビジネスモデルは、ソフトウェア予算の枠を超えて、外注予算などのより巨大な企業支出や既存産業にTAMを拡大できるという点で非常に魅力的です。
では、AIイネーブルド・サービス事業を立ち上げるためのポイントとは何でしょうか?現時点の考えを踏まえつつ、まとめてみます。
ポイント1:複雑かつ反復作業が多く、かつ労働集約な市場を狙う
AIイネーブルド・サービスの事業を構想するうえで最も重要なのが市場選定です。AIイネーブルド・サービスが狙う市場の共通した特徴としては、業務の複雑性がありつつも非常に繰り返し作業が多く、現状、多くの人出を要する業務フローを対象としている点です。
その上で、外注サービスリプレイスパターンか、SaaS/AIから顧客業界へ染み出すパターンかどうかは、業務フローが対象業界において「外注か、内製か」によって大きく分かれます。
外注サービスリプレイスパターンの場合、その名の通り、AIが対象とする業務自体を企業が内部に抱えておらず、「競合となる代替手段が労働集約な外注サービスかどうか?」が極めて重要です。
類似する代替手段が伝統的なSaaSのようなソフトウェアで、かつ顧客企業内に人員リソースを抱えている場合は、通常のSaaS型のサブスクリプションモデルが選ばれやすい。そのため、AIイネーブルド・サービスを立ち上げるにはハードルが高いと言えます。
一方、SaaS/AIから顧客業界へ染み出すパターンの場合には、産業全体としてDX化が遅れており、小規模なTAMやセールスサイクルの長さから大きなソフトウェアベンダーが存在しない市場が狙い目です。
ソフトウェアベンダーが数多くいる業界では、AIイネーブルド・サービスによって業界水準より高い利益率を狙うことは難しくなります。また、業界利益水準が高く、アセットライトな産業の方がスタートアップには向いていると思います。
ポイント2:労働量またはアウトカムベースの従量課金モデルが可能な市場を狙う
特に外注サービスリプレイスパターンで、極めて重要になるのが課金モデルです。
AIイネーブルド・サービスは、従来のSaaSに見られるようなサブスクリプションベースの課金モデルではなく、従量課金により、より高い契約金額を引き出すことができます。なぜなら、BPOのような既存の外注サービスは、時間や成果で課金し、提供する労働力に対して利益を乗せて請求しているからです。
ここが従来のSaaS・AIベンダーとAIイネーブルド・サービスベンダーを分ける大きな分かれ道ですし、SaaSより明確なROIの証明が求められます。AIイネーブルド・サービスにおける従量課金モデルについて、参考までに、Emergence Capitalは次の2つのモデルを推奨しています。
- 労働量(時間)ベース:「人」が行なうことを前提に契約されたサービス提供に必要な工数に基づいて料金を算出する課金モデル。ただし、労働時間ベースの場合、AIによる自動化が進化することで、契約時の工数も短縮されていくため成長を共食いしてしまうリスクがあります。
- アウトカムベース:顧客に提供される成果(アウトカム)に基づく課金モデル。AIが未熟な初期には赤字になりやすいですが、AIが進化すると利益率は高められます。
ポイント3:業界エキスパート×AIエンジニアリングのハイブリッドな創業チームを作る
バーティカルSaaSにも言えることですが、業界に精通したエキスパートとエンジニアリング(特にAI開発)のエキスパートが融合した創業チームを作ることは、プロダクト開発、市場獲得の両面において優位なポジションを築くことができます。
特に上記で紹介したバーティカルなAIイネーブルド・サービスを見てみると、業界特有の法規制や業務フローに準拠したAI開発、業界特有の既存システムとの統合、拡販やサービス連携のための外部パートナーとの提携など、複合的なMoatを築いています。この構築こそ、唯一無二のポジショニングを確立する上で極めて価値が高くなります。
ポイント4:複雑な成長モデルを制するファイナンスリテラシーをつける
AIイネーブルド・サービスは、従来のサブスクリプションベースのSaaSビジネスに比べると、格段に高いファイナンスリテラシーが求められます。そもそもAIイネーブルド・サービスは、従量課金より複雑な課金モデルであるうえ、AIを進化させることでコストを改善し続けなければ真のPMFとは言えません。
加えて、バリュエーションの比較対象企業がPERベースになる可能性も高く、企業価値評価の難易度が上がります。また事業成長の打ち手として、既存サービス企業のM&Aといったコーポレートアクションを取るケースも多く見られます。この場合、M&Aの実行や大型の資金調達を実行する高いファイナンス実務の能力も必要になります。
AIイネーブルド・サービスは、通常のソフトウェアより一段高いエグゼキューション能力が求められますが、ソフトウェア以上の巨大な市場へのアプローチ、高い成長力と利益創出力のある事業を生み出す大きな可能性を秘めています。特にDX化が欧米などより遅れている日本だからこそ、チャンスが広がっていると思います。
以下に、今回の記事を書くにあたり参考にしたオススメの記事も列挙します。AIイネーブルド・サービスにご興味のある方は、ぜひ併せて読んでみてください。
参考ソース
- Part III: Business model invention in the AI era(Bessemer Venture Partners)
- Unbundling the BPO: How AI Will Disrupt Outsourced Work(Andreessen Horowitz)
- The Death of the Big 4: AI-enabled Services Are Opening a Whole New Market(Emergence Capital)
- The AI-enabled Services Playbook(Emergence Capital)
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※本連載シリーズは、私たちがAIにまつわるスタートアップの事情について学んだことや感じたことを記事にしています。その時々の考えや学びを書いていくので、粗い部分も多々あるかと思います。そして急速なAIの進化によって、記載内容の鮮度が失われるペースも速まるかもしれません。どうかご容赦ください。この記事が皆さんの新たなインサイトにつながるきっかけになりますように。