SaaS業界は「人で勝つ」と言われるように、スタートアップの成長には人事の存在が不可欠。特に、初めて採用する“一人目人事”は、大きな役割を担う存在でもあります。
しかし、いざ募集しようとすると、設定すべきペルソナの設計や、実際に必要となるスキルの見極めで苦戦しているケースも少なくありません。
自社にフィットし、成長を加速させる候補者はどのように見つければいいのか。ここでは、人事職やコンサルタントとして豊富な経験を持ち、現在も第一線で活躍するカケハシの西村晃さんにインタビュー。一人目人事に求められるスキル、その見極め方を伺いました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDの楠田司です。
人事は「Cool Head but Warm Heart」で
楠田:まず、西村さんのキャリアからお聞かせください。
西村:早稲田大学在学中に先輩と起業し、卒業後は証券会社に勤務。その後フリーランスで人事コンサルタントを7年務めたあと、Sansanで新卒と中途の採用責任者、個人向け名刺アプリの新規事業責任者を担当しました。2019年1月からはカケハシに人事職で入社しました。
個人でも「事業人(じぎょうじん)」というチームを作って、人事に関するコンサルティングを請け負っています。
人事業界歴はコンサルも含めて10年ほど。Sansanやカケハシでは採用強化のタイミングで加わり、トータルで5000人前後の面接を担当、合計200人ほどの採用に携わりました。
楠田:豊富な経験をお持ちの西村さんは、人事をどんな職種だと捉えていますか?
西村:「会社を経営陣と一緒に作っている」という実感が得られる職種だと思っています。ミッション・ビジョン・バリューから会社の根幹を考えたり、評価制度を立ち上げたり、正解がない問いを経営陣と悩むのはやりがいがあります。
人事を務める上で大切なのは、「Cool Head but Warm Heart」、つまりマインドとスタンスが非常に重要です。人事は「人好き」が多いので、Warm Heartに寄りがちなのですが、やっぱり第一優先は事業。フェーズによっては事業が成長しなければ会社が存続できない中で、気持ちだけでは立ち行かなくなる場面もあります。
まずは冴えた頭で組織や事業を捉え、それからあたたかい心でメンバーに向き合う。この順番が大切なんですね。
一人目人事の採用は早いほど理想的
楠田:西村さんは、一人目人事は重要だと感じますか?
西村:そうですね。一人目人事は「会社の文化を経営者とともに創る存在」。経営者と近い距離で「文化形成」という不可逆なものに関わるから間違いなく重要な存在だといえます。
だから採用のタイミングは、早ければ早いほど理想的。ただし、どんなドメインの事業なのか、経営陣のケイパビリティとリソースはどれほどか、経営戦略上の課題は何なのかによって役割が変わってきます。それぞれの前提を整理した上で、最も早いタイミングで採用するのが良いでしょう。
楠田:最近はオペレーション人事は採用せず業務委託やRPOに任せ、採用責任者を探すケースが増えています。西村さんから見て、業界のトレンドなどはありますか?
西村:その傾向はたしかに増えています。マーケットで話題になるような調達額の大きい会社は、経営戦略上で採用が課題になるケースが多い。調達がうまくいっているSaaS系企業ほど「優秀な人材をたくさん採用すれば勝つ確率が上がる」という状況になるので、強いリクルーターが求められます。
一人目人事に必要な3つの能力
楠田:一人目人事に求められる資質や能力はありますか?
西村:まずは経営者とシンクロできることが必要です。その上で、会社のミッション、ビジョンに対する共感が強いこと、深い事業理解をもっていること、組織に必要な人材を定義し、経営陣とすり合わせられること。この3つの観点が重要ですね。
面接で社外と接点を持ち、会社の顔として発信する機会も多いので、場合によっては経営者以上にマーケットに刺さる言葉を言語化できる人が求められます。経営者が言語化を苦手としているなら、感覚的なところまで読み取れる人ほどマッチ度が高いでしょう。
自分のポジションや権限より、会社のミッション達成にこだわれることも重要です。このインタビューにあたってスタートアップの人事責任者10名ほどに話を伺ってきたのですが、「あるフェーズになったら強い人事責任者を採用して、俺は別の仕事をするよ。自分が作った組織にこだわるより、ミッション達成のほうが圧倒的に大切だから」と答えた方が一定数いました。
自分はあくまでも現在必要とされる役割を担当しているだけで、会社にとってより良い人材がいれば、離れることも構わない。そんな風に、役割への意志は持ちつつも自分の立場に固執しない人が良いですね。
楠田:プロフェッショナルな一面とジェネラリストな一面、どちらも必要ということですね。具体的な能力はどんなものが必要ですか?
西村:「遂行力」「学習力」「理解力」です。まずは遂行力。たとえば、法務や経理の一人目は一定以上の専門性が必要ですが、人事ならば専門性は外部調達が比較的可能です。それよりも愚直に行動できることや、経営者の意図を汲んだ形に落とし込んでメンバーに伝え、巻き込む遂行力が求められます。
その類型の一つがCOOですね。人事が強い組織は、COOがCEOの参謀、あるいは人事パートナー(HRBP)としての役割を担っているケースが多いです。
楠田:代表は採用が得意じゃなくても、COOが優秀で採用が加速している企業は多いですよね。「学習力」はどうでしょう?
西村:「学習力」は、ラーニングする力とアンラーニングする力の両方です。ラーニングする力とは、常に新しい人事トレンドや考え方を学ぶことです。その上で自社に合う形でアレンジできれば、なお良いと思います。
また、一定の規模がある会社からスタートアップに来た人は成功体験がありますし、人脈の中で成果を出すことも求められるでしょう。ただ、かえって無駄なこだわりが生まれてしまうことも。そんな時、成功体験を素直にアンラーニングする力が必要です。特にスタートアップは変化が激しいので、過去の成功体験にこだわっていると本質的な成果に向き合えないケースも多いでしょう。
楠田:では、3つめの「理解力」は?
西村:シンプルに事業を理解する能力です。スタートアップの場合、人事の専門家としてだけ振る舞える状況はなかなかないので、一定水準以上の事業理解は必須。だからCOOがワークするケースが多いのだと思います。
CHROクラスの採用はほぼ不可能?
楠田:これまでの経験で見えてきた、一人目人事の類型はありますか?
西村:まず、経営者との組み合わせが前提になります。代表が組織戦略に関わりたいか、人事に任せたいかによって求められる役割は変わるでしょう。
代表が関わりたい場合は、現在をしっかり思考して阿吽の呼吸で動くハイパーエグゼキュータータイプ。お任せしたい場合は、未来を思考しながら独自に動き、役割を超越することも厭わないCOOタイプがワークしやすいです。
その上で、今回4つのタイプに類型化しました。
縦軸が経営層からの委任度、横軸が人事の専門性です。まず、右上の①にあたるのが「CHRO」タイプ。経営層からの委任度も専門性も高い、いわゆるスーパー人事ですね。
左上の②にあたるのは人事以外の専門性が高く、委任度が高い「COO」タイプ。人事のレベルが低いのではなく、営業やマーケティング、事業企画といった他のケイパビリティが高いタイプです。分類上、タイプとしていますが、この役割はCOOが担うことがほとんどでしょう。
右下の③にあたるのが能力や専門性は高いけれど委任度は高くなく、人事業務の一部だけを任される「強いリクルーター」タイプ。名前の通り、採用に特化するケースが多いです。
最後が左下の④に当たる、委任度も専門性も高くない「人事ジュニア」タイプ。ジュニアというのは年齢や社会人歴ではなくて、人事経験の話です。経営者とのシンクロ率が高く、一定のビジネスで成果を上げている未経験者に入社しててもらい、ベンチャーキャピタルのバリューアップ担当など、HRを支援してくださる外部の知見と連携しながら実績を出していくイメージですね。
楠田:4つの中ではどのタイプが多いですか?
西村:採用が最大の悩みになることが多いスタートアップでは、強いリクルータータイプが多いです。その次がCOOタイプでしょうか。
ちなみに、CHROタイプはマーケットにはほぼいないでしょう。それに、CHROタイプがいきなり組織に入ったとしても人事責任者としてうまくいくのは簡単ではないでしょう。事業内容やカルチャー、会社フェーズによって求められるものがかなり違うからです。
CHROタイプを求めすぎる経営者は、青い鳥症候群になってしまっているかもしれませんね。それより、CHROへと成長していく人材をどう育てていくか考えるようにしましょう。その意味では、今後は育成を前提に人事ジュニアタイプを採用するのがトレンドになる可能性があります。
楠田:今はどこも人事を探していますし、開拓していかないと人が足りないというのもありますね。おすすめの探し方はあるのでしょうか?
西村:まず経営層のリファラルは探るべきです。それから、経営層のキャラクターやケイパビリティを深く理解しているベンチャーキャピタルやエンジェル投資家、スタートアップに強いエージェントからのピンポイントの紹介もありえます。
経営者と対等に話せる社内のエース級を異動してくるのも手段の一つ。採用が難しいなら社内から見つけてきて、ビジネスサイドを他の人材で補填する意思決定もありでしょう。
狙うは未経験×高ビジネススキルの人材
楠田:一人目人事の採用で陥りやすい落とし穴や、回避すべきポイントはありますか。
西村:繰り返しになりますが、青い鳥症候群でいつまでも採用できない状態は避けるべきです。そこで、人事を希少性を軸にピラミッド化してみました。この図を元にどのレイヤーの人材を採用したいのか、提供できる活躍のフィールドがあるのか、そしてその採用は現実的なのかを自問自答することで、採用の確率を上げられるはずです。
ピラミッドのトップははCEOやCOOのような、経営をしながら組織作りをしていた経験がある方ですね。この層はマーケットにはほぼいませんし、転職する可能性も低いので、一人目人事マトリクスの「CHROタイプ」「COOタイプ」同様に採用難易度が極めて高い。社内異動で実現できない場合は、いい意味で諦めるのが得策かもしれません。
2番目が採用などの専門性があり、領域の責任者として実績を上げているレイヤー。タイミングや事業の理念、経営者のミッションと重なるとジョインしてくれる可能性が高いため、ゆくゆくのCHRO候補として中長期で探すのが現実的です。このレイヤーは「複数領域責任者」と「単一領域責任者」に分かれており、複数領域の責任者は各社の人事部長として活躍しているケースが多いです。
3番目が一般的な、人事担当者レイヤー。数年間の実務経験があり、成果を上げてきていて、次のチャンスを狙っている、成長意欲の高い方ですね。私自身も、Sansan卒業時はこの2と3の間にいたと思います。
一番下は、ビジネスマンとしてもまだジュニアレベルの方です。スタートアップが人事として採用するとちょっと苦労するケースもあります。一人目人事マトリクスの人事ジュニアタイプとしては、このレイヤーの上位の層を狙いたいところですね。
スタートアップの一人目人事として採用を勧めたいのは、「一人目人事マトリクス」の「人事ジュニアタイプ」
ここまで「一人目人事マトリクス」と「人事レベルピラミッド」の考え方を示してきました。私がスタートアップの一人目人事として採用を勧めたいのは、「一人目人事マトリクス」の「人事ジュニアタイプ」です。人事は未経験ながらビジネススキルの高い人材を登用することですね。
僕の社外活動でも、この人材を外部知見と組み合わせながら登用するのは成功事例が多いですし、現在レッドオーシャンになっている採用マーケットにおいても優位に立てる可能性が高いです。
楠田:面接で人事スキルや適切なマインドセットを見極めるには、どんなアプローチがありますか?
西村:必ず聞くのは、現在所属している会社の好きなビジョン・ミッション・バリューやを体現したエピソードがあるか。経営者と本当にシンクロしてきたのか、シンクロできなくなって離職するのであれば何が違ってしまったのかなどを聞いています。
候補者は選考を受ける会社のことは調べてきますが、ビジョンやミッションを本当に意識して働き続けることができるかは、今の話からしかわかりませんから。
楠田:見落としがちですけど、すごくいい質問ですね。候補者の人柄がよく出そうです。
ハードシングスに向き合った経験が財産になる
楠田:続いて、一人目人事にはどんなキャリアパターンがありますか?
西村:社内で挑戦を続けるか、社外に挑戦の場所を変えるか、それぞれのパターンがあります。
社内で挑戦を続ける場合、そのままCHROまでいくパターンは、そう多くないのが現状だと思います。採用責任者のように自分自身の強みにフォーカスしていくか、ビジネスサイドに異動し経験の幅を広げるかが成功への近道でしょう。
社外でキャリアを求める場合は、3〜5年経験を積んだあと、より小さい企業の人事責任者としてチャレンジする、外部から支援するコンサルティング企業に転職するなどのキャリアがありますね。自分自身で起業するケースもありえます。
楠田:現在はビジネスサイドで人事を目指したい人も増えています。スキルやマインドを磨くにはどんな経験が必要ですか?
西村:具体的な経験というよりは、「ハードシングスをどれだけ経験できているか」が重要です。
Cool Headのスキルは学ぶことで一定身につきますが、Warm Heartに通じる経験は、自分がハードシングスに向き合って超えた経験がないと身につかない。
人事は「Cool Head but Warm Heart」だという話をしました。Cool Headのスキルは学ぶことで一定身につきますが、Warm Heartに通じる経験は、自分がハードシングスに向き合って超えた経験がないと身につかないんですよね。どんなに仕事ができても、「とんでもないしんどさ」こそ本当の意味での「優しさ」の源泉になると信じているからです。
だから、できる限り目の前にあるハードシングスに向き合ってください。成功や失敗より、乗り越えようとした経験が財産になります。それに、人事は失敗を楽しむくらいでないと心が折れてしまう職種なんだとも思います。
いつか人事として新たな会社に入った時、そこには必ずいつかの自分みたいに辛い状況でもがいている人がいるんですよ。他の業種でハードシングスに向き合う人の気持ちを理解し、「わかるわ、俺もさ……」と話せることは、大切な能力ですね。
自分自身も上場直前のSansanで事業責任者を経験して、外から眺める事業と、自分で事業を運営することに、こんなに差があるのかと打ちのめされた経験がベースになっています。
複雑化する人事戦略をリードするために
楠田:Sansan、カケハシとSaaS企業を経験してきた西村さんですが、SaaS企業で人事を務める魅力は何ですか?
西村:大きく4つあると思います。まずは、成長スピードが圧倒的に早いこと。Sansanでもカケハシでも感じることですが、普通の企業なら数年かかるようなことを短期間で体験できます。
2つ目は、権限移譲が起こりやすいこと。経営者も圧倒的なスピードの中で事業の舵取りをしていて、ずっと人事に関わっていることは難しい。そのため任される幅が広く、深い経験ができます。
3つ目は、ユニークな施策や最先端の事例を取り入れやすいこと。Sansanの時には日本の会社としては早い段階でマインドフルネスを取り入れましたし、カケハシでも様々な制度を取り入れています。こうした挑戦ができるのは、業務が硬直化しなくて楽しいし、やりがいがありますね。
4つ目は、採用のレベルが高いこと。SaaSは人で勝つ部分も多いですし、レベルの高い人に囲まれて働けるのは大きなメリットです。
楠田:実体験が伴っているので説得力がありますね。では、人事について考えを深めるために参考になる文献はありますか?
西村:今日は3冊紹介させてください。
『最強の戦略人事 経営にとっての最高のCAO/HRBPになる』は、組織と事業をアラインメントするチーフアラインメントオフィサー(CAO)やHRビジネスパートナー(HRBP)がどんなマインドで事業や変革に取り組むかを解説した本。僕も読んで目からウロコが落ちましたし、人事をやっていて良かったと思えた一冊でした。
『採用力を確実に上げる面接の強化書』は面接を担当することのあるすべての人におすすめ。「楠田さん、うちの会社に来てくれますか?」と、テストクロージングをしたあとに沈黙する“ゴールデンサイレンス”など、採用に使えるテクニックが書かれています。
演出的ではありますが、面接について深く考えるためのノウハウが詰まっていますよ。僕の面接を受けたことがある人が読んだら、「西村さん、まんまですやん!」と言うと思います(笑)。それくらい参考にしていますね。
『トップ企業の人材育成力 ヒトは「育てる」のか「育つ」のか』は、僕も執筆に関わりました。スタートアップ、メガベンチャー、大企業、官公庁、弁護士など、色んな立場の人が「強い人事ってなんだ?」と考えた一冊です。
僕は採用のパートを執筆しましたが、他のパートも知見ある方が書いているので、人事という仕事を俯瞰できる本だと思います。
楠田:『トップ企業の人材育成力』は僕も読みましたが、本当に参考になる一冊でした。最後に、これから一人目人事を採用する経営層に一言お願いします。
西村:今は人事が改めて注目されている時代。人事職に限らず、集まってくれた仲間をどう力に変えていくか、どう力を集めて事業目標を達成するか、悩んでいる企業は多いです。
その中で、僕たちにサポートできるのは「経験」を語ること。僕は事業責任者を経験し、現在はスタートアップの人事責任者をしているメンバーたちと「事業人」という社外活動を行っています。一言で表すと、仲間たちで過去の経験を言語化して、集合知としてサポートする活動です。
人事には正解がありません。だからこそ一人で悩まずに、困ったことがあれば外部アドバイザーの力を頼ると、経営者も人事もヘルシーに働けるし、複雑化する人事戦略を舵取りすることができるはず。もちろん、僕たちに声をかけていただければ積極的にお手伝いさせていただきます。
良い日本の会社が増えることは、オールジャパンでみんなが喜べること。活躍する会社を一つでも多く作ることに協力できたらと思っています。僕自身もカケハシで挑戦しながら、人事の方に勇気を与えていきたいですね。