テクノロジーを事業の柱とする企業にとって、エンジニアは必要不可欠な存在です。優秀なエンジニアを採用するための方法論を、各社が模索し続けています。
120社を超えるエンジニア採用をサポートしてきたスペシャリストである株式会社ポテンシャライトの代表 山根一城さんをお招きし、エンジニア採用のトレンドや、採用においてスカウトよりも大切な5つのことについて語っていただきました。モデレーターを務めるのは、ALL STAR SAAS FUNDタレントパートナーの楠田司です。
エンジニア採用では何を大切にすべきなのでしょうか? 採用の課題を抱えていらっしゃる方は必見の内容です。
前提条件 〜エンジニア採用には中長期的な目線が必要〜
楠田:今回は山根さんに、エンジニア採用においてスカウトのほかに大切にすべきポイントを5つお話しいただきます。山根さん、どうぞよろしくお願いします。
山根:こちらこそよろしくお願いします。メインのコンテンツに入る前に、エンジニア採用に携わる方に知っておいていただきたい前提知識を共有させてください。
エンジニア向けのナレッジコミュニティ「Stack Overflow」を運営するStack Overflow社が、全世界のエンジニア9万人にアンケートをとりました。その結果、離職中で転職活動をしているエンジニアの比率は、全世界のエンジニアのうちわずか6%しかいなかったそうです。離職中のエンジニアを採用することは相当に難しいといえます。
一方、就業中ですが新しい仕事に興味があるエンジニアの比率は10人中7人。つまり、現時点では転職意欲がそれほどないものの、面白い仕事があれば転職を考える可能性のある方が多いです。エンジニアを継続的に採用していきたいのであれば、短期的な目線だけではなく中長期的な目線を持って、将来の成果に結びつくような種まきをやっていく必要があります。また、優秀なエンジニアに1週間で届くオファーの数は12件だそうです。
楠田:12件とはすごい数ですね。
山根:かなり多いですよね。これは海外のデータではありますが、日本でも優秀なエンジニアには各種採用プラットフォームから大量のオファーが届いている可能性があるということを念頭において、採用活動を行った方がいいと思います。この前提を踏まえて、今回は以下の5つのテーマについてお話をさせていただきます。
- 採用「手法」をハックする
- 採用施策を「レベル別」にハックする
- 「エンジニア採用部ラインディング」をする
- 「EVP」について理解する
- 「インバウンドリクルーティング」の概念を理解する
1. 採用「手法」をハックする
山根:まず1つ目、採用「手法」をハックすること。普段、採用活動においてスカウトをされている方は、自分たちが適切な採用媒体を選択できているかを考えていただきたいです。
上図は、各採用媒体の登録者年齢層や職種別分類を記載したものです。横軸は職種を表しており、縦軸は年齢層の区分を表しています。こちらをご覧いただくとわかる通り、各媒体ごとに登録者の職種割合や年齢層が異なりますよね。採用したいエンジニアのタイプに応じて、媒体も採用手法も変えていく方が望ましいです。
さらに、当社では以下の5つが媒体選定のポイントだと考えています。
・業界、職種の強み
・料金
・登録者の年齢層
・スカウト媒体 or 運用媒体
・運用が楽 or 運用が大変
上の3つは、多くの方が普段から気にされていると思います。一方で、下の2つを気にされている方はそれほど多くありません。スカウト媒体 or 運用媒体とは、スカウトしなければほぼ採用できない媒体と、新求人を出したりイイねを押したりといった運用で採用に結びつけられる媒体があることを意味します。また、運用が楽なのか大変なのかも、媒体選定におけるポイントです。これらの点を踏まえて、下図の各媒体の運用工数比較をご覧ください。
いくつかピックアップして解説します。例えば、転職ドラフトはスカウト文面の作成が非常に大変です。しかし、優秀なエンジニアが数多く登録していることが大きな利点になります。一方、Greenはスカウト返信率が3%以下ほどでスカウト成功の難易度が高いのですが、ポイントさえ掴んでしまえば運用は楽な媒体です。このように媒体には向き・不向きがあり、自分たちの採用活動のスタイルに合った媒体を選ぶことが重要になります。
次に、tech×思想という軸で、各媒体にどのようなタイプのエンジニアがいらっしゃるかを可視化していきます。図の右側に配置されているのは、サービスにはそれほど興味がなくテクノロジーを極めたいエンジニアが多い媒体。左側は、あくまでテクノロジーは手段であると考える事業マインドの強いエンジニアが多い媒体です。縦軸はスキルの高低になります。
媒体ごとに登録しているエンジニア層が違いますから、自社のニーズに添わない方が多い媒体を選んでしまうのは良くありません。採用のミスマッチが発生しやすくなってしまいます。
2. 採用施策を「レベル別」にハックする
山根:次のテーマは、採用施策を「レベル別」にハックする、です。これは各社ごとに、自分たちが企業としてどのようなレベルにあるのかを念頭において、採用施策を考えることが重要だということを意味しています。当社では、エンジニア採用でおさえていただきたいことを14項目に分類しています。
- IT企業か/非IT企業か
- エンジニアを採用する理由が魅力的か
- CTOがいるか
- エンジニアが在籍しているか
- 働き方が柔軟か
- エンジニアとしてのアウトプットがあるか
- 勉強会をしているかどうか
- プロダクトが魅力的か
- スタープレイヤーはいるか
- 技術系カンファレンスへの登壇をしているか
- 魅力的なプロダクトの「数」が多いか
- 技術力が高いというブランディングがあるか
- グローバルで通用するプロダクトがあるか
- もはや神レベル
各項目にチェックを入れていくと、自社がエンジニア採用においてどのレベルに所属しているのかがわかります。下の図のように、当てはまるチェック項目が多いほど、企業としてのレベルは高いです。
極端な話、まだ立ち上げ間もないスタートアップ企業とGoogleが同じ労働条件でエンジニアを募集した場合、ほとんどの方はほぼ確実にGoogleを選ぶはずです。企業としてのレベルが異なる会社が、同じ採用媒体で同じような内容の求人を出しても、結果に結びつきません。エンジニア採用における自社の立ち回りを戦略的に考える必要があります。
上の図は、企業のレベルごとに実施していただきたい施策をリストアップしたものです。例えば、F-1やE-2、E-1などのレベルに属する企業であれば、雇用形態や勤務日数、働く場所などの自由化に取り組まれることをおすすめします。Dくらいのレベルになるとエンジニアの数が増えてきますから、SNSやブログなどでの採用広報をしたり、社内勉強会を開催して記事化したりといった作業が必要になってきますね。
楠田:確かに、なかなか採用がうまくいかなかった企業が、雇用形態や勤務日数の自由度を高めることで、業務委託契約のエンジニアなどを採用できるケースは多い印象があります。
山根:採用担当者の方々が業務委託よりもフルコミットの正社員を採用したい気持ちはわかるのですが、正社員が採れるまで待った結果、プロダクト開発が遅延しては元も子もありません。エンジニアのマンパワーが不足しているフェーズでは、業務委託やフリーランス、副業のメンバーも積極的に活用していく方がいいと思います。
3.「エンジニア採用ブランディング」をする
次は「エンジニア採用ブランディング」をすることです。当社では、採用広報や採用ピッチもエンジニア採用ブランディングに含まれると考えています。そして、採用ブランディングにおいて重要なのは、企業の持つ魅力を情報整理すること。使用技術や開発体制/環境、開発メンバー、働き方、プロダクトという5つの軸で情報を発信することをおすすめします。
ここからは、5つの軸のそれぞれについて、どのような内容を各種媒体や自社のWebサイトに記載していただきたいかを解説していきます。
1つ目の軸である使用技術については、言語やフレームワーク、データベース、ソースコード管理、プロジェクト管理、情報共有ツール、その他の特記事項などを書いていただきたいです。少し話が中断しますが、使用技術の情報発信を行ううえで便利な「StackShare」というツールをご紹介させてください。
山根:これは、企業がどのような開発環境を用いているかを可視化できるツールです。自社が用いている各技術をチェックして出力ボタンを押すと、他の方にシェアできる形式で使用技術を一覧で確認できるWebページを出力できます。
楠田:人事担当者がエンジニアに技術要件などを確認する際に、このツールを使えば非常に便利になりそうですね。
山根:おっしゃる通りだと思います。
話を戻しまして、2つ目の軸である開発体制/環境については、エンジニアの裁量やスキル向上のための取り組み(成長できる環境を用意しているかなど)、アジャイルの採否、ワークフロー(仕事の仕方が整っているか)、情報共有の手段(体制やツールなど)、技術カルチャーなどを書いておくといいと思います。
3つ目の軸である開発メンバーは、組織体制(CTO○人、マネージャー○人、メンバー○人など)、エンジニア分類(テックリード、サーバーサイド、フロントエンド、iOS/Androidなど)、出身企業(DeNA出身、楽天のテックリード出身など)、メンバーの多様性(外国籍、育児中、新卒採用の実施是非など)を記載しておくのがおすすめです。
4つ目の軸である働く環境については、労働環境の自由度(副業可、仕事中のイヤホン・ヘッドホンOK、フレックスタイム制など)、待遇・福利厚生などを記載しましょう。
5つ目の軸であるプロダクトは、プロダクト概要(誰に対して、何を、どのように、何の価値があるプロダクトなのか、など)、プロダクトの思想、プロダクトに携わる魅力、プロダクトの機能などを書いておくといいです。
次に、エンジニア採用広報についてもお話しさせてください。私たちは採用広報を、採用ブランディングで見つかった魅力を狭く深く打ち出すことであると定義しています。採用広報において多くの方が悩まれるのが、題材(何を発信すべきか)についてではないでしょうか。そこで、どのような題材を選ぶといいかについても情報をまとめてきました。
上図は、企業の採用広報において訴求すべき軸をPhilosophy(理念)、Profession(仕事)、Person(人)、Privilege(待遇)という4種類に分けたもので、リンクアンドモチベーション社が提唱している「企業の魅力因子4P」という概念をベースにしています。採用広報では、特定の要素に偏りすぎず4Pの情報をバランス良く打ち出すことで、求職者が企業に抱く印象が良くなり、就職活動の際に必要になる情報も補完されます。
注意していただきたいのが、一般的な採用広報とエンジニア採用広報とでは、題材にすべき軸が異なることです。Philosophy(理念・目的)、Product(製品)、Person(人)、Development(開発)という4軸になっています。こちらも、4つの要素をバランス良くおさえながら情報発信していくことを大切にしてください。
採用ピッチ資料についても、少しだけお話しさせてください。これは、採用活動で用いられる会社概要資料であり、営業資料とは記載すべき内容が異なっています。採用ピッチ資料の目的は、企業の持つ魅力を広く・浅く打ち出していくこと。具体的には、以下のような項目を記載していただくことをおすすめします。
4.「EVP」について理解する
山根:EVPとはEmployee Value Propositionの頭文字をとった略語で、直訳すると従業員価値提案。つまり、従業員が費やした時間や労力と引き換えに得るすべてのものを指します。報酬や福利厚生はもちろん、自己の成長につながるプロジェクトや優れた企業文化といった要素なども含んでいます。
当社ではEVPを、Career/Growth(キャリアの選択肢や成長機会など)、Culture(会社の文化)、Manager/Member(マネジメントやメンバー)、Rewards(報酬)、Work(業務内容)、Organization(組織ポリシー・フォロー)という6つに分類しています。
Organizationの具体例としては、ワークライフバランスや多様性・ダイバーシティ、(企業としての)安定性などが挙げられます。企業によってもEVPとして提供できる内容は異なりますから、自社はどのような要素を持っているのかを明確にしておきましょう。EVPがクリアになることで、採用面接で求職者に話せる内容も変わってきますし、採用活動そのもののレベルも上がります。
5.「インバウンドリクルーティング」の概念を知る
山根:5つ目は、インバウンドリクルーティングとアウトバウンドリクルーティングという、採用戦略における概念についてです。
インバウンドリクルーティングとは、採用企業として求職者から選ばれることを目標に、積極的かつ継続的に候補者を引きつける採用戦略。アウトバウンドリクルーティングとは、特定のポジションが企業で必要になった際に、候補者を探して連絡する採用戦略です。わかりやすく言えばスカウトですね。
多くの採用担当者は、スカウトを頑張ってもなかなか結果が出ない経験をされたことがあると思うのですが、これは仕方のない部分があります。世の中には数多くの採用媒体があり、それらを利用している企業も徐々に増加していきますが、それに対して求職者の数が増えているわけではないからです。つまり、媒体のなかでの有効求人倍率が上がっていってしまいます。特定の媒体で飽和したら別の媒体を使い、また次、ということを採用担当者がくり返していく。アウトバウンドリクルーティングが消耗戦になってしまうわけです。
インバウンドリクルーティングはその逆の状態を目指しており、インバウンドで求職者から選ばれることを目標に、採用活動の設計をしていきます。インバウンドリクルーティングを成功させるためには、採用ブランディングの実施や採用広報の継続、CX(Candidate Experience)の向上・継続化といった施策をコツコツやるしかありません。
両手法の特徴を比較すると、上の表のようになります。どちらが良い・悪いというわけではなく、両方を適切に使い分けるのがいいですね。
楠田:とても参考になりました! 最後に山根さんからメッセージをお願いします。
山根:エンジニア採用は、やはり短期的な視点ではなく中長期的な視点を持って取り組むことが重要です。そして、今回解説したようなポイントを踏まえて採用活動を続けていただければ、きっと徐々に成果にもつながっていくと思います。なかなか採用活動がうまくいかない企業であっても、こういったノウハウを知っておくだけで根本的な解決につながるケースも多い。ぜひ今回のウェビナーを参考にしていただければ幸いです。