リモートワークを導入する企業が増加した影響により、チームのコミュニケーションや進捗管理、メンバーのモチベーション管理などあらゆる面において、エンジニア組織はこれまでとは違った工夫を求められるようになりました。その課題を解決するヒントを提供するため、第2回となるSaaS Engineering Manager Meetupは「リモート体制下でも開発を加速させるための工夫」をテーマにウェビナー形式で開催いたしました。
今回のゲストは3名。コロナショック以前からリモート開発の組織体制を構築してきた株式会社Sprocket CTO 中田稔さん。開発拠点を長野に構え、東京本社と長野サテライトオフィスの2拠点でプロダクト開発を進めている株式会社Holmes VPoE 守屋慧さん。モデレーターは、2019年5月に創業しリモートワークも念頭においた開発組織づくりを推進する株式会社ログラス CTO 坂本龍太さんです。
いち早くリモートワークを導入してきた企業が持つ、プロダクト開発を加速させるための知見とは?
【ウェビナー前半】パネルディスカッション
ウェビナーの前半パートでは、事前に用意された2つのテーマに基づいて開発責任者である3名のゲストでディスカッション。各社のノウハウや事例について語り合いました。「効果的な情報共有の方法」「コミュニケーションを円滑にするためには」「採用を成功させるための工夫」といった、開発組織にとって重要な内容が話題に上ります。
テーマ1:タスクや既存プロダクトの仕様の共有を容易にするには、どのようなドキュメントがあるといいか?
坂本:まず1つ目のテーマですが、業務のなかで、複雑なタスクやプロダクトの仕様について他のメンバーに情報共有しなければならないことがあります。オフィスに社員が常駐していることを前提とした働き方であれば、そうした場合には対面で説明することが可能でした。
ですが、守屋さんや中田さんはそういった手段をとれない環境でプロダクトを開発してこられたと思います。どのようなドキュメントを作成して情報共有を行われているのでしょうか。また、ドキュメントを作成する他にも工夫していたことはありますか。
守屋:確かに、リモートワークにおいては「いかにして適切に情報を共有するか」が重要なテーマですね。Holmesの場合、情報共有には各種ツールを有効活用してきました。
課題管理には、WebベースのGitリポジトリマネージャーであるGitLabのIssueを活用しています。エンジニア以外のメンバーと意思疎通する際には、プロトタイピングツールのAdobe XDでモックアップを作成してプロダクトの仕様を可視化し、ディスカッションしやすい状態を生み出しています。また、ユーザーストーリーの分解や情報共有を行う際に利用しているのは、オンラインホワイトボードサービスのmiroです。
坂本:中田さんはいかがでしょうか。
中田:当社も各種ツールを積極的に活用してきました。情報共有のためのドキュメントはすべてGoogleドライブに置かれており、ミーティングを実施する際には議事録やプレゼンテーション資料などを参加者全員で共同編集するスタイルをとっています。エンジニアのIssue管理や顧客とのコミュニケーションには、株式会社ヌーラボが提供するプロジェクト管理ツールのBacklogを使っていますね。図示が必要な場合に用いているのは、同じくヌーラボのサービスであるCacooです。
エンジニアだけが見る設計資料などは、ポータビリティを高めるために極力マークダウンで書くようにしています。もともと私たちは、自社サーバーを立ててGollum WikiというWikiエンジンを運用していました。このWikiの中身はすべてGitでリポジトリ管理されたマークダウンのドキュメントであるため、Gollum Wiki以外のサービスへも容易に移行できるのが特徴です。
また、各Gitリポジトリのなかにドキュメント格納用のフォルダを用意し、マークダウンで記入したシステムの関連資料や、PlantUMLで作成したUML図などを格納しています。Gitリポジトリで管理することで、ドキュメントの履歴管理も可能になります。
坂本:各種ツールを有効活用することで、リモートでも情報共有しやすい体制を構築しているわけですね。他のテーマについてもお伺いしたいのですが、リモートワークでは他のメンバーに対して気軽に質問しにくい、という課題があるかと思います。話しかけやすい雰囲気をどのように生み出していますか。
中田:私たちの場合、すべてのエンジニアはオンラインミーティングに常時接続した状態で仕事をしています。何かわからないことがあれば、声をあげて質問できる。オフィスで隣の人に声をかけるのと近い環境を生み出せるように工夫しています。とはいえ、常にオンラインで繋がっていることで、監視されているような感覚になってしまう危険性もありますから、そう感じさせないようなチームの雰囲気づくりは大切です。
守屋:当社も同じ取り組みをしており、各スクラムチームごとにZoomのチャンネルをつくり、メンバーが常時接続した状態で仕事をしています。ですが、チームごとに適したコミュニケーションの形は違いますから、異なる運用をしているところもあります。
あるチームでは、オンラインミーティングへの常時接続はせず、Slack内につぶやき用のチャンネルを用意してメンバーが気軽に投稿しています。そのチームはTwitterを頻繁に利用するメンバーが多いので、チャットベースによるコミュニケーションの方が運用しやすいのでしょう。
中田:当社はオンラインミーティングとSlackを併用していますね。Slack上で各メンバーが自分専用のチャンネルを作成し、Twitterのように「今やっていること」「困っていること」などを随時投稿していきます。誰が見ているかは気にしません。
あるメンバーが「昼ごはんに○○を食べた」と投稿したら「それ何ですか?うまそうですね」という具合に雑談が始まったり(笑)。投稿がオンラインでの会話のきっかけになることもあります。
坂本:非常に良い工夫ですね。リモートワークではなかなか仕事以外の会話が生まれにくいですから、そういった情報がコミュニケーションのきっかけになるのは素晴らしいです。
テーマ2:採用のためのオンライン面談で工夫していること
坂本:それでは次のテーマであるオンライン面談についてお伺いします。
候補者にオフィスに足を運んでもらい対面で採用面接をする場合は、オフィスを案内して会社の雰囲気を伝えたり、一緒に食事や飲みに行ったりして相手と打ち解けることができました。一方、オンラインの採用面接ではそれができないので、採用する側・される側のどちらもお互いのことを深く理解するのが難しくなっています。そこで、採用面談において守屋さんと中田さんが工夫されていることを伺いたいです。
守屋:私は開発組織の採用責任者で、以前まではほぼすべてのカジュアル面談を担当していました。オンラインでのカジュアル面談で重視しているのは、候補者が持つ当社への興味を最大化すること、一緒に働くイメージを膨らませていただくことです。そのためには、会社のミッションやビジョンを丁寧に説明し、ミッションやビジョンに対して候補者に共感していただくことが重要になります。
中田:私たちも同様です。カジュアル面談は会社に興味を持っていただくことが重要なので、事業や会社の体制、技術スタックなどを丁寧に説明するように工夫していますね。カジュアル面談は情報提示が中心である一方、正式な採用面接では逆に相手のことを深くヒアリングし、スキルや興味関心のあることを引き出せるようにしています。
オンラインならではの工夫としては、安心感や信頼関係を醸成できるように、なるべくお互いの顔が見える形で面談をすることです。画面上で資料を共有したときなどに、顔が表示されなくなるツールはおすすめできません。それから、一方的にしゃべり続けるのではなく、こまめに相手の反応を見るようにしています。ネットワークの不調が原因で、音声や映像が届いていないと困りますから。
それから当社では、最終面接は必ず実際に会うことにしています。私たちは、一緒に働いてくださる方が当社の持つマインドや組織文化にマッチしているかを非常に重視しているのですが、直接会って深く話さなければどうしてもわからない部分もありますからね。
守屋:「直接会わなければわからない部分」は、コロナショック後の採用活動における重要なテーマの1つになりそうですね。先日、人事担当のメンバーともディスカッションを重ねたのですが、その本質的な要素とは何なのか、まだうまく言語化ができませんでした。リモート体制下で、採用フェーズの中〜終盤にいる候補者とどのようなコミュニケーションを取るべきか、多くの企業が模索している最中だと思います。
中田:リモートワークを前提とした働き方の場合、信頼関係をどのように深めるかは難しい問題ですね。先ほど、「メンバーがオンラインミーティングに常時接続して、心理的安全性を確保しながら仕事をする」という話をしましたが、入社時からフルリモートでその運用がうまくいくのかは、まだ私もわかっていません。というのも、彼らはもともと頻度は低いながらも対面で会ったことのあるメンバーなんですね。一度も実際に会うことなく組織文化が醸成できるのかは、多くの企業にとって今後検討していくべきテーマであると感じています。
【ウェビナー後半】Q&A
ウェビナーの後半パートでは、視聴者から寄せられた質問をいくつかピックアップして登壇者が回答。多くの方々がリモートワークの課題に直面しているからか、実感のこもった質問がいくつも寄せられました。
Q:リモート開発で陥りやすい問題点はどのようなことがありますか?
中田:当社の場合、リモート体制下では雑談が減ることが大きな問題でした。雑談はチームにとって非常に有益です。メンバー同士の会話をきっかけに新しいアイデアが生まれることもありますし、心理的安全性を高める効果もあります。ですがリモートワークになると、会議のときしか発言がなくなりがちなんですよね。
私たちが以前からよくやっていたのは、会議の5分前くらいにミーティングチャンネルに入ったメンバー同士で、会議が始まるまで雑談をすることです。なぜ早めに待機しておくかというと、ルームに入るのをうっかり忘れてしまうことを防ぐためでもあります。せっかく待機している人が何人もいるならば雑談しよう、という流れで会話が生まれていました。他には、あえて専用のミーティングチャンネルのなかで時間を設けて、チーム横断で雑談をするといった試みもしています。
中田:コロナショック以前は、(オフラインの)飲み会をよく開催していました。当社はリモートで働いている社員が多いため、みんな面と向かって話せる場所を求めているのか飲み会の参加率が非常に高いです。とくにリモート体制下では、意図的にコミュニケーションの機会を増やさなければ、メンバー同士の会話はどうしても減ってしまいますね。
守屋:私たちは東京と長野の2拠点で開発しているため、もともと各拠点にモニターを置いて、いつでも別拠点とオンラインでコミュニケーションを取れる環境を構築していました。
その後、コロナショックの影響で完全リモートになったのですが、社員のコミュニケーションの傾向は大きく変わりました。長野拠点に所属する人が東京拠点に所属する人と話す頻度が増えたのです。逆もまた然りでした。つまり、コミュニケーションの頻度が物理的な距離の制約を受けていたことに気づきました。
リモートワークで陥りやすい問題点は企業やチームごとに異なります。ですが、実はその問題はリモートワークになったことで生じるのではなく、以前から存在していた問題がリモートワークの導入によって可視化・顕在化するのだと感じました。
Q:オンラインでのチームミーティングの頻度と工夫を教えてください
中田:私たちはスクラム開発を取り入れているので、デイリースクラムで10分〜15分くらいは毎日会話をしていますし、プランニングや振り返りなどのミーティングも実施しています。それから、先ほど述べたように開発チームの常時接続チャンネルでも話をしているので、あえて別のミーティングを設けなくてもうまく回っている状態です。
守屋:当社もスクラム開発を導入しているので、デイリースクラムは朝に15分、夕方にも15分のスタンドアップミーティングを実施しています。中田さんと同様にスプリントレビューやスプリントレトロスペクティブなどのミーティングも週次でやっていますね。
坂本:必要なミーティングだけを厳選して実施しているのですね。
守屋:そうですね。あまり頻繁にミーティングを入れすぎると、エンジニアの集中力を妨げることになってしまう。できるだけ、エンジニアがまとまった作業時間を確保できるように気をつけています。お互いが気軽に雑談できるような関係性や企業文化がありさえすれば、あえてミーティングを増やす必要性はないはずです。
しかし、まだメンバー同士の関係性が構築できておらず、意識的にチーム内のコミュニケーション量を増やしたい場合には、アジェンダのないミーティングを検討してもいいと思います。チームの信頼関係を醸成するうえで、非常に有効な施策になるのではないでしょうか。
Q:採用後のオンラインオンボーディングはどのような工夫をされていますか?
中田:当社の場合、きちんとした形でのオンラインオンボーディングは実施していません。開発体制が全体的に整備されておりドキュメント化が進んでいるので、あえてオンボーディングをしなくても、口頭での説明やペアプログラミングなどでキャッチアップしてもらうことが可能な環境になっています。
守屋:当社では、4月に中途社員2名と新卒社員2名を採用しています。
中途社員については、はじめはオンボーディングに苦労しました。採用面接の段階では、フルリモートという前提ではなかったにもかかわらず、入社してから急にリモート体制に変わったわけです。中途で入ったメンバーたちは戸惑ったと思いますし、受け入れを行うメンバーもオンラインでのオンボーディングの体制を整備できていませんでした。現在は各メンバーと相談しながら、フルリモートでの受け入れがスムーズにできる体制を検討し、環境をつくっている最中です。
そんななかでも、感心したのは新卒社員が成果を上げてくれたこと。社会人になって、最初からリモート体制下で働くのは大変だろうと思いましたが、心配には及びませんでした。彼らにはまず、小さなタスクや課題から始めてもらいましたが、2人で一緒にスタートしたことが幸いしたのか、両者が常にオンライン上で相談し合いながらこなしてくれましたね。
中田:オンラインオンボーディングに関しては、何か特別な工夫をしているわけではありませんが、当社は比較的うまくいっています。もしかしたら、マイクロサービス化を推進していることが要因の1つかもしれません。各サービスが小さな単位で分割されていますから、特定サービスの仕様把握に必要な学習コストが低い。途中から参画したメンバーが、少しずつ認識の範囲を広げていけるメリットは大きいと感じています。
坂本:お2人とも今回はどうもありがとうございました。リモート体制下でも開発を加速させるための工夫、とても参考になりました。