スタートアップ企業の業績を左右するハイクラス人材の採用。できる限りマッチング度の高い人材を見極めたいですが、スムーズに決まらず苦戦しているスタートアップも少なくありません。
成功している企業との違いはどこにあるのでしょうか。今回は、ALL STAR SAAS FUNDの前田ヒロと楠田司が、成否を分けるポイントについてディスカッション。採用で役立つ「面接の理想構成」や、転職を考えている求職者向けのアドバイスも話しました。
ハイクラス人材ほど、信頼できる人の仲介が多い
前田:司くんとは、2018年の「SaaS Conference Tokyo」ではじめて会ったんだよね。
楠田:そうですね。僕はもともとJAC Recruitmentというエージェントで、IPO前後のスタートアップや、ハイクラスのキャリア支援を行っていました。実績が出せるようになってくると、経営者の方から「知り合いのあの人も助けてあげてくれない?」といった相談が来るように。その中で「最近、SaaSが増えてきたな」と感じるようになり、調べるうちにヒロさんの存在を知りました。
2018年に参加した「SaaS Conference Tokyo」でヒロさんの話を聞くなかで、「この人が作ろうとしている世界観に、僕が関わったら面白いんじゃないか」と思ったんです。さっそく懇親会の時にお声がけして、すぐに一緒にやることが決まりました。
正式にジョインしたのはALL STAR SAAS FUNDが立ち上がった2019年9月。現在はCxOやVPといった人材のスタートアップ企業の採用サポート、ヒロさんが投資した企業の採用にまつわる組織の立ち上げやプロモーションなどを担当しています。
前田:最近は採用支援を行うベンチャーキャピタル(VC)が増えていますが、ハイクラスにフォーカスした理由は?
楠田:ハイクラス人材の採用はAIなどの自動マッチングでは難しく、最終的には信頼できる人の仲介を経て決断するケースが多いです。この文化は日本では今後もなくならないんじゃないかと思い、SaaSのハイクラス人材に特化しようと決めました。
前田:前職のリクルーティングエージェンシーから現在のSaaS特化型VCタレントパートナーになって、何か変わったことはありますか?
楠田:エージェントでは求職者が入社した時点で報酬が発生するのですが、VCでは入社後にその人がどれだけ企業をバリューアップできるかが重要です。つまり入ったらゴールじゃなくて、むしろ入ってからがスタート。その人がどれだけ長く活躍してくれるかをこれまで以上に意識するようになり、推薦の仕方も大きく変わりました。
90%以上の確率で決まる、ハイクラス人材採用の4つのポイント
前田:さっそく本題に入りたいと思います。採用がうまくいく支援先と、なかなか決まらない支援先、その違いはどこにあるのでしょう?
楠田:エージェント時代に気づいた傾向があります。次の4つのポイントを満たしていると、90%以上の高い確率でスムーズに決まっていました。
1:初回の打ち合わせの時点で求める人材のパーソナルな側面まで具体的にイメージできている。
2:採用期限を明確に設定できている。
3:ポジションにとらわれず、なぜ採用すべきかを具体的に認識できている。
4:代表がコミットできる時間が確保できている。
特に、3つ目の「ポジションにとらわれず、なぜ採用すべきかを具体的に認識できていること」がもっとも大切。これは僕も意識していることなのですが、求人ではまず組織がどうあるか、どんな問題がどこで起こっているのかを共有してもらうようにしています。そのあとで、どんなポジションが必要かを考える。この順番が重要です。
前田:組織内のボトルネックや、事業的課題を共通認識にするということですね。その上で、当てはまりそうな人材をマッチングさせると。
楠田:アーリーステージの経営者からは、半年後や1年後に必要になる人材が候補に挙がることもあります。僕が課題を認識できていればそうした人材を推薦できるので、大切なポイントだと考えています。
前田:4つ目の「代表が採用にコミットする」も重要だと感じました。具体的にはどうコミットすれば良いのでしょう?
書類選考の段階から代表がチェックし、一次面接でも代表が会うようにする。
楠田:書類選考の段階から代表がチェックし、一次面接でも代表が会うようにします。そして、フィードバックは遅くても翌日中に出す。これが最低限のコミットメントです。
代表が一次面接に出るべき理由は2つあって、一つはアトラクトのため。もう一つは、長期的な経営課題を誰よりも見据えているのが代表だからです。
3つ目のポイントと重なりますが、こちらが先を見据えて提案した結果、初回の打ち合わせと違う人材で採用に至るケースはよくあります。目先の課題ではなく、長期的な視点で判断するためのアンテナは、やはり代表が一番敏感。だからこそ、最初に顔を合わせることが重要です。
面接は、まず求職者の話から
前田:代表が最初の面接で押さえるべきポイントはありますか?
「なぜ採用したいか」よりも、「なぜこの会社を興そうと思ったか」「このサービスで社会がどう変わっていくのか」といった、パッションをしっかり伝えることが大切。
楠田:「なぜ採用したいか」よりも、「なぜこの会社を興そうと思ったか」「このサービスで社会がどう変わっていくのか」といった、パッションをしっかり伝えることが大切です。当たり前に思えて、伝え切れていない企業は多いんですよ。
優秀なハイクラスの方ほど内定をたくさん獲得します。その中で、彼らはどこを選ぶか、決断するための要素が足りなくて困っていることが多いです。なので、代表のパッションのようなプラスアルファの情報があると、意志決定に覚悟を持つことができる。年収に100万円近い差があっても入社する理由になったり、大変な時期をやり抜く力につながったりすることもありますね。
前田:面接はどんな構成がおすすめですか?
楠田:最初に求職者の話を聞いて、次に自社の紹介、最後に経験に対するすり合わせ。この3部構成がおすすめです。
求職者の話からはじめる理由は2つ。まず、どんなハイクラスの方でも面接では自分をどう売り込もうか緊張しているものです。先に自分の話をしてもらうことで、安心してこちらの話を聞ける状況を作ることができます。
もう一つは、なぜうちを受けようと思ったのか、なぜこのタイミングだったのかを深掘りして聞くことで、その人の価値観やキャリアの指向性が見えてくるため。この点を押さえた上で企業説明に入ると、その人がアトラクトされるよう的確に訴えかけられます。
前田:その後のプロセスで意識したほうがいいことはありますか?
初回の面接で聞いた求職者の価値観やキャリアの指向性は、必ず次の面接官に共有する。
楠田:初回の面接で聞いた求職者の価値観やキャリアの指向性は、必ず次の面接官に共有しましょう。その上で、面接の場でこちらからもう一度話してあげることが大切です。
そうすると、求職者に「この会社は自分の価値観を大切にしてくれている」と伝わります。また、こうした価値観は求職者自身がたくさん面接を受ける中で忘れてしまうことも多いので、こちらから話してあげることで「だから私は転職活動をしているんだ、この企業を受けているんだ」と再認識できます。
ゴールは人材紹介ではなく、企業で活躍すること
前田:投資先をたくさん支援する中で、「ここは僕をうまく使っているな」と感じるのはどんな企業ですか?
楠田:「うまい」という言い方が正しいかはさておき(笑)、カミナシですかね。まず、求人が発生したら真っ先に連絡をくれるんです。素早く課題をうかがえれば、僕が探すべきなのか、違うのであればどんな強みを持っているエージェントをアサインすれば良いのか、明確に提案できます。
もう一つ、カミナシがうまいなと思うのは、自社がダイレクトリクルーティングで見つけてきた人の相談も依頼してくれるところ。カミナシに入社するかまだわからない人が、転職のための思考を整理するサポートを第三者的に依頼してくれるんです。
前田:こちらが紹介する人だけじゃなくて、自分たちで見つけた人や、別のエージェントで知り合った人の相談にのることもできるんですよね。
よく勘違いされるけど、タレントパートナーと別のエージェントとの間に利害関係はまったくありません。僕らのミッションは支援先に成功してもらうことだけだから、僕らが紹介したかどうかに関係なく、採用に迷ったらなんでも活用してくれていいんですよね。
楠田:本当にその通りです。僕たちにとってのゴールは採用ではなく、人材が活躍して企業がバリューアップすること。そのためには、誰の紹介かは重要じゃないと考えています。
それから、採用発信の拡散のお願いなども大歓迎です。VCという第三者的な立場だからこそ伝えられる投資先の魅力はたくさんある。こうやってお互いの情報を拡散していく文化をみんなで作っていけたらすごくいいですね。
「目標逆算型」か「積み上げ型」か
前田:続いて、求職者目線の話をうかがっていきます。求職者でもすぐに入社が決まる場合とそうでない場合がありますが、違いはどこにあるのでしょう?
楠田:まず一つは、求職者が転職先のスタートアップをきちんと理解しているかどうか。自分が活躍できるフェーズ、年収、オファーの期待値などがちゃんとすり合っている時ほど、早期に決まる傾向があります。
SaaSのスタートアップに転職を考えるなら、まずは僕に会いに来てくれるのが理想です(笑)。
というのも、SaaSのスタートアップでは前提として「インプットしておいた方がいい情報」があるからです。知らないままはじめてしまうと、二次選考、最終選考のタイミングで前提条件のずれに気づくことも。情報収集から頼ってもらえると、スムーズに進められると思います。
前田:他には何かありますか?
楠田:自分のキャリアタイプを正しく認識しているかどうかです。
将来なりたいポジションやイメージからキャリアを形成していく「目標逆算型」か、今ある問題に向き合い続ける中でキャリアがついてくる「積み上げ型」か。
とはいえ、キャリアタイプは2種類だけです。将来なりたいポジションやイメージからキャリアを形成していく「目標逆算型」か、今ある問題に向き合い続ける中でキャリアがついてくる「積み上げ型」か。
どちらに適するかによって企業に求めるものが変わってくるので、正しく理解する必要があります。
日本人の9割は積み上げ型だと言われていますが、自分を目標逆算型だと勘違いしている人も少なくありません。そういう人はポジションや年収の交渉に無理してこだわってしまいがち。本当は居心地の良いカルチャーや仲間を見つけることや、どんな課題の解決を期待されているのか知るほうが大事です。
僕のキャリア面談では、こうした話をしながら一緒にタイプを見極めています。そうすることで、自分に必要な情報を取りに行けるようにサポートしていますね。
年収は「交渉」ではなく「相談」しよう
前田:求職者が入社時に気を付けるポイントはありますか?
「年収は交渉ではなくて相談した方が良い」
楠田:よく申し上げているのが「年収は交渉ではなくて相談した方が良い」ということです。エージェントが間に入っていると「年収を交渉しますか?」と聞かれるので勘違いしがちですが、これは第三者が仲介していからこそ。そうでなければ、入社して一緒に働くのだから「相談」でいいんです。
前田:交渉と相談って、たしかにまったく違いますね。具体的にはどう進めればいいのでしょう?
楠田:「次の資金調達をしたらこのくらい上げましょう」「どれだけ結果を出せるか一緒に計算してみましょう」といったように、具体的に話し合ってみるのがいいですね。
ハイクラスほど企業側も条件の提示が難しくなります。年収やポジションの交渉でもめた人と、スムーズに入社した人だと、メンバーからの見え方も変わってきます。ここで緊張感が生まれてしまうことは意外と多いので、ぜひ相談のスタンスで進めてほしいですね。
それから、ハイクラスほど人材を探すのに時間がかかりますし、交渉の末に入社されないとなれば企業が受けるダメージも大きくなります。なので、返事の期限の前日には連絡する、早めにどう思っているかを伝えておくなど、常に気を配ってコミュニケーションをすると良いでしょう。
前田:採用までのプロセスも、その人の印象や信頼関係に大きく影響しますよね。次に、求職者が陥りがちな間違いは何かありますか?
楠田:間違いというわけではありませんが、今の自分が良質な意思決定をできる状態かは気にしてほしいですね。僕もすごく注意して見ています。
たとえば、現在の仕事がストレスフルでメンタルが弱っていれば、冷静な判断はできなくなるでしょう。その人らしい意志決定さえできれば、そのあとのパフォーマンスも良い方向にいくと思っています。
それから、転職した方には「最初の3ヶ月から半年は絶対にうまくいかないもの」といつも言っています。競合に行ったり、ビジネスモデルが同じだったりして、これまでの経験をそのまま活かせる環境でもない限り、どんな優秀な人でも必ず悩むことが出てきます。
ハイクラスほど期待値が高いので、結果を出したいと強く思ってしまいます。プレッシャーに押しつぶされないためにも、「みんなうまくいかないもの」という大前提は覚えておいてもらいたいですね。
急いでいる時ほど採用は慎重に
前田:今の意思決定の話は、求職者だけではなく採用側も意識すべきですよね。
楠田:そうですね。企業側も、採用の緊急度が高い時ほど求職者をポジティブに見て、余裕がある時ほどネガティブに見るんですよ。どちらが良いという話ではなく、そうなりがちだということは意識しておく必要があります。
僕もその点を見極めながら、急いでいる時は慎重に、逆に余裕がある時は幅広い人材を推薦するようにしています。
前田:急いでいる時にネガティブな情報を無視してしまうのは、人間誰しもありますよね。だからこそ、その情報を理解することが重要だと。他に、採用側が気を付けるべき点はありますか?
楠田:ハイクラス人材ほど、オンボーディングの機会が少なくなりがちなんです。忙しいと経営者も忘れてしまうし、「責任者クラスなら大丈夫だろう」とつい思ってしまいます。
ハイクラスの人に今の悩みを聞くと、「経営者が何を考えているかわからない」「本当はどうしてほしいのかが見えない」と答える人がすごく多い。
しかし、ハイクラスの人に今の悩みを聞くと、「経営者が何を考えているかわからない」「本当はどうしてほしいのかが見えない」と答える人がすごく多い。だから積極的にコミュニケーションしてほしいですし、こちらも気づいたら機会を作るようにしています。
最初の三ヶ月から半年は、1on1を週に一度などの高い頻度で設定するくらいが良いと思いますね。
前田:アーリーステージのスタートアップだと、ちゃんとしたオンボーディングがないことも多い。しっかりコミュニケーションの場を設けることが大切ですね。最後に、何か伝えたいことはありますか?
楠田:投資先のみなさんは、はじめて採用を行う時はまずタレントパートナーの僕に連絡をしてほしいです。早く連絡をいただければ、そのぶん早く採用できますし、悩みや課題も解消できると思います。
SaaSキャリアで転職を考えている求職者の方も、ぜひまずは一度相談に来てください。ヒロさんも僕も、3年後、5年後もSaaSにフォーカスしていきたいと考えています。求職者の方がその時は僕たちの支援先ではない企業に入社したとしても、数年後には投資先に転職するかもしれない。もしくは、今の企業が投資先になる可能性だってあります。
一時的ではなく、長期的に人や企業と関われるのがVCの良いところ。これからも業界に貢献し続けたいと考えているので、まずは気軽に相談に来てくれたらうれしいです。