どのようなスタートアップであっても、サービスの価値をプレゼンする課題からは逃れられません。先達のSaaSも、すべてが瞬間的に広まったわけではないのです。
BtoB系のSaaSスタートアップにとっては、自らのサービスを導入してもらう「商談」を上手く進めることは、成長と切っても切り離せません。
特に初回訪問は、今後の取引の流れを大きく左右する重要な場面。セールスは、この大切な打ち合わせに向けて、どのような資料を準備して臨めばよいのでしょうか。
ALL STAR SAAS FUNDアドバイザーで、外資系企業3社をわたって、トップセールスの実績もある向井俊介さんによる投資先向け勉強会の内容を踏まえながら、初回訪問時に求められる営業資料のポイントについて解説します。
営業資料で踏まえておくべき、2つの前提
まず、資料を作成する際は、下記2点を前提に意識しましょう。
・営業資料は独り歩きする
商談だけではなく、資料だけが回覧されることを想定して作ることが大切です。
口頭での説明や補足をせずとも意図が伝わる構成か、どの年代の方が見てもわかりやすい内容か、誰が閲覧しても問題がない表現になっているかにも注意を払います。
常に資料だけが独り歩きし、不特定多数の人に閲覧されたとしても、問題のないことが前提です。
・4つの「不」を乗り越えられる
受注するためには、顧客が「買わない理由」を取り除いていくことが必要です。その理由とは「4つの不=不信、不要、不適、不急」に整理できるといいます。
①「不信」→この会社・担当者は信頼できるか?
②「不要」→このサービスは本当に必要か?
③「不適」→このサービスは自分たちに使いこなせるか?
④「不急」→このサービスは今すぐに契約する必要があるか?
この4つの「不」を順番に取り除くために、営業資料があると考えましょう。
特に実績が少なく、顧客にとって新しいサービスを提案するスタートアップにとって、初回訪問では「不信」と「不要」を取り除くことに専念しなくてはなりません。資料でも、その点をカバーできている内容となっていることを、よく点検しましょう。
営業資料は3つに分類できる
営業資料は目的に応じた3種類に分けることができます。それぞれのポイントを整理したのが以下の図です。
①概要資料
初回訪問では、顧客の「不信」と「不要」の壁を乗り越えることが重要。言い換えれば、商談をすることが合意できている状態を、まずは目指すということです。そのために作るべきなのが、サービスの全体像をまとめた「概要資料」です。
「不信」の壁を突破するためには、自分たちがどのような会社であるか、営業担当者がどのような人間であるかを、紹介する必要があります。
受賞歴や取得認証といった客観的なデータに加え、取引実績やパートナー、出資ファンドなどの具体的なステークホルダーを明示しながら、会社や担当者が信用に足ることをアピールしましょう。
「不要」の壁は、顧客に「このサービスは必要である」と感じてもらえることで超えられます。そのためには、自社商品ありきの「ポジショントーク」や「セールストーク」でない構成になれているかを注意したいところです。
たとえば、社会や業界のマクロな課題からミクロな業務課題へ納得感が高い形で落とし込まれているか、その業務課題がサービスによって解決が可能か。それらについて、違和感のないストーリーやロジックになっているかを入念に確認します。
また、概要資料は、1種類だけ作成すれば十分です。営業の生産性を高めるためにも、1つ概要資料をアップデートし続け、全ての初回商談で使えるようにしておきます。
ちなみに詳細は後で書きますが、顧客に合わせて「表紙のタイトル」と「導入実績のロゴの並び順」は変更しましょう。
②提案資料
初回商談でヒアリングした要件を踏まえ、それぞれの顧客に応じて作るのが「提案資料」です。提案資料は、4つの「不」すべてをカバーできる内容に仕上げなくてはなりません。
すでに商談の合意形成はできていますから、顧客の課題や予算、検討時期を折り込み、それぞれの壁を乗り越えるように工数をかけてカスタマイズをしていきます。
③補足資料
補足資料は「不適」と「不急」の壁を突破する役割です。活用事例やファクトシートなどをベースとして、顧客が使いこなせるイメージを抱けるように、導入に向けた不安を取り除きましょう。
また、ROIといった導入による効果を示し、想定している導入スケジュールに適することもアピールします。
この補足資料は、提案資料でも活用できるため、社内で資産として蓄積するのがおすすめです。いつでも、誰でも利用できるように共有フォルダで管理しておきます。
概要資料で常にカスタマイズすべき、2つの要素
これらの資料の使い分けが肝心ですが、こと初回訪問で用いられる概要資料が最も大切といえます。
概要資料は、基本的に1種類をアップデートし続ける形が望ましいと書きましたが、必ず顧客ごとにカスタマイズすべき2点があります。「表紙のタイトル」と「導入実績のロゴの並び順」です。
①表紙のタイトル
今回の打ち合わせの目的を記します。「〜サービスのご紹介・ご案内」のようなタイトルではなく、顧客に対して自社のサービスに期待してほしい内容を記し、相手の印象に残すようにします。
たとえば、「業務改善によるコスト削減のポイント」や「顧客継続率の向上への効果的な一手」といった書き方は望ましい一例です。表紙は資料の顔です。
②導入企業のロゴ
顧客に近しい企業ロゴほど、左側に寄せていきましょう。
同じ情報が均等に配列されている場合、人間の視線は「アルファベットのZの文字」のように、左上→右上→左下→右下に移動していくと言われています。
作成時はロゴを一つずつ動かすのではなく、あらかじめ業界ごとにグループ化をしておくと効率的です。
資料には「ディスカッションページ」を含める
営業は相手の発言を信じすぎるきらいがあります。しかし、顧客が全ての課題をはっきりと把握しているわけではないのです。
特に新しいサービスで解決する課題は、顧客も気付けていない、潜在的なものであるとが多くあります。
そのために資料内に、顧客とディスカッションできるページとして、業界におけるマクロな課題や解決の方向性について整理して、準備します。初回の打ち合わせであれば、もちろん仮説で構いません。
それらの資料をもとに、顧客が今、何について困っているかを掘り下げていくことが大切です。
掘り下げで効く質問の一つは、「同業他社では〇〇が課題だとおっしゃっていたのですが、御社はいかがですか?」です。これらの会話を通じ、顧客自身が潜在的な課題を自覚していければベストです。
「信用」と「信頼」の違いを意識する
私たちが営業資料を作る理由は、商談をうまく進めるためでもありますが、何よりも相手から「信用」を得るためです。
では、ビジネスシーンにおける「信用」とは何でしょうか。それを考える上では、同じように用いられがちな「信頼」との違いをわかっておかなくてはなりません。
「信用」とは、個人や団体の過去の事実に基づいた結果から得られます。
企業であれば、取引実績や取得認証などに基づきます。営業担当者においては時間の厳守、TPOに合う服装、顧客の立場を踏まえた言葉遣いといった基本的な行為の積み上げが、特に反映されます。
一方の「信頼」は、将来に向けた主観的な期待から得られます。
そのため、初回訪問という限られた時間内中で「信頼」を強固に築くことは、まず難しいものと捉えましょう。
初回訪問では、「信用」を得ることに徹します。信用を得てこそ初めて商売の話をすることができるのです。
たかが資料、されど資料です。日頃使っているものを今回の記事で紹介したポイントから改めて見直すことで、商談化率や成約率の低下を防ぐことができます。
みなさんが顧客からの「信用」を得るきっかけは、このたった数ページに込められているのですから。