パートナー側のSaaSへの理解が大きく変化してきている
神前:「SaaSにおける販売代理店戦略」など、パートナーセールス戦略や組織の拡大について、今日はお聞きできればと思っています。まずは前提として、鈴木さんがLayerXへご転職を決められた理由から教えていただけますでしょうか。
鈴木:LayerXがパートナーセールスに力を入れていこうというタイミングで、社内勉強会に招かれたのがきっかけでした。その勉強会で、参加メンバーの皆さんがとても前向きで、パートナーセールスで事業を大きくしていくのだという強い意欲を感じました。そういった熱意あるメンバーと一緒に仕事ができたら面白いかな、と感じたのが一つの理由です。
もう一つは、LayerXが取り組んでいるBSM(ビジネス・スペンド・マネジメント、法人支出管理)の領域に、大きな可能性を感じたことです。これらに挑戦できる機会だと思い、入社を決めました。
神前:LayerXは私たちも投資させていただいている企業ですが、驚くべき成長曲線を描いていると感じています。その背景には、トランザクション課金もありながら、プロダクトを次々に展開されている点があるのではないでしょうか。マルチプロダクトの販売代理店を活用しながらスケールさせていく方法についても、後ほど教えていただければと思います。
では改めて、SaaSベンダーは中長期的な戦略として、パートナーセールスをどのように位置づけるべきでしょうか?
鈴木:近年は、パートナー側のSaaSへの理解が大きく変化してきていると感じています。10年以上前は「1回の販売に対して、どのような手数料がもらえるか」という「ショットの売り上げ」にパートナー側の関心は集中していました。
それが最近では、月額課金のリカーリングやSaaSのビジネスモデルについて、パートナー企業内でも評価制度が変わったり、導入が進んだりしています。SaaSベンダーにとっては追い風が吹いていると言えるでしょう。
そもそも国内のBtoB商談の約70%は代理店を通じてエンドユーザーに届いている、という現実があります。BtoBでは今後も代理店販売が根強く残っていくと思われるので、そこに注力することは非常に重要です。もちろん、特異なサービスによっては直販の方が適している場合もあるでしょう。しかし基本的には、SaaSサービスであればパートナーセールスを活用して事業を拡大していくことが、大きな戦略の一つになるのではないでしょうか。
神前:鈴木さんは多くのスタートアップの相談に乗られていると思いますので、代理店戦略を考える上で、日本のSaaSスタートアップが陥りがちな罠やつまずきやすいポイントも、見えているのではないかと思います。課題と打ち手について伺わせてください。
鈴木:現在、LayerX社以外では4社のベンチャー企業でアドバイザリーを務めていますが、「スタートアップあるある」として注意すべき点はありますね。それは、足元の数字を稼ぎたい一心で短期的な視点に陥り、パートナーとの取り組みが日々のToDoの消化だけに終始してしまうことです。非常にもったいないと感じています。
特に大手パートナーであれば、本社の企画部門や営業統括、場合によっては先方の経営層とも会って、全国展開に向けた大きなビジョンを描きながら、スピード感を持って実行していくことが重要です。エンタープライズセールスに似た部分もありますが、パートナー企業の上層部とも関係を構築し、企画に落とし込んでもらうことがとても大切だと考えています。
THE MODELで理解する、パートナーセールスの「3つの形態」
神前:パートナーセールスにも、いくつか異なる形態がありますよね。その点について、鈴木さんはどのように整理されていますか。
鈴木:一般的に言われるパートナーセールスには、主に3つの形態があると理解しています。卸売型、取次型、紹介型です。営業活動におけるリード獲得から商談、クロージング、サービスのID発行やカスタマーサクセス、サポート、請求や入金までの一連の業務を、どちらがどこまで担うかによって、これらの形態の違いが生まれます。
卸売型であれば、卸売型のパートナーがすべての役務を担う形ですね。取次型は、クロージングまでをパートナーが担当し、契約の主体はベンダーとエンドユーザーになります。紹介型は、基本的にはリードの獲得までをパートナーが行ないます。つまり、マーケティング、セールス、カスタマーサクセスのどの部分を担うかで区分けできるのです。
神前:なるほど、THE MODELを応用すると理解しやすいですね。卸売型、取次型、紹介型という区分に加えて、サブスクリプションも評価されるようになってきたことを踏まえると、手数料の設定方法や望ましい形態の選択に悩む企業が多いのではないでしょうか?ベストプラクティスや考え方の指針があれば教えてください。
鈴木:手数料の設定には3つの視点が重要だと思います。一つ目は、パートナーの目線から「儲かるビジネスなのか」。二つ目は自社の目線で「どこまで手数料を出せるのか」。三つ目は「競合他社の手数料水準はいくらか」です。
つまり、自社だけでなく、パートナーの立場に立って、そのビジネスのLTV(ライフタイムバリュー)とCAC(顧客獲得コスト)を考える必要があるわけですね。自分たちとは逆の立場から見てみましょう。
自社の観点からは、直販で取れているCACと比較するのがポイントです。単純に言えば、直販のCACを下回るのであれば、パートナーのチャネルで販売した方が良いということになります。
さらに、競合他社がパートナーに支払っている手数料も把握しておく必要があります。パートナー企業にしっかりとヒアリングして、適切な水準を見定めなければなりません。
神前:自社の視点だけで手数料を考えるケースが多い印象ですが、3つの視点を持つことが肝要だということですね。目から鱗が落ちる思いです。
パートナー選定の基準は「中長期的な視点」と「ビジョンの共有」で
神前:パートナーセールスにおいて短期的に成果が出ないと感じた時には、そもそも一歩立ち止まって、パートナー選定の基準から考えることも大切でしょう。
SaaSスタートアップが資金調達をしてプロダクトをリリースすると、様々な会社から販売代理店の引き合いがあるものです。ただ、そこで安易に飛びつくのはリスクがあると感じています。中長期的な視点に立ってパートナーを選定する際に、鈴木さんが意識されていることや注意点があれば教えてください。
鈴木:ご指摘の通り、短期的な視点だと数字の積み上げだけに終始してしまい、パートナーとの関係も長続きしないものです。大切なのは、業界の3年後や5年後を見据えながら、自社の持つビジョンに共鳴し、共感してくれるパートナーと組むことだと思います。また、将来的にその市場が大きく成長した時に重要なプレイヤーになっているであろう企業を見極め、パートナーシップを組むことが何より重要だと考えています。
神前:バーティカルSaaSとなると、業界によっては、BtoBのシステムを導入・展開する会社だけでなく、原材料を卸売りしている会社なども相性が良かったりしますよね。そうしたパートナー候補との接点をどのように開拓していくのか、またパートナーとして適しているかどうかをどう判断するのか。鈴木さんのお考えを聞かせてください。
鈴木:2つのポイントがあります。
一つは、直販で契約が取れている場合は、エンドユーザーに直接聞いてみること。例えば、直販で獲得できたお客さまに「もし、自社ではなく他の代理店からこのサービスを紹介されるとしたら、どこから購入するか」を聞いてみると、似たような企業名が複数挙がってくることがあります。そうした会社にこちらからアプローチして、パートナーになってもらいたいとお願いするのが一つの方法です。
もう一つは「自社サービスの商流、業界、イベント」という3つの軸で考えることです。商流については、お客さまがいる業界でモノの流れがどうなっているのか、誰が販売していて、どの部署がサービスを使うのかを見極めます。その商流の中で最も太い部分を持っている企業にパートナーとして声をかけるのです。
業界については、例えば建設業界であれば、建設現場で使われるサービスでは現場監督が決裁権限を持っているケースがあります。そうした現場監督にアプローチしている企業、建設現場に強いレンタル事業者などとパートナーを組むのも一つの手です。
最後にイベント軸ですが、例えばM&Aや事業承継が起きたタイミングでは、バックオフィスを強化したい、効率化したいというニーズが発生します。そうしたお客さまのイベントをキャッチできるパートナー企業は重要だと考えています。
神前:となると、M&Aの仲介業者、ファンドや銀行なども候補になり得ると。
鈴木:そうですね。
スタートは「直販でのPMF達成後」が理想のタイミング
神前:一つ気になるのが、SaaSスタートアップがパートナーセールスをはじめるべきベストなタイミングはいつなのか、です。私の考えでは、直販で売れないものはパートナー経由でも売れないのではないかと思うのですが……。
鈴木:直販でPMFを達成したと思ったタイミングで、パートナーセールスのアクセルを踏むのがベストだと考えています。その一歩手前くらいからパートナーの開拓をはじめておきたいところですね。
PMFを達成した時点では、直販で分かりやすい事例がたくさん出はじめると思います。そのタイミングでパートナーに事例を展開し、さらに案件を増やしていくのが効果的です。また、先ほどお話ししたLTVとCACの関係性が見えてきた段階でパートナーを開拓していけば、手数料の設定もしやすくなるでしょう。
具体的には、自社で300社程度のヒアリングができるようになったり、いくつかの事例からストーリーを持って説明できるようになったタイミングが、パートナーセールス開始のベストなタイミングだと考えています。
神前:なるほど。一方で、パートナーセールスをはじめてから成果が出るまで、つまりはパートナー経由の受注が増えてP/Lの予測が立つようになるまでには、ある程度の時間がかかるのではないかと想像します。その期間はどのくらいを見込むべきでしょうか。
鈴木:先ほどお伝えした取次型と紹介型の場合は、パートナー側の役務の範囲が卸売型に比べて狭いので、交渉開始から3〜6ヶ月程度で販売が開始できるでしょう。一方、卸売型の場合は、パートナー側の役務が非常に広くなります。契約書の取り交わしやエンドユーザーへの課金の仕組みなども検討する必要があるため、6ヶ月から長いと1年程度の準備期間を見ておきたいですね。
神前:これはずっと聞いてみたかった質問なのですが、販売代理店契約を10社や20社と結んでいる会社でも、成果を上げるパートナーとそうでないパートナーに二極化することがあると思います。担当者としては、どのようにパートナーの能力を高め、受注率を上げていくべきでしょうか。その点についてのコツやポイントがあれば教えてください。
鈴木:基本的には、直販の営業パイプラインと同じ考え方だと思っています。まずはリード数を把握することが重要です。パートナーの場合、リードには既存の取引先と新規開拓先の2種類があります。それぞれのリード数をパートナーとコミュニケーションを取って知ることが必要です。
次に商談化の段階ですが、特にルートセールスを行なっているパートナーは直販よりも商談化はしやすい傾向にあります。最後のクロージングでは、パートナーは必ずしもそのサービスの専門家ではないので、ハンズオンでサポートしながら勉強会を開催したり、分かりやすい資料を提供したりして、成約率を上げていくことがポイントになるでしょう。
パートナーセールスに適しているセグメントと商材の特性
神前:パートナーセールスの対象となるセグメントや商材についても伺いたいと思います。例えば、商品の単価が低すぎると、パートナーに渡せる手数料も少なくなり、割に合わなくなるのではないでしょうか。パートナーセールスがはまりやすい商材やセグメントがあれば教えてください。
鈴木:単価が高いほどパートナーにとってはうれしいのですが、一般的に高単価商品は手離れが難しかったり、契約までのリードタイムが長かったりと、複雑な商品が多い傾向にあります。そのため、単価が高ければ良いというわけではなく、適度な金額で手離れの良い商品の方が、パートナーには好まれるのです。むしろ、手離れの良さを重視したいですね。
手離れの良さを追求するために、契約書の内容やIDの発行手順などをできるだけシンプルにしたり、システム化したりすることが重要です。自社でできる工夫を凝らしながら、パートナーにもサービスを提供していくことが求められます。
神前:商品のバリュープロポジションの強さやPMFの度合いによっても変わりそうですね。説明コストが高い商品は単価も高くなりがちですし、逆に説明コストが低い商品は営業担当でも売りやすく、パートナーにとっても販促に乗りやすいのではないでしょうか。
鈴木:まさにその通りだと思います。
神前:パートナーセールスを開始する際に、直販の商圏とカニバリゼーションが起きてしまうことがあります。そうしたハレーションを避けるために、どのようなレギュレーションを設けるべきでしょうか。
私自身、前職でSaaSの販売代理店をマネジメントしていた際に、どうしてもアタックリストが被ってしまうことがあり……ベンダー側としては手数料を払いたくないので「直販しましょう」なんて言ってしまうこともあったんです。適切なルール作りについてアドバイスをいただけますでしょうか。
鈴木:エンタープライズと、SMBやミドルマーケットの企業では状況が大きく異なります。
エンタープライズの場合、ある業界を攻めようとしてベスト10のリストを出すと、ベンダーとパートナーのリストがほぼ一致してしまうことが多いでしょう。そのため、最初からパートナーに相談して、取引量の多い企業を一つずつ振り分けていき、パートナーに任せる部分と直販で攻める部分を、明確に区切ってスピード感を持って進めるのが良いと思います。
特にスタートアップの場合、エンタープライズへのリーチが難しかったり、キーパーソンとの接点を持ちづらかったりするので、パートナーと上手く協業できると非常に効果的です。
一方、中小企業の場合は数が膨大なので、一社ごとに対応するのは現実的ではありません。そこで、パートナーセールスをはじめる前に、パートナーと社内の双方にルールを決めておくことが重要です。基本的には、エンドユーザーが「どちらの商流で購入したいか」という意向を尊重した上で、ルールメイクしていくのが良いでしょう。
神前:中小企業は、お客さまの購入のしやすさに依存する部分が大きいということですね。
鈴木:そうです。お客さまも支払い口座を一つにまとめたいというニーズがありますし、長年の付き合いがあるルートセールスの担当者がいれば、その商流の方が安心して購入できるということもあります。お客さまに寄り添った形でルールを決めたいところですね。
神前:なるほど。エンタープライズの場合は、スタートアップ単独ではリーチが難しいので、紹介や取次のパートナーセールスを活用しながら、接点を持っていくのが有効だと。
鈴木:加えて、新しいプロダクトがリリースされるタイミングで、少し前からパートナーに情報をリークしておいて、プレセールスを促すのも効果的です。前職のセーフィーでは上手くいった経験があり、現在のLayerXでも実施していきたいと思っています。特にLayerXはコンパウンドスタートアップとして、半年に一度は新プロダクトが出ていますから。
あとは、リリース直後にエンドユーザーから反応があった時に、パートナーも対応できるよう事前にサービス情報を共有しておくことで、市場の早期獲得にもつなげられます。
新製品情報をパートナーに早期共有し、販売体制を協同で構築しよう
神前:スタートアップにとって、機能改善や新しいプロダクトの開発は重要ですが、特にマルチプロダクトの場合、販売代理店での営業方法が課題になると思います。新しい情報をパートナーに伝えていく際にも、タイムラグが発生してしまうのではないでしょうか。打ち手としては自社のパートナーセールスがイネーブルメントや情報共有を行なっていくべきだと考えますが、いかがでしょうか?
鈴木:とても大事な観点ですね。開発のロードマップなど、出せる範囲で可能な限りパートナーへ早めに情報を開示し、パートナー側でも販売体制を築けるようにする必要があります。特に大手のパートナーの場合、体制構築に半年から1年ほどかかることもあるので、できるだけ早めに情報を提供し、一緒に販売できる準備を進めてもらうことが大切です。
神前:そうなると、自社のパートナーセールス担当者の人数が少ないと、対応しきれない可能性がありますよね。パートナーセールスの組織として、最適な人数についてはどのようにお考えでしょうか。
鈴木:パートナーの規模にもよりますが、日本全国をカバーしているような大手パートナーであれば、最低でも2〜3人で対応するのが良いでしょう。理想を言えば数十人いれば十分ですが、スタートアップではそこまでの人員を割くのは難しいと思います。
エリアに特化したパートナーや、中小企業のDXに特化しているようなパートナーの場合は、1人の担当者が5〜10社ほどを持ちながらサポートしていくのが適切だと考えます。それ以外の中小パートナーで、きめ細かな販売をしてくれるようなところであれば、1人で30社ほどを担当するのが良いでしょう。これは私の前々職、前職、そして現在の経験からの肌感覚にはなりますが......。
神前:具体的で参考になります。ということは、パートナーセールス部隊の方々は、自ら営業することはほとんどないのでしょうか。
鈴木:基本的にはありませんが、私のポリシーとして、パートナーセールスのメンバーにも自らクロージングできる力を身につけてほしいとは考えています。そのため、持っている案件の1〜2割程度は自分で直接契約に関与することを意識して取り組んでもらっています。
神前:なるほど。そこは育成や採用の話にもつながりますね。
「1人目パートナーセールス」に求めるスキルと経験
楠田:では、育成や採用については、私から伺わせてください。
スタートアップではシリーズA後半からBにかけて、パートナーセールス組織を作りたいというニーズが増えてきます。ただ、「1人目パートナーセールス」に求めるスキルや経験について悩むことが多いようです。鈴木さんの見立てとして、「1人目」の要素をどうお考えですか?
鈴木:確かに「1人目」と「2人目」では求めるスキルが大きく異なります。1人目については、パートナーセールスの経験者が適任だと考えています。手数料の設定方法や社内のプロモーション資料の作成など、立ち上げ初期はクリエイティブな部分が大きいため、経験者が携わることで立ち上がりのスピードが上がるでしょう。
楠田:1人目にはパートナーセールスの仕組み作りやオペレーション構築における実体験や経験が重要だということですね。
鈴木:その通りです。
楠田:一方で、2人目や3人目以降に求めるスキルはどのようなものでしょうか。
鈴木:2人目以降は、1人目の方が作った仕組みを前提として、ダイレクトセールスの経験がある方や、スタートアップらしく開拓力を持った方が適任だと思います。ただし、パートナーセールスは「パートナー、エンドユーザー、自社」の「三方よし」を目指す必要があるので、一直線にダイレクトセールスをするのではなく、冷静に全体を見渡せる視野の広さを持った人が望ましいですね。
楠田:特に、どのようなセールス経験がある方が、2人目や3人目としてフィットしやすいのでしょうか。
鈴木:エンタープライズセールスの経験がある方は、パートナーセールスにもフィットしやすい傾向にあります。大手のパートナーと組織対組織で付き合っていく際に、エンタープライズセールスの経験が活きてくるのです。
楠田:なるほど。1人目の話に戻りますが、もし鈴木さんのようなパートナーセールスの経験と型を持った方が、メンターやアドバイザーとして関わってくださる場合、1人目に求めるスキルセットも変化してくるのではないでしょうか。
鈴木:そうですね。そのようなケースも多くあります。私自身もアドバイザーとして呼ばれることがありますし、PRMと呼ばれるパートナー管理のSaaSサービスを提供している会社もあるので、そうしたサービスを活用しながら、パートナーセールスの立ち上げを進めていくのも良いでしょう。
楠田:その場合は、1人目の適任者として、どのような共通点がありますか。
鈴木:直販営業ができて、かつパートナーの立場も理解できるバランス感覚が非常に重要だと考えています。直販営業ができないと、お客さまの反応をリアルに伝えられませんし、それをパートナーにフィードバックして販売につなげることもできません。自ら直販を経験した上で、それをパートナーに還元することで、より多くの販売機会を生み出せるのです。
楠田:つまり、自社プロダクトの理解を大前提として、販売手段や方法を選ばずにゴールに向かって走れるタイプの人物や、そこにモチベーションを持てる方であれば、任せやすいということですね。
鈴木:ええ、その理解で良いかと思います。
パートナーセールス担当者の面接で見極めるべきポイント
楠田:面接でパートナーセールス担当者を見極める際のポイントについても、僕らの支援先からよく質問されます。いかがでしょうか。
鈴木:ややテクニック論になりますが、1社での経験が長い方が適している傾向にあります。エンタープライズセールスもパートナーセールスも、パートナーと3〜5年かけてじっくりと成長していく必要があるため、1〜2年で結果を求めてしまうとミスマッチが生じやすいのです。過去の経歴において、一つひとつの会社で腰を据えて取り組んできた方は、パートナーセールスに向いていると言えるでしょう。
もう一つのポイントは、会社選びにおける「考え方の順番」です。「社会がどうあるべきか、その上で自社がどうあるべきか、自分としてどう成長したいか」という順番で考えられる方が望ましいです。パートナーと組む際にも、この順番で会話ができないと、なかなか相手を動かすことができません。自分や会社の思いが先行してしまい、最後に社会の話をしてもパートナーに響きにくいのです。
楠田:なるほど。ビジョンセリングに近い考え方ですね。
鈴木:そうですね、確かにそう言えます。
楠田:2人目、3人目となると、未経験の人材を採用して育てるパターンも出てくると思います。その際に気をつけるべきポイントがあれば、ぜひ教えてください。
鈴木:未経験者がいきなりパートナーセールスを担当するのは、かなりハードルが高いと考えています。パートナーのことも、自社のサービスのことも理解した上で、パートナーと接する必要があるからです。
未経験者を採用する場合は、ドメイン知識がある方に限定されるでしょう。多くの場合、パートナーの方がプロフェッショナルであることが多いので、それに対応できるだけの知識が求められます。私自身、これまでの経験の中で、全くの未経験者にチャレンジしてもらったケースは基本的にありませんでした。
楠田:となると、社内からの異動が「王道」ともいえますか。
鈴木:ええ、最も適していると思います。特にフィールドセールスからの異動ですね。
楠田:それは数字へのこだわりや、フロントに立つ力などが理由でしょうか。
鈴木:そうです。自らセールスを経験していれば、お客さまにどのようなトークをすれば響くのかをリアルに話せますし、そのままパートナーに説明できるのも大きなポイントです。パートナーからの質問にも、例えば契約書一つとっても、自分が直販で経験していれば契約やお金の流れを理解しているので、スムーズにオペレーションを立ち上げられるでしょう。
経営目線で取り組める成長機会が、パートナーセールスの魅力
楠田:鈴木さんが様々な企業のパートナーセールス勉強会をサポートされる中で、参加者からよく受ける質問や悩み相談などはありますか?
鈴木:以前は、そもそもパートナーセールスの魅力を伝えきれないという悩みを多く聞きました。最近はパートナーセールスの認知度も上がり、社内でのポジショニングも明確になってきたので、応募側も募集側も、理解が進んできていると感じます。
パートナーセールスの魅力としては、企業対企業の付き合いになるので、経営の目線を持って取り組めることが挙げられます。自分でパートナーとの3年間の事業計画を作るといった経験は、視野を大きく広げてくれるでしょう。これは先ほどお話しした、会社視点や社会視点に立つことにもつながります。
楠田:最後の質問になりますが、パートナーセールス担当者の採用活動で、よくある失敗や気をつけてほしいポイントがあれば教えてください。
鈴木:先ほどお話ししたように、パートナーセールスの経験者を最初に採用するのが良いのですが、一方でパートナーセールスしか経験がない方は、自分でクロージングする力が弱い場合もあります。そのため、パートナーセールスの経験だけでなく、BtoBの直販営業経験があるかどうかもポイントになります。
また、トップセールスにありがちな「突っ走るタイプ」は、それはそれで優秀なのですが、パートナーセールスでは「エンドユーザー、パートナー、自社」のバランスを取りながら進めていくことを忘れてはなりません。「三方よし」のバランス感覚を持っている方が適任だと言えるでしょう。
加えて、パートナーの成長には時間がかかるので、じっくりと向き合える方が理想的です。経験の浅い方ほど実績に焦ってしまったり、モチベーションを維持したりするのが大変な瞬間もあるかもしれません。マネージャー層の視点で適切にフォローしていきましょう。
具体的には、担当するパートナーのアカウントプランを作成してもらうのが効果的です。まさにLayerXでも実践しているところです。
慣れている方であれば3年ほどのプランを作り、大きなテーマを決めながらクォーター単位でToDoを設定します。一方、ジュニアメンバーや経験の浅い方は、まず1年間のアカウントプランを一緒に作成し、1年後にどういう状態になっているのが良いかをパートナーと膝を突き合わせて話し合います。そして、クォーターごとにToDoを積み重ねていくのです。
楠田:今日は事業面に加えて、採用や育成面も含めてご質問でき、とても勉強になりました。ありがとうございました!