日本のソフトウェア・IT市場は約15兆円という巨大な規模を誇りますが、その90%をSIerが占め、SaaSの占有率は10%にも至りません。この現状に風穴を開けるべく、多くのSaaS企業がエンタープライズ市場に進出を図るも、道のりは決して平坦ではありません。
エンタープライズ向けSaaSビジネスは、需要創出からクロージング、そしてポストセールスに至るまで、戦略を大きく見直さなくてはならないでしょう。その中でも特に重要な役割を果たすと目されるのが「プロフェッショナルサービス」です。
ただ、この領域のノウハウは多くのスタートアップ企業にとって未知の領域。カスタマーサクセスやサポートとの違いが明確でなかったり、単なるコンサルティングサービスと混同されたりすることも少なくないのです。
そこで今回、Oracle、Salesforce、そしてVeeva Japanと、外資系ソフトウェア企業でプロジェクトオーナー、プロジェクトマネージャー、そしてプロフェッショナルサービス領域を中心に約30年従事してきた大村耕平さんに、エンタープライズSaaSにおけるプロフェッショナルサービスの要諦を聞きました。
クライアントサーバーの時代からクラウド化の波まで、大村さんはIT業界の変遷を見届けてきました。Oracle在籍時には22年半にわたりコンサルティング業務に携わり、Salesforceではマーケティングクラウドを担当。現在はVeeva JapanでCRM領域のプロフェッショナルサービスチームを率いています。
「プロフェッショナルサービスは製品ベンダーの最後の砦」と語る大村さん。プロフェッショナルサービスの役割、組織化、人材採用から、エンタープライズ向けSaaSビジネスの成功の鍵まで、豊富な経験に基づく洞察をお聞かせいただきました。
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プロフェッショナルサービスの重要な役割である「見極め」
神前:大村さんから見て、日本の大手企業のクラウド化やDX化の進展について、どのように捉えていますか?30年近く大手企業を見てこられた中で、この十数年でどのような変化があったとお考えでしょうか。
大村:様々な商談に立ち会ってきた経験から言えば、私が最初にクラウドを担当した頃のOracleでは、機能の有無よりも、「なぜクラウドなのか」や「データをどこに置くのか」、「クラウドとは何か」といった基本的な理解を得るのに苦労したものです。
現在では状況が大きく変わってきています。クラウドの浸透が進み、前提知識の共有よりも、セキュリティに対するイシューなど具体的な議論ができるようになってきたのです。特にCRMやマーケティングといった比較的新しい領域では、既存システムからの移行というより、新規導入のケースが多かったことも影響しているでしょう。
神前:売上を伸ばすための「攻め」のアプリケーションに加えて、いわゆる「守りの側」といえるコスト削減を目的としたSAPや、Oracleが提供してきたようなシステムも、今ではクラウド化が進んできていますよね。そのため、SaaSのスタートアップ企業でも、エンタープライズ向けの商談が徐々に増えてきているという印象があります。
ただ、SaaSの単体プロダクトだけでは、導入が進まなかったり、導入に非常に時間がかかったりするケースもあると聞きます。SaaSは基本的にカスタマイズを前提としていませんが、どこまでサービスとして対応すべきなのか、その塩梅が難しいところだと思います。
オンプレミスとクラウドのプロフェッショナルサービスの違い、そもそもプロフェッショナルサービスのミッションや業務内容についてどのようにお考えでしょうか。
大村:このテーマは、私がSalesforceへ移って「驚いたこと」から話をはじめてみましょう。
Oracleにいた頃は、SaaSやクラウドに対して生真面目に向き合っていたと思います。オンプレミスはカスタマイズが可能で、クラウドはカスタマイズができない、というシンプルな図式で考えていたのです。そのため、お客さまにクラウドの価値を訴求する際には、「なぜカスタマイズができないシステムが良いのか」を説明するのに苦労しました。特にエンタープライズ企業になればなるほど、この説明は困難を極めたんです。
ところが、Salesforceに移ってみると、実は「クラウドもカスタマイズが可能」だと。正確に言えば、「カスタマイズできる部分と、できない部分がある」ということです。これは振り返ってみると、オンプレミスの時代も同じだったんですね。
パッケージアプリケーションは、オンプレミスであってもいずれはバージョンアップが必要になります。クラウドやSaaSほど頻繁ではありませんが、数年に一度のペースでバージョンアップが行なわれます。時には必須のパッチが提供されることもあります。
このバージョンアップの必要性は、業務アプリケーションの宿命であり、同時にメリットでもあるのです。そのため、オンプレミスの時代から、アップグレード可能であることは非常に重要なポイントでした。私がOracleにいた頃も、この点には常に注意を払っていました。Salesforceの場合、Force.comという開発プラットフォームがあり、ここでカスタマイズが可能です。
プロフェッショナルサービスの重要な役割は、製品パッケージの中でカスタマイズ可能な領域と、カスタマイズしてはいけない領域を見極め、お客さまの要件をどのように振り分けていくかを判断することです。
闇雲に外部で作ればいいというわけではありません。例えば、Salesforceでは顧客によっては「そこまでリッチなCRMは必要ない。顧客データの管理が必要なだけできればいい」といった要望もあります。そういった場合、似たようなデータモデルをForce.comで作成することも技術的には可能です。
ただ、それは必ずしも正しい選択ではありません。なぜなら、CRMという製品を特定の思想を持って作り、提供している企業が、それに近いものをカスタムで提供することが、果たしてお客さまの将来にとって本当に良いことなのか、という疑問が常に付きまとうからです。
コンフィギュレーションとお客さまのニーズを調整する
神前:カスタマイズの領域を見極めて管理し、プロダクト開発や企画に生かしていくのが、SaaSの難しさであり醍醐味でもありますね。一方で、カスタマイズや導入支援などのサポートがないと、特に巨大な企業ではシステム導入が難しいケースもあると思います。
プロフェッショナルサービスの役割が見えたところで、具体的な業務内容について、さらに詳しくお聞かせいただけますか?
大村:SaaS製品の「あるべき論」でいけば、そのまま使っていただくのがベストです。製品のバージョンアップに何の障害もなく追随できるからです。ただし、「そのまま」という領域には幅があります。
私たちはこれを「コンフィギュレーション」と呼んでいますが、製品自体が設定による挙動の変化をある程度は許容しているのです。つまり、お客さまにはアウト・オブ・ザ・ボックスで動くものを基本的に提供できますが、やりたいことを追加したり、アレンジしたりすることもできる。これが、エンタープライズ向けアプリケーションの特色だと思います。
特にBtoBの領域において、プロジェクトの中で私たちが行なっているのは、お客さまの要望とプロセスを確認し、製品を動かすためにはどのようなコンフィギュレーションをすればニーズを満たせるのかを調整する仕事です。
お客さま固有の要望がある場合で、それが製品化する領域ではない、あるいは現在の製品では対応していない際には、外部カスタマイズを追加することもあります。ただし、それも元の製品に影響を与えないような作り方を含めて、私たちがガイドしたり、作ったりします。結果として、本体がアップグレード可能な状態を維持できるようにしています。
神前:開発リソースについては、パートナーを使うこともあるのでしょうか?例えば、Salesforceではパートナーとよく連携されていると思いますが、社内にもエンジニアの方がいらっしゃると思います。どのような体制でしたか。
大村:ある程度は自前で対応できるメンバーを持ちながら、ボリュームが多くなったり、大きな塊で製品の外部で作ったりする必要がある場合、あるいは他システムとの連携が多いお客さまの場合は、パートナーと協力して対応します。チーム内にサブコントラクターとしてパートナーを加え、技術的な支援をいただくこともありますね。
神前:なるほど。プロフェッショナルサービスの主なミッションは、お客さまにしっかりと導入していただけるように、カスタマイズ可能な部分、アウト・オブ・ザ・ボックスの部分、アプリケーションを追加できる部分についてのディレクションを担当し、お客さまとの調整やアレンジメントを行なうこと、と言えそうです。
大村:そうですね。大元は、製品中のコンフィギュレーションによる動作の挙動をお客さまの要望に合わせていくことが中心です。それ以外にもアプリケーションを追加する必要があれば適宜ディレクションが走る、といった順序は変わりません。
プロフェッショナルサービスは「いつ」出番が来るのか?
神前:最近は、プロフェッショナルサービス、カスタマーサクセス、カスタマーサポート、ビジネスコンサルティングなど、ポストセールスを担う職種が多岐にわたってきています。これらの職種が混同して使われているイメージがあるので、整理できればと思います。
例えば、アカウントエグゼクティブやフィールドセールスとの対比、またはカスタマーサクセスとプロフェッショナルサービスの違いなど、受注から契約、導入支援のフローの中で、他の職種とどのように連携してプロジェクトを進めていくのでしょうか?
大村:Veevaは主にエンタープライズのお客さまが多いので、製品をそのまま使っていただくよりは、標準コンフィギュレーションでアレンジが必要になります。
まず、ライセンス営業の担当が、お客さまに大まかな要件のヒアリングを行ないます。どんなことで困っているか、どんなことをしたいかという確認です。
その後、私たちプロフェッショナルサービスのメンバーか、もしくはセールスエンジニアが出向いて、要件の詳細を詰めていきます。私たちが登場するタイミングは、実際にどう実装できるのか、実現性の部分をお客さまと話し合う時が多いですね。
営業とセールスコンサルタントが対応しているフェーズでは、Veevaの将来性を含めた製品の位置づけなどをセリングしていきます。そして、具体的なやりたいことが見えてきて、その実現性を確認する段階で、サービスのメンバーが参加するのです。
これは営業側のメンバーにとっても、実現可能なものを販売できるメリットがありますし、私たちにとっても重要です。ビジョンだけを売って、現在できることとできないことが整理されていない状態でお客さまが製品を購入するのは、ある意味、悲劇ですから。
将来像と現在実現できることを、セールスの段階でしっかり説明できることで、プロジェクト開始後も目的を失わずに進められます。これは私が経験してきた会社の中でも、Veevaが一番うまくいっていると感じます。セールスだけでクローズすると、実際にはできないものが「できる」になっていることがありますから……。
神前:クローズ前にすでに、導入後の将来像と現在のギャップをどう埋めるかというところまで、しっかりとアカウンタビリティーを持って関わるということですね。
大村:そうですね。私が入社する時に、サービスチームの社内での位置づけや役割について、様々な方に確認させていただいたのですが、Veevaではそれらがセールスに組み込まれていたのは、私にとっては嬉しいことでした。
神前:セールス側からすると、早くクロージングして売り切りたい、という思いも湧きそうですが……。
大村:やはりセールスは「それはできない」と言いづらいと思うんです。一方、サービスのメンバーは、できないことはちゃんと伝えなければいけない立場にあります。
そういう意味では、現時点で何が実現できるのか、製品チームがいつから、どの機能を導入する可能性があるのか、そしてそれまでの間どのように対応するかなどを、サービス側から提案できるのが強みですね。
マネージドサービス/カスタマーサクセスの役割の違い
神前:プロフェッショナルサービスは期限があるものなのか、それとも永続的に提供されるものなのでしょうか。プロジェクトには終わりがあり、ゴールに向かって進むイメージはありますが、同じお客さまから継続的に新しいアプリケーションやAPIの追加要望が来ることは一般的ですか?それとも、最初にしっかり固めてしまえば、サービスの発生頻度は減っていくのでしょうか。
大村:端的に言えば、どちらのケースもあります。セールスチームが得意とする部分ですが、お客さまの5ヶ年計画や中期計画の中で、ITが果たせる役割や貢献できる部分を掘り下げていきます。その中で、Veevaの製品が貢献できる部分を描きつつ、最初に取り組みたいことを決めてからプロジェクトを立ち上げます。
継続性という意味では、お客さまの中期計画に合わせる形で設計します。例えば、「CRMを導入した後にイベント管理を導入したい」といった将来像が見えていれば、最初からそういった話をお客さまのキーマンとさせていただきます。このようなケースでは、5年間に近いスパンで継続的に取り組むこともありますね。
一方で、CRMのRFP(提案依頼書)が出てきて、それに提案するケースも。ただし、弊社では単にRFPに応えるだけでなく、お客さまの現状をヒアリングしながら、その先の提案も付けて出すようにしています。お客さまの将来的なイメージが湧きやすくなり、製品の拡張性もアピールできます。単発の案件を永続的な形に変えていく取り組みといえます。
神前:プロダクトの品質として、複数の製品を提供できていることも重要だと感じました。
ここで疑問が湧いたのですが、VeevaではCRM、Vault、イベント管理など、様々な製品を提供されていますが、プロフェッショナルサービスのチームは製品ごとに専門性があるのでしょうか?それとも、Veevaの製品全般を幅広くカバーできる形なのでしょうか。
大村:Veevaでは大きく分けて、コマーシャル(営業系の支援製品)とR&D(研究開発)の2つの領域でチームが分かれています。この分け方の根底には、対応するお客さまが異なるという点があります。提供する製品のコンセプトも少し違うため、製品ラインを分けており、それに伴ってプロフェッショナルサービスのチームも別々に存在しています。
技術要素で言えば、Vaultに関しては、コマーシャルの中でいくつかの製品がVaultのプラットフォーム上にあり、R&Dの製品はすべてVault上にあります。そのため、技術的な共通性という点での人の交流はありますが、主なメンバーの軸足は分かれています。
神前:プロフェッショナルサービス一人当たりが担当するお客さまは常に1社対応なのか、それとも掛け持ちもあるのでしょうか。
大村:製薬業界のトップクラスに位置付けされる大規模導入のお客さまの場合、実現したいことも多く、それに伴う対応も多くなります。そのようなプロジェクトにアサインされたメンバーは、基本的に1社で、半年から1年ほど取り組みます。一方、要件がより簡素で期間も短いプロジェクトの場合は、掛け持ちをするケースもあります。
また、新規導入だけでなく、既存のお客さまが無効化していた機能を有効にしたいという要望もあります。お客さまのフェーズが上がるにつれて、利用したい機能が増えていくことがあるんですね。Veevaの製品はシングルコードで、エンタープライズでもスモールビジネスでも同じ製品を提供していますが、エンタープライズのお客さまは有効化した機能が多く、スモールビジネスのお客さまは無効化している機能が多いという違いがあります。
神前:クライアント数はどのように設定していますか?
大村:プロフェッショナルサービスは基本的にはプロジェクトベースで、一定期間内に実現したい機能があり、その期間で終了します。期間は3ヶ月から1年程度と様々です。
プロジェクト終了後は、マネージドサービスという名前でアプリケーションの運用を支援する部隊が別に存在します。これは私のチームに属していますが、役割としては分かれており、別のメンバーがゴーライブ後の製品活用を支援しています。
ここでカスタマーサクセスとの違いが出てきますが、弊社ではカスタマーサクセスチームとマネージドサービスチームが同時期にお客さまを支援します。マネージドサービスは有償で、カスタマーサクセスは無償です。
その違いは、カスタマーサクセスは購入いただいた製品の利用方法が分からない時に支援しますが、実際にコンフィギュレーションしてお客さま向けにカスタマイズするような活動は行ないません。それはプロジェクトとして、プロフェッショナルサービスが担当します。
使用中に機能の使い方が分からない場合は、カスタマーサクセスに問い合わせをいただくこともあります。マネージドサービスの契約があれば、現在使用している機能についての問い合わせや変更希望についてはマネージドサービスが対応します。カスタマーサクセスはアドバイスはしますが、製品に直接触れたり設定を行なったりはしません。
神前:どのお客さまに聞かれても一意に回答が決まっているものはカスタマーサクセスが対応し、特定の会社のコンテキストに合わせてVeevaのシステムの使い方を提案する際は、有償のマネージドサービスを提供するということですね。
大村:その通りです。
神前:ちなみに、カスタマーサポートという職種はありますか?
大村:はい、あります。挙動がおかしい、エラーが出ているといった製品使用中のトラブルや不具合の問い合わせ先として機能しています。ただし、製品の上にお客さまのコンフィギュレーションを施しているため、時に切り分けが必要になります。コンフィギュレーションは製品の一部なので製品サポートで対応可能ですが、カスタマイズが絡む場合はマネージドサービスでないと対応できません。この切り分けもマネージドサービスで行なっています。
カスタマーサクセスの存在意義を見つめ直すチャレンジにもなる
神前:プロフェッショナルサービスの方々が担うKPIについても、イメージをより固めたいと思います。以前にVeeva Japanの元代表の岡村さんにお話を聞いた際には「粗利率を意識している」とのことでしたが、具体的にどのような目標設定をされているのでしょうか?
大村:プロフェッショナルサービスのチームは、各社ともライセンスとは切り離された損益管理をしており、独立採算を目指す組織になっています。ただし、ビジネスとしては完全に独立しているわけではありません。
製品ベンダーの中でのプロフェッショナルサービスの位置づけとして重要なのは、SIerとは異なり、組織の存在意義が「製品を正しくお客さまに届ける」というミッションにあることです。そのため、損益改善のために自社製品と関係のないことをはじめることは一切ありません。
損益計算書上でマージン率を意識しながら運営していますが、製品への依存性はもちろんあります。製品の導入やサポートのみを生業としているチームです。
KPIとしては、人を抱えているという点ではSIerと同じで人工の商売なので、人件費に対してそれを補うプロフィットが必要になります。そのため、マージンを意識し、それを生み出すためのレベニューやブッキングも紐付いています。
神前:先ほどの例で言うと、カスタマーサクセスの存在意義はどのようにお考えでしょうか?レベニューは生まず、原価のコストとして計上されるとなると、一意の答えであればカスタマーサポートが対応できる点も一部出てくるのではないか、とも考えます。無償のライセンス費に含まれるサービスや活用促進、サポートを担うカスタマーサクセスの役割はどう捉えていますか。
大村:すごくチャレンジングな課題だと思います。私観では「SaaS=カスタマーサクセス」という概念はSalesforceが作り上げた世界だと思いますが、お客さまからすれば、自分の状況や使用中の製品を理解している人に相談できるのは、とても良い役割だと思います。
これが無償で提供されるのは素晴らしいサービスですし、カスタマーサクセスの存在によってサブスクリプションの認知度も上がってきたのではないかと感じます。ただ、カスタマーサポートがそれを担えないのか、という疑問については、「日本発のSaaS企業」であればチャレンジできるかもしれません。日本人特有のホスピタリティで向き合うような製品サポートであれば、カバーできる部分も多いはずです。
現状、カスタマーサクセスと製品サポートが共存している状態では、製品サポートの立ち位置は非常にリアクティブです。不具合があって問い合わせが上がり、それに対してトラブルシューティングをするだけで、製品の利用促進は行なっていません。これらを両方とも製品サポートが担うと決めるのも、一つのチャレンジでしょう。
神前:もともとSMBやミッドサイズのお客さまに、オンプレミスだと高価で手が出なかったものをクラウドで提供し、マルチテナント型化したシステムを導入する。それをサブスクリプションで継続課金していくのがSaaSの起こりだと思います。
ポストセールスの部分をマネージドサービスにしてしまうと高価すぎて手が出なくなるので、ライセンス料に抱き合わせてカスタマーサクセスという名でリテンションを図っていたのが、カスタマーサクセスの誕生の背景だと考えています。
大村:ええ、そうですね。
神前:確かにエンタープライズであれば、カスタマーサポートで向き合いつつ、マネージドサービスをしっかりと提供できれば対応できるかもしれません。ミッドサイズ企業でもカスタマーサポートがその部分を担える可能性は十分にありますね。
大村:最近の外資系企業の動向を見ても、おそらく同じ課題に直面していて、カスタマーサクセスを減少させる方向にあります。どう有償化できるのかを検討している状況だと思います。
Veevaの場合は、製品サポートというよりは、お客さまがより困っていることをさらに深掘りして、プロフェッショナルサービスやマネージドサービスが担えればいいと考えています。
神前:プロフェッショナルサービスやマネージドサービスは、ライセンスの営業担当が売るのではなく、別の営業担当がいるのでしょうか?
大村:はい、サービス営業が存在します。ただし、各社によって異なるでしょう。
私がOracleにいた頃は、サービス営業が完全に独立して活動していました。OracleもSalesforceも、自社のプロフェッショナルサービスチーム以外に、同等のレベルのパートナーが存在し、コンペティターになっていました。
ライセンス営業としては、実現できる部隊がいれば良く、どちらに決まっても問題ありません。成熟した領域であれば、パートナーに流れていくものが多いと思いますし、それで構わないと考えています。
ただし、新しい製品や機能、何か障害を生む可能性がある場合や、製品チームや開発チームとの関係が必須なプロジェクトは、外部の方が担当するのは時間的にもコミュニケーション的にも難しいので、自社ベンダーが担当すべきだと思います。そこに存在意義があり、価値を生み出せる部分だと考えています。
プロフェッショナルサービスとライセンスをセットで販売するかどうかは、メリット・デメリットがあります。Salesforceのマーケティングクラウドは立ち上げ当初はセットでした。
セット販売のメリットは、ライセンス営業が導入を考慮せずに売れることです。売りやすさという点では格段に上がりますね。一方で、製品とサービスの線引きが難しくなるというデメリットもあります。お客さまにも、実行するサービスチームにも、どこまでが製品で、どこからが追加サービスなのか分かりにくくなってしまいます。
そのため、セット販売する場合でも、製品の範囲を意識して導入を進める必要があります。Salesforceは製品へのこだわりがあったので、比較的切り分けがしやすかったです。ただ、組織体制の面では、新たにサービス営業が必要になるなど、多少の混乱はありました。
お客さまにとっても、どこまでが製品としてアップグレード対象になるのか、どこからが追加で施したサービスなのかを明確に理解できるようにすることが重要です。
神前:非常に勉強になる話ですね。私たちの投資先でも、セット販売をしている会社が多くあります。その背景には主に2つの要因があると思います。一つはファイナンス、もう一つは人員の問題です。
ファイナンスの観点では、未上場のSaaS企業の評価は、ほぼARRマルチプルで決まります。そのため、セット販売で売上を伸ばせばARRの見栄えが良くなる。ただし、以前の好景気の時代と違い、現在はマージンも重視されています。サービスをセット販売するとマージン比率が下がる傾向にあり、通常のSaaS企業と比べて、グロスマージンが数十パーセント落ちてしまう可能性があります。
また、プロフェッショナルサービスはプロジェクト的な性質があるため、数年後にはダウンセールになりやすく、結果的にチャーンレートが上がってしまうというロジックになります。これらの理由から、早めにセット販売から移行した方が良いのではないかと考えます。もう一つの要因として、サービス営業とライセンス営業を切り分ける人員がまだ十分でないため、両方の役割を兼ねている状況もあるかもしれません。
大村:営業に関して言えば、私のチームにもサービス営業という役割はありますが、現在専任の人材はいません。サービスチームのマネージャーが兼務しています。これは負荷の面で厳しい部分もありますが、自分のサービスチームの持つ商品価値をお客さまに直接セリングできるという点ではメリットもあります。人数的な制約がある間は、この形でも良いかもしれません。
需要が増えてくれば、専任のサービス営業を置いた方が効率は良くなります。以前は毎日追加の依頼が来るような状況で専任の人員を配置していましたが、一旦落ち着いてきたタイミングで体制を変更しました。
神前:リードのトスアップはライセンスセールスから来るような形なのでしょうか。
大村:Veevaはライセンスセールスの段階からサービスチームとコラボレーションします。基本的に、プロジェクトを主導するのはプロフェッショナルサービスのチームです。グローバルロールアウトで、外部パートナーが担当するケースもありましたが、ほとんどは私たちがプライマリーで担当します。
つまり、導入するチームが基本的に決まっているので、ライセンスのセールスの段階から一緒に活動することができるのです。まれに、製品が決まった後に導入段階でRFPを出されるお客さまもいますが、そこでもきちんと価値を訴求し、基本的には私たちが担当することができています。
プロフェッショナルサービスにふさわしい採用要件
神前:ここからは、プロフェッショナルサービスの人材採用についても伺わせてください。大村さんは、プロフェッショナルサービスの人材をどのように採用されてきましたか?
大村:採用の際、技術的なバックグラウンドの有無は最も分かりやすい部分ですが、マインドセットも毎回確認しています。ベンダーコンサルやプロフェッショナルサービスは、私の中では「最後の砦」だと考えています。
SIerやパートナーがプロジェクトを担当する場合、何か問題が発生すると「これは製品の問題だ」と製品ベンダーに課題を転嫁することができます。しかし、私たちは自社製品を扱っているため、そのような逃げ道がありません。お客さまに最後に接する人間だという意識を持ち、製品の看板を背負って仕事ができる人を意識して採用しています。
神前:活躍されているプロフェッショナルサービスの人材に共通する要素として、特定の前職や経験などはありますか?
大村:もともと製品ベンダーのコンサルタントやプロフェッショナルサービスの経験者は、比較的スムーズに業務を理解できます。製品が変わっただけ、という形になりますね。
SIer出身者の場合、SIerは製品に縛られず、お客さまの要望に合わせて何でも対応するというメリットがありますが、スキルが定まりにくいデメリットもあります。毎回使い捨ての技術を覚え、使わなくなるため、自分の知識レベルを深掘りしにくいという悩みもあります。
ベンダーのプロフェッショナルサービスでは、製品が決まっているため、自分のスキルを深掘りしやすくなります。特定の領域を掘り下げて自分のスキルを構築したいと考える方には向いているでしょう。
神前:カスタマーサクセスを担当していた方が、プロフェッショナルサービスやマネージドサービスへキャリアを移行することは多いのでしょうか?
大村:過去にはありましたし、逆のケースもあります。Salesforceの時も、カスタマーサクセスができる人は、プロジェクトを推進した経験があり、製品理解が高い人が良いという考えがありましたからね。
キャリアパスとして、プロフェッショナルサービスの後にカスタマーサクセスへ移るというパターンも、Salesforceにありました。カスタマーサクセスに重点を置いている時期は、プロフェッショナルサービスからカスタマーサクセスに移行するケースは多かったですね。
Veevaの場合、ビジネスコンサルティングも行なっているので、優秀なカスタマーサクセスはビジネスコンサルティング部門に移ることもあります。カスタマーサクセスの有償化を考えると、経験者は両方の部門に分かれる可能性があります。
神前:Veevaでは、プロフェッショナルサービス人材の入社後のオンボーディングプログラムはどのようなものがありますか?
大村:4年前から新卒・第二新卒採用をはじめていて、コンサルタントデベロップメントプログラム(CDP)という人材育成プログラムを用意しています。入社後、約2ヶ月をかけて必要なスキルや知識を身につけてから、OJTに入りますが、業務スキルに関しては、「習うより慣れろ」が大きいです。実際に製品に触れて覚えていくのが一番早いので、シャドーイングを使っています。プロジェクトを担当しているメンバーの横で同じことを試し、挙動の違いを確認するといった方法です。
また、Veevaのプロフェッショナルサービスには導入の方法論として、どういう順番で何を決めていけば最終的に動くようになるのか、要件をどのような順序で整理する必要があるのか、と考えるようにしています。これを覚えていくことは必須ですね。
神前:Veevaの場合、ライフサイエンスや製薬業界の背景知識は、プロフェッショナルサービスとして必須なのでしょうか?それとも、キャッチアップ可能な内容なのでしょうか?
大村:プロジェクトマネージャーにはドメイン知識があった方が良いと思います。これは異業種でも、中途で入社してすぐにプロジェクトマネージャーを担当する方は、ある程度の知識がある方が望ましいです。
他のメンバーに関しては必須ではないと考えています。ソリューション・アーキテクトも、もちろんあった方が良いですが、製品の理解をお客さまに伝えられれば、業務のドメイン知識はお客さまから学んでいけると思います。
私たちはIT分野のプロフェッショナルなので、お互いの強みを融合させていくことがプロジェクトの中で可能だと思います。ただし、お客さまにすべてを細かく説明してもらわないと要望が理解できないという状況は避けたいので、プロジェクトマネージャーやドメイン知識を持つソリューション・アーキテクトがその橋渡し役を担うことになります。
中途採用の場合、必ずしもドメイン知識が必須ではなく、技術スキルやプロジェクト経験があれば習得可能な領域だと考えています。ただし、チーム内でバランスを取ることは重要です。ドメイン知識がない人ばかりでも、技術的なスキルが不足しても、プロジェクトは上手く進みません。
神前:ありがとうございます。最後に、プロフェッショナルサービスという職種を志向している方、スタートアップやSaaS企業で働いている方、そしてエンタープライズ向けにサービスを提供している経営者の方々に向けて、メッセージをいただけますでしょうか。
大村:セグメントをエンタープライズへと移していく中で、SMB向けとは異なる点が多々あると思います。しかし、重要なのは「製品で、どのようにお客さまの要件を実現できるか」に尽きます。製品の軸をずらさずに、製品でカバーしなければならない部分と、プロフェッショナルサービスで付け足していける部分を、明確に切り分けていくことが大切です。
サービスで提供できるものと、製品で提供できるものの境界線をどう引くか。どの部分が各お客さまに共通する領域として製品化していく機能なのか。そういった判断が重要になってくると思います。