SaaSプロダクトがPMFした以降のフェーズにおいて、ARRを飛躍的に高めるために、セールス人材を採用して組織の拡大を目指すのもセオリーの一つ。ただ、拡大期にはSaaS業界の未経験者など、幅広いバックグラウンドを持つ人材を採用しながら、組織の最適化を図っていかなくてはならない局面もあります。
セールスマネージャーにとっては、文字通り力量が問われるチャレンジングなフェーズ。メンバーの行動や能力、マインドセットの改善を図りながら、予算を確実に達成していかなければならないわけです。実際、優れたマネージャーはどのようにしてマネジメントを改善し、この状況を乗り越えているのでしょうか?
今回は、20年以上にわたる経験を活かして様々な企業のB2B営業アドバイザーを務める向井俊介さんと、株式会社カミナシでSMB兼MMユニットのセールスマネージャーとして営業組織の強化を推進する島田佳祐さんをお招きし、理論と経験に基づいた営業マネジメントの法則について、ディスカッションしていきます。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDでSenior Associateを務める佐伯裕人です。
【プロフィール】
ウェルディレクション合同会社 代表社員
向井俊介
約20年、IT業界において中小から大企業のB2Bの営業領域の職務に従事。国内上場企業から外資上場企業、外資スタートアップの様々な企業に属し、CxO等エグゼクティブに対するビジネスも多く経験。2020年7月よりウェルディレクションを創業し、B2B営業のアドバイザーとして上場企業からスタートアップまで、広く営業やマーケティングの側面から企業のビジネス成長に貢献している。
株式会社カミナシ
セールス部 SMBセールスユニット兼MMセールスユニット ユニット長
島田佳祐
2014年に専門商社へ新卒で入社し、営業職を担当。約4年間在籍し、2年連続トップセールスなど実績を残す。2018年 物流系スタートアップの株式会社Hacobuへ入社。SMB~エンタープライズ営業を担当し、その後セールスマネージャーを経験。2021年11月 株式会社カミナシ入社。現在はSMBとMM規模のセールスチームのマネージャーとして、セールスメンバーのオンボーディング、イネーブルメントなど営業組織の強化を推進中。
「営業とは何か?」の解釈がばらついていることが問題
向井:営業アドバイザーを務める上で、僕自身の役割だと捉えているのは、「売上を高め続けられない状態の原因がどこにあるのか」を探究することです。昨今、多くの会社で「セールスイネーブルメント」を掲げていますが、蓋を開けてみると、個人の能力育成に重きが置かれているように感じます。
ただ、個人の能力を育成することが本当に組織の成果をレバレッジするのか、という疑問があります。それ以外にも、プロセスの見直し、戦略の再検討、組織の形態について考えることも必要なはず。要因が複合的に噛み合って、結果的に売上が高まりにくい状態になっていることが多いので、まずは「どこから改善すべきか」を特定しないといけません。
島田:そうですね。僕はカミナシのマネージャーとしてアサインされた1年半ほど前から向井さんに学ばせていただきましたが、その中でも今のような前提となる疑問の解決だったり、「学び直し」の重要性を感じたりする場面も、とても多かったと思っています。
向井:確かに、島田さんのマネジメントで大事だったのは、根本でのアンラーニングです。時代が変わり、お客さまの状態が変わり、社会環境が変わってしまえば、過去の成功体験が足かせになることがあります。特に、変化だらけのスタートアップではなおさらです。時代に最適な動き方や考え方を自分の中で問い直すことが、特に現代においては必要でしょう。
佐伯:では、営業マネジメントを考えていくにあたって、まずは「そもそも営業とは何なのか」を丁寧に分解していければと思います。
向井:営業という職業に対する考え方は多様で、それ自体は許容されるべきです。問題は、一つの営業組織内で解釈がばらつくことです。みなさんの組織でも「私たちの営業組織は何をする仕事なのか」を問い直してみてください。
「お客さまの課題を解決すること」「売上を高めること」「価値を提供すること」……そんなふうに同じ会社内でも営業への解釈が違う。実は、ほとんどの会社で起きていることなんです。まずはここからアンラーニングして、自分たちの組織における「営業とは何か」の再定義が、はじめの一歩になるのです。
営業と販売はどう違うか?
向井:「営業とは何か」について、さらに考えてみましょう。世の中で使われている言葉として、営業の他にも「販売」があります。では、営業と販売の違いとは?
明らかに異なるのは目的です。販売は「売ることを目的とした活動」です。たとえば、みなさんがSaaSプロダクトを契約してもらうことを目指しているとして、業務やビジネス、経営で起きている課題や障壁を超えるための手段として、SaaSの導入が最適だと顧客に思ってもらえれば、購買されるわけですね。
つまり、SaaSプロダクトを導入いただく、そのために購買いただくことは、手段に過ぎません。営業としても「売ること」は手段でなくてはならないのです。では、営業が目的とするところは何なのかと言えば、お客さまの問題解決を目指すべきです。その中で「売ること」の選択肢が最適だとお互いに合意ができれば売ればいいし、そうでなければ売らないだけです。
どちらが良い悪いの話ではありません。みなさんがする仕事が「営業だ」と言うのであれば、「売ること」を目的に活動してはいけないという話です。
島田:この点は、向井さんからもかなり初期に教わりました。最初の大きなアンラーニングだったかもしれません。
お客さま自身、そもそも課題に気づけていないという前提に立つ
向井:一般的なB2B営業組織のプロセスは、リード獲得からナーチャリング、アポイントメント、商談、提案、そして受注までの流れです。しかし、お客さまがそもそも興味を持っていれば、自ら問い合わせをしているはずです。このご時世、インターネットでいくらでも調べられますからね。だから、問い合わせが来ていない場合、営業活動のプロセスは「お客さまが製品に興味を持っていない」を前提にスタートする必要があります。
興味がない人たちに対してコミュニケーションを継続的に取らないといけない状態にも関わらず、多くの売り手企業から発せられる営業メールは、売り手が伝えたいことばかりが書かれていて、買い手が読みたい・知りたい内容ではないことが多いのではないでしょうか。これはメルマガがあまり機能しないように思われがちな理由でもあります。実際、先週受け取ったメルマガのうち、特に記憶に残っているものはどういうものか覚えている人って少ないです。お客さまも同じで、興味がない状態での売り物訴求アプローチは不快に感じることが多いです。
加えて、興味がないのに、いきなりフィールドセールスがやってきて、プロダクトの話をされる。しかも、頼んでもいないのにデモまではじめる。それは困惑しますよ。さらに「概算でも良いのでお見積りを出します」なんて言われたら、お客さまも無下に断るのも悪いから、ひとまずもらっておくように返事をする……。
つまるところ、多くの企業における営業プロセスの問題点は、買い手の感情が不在であることです。お客さまの現在の状態を理解し、どのように改善していくか。そのためには、どういったコミュニケーションをするべきなのか。そういう設計ができるほうが好ましい。
佐伯:そういった考えをベースに、営業マネジメントもなされるべきですね。
向井:営業マネジメントの観点からは、各お客さまのジャーニーを変容させるための適切なコミュニケーション方法やコンテンツを設計することが重要です。参考になるのは、2015年に刊行された『チャレンジャー・セールス・モデル 成約に直結させる「指導」「適応」「支配」』という本です。もし内容を忘れている人がいたら、ぜひ再読してください。
ポイントは、お客さまは自分が抱える課題をそもそもわかっていない、という前提に立つことです。結局、お客さまは課題が理解できていれば、解決方法を検索できる時代です。お客さま自身も、問題が起きている原因がわかっていないから困っているのです。
自社の営業が担うべき役割を再定義する
向井:営業の種類を大きく分けると、プロダクト営業、ソリューション営業、バリュー営業があります。プロダクト営業は、製品の機能や優位性を前面に出して売るスタイルです。課題が顕在化している層が多い場合、特に効果的です。
ソリューション営業では、お客さまが自身の課題を自覚しており、解決方法もわかっているけれども、解決策がわからない状況です。そこで、課題の正確なヒアリングが求められます。また、ヒアリングするためにも信用の構築が不可欠です。
特にSaaS製品の場合、概念そのものが新しい可能性もある。「従来は紙資料でマニュアル作業をしていたような仕事が、デジタル化されて10分で完結します」といったように、業務が大きく変わるようなプロダクトを売っていることも多いですよね。
デジタル化のメリットを理解してもらいながら、業務プロセスをデジタル化することの利点を、営業が丁寧に説明する必要があるでしょう。単に過去の実績に基づく信用だけでなく、将来に対する信頼も含まれます。「あなたの言うことなら信じるよ」と言われるような信頼関係を構築することが、営業のコミュニケーションでは特に大切になってくるわけです。
もう一つのバリュー営業は、買い手は何をすれば良いのかわからない状況です。ここでも信頼の獲得は欠かせません。さらに、お客さまが抱える課題の原因を探求し、それに対して営業が仮説なり論点なりを持っていって、一緒に戦略を立てることも必要になるでしょう。
全体として、営業の役割を再設計し、組織やプロセスがお客さまにとって最適かどうかを常に疑いながら進めることが重要です。
期待感を持ってもらうために、まず自分から変化していく
佐伯:自社の営業が定義され、戦略がクリアになった。ただそこから、実際のマネジメントの進め方に疑問が残ると思います。ここからは、島田さんがカミナシでマネージャーになってからの取り組みを教えていただけますか?
島田:まずは自分自身のアンラーニングからはじめました。メンバーに変化を求める前に、自分が変わることが重要だと思っています。そして、「この人についていけば、自分も変われるかもしれない」という期待を寄せられるような人にならなければ自分が考えた戦略や作戦も実行に移されないだろうと思っています。信頼関係を構築するためにも自分が動くことを大切にしています。
僕が入社した時に困ったのは、成功体験がわからなかったことです。そこで、会社のセールスに必要なマインドセットや、初受注のための主張、打ち手のコツを言語化しはじめました。僕自身が受注をした時に、自分のメンターとホワイトボードの前で壁打ちをしながら、体系化していきました。
そして、オリジナルのプレイブックである「セールスブック」としてまとめたんです。
佐伯:セールスブックを作ることには、どういった狙いがありましたか。
島田:成功体験のコツを明確にし、再現性を生むためです。後から入社するメンバーが成果を最短で出せる環境づくりにもつながるはず。また、当時はまだマネージャーではありませんでしたが、自分がいずれマネージャーになることを考えた時に、説明しやすい状況を作れれば、負担が減るとも考えました。
佐伯:作成時に特にこだわった点は?
島田:「メンバーが経験してうまくいったコツ」を集めることです。通常はマネージャーが教えることが多いかもしれませんが、このインタビューに関しては、僕が生徒でメンバーが先生ですね。意見を聞いて納得したもので、内容を体系化していっています。
というのも、マネージャーやハイパフォーマーの人は、「強者の理論」とは言いませんが、自らの成功体験を基に「自分はうまくいったから、この理論でいけばうまくいく」と、どこか押し付けがちなアプローチをしがち。僕自身も前職で似たようなミスをしていました。
だからこそ、カミナシではメンバーと作りあげることでの一体感を重視しました。
相互理解を深めるために、マインドを知り合うこと
向井:メンバーとのコミュニケーションを取ることは、ある意味でエゴかもしれませんが、理解しないと管理は難しいですね。メンバーとの距離をどのように縮めていったのか。島田さんの例は参考になると思うので、ぜひ聞かせてください。
島田:僕は現状把握からはじめました。個々のメンバーのマインドセットやチームの定量的データを見ることも含まれます。その上で、チームにならないといけないですから、「このセールスチームにいる意義とは何か」をメンバーと一緒に作り上げます。
そのためにも、メンバーのマインドを知ることは重要です。メンバーが動くための価値観や、何があったら気持ち良く働けるのかを理解することを心がけています。過去には知識や経験、センスを重視していましたが、今は動機や心の状態を理解することに重きを置いています。
信頼の欠如や対立への恐れが弱点となることがあります。チームメンバーに対して、マネージャーからの一方的な指示ではなく、まずはお互いについて知り、理解し合うこと。お客さまに対して自己紹介をするように、チームメンバーにも自分を知ってもらうことが大切です。それから、メンバーのことを深く知るための努力をします。
相互理解を深めるためには、チームメンバーの個性を知ることが重要です。僕が好んで使うのは「類人猿診断」というツール。これは、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ボノボの4つの大型類人猿を模したタイプ分けです。
たとえば、単独行動で職人肌のオランウータンや、ムラっ気がありながらリーダーシップを持つチンパンジー、秩序を重んじる物静かなゴリラ、愛嬌があり互いを思いやるボノボといった特徴があります。僕はチンパンジータイプで、メンバーには様々なタイプがいます。
メンバーの個性を理解するためには、彼ら自身に診断を受けてもらい、その結果について感じたことも聞きますね。その結果に紐づくようなエピソードも深掘りします。
あと、僕は自分自身をオープンにするために「SWOT分析」をよく使います。マーケティングでよく使われる手法ですが、自分の強みや弱み、大切にしている価値観をチームメンバーと共有するために活用しています。自分の強みと弱みをメンバーに開示し、弱い面でのサポートをしてもらえるように、ざっくばらんに会話しています。
その上で「自分がユニットメンバーに最も貢献できることは何か」を自信を持って伝えます。僕は弱みを見せることで信頼を築けるとも思うんです。強みも弱みもオープンにしていき、このチームが存在している意義を確認し合って、全員で「頑張ろう!」と情熱を持って臨む、という順序ですね。
メンバーから信頼を得て、行動できる状態を作ることが先決
向井:今日のテーマが営業マネジメントで、参加された方々はおそらく具体的な営業のやり方やプランニング、コミュニケーション、資料作りなどのテクニックを期待していたかもしれません。それらは確かに重要です。
しかし、マネジメント側からコミュニケーションを行なう上で、島田さんが今日お話ししたような内容が土台にないと、メンバーには伝わらないし、プレイブックも効果的に活用されません。また、プレイブックを更新する際にも、メンバーのやり方をヒアリングし、それを組織の成果に結び付けるような関係を築いていくことが不可欠です。
島田:最初は10数ページだったプレイブックも、気付けば200ページを超えました!
向井:やはり土台が必要です。営業マネジメントに対する考え方や価値観が、今日の話を通じて、少しでもアップデートされることを期待しています。
島田:確かに、僕もエンパワーする時にHowによりがちだったんです。今では参考書やnoteなど、いろんなところで情報を得られますから。ただ、それ以前に、自分が考えたことを実行してもらったら勝てることを証明するためにも、メンバーからまず信頼を得て、行動できる状態を作ることが先決。向井さんに学んだ1年半で、その大切さが身に染みました。
佐伯:他にも、島田さんが心がけていることなど、ありますか?
島田:クオーターごとに、必ず一人は「エースを育てる」という方針を持っています。メンバーとの1on1でも「このクオーターはあなたに引っ張ってほしい」と期待をあえて伝えて、そのために僕ができるサポートなどについてメンバーと合意しています。
期待を明示することでメンバーが自主的に行動し、期待以上のパフォーマンスを発揮してくれる気がしています。チーム全体のパフォーマンスも向上し、個々の成果も高まります。他のメンバーもそのエース候補の活躍を見て刺激を受け、自分もそうなりたいと思うようになる。僕とエース候補が「まずは結果を出す」という姿勢をメンバーに感じてもらい、他燃でも自分に火がつけられる人が増えてほしいという狙いや期待もあります。
このアプローチは、チーム内でポジティブな影響を及ぼし、ローパフォーマーやハイパフォーマーに関わらず、メンバー全員が刺激を受けて成長する環境を作り出します。「他人の炎を見て火がつく人」へどれほどきっかけを与えられる環境を作れるかがマネージャーにとって重要だと思っています。
「アナロジー思考」が欠けるマネージャーは成長しにくい
佐伯:「部下と深く知り合う」というシンプルながら大切な観点が、今日は良い提起になっていると感じます。一方で、では世の中のマネージャーたちが、なぜ「深く知る」ということをできていないのか。一体、何が妨げになっているのでしょう?
向井:部下を深く理解することができない原因は様々だと思います。明らかな一つの要因は、他人事として話を捉えている人は成長しないということです。具体的な話を聞いたら、それを抽象化して捉えて、自分の仕事に再び具体化する「アナロジー思考」が欠けていると、どんな本を読んでも実際の仕事に活かせません。
特に営業マネジメントには教科書的なものは少なく、他の企業のマネージャーとの会話から多くを学ぶ必要があります。それを自分のやり方にインストールしていくためにはアナロジー思考が大事。この有無でだいぶ分かれるような印象を持っています。
島田:僕自身は過去の経験に基づいて行動することが多いと思っています。過去の上司のやり方を踏襲しがちですが、アンラーニングを知ってからは、その方法を一度リセットして、今のチームに最適な管理方法を模索するようにしています。
成果を出すことも重要ですが、早く動いてもらうためには、結果から逆算して信頼を得ることが必要です。これがメンバーを動かすための鍵であり、僕の中でこの方法を選択して実践していますね。
※この記事は2023年11月9日に開催した「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2023」のセッションから抜粋・再構成しています。