多くのスタートアップはPMF達成後、組織拡大に伴い、さまざまな組織の問題に直面します。
これらは一般的に「30人の壁」と言われています。急激なメンバー増加により、会社としての一体感が失われたり、採用したメンバーが馴染めずに離職したりなど、組織化で生じる「成長痛」でもあります。
この壁を乗り越えるためには、マネジメント経験があるスタッフの採用や、理念やビジョンの浸透など様々な施策が必要となります。
本記事では、私が外資系B2B SaaSにおいて、日本市場の立ち上げと営業組織を開発した経験を踏まえ、「30人の壁」を引き起こす要因について整理をします。そして、「壁」を解決するために、外資系の大手SaaS企業でも積極的に取り組まれている「シャドーイング」について解説します。
「認識・期待値のズレ」で課題が生まれる
問題の引き金はさまざまに考えられますが、個人のモチベーションに原因を単純化することはできません。カルチャー合宿や飲み会などの「感情に訴える系イベント」も人によって効果は限定的なものです。
ただ、念頭に置いておきたいのは、組織の課題は様々な「認識のズレ」が高まる過程で生まれることです。つまり、あらゆる施策はこのズレを解消するためにある、ともいえます。
たとえば、MVV(Mission、Vision、Value)の設定は、会社の方針や価値観の拠り所を明文化して、「認識のズレ」をなくすための施策です。評価制度の設計も、メンバーと会社間でのパフォーマンスと報酬の期待値ギャップを埋める取り組みといえます。
また、1on1はメンバーの「認識のズレ」をタイムリーに確認する絶好のチャンスとなります。業務の相談に終始するのではなく、メンバーの持っている違和感をヒアリングし、すり合わせることが重要です。
営業組織内の「顧客像のズレ」をなくす
さらに、SaaSスタートアップで業績を鈍化させる要因が、マーケ、セールス、CSといった営業組織内における「顧客像のズレ」です。
「The Model」を採用して分業体制を敷き始めると、一貫した顧客像をイメージしづらく、担当領域ごとに部分最適化されやすくなります。結果として各部門における顧客像がズレ、「互いの活動が見えず、何をやっているかわからない」という不信や意思決定への違和感につながってくるのです。
このような課題を持つ組織では、顧客理解の共有面積を広げていくことが、解決の糸口になります。
そのためには、「自部門の自己開示」と「他部門へのフィードバック」を積極的に繰り返すのが有効です。
大手外資SaaSでも採用の「シャドーイング」を使え!
「自部門の自己開示」と「他部門へのフィードバック」を仕組み化したのが、今回の記事で取り上げる「シャドーイング」です。
ここで言うシャドーイングは、他部署のミーティングや商談に「影のように」同席するアクションを意味します。部署ごとに顧客との関わり方や反応について理解を深められ、自分が担当するアクションの見直しを促せます。
日本では馴染みないワードですが、大手外資SaaS企業でも積極的に取り入れられており、分業による弊害を和らげる施策の一つになりえます。また、リモートワークによるオンライン商談が進むにつれ、シャドーイングのハードルも下がってきました。
実施時に気をつけるべきポイント
シャドーイングを始めるにあたってのポイントを整理しました。
①シャドーイングを促進する文化づくり
経営層やマネジャーから、すきま時間などを活用した積極的なシャドーイングを奨励するように発信したり、メンバーが参加する場合のルールを決めたりしておきましょう。実際に行われるハードルが下がります。
例:シャドーイングで参加する際は、会議の2日前までに担当者へ連絡をしておく
②自社の担当者のトークや顧客の反応を観察する
他部門の社員が、どのようにサービスを説明し、言い回しや表現方法を用いているのかに気を配ります。また、それを受けた顧客のリアクションも注視します。
気づいたポイントや違和感は、シャドーイング実施後に質問したり、フィードバックをしていったりすると、部門間の相互理解がより深まっていきます。
③Good Practiceは全社に共有
シャドーイングで気づいた「Good Practiceや学び」は全体に共有することで、カルチャーの醸成やメンバーのエンゲージメント向上につながります。また、シャドーイングの取り組みも促されます。
部門間ごとのシャドーイングで得られる効果例
各部門間でシャドーイングを連携すると、以下のような意義が望めるでしょう。
①マーケ⇆カスタマーサクセス
カスタマーサクセスは、サービスの活用促進や解約防止のためのサポートを常に行っています。そのため、顧客の解像度が最も高い部署だといえます。
そこで、マーケティング部署内のミーティングに同席し、カスタマーサクセスの観点から「顧客が価値を感じやすい機能」や「解約しづらくLTV(顧客生涯価値)が高い顧客の特徴」などをフィードバックしてみましょう。
マーケ担当者にとっては、顧客のリアルな声を知れることで、バイヤーペルソナやカスタマージャーニーの精度が高まります。また、カスタマーサクセス担当者にとっても、日頃感じているサービスの魅力や良さを言語化することで、質の高い商談・サポートに繋がっていきます。
②セールス⇆カスタマーサクセス
セールスとカスタマーサクセスが互いの商談に同席すると、導入時のつまづきや運用のペインポイントを実感として理解できるので、ユーザー体験を向上させるポイントを探れます。
それらを先回りした解決策、あるいは期待値コントロールを行うことで、運用上の障害も減らせていけるでしょう。
顧客エピソードを軸にしてMVVは具現化できる
シャドーイングによって、具体的な顧客エピソードを軸に顧客理解を深めていくことは、会社全体のあるべき姿や方向性、大切にしている価値観を共有していくことにもつながります。
たしかに、MVVの設定は大切です。しかし、字面だけでは抽象的なワードに過ぎず、解釈も分かれやすくなる点には注意が必要です。たとえば、「スピード」というValueを掲げていたならば、セールスにとっては「即レス・即対応」を想起するかもしれませんが、エンジニアは「リスクの低い無駄のない設計」をイメージするかもしれません。
具体的なエピソードを共有し、認識のズレを減らし、MVVの解釈をすり合わせていくことは、より良いカルチャー醸成にも寄与するのです。