「スタートアップへの転職に興味がある」
しかし、不安要素をあげればキリがない。給与といった条件面はもちろんのこと、
- これまで培ってきた経験は新天地で活きるのか
- 変えなくていいこと、アンラーンすべきことは何なのか
- カルチャーフィットが大事と言われているが、どう見極めればいいのか
- どういう軸でスタートアップを探すべきなのか
ここで一人、大手企業からスタートアップに転職した、株式会社カミナシの富澤仁さんのストーリーを紹介させていただきます。
富澤さんは青山学院大学を卒業後、帝人ファーマでのMRを経て、ヘルスケアや介護事業などを営む上場企業「エス・エム・エス」にてセールス責任者や大阪拠点長、セールスリーダーを経験。2020年にカミナシへ転職しました。
カミナシには「2人目のセールス」としてジョイン。最初はプレイングマネージャーのような動きから、徐々にマネジメント主体へシフトし、組織の急拡大に貢献してきた富澤さん。活躍を続ける彼ですが、果たしてスタートアップへの転職に際して、「何を」変えなければならなかったのか。そしてどのように転職先とのカルチャーフィットを見極めたのでしょうか。
また、転職を考えた際に、ALL STAR SAAS FUNDのキャリア支援サービスを活用された理由についてもお聞かせいただきました。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDで、ハイクラス人材の採用支援などに携わる、Senior Talent Partnerの楠田司です。
アンラーンその1:マネージャーとしての理想像を捨てる
楠田:カミナシのセールスマネージャーとして、様々なチャレンジをされたと思います。セールス組織をイチから築いていくこともあったのでしょう。まずは、大手企業からスタートアップに転職した上で変えたことからお聞きできればと思います。
富澤:まず最初に止めたこと、変えたことは、マネージャーとしてメンバーの上位互換であろうとすることですね。
大手企業の時は、マネジメントとは「メンバーの上位互換」とは言わないまでも、メンバーができることをより高いレベルで実行できたり、メンバーが描く戦略計画をより高いレベルで考え、メンバーに落とし込み、「教育者」としてメンバーを支援するのがマネージャーだと捉えていたんです。でも、カミナシではその考え方は通用しないと感じたんです。
楠田:それはなぜでしょうか?
富澤:守備範囲が広くなり、自分が完璧にできるようになってからマネジメントや支援に回るとなると、時間が足りなくなりますし、求められる役割もどんどん変わっていくからですね。また、スタートアップに入ってくる人たちは自発的に成果を上げたいと考えているタイプの人が多くて、上司という存在が邪魔になることさえあるんです(笑)。
教育者としてのマネジメントを止め、時にはメンバーから教わりながら、自分にできないことや弱みがある部分を任せるようにしました。「チームで勝つために役割分担としてのマネジメントをすること」が、大手企業からのアンラーンだったと言えるかもしれません。
楠田:そのきっかけになった言葉や出来事があったのでしょうか?
富澤:カミナシは「全開オープン」というバリューを掲げているので、実際にたくさんの出来事がありました。メンバーから「ここは任せて、仁さんはこちらをやってください」とストレートに伝えられたこともありますし、自分が先頭に立ってやろうとしていた時にも「自分に任せてください」と言われたりもしました。
あとは、自分がボールを抱えすぎてしまって、自分自身がパンクしてしまっていることに気付いて、「このままではいけない」と思ったことも大きかったです。
アンラーンその2:弱みをきちんと見せる、弱点は補ってもらう
楠田:「自分が動かなくても成果を出す」というのが大事なのでしょう。他にも、アンラーンした具体的なところはありますか?
富澤:自分の弱点を一生懸命に埋め合わせようとすることは減らしましたね。どちらかというと、今持っている強みを活かしていく方向に変えました。大企業からのクセかもしれませんが、できないことを潰していくマインドに持っていかれがちなんです。そうするとスピード感が出ないし、自分が学習している間のコストはそのまま事業の遅れにつながります。できる人に任せて、自分の強みを発揮していくという方向性に頭を切り替えました。
楠田:できないことをできるようになって成果を出すと、個人の成長や自分の特性が実感しやすいですが、周りの人に達成してもらってチームが達成していくと、自己成長を感じにくくなりませんか?
富澤:それはとてもありますね、正直。例えば、弱みについていえば、自分はカミナシでのプレイングはインサイドセールスがメインでフィールドセールスは一時的にしかやったことがありませんでした。フィールドセールスのマネジメントが必要になった時、やはり一定期間専念して自分で売ってみたくもなるし、納得のいく成果を出したくなるところでした。
でも、チームの成果を出すために逆算すると、やはり「遅い」と感じたことは大きかったです。自分の成長よりもチームの成長を優先するという発想に変わりました。そして、チームが成長していくことが、結果として自分を成長させることだ、と脳内で変換しました。
楠田:それはかなり大きな変換だと思いますが、具体的に切り替わったエピソードや実体験はありますか?
富澤:チーム成果が思うように出なかった時に、オフサイトミーティングをして、カミナシのセールスチームはどのようなマインドでどう行動すべきかを話し合って、それをバリューとして言語化したことがあったんです。すると、翌週からチームが目に見えて変わっていきました。そこで結果が出た時に「あぁ、このやり方が正解なのかもしれない」と気付いたんです。あの時の経験はかなり大きかったと思います。
楠田:どんなバリューを大事にされているのですか?
富澤:カミナシには現状で5つのバリューがありますが、その中で特に大きな2つがあります。
1つ目は「全開オープン」で、チームで成功も失敗も共有しながら勝っていこうとするカルチャーです。とにかく自分の行動や課題をオープンにすることで、見ている他者から支援されるような状態を作ります。これを促すのがとても大事だと思っています。メンバーに対しても「どんどん開示しよう」とか「どんどん情報を出そう」と言っていますし、Slackでもそういうチャンネルがあります。
2つ目は「自分リノベーション」で、どんどん自分を変えていこうという考え方です。上手くいかない時に課題の難しさやチームのコンディションのせいにするのではなく、自分の責任で捉えて、自分を変える余地があるなら進化していこう、という考え方です。これらの2つは特に意識していますね。
活きた経験:「数字へのコミット」と「リソース配分」
楠田:逆に、大手企業の経験で活きたことはありましたか?
富澤:2つあると思っていて。1つは「数字へのコミット」です。
CEOの諸岡さんとの入社前の面談で、「すごい目標を任せたい」と伝えられたんです。当時は、ほとんどMRR(月次経常収益)が作られてないタイミングだったんですが、約9ヶ月後には「シード期スタートアップにおいて、トップ5%に入るレベルの売上を作ること」という目標を一緒にやろうと言われました。
オファーレターにも「数字に厳しい組織をつくっていって欲しい」と書いてありましたね。そして、それが自分に最も求められていることだと思って入社しました。
「数字へのコミット」と聞くと、気合いや気概みたいな根性論に思われがちなのですが、自分としてはスキルのひとつだと捉えています。要素に分解して、「今週はどれほど進捗していればグッドなのか、バッドなのか」を緻密に落とし込み、それに対して行動でコミットしていくということだと思っています。
カミナシの場合は、諸岡さんから伝えられた目標から逆算して、月ベース、週ベース、日ベースに落とし込んで実行していきました。大手企業の営業組織で何度も繰り返していたプロセスだったし、KPIが未達だと怒られていたので(笑)、経験がそのまま活きましたね。
もう1つは「どこにリソースを投資するか」という戦略的な意思決定です。大手企業にいた頃はこの能力が高い人がたくさんいましたし、考えたものを壁打ちしては突き返され、思考プロセスを学びました。成果が出ないところのリソースを減らし、成果が出ているところに充てて成果を伸ばすという経験ができたことは財産になっているなと思います。
カミナシの営業チームはそれこそ、当時4名規模でしたが、同じことが全く当てはまりました。むしろ、リソースがないからこそ、4名のリソースの充てどころを考えないといけない。成果が出るところにベットする意思決定が早めからできていたのは、立ち上がりの早さにも影響したと思っています。
バリューの浸透具合が業績に直結する、スタートアップの面白さ
ただ、こうしたスキルや方法論も大事ですが、カミナシに来て、チームで勝つためにはもっとベースのエネルギーの総量というか、表層的ではない部分で強くなっていく組織づくりが必要なんだと気づきました。そんな背景もあり、バリューづくりとそれを浸透させていくことに力を注いでいくようになっていきました。結果的に諸岡さんから提示された目標もクリアできましたし、直近の成果を見てもクォーターごとに上がっていく目標に対して達成を継続できています。
楠田:若手やポテンシャルのある人たちが入ってくる中で、バリューを大切にする文化は非常に重要ですね。
富澤:とても大事だと思っていますね。ほとんどのメンバーは中途採用で、それぞれが過去のバリューや信念を大事にしています。しかし、異なるバックグラウンドを持つ人たちが集まると「何が大事か」という視点が合わないことがあります。これもある種のアンラーンだと思いますが、カミナシでは私たちが何を大事にしているのか、その理由をしっかりと話し合うことで、チームの目線を合わせ、一丸となることができます。
また、自己開示がしやすい環境を作ることも大切です。辛いことや楽しいことが素直に言える環境を整えることで、信頼関係は築かれていくでしょう。小さなアラートや違和感を拾い上げて、それさえ掴めれば何らかの策は打てるけれど、それを見逃したら、そのまま信頼関係はボタンの掛け違いでズレていくと思っています。
楠田:弱音や弱い部分を見せるのは難しいと思います。それを出しやすくするためにどのような工夫をされていますか?
富澤:全員が「何かに挑戦している」という状態を作ることを意識しています。できそうなことに取り組んでいると、弱みとかできないことって開示したくなくなるんですが、できなさそうなことに取り組んでいると、「できないから助けてください」って言いやすくなると思うんです。なので、メンバーとの1on1は「挑戦レベルの調整」という意味でも非常に大切にしています。
また、自分から先に弱音をオープンに話すことも大切です。「今の環境で、こんなことが自分は辛いと思うけど、どう思う?」といったオープンな質問を投げかけることで、メンバーから「自分も実は似たようなことで悩んでいて、、」と打ち明けてくれたり、「仁さんがそんなことで悩んでいるなんて知らなかった」という反応をもらえたりして、本音で話せるようになっていくのを実感しています。
選考を受けている会社のカルチャーを見極める“キラー”クエッション
楠田:大手企業からスタートアップへ行きたいと漠然と思っている人が結構増えていると感じています。月並みな質問になってしまうんですが、どういう方であればフィットすると思いますか?
富澤:ポイントは2つありますね。1つ目は「コトに向かう」とよく言われると思いますが、会社や経営という視点で考え続けられる人だと思います。自分に矢印が向いてしまったり、役割についてばかり考えてしまうと、スタートアップはいくらでも変わり続ける環境だからこそ、すぐ危険にさらされるでしょう。変わらないのは、会社が目指していることや、会社全体で成長するということだけです。
それに関連しているのですが、2つ目は「自分を変え続けられる覚悟」を持つことです。今までの経験でメシを食おうとか、昔取った杵柄でやりくりしようとか思っている人たちは、その武器は時代や時期が変わるとすぐ古くなってしまいます。そういったものに依存せずに、自分を変えてアップデートできるマインドを持っている人です。
この2つがなければ結構な苦労をするだろうなと思います。
楠田:ありがとうございます。特に、シードからプレシリーズAぐらいのスタートアップに入る、という点に絞って考えると、他にもありますか?
富澤:アーリーフェーズの企業を探しているのであれば、最も大事なのはカルチャーフィットだと思います。カルチャーが明確に言語化されていないフェーズもあると思いますので、経営陣が大事にしているポリシーや価値観についてよく聞いてみることをお勧めします。
それを質問する機会は必ずあると思うので、バリューに対して実際に社員がどのように体現しているのか、どの程度向き合っているのかを聞いてみると良いでしょう。逆に、バリューが言語化されていない場所では、「こんな行動をしたら許せないよね」というようなことを聞いてみると良いかもしれません。そこに大事にしているポリシーや価値観が表れてくるでしょうし、徹底的に理解しに行くことが大切だと思います。
「カルチャーが合うから採用したい」とは、カミナシの候補者の方にもオファー面談に毎回伝えているくらいに多いポイントです。スタートアップでは、しんどい時期が来ることは避けられないと思うので、カルチャーが合わない場所だと、おそらく乗り越えられないでしょう。ネームバリュー、戦略、事業領域だけで決めないほうがいいです。
楠田:富澤さんが勧める「カルチャーを見極める上でのキラークエッション」を1つ教えてください。
富澤:シンプルですが、「どんな行動に拍手が送られることが多いですか?」と聞いてみると良いと思います。目標達成とかわかりやすいもの以外に、「チームメンバーの支援をした」とか「お客様に徹底的に向き合った」とかそういう要素が聞けると、自分の価値観に合いそうかどうか見えてくるかなと。
あとは、見極めるだけじゃなく見極めてもらうのもスタートアップ転職だと大事かなと。そのために採用面接では変に会社に合わせすぎることなく、自分の価値観をありのままに話すことがおすすめで、その上でお見送りになるのであればむしろ前向きに捉えていいんじゃないかと思います。
VC経由の転職は、圧倒的にスタートアップへの具体性や解像度が違う
楠田:ここまではスタートアップに転職してから、目標達成やアンラーンの経験などを聞いてきましたが、「富澤さんとカミナシとの出会い」についても聞かせてください。ご自身のnoteでは「カミナシとの出会いは運命的だった」と書かれていますね。
富澤:前提として、前職のエス・エム・エスで新規事業や大きめの事業を手がけ、自信をつけたタイミングで、「次にやりたいこと」として会社自体を大きくする経験を積みたいと思っていました。エス・エム・エスは強いカルチャーと戦略を持った会社だったので、そんな会社を作ってみることに携わりたくて、経営陣と近い距離で働くことを望んでいて。
そこでスタートアップを探している中で、諸岡さんのnoteを読んで、電撃が走ったんです。当時の自分にとって、スタートアップは得体の知れない「未知の国」のように思えていたのが、諸岡さんのnoteが解像度をものすごく上げてくれた。こういう苦しみがあって、乗り越えなきゃいけないことがあり、今はチャレンジをしている……と、自分でも理解できて、共感してワクワクしたんですね。
楠田:実際にカミナシ、または他のスタートアップに転職を進められている時に、どんな転職軸を持って、どんな会社に入りたいというイメージを抱いていましたか?
富澤:まずは、SaaSビジネスに興味がありました。SaaSビジネスなら基本的にはお客様にプラスの付加価値を提供するものだし、やってみてダメなら解約になるという「矛盾のないビジネスモデル」だというのも魅力的でした。
楠田:SaaSは「矛盾のないビジネスモデル」だから美しい、とはALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーである前田ヒロも、よく言っていることですから嬉しいですね。そこで、転職時に私ともお会いしたのですが、どういった経緯があったんでしょう?
富澤:カミナシのnoteに電撃を感じてカミナシ社について調べていた時、直接話を聞きに行くか、どこか支援してもらうかの二択がありましたが、楠田さんのnoteを見つけた瞬間にコンタクトを取ることにしました。楠田さんのnoteで初めて「VCが支援している転職方法がある」と知って、興味を持ったんです。
楠田:確かに当時はまだまだ一般的ではないですよね。転職エージェントも利用されていたと思いますが、それらの転職支援と、私の転職支援の違いは何でしたか?
富澤:お世辞みたいになってしまいますが(笑)、楠田さんのスキルが素晴らしいのはもちろんとして、構造的には、スタートアップの情報が圧倒的に多いことだと思います。振り返ってみると、エージェントではシリーズBやCぐらいの進んだフェーズの会社を紹介されることが多かったんです。シード期の情報は、エージェントにはなかなか落ちていなくて。シード期の情報をあれだけ詳しく教えてもらえるところ、スタートアップへの具体性や解像度が違うところが、一番大きな違いだと思います。
楠田:色々な会社を見て、最後にカミナシに決めたと思いますが、改めて転職活動において「本当に大事だと思った軸」は何でしたか?
富澤:自分らしく働けるかどうか、という点だと思います。カミナシを選んだ理由は、今でも覚えているんですが、青臭いことを言えるカルチャーだと感じたんです。「めっちゃ頑張ろうぜ」とか「絶対達成しようぜ」とか「大きくなろうぜ」とか、ちょっとダサくても、そういうシンプルに頑張る、努力することが、この会社では揶揄されることが絶対ないだろうと思いました。そういう会社で一生懸命働くことが、結果として大事だったと思います。
楠田:入社後にギャップはありましたか?
富澤:ネガティブなギャップは本当になかったんです。やはり、スタートアップだから仕組みやルールがないと思っていましたが、それは予想通りでした。逆に、それは自分で作っていける権利が持てるのだなと。
働いている上でのネガティブな気持ちって、組織や会社に対する期待や要求をコントロールできないから生まれるものだと思います。たとえば、経営陣が話を聞いてくれなかったり、議論がうまくいかなかったりしたら、そう感じたかもしれませんが、カミナシは全て自責思考で対話ができましたし、コントロールできない領域がないと思えるほどでしたから。
楠田:最後に。スタートアップへの転職活動を進める上で、何かアドバイスがありますか?
富澤:シード期やアーリーフェーズの会社に興味がある場合ならVCへの相談は必須じゃないですかね。スタートアップに関する情報は限られていますし、仕組みやルールがないため、現在の具体的な情報を聞いても安心はできないと思うんです。
例えば「給料って上がっていくんですか」なんて約束できませんし、「リモートワークに対してどう考えていますか」といっても来月には変わっているかもしれない。現在のスナップショットの情報を聞いても意味がないんですね。これは楠田さんに教わったことですが、「経営の考え方やポリシーを聞くべし」と。
カミナシなら、さまざまな有識者から諸岡さんがどういうFBを得て、進化していこうとしているのか。それに対する楠田さんの仮説も教えてもらえたのが、とても良かったです。組織がいかに学び、進化していくのかイメージができたんです。それは絶対にエージェント経由では得られない転職の機会だったんじゃないでしょうか。