昨今、SaaSスタートアップが急成長するなかで、早い段階から業務遂行のスペシャリストとしてCOOを配置する企業が増えています。このトレンドにつながる理由は、主に2つあると考えられます。
ひとつは特定の専門領域を持つスペシャリストだけでは事業の成長を加速させられず、専門領域外で業務を推進できるようなジェネラリストの存在が不可欠であること。もうひとつが、COOが急成長を支えてくれる事例が生まれていることです。
しかしながら、どういった人材がCOOに向いているのか、あるいはCOOとして活躍したいと考えてきた人が、どのようなキャリアを歩んできたのかにおいては、まだ情報が足りていません。今回は、これらの疑問について、2名の現役COOを招いて、お話を伺いました。
総額45億円の資金調達を実施し、海外展開も加速するoVice株式会社のCOOである田村 元さん。そして、総額20億円の資金調達を経て、ウェルネス業界のバーティカルSaaS領域で急成長中の株式会社hacomonoのCOOを務める平田英己さんです。
お二人の事例やエピソードを通して、COOというポジションを様々な面から解剖していきます。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのパートナーである湊雅之が務めます。
(※2022年11月26日に開催したウェビナーをテキスト化し、抜粋・構成しました)
なぜ、執行役員や経営層から、スタートアップCOOになったのか
湊:まずは、お二人がCOOになられた経緯から聞かせてください。平田さんは楽天の執行役員という輝かしい実績や経験もありながら、hacomonoというスタートアップに転職をされました。どういった背景があったのでしょう?
平田:転職の理由で最も大きかったのは、自分の成長に対する「陰り」の感覚です。楽天では本当にありがたいことに良い仕事をさせていただきました。三木谷社長とも近い距離で働けたことに、日々を成長を感じていたのですが、10年近く続けていると、どうしても自分の成長速度が緩やかになってしまっているように感じはじめたんです。
転身先にスタートアップを選んだのは、とあるエージェントから紹介されたことがきっかけで、実は偶然でした。ただ、それでも決め手は2つあり、ひとつはスタートアップに優秀な人がたくさん入ってきている印象がありました。優秀な人に囲まれて仕事するのは楽しいですからね。
もうひとつは、スピード感があること。楽天も非常にスピードが速い会社で、さらに前職の戦略コンサルでは企業再生の仕事をしていたのもあって、そこでもスピードはとても速かった。スタートアップであれば、そういったフットワークの良さを感じられるだろうと考えましたし、事実としてやはり思い通りの環境でした。
湊:平田さんは成長意欲の塊みたいなかただと、いつもお話を伺っていても感じます。続いて、田村さんの経緯もぜひお聞かせください。Asanaという世界的なSaaS企業の日本代表から、なぜoViceのCOOに就かれたのでしょう?
田村:外資系企業でマネージャーを経験したかたは、ご理解いただけるのではないかと思うのですが……たとえば、カントリーマネージャーを経験すると、次に用意されるポジションも常にカントリーマネージャーになりがちなんですね。
それが、NASDAQに上場しているSaaS企業のCOOに、日本人が就けるという機会はそうそう転がっていません。半年から1年待っても同じポジションがあるかと問われたら、きっと難しいでしょう。
oViceは「本社側の立場から各国のマーケットで最適化する」という自分にとっても新たなチャレンジができる場でもありました。そして、日本発でグローバル企業になれるチャンスでもあるならば、挑みがいもあると思ったのです。
スタートアップCOOは「最初の30日間」で何をしたのか
湊:お二人が参画されてからの「最初の30日間」を振り返っていきたいと思います。では、今度は田村さんからお聞きしますが、oViceさんに期待されていた役割は何だったのでしょうか?
田村:oViceは、コロナ禍がサービスの追い風になったのは事実としてあります。いわゆる外資系のビデオ会議サービスや、あるいはチャット系サービスも比較的近いモメンタムがあったと感じていますが、コロナの追い風で「売れてきてしまった」と。
そうなると、売るためのメカニズムやプロセス、組織の動きかたといったことが練られるよりも前にトップラインが伸びてきてしまう。もちろん、それ自体は良いのですが、トップラインの構造が外的要因に左右されやすくなるわけですね。もっと基礎体力を上げて、自分自身が力を持ってビジネスを伸ばしていくための強化策が欠かせなくなります。そういった点がoViceからも期待されていたことでしょう。
最初の30日間は、まさに「今、何が、どのように行なわれているのか」を知ることが、プライオリティとしても非常に高い期間でしたね。実際にジョインしてみるとカルチャーショックとまではいいませんが、メンバー間の考えかたや常識、数字に対しての捉えかたも違ってくる。それらを改めて学び直し、行動ひとつひとつの理由を観察するのは、とても興味深い期間だったといえます。
湊:平田さんはいかがでしょうか。COOとして期待されていた役割など振り返っていただければと。
平田:hacomonoでのCOOの役割は、ビジネス全体の統括です。会社の組織をコーポレート、開発、ビジネスに分けますと、それぞれをCxOがカバーしています。コーポレートはCFO、開発はCTO、ビジネスはCOOが持つ体制ですね。
入社したときの期待は、簡単に言いますと「正しい事業運営をしてほしい」ということだったと思っています。それまではスタートアップらしく、CEOで創業者の蓮田がすべて担って、真っ直ぐひたすらに走ってきたわけですが、組織が倍々で大きくなっていったとしても耐えられるような事業運営をしていきたいと。
「最初の30日間」は、トップダウンとボトムアップの両方からのキャッチアップに尽きました。トップダウンは数字面から、会社の経営状況や健康状態を見ていきました。こういうものを見ていく際は、何かしらの「得意なフレームワーク」を応用できるものです。私は企業再生やM&Aの経験があり、P/Lから分解していくのが自分らしいアプローチでした。
例えば、SaaS企業でThe Model型に慣れている人だとしたら、リード数、商談化率、継続率といった点から分解していってもいいでしょう。とにかく得意分野のフレームワークを用いて、頭からお尻までトップダウンで丁寧に分解していくと、会社の健康状態がわかってきます。数字の相場感があって良し悪しがわかるので、「得意なフレームワーク」を用いるのがポイントです。
同時並行で、ボトムアップからのキャッチアップもしていきました。会社の健康状態というよりは、「何が起こっているか」を現場により近いところで見ていく。簡単に言えば、全員と徹底的に1on1をしてヒアリングするのもひとつです。数字面だけでは見えないこと、数字を裏付ける理由が、そこに眠っていたりするものです。
戦略コンサル × 執行役員で磨いた能力
湊:ありがとうございます。ここからは「COOの役割を学ぶ」というテーマで、3つの観点からひも解いていきたいと思います。まずは「過去のキャリアがCOOの業務にいかに役立っているのか」から伺います。
平田さんはコンサルティングファームで会社の経営指南をされる役割、そして楽天で実際に役員として責務を果たされている中で、そのご経験が実際にどう生かせましたか?
平田:私はCOOのような仕事を以前からしていたといえますから、経験は直接的に生きている、というのが答えになります。
戦略コンサルでは、現場の情報を吸い上げながら、戦略設計に特化して能力を高めていくことができたと思います。一方で、楽天ではエグゼキューションについて学んだことがとても多かった。楽天は「実行力の鋭さ」で勝つ会社だったという印象がありまして。描いた戦略を現場に深くまで浸透させるカルチャー作りから、デイリーのKPI管理まで、かなり細かい所まで良くできていたんです。
その両方の経験を組み合わせて、hacomonoで戦略策定からエグゼキューションまで全部担えているのではないかな、と感じます。
湊:やや感覚的な話になってしまって恐縮ですが、とはいえ、スタートアップかつビジネスソフトウェアという領域に入られたわけですから、ギャップはあったのでは?
平田:慣れているつもりでしたが、やっぱり難しいな、とは思いましたね。
まず、戦略コンサルから楽天へ移ったときに学んだことから振り返ると、戦略コンサルでは戦略設計のときにリソースのことはあまり考えていませんでした。コンサルは経営陣に「本来的にあるべき姿」を提案しにいくことに主眼が置かれやすいので、現場の細かな事情などには耳を傾けないほうがいいときもあります。
一方で、事業会社で事業責任者や役員になって運営すると、経営学でいうところのRBV(リソース・ベースド・ビュー)のように、リソースから戦略を作っていく視点の大切さを強く実感するものです。
スタートアップでは、さらにもう一度、価値観が壊された感じがありました。というのも、1年間で社員数が倍になっていくような状態なので、RBVから見ても、そもそものリソースがどんどん変わっていく。リソースという制約が若干緩やかになって、戦略の自由度が一段上がったように感じられました。自由度が高くていろんな選択肢があるだけ、スタートアップの戦略設計はかえって難しいというのは、入社後に気づいたことでしたね。
ERPの経験がすべてのベースに活きている
湊:田村さんにはここを伺いたいのですが、外資系IT企業のご出身、しかも代表取締役のご経験があるかたはスタートアップ業界には多くはありません。oViceさんの仕事において、そういった経験が強みになったり、役立っていたりはするのでしょうか?
田村:ERPの基幹業務の経験が一番長いのですが、それはまさに企業全体としてビジネスを無駄なく「あるべき姿」で組み立て、落とし込んでいくことです。
実はファーストキャリアの頃に、会社の新人研修として、電卓と紙と鉛筆だけで振替伝票を作って仕訳し、月次決算してみて、決算仕訳を起こし、決算処理するところまでを手作業で行なったことがあったんです。他にも、自分で複写伝票を作って、仕入れを起こして、在庫管理から販売まで見たり、タイムカードからの変動項目で給与計算や算定・月変を起こして年末調整してみたり。その研修が終わった瞬間に、経理の課長や部長と話ができるようになる。それが、その先でERPの基幹業務につながっていきます。
特に、自分の得意領域としては製造業の生産管理でしたから、そこの経験がベースにあるように思っています。結局は、会社の中のあらゆるファンクションの人たちが満足いくような、それこそ営業から経理から法務、購買、在庫、生産、人事まで、すべてある程度は満足いくものを作り上げないといけません。それぞれのエリアにおいて、それぞれのかたたちと会話ができて、納得してもらう。そのために割いていた時間が、現在のベースとしても大きく働いていると思っています。
湊:ERPで、お客さま側を見る、組織として見る経験を、会社の役割として活用された部分も強みになっていると。一方で、ビジネスソフトウェアの中でoViceさんは、ERPやCRMとは全く違う領域です。そこでのギャップは感じたのでしょうか?
田村:クラウドSaaS系のサービスでも、ある程度の用途が定まっているので「説明が簡単な商材」と、相手によって説明の内容を変えなくてはならないような「説明にクリエイティビティが求められる複雑な商材」がありますよね。両方の経験がありますが、oViceはどちらかといえば後者に属するサービスです。
そういった意味で言うと、領域によるギャップはあまり大きな障壁には感じなかったですね。oViceの場合は商材としての説明にともなう複雑性をいかに乗りこなすかが肝要だと思いました。いかにチームのメンバーが一定のクオリティでお客さまに説明することができ、お客さまの満足度を高められるかが、ひとつの大きなチャレンジではありましたね。
目指すべきは「ミドルアップダウン」という経営スタイル
湊:次のテーマである、COOとしての「日々の時間の使いかたやマインドシェア」について聞かせてください。お客さま、チームの皆さん、株主といった三者との向き合いかたとして、どういったところに時間を最も使われていて、何をされているのでしょう。特に組織マネジメントで意識されていることがあれば教えてください。
平田:いつも意識しているのは「マネージャーに考えてもらうこと」だと思っています。これはすべてのCOOが意識すべきことではありませんが、私個人が目指している組織としてはトップダウンでもボトムアップでもなくて「ミドルアップダウン」なんです。
マネージャーや取締役会も経営に巻き込んでいき、彼らと一緒に優れた戦略を作り、それを現場に落としていく。「ミドルアップダウン」という経営スタイルがhacomonoには一番合ってるんじゃないかと考えています。マネージャーと話すときも、彼らが経営や戦略を考えられるような高い視座を持てるように、答えを明示したり、具体的な指示を出したりは、なるべくしないように心がけています。
湊:急拡大する組織において、ミドルアップダウンには育成的な観点も含まれているのだろうと感じました。田村さんの場合はどうでしょう?
田村:人の育成やトレーニングといった側面でいうと、正直な話をすれば、まだ胸を張って何かをお話しできる状況にはないかなと。
ただ、組織変革のなかで「あなたがどう思うか」は重視したいところです。その考えが正しければサポートしますし、間違っていると感じれば提案もする。自ら考えて決めるという形で、なるべく個々の領域におけるレスポンシビリティを高めていきたいのです。それが実現できると、最前線が全力疾走できるように後ろから支えるというスタイルになっていけますし、まさに今、それを構築しているところですね。
「理想のCOO像」を考える
湊:3つ目のテーマで「COOという仕事の理想像」を伺います。平田さんがCOOとして抱いている野望みたいなものはありますか?
平田:我々のミッションであるウェルネス産業を良くしていきたい、ということに向かっていくためにも、会社の規模をもっと大きくできたらと思っています。現在も業界に貢献している感触はありますが、もう少し会社の規模が大きくなってくると、さらに影響力を持てるかなと。そうなれば、一般のスポーツを楽しむ皆さまにとっても、フィットネスクラブなどのサービスクオリティが上がった実感を持ってもらえるのではないかと思っています。
湊:平田さんにとって「理想のCOO像」とは?
平田:なかなか答えが難しいのですが、いつも大切に思うのは「自分のスタイルを確立すること」であり、その答えが理想像としてひとつに集約されるものではないか、と。
私はよく野球のピッチャーで喩えるのですが、メジャーリーグで活躍した偉人として、ダルビッシュ有さんと、「大魔神」こと佐々木主浩さんがいます。ダルビッシュさんは完投できるような体力があり、球種も多彩で、「打たせて取るピッチング」もできる選手です。一方で、佐々木さんはセーブを収めるようなシチュエーションでマウンドに上がるため、いつでも登板できるように日々調整が欠かせない。ランナーを背負ってからマウンドに立つことも多いので、打たせて取るピッチングよりも、速いストレートと落差の激しいフォークで「勝負をしにいくピッチング」をします。
このように一貫性があるからこそ自分のスタイルを確立できて、価値を発揮できる。経営者も同じだと思うんですね。いろんなナレッジやノウハウをつまみ食いしてばかりだと、自分の一貫性を失ってしまって、大したピッチャーになれなくて終わってしまう。大事なのは、一貫性がある経営スタイルを持つことであり、それを鋭く尖らせていくことです。
自分の場合は、先ほど申し上げた「ミドルアップダウン」というスタイルですね。エグゼキューションで勝つことも、もちろんできたらいいなと思いますけど、どちらかと言えば僕は戦略を作るのが好き。その戦略の鋭さで勝ちにいきたいのです。そのためにもミドルアップでマネージャーたちから戦略に関わる情報をいっぱいインプットしてもらえる関係値を築き、彼らの思考を作り出すことが必要になってきます。
戦略は、ある種のひらめきに近いところもあります。カチッとしたプロセスでなく、色々な情報をインプットしていく中で、突然生まれてくる。つまり、インプットの質と量をいかに上げていくかが大事だと思っています。その一環として、現場に行くことにはこだわっています。顧客に会うことはもちろん、フィットネスクラブなどのエンドユーザーを理解するのも大切。自らそういう場所にエンドユーザーとして足を運ぶ回数を増やすとか、そういったことには時間を割くようにはしています。
あとは、優秀な仲間と健康な議論がしたいという思いもありますから、「ミドルアップダウン」という経営スタイルを、一貫性を持って作り上げている感じがします。
湊:ありがとうございます。田村さんは理想のCOO像はありますか?
田村:むしろ存在感が消えてるぐらいでもいいと思っています。それぞれのエリアを、それぞれ引っぱっている人たちがいて、それらがうまくかみ合うためには、色々な調整事も出てきます。どうやってそれをそろえてひとつの形に持っていくか。COOは、その理想に近い形を作るためのバインダーなのでしょう。
国籍も違えばいろんなことが起こりますから、そろえた上で分解しないように、きちんとバインダーとしてつなげておく。それが私にとっても重要なのです。たとえば、上場した暁には、頑張ったヒーローはその人たちであって、私はただそろえてくっつけたという役回りだった。そんなふうに、存在感が消えているくらいが理想だと思うのです。
湊:今日はお二人と話して、COOが本当にエキサイティングな仕事で、なおかつ総合格闘家のようなイメージも抱きました。それゆえに、必ずしも「完璧になってから就ける」といった職種ではなく、興味があるかたは早めにチャレンジしていくことが、急成長にもつながるポジションなのだと感じました。本日はありがとうございました。