フィットネスクラブ・公共運動施設・スクールといった会員制店舗に適したCRM・予約・決済システム「hacomono」を提供する株式会社hacomonoでは、ソフトウェアサービスだけでなく、IoT機器を制作して現場に導入するなど、オンラインとオフラインをつなぎこむ新規プロジェクトに注力しています。
このプロジェクトに入社早々から責任者として抜擢され、活躍しているのが岩貞智さんです。新卒で創業4年目の組み込み専門のソフト開発会社に入社。組み込みソフトや開発エンジニアとして働き、BDレコーダーの開発、組み込み向けAI事業のR&D、分散クラウド活用の経産省派遣プロジェクトなどを通じて、幅広く経験を積みました。また、営業や人事評価の整備といった技術以外の領域に携わった後に、2021年7月にhacomonoへジョイン。現在はIoT領域でのプロダクトマネージャーやエンジニアとして日々奮闘しています。
SIer系企業からSaaS企業に転職した岩貞さんに、入社早々から責任者を務める新規プロジェクトから得た学び、キャリアチェンジを経て感じた「SIer系企業出身者がSaaSで活躍できる理由」などを伺いました。
そのお話は、組み込みエンジニアやSIer系人材のスペシャリストといった方々が、デスクレスSaaSの領域で活躍できることを後押しする発見に満ちていました。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのTalent Partnerで、岩貞さんのご転職にも伴走していった楠田司です。
センセーショナルなセミナーに心惹かれて
──転職を考えたきっかけはあったのですか?
岩貞:大きく4つの契機がありました。
1つ目が、30代半ばに差しかかる年齢になったことで、次のステップを考えたこと。前職がベンチャー企業だったことや、時代的にも「同じ企業で一生働く」は念頭にありませんでした。自分自身も「さらにやれることがあるのではないか」と思いましたし、初めての転職タイミングとしてはギリギリではないか、と焦りを感じながら、転職市場を見るためにもエージェント登録などを進めていきました。
2つ目は、家族ができて家を持ち、落ち着いて考える時間ができたこと。金銭的に不安のあるライフイベントが一通り終わったんです。3つ目がコロナ禍という時代の転換点を感じたこと。一斉にリモートワークになって、世間一般を見ても働き方がどんどん変わっていくなかで、同じ環境に居続けることの不安を肌で感じていました。
4つ目はシンプルで、自分のスキルが外部からいかに評価をされているのか知りたかった。新卒からベンチャー起業で働いてきましたから、狭いコミュニティで働いてきたという感覚はあったんです。自分が市場に出たときの評価が気になり、もし評価されるのであれば、報酬を最大化したいとも考えました。
転職軸としてはIT業界で、なおかつキャリアアップを見据えていました。僕のイメージでは30代半ばからのキャリアはマネジメント寄りになっていくだろうと。
──そしてhacomonoを新天地に選ばれたわけですね。
岩貞:前職でエンジニアと営業を兼ねていたので、営業手法などの考え方の参考に、digsas(ディグサス)の石井友規さんのnoteを参考にしていたのですが、そこから「SIer出身者こそSaaS企業に転職すべき理由」というセンセーショナルなセミナーを見かけまして(笑)。これはALL STAR SAAS FUNDさんが主催されていて、そこに参加したことをきっかけに楠田さんからもアプローチをいただき、今に至るという流れですね。
──僕たちVCもSaaS企業も、SIer出身者はSaaSですごく活躍するのではないか、というイメージを持っていたんです。まさに岩貞さんはその一人だと思っています。現在、携わっている業務はどのようなものですか?
岩貞:hacomono開発メンバーとして、IoTとハードウェア連携にまつわるプロダクトの開発と、チームの立ち上げを担っています。そもそも、IoTチームがなかったので、そこをゼロから作り上げています。プロダクトがまだ世に出ていないのですが、顧客が現場で関わるネットにつながらないハードウェア製品などが多いところをIoT化し、hacomonoとつなげていくのを推進しているような感じです。
たとえば、フィットネスクラブに置かれる水素水サーバーもIoTプロダクト化できます。hacomonoの会員管理と決済機能をネットワークを通して連携させ、hacomonoの会員メンバーに発行するQRコードで使えるようにする取り組みを進めています。
hacomonoは予約や会員登録が全てオンラインで完結するように展開していますが、実際の現場ではリアルな「誰か」が関わらないと使えない設備などが、まだあります。それらもインターネットにつなぎこむことで、オンラインとオフラインが溶け合う、いわゆる「アフターデジタル」な世界を目指しています。
従来よりも顧客解像度をより深めることができている
──SIerからSaaS企業に入られて、ギャップを感じることはありますか?
岩貞:顧客解像度に対する姿勢は違いますね。SIerだと、案件によって業種や業界が幅広いので、顧客解像度を上げたくても上げきれないことが多いはずです。SIerにおいても、お客様に対してのバリューをもっと上げていくために、もっとその業界のことを知った上で提案して、一緒に考えていくスタンスが今後は必要になっていくとは感じていました。ただ、複数案件を持っている中ですべての解像度を上げるのはかなり難しい。
でも、特にバーティカルSaaSは業界が固定されているので、否応なしに顧客解像度を上げる必要があります。それゆえに、サービス品質も向上させられると考えています。
──SIerで培ったスキルで活かせるものは?
岩貞:SIerは仕事がクライアントベースですから、クライアントとの折衝が多いプロジェクトマネージャーのような方は、エンプラ系の案件でその経験を活かせると思います。
また、SaaSは全ユーザーに対して同一のソフトウェアサービスを提供するのが良いところだとも思うのですが、どうしてもエンタープライズ系のシステムと合わない部分が発生してきます。各社が独自でシステムを作られているところが多いからです。
もともとローカルで使っていたツールがあると、基幹システムなどと複雑に絡み合っているんですよね。その基幹システムを入れ替えようとすると、過渡期であるがゆえにツールのつなぎこみの部分で苦労します。もし、つなぎこみができないようであれば、それ用のシステム開発要件が走ります。
そういった個別案件の業務が発生するところを丁寧に拾い、つかんでいくのは、SIerのプロジェクトの進め方と似ている部分もありますので、力を発揮しやすいのかなと。しっかりとお客様の要件や要望を整備して、「何が必要で、何が足らないのか」といった期待値を擦り合わせていくところは、とてもSIer的な働きが求められます。
SIerが目指すあり方が、ビジネス構造と合っていない
──SIer経験者の転身先として見た場合、SaaS企業の魅力は何でしょうか?
岩貞:SIerはクライアントワークなので、ノウハウが請ける仕事内容に依存しやすいところがあります。つまり、クライアント数が多かったり、業界分野が分散したりすると技術資産になりにくく、会社としてのコアバリューやコア技術を醸成しにくいのです。ITはほぼ全ての業界領域で活用されていますから、受託する仕事を選び、自ら業界を絞ってクライアントを選別するのも難しいはずですし、技術力を武器に仕事を選ばずに受け続けるのも、今後は難しくなっていくのではと感じています。
この点はマネジメント側になると厄介です。会社としてチームを強くしたいという思いがあって、内部的な仕組みや取り組みを進めても、なかなか浸透しない構造的な問題が起きてきます。そうなってきたときにSIerの生存戦略として、クライアントにファンになってもらい、短期ではなく長期的な関係を築くことが考えられます。
ドメイン固有の資産と体制を維持したまま開発を行えるのはSIerにとってメリットのある戦略といえます。ただ、ファンになってもらうにあたっては「他社との差別化」を見せないといけません。そこでは、クライアントから求められる以上の価値提供を行って信頼を勝ち得るのが王道だとは思います。
そのためには、クライアントが見ている顧客への解像度を上げていき、クライアントの要望以上の提案を行う必要がある。要は、コンサルタントに近いような働き方や、パートナー企業としての関係性を築くことを目指すのですね。
しかし、それが既存のSIerビジネスは構造上、かなり難しいと感じています。短期的な仕事になればなるほど、業界解像度を上げる前に開発が終わってしまいますからね。それを超えていくことを思うと、結局は事業会社に近い業態にならざるを得ないのです。突き詰めれば、自らサービスを作れるようになるほどの解像度ならば、事業会社化する道を選んでもいいわけです。
──「バーティカルSaaS」という領域に絞るなら、SIer出身の経験が活かせるポイントは?
岩貞:バーティカルSaaSはどうしてもドメインを絞るので、フルスタックでのサービス提供が必要になると思っています。そこでは幅広い領域でのサービス提供と、そのための技術が欠かせません。SIerはさまざまなクライアントからの業務経験を通じて、幅広い知識やレガシーシステムとのつなぎこみ、ブラッシュアップを行ってきた経験を持つ人が多いので、どこかに必ず適応できるポジションがあるのではないか、と思っています。
僕も組み込み系のソフトを開発していたのですが、バーティカルSaaSでフルスタックに提供しないといけない部分では、そのエンジニア経験が活きる場面がありました。それ以外のエンジニアも、どんどん登場する機会があるはずです。
──今のお話を聞いてると、バーティカルSaaSは総力戦であり、アプリやウェブだけでなく、ハードウェアの知識や経験もある方が活躍しやすい傾向にあるのでしょうか。
岩貞:「顧客体験」という観点で切り出してみると、やはりウェブだけには留まりませんからね。特に業界特化型だと、若い方から高齢の方までお客さまの幅が広くなり、ウェブだけの切り口ではまかないきれません。ハードウェアを含めたトータルなサービスで考えるのは必然的になっていくでしょう。
入社1週間で走り出した新規プロジェクト
──ぜひ、今取り組まれている新規プロジェクトについても伺わせてください。プロジェクトにアサインされた背景は?
岩貞:hacomonoでは今後のテーマにIoTを掲げていて、僕が組み込みソフト開発からクラウド、スマホアプリまで昨今のIoTで必要な開発経験があったことから採用に至ったという経緯がありました。ですから、新規プロジェクトにアサインされたというよりは、僕を採用した段階で新規立ち上げを担っていくことは決まっていたわけですね。僕も周りにIoTエンジニアが誰もいないところで付加価値を出せるほうがキャリアにもプラスになると考えて、SaaSに飛び込んだところがあります。
新規で立ち上げていくことを想定していたので、もう少しゆっくりとスタートを切れるかと思っていましたが、すぐにプロジェクトが始まりました。今思えば、スタートアップに「ゆっくり」なんて考えはないですね(笑)。
入社して1週間も経っていないオンボーディング中に、hacomonoが採用していた他社の入退館システムに、お客様からクレームが入ったんです。メールが届かない、扉の開錠に時間がかかる、うまく連携できない……といった内容で、その都度、スタッフの援助が必要になってしまっていると。
スタッフレスで対応できるところがhacomonoのメリットのはずが、結局はスタッフ稼働が増えているという現状に、厳しいお叱りをいただきました。早晩、解約につながりかねない事態です。そこで入社1週間ほどではありましたが、僕がIoT担当として、自社開発による入退館のQR認証機器開発のプロジェクトの相談が舞い込んできたんです。
──いきなりのハードなプロジェクトですね(笑)。
岩貞:本当に(笑)。しかもクレームから始まっていますから、来月にも完成させたい、というような要望で……。SIerでは「あるある」だと思うのですが、「製品開発に携わった」といっても、そのソフトウェア開発は全体からすると一部分なんですよね。ですから、機器の量産経験などの細かい経験値はありませんでした。
量産にはソフトウェア以外の電気系統、機械や筐体、実機を届けるためのデリバリー手段、さらには在庫管理なども付随する。それらを「0→1」で学びながら進めてきました。
hacomonoの導入店舗にはデジタル会員証のようなものが発行されるのですが、そこには「メンバーQRコード」が付与されています。これを使って、店舗入り口のドアと連動し、かざして読み取ると解錠される仕組みを作りました。hacomonoが機器まで提供することで、利用客は会員登録から予約まで自宅で済ませ、そのままスタッフにも会わずに施設を利用できるといった使い方が可能になります。まさに一気通貫で使っていただけるわけです。
本来は機器の量産までは手がけないSaaS企業が多い中で、hacomonoが「既存に無いなら作ろう」と決めて行動したことに、僕自身はとても好感を持ちました。これまでの型にはまらず、バーティカルなデスクレスSaaSとして攻める以上は、ソフトウェアもあくまで一部分であり、ハードウェアを含めたユーザー体験を作っていこうとする動きは、会社としての覚悟を感じさせました。
SIer出身者のスキルはこれからのSaaSで活かせる!
──SIer出身の方がSaaSで活躍できるという確信はありながら、イメージとしてはソフトウェア開発者を念頭に置いていたのに気付かされました。岩貞さんのお話を聞くと、どうやらその限りではありませんね。
岩貞:そうですね。特にハードウェアを使ってきた方は、付随する経験で活かせる部分も多いでしょう。IoTのプロダクト開発、デリバリー、在庫管理、生産におけるアライアンス構築といった経験を持つ方なら、これからSaaS企業が求める要件にも答えられるはずです。
──その点では、SIer以外にもメーカーで量産関連のプロフェッショナルな経験を持つ方も合いそうです。
岩貞:いけると思いますね。先程の事例も、それこそhacomonoがメーカーになっていくような話ですから。
最終的にバーティカルSaaSは囲い込みのような戦略を取っていく流れがあると、僕自身は考えています。「hacomonoに頼めばフィットネス店舗の運営に必要なものが全部提供される」という状態に持っていくのが戦略の一つでしょうし、そうあるべきかなとも思います。
hacomonoとしてもアフターデジタルの世界観を見据え、オフラインとオンラインが融合していくサービス展開を目指しています。僕の仕事は、まさにオフラインの代表格。お客様との接点をオンラインと融合させてみせるのが、僕のミッションだと捉えていますし、その懸け橋になれるようにしたいですね。
あとは、会社のミッションに「ウェルネス産業を、新次元へ」があるのですが、とはいえ「新次元とは何か」を想像するのが、やはり大事です。僕からすると、まさにハードウェアを含めてhacomonoがオフラインとも融合した状態が、この「新次元」ではないかと。
特にSIerは、こういった会社のミッションというものが欠けがちになるとも感じています。もちろん、中には素晴らしいミッションを持つ企業もあるかもしれませんが、基本的にはお客様から依頼されたものを作ることが多いはずですから。hacomonoに入社して、事業会社として一本芯が通っていることを感じると、プロダクトのあり方も想像しやすいですし、作っていくべきものも考えやすいですね。
──転職を志願する方は、その企業が自分に合っているか否かを、どのようにすれば判断できるでしょうか。
岩貞:難しい質問ですね(笑)。ただ、まずは「自分の作りたいもの」があり、その環境がないことに飢えていたり、不満を覚えていたりすることが先行すると思います。
──なるほど、自分が何に不満を抱えているのか、その要素を見定めるのが大切と。
岩貞:そうですね。ちょっとストレートすぎるかもしれませんが、<yellow-highlight-half-bold>「本当に自分の作りたいものを作れている?」<yellow-highlight-half-bold>という問いかけが最初の一歩になりますね。
僕は「新しく、わくわくするものが作りたい」という思いだけがあって、具体的な像までは無かったのが正直なところです。だからこそ、芯の通った会社に携わることを、僕自身は欲していたのかなと、今になって思いますね。
hacomonoは今なら0→1のものが多いですし、企画からお客様に届けるところまでいろんなことに携われます。アーリーステージならではともいえる、「全て自分たちで賄う」という体験ができるフェーズですし、そこに面白さを感じてもいます。
株式会社hacomono
岩貞 智
https://www.hacomono.jp/company/
2010年に株式会社Beeへ入社し、組込みソフトウェア開発エンジニアとして、家電製品の再生制御、DB、ネットワークなどの開発をはじめ、iOSアプリ開発、組込み向けAI事業のR&D、分散クラウド活用の経産省プロジェクトなど幅広く手がける。2021年7月よりバーティカルSaaS企業、株式会社hacomonoにjoinし、現在はIoT専属のPdM及びエンジニアとしてウェルネス産業特化のDXを推進する。