SaaS企業が成長していく上で、採用・組織づくりは重要なポイントの一つ。創業から拡大期まで、フェーズごとに必要となる職種や人数も異なります。しかし、その具体的なタイミングや、採用すべき順番は、なかなか語られることがありませんでした。
企業の組織構成は、その戦略を雄弁に語るもの。そこで今回は、ノーコードアプリ開発を展開するYappli(ヤプリ)の創業者であり代表取締役の庵原保文さん(@ihaemon)に、創業から正社員100人に至るまでの歴史を振り返っていただきました。
陥りがちなミスについても触れられ、組織づくりに悩む起業家や人事にとって、ヒントとなるお話をうかがえました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDマネージング・パートナーの前田ヒロです。
上場というステージへ進む、筋肉質な体制をつくる
前田:ヤプリは2013年に創業し、2020年12月に東証マザーズ市場へ上場しました。まず、上場を経て庵原さんの考えは変化しましたか?
庵原:良い意味で大きく変わりました。スタートアップや未上場の時は実際の売上や成長率はわからずとも、資金調達の話題だけでも盛り上がったり、外部の人が応援したり騒いだりしてくれるじゃないですか。一方で上場すると、すべての数字が丸裸になるので、そういった「未上場プレミアム」とも呼べる効力がなくなるんですよ。
株主という大きなステークホルダーが増えますし、海外の投資家も多いので、世界中から通信簿を毎日つけられている感覚です。四半期の見え方が変わり、予算達成もよりシビアになりました。良い緊張感があって、楽しいですね。
前田:上場前にできるようにしておいた方がいいことはありますか?
庵原:経営のオペレーションでは、「再現性」と「予実の正確性」が特に重要。とにかく予実を外すと痛い目に遭いますから、製品開発から売上を出すまでの一連の再現性が強固になっていないと苦しむでしょう。そうならないために、製品力の強化、マーケティング、販売率や商談率の向上、採用におけるリテンションなど、経営のすべてが大切になってきます。
もちろん、未上場の段階で完璧に仕上げるのは不可能ですし、その必要もありません。ただ、上場というステージへ進むのにふさわしい筋肉質な体制をつくっておくべきだと考えています。
0〜10人:最初の10人は「ハートがつながったリスクテイカー」
前田:では、ここから採用の順番を振り返っていきます。まずゼロから10人のフェーズ。CxOの1番目は庵原さんですね。
庵原:ヤプリは僕、CTOの佐野将史、デザイナーの黒田真澄、が共同で創業したので、便宜的な順番はあるものの、本質的には3人とも1番目。この体制で合計4年半運営していました。夜な夜な開発をしていた創業前の2011年から2013年の2年間と、創業してシリーズAの資金調達をする2015年末までの2年半です。
前田:3人以外ではじめて採用したのがCSです。なぜCSだったのでしょう?
庵原:この頃は受注確度を高めるために、初回の商談でアプリを作って持っていってました。そうすると「いきなりアプリ持ってきたぞ!なんだこの会社?」と、お客さまの印象がぐっと良くなるんです。
こういった商談の進め方をしていたのもあって、最も人手がかかっていたアプリ制作をカバーするための人を採用しました。それが発展していって今は重要なオンボードのCSと分類するようになりましたが、当時はまだSaaSのことも知らなかったので、単に「アプリを作る社員」という認識でしたね。
採用したのは、創業3人だけの時代からアルバイトとして様々に手伝ってくれていたメンバー。シリーズAを調達してお金の目処がついた時、真っ先に声をかけました。
前田:10人目までのフェーズでは、何を意識していましたか?
庵原:まだ認知度も自信もブランドもなかったので、とにかく「採れる人」が中心でした。戦略なき採用で、半分以上は知り合いです。人柄や雰囲気は見るようにしていたものの、それ以上に「どうすれば来てくれるんだろう」とずっと考えていましたね。
まだマンションの一室をオフィスにしていたので、知り合いはともかく、求人を見てきた人は相当怪しく感じたのではないかと(笑)。少しでも怪しさを解消するために、次に引っ越しが決まっていたオフィスのパース(内装イメージ図)を、マンションの面接部屋のデスクにわざとらしく置いていました。それぐらい採用候補者の気を引くことに一生懸命でしたね。
前田:今、10人目までの採用を行っている経営者に、何かアドバイスはありますか?
庵原:このフェーズでは知り合いしか採用できないと思っておいた方が無難でしょう。資金調達したからといってすぐ状況が変わるわけでもないですし、まだジョインにリスクしかない段階です。入ってくれるのはリスクテイカーなので、だからこそお金やキャリア以上に、創業者とハートがつながっている人を採用したいですね。
たとえば、ヤプリでは6人目にはじめてセールスを採用しましたが、彼はもともとまだヤプリが誰にも知られていない時から「Yappliを売りたい」と言ってくれた代理店の人なんですよ。マンションに何度も来て商品の将来性を熱弁してくれたことがあって、「ぜひ入ってもらいたい」と誘いました。
前田:一人目のセールスに求めるものや、選ぶ時に見ておくべき点は?
庵原:ガッツがある人。初期のセールスの人たちは、まだリードがほとんどない時期にガンガンテレアポしてくれて。芯があるな、セールスアニマルだな、と感心しました。
11〜25人:マーケティングの採用で革命が起こった
前田:続いて、11人から25人のフェーズです。CSがオンボード担当とCSMに分かれていますね。マーケティングも増えています。
庵原:2016年頃、トップライン陣形を取って攻めている時期ですね。当時は良い製品ができているのに売上がなくて、現状を打破するためにマーケティングを採用しました。この採用で革命が起こりましたね。
シリーズAのあと社員を10人まで増やしたのですが、半年ほどはセールス面でも無風に近い状態が続いてしまいました。当時は地味な売上はあったものの大きくグロースしておらず、赤字を掘っているわけでもない中途半端な状況。
経営をめぐって、投資をしてくれていたグロービス・キャピタル・パートナーズの今野穣さんと言い合いになったこともあって。そこで、珍しく経営合宿をやったのですが、夜にお酒を飲みながら話していると、今野さんから「庵原さんはとにかく1,000万赤字を掘ってくれ」と言われたんです。
よくみんな「赤字を掘る」なんてカッコよく言うけれど、僕自身はその意味がよくわからなくて。それに、お金をどこにどう使えばいいかも、正直わかっていなかった。「そこまで言うならやってやる」と、手段を目的化して1,000万の赤字を作るため、はじめてマーケティングに着手しました。
前田:どんなマーケティングをしたんですか?
庵原:12番目に老舗EC会社から入社した初めてのマーケティング担当者の提案で、資料請求ボタンをつけました。正直、最初は「なんでそんなダサいことを」と半信半疑でしたね。当時はセルフサーブのPLGモデルもやっていたので、無料トライアルができるんだから資料なんて必要ないじゃん、と思っていたんです。ところが、資料請求ボタンをつけると初日からリード数が無料トライアルよりも多くて驚きました。
無料トライアルはシステム部門の人など興味本位で使うケースが多くて、実はあまり受注につながっていなかったんですね。ヤプリの顧客となるマーケティング担当者は、トライアルよりも資料請求の方が親和性が高かった。資料を読みたい人ってこんなにいたのか、と驚きました。
もう一つの革命が、オフラインの展示会。これも同じ社員の提案で、やっぱり最初は懐疑的でした。自分たちのような小さな会社が展示会にブースをだすなんて、当時は想像できなかったんですね。でも、出展したらいきなり良いお客さまから受注できたんです。リアルの展示会って、これほど効果があるのかと衝撃を受けました。
前田:資料請求ボタンとオフラインの展示会が効いたんですね。では、マーケティングはもっと早く採用すればよかったと感じますか?
庵原:そうですね。経験がある人が入るとこんなに変わるのかと痛感しました。
前田:「一人目マーケター」には何を求めますか?
庵原:一通りの網羅的なスキルがあって、効果的なリード獲得の方法をわかっている人でしょうか。そして、この段階はまだまだガッツのいるフェーズなので、マインドが強い人が良いですね。展示会を提案してくれたその社員も、誰もいないブースでずっと「ヤプリはプログラミング不要で……」と大きな声でMCし続けてくれたんですよ。無名で小さくて空間デザインも下手な、誰も来ないようなブースで、です。それを見た時は、すごく良い人を採用したと感じました。
前田:この時期、庵原さん自身には何か変化はありましたか?
庵原:これまでは僕がすべての商談に出ていましたが、14人目に現在のセールス本部長を採用した頃から、ノウハウを体系化することに集中し始めました。
これまで一人で何年も何百という商談に出る中で、何をどう振る舞えばお客さまが態度変容して口説けるのかはわかっていたので、経験を虎の巻にまとめました。スライドの表紙から会社概要の伝え方、デモを見せるタイミングまで一字一句決めていました。デモでは一つひとつの機能の見せ方も徹底して決めていて、スムースにデモに入るために準備しておくMacの設定まで徹底していました。自分の経験・ノウハウを標準化して成長を始めて以来、このカルチャーは現在も引き継がれています。
前田:改めて、このフェーズを振り返ってみていかがですか?
庵原:トップライン陣形は正しかったと感じています。もし、今もう一度やるとしたら、マーケティングとインサイドセールスはセットで採用するでしょうか。採用力の問題もあるので、必ずしも理想通りにはいかないと思いますが。
26人〜50人:炎上が頻発し、創業後最大の危機に直面
前田:次が26人から50人です。セールスが一気に増えましたね。マーケティングとCSのオンボードが比較的多い一方、CSMは1人と驚くほど少ないです。
庵原:2017年頃ですが、相変わらずトップラインしか考えていない陣形ですね。コーポレートも後回しで、前のめりな姿勢のまま推し進めていました。
SaaSが話題になりはじめたのもこの時期です。その中でインサイドセールスの存在を知り、大慌てで2人採用しました。これもまた大きな革命になりましたね。50人中のたったの2人ですが、とにかくガンガン電話してくれるので、急に商談が増え始めました。2人は初期のインサイドの一時代を築いてくれました。
当時のインサイドセールスは、マーケティングが生み出したリードに対するアクションを取るのが中心。SaaS企業だけどベタにやろうと、商談の獲得数をホワイトボードに「正の字」で書いてもらっていました。今はやめましたが、見える化したことで闘争心が芽生えて、かなりワークしましたね。
前田:それも文化ですよね。当時の体制を振り返ってみてどうですか?
庵原:インサイドが成功する一方で、このあたりからだんだん炎上が増えていきます。1年を通して、毎クオーター炎上していました。改めて陣形を見てみればその理由は明らかで、やっぱり形が悪い。エンジニアが少なく、カスタマーサクセスのリテンションのCSMも1名、カスタマーサポートも41人目にようやく入ってきたばかりで、とにかく守りが弱いんです。
アプリのバグも多くて、新機能を作るたび事故になり、お客さまに迷惑をかけました。今思い出しても一番苦しかった時期ですね。何があったかというと、はじめてグロースフェーズを掴んだんです。それまでは、制作されたアプリが使われるのは数万ダウンロードといった規模だったところ、いきなり100万ダウンロードを超えるようなお客さまが現れるようになってきました。
顧客母数が増えると、これまで見えなかったバグが一気に顕在化するようになります。そうして、守りを手薄にしていたことが裏目に出ました。こんなにグロースすると思っていなかったから、製品が負荷に耐えられるバックエンドになっていなかったんです。
ヤプリはどうにか切り抜けることができましたが、このフェーズで崩れるスタートアップも多いでしょう。
前田:だとすると、もっとエンジニアサポートを増やしておくべきだったと感じますか?
庵原:本当にそうですね。こうなってしまったのは、売上トップラインを作ることに興奮して社内でビジネスサイドの声が強かったことも一因です。お客さまの要望をとにかく聞いて、急いで作ってもらう。QA(クオリティアシュランス)がいないのでスピード重視で、不具合が出ては怒られることの連続でした。
エンジニアやセールスなど皆に大変な思いをさせてしまい、離職率がもっとも高かったのもこの頃です。50人になっても未だに人事が不在ですし、この守りを見れば当然ですよね。やっぱり、直接売ったり製品を伸ばしたりするトップライン以外を軽視しすぎていたんだと思います。この表をまとめていて痛感しました。
51人〜100人:とにかく守り!信頼を軽視するな
前田:最後に、51人から100人でどう挽回したか見てみましょう。一気に人事とコーポレートが増えましたね!この前のフェーズでは炎上が続いていましたが、どう脱却したのでしょうか。
庵原:QAの存在が大きかったです。もっと早い方が良かったと反省していますが、ようやく品質管理をはじめたんですよ。
<yellow-highlight-half-bold>守りがないと信頼を損ないます<yellow-highlight-half-bold>。規模が大きいエンタープライズビジネスや法人SaaSでは特に信頼が大切ですし、マーク・ベニオフも一番大切なのは「Trust」と話していますよね。そのことを、このフェーズでやっと理解しました。
この頃、シリーズBの資金調達を実施し、上場の可能性が見えてきました。ここでようやく足固めができたと感じています。後にCTOになる佐藤や、CS本部長になる市川、CMO山本など、上場を引っ張ってくれる優秀な人材が一気に入ってきました。他の有力な会社で経験を積んだ実力者を採用できるフェーズに達したんですよね。
前田:本部長クラスの採用で気をつけるべきポイントがあれば教えてください。
庵原:このフェーズになると、大組織でもマネージできる人たちが入ってきます。たとえばCTOの佐藤はDeNAで大規模なインフラエンジニアを務めていましたし、CS本部長の市川はAppleやオラクルを経験している。大企業を経験していて、スタートアップでチャレンジしたい、という人が振り向いてくれるようになるんですね。
僕としては、このタイミングまで幹部を決めきらない方がいいと考えてます。初期に採用した社員を重視したい気持ちもわかりますが、彼らが100人以上のマネジメントにふさわしいとは限りませんし、より適性のある経験者を採用できる可能性が高まります。アーリーフェーズで早々に幹部を固めると、グロースしたあとにチェンジしたくならないか、冷静に立ち止まって考えた方がいいでしょう。
もちろん、これは創業者のアートの領域です。だから正解はない。でも、自分はここまで待って正解だったと思っています。
前田:当時、採用市場ではヤプリがホットだった記憶があります。100人に向けて何か変えたことはあるのでしょうか。
庵原:採用担当者に加え、人事制度・労務が入社し、組織として強くなりました。組織が大きくなればさまざまなトラブルも起きますし、コーポレートの重要性を意識して、充分な環境投資をしたのは変更点です。
あとは総務を採用し、僕自身もすごく楽になりました。以前は朝会や締め会をいつも自分で仕切っていたけれど、総務を採用してからは月曜朝にプロジェクターの電源を入れるといった細かい作業をすべて任せられる。「あ、準備は社長がやらなくてもよかったんだ」と感動しました(笑)。
正直、それまではバックオフィスを一気に増やすことはためらっていました。でも、それではトラブルが絶えないし、人も辞めていく。環境や体制を整えたことで離職が減り、同時期にプロダクト開発もQAやサポートの強化に伴い、会社全体の安定感が増してきました。
管理画面のシステム刷新をしたのもこの頃です。このままではメンテナンスができない、SaaSとしてプロダクトを進化させることが難しいと開発チームから提案がきて、2年間新規の開発を止め、開発言語もPHPからGoへ変えて、完全にゼロから作り替えました。
かなり大変でしたが、これを乗り越えることができたのも守りがしっかりしていたからだと思います。<yellow-highlight-half-bold>100人を突破する時に押さえておくべきポイントは、とにかく「守りを軽視するな」<yellow-highlight-half-bold>。これに尽きますね。