SaaS起業家の“圧倒的な成長”を支援するべく、ALL STAR SAAS FUNDでは全5回からなる短期集中型の連続セッション&オフィスアワーを開催しました。その名も「ALL STAR SAAS BOOT CAMP」です!
ARR 0〜1億円のシード企業、あるいは起業準備中のSaaS起業家にとって、ARR10億円を達成するまでに築く基盤こそがT2D3達成のコアになります。数多くのSaaS起業家へ支援を続けているVCとしての経験、そして学びを、また新たな起業家たちへ伝えていきたいと、私たちはそう考えています。
そこで、課題を乗り越えてきたSaaS企業の現役経営陣とSaaSスタートアップの各成長フェーズを支援してきたALL STAR SAAS FUNDのメンバーが、実体験をもとに各テーマについて解説します。初回の『SaaS PMF実現に向けた近道』に続き、第2回は『ARR1〜10億円を2年で達成する方法』がテーマ。
スピーカーには、営業支援ツール「MiiTel」をはじめ、“AI×Voice×Cloudのソフトウェア・データベース”を提供するRevCommより、代表取締役の會田武史さんを迎えました。ALL STAR SAAS FUNDで数々のSaaS企業へ投資を続けるManaging Partnerの前田ヒロが、「フェーズごとのベストな組織体制」や「ありがちな落とし穴」などを投げかけ、最速でARRを高めるための戦略を探りました。
(※この記事は、約1.5時間からなるセッションをテキスト化・再構成したものです)
正式ローンチから半年で達成したARR1億円
前田:T2D3の難しさでいえば、T1がARR1億〜3億円だとして、T2で9億円、そこから18億円、36億円、72億円と毎年成長していかなければなりません。T1からT2へ移行する期間が、SaaS企業としては最もハードな部分といえます。SmartHRの倉橋さんも「T2を達成できたらD1は達成できる」とお話しされていましたね。
つまり、T2の達成こそがT2D3の肝ということです。まずはここから重点的に會田さんと話していきたいと思います。
會田:やはり絶対額が大きくなればなるほど、キツさは増しますね。昨年、ZoomがARR1ビリオンから4ビリオンに持っていった話がありましたが、4倍というのは僕らからすると未知の世界です。
前田:いやぁ、化け物ですよね。
會田:T2の次にポイントとなるのは、絶対額が増えたとしても、持続的な倍速成長を達成していくことです。持続的な倍速成長のためには、P/Lのダイバーシフィケーション(多角化/多様化)を進めることが重要だと思います。プロダクト、地域、Sales Model : PLG(Product Led Growth)/SLG(Sales-Led Growth)など、さまざまな観点でPLを多様化する必要があります。
前田:実際にARR1億円の時点で、會田さんはARR10億円の達成はどれくらいの解像度で見えていましたか?達成ははっきり信じられる状態だったのか、あるいは未知数なものが多い印象だったのか。
會田:ARR1億円は、プロダクトを正式ローンチしてから半年で達成したんです。4社ほど契約が取れたときには、もう10億円は割に見えてはいました。どれぐらいの規模の顧客を何社得られればいいのか、というポートフォリオと、TAM(Total Addressable Market)の話からしても、ポテンシャルを感じるには十分でしたから。このモメンタムがあれば、ARR10億円、すなわちMRRで言えば8,000万円から9,000万円は達成できるだろうと。
スピードと安定性のトレードオフが悩ましい
前田:ARR1億円から10億円の間で、最も未知数だったのは何でしたか?
會田:プロダクトの安定性と、可用性の担保ですかね。どんなシステムであれ、100%常に安定していることを担保するのはなかなか難しいです。Googleですら障害を起こすことはある。不確実性の対処のために、いくら資金を費やしたりエンジニアのリソースを割り当てたとしても、100%、絶対ということはないのです。
どのフェーズにおいても苦しいところではありますが、特にARR1億円あたりだとエンジニアリソースもそれほど余裕はなく、突貫工事的にスピードを重視して作っているものと、可用性や安定性の担保はトレードオフになります。そして、ここが悩ましい。
スピードを優先させた場合、どのタイミングでどれくらいのリスクが顕在化するのかを、定量的に評価しにくいけれども、おざなりにしてもいけない。不確実性への葛藤は、ARR1億円から10億円になる過程で、数多く経験するのではないでしょうか。
前田:プロダクトの安定性を保ち、サービスの品質を守りながらも、急成長しないといけない。確かにこのトレードオフは悩みどころですね。
會田:あとは不確定事項として、SaaS経営者でもよく話されるのが、汎用性のある機能の追加です。ARR1億円を超えるとエンタープライズ顧客からカスタマイズの要望が届くこともあります。基本的にカスタマイズはしない方針をRevCommでは貫き通していますが、中には汎用性が担保された機能追加として、優先度を上げて取り組むべきものも出てきます。
それはTAMを広げることになり、MRRの成長角も上げることにはなるのですが、やはり可用性や安定性の担保といった施策が劣後していってしまう。特に大きな受注案件が目の前にあってカスタマイズに走ると、それが後々に負の遺産となって後悔しがちです。
基本的にカスタマイズはしないけれど、汎用性を担保できるような機能追加になり得るのか。それをとにかく見極めることが重要な意思決定になります。
カスタマードリブンではなく、イシュードリブンで考える
前田:次々に来る機能追加の依頼に対して、開発の優先順位をどう決めるのか。會田さんはどんなロジックを組んでいますか?
會田:起業とはつまるところ、「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」という3つを解くだけだと思っています。多くの人は、得てして「どのように解決するのか」にお金と時間と労力を費やすものですが、僕は「誰の、どんな課題を」に対して、本質的な答えが出るまで定義することが何より重要と考えています。
顧客からのリクエストに「こんなファンクションがあったらよいのでは」といった、表層的な顕在課題に対して表層的なソリューションを当てがちですが、それらは負の遺産になりやすくなる。また、「誰にとってもよいと思われるもの」は、実は誰にとってもよくないというケースもあり、UIが乱れたプロダクトになってしまう。
そこで、「誰の、どんな課題を」について本質的なレベルまで突き詰めると、課題の深度を深めることができます。深めることで、潜在的かつ本質的な課題を解決するようなソリューションや機能が見出せ、結果的に汎用性も高くなります。
顧客が話している課題は、はたして「顕在化した表層的な課題」なのか、「潜在的かつ本質的に深掘りされている課題」なのか。深度が足りなければ、どこまで深堀りすればマストハブなものになりうるのか。そういった点をどこまで突き詰められるのかが大事ですね。
RevCommのメンバーに常に伝えているのは「カスタマードリブンとイシュードリブンは似て非なるものである。RevCommはイシュードリブンで開発をする」ということです。これはもともと、AppleのCTOだったスティーブ・ウォズニアックの言葉なんです。言い換えると、「顧客は顧客の課題を知らない」とも完全に一致します。
顧客にA社、B社、C社がいて、10個の課題が挙げられたとします。A社は課題を3つ、B社は3つ、C社は4つ挙げたとして、どのように解決の優先順位を付けるか。そんなときに「C社の規模が大きく、マーケット認知度も高いから優先すべきだ」と決めてしまいがち。しかし、それでは顕在化した表層的な4つの課題だけしか解決できず、その後にA社やB社の課題に取り組もうとして、結果的にカオスな状態になっていってしまう……。
そうではなく、「10個の課題は、たった一つの本質的な課題によって生じているのではないか」と考えて突き詰めていくと、実は10個の課題を一気に解決できる方法が見つかることもある。それを担保するのがイシュードリブンです。
RevCommではCSチームとテックチームが活発に会話しています。テックチームが「なぜ、それが必要なのか?」と、常に「なぜ」を問いかけるからです。
前田:カスタマーの言うことを鵜呑みにせず、イシュードリブンを保つためにも、Whyを問い続ける重要性があり、必要な会話ということですね。
ITリテラシーが高くない人をセールスとして雇う、という実験
前田:會田さんから事前にいろいろとキーワードをいただいています。ARR1億円からのテーマとしては、社長の役割、経営課題、組織の状態、セールスプロダクト、そして落とし穴という要素に分解できるそうですね。まずは「社長の役割」から伺いたいです。
會田:基本的には、開発以外のすべてですね(笑)。セールスは、ARR1億円のときには基本的にメンバーへ任せて、自分がセールスしないことは気をつけていました。そうしないと再現性が担保できず、仕組み化されないからです。
そこで僕がチャレンジした実験が、「ITリテラシーがそれほど高くない、だけれどエンタープライズ対応のコミュニケーションが取れる、とある金融機関のプライベートバンキングのセールス経験者」を、セールスの第1号社員として迎え入れたことです。
ITリテラシーが高くないというのがポイントです。そうであっても、ドキュメンテーションなど社内の仕組みからキャッチアップして売れるようなプロダクトであれば、とても強いはずだからです。チャレンジングではありましたが、その人でも1週間でクローズまでもっていけていたので、今後も仕組み化していけると自信になりました。
前田:実際、そのときのチーム構成としては、セールスは3人採用したそうですね。3人ともITリテラシーは低めだったのでしょうか?
會田:3人ともソフトウェアは売ったことがなく、正直なところ、ITリテラシーも低かったです(笑)。それでも売れるという状態にするために、オペレーションシートを作り込みましたね。先ほど話した「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」をドキュメントにして、ネクストアクションをどうするか、といったプロセスを仕組み化したんです。
スーパー営業みたいな人が一気に売るにしても限界は絶対的にあり、おそらくARR10億円から20億円だと思うんです。だけど、仕組み化さえすれば、SaaSはそもそもが仕組みなので、外部要因がない限りは継続的な成長は得られるはず。
「まず仕組み化ありき」が重要で、その機能をチェックするためには、ITリテラシーが低い人でも実現できるのかを確かめる。リスクはありますけれど、僕はその方法を選びました。
前田:セールス周りの仕組み化は、會田さんが持っていたボールでしたか?それともセールスと二人三脚で進めていたものですか?
會田:1人目セールスが入ったときには、すべてドキュメンテーションできていました。なので、僕がまず仕組みを作ったけれど、それらをアジャストするのが皆さんの役割です、といった分け方でしたね。
前田:そういう意味では、最初に入社した3人のセールスは、スキルレベルや経験など、何を基準で採用したのでしょうか?
會田:ハードスキルとソフトスキル、両方あるとは思うのですが、基本的に重視するのはソフトスキルですね。相手が言っていることをしっかり理解できる。そのうえで、ロジカルに整理して、ものごとを発信できる。そして知的好奇心です。ITにアレルギーがなく、学習意欲が強く、ラーニングカーブが高いことです。
パワポで作ったプロトタイプは、取り組む価値があった
前田:「社長の役割」について、特にARR1億円の時点で、自分がボールを持って進めてよかったことといえば何でしたか?
會田:ARR1億円の時点よりも、まだ売上が立っていない段階で、「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」をしっかり定義し、言語化したこと。そして、プロダクトを作るときに、まずはペーパープロトタイプを作ったことですね。カスタマーへのヒアリングをもとに、僕は絵心がまったくないので大変でしたけれど、地道にペーパープロトをつくって、その後にパワポプロトをつくりました。
前田:いやぁ、手作り感ありますね。
會田:本当に(笑)。「何月、何日、何時何分にどの担当者の人が話したのか」「担当者とお客さんがどれくらいの会話量で、どういったキーワードを使ったのか」「発話時間と聞いてる時間の比率」「相手の話にかぶせて発言した回数」「早口率」「沈黙の回数」「発言されたキーワードの抜粋」「会話にしおりをつけられる」といった機能面に加えて、ダッシュボードのイメージも作っていますね。
そのうえで、現在のプロダクトにしても、基本形はこのプロトタイプからそれほど変わってはいません。つまり、これを作りきったことがその後の事業にとっても重要だったということでしょう。「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」についての解像度もとても上がりました。非常にめんどうではあるのですが、やる価値はありますね。
インバウンドマーケティングの強化策は「バイアスを外す」のが大事
會田:あとは具体的な施策で、インバウンドマーケティングの強化としてオウンドメディアを制作したことはよかったですね。プロダクトの正式ローンチ前にオウンドメディアを先に作っていたんです。ベンチマークにしたのは、やはりHubspotです。
Hubspotはインバウンドでリードを取って、営業人員なしで、後発のMAツールでありながら急成長したんです。全米や全世界のマーケターが訪れるオウンドメディアを制作し、それを起点に資料請求があり、PLGで売れてきたと創業者が語っていました。まさにアセットの一つですよね。
ただ、世に出ているオウンドメディアの多くは、自社プロダクトのプロモーションみたいになっていて、メディアの意味をなしていないように思います。HubSpotのオウンドメディアには本当にマーケターに役立つコンテンツがたくさんあります。正しいタイミングで、正しい人に対して、正しいコンテンツを届けるのが、メディアの在り方であり本質です。
僕は2017年が「インサイドセールス元年」だと思っています。その頃に、ビズリーチさんやトレジャーデータさんといった、インサイドセールスで成長していた会社の組織開発や最適化プロセスを僕が直接聞いていき、文字起こしも自分でして、20本くらいの連載コンテンツにして載せるオウンドメディアをはじめていました。
クローズドアルファからクローズドベータにいく半年間くらいは、実はCEOとしてはあまりやることがないので、採用やポテンシャル顧客のプールと、オウンドメディアの制作を担っていました。このときのコンテンツ制作は、自らインサイドセールス部隊を立ち上げるときのための勉強にもなりましたし、インサイドセールスはターゲット顧客でしたから、顧客開拓にもなりました。早いタイミングで創業者がオウンドメディアにコミットするのは、骨の折れることではありますが、重要だったと感じますし、やってよかったですね。
前田:オウンドメディアは、いろんな複利的な効果があったんですね。今も続いているのですか?
會田:はい、「SalesHacker」というオウンドメディアです。今でも人気があるのは「ビズリーチにおけるインサイドセールス組織の立ち上げと最適化」に関する記事。全12回くらい連載したもので、僕がすべて作りました。
前田:泥臭いですね。
會田:いや、まったくです。ヒロさんが「複利」とおっしゃったことを、僕はよくレバレッジと言いますけれど、この泥臭い労働集約的な努力や時間が、将来的なレバレッジに効くのか、複利で返ってくるのかは、強く意識しています。
創業初期からARR1億円くらいまでは、基本的に創業者の時間が最も重要です。だから、自分の時間を何に使って、どのような期間を経てレバレッジを効かせるのかを、考え抜くことが大切だと思います。ただ、ウルトラCの施策はなくて、基本的には泥臭いものです。
他に、ARR1億円までのマーケティング施策といえば、ピッチイベントへの登壇も効果的でした。というのも、その内容を各種メディアが取り上げてくれて、マーケティングにつながったんです。BtoBサービスやテックサービスなら、ピッチイベントは無料でエクスポージャーしてくれる機会の創出だと思って、出場してみるのもいいでしょう。
もう一つ、番外編的なTipsですが、「ラジオはマスマーケティングだった」という気づきがあって面白かったんです。とあるラジオ番組に出演した後、実は結構な問い合わせにつながりました。不思議に思って理由を調べてみたら、国土交通省が出している報告書にたどり着いたのです。「通勤・通学における電車の利用率」において、日本全体では実は10%強といったところで、確か富山県だったと思いますが自動車通勤率が90%を超えているというデータに行き当たりました。
僕は東京生まれ東京育ちですが、いかに自分がマイノリティな人間なのか、そして東京という極めて狭い世界で生きてきたのかを知りました。東京の人口は1,400万人ほどですから、日本全体の1億2,600万人からすれば、わずか10%程度です。この10%は電車通勤率は割合に高くても、地方ではまったくそうではない。「マスとは何なのか」「ターゲットにしているマーケットはどこなのか」を自分のバイアス抜きに考えることの重要性に気付かされましたね。
バリュエーションは、ある種の幻想
前田:さて、ARR1億円の要素で、「未来の負債」と「トップラインが落とし穴」というキーワードを挙げてくれていて、すごく気になります。まずは「未来の負債」からお話しいただけるとうれしいです。
會田:足元の成長を最速にするためには、可用性や安定性の担保が劣後しがちであり、それがトラフィック増加でシステムが止まるような事態につながる恐れは、先ほどお話ししたとおりです。つまり、それが「未来の負債」なんですね。開発には「攻めの開発」と「守りの開発」があるわけですが、「守り」の優先度をどこに置くのか、どのタイミングでやるのか、いつ専任担当を置くのか。それらを見極めるのが重要だと思っています。
前田:「トップラインが落とし穴」は、どういった背景ですか?
會田:マーケットがクラッシュしている中で、PSRマルチプルが下がっているんですよね。ただ、投資家はやはりPERで見ているものです。先日も海外機関投資家と話しましたが、利益の蓋然性を求められている。
去年まで、とにかく僕は「もっと成長できるはずなのに、なぜエフィシェントな経営をしているのか」とずっと言われてきました。投資1に対して、売上1を伸ばしたらエフィシェントだといわれますが、RevCommの場合はそれが3から6といった異常な伸びを見せていました。だからもっと投資して、T2D3を達成しているか否かは関係なく、もっとアクセルを踏んで、とにかくトップラインを伸ばしていけと言われ続けていたんですね。
ただ、僕は出自が商社ですから、キャッシュフロー・BS経営が基本なんです。投資してもっと踏んでいくという誘惑はところどころでありましたが、基本的にはエフィシェントにやっていきたい。実はある超有名な海外機関投資家からのプレッシャーを受けていたのですが、プレッシャーに負けて、従わなくてよかったと今になって思うんです。
僕も含めて気をつけるべきは、起業家は世のため人のために事業を営んでいるのであり、誰かの役に立てば、この貨幣経済のもとにおいては、対価として貨幣をいただけるようになっている。そして、解決しているペインの深さによって、いただく貨幣の量も変わってくると思っています。
「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」を突き詰め、高いバリューのあるものを提供できる状態が担保できたら、それを効率的にデリバリーする。それをとにかくやり続けることが重要なんですよね。
だからバリュエーションって、ある種の幻想だと思っています(笑)。何かこう、砂漠に見える桃源郷のような……。
前田:なるほど、言いたいことは伝わります(笑)。
會田:バリュエーションは自分たちで決められず、マーケットが決めるもので、しかもある日突然、変わる。バリュエーションを気にしすぎず、マーケットのプラクティスを鵜呑みにしすぎないことが大切です。もちろん、重要なKPIは何か、投資家が何を見て評価しているのかといったことは、絶対的にフォローしてウォッチすべき。でも、それを鵜呑みにしてしまうと、マーケットが変わったときに、自分たちが置いていかれてしまうような状況を生み出しかねないのです。本質をとにかく見失わないことですね。
資金調達はDebtファイナンスも同時並行で
前田:いろんな誘惑があった中で屈しなかったのは、會田さんのすごさだと思いますね。では、ここからはARR3億円の達成についてディスカッションしていきましょう。何か落とし穴ありましたか?
會田:落とし穴はDebtですかね。どうしてもファイナンス寄りの話になってしまうのですが、日本は製造業をベースとしたDebtの捉え方が残っています。効率的に回して急成長していると、エクイティファイナンスはもう少し先だけれど、B/S上では債務超過になり得ることが起きる。債務超過になると、銀行としても融資できませんといった話になってきて、コミュニケーションコストが非常に高くなります。
いわゆるWeighted Average Cost of Capital(加重平均資本コスト)について考えなくてはなりません。エクイティファイナンスは無料であると捉える方が大半だと思いますが、それはまったく当てはまらないのです。
たとえば、前田ヒロさんにしても、機関投資家はLPからお金を預かって投資していますから、預けてくれる方に対してリターンを担保しなくてはなりません。このリターンというのが、エクイティファイナンスの調達コストなんです。だから、われわれにとってもエクイティファイナンスはもらえるお金ではなく、基本的には預かっているお金なわけです。
IRRなどの考え方がありますが、年間でどれぐらいの利率で返せるかがポイントになってきます。少なくとも今のマーケット環境下で、エクイティファイナンスをするためには、IRR15%くらいは担保しなければならない。すなわち、年利15%です。
一方でDebtは、マーケットのプライムレートで言うと、年利0.3%が普通なわけですね。あるいは、高くても1%程度。どれほど高いとされる劣後ローンでも7%です。計算は火を見るよりも明らかですが、Debtファイナンスをしたほうが有利ですよね。資本調達コストが低くなるので、Debtにレバレッジをかけるべきだと僕は思います。
ただ、そこでエクイティファイナンスだけしか見ないのは、ありがちなのですけど、エクイティをしたときに、どうやってDebtファイナンスをしてレバレッジをかける状態にしていけるのかも、かなり重要なポイント。
これを後ろ倒しにすると、T2D3を超えるような成長ができて、いざDebtファイナンスをしようとなったときに、B/Sの絵姿が債務超過になりがちになる。早め早めにシニアローンのDebtファイナンスの話をしておかなければならないのです。
前田:とてもプラクティカルで重要な観点です。ほとんどの経営者はエクイティ調達をして疲れてしまうものです。ただ、せっかくエクイティ調達をして会社に評価がついているタイミングだからこそ、それをレバレッジにして、Debtなどの本当にコストが低い調達についても手掛けるのが大切ですね。
エントリーマネジメントと、エグジットマネジメントは同じくらい重要
前田:組織についても聞かせてください。RevCommではARR3億円でメンバーが15人から26人に増え、CSやエンジニアが増えていった。そこで「組織のリビルド」がキーワードになったとのことですが、その理由や背景を伺えますか。
會田:やっぱりARR3億円を超えてくると、仕組み化が重要です。わずか10人程度が増えた段階であっても、面接の精度がどうしても以前より粗くなってしまうんですよね。
このタイミングになると、CEOは外に出て話をする機会もあれば、採用もセールスもしなくてはならない。採用面接に割く時間がなかったり、採用も自分だけで決断して進めてしまったりと、何かと行き届かないんです。
そこで、採用基準設定のための構造化面接を、僕はおすすめしています。どういう人が必要なのかについて、マインドセット、スキルセット、現状、ポテンシャルという4つに分けて、聞いていく項目を決め、一定の基準で点数化する。そして、基準に満たない場合は見送ります。そういった基準を設けるのも、ARR1億円から3億円の期間には重要だと思いますね。
前田:やっぱり採用の精度が100%の会社は存在しないじゃないですか。とはいえ、ミスマッチは起こしたくもない。経営者として意識すべき点はありますか?
會田:とある投資家さんに言われたのが、エントリーマネジメントも重要だけれど、エグジットマネジメントも同じくらい重要である、と。確かにその通りで、友好的なお別れも念頭に置かなくてはなりません。曲がりなりにも自分たちと一緒に働こうと思ってくれた仲間ですから、いろんな要因があって別れることになったとしても、必ずしもすべてが個人の責任ではありません。
さらにその人の次に合いそうな場所を一緒に考えてあげるのもよいでしょう。オンボーディングの重要性はよく語られますが、オフボーディングマネジメントをしっかりすることも、リビルドにおいては欠かせません。これもある意味では複利であり、レピュテーションリスクにもなってきます。
権限移譲は「任せるけど放任はしていない状態」が欠かせない
前田:ARR1億円の段階では基本的にすべて會田さんが関わっていた状態だったかと思いますが、ARR3億円の時点ではメンバーに任せる部分も増えましたか?
會田:オペレーションは基本的に任せていました。ダイレクトリクルーティング含めて採用回りは今でもやっていますが。
とはいえ、基本的には全部任せるための動きをしていきます。超長期のビジョンであるとか、事業を通して作りたい社会像であるとか、その事業のためのあるべき組織図であるとか、そういった「現状と理想の差」を埋める優先順位をつけていく。ミッシングピースが埋まってくれば、基本的にはすべて任せていくスタイルです。
ARR3億円のときは、CSやセールスといった主要なところの仲間が集まっていたので、基本的にはすべて任せていました。これがどういう思考から来るかというと、僕は必ず「視座を変える」と言うのですが、主語を相手にして考えるんですよ。
「僕がもしRevCommに入るなら」と考えれば、創業者から信頼されて入社したわけですから、基本的には任せてほしい。それなのに口うるさく言われたら、モチベーションは絶対に下がるはずです。だから、僕は基本的に任せていくことにしています。
ただ、丸投げして放っておくこととは違います。状況は適宜見ていくし、Slackですべて情報は共有されていますから、状態は常に把握しておく。そして、クリティカルなことが起きたときに修正する。それをやり続けるのが重要です。マネジメントに求められるのは、そばで見守りながら自由に泳いでもらって、その中で成長してもらって、組織も成長し、ひいては社会に対して還元できる状態をつくることです。
僕は創業初期から今でも「報告」という言葉を禁止にしています。報告ではなく「共有」にしました。報告だと上下関係を感じさせますし、あくまでポジションというのは責任の所在であり、情報共有してみんなで一緒にやっていこうぜ、といった雰囲気を作りたかったんです。そういう細かな部分も効いてくるところですよね。
前田:大事なポイントですよ。権限移譲の事例を結構な数で見てきていますが、うまくいくのは「任せるけれど放任はしていない状態」で、ちゃんとその人が成功することに経営者がコミットしていることですから。
ARR3億円から失速させないためのプライシング
前田:ALL STAR SAAS FUNDも30社以上のSaaS企業に投資してきましたが、なぜかARR3億円がSaaS企業にとっての起点になることが多いんです。ARR3億円で減速する会社と、ARR3億円から引き続き加速する会社が出てくる。RevCommはまさに後者です。どのようにしてその加速を導いたのか、ぜひ伺えると嬉しいです。
會田:とにかくARPUを上げ続けるのが鍵です。これの本質は先ほどから申し上げている、「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」についてで、課題のペインポイントが深くなるほど単価はアップできます。「どうやって解決するのか」は順次追加できていますので、いかに単価を上げていくのかをセットで考えるのが重要です。
いかに本質的な課題を設定できるのかによって、マーケットサイズやTAMも決まっていきます。深ければ深いほどWillingness to Payも上がるし、汎用性が高まるので裾野が広がって、TAMも大きくなる。だから、単価アップの勝負は「誰の、どんな課題を」の設定から実ははじまっているんですよね。
そのうえで、どうやって単価をアップしていくか。いくつか観点はあると思っていまして、単価の初期設定にも関わってきますが、まずはコストアップや他社比較になりがちですよね。「コストにマージンを乗せて……」といったように。でも、それだと単価としては安くなっちゃうんです。
RevCommは「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」からすべて考えるので、プロダクトを使う前と使った後で、P/Lの“Profit”と“Loss”がどう変わるのかから、全部計算します。キャピタリズムの中で株式会社をやっている限りは、すべてP/Lの極大化を考えるものです。プロダクトでP/Lがどのように変化し、そこへいくらなら投資ができるのか、といった観点から単価を考えることをスタートさせるのが大切です。
前田:RevCommでは初期のプライシングはどのように決めましたか?
會田:最初はコミュニケーションコストを下げるために、あえて低い価格で設定しました。ID当たり1万円くらいの設定でも構わないと試算できましたが、最初は4,980円です。ROIから考えられるコスト削減だけでも200%出る設定です。
この価格にした理由はいくつかあって、まずは不況にも強いこと。不況になれば企業はコスト削減をはじめますから、マクロ経済がいくら悪化したとしても売れるプロダクトであれば、どの時代でも売れるはずですから、その状態を担保しておくためです。そして、何より顧客獲得コストが下がるからです。
多くの起業家が、セールスやマーケティングに必要な経費をもとにしたダイレクトコストを考えがちなのですが、僕が重視しているのは回転率です。「俺のフレンチ」のビジネスモデルと共通するものですね。つまり、ファーストコンタクトからクロージングまでに、どれくらいの時間を要するかによって、CACは全然変わっていくんです。その時間をとにかく短くすることがCACを短くするポイント。「MiiTel」を導入することでコスト削減だけでもペイする、かつ契約の縛りがなく単月から導入可能で初期費用もなければ、すぐに使ってもらえるんです。
僕が起業したときに著名なVCの皆さんから言われたのは、LTVを上げるためになるべく年契約にしなさいというアドバイスでした。しかし、CACを下げるためにも、顧客フィードバックをもらうためにも、Churn要因を探るためにも年間契約ではなく単月契約をベースとしました。
あとは、コスト削減は一般化しやすいので、企業を問わずに共通しやすいのも魅力です。「電話機が要らなくなる」「電話を発信するのもコストがかかる」といった売り文句は一般化しやすいですよね。でも、「MiiTelで売上が増えます」というのは、各社によってストーリーが違いますし、説得しづらいのです。コスト削減効果だけでも単価を担保できれば、後々に単価アップもしやすいですし、CACも下がりやすくなるのです。
最終的に「経営判断AIをつくる」という思考からの逆算
前田:エンタープライズへの対応も聞かせてください。押さえるべきキモになる部分など、何か知見はあるでしょうか?
會田:プラクティカルなことで言うと、ISMSとPマークを取ること。要は、エンタープライズはセキュリティが重要ですから、会社によってはそれだけでファーストステップを超えられる可能性が高まります。
あとは、WAF(Web Application Firewall)に対応するといった事柄もありますが、狙う業界や企業によっても異なってきますね。基本的にはセキュリティが問題になりやすいので、その担保を早めにしておくのが肝心です。
前田:実にプラクティカルでありがたい助言です。最後に、セグメントを広げるという観点で、対象者やGo to marketのチャネル数など、そのあたりはどう考えていましたか?
會田:僕らは最終的に「経営判断AIをつくる」という思考からすべてスタートしていまして、そこからの逆算でプロダクトを作っています。そもそも「経営判断とは何か」を考えると、会議室で役員たちがあれこれ議論することではありません。6ヶ月かかるプロジェクトがあるなら、その6ヶ月間で事業のポテンシャルやリスクを議論し、PDCAを回して、その集積で経営判断が下されます。
この議論は普段のミーティングでなされますから、それならば、普段のミーティングをすべて録音・録画しなければいけません。でも、信用や信頼も、リソースもない状態で、いきなりそれらを記録させてほしいと願い出ても叶うわけはないのです。そこで、4象限分析やヒアリングを繰り返して、行き着いたのがインサイドセールスでした。だから、僕らはインサイドセールスを最初に攻めているわけです。
2027年頃までには経営判断AIのベータ版をつくると考えると、理論上、5年分くらいの経営判断に関するAIの学習データが必要です。それを貯めるためにはミーティングの記録が必要で、2022年頃までにはミーティングツールが必要だろうと逆算して、先日Zoomさんとの連携も発表させていただきました。
創業当初からホリゾンタル、バーティカル、パラレル、ジオグラフィカルという4つの観点で経営戦略を考えながら、各セグメントを広げているところです。
前田:セグメントを広げるときに、ぶつかりやすい壁と、それを乗り越えるポイントはありますか?
會田:たくさんありますね。売るターゲットやバリューによって伝え方が違うので、同じ組織のままで売り続けることは難しいのです。そこで、組織をいかに分けていくのかが悩ましい。分社化する、事業部で分ける、専任担当を採用する、既存の人材を活用するなど、いろいろ考えられますが、僕もまだ答えが出ていません。
一つわかりやすいのはM&Aだと思います。組織は完全に分かれていて、それをどうやってPMIしていくのかという話ですからね。
ビジョンファースト、結果は後からついてくる
前田:最後にARR3億円から10億円になり、社員数は一気に24人から78人まで増えたという実績を振り返ってみて、この期間に起きた変化を聞かせてください。
會田:まず人員が増えたことに関しては、僕はすべての最終面接に入っていないので、組織が勝手に一気に増えたなぁ、という感覚です。信頼できるメンバーに採用してもらい、それぞれに権限移譲もしていますから、社員のみんなに感謝ですね。
とはいえ、自分が面接していないと個々人のことがよくわからなくなりますし、組織の「手ざわり感」が粗くなってきますから、入社3ヶ月目の1on1は全員に実施していて、今でも続けています。入社前後で感じたギャップをポジティブとネガティブで両面聞いて、ネガティブなものは解決すべく動きます。
よく「100人の壁」とも言われますが、僕の実感としてはまだありません。1on1によって壁ができにくい状態が担保されているとは思うのですが、みんなの声を吸い上げてアジャイルに変更していけているからでしょうね。
RevCommはフルリモート・フルフレックスですが、生産性が高いので定例ミーティングがほぼなかったんです。ただ、とあるエンジニアの方から「受託開発集団のようで、チームで一つのプロダクトをつくっている感じがない」という小さな声をもらったときは、超クリティカルで「やばい」と思いました。すぐにCTOとVPoEに共有すると、そこから僕が全然見えていなかった課題が噴出してきたんです。
生産性を重視してロジカルに考えれば、定例ミーティングなんて別に要らないだろうと思っていたのですが、人とのつながりやチームワークはロジックを超えたエモーションに宿るわけですね。それで組織や会議の在り方を一気にがらっと変えたタイミングがありました。それこそARR10億円くらいのときだったはずです。あのまま突っ走っていたら、一気にどこかのタイミングで瓦解したり、もっと大きな課題が生まれていたりしたでしょうね。
組織がスケールするのはよいことだけれど、クリティカルな課題に対する情報を収集できるようなチャネルを持っておくのは、重要だと思います。
前田:なるほど。人も増えて、課題やみんなの声を吸い上げられる取り組みは必要だと。
會田:まさにそうです。これは前田ヒロの宣伝とプロモーションになっちゃうのですが(笑)。外部コーチを雇って、1on1を録画したものをベースに、「會田さん、これがグッドポイントです。でも、ここはバッドポイントですから改善したほうがいいです」とハンズオンで指摘してくれるので助かっています。
前田:ありがとうございます(笑)。いや、會田さんの場合はフィードバックをすぐ吸収して実用するのがわかりましたし、1ヶ月も経たないうちに會田さんの1on1の質は上がったと思えました。今日は本当にたくさん答えていただいて、感謝してもしきれません。たくさんペイフォワードしていただいてありがたい限りですが、最後に會田さんからもメッセージや伝えたいことがあれば、ぜひ聞かせてください。
會田:とにかくわれわれがやっていることは世のため人のためである。ここを絶対にぶらさないことです。なぜ自分が起業して、誰の役に立っているのか。それによって、よりよい社会を作っていけるのか。それが課されている使命だと思います。
僕もその一員として、みんなでよりよい社会を作っていきましょう。貨幣経済の仕組みであれば、結果的に、前田ヒロさんを儲けさせることもできるはずですから(笑)。
前田:ビジョンファーストで結果は後からついてくる、という意味だと捉えました(笑)。本当に心強いメッセージ、ありがとうございます。