「AIエージェントの構築を誰でも簡単にできるようにすること」
このビジョンを掲げるDecagonは、2023年の創業以来、驚異的なスピードで成長を続けています。
その背景にあるのは、エンタープライズ企業が抱える2つの大きな課題への明確な解答。1つ目は「AIの価値をどう測定し、どう価格設定するか」というプライシングの問題。2つ目は「AIがなぜその判断をしたのかわからない」というブラックボックスの問題です。
Decagonはこれらの課題に対し、独自の技術と戦略で応えています。AIエージェントの価値を「削減できる人件費」という明快な指標で示し、「AOP(Agent Operating Procedures)」という技術でAIの意思決定プロセスを可視化。その結果、NotionやRipplingといったトップ企業が次々と導入を決定しています。
ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナー・前田ヒロを聞き手に迎え、共同創業者兼CEOのJesse Zhangさんが自ら語ったDecagonの成長戦略とは。エンタープライズAI市場で勝ち抜くための具体的な方法論に迫ります。
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競合ひしめくAIエージェント市場で、いかに「ノイズ」を突破するのか
前田ヒロ(以下、前田):今、もっともホットなAIスタートアップDecagonのことを学べるのを楽しみにしています。早速ですが、Hertz、Oura、Chimeなど素晴らしいブランドを顧客に持つDecagonですが、AIエージェント全般の競争は激しくなってもいます。Decagonは、どうやって「ノイズ」を突き抜けて、顧客に選ばれる存在になっているのでしょう。
Jesse Zhang(以下、Jesse):現在は、ほぼすべてのAI分野で激しい競争が続いています。業界全体がホットで、起業家も多く、資金調達も比較的容易になっている。顧客側もさまざまなAIアプリケーションを求めているので、少しでもトラクションがあるアイデアには競合が殺到します。
とはいえ、過去のSaaS分野と現象は変わりません。誰もが同じスタート地点なので、短期的には「より速く開発し、より良く実行し、より速く動く人」が優位に立ちやすい。
ただ、長期的には自分たちの勝負どころを見極める必要があります。どこで独自の強みを発揮し、競争優位を築けるか。<yellow-highlight-half-bold>Decagonでは「AIエージェントの構築を誰でも簡単にできるようにすること」<yellow-highlight-half-bold>に焦点を当てました。
現在のAIエージェント構築には、多くのエンジニアや技術者が必要で、決して簡単とは言えません。Decagonでは、「非エンジニアでも簡単にエージェントを構築・改善できる」ことにこだわってきました。顧客企業の現場担当者が自ら指示を出し、テストを回せるようにする。この点で先行してきたからこそ、大手顧客を多く獲得できています。
Decagonの初回ミーティングで伝える「決め台詞」
前田:最初のミーティングや商談で使う「決め台詞」のようなものはありますか。
Jesse:まずは顧客の課題を理解してから、基本的なコンセプトを伝えますね。
1つ目は、大幅なコスト削減です。AIエージェントがコールセンターやカスタマーサービス業務で必要な人的労働の多くを置き換えます。2つ目は、顧客満足度の向上です。顧客が電話で待たされることもなくなるし、「1番を押してください、2番を押してください」といった機械的な対応を強いられることもない。はるかに柔軟な対応ができるようになり、結果NPSスコアや顧客満足度を高めることができます。
あとは、過去のケーススタディを紹介することも多いですね。米国最大のネオバンクChimeですが、コンタクトセンターのコスト全体を60%以上削減できたんです。さらに顧客満足度スコアは約2倍になりました。非常にわかりやすいビジネスケースです。
初回の面談では全体像を示すことが、私たちと組む理由そのものになるのです。
前田:Ouraのケーススタディを読んでみると、最初は3人に1人の顧客が、サポート用のチャットボットとやり取りしたあとに「人間の担当者と話したい」と言っていたそうですね。それを20人に1人まで改善したと。エンドユーザーの体験や期待をどう変えたのでしょうか?
Jesse:Ouraは人気の高いウェアラブルリングの一つで、急成長企業でもありますが、当初の課題は「事業が急拡大しているなかで、カスタマーサービスの人員を同じペースで増やしたくない」ということでした。
同時に、彼らは「Ask for human rate(有人対応リクエスト率)」を重要指標として追っていました。多くの顧客は、カスタマーサービスに電話してロボット的な対応だと感じると、すぐに人間の担当者につなごうとします。Decagon導入前は、3人に1人がこの状態でした。でも現在では、すべてのユーザーへのロールアウトが完了して、人間を求めるリクエストの発生は20人に1人まで減少した。
では、そもそもなぜ「3人に1人」だったのか。多くの顧客が自動化システムやチャットボットへの信頼を失っていたからです。いかに素早く「これは今までとまったく違う」と感じてもらえれば、顧客は人間を求めなくなる。実装を進めるうえでも、有人対応リクエスト率という指標はずっと追ってきましたし、エンドユーザーの行動を実際に変えられたことを示す結果だといえます。
前田:僕も実際にOura Ringのウェブサイトにアクセスして問い合わせをしてみたんです。とてもスマートだったんですよね。「これは新しい体験ですから、ぜひ試してみてください」という印象を受けましたし、人間へ問い合わせる前に思わず聞いてみたくなる感じでした。実際にDecagonエージェントを使ってもらえるようにするために、戦略的に期待値を設定しているのですか?
Jesse:その通りです。この領域でのAIエージェントの仕事の一部は、エンドカスタマーの信頼を再構築すること。だから、「今までとは違いますからチャンスをください」という伝えているんです。
今まで慣れ親しんできたものは、パスを強制されるだけで、おそらく良い体験とは言えなかったかもしれません。でも、Decagonは違います。ChatGPTのように自由に会話できる。そこが強みなんです。
前田:Chimeのケースはどうだったのでしょうか。
Jesse:Chimeは、まったく異なるシナリオでした。彼らは生成AIの導入でコスト削減よりも顧客体験を重視していました。顧客体験スコアが新規収益に直結すると理解していたんですね。顧客体験スコアが高いほど、リテンションも上がるし、新規登録のコンバージョンも上がる。だから、「顧客体験スコア」が最重要指標だったんです。
私たちはそのスコアを、2倍から2.5倍に引き上げることができました。
私たちがこれらを実現できた理由は、AIエージェントをうまく設計すれば、とても柔軟でプログラムしやすくできるから。これに尽きます。まさにここが、Decagonの最大の差別化ポイントなんです。「AIエージェントの構築を本当に簡単にする」ということですね。
AIエージェントは、作って終わりではなく、進化し続けるものです。常にアップデートが必要で、常に新しいことを学び、フィードバックを受け取っていかなくてはいけない。だから、そのプロセスを簡単にできることで、迅速な立ち上げを可能にしているのです。
6週間で完全にデプロイ。顧客に証明すべきはこの指標だ
前田:Hertzの事例では6週間で完全にデプロイできたという話でしたが、顧客エンゲージメントモデルについてお聞きしたいと思います。最初から有料で試験導入するのか、無料試用期間を設けているのか。また、いきなり全体をカバーするのか、一部の問い合わせからスタートするのか。具体的にどう進めているのでしょうか。
Jesse:顧客によります。私たちは主に各業界のトップクラス企業を相手にしています。ただ、そのなかでも幅があって、小規模な案件から世界最大級の企業までさまざまです。
世界最大級の企業には、相当にハンズオンで対応しなくてはなりません。RampのEricがFDEについて話していましたが、まさに大企業には必要なんです。大手航空会社や銀行になると、カスタマイズの要件が膨大ですから。細かいニュアンスも山ほどある。
Decagonでは顧客自身がプラットフォーム上でいろいろ設定できるようになっていますが、それでも私たちがハンズオンで入って、確実かつ正しく実装されるようサポートするわけです。一方で、もう少し小規模な企業になると、プロセスもよりスピーディでスケーラブルにするほうがいいですね。だから、長期間のPoCは避けて、範囲を絞った試験導入をするか、または試験導入せずに価値検証だけして、そのまま本契約に進むこともあります。
前田:なるほど。試験導入をするとき、顧客に証明したいものは何でしょう?導入につながる具体的な指標とは。
Jesse:AIが会話の何パーセントを解決できるか、いわゆる「解決率」。もう一つは「顧客満足度スコア」です。この2つが主要な指標になります。
ほかにもいくつか指標があります。一つは「精度スコア」で、人間がAIの回答を手動でチェックして評価するものです。もう一つは「AIの改善サイクルの簡便さ」で、定量化するよう勧めています。「長期的にメンテナンスがどれだけ簡単か」を数字で示せる指標として提供したいわけです。Decagonの差別化要因ですからね。
前田:解決率は人間との比較をしていますか。それともまったく別ですか?
Jesse:解決率は「AIだけ」の指標です。これをできるだけ高くし、人間の負担を減らしたいのです。多くの顧客で70%、80%、90%まで到達しています。つまり、大半の会話はAIだけで完結して、人間は難しい案件や高度な判断が必要なものに集中できるようになっているのです。
返金・再発行など重要アクションはどう扱うのか
前田:返金や再発行のような重要度の高いアクションはどう扱っているのでしょうか。顧客は通常、エージェントにすべて任せることに抵抗がないのか、それとも人間の確認を挟む必要があるのか。
Jesse:人間の確認を入れるケースもありますが、実際はAIに任せてまったく問題ないと考えています。
前提として、AIがアクションを取るときは必ず顧客へ確認を取ります。承認なしに勝手に実行することは絶対にありません。そして重要なのは、アクションの実行方法です。AIエージェントがすべてのロジックを理解し、何をすべきか判断する。必要なアクションがあれば、ツールを呼び出す。
AIエージェントにはさまざまなツールを持たせられます。返金処理もその一つですね。ただ、ツールのなかには「ガードレール」を組み込むことができます。「特定の条件を満たさない限り返金しない」とコードで設定しておけば、AIがそれをスキップして実行することはありません。
AIには柔軟な判断をさせながら、実際の返金実行などの重要な処理はコードで厳密に制御する。判断はAIに任せ、実行は安全にコントロールできるのです。だから二重返金や誤った返金が起きることもありません。実際、顧客のなかには返金処理をAIに完全に任せているところもあります。人的リソースを大幅に削減できますからね。
前田:顧客に柔軟性を与えているんですね。「このアクションは人間に任せる」「これはエージェントがツールを使って処理していい」という感じで。
Jesse:ええ、その通りです。
FDEは「過剰に」注目されている?
前田:「FDE(フォワードデプロイドエンジニア)」についても触れていきたいと思います。FDEに対してどんな見解をお持ちですか。また、DecagonにはFDEはいますか。
Jesse:私の見解からお話すると、正直、FDEは少し過剰に注目されているように感じますね。みんながこの言葉を使っていますが、それぞれ意味が微妙に違う形で使われてもいる。
FDEという言葉は、もともと米国のPalantirから生まれたワードであることはみなさんご存じでしょう。彼らは大企業や政府を相手に、最初から2,500万ドル、5,000万ドルの契約を獲得する事業をしています。そういう契約が取れたら、そのアカウント専任のエンジニアを雇う必要が出てくるのは当然です。カスタム開発が膨大にありますからね。
一方、スペクトラムの反対側には、完全にセルフサーブの、PLG主導の成長企業があります。Notionが良い例です。すべての企業はこのスペクトラムのどこかに位置しています。
でも、Palantirのような完全なフォワードデプロイモデルの企業はほとんどありません。私たちDecagonは、このスペクトラムの中間あたりで、Palantir側に少し寄っていると思います。
特定の顧客向けの作業を担当するエンジニアは存在します。ただ、最初から2,500万ドルの契約を獲得しているわけではないので、完全に専任にはできません。1人の顧客だけに専念させることはできないんです。
誰もがバランスを探っている状況です。FDEが注目される理由は、AIエージェントは顧客ごとのカスタマイズが多く発生するからでしょう。初期段階では特に。私たちDecagonでは彼らを「エージェント・エンジニア」と呼んでいますが、彼らが顧客と直接連携してエージェントを構築します。
ただ、長期的にはスケールが望めますからセルフサーブ化を進めたいと考えています。その方がスケールしますからね。ここで重要なのは、自分たちの会社は「Palantir型」と「Notion型」のどちらに近いのかを見極めること。それによって、FDEにどれだけ投資すべきかが見えてくると思います。
FDEのプライシングとエンタープライズへの信頼獲得
前田:FDEのプライシングをどう考えていますか。
Jesse:初期段階では、プライシングをそれほど考える必要はないと思います。プロダクトのコストに含めてしまって構いません。でも、時が経つと、多くの大企業には「サービス用の別予算」があることに気づきます。FDEのコストはそこから引き出すのです。メインのソフトウェアプロダクトにこれだけ支払って、それとは別にFDE向けのサービス予算がある、という形にできるんです。
前田:多くのエンタープライズ顧客は、信頼性と透明性の明確な証明を求めるのではと思いますが、どうやって信頼を獲得し、エビデンスを提供しているのでしょうか。
Jesse:さまざまなアプローチがあると思います。私たちの場合、AIがルールを守っていること、問題を起こさないことを、顧客に証明できるプロセスを作っています。
会話型AIエージェントでは、事前にやるべき作業がたくさんあります。「シミュレーション」と呼んでいますが、会話をシミュレートして、ルールに照らしてチェックします。会話中にも多数のガードレールを設置して、絶対に逸脱しないようにしています。会話後には、ルールが守られているか、ギャップがないかを確認するためにレビューもできます。
つまり、プロダクトのすべての機能を顧客に見せ、エッジケースをすべて考慮していること、何か問題が起きうるあらゆるケースを検討していることを、明確にするプロセスを設計するんです。これで信頼性やセキュリティのハードルをクリアしやすくなります。
非エンジニアがAIエージェントを「育てる」
前田:Decagonが展開する「AOP(Agent Operating Procedures、エージェント・オペレーティング・プロシージャー)」についても聞いていきたいと思います。どんな役割で、誰が関わっているのか、裏側でどう機能しているのか教えてください。
Jesse:私たちがこの領域で挑戦しようとした時点で、カスタマーサービスやコンタクトセンターの自動化そのものは、新しいコンセプトでもなんでもないと気が付いていました。長い間、多くの企業が試みてきたことですからね。

Jesse:では、最大のボトルネックは何なのか。多くのエンタープライズと話してわかったのは、これらのシステムのメンテナンスには多くのコストがかかること、そして難しいということでした。
結局、大規模なデシジョンツリーやコンフィグファイルの塊になるか、SDKで直接コードを書かざるを得ない。エンジニアや技術者がメンテナンスする必要があり、コストも時間もかかります。リソースが空くのも待たなければなりません。
前田:デシジョンツリーは、情報を分析しながら樹形図のように整理していくことで、意思決定をサポートするための手法ですね。
Jesse:ええ、そうです。さらに問題なのは、システムが複雑になりすぎて、必要なビジネスロジックをすべてマッピングするのが極めて難しくなることです。大企業、たとえば航空会社を相手にする場合、このデシジョンツリーは膨大になります。
生成AIの最も強力な一面とは、優れた会話ができることだけではなく、「指示をとてもよく理解できること」なんです。平易な言葉で指示を書けば、AIはそれを理解します。そこで、私たちは新しいフォーマットを発明したんです。それが「AOP(Agent Operating Procedure)」です。
この名称は、人間が使う「SOP(Standard Operating Procedure)」にちなんで名付けました。指示マニュアルのようなもので、人間のエージェントを教育するときはSOPを書きますよね。つまり、AOPは「AIのためのSOP」です。指示マニュアルさえ書けば、AIはそれを理解して処理し、ハイパフォーマンスで実行する方法を見つけ出すことができます。
前田:AOPを作ることによる最大のメリットとは?
Jesse:プロセス全体をより流動的で少ない労力で実行できることです。そして、非エンジニアでも扱えること。従来はエンジニアがコードを書く必要がありましたが、AOPなら現場のカスタマーサービスチームが平易な言葉で指示を書けば、AIが理解して実行します。非エンジニアでも、何が起きているか理解し、変更を加え、反復させることができるので、非常に速く動けるようになるんです。
顧客のチームメンバーに権限を与えることで、仕事をずっと速く進めることができるようになります。結果として、解決率も顧客満足度も格段に速く上げられる。この運用の容易さがもたらす競争優位性は、私たちにとっての大きな差別化ポイントになります。
AIエージェントの新時代では「作って出して終わり」というケースもあります。ユーザーがそのまま使い続けるだけ。でも、私たちの領域はまったく違う。AIエージェントは常に学び続ける必要があるんです。
なぜなら、プロダクトも、プロセスも、会話の処理方法も変わるからです。だからAIも時間とともに学習して、進化し続ける必要がある。静的なものじゃなく、常に成長するシステムであるべきなんです。AOPがそれを可能にしています。現場主導で速く回せることが、AIを継続的に進化させる鍵なんです。
前田:なるほど。ロジックを抽象化して、AIエージェントが問い合わせにどう応答しているかのデバッグも、非エンジニアでも理解しやすい形式で行えるということですね。
Jesse:その通りです。非エンジニアでも、AIが何を実行しているか正確に確認でき、調整して、テストを回せます。A/Bテストだって可能です。さらに時間が経つにつれて、AIはすべての会話を自己処理し、AOPの更新方法を提案してくれるようになります。ユーザーとしてはロジックを管理するだけ。変更を加えることも圧倒的に速くなるわけです。
前田:エンドユーザー、つまり顧客がこのインターフェースを直接操作するのですか。それともAOPエンジニアのような人がサポートすることもあるのでしょうか。
Jesse:AIエージェント・エンジニアがこの仕事を担うケースもありますが、インターフェースとしても提供しています。すべてプロダクトに組み込まれているので、顧客が直接AOPを変更したり、読んだり、理解したりできます。
前田:ということは、AIエージェントスタートアップのポストセールスプロセスは、一般的なSaaS企業と比べて長期化したり、場合によってはコストがかかったりすることも想定できそうですね。
Jesse:鋭い指摘ですね。デフォルトではその通りなんです。だからこそ、Decagonでは、ポストメンテナンスをスケーラブルにするための多大な投資をしています。
AIエージェントのなかには、継続的な更新が不要なものもあります。コーディングAIエージェントの多くはそうですよね。コードベースに解き放てば、ロジックを自分でメンテナンスする必要はありません。
でも、カスタマーサービスの世界は根本的に違う。ここが決定的な違いです。メンテナンスすべきロジックが膨大にあり、常にアップデートし続ける必要もある。だから私たちの領域では、AIエージェントの柔軟性と反復速度こそが勝負の分かれ目なんです。
AIエージェントの世界では何がMoatになるのか
前田:ここで、よく聞かれるであろう質問をしてみたいと思います。ズバリ、AIエージェントの世界では何がMoatになると思いますか。
Jesse:それは自分がいる領域次第でしょう。Decagonの領域で言えば、鍵となるのは間違いなく「継続的な改善」です。AIエージェントが会話を重ねるたびに改善し続ける状態を作れれば、それが自然とMoatになります。
後発の競合が参入しようとしたとき、<yellow-highlight-half-bold>彼らは単にあなたのAIエージェントより優れている必要があるだけじゃない。あなたのAIエージェントに、さらに1年分のトレーニングデータを加えたものより優れている必要がある<yellow-highlight-half-bold>のです。これは非常に難しいことですよね。
それから、「システムへの組み込みの深さ」も影響が大きいでしょう。AIエージェントがシステムに深く統合されて、さまざまなAPIに接続してアクションを実行している場合、これも複製することがはるかに難しくなります。
AIエージェントの世界での粘着性やMoatの種類は、実は従来のSaaSと本質的には同じだと思っています。System of Record、System of Behaviorと呼ばれるものがありますよね。私たちの場合は、「System of Intelligence」と呼べるかもしれません。顧客のビジネスロジックをすべて自分たちのシステムに保存しているわけです。だから、他社が参入しようとしたら、置き換えなければならないものが膨大になるんです。
前田:なるほど。顧客はAIエージェントのトレーニングや改善に多くの時間を投資する必要があって、その投資した時間自体が、プロダクトへのロックインになるわけですね。
Jesse:その通りです。
プライシングは「人件費削減」を基準に。ソフトウェアの約10倍のパイがある
前田:労働コストを軸にしたROI型プライシングについて聞かせてください。顧客に対してどのようにアプローチをしているのですか?
Jesse:私たちの業界で、現状、「お金がどこに流れているか」を考えてみるとわかりやすいと思います。顧客はおそらくSalesforceなど何らかのソフトウェアを使っている。でも、それらソフトウェア支出の約10倍が人件費に当てられています。
BPOなどのアウトソース、巨大なコールセンターなどで使われます。さらには、コールセンター以外にもサポート機能として多くの人的リソースが必要です。たとえば、1万人規模のコールセンターがあれば、おそらく数百人の別チームがいて、会話をモニタリングし、品質に問題がないか確認しているはずです。
私たちの領域の良い点は「解決率」という指標があることです。「Decagonのプロダクトを導入したことで、これだけのコストを削減できている」と言えるわけですから。顧客は大幅にコスト削減でき、私たちへの支払いはその一部ですから、ROIは非常に高いと判断されるわけです。
だから、私たちは人件費を基準にしたプライシングを設定しています。AIエージェント全般の特性ですが、ソフトウェア支出ではなくサービス支出をベンチマークにできるんです。Salesforceのようなソフトウェアを置き換えようとしているわけじゃなく、もっと大きなパイに食い込んでいるわけです。
一方で、プライシングには下限もあります。AIを使っていない従来型のソリューションでも業務の一部はこなせますから。完璧ではないけど、ある程度は機能する。だから上限は人件費、下限は従来型ソリューション、この間で適切な価格を見つけなくてはなりません。
Decagonの場合は「成果物ベースのプライシング」を採用しています。会話あたりの料金ですね。顧客が1件あたり平均5ドル支払っているとしたら、私たちはそれを1ドルにできる。4ドルの節約です。これがROIの計算になります。
前田:顧客と価格交渉になることはありますか。「解決」という言葉を定義しようとすると、複雑な解決もあれば、シンプルなものもありそうです。
Jesse:確かにその通りです。ただ、解決率で見れば自然と平均化されます。すべての会話を扱っているわけですからね。顧客が最初に見たいものは何かというと、複雑なケースを扱えるかどうかなんです。
だから私たちは「AOPの例を作りますから、複雑なワークフローを1つ選んでください。AIがそれをこなせたら驚くようなものを」と伝えます。そして、実際にやって見せます。複雑なワークフローでも、指示を書いてツールを組み合わせるだけで、思った以上に簡単だとわかってもらえます。
その後、Decagon内でシミュレーションテストもできますから、本番投入前に動作を確認できるので、顧客は安心して導入を進められるんです。
シートベースのプライシングは終わる。既存企業には深刻なジレンマ
前田:プライシングについてもう一つ。「シートベースのプライシングは終わる」と言われています。それを信じますか、それとも特定のセグメントだけだと思いますか。
Jesse:広い意味では、その通りだと思います。AIエージェントを展開する目的は、“超スケーラブル”にして、特定の仕事をしている人間の作業を、できるだけ多く置き換えることです。だから、シートベースは意味をなさないんです。「何人がログインしてプロダクトを使っているか」ではなく、「成果物」で測るわけです。
実は、これがスタートアップにとって、今が良いタイミングである大きな理由の一つです。既存企業には深刻なジレンマがあるんです。この新しいプライシングモデルに積極的に舵を切ると、自社のビジネスを大きく食いつぶしてしまう。
Salesforceを例に考えてみましょう。巨大かつ成功している企業で、AIエージェントに大きく舵を切りたい。でも、セールスチームは困っています。なぜなら、現在の売り上げのほぼすべてがシートベースプライシングから来ているからです。顧客にAIエージェントへの切り替えを勧めたら、そのシートベースの収益がすべて消える。つまり、シートベース側で売り上げを失わないようなプライシングをAIエージェント側に設定する必要があるわけです。
私が見てきたAIエージェントのほとんどはシートベースではありません。一方、Cursorはシートベースですよね。月額20ドルくらいでユーザーあたり。従業員の生産性を高めるエージェント的なツールなら、シートベースモデルが理にかなうかもしれません。
前田:なるほど。従業員の拡張なら、シートベースになる。AIエージェントがエンドツーエンドで処理するなら、アウトカムベースや解決ベースにできる、と。
Jesse:それはかなり良いまとめ方だと思います。
「996カルチャー」は過剰に語られていると思う
前田:ここで少し話題を変えてみたいと思います。シリコンバレーで話題になっている「996スタイル」のワークカルチャーについて聞きたいです(※996スタイルとは「朝9時から夜9時まで、週6日働くこと」の意味)。これはAI分野の激しい競争の結果なのでしょうか。なぜシリコンバレーで議論が起きていると思いますか。
Jesse:正直に言うと、多くのスタートアップが「自分たちはハードワークしている」と語ることがクールだと思っているから、この話題が出てくるんだと思ったりしますね。
現実的には、シリコンバレーで996スタイルの企業は実際にそれほど多くありません。もともと中国ではじまっています。中国の労働市場はアンバランスで、雇用主側に極端に有利なんです。だから雇用主は従業員を極限まで働かせられる。常に働き続ける文化になっている。
アメリカのスタートアップの多くは、ハードワークすること自体がモチベーションになっていると思います。Decagonでは「誰が、いつ」オフィスにいなければならないルールはありません。ただ、「ハードワークしたいからDecagonにジョインしたい」という人を見つけたいとは思っています。
Decagonが彼らのキャリアのハイライトになってほしいんです。10年後に振り返ったとき、もちろん彼らがまだ一緒にいてくれることが理想ですが……もし、いなくても「あそこは最高の人たちと働けて、最もモチベーションが高かった場所だった。すばらしい進歩を遂げていたな」と思えるようなね。
結果として、人々は長時間働くことになります。共同創業者のAshwin Sreenivasと私は、実は意図的に同じビルに住んでいるんです。オフィスがすぐ近くなので、日曜日に行くのも簡単なんですよ。結果的に、ほかのメンバーも週末にオフィスに来ることがあります。もちろん義務ではありません。単にやるべき仕事がたくさんあるだけです。
シリコンバレーの多くのAIスタートアップも同じだと思いますよ。みんなモチベーションが高くて、楽しんでいるからハードワークする。996スタイルみたいな用語を割り当てること自体、FDEの話でも触れましたが……こういう用語で語りたがるんですよね(笑)。
ハードワークのカルチャーを強化するには「尖った人材」を活かせ
前田:Decagonで働くって、どんな感じですか。ハードワークしたくない人と、Decagonのミッションに本気で取り組みたい人を、どうフィルタリングしているのでしょうか。ハードワークのメンタリティやカルチャーを強化するために何かしていることはありますか。
Jesse:ハイレベルな取り組みとして、「私たちがどれくらい本気でやっているか」を語るとかね。私たちは「勝利の文化」や「勝者のマインドセット」について、よく話します。勝つことが好きで、本気で努力して、それによって報われて、充実感を得る。そういう人たちを惹きつけようとしているんです。
ただ、最も学んだのは「尖った人材」を見つけることです。飛び抜けて得意なことや、飛び抜けた性格や特性を持っている人ですね。ほとんどの飛び抜けた特性は、純粋にポジティブでも、純粋にネガティブでもないんです。チームを作る立場として理解すべきなのは、ある特性は正しく活用すれば非常にポジティブになるけれど、間違った状況に置けばネガティブになるということ。
たとえば、営業は一般的にかなりアグレッシブですよね。通常は諦めずに進み続けられるという点で良い特性です。ハードワークで、アグレッシブな人を適切な状況に置いて、そのエネルギーをうまく導けば、素晴らしい結果を出します。でも、同じ特性が「無謀だ」とか「一緒に働きにくい」と評価されることもある。常に押し返してきたり、もっとリソースを求めたりするわけですから。
だから、ハイパフォーマンスなチームを作るとき、非常に鋭いアウトライアー特性を持つ人は、正しく活用すれば非常にポジティブになるが、ネガティブになることがある、ということを理解することが必要なんです。
Decagonにとっての脅威は?コールセンター企業、Salesforce、OpenAI……
前田:従来のコールセンター企業は、Decagonにとって脅威になると思いますか。オペレーションの深い知識を持つコールセンター企業が、AIを自分たちのワークフローに組み込もうとしているように見えますが、どう見ていますか。
Jesse:もちろん脅威です。AIエージェントを作っているなら、巨大プラットフォームの動きは常に見ておく必要がある。彼らが後からAIを追加したら、私たちのビジネスを侵食するかもしれません。
ただ、今のところ、彼らのなかで現代的なAIエージェントに匹敵するプロダクトを出しているところはありません。理由は、構築するのが実際に難しいからです。先ほど言ったように、メンテナンスしやすく、反復しやすい形で構築するのは簡単なことではないんです。
彼らがそのレベルのプロダクトを出してきたら真剣に対策を考えることになります。でも一般的に、大企業は動きが遅いですし、彼らの専門分野でもない。だから、かなり遅れていると思いますけどね。
前田:SalesforceやOpenAIが競合することを恐れたり、考えたりすることはありますか?
Jesse:もちろん懸念はあります。大企業は侮れません。彼らは私たちよりはるかに強い販売力を持っていますからね。
結局は、私たちのような立場のスタートアップは、プロダクトで勝つしかないんです。彼らと同等のプロダクトを作れないなら、勝つ資格もない。だから、プロダクトを常にかなり先に進めておくこと。これしかないと思いますね。
顧客が評価するとき、「すでにSalesforceを使っているから、Salesforceの製品も見てみよう」となったとします。そのとき、両者が拮抗していてはダメなんです。圧倒的な差がないと。
前田:競合の理解や方向性、プロダクト開発のリサーチなどに、どれくらい時間を使っていますか?
Jesse:時間は割きますよ。チームには競合分析の専任メンバーがいて、他社の動向を把握しています。ただ、競合の動きに合わせてロードマップは組みません。それだと他社を追いかけるだけになってしまう。ロードマップの中心は顧客の声であるべきです。顧客を理解することに膨大な時間を使って、話を聞く。それによってロードマップを決めるべきです。
とはいえ、競合の情報も把握しておく必要はあります。戦略的判断を下すときのインプットになりますからね。
「十分に速い」状態のために、内省して自分の強みを理解する
前田:Jesseさんにとって、「十分に速い」状態とはどういった状態を指しますか。CursorやReplitのような企業は尋常でないスピードで成長しています。「自分より速く成長している」と感じることもあるはず。Decagonにとって適切な成長速度をどう考えていますか?
Jesse:そういうことはあまり考えませんね。とにかくできる限り速く成長するだけです。
重要なのは「内省」だと思います。これは昔の自分や、最初の会社を作っていたころの自分に伝えたいことですが……自分が何が得意で、どんな会社が適していて、どんな戦略を取るべきかを理解するために、もう少し内省すべきだったと。
誰もが同じことが得意なわけじゃありません。性格も、置かれた状況も、知っている人も違う。ほかの人の動きや成果を過度に気にしてはいけないんです。彼らはあなたではない。違う強みや才能を持っているわけですから。
データポイントとして参考にはできますが、基本的には自分自身と自分の会社に集中して、できる限り速く成長するだけです。ただ、ベンチマークという意味では、似たような企業と比較すべきです。たとえばCursorやClaude Codeは、よりPLG型のプロダクトなので、極めて速く成長します。
私たちはトップダウンのエンタープライズSaaSです。CursorやClaude CodeのようなPLG型プロダクトと比べると、構造的に成長スピードは遅くなります。エンタープライズSaaSであのスピードで成長できたら、それは異常です。
過去の自分へのアドバイス「ほとんどのノイズを無視すべし」
前田:今は“ファウンダーモード”ですか?最も時間を費やしていることは何ですか。
Jesse:まだ若い会社なので、ファウンダーモードとそうでないモードの違いがよくわからないようなフェーズです(笑)。Ashwinと私も、まだまだ現場に深く入り込んでいます。
最近の時間配分は営業と採用がかなり多いです。それから、より大きな戦略的判断をどう下すか。たとえば、もっと露出を増やすとか、私たちの差別化をどう伝えるか、とかね。
前田:最後の質問です。過去の自分に一つアドバイスをするとしたら……1年前の自分かもしれないし、Decagonをはじめたばかりのときかもしれませんが、何を伝えますか?
Jesse:先ほど触れたことに近いですが、「ほとんどのノイズを無視する」ですね。世の中にはアドバイスが溢れていますから。だから私からみなさんへ伝えられるアドバイスは、ほとんどのアドバイスを聞かないこと、です。本当に気が散るんですよ。
最初の会社を創業したとき、成功した起業家の話やニュース記事、ブログ投稿をたくさん読んでいました。「なるほど、これは理に適っている。自分に当てはめてみよう」と。でも結局、多くの時間を無駄にするんです。しかも簡単に軌道から外れてしまう。繰り返しますが、すべてのビジネスは違います。ステージも違うし、起業家も違う。強みも人脈も違う。
人々がアドバイスをするとき、長い旅路を一口サイズに凝縮しています。それを真に受けすぎると、本当に時間を無駄にすることになる。
Decagonでうまくやれたことの一つは、<yellow-highlight-half-bold>しっかりと集中して、あまりアドバイスを聞かず、プロセス全体を通じて「原理原則」に基づいて考え抜いたこと<yellow-highlight-half-bold>だと思います。
この領域に挑戦しようとしたころ、「この領域はおそらく混雑しすぎている。あまりにも明白だから既存企業も全部やるだろう」と多くの人が言いました。尊敬している人たちも含めてね。でも、私たちが突き進むことを決めた理由は、大量の顧客と話していたからです。ただ、それだけです。すると多くの顧客が、熱心に「一緒にやっていきたい」と言ってくれた。喜んで支払おうとする意思さえあった。最初の数件は、数千万円規模の契約でした。売上ゼロの時点で、これは非常に魅力的でしょう。
どこの誰かも知らない私たちと働くために、顧客が本当に喜んでお金を支払う。つまり、それは「ここに何かがある」ということを意味します。私たちに挑戦し続ける確信を持たせてくれました。幸い、私たちは諦めませんでした。
今振り返れば、なぜあのときこの分野に機会があったのかを理解するのは簡単なのですが、周りのアドバイスを聞きすぎていたら、Decagonをはじめていなかったかもしれません。
前田:素晴らしいです。すべてのVCがDecagonのドアをノックし、次のラウンドに投資したがっていることがわかっているような忙しない状況で、今日は日本で共に時間を過ごしてくれたことに感謝します。
Jesse:ありがとうございます。もちろん、誰もが東京を訪れるのが好きですし、妻が大学時代に留学していたので、たくさん話を聞いていたんです。ここに来られて本当にワクワクしました!
(本記事は2025年10月27日に開催した「ALL STAR SAAS CONFERENCE 2025」のセッションから、オフレコ情報等を除いて抜粋・再構成したものです。記事中の在籍企業・肩書きはイベント当時のものです)



