スタートアップ企業が急成長する中で、自社に必要な人材を、いかに迅速かつ妥協なく採用し続けられるかは、まさに事業の生命線と言えるでしょう。
しかし、重要な人材の採用においては、候補者を「惹きつけ」「見極める」ポイントが明確でないがゆえに、経営者や採用担当者が苦戦するケースが少なくありません。経験と直感を頼りに進めてしまい、採用の意思決定に自信が持てないという意見もよく耳にします。
そこで今回は、スタートアップ企業にとっての最重要テーマの一つである「採用」に焦点を当て、グロービス・キャピタル・パートナーズの小野壮彦さんをゲストにお迎えしました。
小野さんは自ら起業し、会社経営を経験した後、ヘッドハンターとしてキャリアを積み、経営人材の採用や評価に携わってきました。その過程で、実に5,000人以上もの人材の「見極め」に携わったという経験を持ちます。現在は、ベンチャーキャピタルでHead of GCP Xとしてスタートアップ企業の成長支援に取り組む小野さん。投資先の組織作りにも深くコミットし、ステージごとの共通の課題や壁を乗り越えるためのアドバイスを行なっています。
また、人材採用・登用の技術を惜しみなく公開した著書『経営×人材の超プロが教える 人を選ぶ技術』を上梓し、誰もが「人を見る目」を身につけられることを説いています。
小野さんが培った、スタートアップ企業の採用活動に役立つ体系的なノウハウと、実践的な方法論について、ALL STAR SAAS FUNDのSenior Talent Partnerである楠田司が尋ねます。
採用面接は「お友達を作る活動」と捉えてはじめよう
楠田:私は投資先の採用サポートをさせていただいているのですが、小野さんの著書『経営×人材の超プロが教える 人を選ぶ技術』は非常に参考になっています。
この本の大切なメッセージは「人を選ぶ技術や見極める力は、昔はセンスや職人芸のように捉えられてきたけれど、それは技術であり習得できる」ということでした。この核心に迫るきっかけは、小野さんのキャリアの中にあったのでしょうか。
小野:やはり自分が悩んだことが大きかったですね。体験を通じて自分が技術を習得していったことを肌身で感じているので。私が元々人を見る力やセンスに優れていたかというと、かなり怪しいと踏んでいます。
一つ言えるのは、人間に興味はあったかもしれません。人事系のリーダーと言えるような傾向はあったと思うのですが、とはいえ最初からできたわけではない。だから、そういうメッセージになったという感じです。
楠田:今日は面接時の「見極め」技術を習得できるように、いろいろ伺わせてください。まずは、採用活動をはじめる前の「ステップゼロ」とも言うべき部分から。経営者が採用活動をはじめる際に心がけるべきマインドについて、アドバイスをください。
小野:採用活動では、フラットな心構えを持つことが大切です。面白いのが、スタートアップの経営者、特にアーリーフェーズの場合には、2つのパターンがあるんです。
一つは、自社の知名度の低さから引け目を感じ、「うちなんかに来てくれるんですかね」と疑問を持ちながら臨むパターン。もう一つは、「うちは話題のスタートアップだ、資金調達もしたし、絶対にイケてる。自社に相応しい世界的なレベルの人間を妥協なく採るぞ」みたいに、やたらとシリコンバレーな雰囲気が充満しているケースです。
楠田:そのいずれも、どうもバランスが悪いように感じますね……。
小野:ええ。できるだけ謙虚になり過ぎず、かといって傲慢とも取れる姿勢になり過ぎず、ニュートラルなスタンスで臨むことが大事です。起業家と自分、自社と自分の間に上下関係や力関係がない状態だと想定して、面接に臨みましょう。
スタートアップ以外でも、中途採用に慣れていない大企業などでは、いきなり「応募した動機は?うちで将来何がしたい?」といったように、応募者をセレクトするようなオーディション的面接が多いものです。新卒採用ならまだしも、これは適切ではありません。「上から目線も、卑下するのも無し」というのが、メンタリティーとして大事だと思います。
楠田:なるほど。私が関わる経営者の中では、どちらかというと自信を失っていて、卑下から入ってしまうタイプが多いように感じます。そういった方々が、フラットなマインドセットを持つには、どういったことを意識すればよいでしょうか。
小野:僕のアドバイスとしては、採用活動を最初から取引のように捉えないことです。営業やサーバー調達の世界では、勝ち負けや値段交渉のような競争が常にありますよね。競争的な状態を想定して臨むと、スタートアップの場合、圧倒的に有利な取引や交渉はあまりないので、どうしてもマインドが疲弊して、下手に出ることに慣れてしまうんです。
僕のおすすめは、採用面接を「お友達を作る活動」だと捉えること。最初の段階から、知り合いが増える嬉しさ、ファンや仲間が増えることへの期待感を持つんです。結果的に入社してくれるかどうかは結果論で、まずは人と人との出会いを大切にする。その出会いから何が広がるかわからないのですから。選挙活動みたいな感じで捉えるといいかもしれません。
レジュメを見るときは「想定せずに、想像する」
楠田:心構えが確認できたところで、ここからは採用活動を「3つのステップ」に分けて、人材を見極めるポイントを伺わせてください。
ステップ1は「人材との面談前の事前準備」、ステップ2が「面接での見極め」、ステップ3が「採用したい人材へのオファー面談での工夫」です。
まずはステップ1「人材との面談前の事前準備」から、書類選考時のポイントを教えてください。特に、レジュメのどういった点をチェックすべきか悩む方が非常に多いようです。
小野:まず、想定している役割を頭に描きながらレジュメを見てしまうと、「その仕事にフィットするかどうか」の観点ばかりに目がいってしまいがちですから止めましょう。
おすすめは、想定しているポジションや理想の姿は一旦脇に置いて、純粋に「その候補者自身の魅力」を絶対値として見ることです。
具体的には、社会人経験3年以上を想定した場合、まず1社目の企業を重視します。その会社の仕事ぶりはファストペースなのか、スローペースなのか。それで候補者の仕事のスピード感を想像するんです。1社目が「政府系の金融機関」ならば、財務には強みがありそうだけれど、働く仕事のペースは比較的スローペースだろう、とは容易に想像がつきます。
一般的にスタートアップでは、ハイスピードな環境で働いた経験のある人がフィットしやすいですからね。こんなふうに、カオスな不確実性とスピード感への耐性を、1社目の経験から推し量るわけです。
次に、2社目の会社については、なぜそこへ移ったのかを想像します。全く異なる領域にチャレンジしているのか、それとも保守的に同業他社に移ったのか。転職の軌跡から、チャレンジ精神や成長意欲がうかがえるかどうかを見るんです。
最後に学歴ですが、学歴で差別することを僕はおすすめしません。ただ、情報としてインプットすることは重要です。学部や学科、研究内容から、その人の興味関心が見えてきます。そこから面白みが見えてくるのかを判断しています。
楠田:なるほど。特に2社目の観点は、目から鱗が落ちました。転職という行為自体にエネルギーを使うわけですから、そのエネルギーの向きや量も見ていると。
小野:そうですね。この段階ではあくまで想像して、「面白そうだ」と思えるかどうかです。実際に会ってみて、その話を聞くことになるわけですから、想像が当たらないこともありますよ。ただ、会うかどうかを判断する指針にはなりますし、面接で聞くべきテーマや興味の矛先を定める意味でも役立ちます。慣れてくると、直感的に面白いかどうかが見えてくるので、そこまで深く考えずに判断できるようになるでしょう。
楠田:一方で、面接は控えたほうが良いと感じるような、注意すべきレジュメのタイプはありますか?
小野:一般化するのは難しいかもしれません。事業会社でスタートアップの場合、私は可能性を最大限見るようにしているんです。レジュメだけで「面白くない」と思う人はあまりいないですね。強いて言えば、センスのないレジュメはあり得ます。例えば、キャリアを積んだ人なのに「賞罰なし」なんて書いてある古典的な履歴書だと、ちょっと考えます。
レジュメからある程度の表現力やセンスが感じられるかどうかは、一つのポイントかもしれませんね。とはいえ、結局は内容次第で、会ってみないとわからないのが大前提です。
面接で「本音」は聞き出せるか?身につけたい質問テクニック
楠田:次に、ステップ2「面接での見極め」についてお聞きします。私たちの投資先などにもヒアリングをして、面接の中でよく質問が上がるポイントをいくつか持ってきました。
まずは、候補者になかなか本音を語ってもらえていない、と感じる瞬間についてです。短時間の面接で本音をさらけ出してもらうための工夫や実践はありますか?
小野:そもそも「本音」とは何なのか、という問題がありますよね。本音には2つの意味合いがあると思います。一つは「うちの会社に興味がありますか」や「自分のことを好きですか」といった、今の感覚や未来の行動に関する本音。もう一つは、過去に起こったことについて、事実をありのままに話してくれているかどうか、という本音です。
前者については、人間関係の問題に近いのです。初対面の30分や1時間の面接で、どこまで本音を話してくれるのか、入社の見込みがあるのか、実際のところはわからないものだと捉えていいのではないでしょうか。本音を探りたいなら、2回目、3回目と会ったり、会食をしたりして、人間関係を築いた上で聞くことが大切です。これはテクニックではなく、双方が心を開いて親近感を持ち、コミュニケーションできる状態を作るのです。
ただ、後者の「事実をありのままに話してくれているかどうか」については、テクニックが使えます。一つ注意したいアラートは、意見を話しはじめたとき。「それはあなたの意見ですか、それともあなたがやったことですか」と仕分けする癖をつけていかなければなりません。うまく曖昧に混ぜて話す人もいるんですよ。
例えば、「あなたのマネジメントはどんなやり方ですか?」と質問すると、「私は人の可能性を信じていて……みんなとできるだけ1on1を実施して……」みたいに意見を述べはじめる人がいます。そうすると、これは「事実をありのまま」なのか、もっと言えば「本当かどうか」がわからなくなる。
実は、この問題が起きるのは、質問の仕方自体が悪いのです。「あなたのマネジメントはどんなやり方ですか?」は、相手に意見を聞いているのか、実際にどうしているのかを聞いているのか、どちらとも取れるんです。
そうではなく、「2021年にはA社にいらっしゃったそうですね。そのときの部下は何名でしたか?……3名ですか、なるほど。その3名にはどんなマネジメントスタイルで臨み、その結果、チームはどう変わりましたか?」と聞くべきです。過去の具体的な状況設定をして、その時の行動を聞き出すんです。言い方は良くないですが、警察官がアリバイを探るような感じに近いかもしれません。
もし、意見なのか事実なのかが曖昧になったら、そこで割り込んで「それは具体的にはどのように実施したのですか、いつ頃のことですか」と聞く。そうすることで、本当にその人が何をしたのかが見えてきます。面接側が、行動の事実をあぶり出すような質問の仕方を身につけるべきでしょう。
楠田:実際の行動を確認しやすい「キラートーク」のようなものはありますか。
小野:そもそもで言うと、相手の答えを引き出すキラートークというよりは、面接者が手を抜いてしまう「ダメダメトーク」に気を払いたいですね。
できるだけ候補者にしゃべらせて、なんとなくヒアリングした内容をまとめて報告すれば終わり、というような面接のやり方です。会社から指示された「カルチャーフィット」「リーダーシップ」「成果志向」などのトピックについて、そのまま候補者に投げて語ってもらうだけ。面接官は何も変換せず、聞くべきことをそのままぶちまけて回収しているだけ。そうするとオピニオンばかりになり、ファクトチェックが甘くなってしまうんです。
本当にすべきことは、最終的に知りたい3つのトピックを個別に聞くのではなく、候補者の仕事のエピソードをとにかく話してもらうこと。そのエピソードの中から、3つのトピックに関わる部分を掘り出していくんです。最初から探し物を明言して回収するのではなく、エピソードを聞いた後で探し物を見つけ出す。こちらの方が、面接官の脳みそのエネルギーを使うので確かに大変ですが、成果の分かれ目だと思います。
楠田:つまり、まずはストーリーをじっくり聞いて、その中に自社が求める行動特性が含まれているかを確認する、ということですね。
小野:そのとおりです。
アーリーステージのスタートアップにおいて「重要な特性」
楠田:ご著書の中で、戦略志向、成果志向、変革志向などの特性が大事だと書かれていました。特にアーリーステージのスタートアップにおいて重要な特性はありますか?
小野:シチュエーションを設定して考えてみましょう。アーリーステージのスタートアップで、社員は10名ほど、将来の役員候補となる部長レベルやマネージャーレベルの人材を採用するとします。想定年齢は30代前半、社会人経験は5〜10年以内といったイメージです。
そういった条件で考えたときに、私が絶対的に重視したいのは、ストレス耐性とプレッシャーをかけて競争に打ち勝つ経験をどれだけしてきたか、それを楽しんできたかどうかです。レイヤーで言うと、ポテンシャルレイヤーにおける胆力とエネルギーを感じるかどうか。そして、コンピテンシーレイヤーにおける成果志向や達成志向。この部分は強く見たいですね。管理職であっても同様かもしれません。
なぜかというと、このフェーズでは、まだまだタフなことがたくさん待ち受けているからです。人やお金といったリソースも不足していて、不慣れなことにも取り組まなければなりません。予見できなかったことが突然起こったり、驚きが生じたり、短期間で大量の仕事をこなさなければならないこともあるでしょう。
そういった多大なストレスを、制御するよりは楽しめるような人材が、この時期には重要になってきます。プレッシャーに強く、それをエネルギーに変えられるか。これらはとても重要な資質だと考えていて、そういった人は成果志向や達成志向も強い傾向にあります。
楠田:そこで聞いてみたいのですが、今お話しいただいた特性を持っている方に、見た目から感じ取れるオーラや特徴のようなものはありますか。
小野:10人ほどのスタートアップで活躍する人は、大きく2つのタイプに分かれると思っています。
一つは、強い胆力と競争心があって、コンペティティブな人。負けん気や反骨心が強い人です。ある程度の自信があって、自己承認欲求が高い場合もあるかもしれません。自分自身と社会に対して自信を持っている人が多いですね。エゴイスティックな人が良いと言っているわけではありませんが、競争的な状態を楽しめる人が向いている気がします。
もう一つは、寡黙だけれども職人タイプで、周りに左右されずに自分のやるべきことをできる人。そういった芯が強くブレない人も、スタートアップの初期段階で活躍するイメージがあります。
楠田:その2つのタイプは、職種によって偏りがあったりしますか。
小野:傾向としては、エンジニア系は後者のタイプが多いですね。でも、エンジニアの中にもコンペティティブな人はいます。あくまで傾向の話です。セールス系ならば数字を追いかけて勝負に勝つことを楽しむタイプが多い傾向にあるかもしれません。
ただし、私のおすすめは、特定のタイプを念頭に探すという短絡的な考えはやめて、ここでも質問を重ねて見出していく進め方です。プレッシャーがかかった時に楽しめるタイプなのか。緊張するような状況でも朗らかに乗り越えてきたのか。大量の仕事をこなしてきた経験があるのか。ストイックに取り組めるのか……エピソードからタイプを見ていくのです。
リファレンスチェックを試金石にするために、すべきこと
楠田:マネージャーやCXOレベルの採用では、リファレンスチェックを必須にしている企業も一定数あるかと思います。まず小野さんは、リファレンスチェックについてどのようにお考えでしょうか。
小野:上手くやれるならあり、下手だとやめた方がいいですね。ただ、リファレンスチェックは上手くやれるならば強い味方になります。
ただ、社会人経験が浅い人に対してリファレンスチェックをするのは難しいんです。感覚的には、30代半ばを超えてくるあたりからやりやすくなります。特に転職経験がある人はやりやすい。1社しか勤めたことがない人に対してはかなり難しいですね。
例えば、35歳で転職経験が1回ある人を想定します。最初の10年間はリクルートで働いていて、その後の3年間は楽天にいたとしましょう。この場合、楽天でのリファレンスチェックは危険です。「バックファイア」と言うのですが、現職の楽天の人に対してリファレンスを取ろうとすると、上司など候補者と近い関係だと、引き止めにあうケースがあるのです。
つまり、現職の人に聞くのはリスクが高い。ですから、この場合なら1社目のリクルートの人に聞くのがいいんです。この人はもう退職しているので、わざわざ候補者の転職を止めることへのインセンティブはありません。現職ではない前の会社の人に聞けるのであれば、リファレンスチェックはアリです。
さらに、リファレンスチェックが得意な会社というのは、絶対に口を割らない、信頼に値する経営層やリーダー層が、業界に顔が利くようなところです。例えば、ある上場企業のスタートアップ社長にリファレンスチェックを依頼する場合を想定します。社長同士が親しい関係だとすると、「絶対言わないでほしいんだけど、この人のことを教えてくれない?」と頼めば、内緒で教えてくれたりするわけです。そういう人間関係が握れていて、聞く先の人も情報を持っている状態だと、続々と情報が集まってくるわけです。
楠田:小野さんがリファレンスチェックで必ず聞くようにしている質問などはありますか。
小野:リファレンスチェックには2つのやり方があります。オープンリファレンスとブラインドリファレンスです。
オープンリファレンスとは、候補者本人に「リファレンスチェックをしたいので、電話しても構わない人を2名教えてください」と依頼する方法です。これは私のおすすめですね。
候補者が転職のタイミングで2人のリファレンス先を紹介して、と言われたときに、会社内のそれなりに偉い人や、最近まで一緒に働いていた人を出してくれたら花丸です。会社内で人間関係をちゃんと築いていて、自分を応援してくれる人を作っているということですから、仕事もそれなりにできるはずなんです。
一方で、いつまでも出さなかったり、ずっと前に辞めた人や低いランクの人を出してきたりする場合は、何かを隠そうとしている可能性があります。異常に保守的で慎重か、聞かれたらまずいことがあるかのどちらかですね。どういうポジションの人をリファレンスとして出してくるかを見るのは、一種の試金石になります。
オープンリファレンスで電話をする際は、予定調和気味の議論になります。頼まれて話をする人は良いことしか言わないでしょうから。そこであえて「この人の課題は何ですか?」と聞くんです。15分のリファレンスコールだとすると、最初の12分は聞くだけ。最後の2〜3分で勝負します。
「そうは言っても課題はあるはずで、あなたが考えるこの人の直すべき点はどこでしょうか」と聞くと、何か言わざるを得ない。そこに真実っぽいものが隠れていたりするんです。ただ、これが採用を止めるほどの大きな問題になることは少なく、採用後のその人への期待値調整や育成方針の参考程度にとどめます。採用するかどうかの判断に大きく効いてくるのは、どんな人をリファレンスとして出してくるかという点ですね。
もう一つのブラインドリファレンスは、候補者本人には内緒で情報を取りに行く方法です。先ほど例に挙げた社長同士の会話なんかがそうですね。この場合は等身大の話になるでしょうから、テクニックは特になく、そのまま聞きたいことを聞けばいい。
最近はテクノロジーでシステム化されたリファレンスチェックのツールもありますし、若手の方に対するソリューションとしてもあると思います。ただ、本当の意味で人を見極めるためのリファレンスチェックというのは、やはり今お話ししたようなことが重要になってくるのではないでしょうか。
オファー面談は「儀式的な後工程」だと捉える
楠田:では、ステップ3「採用したい人材へのオファー面談での工夫」について、質問を2つさせてください。
1つ目は、面接やオファー前に、候補者の他社の選考状況や希望の諸条件などを聞き出すのに遠慮してしまい、なかなか聞けないという方が意外と多いようです。どういうスタンスで臨むのが良いでしょうか。
小野:スタンスとしては、他社の状況を聞くのはあまりおすすめしません。聞くにしても、軽く触れる程度で良いでしょう。深く聞こうとすると、候補者の不安を呼んだり、自社に自信がないと思われたりするかもしれません。
他社の状況に合わせて評価や金額を調整すべきか、という問いには、絶対的な答えはないと考えています。ケースバイケースで、その人がレアケースなのかどうか、会社の経営上重要なのかによって変えてもいいでしょう。会社の状況を冷静に判断して、採るべき人を採りに行くことが大切ですね。
ただ、あまりやらない方がいいのは、条件を後から変えることです。例えば、最初に「600万円とストックオプション」を提示して、交渉されたから「800万円に変更する」ようなことは避けたい。その代わりに、サインオンボーナスを出すなどの対応が考えられます。
なぜかというと、交渉で評価を変えるのはおかしいからです。「あなたはうちの会社ではこのくらいの評価だ」と言っておきながら、結果として800万円になるのは、まるで不動産売買のように「交渉したら高く売れる」みたいな話になってしまいます。ただし、ストックオプションについての質問や、アップサイドに対するネゴシエーションはあってもおかしくないでしょう。
楠田:2点目の質問は、オファー面談において、小野さんが意識していることや大事にしているポイントがあれば教えてください。
小野:オファー面談でアトラクトしようとしたり、入社を促したりするのは、あまり良くない状況だと僕は思っています。
オファー面談がスムーズに進むように、その前のプロセスが非常に大事なんです。最終面談の時点で「あぁ、もう握った」という感覚を持っていることが重要です。オファーは結婚式のようなもので、結婚することはもう決まっているのに、最後に儀式的にやるような後工程だと捉えた方がいいんじゃないでしょうか。クライマックスはオファー面談前の最終面談に持ってくるべきです。
楠田:やはり最初が大事なんですね。
小野:これは心理的な部分が大きいと思います。追いかければ追いかけるほど、人は逃げていくものなんです。「ちょっと待って、他社も考えているの?」とジタバタしはじめたり、「うちの会社のことをもう少し説明させて」ともう一度会おうとしたりするのは、その時点で負けているようなケースが多いですね。
男女関係みたいなものです。追いかけられて「好き!」と繰り返されても気持ちが引いてしまう。それと同じような状況が、心理ゲーム的に会社と候補者の関係性にもあるんです。
人材獲得は経営そのものである
楠田:最後に一言、これから採用に挑戦する経営者や事業責任者の方々にメッセージをいただけますでしょうか。今日の話も踏まえて、ぜひお願いします。
小野:特にスタートアップの方々には「採用イコール人事」だと思わないでほしいんです。
「採用とは何か」というと、商売そのものだと僕は考えています。起業家は経営者であり、経営者とは商売人ですよね。商売人が何をするかというと、安く買って高く売る、物を仕入れて売る、お客様の喜びを提供する、という商売の基本姿勢があります。
仲間を集めるというのは、商売の基本中の基本です。特に優秀な人材を獲得するということは、できるだけ良い品質のものを調達する活動だと例えられます。つまり、それを経営者の仕事だと捉えないわけにはいかない。「俺は人事のことはよくわからない」とか「採用は自分の仕事や得意技じゃない」とかいった感覚を持っているなら、非常に残念だと感じます。
経営者には「人材獲得や採用とは人事の仕事である」という観点を、完全に切り離してほしいんです。「人材獲得は経営そのものである」と、僕は声を大にして伝えたいですね。