成長するスタートアップ企業において、「組織の拡大期」は様々な失敗が起きやすく、特に注意すべきフェーズでもあります。SaaSビジネスを営む以上は、必ずといってよいほどに訪れる、言わば「成長痛」のようなものです。
組織の急拡大に伴う悩みでよく聞かれるのが、幹部候補になりうる人材の採用、そして権限移譲の進め方です。マネジメント層を形作るために、踏まえておくべきことは何か。スタートアップ企業の組織作りに精通し、マネジメントにおけるスペシャリストであるEVeM社代表の長村禎庸さんをお招きし、体系的なノウハウも含めて教わりました。
ALL STAR SAAS FUNDでシニアタレントパートナーを務める楠田司が、自身の人材採用サポートの経験も交え、様々な角度からお聞きしました。
幹部候補に求められる資質とは?
楠田:スタートアップ企業が急成長する中で、幹部人材の採用につまずく会社は非常に多いですね。主な悩みどころは、どんな人材を採用すべきか、選考フローの進め方、権限委譲とオンボーディングなどです。今回はそれらをテーマに、長村さんにお話を伺います。まず、スタートアップにおいて幹部候補にどういった人材を採用すべきでしょう?
長村:人のタイプは4つに分類できると考えています。横軸を「チーム目的」か「自分目的」、縦軸を「自己評価」か「他者評価」とした4象限です。まず、幹部候補に求められるのは、チーム目的と自己評価を兼ね備えた、私が「パートナータイプ」と呼ぶ人材です。
チームの達成を自分のことのように喜べる志向性と、他者からの評価がなくても自ら成長できる力が必要不可欠。たとえば、プロジェクトが成功した時に、自分の手柄のように喜び、チームのために尽力できる人材ですね。また、上司から細かく指示がなくても、自ら考えて行動し、自己研鑽を怠らない姿勢も重要です。
単に「マネジメントがしたい」というだけでは不十分で、「この会社やチームのために、自分の力を発揮したい」という強い意志を感じられることが望ましいわけです。その点で、経営者が見誤りやすいのが、「自分目的×自己評価」の人材です。「マネジメントやCxOをやりたい」と言われると、経営者としては色めいてしまいがちです。自己評価が高く、マネジメントへの意欲もあるため、経営者が「パートナータイプ」だと勘違いしてしまうのです。
しかし、なぜ「マネジメントやCxOをやりたい」と考えるのか、その理由が重要なんです。マネジメントの業務自体に興味があるのか、自身のキャリアアップのためなのか。そこに「チーム目的」が欠けていると、自分目的のためにマネジメントをしようとします。
好みの人材だけを採用したり、特定のメンバーを贔屓したり、上司や会社とのアライメントを怠って自分の「城」を作ろうとする行動に走りがちです。まるで、封建時代の大名が自分の領地に城を築き、主君の命令よりも自分の采配を優先するかのようですね。自分がやりたいマネジメントが目的化し、チームへの貢献が目的でなくなるのは危険な兆候といえるでしょう。会社の方向性と離れ、組織に混乱をもたらしかねません。
「チーム目的」の幹部候補を見極めるポイント
楠田:チーム目的と自己評価を兼ね備えた人材を見極めるのは難しそうですね。具体的にどのような行動特性がある方がフィットしていて、逆に危険信号だったりするのでしょうか。
長村:まず、チーム目的と自分目的の見極めがとても大切です。シンプルではありますが、「その人がチームや会社のためにどんなことをしてきたか」という事実を、面接などで収集すべきでしょう。
「チームがこういう状態だったから、自分がこうやって動いた」とか、「会社がこういう状況だったので、自分はこのように働きかけた」といった経験談に注目します。特に、会社やチームに「お願いされた仕事」ではなく、自らチームや会社の課題を見出して自発的に行動したエピソードを持っていることがポイントです。
そうした行動が見られないと、チーム目的を口では言いつつも、本当にそう動いてきたのか疑わしくなりますよね。自分の昇給や昇格ではなく、ちゃんと「コト」に向き合えるかどうか、行動が伴っているかが肝心です。
こんな事例がありました。ある会社のA事業部の本部長が、急成長し始めたB事業部にエンジニアを送り込むことを提案したんです。A事業部のサイト運営を外注に切り替え、エンジニアを全員B事業部に異動させることで、会社の成長を後押ししようとしたのです。これはまさにパートナータイプの典型例です。
一方、自分目的のマネージャーであれば、何としてもA事業部から人材を抜かれまいとするはずです。「それ以上エンジニアを抜かれたら大変だ」と言って、自分のキャリアや成功を危惧するでしょう。こうした局面での言動は、見極めポイントの一つと言えます。
楠田:なるほど。スタートアップのCxOやVPとして活躍している方を見ていると、初期に就いたポジションと現在のポジションが全く違うケースも非常に多いですからね。
長村:そうですね。その時々で、「今の会社を考えると、私はこの仕事ではなく、あの仕事をするべきだ」と言えるかどうか。そこが問われるポイントだと思います。
楠田:ところで、この「コト」に向き合う思考や会社への貢献意欲は、後天的に変化するものなのでしょうか。それとも、変わりにくい部分なのでしょうか。
長村:いろいろな方を見てきて感じるのは、ある程度は先天的な部分、つまりその人の人生観のようなものが影響しているということです。
たとえば、スポーツでチームに尽くしてきた経験があり、みんなで何かを成し遂げて喜びを分かち合った原体験がある人は、「チームのために自分がある」と位置付けやすい傾向があります。
ただ、後天的に変わることもあると思います。会社のことが好きになったり、会社のやっていることに心から共感できたりした時ですね。チームスポーツの経験がなくても、「この会社が好きだ」「この会社のミッションは社会的に意義があり信じられる」と思えたら、自然とチームに尽くすようになるのです。
「育成 or 外部採用」……幹部採用のタイミング
楠田:幹部や経営幹部の採用を始めるべきタイミングを知らせる「アラート」のようなものはあるのでしょうか。
長村:幹部、特にCxOの役割は2つあると考えています。一つは、各部門の責任者としての役割。もう一つは経営のボードメンバーとしての役割です。CHROであれば、HR部門の責任者であると同時に、経営会議ではHR部門の代表ではなく会社全体の視点で発言や意思決定に関わることが求められます。
そのようなCxOの必要性を示すアラートは、大きく2つあると考えます。1つ目は、各部門が成長し、それを統括する専門性の高い人材が必要になったタイミングです。2つ目は、CEOだけでは意思決定のインパクトが大きすぎて判断しきれず、ディスカッションできる相手が必要だと感じたタイミングですね。その相手と牽制し合いながら良い意思決定をしていきたいと思えるのは、会社の規模が一定で大きくなったときだと思います。
この2つのアラートが揃った時に、幹部=CxOが必要になると考えられます。1つ目のアラートだけなら、たとえばHR部門のヘッドは必要でも、CHROまでは不要かもしれません。
楠田:なるほど。専門性と経営の意思決定への関与の両方が求められるタイミングですね。一方で、内部昇格させたい思いとスタートアップの急速な成長スピードとのギャップから、外部採用に踏み切るケースもあると思います。内部昇格と外部採用の判断基準はあるのでしょうか。
長村:まずは、ビジネスのロードマップに基づいた「理想の組織図」を描くことが大切です。各クォーターや半期ごとに、ビジネスの目標に合わせてどのような組織体制が必要かを組織図で表現し、その変遷をロードマップとして可視化するのです。
これは「人員計画」ともやや異なります。人員計画の数字だけでは組織の全体像が見えにくいので、指揮命令系統まで含めた組織図のロードマップを描く。それによって、いつ、どのポジションが必要なのかが明確になります。
その上で、理想の組織図を実現するための手法として、内部育成と外部採用の2つがあります。つまり、組織図のロードマップを見た上で、そのポジションを内部育成で賄うのか、外部採用で確保するのかを選択していくということです。
一概に内部育成が良いとか、外部採用が良いとは言えません。あくまで「組織図をどのように編成していくのか」が優先で、そのスピード感に合わせて、2つの手法を柔軟に組み合わせていくことが肝要だと考えます。
組織図を描くための3つの検討要素
楠田:組織図を描くことの重要性について、長村さんの考えでは、どのくらい先までの組織図を描くのがおすすめでしょうか。
長村:現時点から向こう1年間の組織図を描くことをおすすめしたいですね。CxOの採用にしても育成にしても、短期的な取り組みではありません。採用してからオンボーディングを経て、CxOとして活躍してもらうまで、あるいは内部育成でCxOに登用するまで、少なくとも1年程度はかかる仕事だと考えられるからです。
本来的には2年、3年と待てることがベストですが、スタートアップの現実として1年以上の年数は先行きがわからない、というのも本音なのかなと。ただ、1年後の姿を一枚の絵だけで描いても解像度が低いので、クォーターごとの変遷を描くのが良いでしょう。
今が1Qなら、2Q、3Q、4Q、次の1Qと、4つの時点の組織図を用意する。次のクォーターに移れば、また3Q、4Q、次の1Q、2Qと、常に1年先までを見据えながら、毎クォーター書き換えていく作業が理想的だと思います。
楠田:ありがとうございます。一方で、経営者の立場からすると、まだ経験したことのない未来の組織図を描くのは難しく感じる部分もあるかもしれません。長村さんがCOOを務めていた頃、より解像度の高い組織図を描くために工夫したことなどあれば教えてください。
長村:組織図を描く際の検討要素は大きく3つあると考えています。「事業の目標・戦略」「会社の状況」「フェーズ」の3点です。
まず「事業の目標・戦略」の観点から見ると、たとえばシングルプロダクトを各機能が連携しながら育てていく会社なら、機能別組織が適しているでしょう。一方、複数の事業を並行して展開するコングロマリット型の会社であれば、事業部制が向いています。事業部ごとに全機能を備えた小さな会社が集まる形ですね。
次に「会社の状況」については、「立ち上げ」「急拡大」「成功の継続」「軌道修正」「立て直し」の5つに分類できます。立ち上げや立て直しの局面では、社長が各部署を直接把握する「文鎮型組織」が適しています。一方、急拡大や成功の継続の局面では、指揮命令系統を明確にした「構造型組織」の方が、組織は拡大しやすくなります。
最後に「フェーズ」の観点からは、シード、アーリー、ミドル、レイター、ポストIPOなどの段階に応じて、必要な機能が変わってきます。たとえば、ミドルフェーズでは採用や育成を担う戦略人事が必要になり、IPO後はIR機能の重要性が増すでしょう。各フェーズに必要な機能は、ある程度型化されているので、参考にできます。
この3つの検討要素から導き出される組織図のコンセプトを、それぞれイメージしてみてください。そして、その3つのコンセプトを融合させることで、自社に最適な組織図が描けるはずです。
全体像を描く際のフレームワークとして、この「事業戦略」「会社の状況」「フェーズ」という3つの観点を意識しながら考えていくと、より具体的で実現可能性の高い組織図が作れるのではないでしょうか。
幹部候補の採用は、アトラクト軸の見極めが鍵
楠田:幹部採用を進める上で、準備段階や進め方について何かポイントはありますか。
長村:スタートアップにとって大事なのは、幹部レベルの方のスキルの見極めよりも、むしろカルチャーフィットの見極めだと思います。優秀な人材であることは、ある程度わかりやすいからです。
ただ、スタートアップが抱える構造的な悩みとして、限られたリソースで野心的な目標を達成しようとするがゆえに、求める人材の要件が非常に高くなりがちです。一方で、そうした人材を惹きつけるための採用ブランドや高い報酬を提示できるわけではありません。
つまり、レベルの高い人材を求める割に、スタートアップが持つカードは少ない。だからこそ、スキルの見極め以上に、その人が「何に響くのか」という「アトラクト軸」を見極めることが重要です。
アトラクト軸は大きく3つ。「ヘルプ」「ビジョン」「メリット」です。
「ヘルプ」軸の人は、「助けて欲しい」という話に刺さります。大手企業で腕を磨いた人が、次のキャリアで自分のスキルを活かしてその会社を成長させたい、社会にインパクトを与えたいと考えるケースが多いですね。
「ビジョン」軸の人は、壮大な夢に惹かれるタイプ。前職では儲かっていても社会的意義を感じられなかったから、次は社会に影響のある仕事がしたいと考える方がいます。自社が何を目指し、何を変えようとしているのかというビジョンを示せるかどうかが重要です。
「メリット」軸の人は、今回の転職でステップアップしたい、報酬を上げたい、成長を得たいといった自分のメリットを重視します。キャリアアップや報酬、成長の機会を提示できるかがポイントになります。
この3軸のどれに重きを置いているのかを見極め、その人に合ったアプローチを取ることが、アトラクトの成功につながります。「ヘルプ」軸の人にビジョンの話ばかりしても刺さりませんし、「ビジョン」軸の人に報酬の話ばかりしても響きません。
だからこそ、その人のアトラクト軸を見極めることが、採用活動の第一歩として欠かせません。優秀な幹部候補は引く手あまただからこそ、その人が何に価値を置き、何に惹かれるのかを理解した上で、戦略的にアプローチしていく必要があるでしょう。
幹部候補のアトラクト軸を探るための「3つの質問」
楠田:採用に強いスタートアップの特徴として、「取るか迷う方を正確に見極めて取る」というよりも、誰もが欲しがる人材で、自社に振り向いてくれるかもわからない方を、本気で口説いて、アトラクトとして採用できることが挙がると改めてお話を聞いても感じました。その点、アトラクト軸の見極め方についても、さらに教えていただけますか。
長村:アトラクト軸を見極める基本は、転職理由を聞くことです。ただし、漫然と聞くのではなく、相手の発言に「ヘルプ」「ビジョン」「メリット」のラベルを貼るつもりで聞くことが大切ですね。
「こういう話をしているということは、ヘルプ軸なのかな?」といった具合に、意識的にラベリングしながら聞き取ることで、その人のアトラクト軸が見えてきます。
もし、転職理由だけでは判断しかねる場合は、次の質問を投げかけてみましょう。「優秀な方なので、きっと多くの会社から内定をもらえると思います。最終的にはどういう軸で決めますか。何を一番大事にしますか?」とまっすぐ聞くのです。
イメージでは7割くらいの人は「誰と働くか」、つまり「人」が大事だと答えるでしょう。ただ、これは必要条件を述べているにすぎません。「人が良くなければ入社しない」というのは当然のことで、会社選びの決定打にはなり得ないからです。
そこで、「人が一番大事だとして、2番目に重要な軸は何ですか」と聞いてみてください。「自分がチャレンジングだと思える仕事があるかどうか」といった答えが返ってくれば、他社との差別化要因が見えてきます。そこにフォーカスしてアトラクトしていく。
それでもアトラクト軸がはっきりしない場合は、最後の手段として「弊社以外で世界中の会社から内定をもらったら、どこに行きたいですか?」と、半分冗談交じりで聞いてみるのも一案です。
面接官側から「私だったらテスラですかね。宇宙が好きなのでNASAも魅力的です」などと、非現実的な選択肢を冗談めいて提示すると、候補者の方も砕けた雰囲気で本音を語ってくれるものです。「やっぱりGoogleはいいですよね、報酬も高そうですし」なんて話が出れば、「なるほど、メリット軸なんだな」と見えてくる。こうした軽めのトークの中から、その人の本当に大事にしている価値観を引き出していくことも、手段としてはあるかなと。
楠田:ちなみに幹部候補やリーダー層に多いアトラクト軸の傾向などはありますか。
長村:あくまで傾向の話ですが、キャリア10年未満の若手層は、自己成長を重視する傾向が強いので、メリット軸が多いように感じます。キャリアが10年を超えるシニア層は、積み上げた経験を活かして腕を振るいたいという思いが強いので、ヘルプ軸に惹かれる方が多いのではないでしょうか。
ビジョン軸に関しては、キャリアの長さに関わらず、一定数いらっしゃる印象です。ただ、あくまで私の主観的な印象なので、参考程度に留めていただければと思います。
幹部候補の採用活動、事前に「2つの準備」を怠らないように
楠田:では、実際に採用活動を始める前に、準備しておくべきことなどはありますか。
長村:大きく2つの事前準備があります。
1つ目は、職種ごとのアトラクトトークを徹底的に準備することです。「ヘルプ」「ビジョン」「メリット」の訴求ポイントは、マーケティングとデザインでは異なるはずです。そのため、社内用のジョブディスクリプション(JD)に「ヘルプ」「ビジョン」「メリット」の項目を設け、それぞれの職種に合ったアトラクトトークを用意しておくことをおすすめします。まるでJDの要件であるかのように、具体的に書き下しておくのが理想的です。
2つ目は、採用オペレーションの中にアトラクト軸の申し送りを組み込むことです。1次面接、2次面接、最終面接と段階を踏んでいく際、候補者に対する申し送り事項の中に「こういう話があったのでヘルプ軸でした」といった情報を盛り込んでおくのです。こうすることで、次の面接官が候補者のアトラクト軸を意識したアプローチを取ることができます。
見極めのためのJDや申し送り事項は整備されていても、アトラクトのためのものは準備できていない会社も多いと思います。見極めとアトラクト、両方の観点から採用オペレーションを整備していくことが大切だと考えています。
楠田:確かに、見極めのフォーマットは持っていても、アトラクトについては整理されていない会社が多い印象です。
長村:そうなんです。アトラクトトークが極めて感覚的になっていたり、固定化してしまったりしている会社も少なくありません。
私自身の転職経験で言うと、ヘルプ軸の私に対して、他社の面接官はメリット軸のアプローチばかりを取ってきたんです。「うちの会社に来ればキャリアアップできる」「IPO時の報酬はこれくらい」といった話を延々とされても、ヘルプ軸の私には響かないわけです。
結局、私が転職を決めた会社は、「助けて欲しい」と面接で言われたからです。課題を自己開示してくれて、私の力を必要としている姿勢が伝わってきた。「それなら私にやらせてください」と思えたのは、ヘルプ軸へのアプローチがぴったりハマったからこそです。
アトラクト軸が違うと、いくら良い条件を提示しても刺さりません。なのに、アトラクトトークのパターンが固定化している経営者も多いのが現状です。画一的なアプローチは避け、一人ひとりのアトラクト軸に合わせた多様な伝え方を用意しておくことが重要だと思います。
「定義の言語化」と「リスペクトの大切さ」を忘れない
楠田:ここからは、実際の採用プロセスについて、より深めていければと思います。よくある失敗や、その対策があれば教えていただけますか。
長村:よくある失敗としては、先ほどお話ししたように、候補者のアトラクト軸に関係なく、画一的な話をしてしまうことが挙げられます。本当に気をつけたいポイントですね。
もう一つ大切なのが、ラベルの共通言語を持つことです。「この人は賢い」といった申し送りをしても、「賢い」の定義は人によって異なりますよね。面接官同士で認識のずれが生じては、適切な引き継ぎになりません。
テキストだけでは伝わりにくい部分もあるので、1次面接と2次面接の担当者が5分でも直接会話をして、「賢い」というのはどういう意味なのかをすり合わせるのが理想的。忙しくて難しいかもしれませんが、認識を揃えることで候補者体験の向上にもつながるはずです。
加えて、リスペクトの視点も欠かせません。「この人は自社では活躍できなさそうだ」という評価はアリですが、「この人は優秀ではない」と言い切るのは違和感があります。その人の居場所はどこかにあるはずで、誰もが素晴らしい点を持っているという前提で面接に臨むことが肝要です。
単一の物差しでその人の全てを判断するような面接官になっていないか、自問自答してみる必要があります。そうでなければ、人が寄り付かない会社になってしまうかもしれません。オペレーションやフローを整備する前に、自社が人の集まる会社なのかを、チーム全体で見直してみるのも一案だと思います。
いきなり幹部採用は避ける。まずは「5つの壁」を踏まえたステップを
楠田:採用の話に続いて、幹部候補やマネージャー候補の方々のオンボーディングについてもお聞きしたいと思います。
長村:楠田さんも様々見てきたなかで「いきなり幹部採用」はあり派ですか、なし派ですか?
楠田:私の経験上、うまくいった例はあまり見たことがないですね……なので、結論では「なし派」かなと思っています。どのように進めていくのが良いとお考えでしょうか。
長村:そうですよね。僕も「なし派」の考え方かなと。大前提として、いきなり幹部としての採用は避けた方が賢明だと思います。Day 1からCOOなどの肩書でジョインしてもらうのは、かなりハードルが高いですからね。幹部候補の方が直面する壁は、主に5つあります。
1つ目は「カルチャーの壁」。その会社特有の雰囲気やカルチャーにフィットするのは容易ではありません。
2つ目は「業務の壁」。CMOという肩書は一緒でも、前職と着任先では業務内容が大きく異なるケースがよくあります。
3つ目は「マネジメント人数の壁」。100人のマネジメント経験が、3人のマネジメントにそのまま活きるとは限りません。100人を見るときは意思決定が仕事の中心になり、組織の構造作りや幹部のイネーブルメントが大事なテーマですが、3人のマネジメントでは自らもプレーヤーとして成果を残す、教える力、チアアップなど、全く違う。
4つ目は「状況の壁」。会社のフェーズによって求められるスキルセットは変わります。先ほど話した「立ち上げ」や「急拡大」を成功させたとしても、その後の「継続軌道」や「立て直し」だともう直面する課題が違うわけですね。
そして5つ目が「信頼獲得の壁」。いきなり幹部として入っても、最初の半年で成果を出せなければ、周囲からの信頼を失ってしまいます。最初に成果を残せば、周囲の信頼がついてきて、それが権限の拡大につながる。自分のポテンシャルが出せて、さらに成果を出せる。そういう正のサイクルに入れる。信頼獲得はテクニックの一つなんですよね。
この5つの壁を全て乗り越えられる人材は、正直なかなか見つからないでしょう。たとえ乗り越えられたとしても、もし幹部として採用した人が降格などになれば、社内に居づらくなるのは必至です。10人規模のスタートアップなら、その人の居場所はなくなってしまうかもしれません。
そのような事態を避けるためにも、いきなり幹部の肩書でオファーを出すのは得策ではありません。まずはCxOなどの肩書は付けず、社長直下のスタッフや本部長直下の戦略スタッフなど、ラインには属さない特別感のあるポジションを用意するのがおすすめです。
肩書としては、部長やマネージャーなどのラインの役職ではなく、ディレクターやシニアスタッフなど、その人のグレードの高さを示す呼称を用いると良いでしょう。そうすれば候補者も、自分の立ち位置の特別感を感じ取ってくれるはずです。
オファーの段階から、そのような配慮が大切だと考えています。グレードに見合った社内の呼称を事前に設計しておくことで、スムーズなオファー出しにもつながりますからね。
早期の成果が信頼獲得の鍵。得意領域と会社の課題をマッチングさせる
楠田:オンボーディングの話の中で、「初期の成果をいかに早く出すか」が重要というお話が印象に残りました。そのために、何か工夫できることはありますか?
長村:オンボーディングにおいて、幹部候補者の方に自身の得意・不得意を整理してもらうのがおすすめです。縦軸に「得意・不得意」、横軸に「会社の課題の大小」を取った4象限にマッピングするイメージですね。
たとえば、「事業戦略の整理・策定」が会社の大きな課題であり、自分も得意とするスキルだとしましょう。その場合、その能力をどう短期的な成果につなげるかを考えるのです。
今度は縦軸を「行動・結果」、横軸を「短期・中長期」にした2軸で整理します。中長期的に事業戦略を描いて会社の売上を倍増させる、といきなり目指しても、それでは周囲の信頼を得るのに時間がかかりすぎてしまいます。
そこで、短期的な行動で示せる成果を洗い出すのです。ばらばらだったKPIのダッシュボードを一元化する、戦略検討のための会議体を立ち上げる、経営会議での議論のためのフレームワークを提示する、など。数値的なアウトプットではなくても、行動レベルで示せる成果はきっとあるはずです。
自分の得意領域と会社の課題をマッチングさせた上で、短期的な行動で達成できる成果を特定し、最初の3ヶ月でそれを必ず成し遂げる。そうすることで、会社の大きな課題解決に向けて動いている姿勢を示しつつ、周囲からの信頼と権限も得られるでしょう。
楠田:なるほど、とてもわかりやすいフレームワークですね。ただ、会社の具体的な課題の特定は、内定者本人だけでは難しいかもしれません。
長村:おっしゃる通りです。課題の大小については、会社側と一緒に議論しながら明らかにしていくことが大切ですね。
内定者の得意領域を活かしつつ、短期的な行動成果とのマッチングを探っていく。そのプロセス自体が、会社と内定者の相互理解を深める良い機会にもなるはずです。スムーズなオンボーディングには、このすり合わせがとても重要だと考えています。
オンボーディングの設計は「ブレイクダウン」を欠かさずに
楠田:他にも、幹部採用において気をつけるべき点などはありますでしょうか。
長村:オンボーディングのプロセス設計も重要だと考えています。たとえば、私がCEOとして、楠田さんをCMOにしたいと考えているとします。まずは「CEO直下の戦略担当」としてオファーを出し、肩書はディレクターとします。グレードの高さを示すことが目的です。
入社後、既存のマーケティング部門のリーダーには別のポジションに異動してもらい、CEOである自らがマーケティング部長を兼務します。そこに楠田さんにも参画してもらい、周りから頼りにされるリーダー像を演じてもらうのです。
楠田さんには私付きのスタッフとしてマーケティング業務に従事しながら、素晴らしい仕事ぶりを発揮してもらう。そうすれば自然と周囲から「楠田さんはすごい」と認識されるはずです。その上で、楠田さんをマーケティング部長に抜擢。並行して、経営の視点を持ったディスカッションを繰り返し、CxOとしての資質も示してもらいます。
こうしたステップを経て、最終的にCMOへと昇格させる。このようなストーリーに基づいたオンボーディングプロセスの設計が肝要だと思うのです。
楠田:候補者のスキルレベルを正確に理解、見極めていなければ、ストーリーも描きにくいですよね。スキルを把握するためにできることは、何かありますか。
長村:確かに、最初に想定したストーリーを実行に移すには、候補者の方のスキルレベルを正確に把握しておく必要があります。ただ、経験や知見に基づく実行能力や、意思決定能力といったハードスキルはそれほど見間違えないと思うのです。見極めるべきはソフトスキルですよね。
論理的思考力やコミュニケーション力といった抽象的な言葉ではなく、その一段階下の具体的な能力にまで言語化しておくことが大切です。「物事を構造的に整理する力」や「表情やボディランゲージで思いを伝える力」といった具合に。こればかりは一緒に仕事をしてみないとわからないことばかりです。
EVeMのトレーニングでも「44個のソフトスキル一覧」があるのですが、そのように能力を表現する言葉で、会社として大切にすべき項目を整理しておくといいと思います。それを基にオンボーディングすることが有効ではないでしょうか。
相思相愛の関係性を築くことの大切さ
楠田:今日は、採用やオンボーディングについて本当に勉強になりました。最後に、幹部候補を目指す方々や経営者の方々に向けて、メッセージをいただけますでしょうか。
長村:スタートアップの幹部は、間違いなく難しい仕事だと思います。必要とされるスキルの高さもさることながら、何より精神的なタフさが求められる仕事だと感じています。
私自身、DeNAで事業部長を務めていた時と、ハウテレビジョンでCOOを務めていた時で、仕事の難易度はそれほど変わらなかったかもしれません。でも、ハウテレビジョンの方が、精神的には比べ物にならないほどきつかった。スタートアップのCxOは、気持ちがえぐられるような経験の連続です。
だからこそ、採用する側は候補者のヘルプ・ビジョン・メリットの軸をしっかりと見極める必要がありますし、候補者の側も自分の本当の思いを曲げてはいけない。嘘のモチベーションでは、必ず途中で折れてしまうでしょう。
ヘルプ・ビジョン・メリットの軸が、採用者側と候補者側で一致していること。言い換えれば、「なぜこの会社で」「なぜこの仕事を」「なぜこの人と一緒に」、をお互いに腹落ちさせること。言わば、相思相愛の関係があること。それが何より大切だと思います。
長村 禎庸(@meiku_shiba)
株式会社EVeM 代表取締役 兼 執行役員 CEO
2006年大阪大学卒。リクルート、DeNA、ハウテレビジョンを経てベンチャーマネージャー育成トレーニングを行うEVeM設立。DeNAでは広告事業部長、株式会社AMoAd取締役、株式会社ぺロリ社長室長兼人事部長などを担当。ハウテレビジョンでは取締役COOとして同社を東証マザーズ上場に導く。2020年株式会社EVeMを設立。マネジメントナレッジの展開やマネジメントプログラムの提供を通じてベンチャー企業を中心とした組織能力の向上を支援している。2021年技術評論社より「急成長を導くマネージャーの型〜地位・権力が通用しない時代の“イーブン”なマネジメント〜」を出版。
楠田 司 (@tsukasa_sherpa)
ALL STAR SAAS FUND シニアタレントパートナー
2015年より、JAC RecruitmentにてIPO前後のWEBスタートアップ特化の人材紹介チーム立ち上げに従事。主にVCキャピタリスト、エンジェル投資家との連携をおこないコンフィデンシャル求人を対応。2019年9月、ALL STAR SAAS FUNDへ参画。投資先企業のハイクラス人材採用支援やSaaSスタートアップ企業でCxO、VPを目指したい求職者向けのキャリア構築コミュニティ「SAAS TALENT NETWORK」を運営。
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