スタートアップにとって「採用」は重要な課題でありながら、資金力や認知度に乏しい企業であるほどに、使える武器が少なく、苦戦を強いられるもの。そこで昨今は「採用広報」として自社のアピールを強化する企業も増えています。
エンタメ×ブロックチェーン領域のスタートアップであるGaudiy(ガウディ)にてHRやPRの仕事をされている山本花香さんも、採用広報に取り組む一人です。「一人目広報」のポジションで入社した山本さんは、デジタル人材のためのWebメディアとして知られる「SELECK」の元編集長。Gaudiyとして採用広報の発信がゼロだった状態から、エンジニアがテックブログを継続的に発信できるように環境を整備してきたといいます。
その環境の特色は、まるでSaaS組織のようです。制作のプロセスを細分化する工夫を施し、質の高いコンテンツを出し続けることに成功。ブログを書き慣れていないメンバーの不安を捉え、山本さんはさながらCSのように伴走しています。
2021年1月にジョインし、約11カ月間をかけて改善を重ねた、Gaudiyの採用広報戦略としての情報発信。その工夫について、ALL STAR SAAS FUNDのTalent Partnerである楠田司が伺いました。
スカウトメールの返信率が向上した、だけでなく……
──Gaudiyに入社され、採用広報に注力された背景の課題は?
山本:やっぱり会社が認知されていないことです。まずはGaudiyを知ってもらうところから始めなければ採用力も上がっていかないと考えました。
現在の主な発信は、テックブログと、CEOの石川裕也が書くnoteです。採用広報の強化を始めて、徐々に「界隈の外」へ認知が届いてきたと感じています。これまでのブロックチェーンに関心のある方だけでなく、それが「スタートアップ界隈」に属する方も含まれてきたと、SNSの反応などを見ても思います。
実際的な採用は、数値面でも明確に「変わった」とはまだ言えません。ただ、エンジニアのスカウト返信率はテックブログの運用を始めてからはっきり上がりました。返信メッセージに「御社のブログでメンバーそれぞれが発信されているのを拝見し、とても良い組織だと気になって、お話を伺いたくなりました」といった言葉を寄せていただくこともあります。
──そもそも、山本さんの入社前からGaudiyでは発信されていたのでしょうか?
山本:それは「全く」なかったですね(笑)。みんなプロダクト開発には熱中していても、それを外へ伝えてこなかったんですね。入社を決めたときも「こんなに面白いのに何も伝わってない!私が知らせていきたい!」と思ったくらいです。
Gaudiyとしての4Pは何なのか?
──全社での情報発信を進めるうえで、どういった順序で進めていかれたのですか。
山本:最初は「どういった軸で発信していくか」を言語化しました。求職者へ訴求する「4P(Philosophy、Profession、People、Privilege)」の原則になぞらえて、Gaudiyの特徴をメンバーや経営陣を交えながら当てはめていきました。
たとえば、Philosophyはミッションである「ファンと共に、時代を進める」や、ファン経済圏を作っていくために「個々のエンパワメントを促進する」といった世界観を反映しています。Professionには「ブロックチェーンをはじめとした新しい技術」がある一方で、それらの技術優位ではなく「新しいユーザー体験(いままでにないサービス)の提供」といったこだわりを記しました。
──箇条書きでわかりやすいですね。どのように整理していったのでしょう?
山本:入社直後でしたから、一人ずつ1on1で「Gaudiyに感じている魅力」や「前職との差異」をヒアリングしました。全員に必ず聞いた質問は「知り合いや家族にGaudiyを何と説明していますか?」です。
情報発信についてはゼロベースだったので、普段はどういう言葉で自社を説明しているのかを把握し、それが経営陣の想いとズレていないかを埋めていかなければならないと思ったんです。現状理解に役立ちましたね。ヒアリングした上で、まずは私が土台をまとめました。そこからはメンバーや経営陣と擦り合わせて、ニュアンスの調整です。
Gaudiyにとっての「4P」が整理できたところで「個々の発信を強めましょう」と呼びかけました。それが2月から3月にかけての第一フェーズ。早速発信してくれる人もいれば、まだまだ出せない人もいる、という状況でした。
ただ、この呼びかけだけでは発信が継続できなかったんです。改めて「なぜやるのか」を周知し、今年の7月からはコンテンツが作りやすい仕組みとセットで構築して、再スタートを切りました。今は、フルタイムのエンジニアメンバー11人のほぼ全員が、テックブログを一旦書いたところまでは来ています。
制作を細かなプロセスにして分担する
──多くの人が「コンテンツを作りやすい仕組み」の構築に苦心しているようです。メンバーが書きやすくするために工夫したことなど、ぜひ教えてください。
山本:工夫はいくつかあります。一つは、ブログの制作フローを細かなプロセスにして、分担するようにしました。「ブログを書く」と一口で言っても、ネタ決め、企画、ライティング、画像などのアレンジ、仕上げ、リリース……と、やることはたくさんあります。
それなのに「ブログ書いてね!」と丸投げしてしまうと、それをやりきれるのは決して全員ではないな、と感じたんです。そこで、まずは「書く工程」を分解しました。
みんなでネタ出しをして、広報担当との企画設計を進めます。そこからは本人が執筆することもあれば、本人にコンテンツの設計メモだけは書いてもらって、執筆を手伝うパターンも。書き上がったら編集を施し、想定読者と思われる社内メンバーのレビューをもらって公開します。そのようにフローを細分化し、複数の視点を取り入れています。
──面白い!なんだかSaaSみたいですね(笑)。
山本:確かに!「THE MODEL」みたい(笑)。
このフロー自体は私が整えていきましたが、ネタは開発メンバーがみんな集まる場所で、お互いに推薦しあうようにしたほうが出てきます。自分でネタを考えるよりは、「あの取り組みをブログにしたらいいんじゃない?」みたいな他薦のほうが生まれやすいんですよね。
執筆については、私も文章を「読みやすく編集する」というのは担えるのですが、技術論など深い内容は難しいので、エンジニアの力を借りることはあります。もちろん、そもそも書くのが得意なメンバーもいます。
──みんなでネタ出しするのは、どれくらいのペースで、どういったメンバーが集まっているのですか?
山本:最初はクォーターに一度、任意参加で「テックブログのネタ出しをするから集まってください」と呼びかけました。私がファシリテーションして、「他の人の取り組みで面白いと思ったり、学びになったりしたことはありますか?」など、考えるための視点を加えます。答えをホワイトボードツールの「miro」を使いながら、付箋へ書き出していきました。
他にも、印象に残っている自分の開発業務、大変だったプロジェクトの業務、聞いてみたい開発プロセスといった観点から思いつくものを挙げてもらいましたね。
──ネタを出した後は、どういった基準で記事化していくのですか。
山本:アイデア出しができたら、具体的な企画に設計していかないといけません。まずはmiroのスタンプでネタに投票をします。多くの票を集めたネタは、関係者のスケジュールをまずは組んで、ざっくりと方向性だけは決めますね。
このネタ出しと投票の仕組みは、Gaudiyがデザイン関連の記事制作でサポートをいただいている、Cocodaというデザインサービスの方から教えてもらいました。Cocodaさんとの打ち合わせで同様のネタ出しの仕方を実践されていて、参考にしています。
この後の企画化については「型」を作って組み上げていきますが、その前提として大事なことを忘れてはなりません。私が言語化して、Notionにまとめた『読まれるコンテンツの観点』の確認です。一例を挙げれば、当たり前のようで意外とみんなできていないのは「このコンテンツは誰に読んでほしいのか」です。
よくやってしまいがちなのは、自分たちの取り組みや発信したい軸を「伝えたい」というモチベーションで記事を書きます。ただ、「伝えたい」というマインドだけだと、届く相手にどういった価値を渡せるコンテンツなのか、届けたい相手が当然に持っている情報とは何か、といった思考をすっ飛ばしてしまうんですよね。
そこで改めて、誰に読んでほしいのか、読む人の前提としてどんなことを日々思っているのか、その人にとって聞き馴染みのある言葉は何か……といった視点を忘れないために言語化しています。
それに加えて<yellow-highlight-half-bold>大事なのは、届けたい相手へ「読後にどうなってほしいか」ということ。私は「コンテンツには願いを込めたほうが良い」と思っていて。読んだ人がいかにネクストアクションへつなげられるのか、そのための行動変容を起こせるのかを、あらかじめ考えておくんです<yellow-highlight-half-bold>。
誰でも構成が作れるテンプレート
──届けたい人の整理をしたら、いよいよ型に落とし込んで企画化ですね。
山本:企画化は、自分で企画書にまとめてもよいですし、私が壁打ち相手になってヒアリングすることもあります。企画がまとまれば、あとは実際のライティングですが、基本的には本人が執筆を担います。
ただ、書き慣れてない人にとっては「どういう構成で書けばいいのか」に難しさを感じやすいので、企画書の段階である程度の構成まで固めてしまいます。「ブログ企画・設計」のためのテンプレートを用意して、全部でステップ5までのパートに回答することで、構成が仕上がるようになっています。
具体的には、誰に何を伝えたいのか、読後にどうなってほしいか、そのために必要な情報は……と事実ベースで洗い出します。たとえば、ある取り組みのプロセスがテーマだとしたら、「なぜ始めたのか」という背景から、「実際に何をしたか」「得られた学びは何か」などをまとめます。あとは、それらを伝わりやすい順番で並べ替えれば、書ける人が多いですね。
また各ステップには「読者のパイが狭すぎませんか?」「伝える情報が『自分が伝えたいこと』になってしまっていませんか?」「構成は時系列(過去→現在→未来)になっていますか?」といったチェックポイントも付記しています。
──書き慣れてない方は、誰かと一緒に取り組んでもらうのですか?
山本:基本的には一緒に作ることが多いです。私が壁打ちするときもあれば、テーマとするプロジェクトに近く、ブログを書き慣れているメンバーにお願いするときもあります。
──要素の並べ替えで、情報の伝わりやすい順序に整理するポイントは?
山本:並び替えには、大きく2つの枠があると考えています。一つは「時系列」です。最も簡単で、読みやすくなりますね。もう一つは「大枠から詳細へ」です。いきなり細部には入らず、大きな情報から小さな情報へと進んでいくイメージ。
あと、構成と内容のどちらにも関わる注意点としては、ここでも読み手の前提が抜けてしまいがちなこと。取り組んだ主体が自分たちだからこそ、「なぜやったか」を既知の情報と持っているために、当たり前すぎて書きそびれることがあるのです。
繰り返しになりますが、「誰に届けるのか」「その人の前提情報は何か」にちゃんと立ち戻って書くこと。情報は少なすぎても伝わらないけれど、知っている情報がずらずら並んでいても読む気が失せるものです。適切な情報量と内容に調整するのが、読まれる上では大切ですし、構成にも内容にも影響します。
ここまで設計できれば、あとは肉づけするイメージで文章化していくだけです。
──書き慣れていない人を対象に、他にも全体で気をつけるべきポイントはありますか?
山本:「最初からきれいにする必要はない」とよく言っています。どこかで「きれいな文章をちゃんと書かなきゃ」と思ってしまうと、アウトプットが全然できなくなります。まずはラフでいいからざっくり書き、そこから整えていくことを勧めています。
“Why”を何度も伝えて、当事者意識で臨んでもらう
──各個人の記事化プロセスについては理解できましたが、これを会社やチームとして書き続けるためには、また異なる工夫があるのでしょうか。
山本:チーム全体で継続するためには、コンテンツ制作のノウハウよりも「そもそもなぜやるのか」を伝え続けることが大事かな、と思います。Gaudiyならば採用広報であり、仲間を増やすためですね。
「今、Gaudiyは採用において、どういったポジションに置かれていて、弱いポイントはどこなのか。それを変えるために強めたい発信は何か」といった認識をチームに持ってもらうのです。そういった“Why”が伝わると、当事者意識がそれぞれに生まれてきて、「みんなで発信を頑張ろう」という空気感につながります。
──「伝え続ける」のは、どれほどの頻度で、どんな場面で、誰が伝えるのですか?
山本:週1の全社会議で逐一、採用の状況を伝えています。ただ毎週となると、その時々の情報は伝わりやすいのですが、月ごとの「強化方針」といった大きな流れやネクストアクションがわかりにくいので、月1回は「採用月報」を書いています。
内容としては何点かのポイントがあります。「先月のハイライト」では、押さえておいてほしい大きな流れを抜粋します。2021年9月の月報なら、「Aさんのお試し入社が決定しました」「スカウトメールの返信率が30%から41%へ向上しました」「Bさん執筆のブログがたくさんの人にシェアされていました」などをまとめています。
今挙げたのはポジティブな話ですが、もちろんネガティブなこともあれば伝えます。採用活動とその結果については、数値も添えるようにしています。
──スカウトメールの返信アップ率までちゃんと書くのですね!
山本:やはり数値で見るとインパクトがありますから。この時は採用計画にしっかり携わってくれたエンジニアがいたので、二人で作ったノウハウが成果を挙げていることを伝えたかったんです。他にも採用目標と、現状のギャップも取り上げます。オープンしているポジションに対して応募が不足しているのはどこなのか、とかですね。
月報の最後には、大きな方向性を示すのが大事だと思っているので、「来月の注力ポイント」を書いて締めています。
アジャイル開発とブログ運営に通じるもの
──ブログを全社で発信していくときには、「月に何本はリリースしよう」といった目標設計も大切かと思います。どのように設計していますか。
山本:目標は「まず継続する」で始まっているので、一旦は「週1本」です。みんなが始めやすく、気負わずに続けられるようにしたかったので。もちろん、Google Analyticsやはてなブックマークなどの数値は見ていますが、追ってまではいないですね。
継続した発信を考えると、スケジュールを決めてノルマ化しがちだと思うのですが、私としてはその考え方から改めないといけないのでは、と考えています。廣木大地さんの『エンジニアリング組織論への招待』を読んだ時、アジャイルに進めることはブログ運営でも同じだ、と感じたんです。
アジャイル開発は不確実性をつぶしていくものであり、その不確実性の正体とは「不安」です。不安を可視化し、つぶしていくことは、ブログ運営にも通じています。たとえば、「書くのが苦手だけれど、それが言えない」という状態が続くと、当人は不確実性が高いまま期日を迎えて、結局は「書けていません」と伝えなくてはならなくなる。
そうではなく、工程を明らかにして、どこに不安を抱えやすいのかを可視化しながら、広報担当が寄り添っていくスタンスが大事ではないか、と思うのです。
──社内版のカスタマーサクセスみたいですね。
山本:そうかもしれません。私は自分のミッションを「会社のファンを増やしてGaudiyを成功に導く」という“コーポレートサクセス”だと、勝手に定義しているんです。
会社ごとの魅力が、絶対に眠っている
──ここまでに出た成果や効果、やってよかったと感じる学びがあれば教えてください。
山本:全員が自分の言葉で、それぞれの取り組みを発信できるようになったのが、とてもよかったと思っています。私はコンテンツを作るのに慣れているから、「全て一人でやる」という選択肢が取れたかもしれません。でも、そうしていたら、採用候補のエンジニアの方から「御社のテックブログがすごくよかった」という返信メールは来なかったでしょうね。
そういう返信が来たのは、個々人でちゃんと発信して、それが会社のバリューの一つを体現した行動になっているからです。その行動からカルチャーが“沁み出して”伝わったのだと思います。
個々人が発信したほうが良い理由は他にもあって、それぞれが異なるコンテンツをすでに持っている、と考えているからです。それを「書けないから発信しない」というのは、すごくもったいないこと。書くのが苦手ならば、他人の力を借りてでも、参加しやすく発信できる状態を作っていく必要がありますね。
──「それぞれがコンテンツを持っている」って、すてきなメッセージだと感じます。
山本:結局、きれいな文章が書けても面白くないコンテンツって、あると思うんです。面白いコンテンツの核にあるのは、その取り組みや伝えたい思いといった、内容そのものなんですよね。
たとえるなら、料理と一緒です。素材がよければ、ちょっとした調味料だけでも美味しいじゃないですか。取り組みがしっかりしているなら、少しだけ編集を加えたら、いいコンテンツになるはず。その意味では個々が良い素材を持っているし、協力して作るだけで、読む人にとって良いコンテンツに仕上がると信じています。
──最後に、優れた会社にもかかわらず、自社の認知がまだ足らない中で、採用広報を頑張っているところがたくさんあります。山本さんのような立場で奮闘している人、あるいは経営者に向けて、ぜひ応援メッセージをいただけますか。
山本:会社ごとに魅力的な部分が絶対に眠っています。他社さんの施策を見ると、隣の芝生は青く見えてしまうものですが、それぞれに戦い方があります。だからこそ自戒を込めて、まずは「自分の魅力を知る」というのが最初の一歩。そして、発信はスモールステップで始めていくことです。
<yellow-highlight-half-bold>最初から「きれいなコンテンツ」や「読まれるコンテンツ」を作るのは、なかなか難しいものです。でも、あらゆる業務がそうだと思うんです。繰り返し作って、出して、改善していくしかない。<yellow-highlight-half-bold>
コンテンツは「読まれたもの」が記憶に残りやすい一方で、読まれていないのであれば、失敗も目立ちません。それくらいのマインドでまずは発信を始めてみましょう。それに、みんながそれぞれでコンテンツを持っている前提で、いかに制作をサポートできるかという考えで進めていければ、きっと続けていけると思います。
山本 花香
株式会社Gaudiy PR/HR
2014年、住友商事株式会社に新卒入社し、銅関連のトレーディング業務に従事。2016年にRELATIONS株式会社に入社、Webメディア「SELECK」の編集長を務める。2021年4月より、株式会社Gaudiyにて人事・広報を中心に組織づくりを推進。
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