BtoB SaaSのマーケターに求められる資質は何か。そもそも、一般的なBtoBマーケターとの違いはあるのか……サービスを広め、伸長させる起点となるマーケティングの重要性は理解されながらも、これらの「差」はまだ捉えられているとはいえないのが実状のようです。
そこで、HubSpot日本法人の立ち上げやマーケティング責任者として従事され、数々のBtoBマーケティングのコンサルティング経験を持つ戸栗頌平(とぐりしょうへい)さんをお招きして、SaaSマーケティングで意識すべき顧客解像度や数字へのこだわり、部門間連携のポイント、マーケ戦略の基本などについて、ディスカッションしました。
戸栗さんは現在、起業された株式会社LEAPT(レプト)の代表取締役社長として、BtoB SaaSマーケティング支援事業を手がけています。また、ALL STAR SAAS FUNDにもメンターとしてご参画いただいています。聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDの神前達哉が務めました。
BtoB SaaSはマーケの貢献度合いを計りやすい
──戸栗さんは少し変わったキャリアを歩まれているな、と感じます。
今はLEAPTという会社の代表ですが、その前はHubspotにいました。働き始めた当時は250人ほどのマーケティング組織の一員だったのですが、唯一の日本人マーケターだったんです。外国籍社員としてユニークな環境にいたなと思います。
それ以前にも、複数のBtoB企業や起業を経て、マーケティングコンサルタントとして「BtoB専業マーケティング代理店」に従事していたこともあります。
これまで約10年ほどBtoB企業に関わってきましたが、特にマーケティング支援事業を行う企業での経験は、自分にとっても特徴となっていますね。戦略支援、広告、コンテンツ制作、マーケティングオートメーションといった様々な内容を包括的に手がけられましたから。
──Hubspotをはじめ、BtoB SaaSマーケティングを専門に取り組まれてきた戸栗さんから見て、他のBtoBマーケットとの違いは、どういった点にあるでしょうか?
特徴の一つは、マーケの貢献度合いを計算しやすいことです。たとえば、BtoB製造業の場合は、原価が経済状況で変動したり、輸送や在庫が発生したり、複数拠点があったりと、変数が多い。一方、SaaSビジネスはシンプルで、流動的な要素がほとんどない。マーケの活動が売上や成果指標に直結する「わかりやすさ」は、大きな違いではないでしょうか。
お客さまの感情や業務課題を捉え、なぜ解決したいのかを理解して、それに臨む意識がないとマーケティング活動も難しい
もう一つは“Software as a Service”の字義通りに、サービス内にプロダクトが含まれますから、製品だけを売っているわけではないこと。サービスを売る以上、当然ながら画面の向こうに人がいて、その人の感情が関わってきます。マーケティング担当者は1対1ではなく「1対N」を対象にしていくからこそ、お客さまの感情や業務課題を捉え、なぜ解決したいのかを理解して、それに臨む意識がないとマーケティング活動も難しくなってしまいます。
また、基本的にサブスクリプションモデルが多いため、サービスを継続してもらうための活動が必要になってきます。製造業を例に挙げると、基本は物を作って、売って終わりという売り切り型モデルですから、「物を買ってもらう」だけのマーケティングになりがちです。BtoB SaaSが目指す「使い続けてもらい、満足してもらい続ける」という姿勢とは全く異なりますね。
つまり、通常のBtoBマーケティングよりも、BtoB SaaSはトランザクションを重視するマーケティング活動を中心に、より関係性を重視するマーケティングを行わなくてはならない。ビジネスモデル的な観点から見ても、大きな違いがあります。
最大の指標は「顧客がどれほど使い続けてくれたのか」
──「長期的な関係性を築くマーケティング」は難易度が高いですね。どのような指標をもって、マーケターは活動していけばいいのでしょうか。
リードやMQL(Marketing Qualified Lead)の数の創出はデマンドジェンを考えるならば指標になってくると思いますが、本来はお客さまが「製品をどれほど長く使ってくれたのか」です。LTVを考えるのも一つですね。
ある程度はPMFを達成した段階という仮定ならば、実際に費用を支払っているお客さまのデータを見ていきます。理想的な顧客像を、企業の属性や課題を中心に抽出してみて、どういった特性があるのか。顧客はどのようなマーケティング活動をしており、自分たちを見ているのか。そういった点から逆算していくのも一つの手です。
あとは、バイヤーペルソナやカスタマージャーニーを作ってみてからマーケティング活動をするのも良いです。理想的な顧客像を描いてからLTVを伸ばすための仮説ありきでスタートする。あるいは、既にファクトがあるところからの仮説立てもできるでしょうから、そのサイクルを回してLTVを伸ばしていく。
注意すべきこととしては、指標では数だけを求めすぎないようにすることです。たとえば、テクニカルな広告で強引にリードを取ってきても、いざ商談してみると話が噛み合わなければ、営業としては嬉しくない。すると、その後のプロセスにも影響してしまい、仮にクローズして営業からサービス部門へ渡っても、アフターフォローの負担が大きくなります。
「数を打つ」のは必要である一面はあれど、相性が良い人のリードを優先的に持ってくることが重要で、それこそが「関係性を重視するマーケティング活動」といえると思います。
マーケティングがつながるのは後の営業だけではなく、クローズ後のサービス部門とも一周回って必ずつながる
前職のHubspotでは「フライホイール」という考え方が通底していました。ファネルは終わり、お客さまの循環する流れに沿って、組織も事業活動をしなければならない、という考えです。マーケティングがつながるのは後の営業だけではなく、クローズ後のサービス部門とも一周回って必ずつながるはずなんですよね。
サブスクリプションモデルはお客さまに継続してもらい、アップセルをしていき、違う製品にまで及んでいくものですから、カスタマーサクセスをはじめとするサービス部門とマーケティングも良く連携をして、すべてが好循環でつながっていかなくてはなりません。
──テクニカルなツールに走るよりも、まずはペルソナやカスタマージャーニーを作り、必要と判断できる施策は打つべきだと。
私がマーケティング支援をさせていただくなかでも、「サービスのペルソナからしてオウンドメディアは必要ないのに注力している」とか、「オフライン商談の機会を重視すべきなのにオンライン商談ばかり推し進めている」とかいった、マーケの“固執”によってCAC(Customer Acquisition Cost)が上がってしまっている例を、しばしば見かけます。
空振りが多く、マーケティング活動が組織に貢献できていない状態はハッピーではないですし、営業活動に関係のないリードを創出しかねない。それを防ぐためにも、ヘルシーなカスタマージャーニーから仮説を作り、ユーザーインタビューなどを通じて整合性をつき合わせていくのが重要だと考えます。
マーケとセールスをなめらかにする「SLA」のススメ
──「関係性を重視するマーケティング活動」でいえば、密接に関わるマーケとセールスの連携は欠かせませんが、なめらかにつなげるポイントはあるのでしょうか。
SLA(Service Level Agreement)は必ず持っておいた方がいいですね。異なる部門間や受発注の関係において、お互いがサービスを提供しあうときに守る最低限の「約束事」を決めておくのです。ちなみに、マーケとセールスの間柄だけでなくても使えるポイントです。
組織の成熟度によって内容はまちまちですが、一つの例としては、マーケから営業に「シードとMQLを一定期間、一定数量で量給する」といった決め事ですね。私の知る限りで最も高いレベルにあったのは「営業が生んできた総売り上げに対するマーケが生み出したリード/ MQLから発生した売上率」を見るケースでした。
これは、総量を100だとして、アウトバウンドに生み出してきた売り上げが20、マーケが関与してるものが80といったように、マーケ全体の売上に対するコントリビューションを指標に持つわけです。私の経験上、日本企業でこのSLAを持っている企業はほぼないのではないでしょうか。
SLAを決めたら、月に1回なのか、2週に一度なのか、マーケ部門長と営業部門長が、進捗とクオリティについて具体的な話をしておく。マーケは「次のタイミングでセミナーを打ちます」や「このスケジュールで新しいコンテンツを出します」といった予定を見据えて、それに合わせてMQLが増える可能性があるといった情報共有をしていく。
それによって、マーケと営業の活動が乖離するのを可能な限り避けられると思います。
──もし、マーケがSLAを未達した場合は、どのように動くべきですか。
もちろん、全力を尽くして可能な限り達成するのが前提です。そのうえで、既存のリードやハウスリードに対してアプローチをかけて再コンバージョンを図り、営業へ供給することもあります。
たとえば、ミーティング前に供給が足りないことがわかっている場合は、営業の方たちがあたためているリードにアプローチをして、組織全体で数字を達成するための努力をしてもらうのもよいでしょう。
SLAも理想的な形であり、100%順調にいく組織はあまりありません。隣り合っている味方同士ですから、困ったときはで助け合いを意識すれば、部門の摩擦はある程度は防げるはずです。そして、達成率の不足に関しては、各部門長がしっかりと対応していくのが重要ですね。
SMBとエンタープライズ、変えるべき戦略とは
──マーケット戦略についても聞かせてください。たとえば、対象をSMBとエンタープライズのいずれに定めるべきか、エンタープライズ向けのマーケティングで気をつけることは何か、といった質問は僕らにも多く寄せられるものです。
ビジネスモデルの観点から見ると、 SMBは基本的に単価が高くなりにくい点で、一定の売上を見込むためには相応のリードやMQLの数が必要になります。一方で、エンタープライズの場合は単価が高いがゆえに、それらの数をそこまで創出しなくても構わない。
HubspotではSMBやミドルサイズを中心に事業を展開しているので、単価としては月800ドルから1000ドルくらいの間、日本円だと10万円程度に収まることが多かったです。これがエンタープライズとなると、当然に取り扱う桁が全く変わってきます。
その前提を踏まえると、SMBは数を取らなくてはならないモデルなので、デジタルツールをなるべく活用するなどして、お客さまから自社を見つけてくれる形を取るほうが効率が良い。コンテンツマーケティングやインバウンドマーケティングで接点を生むといったモデルですね。価格感が合えば、購買へ進んでいく予測もできると思います。
一方で、エンタープライズは高単価ゆえにお客さまが限定されやすいモデルなので、コンテンツを量産して呼び込んでも離脱する可能性が高くなってしまう。カスタマージャーニーをも重要ですけれど、同時にABM(Account Based Marketing)といった考え方も必要になってきます。顧客になりうるアカウントを事前に割り出し、自分たちからアプローチするアウトバウンド寄りのマーケティングも一つの策です。
SMBならペルソナやカスタマージャーニーが必要になるのに対して、エンタープライズはABMの考えから「理想的な企業像」としてのICP(The ideal customer profile)を作り、その企業の中心人物やキーパーソンをターゲットにする。対象となる企業の構造を知り、担当者へ奉公していく必要性も出てくるでしょう。
手紙を贈る、オフラインの展示会で交流するといったことも、筋の良い施策になってきます。私がABMを調べているときに海外事例で見たのは、目を引くようなノベルティを作ってキーパーソンへ届けること。どうしてもリーチしないといませんから、ポイントになってくると思います。
特に、エンタープライズの場合は展示会へ出典するのは全く問題はないと私は考えています。高単価が望めますから、仮に500万や1000万を掛けてでも一つの顧客を取れればペイできる。その展示会からキーパーソンとつながり、ノベルティを送るなどして関係性を築いていくのも有効な方法だといえます。
──個人的には「ABMはCSを起点にすべきではないか」と考えています。カスタマーサクセスをする上でストレスのない顧客像は、やはり単年では見えてこず、複数年を経ないとわからないところもある。そこでもCSとマーケの連携は大切になるのでははないでしょうか。
それは重要な観点だと思います。ペルソナやカスタマージャーニーも年を経るごとに変わってくるものですよね。時代とともに流れも変わってきます。コロナ禍でオンライン商談へシフトしたのも大きな変化でした。そういった変化を敏感に感じ取るポジションは、やはりカスタマーサクセスのはずです。
カスタマーサクセスから、どういうふうにペルソナや理想の顧客像が変化しているのかをフィードバックして、カスタマージャーニーやICPを見直すのは有効です。半年から1年ごとに修正すべきことでしょう。
優秀なマーケターは「アウトプットが多く、数字に貫徹する」
──優秀なマーケターを取りたいと考える経営者の方は多いものです。戸栗さんが多くの人と接するなかで、「優秀なマーケターの共通項目や条件」といえば何が挙がるでしょうか。
マーケターの採用や成長は企業のフェーズによっても異なることは前提として、優秀なマーケターの共通項であれば、デマンドジェンをするマーケターは営業職に近い考え方を持っている必要があると、私は思います。とにかく数あるチャネルやツールを、ペルソナとカスタマージャーニーに沿って、いろんなチャレンジをしていかなければいけませんから、とにかくアウトプットの数がなければ改善が効かないのですね。
頭の中で考えて、インプットをしていくだけでは机上の空論になりがちです。可能な限りで早いペースでアウトプットをしていくのが優秀なマーケターの共通項として、特にデマンドジェンに関わるマーケターであればいえるのかなと思います。
あとは、数字に強く貫徹できる人。逆に数字に疎かったり、コミットできなかったりする人は、おそらく向いていないのかなと。
──より良いBtoB SaaSの担当者になるために、持っておくべきスキルや勉強した方がいい領域は何だと考えますか。
デジタルマーケティングを担当するのならば、ウェブマスターのような経験を持っているとよいのではないでしょうか。無料のCMSでウェブサイトを作ったり、ソーシャルメディアを使ったりと、ニュースレターを運用してみたりと、それらに楽しく携わった経験です。SMBやエンタープライズに関係なく、バーティカルにも必要なスキルだと思います。
なぜかというと、 お客さまや見込み客の情報はCRMなりCMSなりに入ってきて、マーケティングオートメーションツールなどのデジタルツールもほぼ必ず導入されてきます。ここがマーケティングと営業の活動のコアになってきますから、デジタルリテラシーがないと全くついていけなくなってしまうんですね。
なので、本当にBtoB SaaSのマーケターをやりたい方であれば、ウェブマスターの技術や経験は趣味レベルでも構いませんから、ぜひ持っておいてほしいです。
SaaS企業の「1人目マーケター」で採用すべきポイント
──SaaS企業における「1人目マーケター」は採用でも悩むポイントに挙がりやすいのですが、どういった人なら適しているでしょうか。
基本的には、先ほどお伝えしたウェブマスターのような経験や知識を持っていて、幅広く動ける方を採用すべきだと思っています。
PMFの段階ではデマンドジェンに関わるようなマーケティング活動はまだあまりなく、お客さまの像を知った上でプロダクトにフィードバックするところが主な役割になってきます。一方で、ウェブサイトを改修したり、獲得した人に対してのアクションを続けていくのは最低限必要になってくる。そこでデジタルリテラシーがないと、当然ながら何もできません。
プロダクトが出来上がってきたのであれば、ウェブマスター的マーケターに加えて、広告運用やウェブメディアといった専門特化のマーケターを加えてもいいでしょう。いずれにしても、とにかく数字を追える人であるかが重要です。通常のBtoBマーケティングに比べ、BtoB SaaSはアクションが明確に数字へ表れてくる部分が大きい。影響がダイレクトに出ることもあって、行動量だけではなく結果に直結しているかを見られなくてはいけません。
──スペシフィックなスキルよりも、ゼネラリストとして動けるような方が向いていそうに感じました。
そうですね、ゼネラルに動けた上で数字をちゃんと追っていける方が理想的だと思います。
──最後に、戸栗さんはご自身で起業されて、特に今後のBtoB SaaSの世界で盛り上げたいこと、挑戦したいことがあれば、ぜひお聞かせいただきたいです。
私自身、過去に起業の経験があり、そこで本格的にデジタルマーケティングを触り始めました。そのときに、デジタルマーケティングって何をしていいのか、よくわからなかったんです。ブログを書けばいいのか、ハウスリストを作ればいいのか、メールを送ればいいのか、広告を打てばいいのか、コンテンツを作ればいいのか、ウェブサイトを直すべきか……。
当時はVCも存在していないような時代でしたから、私は自分で100万円や200万円といったお金を投じてみて、ことごとく散っていった(笑)。その経験から、マーケティングに取りかかられる方たちの気持ちが非常にわかる、と自分では思っていて。
多くの方が、いろいろな「点の施策」を打ちながらも、それらをどのようにつなげるのかはわからないはずです。私はマーケのコンサル支援会社にいたときから、似たようなケースをたくさん見てきましたから、そういったところを助けたいと思って今の仕事をしています。
前職から本格的にSaaSに関わり始めて、非常に面白いと感じていますし、業務効率化だけでなく根本的な社会課題を解決するような良い考え、良いツールが世の中に多くある。それを少しでも広げたいなと思っております。
ALL STAR SAAS FUNDのメンターとして参画させていただき、みなさんと接点を持ちながら、日本全体のマーケティングを底上げできればと思っています。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
戸栗 頌平
株式会社LEAPT代表
複数BtoB企業と起業を経て、マーケティングコンサルタントとしてBtoB専業マーケティング代理店へ従事。2015年にHubSpot Inc.と契約を行い、全組織初の日本人として日本法人立ち上げ業務に従事。立ち上げ準備期間中のマーケティング活動ゼロからのリード創出を行う。法人営業開始後マーケティング責任者として創業期の日本法人を牽引。現在、LEAPT(レプト)にて、BtoB SaaS マーケティング支援事業を行う。海外SaaS、マーケティング、カンファレンス等に精通。
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