SaaSビジネスにおけるB2Bマーケティングには、たくさんの経験則や専門用語が飛び交っています。必須で理解しておくべき知識や、足りない経験を補うための学びも多く、その推進に悩むスタートアップも多いことでしょう。
そこで、ALL STAR SAAS FUNDでは、『BtoB SaaSマーケティング集中講座』を全3回で開講!「SaaSマーケの全体像」「デマンドジェネレーション」「リードジェネレーション 、リードナーチャリング、リードクオリフィケーション」という重要テーマを解説します。
講師を務めるのは、ALL STAR SAAS FUNDのメンターであり、株式会社LEAPT(レプト)代表取締役社長として、BtoB SaaS マーケティング支援事業を行う戸栗頌平さんです。複数のBtoB企業や起業を経て、2015年にはHubSpot Inc.と日本人初となる契約を結び、日本法人立ち上げ業務にも従事。立ち上げ準備期間中のマーケティング活動ゼロからのリード創出を行い、後にはマーケティング責任者として創業期の日本法人を牽引されました。
海外SaaS、マーケティング、カンファレンスなどに精通する知識と、それらを裏付ける経験を持ち、現在も複数の企業でマーケ担当者の支援役としてマネジャーの役割を務めるなど、規模やフェーズの異なる企業での多様な経験を有していらっしゃいます。
本講義では戸栗さんから、BtoB SaaSマーケティング業務への基本的な考えを教わります。その中でも、特に「プロモーション」に寄った内容を中心に据えています。
戸栗:「私の経験上、考え方を学ぶメリットは大きいのです。考え方がしっかりしてないがゆえに、マーケ施策を動かすときにも理にかなった判断ができなかったり、ともに働く人々へ施策の道筋や根拠をうまく伝えられなかったり、大局的な判断ができずに枝葉末節な施策に走ってしまうからです。
ただ、講義の内容は決して“解答”ではありません。解答は、常にお客さまが持っているものです。具体的なノウハウを追いかけるよりも前に、まずはお客さまを理解し、そのうえでマーケティング活動の実戦量を増やしていただくことを意識しましょう」
それでは以下、第1回講座よりダイジェスト版をお届けします。テーマは『BtoB SaaSマーケティングの全体像とは』です。
SaaSマーケ担当者が追うべき「基本の数字」
まず、マーケターを志す人にお伝えしたいのは「コストへの意識」です。私の経験上、HubSpotに限らず、マーケティングの役職が上がる人ほど常にコスト管理に厳しかった印象を持っています。特に、SaaSという事業が赤字を前提にスタートすることが非常に多く、またビジネスの特徴であることにも由来しますが、何よりも「マーケはコストセンターである」という意識を持つからでした。
そこで、実際にSaaSマーケの人たちが追うべき数字の全体像を、簡単にお話しさせていただけたらと思います。SaaSが他のビジネスと大きく異なるのは、いわゆる「損益分岐点」の捉え方です。投資期間の評価方法として用いられる、“Payback Period(ペイバックピリオド)”が後ろ倒しになりやすいため、これを適切かつ健全に早めていくことが重要です。
戦略的に後ろへ伸ばし続ける場合もあるのですが、基本的には可能な限り前へ持っていくことを、マーケティング組織として意識しなければいけません。自分たちの活動をプロフィットセンターとする見方がありながらも、レベニューへの直接的な貢献が可視化できるまで成熟していなければ、コストセンターといえます。私としては、マーケはコストセンターであることが前提で、お金をかけている活動だと念頭に置いておいてもらいたいと思います。
さて、SaaS事業の関係者が意識すべき数字としては、有名なところで、Unit Economics、Life Time Value(LTV、顧客生涯価値)、Customer Acquisition Cost(CAC、顧客獲得単価)があります。
なぜ、「CACを低くし、LTVを高める」のか?
このUnit EconomicsがPMFを超えていった場合、Unit Economicsが「3〜5以上」に収まる水準を保っておくと、健全なSaaS経営ができていると評価されることが多いです。
Unit Economicsを導くために、LTVとCACを分数のように記載してみると、よりわかりやすくなります。Unit Economicsをより大きくするためには、分母を最小化して、分子を最大化すればいいのです。つまり、CACを低く、LTVを高めることを、SaaSの関係者は常に意識しなければいけないわけですね。
LTVの中身を、さらに分解してみましょう。
LTVは、ARPA(Average Revenue Per Account、1アカウントあたりの平均売上額)とChurn Rate(解約率)で成り立っています。そして、ARPAはMRRと顧客数から導けます。このように分解を進めていくと、SaaSマーケティング担当者が単独で貢献できる数字が見えてきます。それが、下図で赤文字にしたところです。
これらをさらに分解して検証することもできるのですが、込み入りますので今回は一旦ここまでにしておきましょう。
ペイバックピリオドをなるべく前にし、コストセンターであるマーケが常に意識すべき数字であるCACも、さらに分解できます。多くのマーケターが意識するのは、おそらく「MRRやMQLを高めるためには?」や「リードを増やすには?」といった観点だと思うのですが、実はCACの構成要素は分解すれば分解するほど増えていくものなんです。
MRRを高めるために、顧客数を高めるのも大切ですけれども、一方でCACを分解すると、実は数字に響くレバーが数多くあることも見えてきます。むしろ、こちら側を強く意識することが重要です。
SaaSに携わる人が常に意識すべき「3つの方向性」
マーケターに限らず、SaaS関係者に意識してほしいのが、顧客数の積み重ね、顧客の維持、後発企業に追いつかれないことです。SaaSビジネスは参入障壁が低いこともあり、市場をなるべく占有していくことが重要になってきます。
マーケとしてはMRRに焦点を当てて、「顧客数の積み重ね」に向き合っていく機会が多いでしょう。「顧客の維持」は「カスタマーマーケティング」という言い方もしますが、基本的にはカスタマーサクセスの領域に入ってきます。「後発企業に追いつかれない」は開発やビジネスサイドも含めた全体の役割です。
マーケが向き合う「顧客数の積み重ね」については、リードマネジメントの流れを考えるのが一般的です。獲得したリードを転換してMQLにし、MQLを転換してSQLにし、SQLを転換してCustomerにし、Customerを転換して次のフェーズへ……といった転換を続けていくのですね。
となると、「どうやってリードやMQLを獲得するのですか?」「限られた予算で、もっとMQLを獲得するには?」といったマーケターからの質問が、本当に、ほんっとうに多いです(笑)。
私の答えはいつも決まって「それは違いますよ」からスタートします。なぜかというと、お話を伺う限りでは、その質問をされる方が自社のビジネスモデルとお客さまを、あまり理解せずにマーケティングをしているケースが多いと感じるからです。
中でも、<yellow-highlight-half-bold>お客さまの理解は何よりも重要<yellow-highlight-half-bold>です。全てはお客さまとつながるためのマーケティング活動なわけですから、ここを飛ばして「MQLを獲るためには?」といった発想になりがちなんですね。
では、どう考えていくべきかについて、ここから話していきましょう。
「4P」と「4C」からなるマーケティングミックス
上図は基本的なマーケティングの分析方法を並べています。PEST分析、STP分析、5Forces、SWOT。それから分析方法ではないのですが、「ペルソナ&カスタマージャーニー」や「マーケティングミックス」、あとは「BCGマトリックス」などもありますね。
マーケティングミックスには「4P」と「4C」が含まれます。ここでいう4Pとはプロダクト、プライス、プロモーション、プレイスメントであり、この全体像を言い表すならば「多角的にマーケティングを考える」という意味合いでしょう。
そして、「MQLやリードを獲りたい」という話は、これら要素のたった一つの「P」であるプロモーションでしかありません。あくまでもカスタマー、ペルソナ、カスタマージャーニーといったものが前提にあり、そこへ対してマーケティング施策を打っていくのが本筋なわけです。
「MQLやリードを獲りたい」という話題は、展示会への出店、DMの発送、コンテンツの発信といったように、とかくプロモーションに寄った内容になりがちです。あるいは、プレイスメントも一部関わってきますが基本はプロモーションのことを指している。
ただ、やはりそれではうまくいきません。というのも、4Pは考え方として「売り手目線」なんですね。マーケティングミックスにおいて、4Pと4Cは対になる存在だと、常に意識したいところです。企業や業界業種によっては、4Cではなく「7C」になることもあるそうですね。
お客さまへどういった価値が提供できるのか(Customer Value)、お客さまが負担するコスト(Customer Cost)、お客さまへ提供できる利便性(Convenience)、お客さまとのコミュニケーション(Communication)。これらからなる4Cも、4Pの対として考える。
この考えが前提にないと、全く関係のないビジネスモデルなのに的外れなプロモーションになりがちです。やや戦術的な話になりますが、エンタープライズ向けのSaaSにもかかわらず、コンテンツでリードを取ろうとしてしまう。逆に、SMBで多くのお客さまを想定しているのにアウトバウンドでピンポイントに取っていくのも違うはずです。
実際にエンタープライズのお客さまになりそうな人に話を聞いてみて、「製品を選ぶときにオウンドメディアを見ますか」「どこで製品を探しますか」と聞いてみるだけでも、行動は変わります。<yellow-highlight-half-bold>意識してほしいのは、常にお客さまが正しいのであって、自分の思い込みで取り組まないこと<yellow-highlight-half-bold>。それは野球で、目隠しをしてバッターボックスに立つようなものです。
プロモーションを考える前に、自分たちのビジネスの状況、お客さまの状況、自社の能力といったものを把握したうえで、マーケティングの施策を選んで、スタートしていってほしいと思います。
ペルソナとカスタマージャーニーは必須
4Pと、その裏返しである4Cを行うためには、ペルソナとカスタマージャーニーも同時に理解し、組み立てておかなければなりません。そうしないと、あなたのマーケティング活動は、まるで霧の中で行うことと同じです。
ペルソナがなぜ必要なのか。理由は明確で、お客さまへ一貫したサービスを提供するための共通言語や共通認識を作るためです。そして、カスタマージャーニーを作る理由は、課題の正確な把握と共有に役立つからです。
たとえば、ソリューションを導入するときには、担当者には職責があります。企業はビジネスにおける何かしらの課題を解決するために、その人を配置しているわけです。自社の置かれている環境、自分の置かれている環境をみたうえで、課題を解決する方法を模索している。そこで、みなさんの製品やサービスを買うことを検討していく。
つまり、お客さまの課題や目標が明確に理解できていないと、対面したときに適切なトークができません。「彼らが困っているときに、どこで情報を調べ、求めているのか」なんてそうそうわかりませんから、それを明らかにするためにもペルソナを作ることが必須になってきます。
ペルソナでは、業務上の役割、業務上の立ち回り、業務上の課題といった観点が重要になってきます。会社のセグメント情報、売り上げ規模、従業員数、業種、所在地といった項目は付属的な情報で、必ず焦点を当てるべきは「課題」と、それが起きる原因です。
マーケティング的に話すと、潜在課題ではなく、顕在課題を前提にスタートするケースが多いのです。しかし、そもそも潜在と顕在では母数が全く違います。課題が潜在化している人のほうが、顕在化している人よりもずっと多い。
SaaSビジネスは、たくさんのユーザーを得て、市場を占有していかなければなりませんから、常に大きな数を狙っていく必要がある。課題が顕在化しているお客さまだけでは、当然ですが全然足りないんですね。
そこで、潜在的な課題を持つお客さまに見つけてもらったり、そういった方々とコミュニケーションを取ったりするためにも、ペルソナが大事になってきます。ペルソナにとって、あなたの会社の名前、サービス、プロダクトが頭に浮かばない段階は、いったいどういう状況なのかを明確にしておく必要があります。
これらが明確になっていない状況を踏まえ、たとえば役に立つコンテンツを届けることで接点をつくり、信頼関係を結び、購買へ向かう流れを作ることができるかもしれません。
ペルソナやカスタマージャーニーはブラッシュアップも欠かせません。私の経験上、必ず決まった周期で見直すことはありませんが、間違いなく「作りっぱなし」ではあり得ないという類のものです。Hubspotではブラッシュアップの際に、お客さまと「カスタマーミーティング」を開き、実際の声から課題をヒアリングをするといった取り組みがありました。
逆説的ですが、SaaSの特徴でもある機能拡張を経ていくと、カスタマージャーニーも必然的に変化するはずです。これまでマーケティング向けのプロダクトだったのが、カスタマーサクセスなどの領域にも拡張していこうとするならば、変化せざるをえない理由はわかるでしょう。
自社マーケティング組織の「成熟度」を確認する
私のところにいただくお悩み相談として、「マーケターの採用や能力の捉え方」もよく寄せられます。これらを考える上で最初に理解してほしいのが、自社のマーケティング組織の成熟度です。
上図はMarketing Maturity Model(マーケティング マチュリティ モデル)と題したもので、訳すなら「マーケティング成熟度モデル」となるでしょうか。マーケティング組織が、どういうステップを踏んで成熟していくかを表しています。
レベル0から5段階ありますが、私の知っている限りだと、たいへん失礼な言い方に聞こえるでしょうから恐縮ですが、大方の日本企業はレベル0〜2が圧倒的に多いと感じます。
各レベルの習熟度は9つの観点でチェックできると、このモデルでは規定されています。ブランディング、営業支援、コンテンツ、デジタル施策の実行、オフライン施策の実行、コミュニケーション、プランニング、オートメーション、振り返りによる定量的な観測です。
レベル0はSurvivalといわれる段階で、肌感覚としては「立ち上がったばっかりのスタートアップ」や「プロダクトが何となく形になってきている」といった組織です。下記は、レベル0の内実を9つの観点から表した一覧です。
レベル0でプロモーションに寄った話をすると、営業支援をするために「営業の担当者が使うパワーポイントや、マネジメント層が使う資料が準備されていること」が規定されています。一方でコンテンツは「行き当たりばったりな顧客向けコンテンツの制作」がされているくらい、ということですね。
振り返りは、活動量と表面的な「質」、そして成果物で評価をしている段階。経営層に「やっている感」を与えるイメージのアウトプットが多いとされています。
次に、レベル1となると「Enable Sales」として、営業がより動きやすくなるフェーズに入りました。営業支援では「定期的に営業担当者へ、営業資料や説明資料といったセールスキットが提供されている。営業の研修資料、競合比較の資料、営業に対する製品研修が行われている」という状況です。
オフライン施策も「展示会をリストアップし、有料の展示会への出展」として攻められていますね。オートメーションでもCRMの導入などが挙げられています。このレベル1には「うちが当てはまる」という企業が多いのではないかと思います。
レベル2が「Demand Gen」ですね。デマンド・ジェネレーションについては、本講座の第2回でメイントピックとして扱いますから、ここではかんたんに触れておきましょう。
営業支援では、CRMを用いてコンタクト情報を確実に追いかけ、リードを商談に転換するために注力し、コールスクリプトの作成や自動取り込みに対応し、営業へハンドオフできている状態を指しています。
コンテンツも、言わば“コンテンツ工場”がある程度できあがっていて、カスタマージャーニーに沿った品質の担保されたコンテンツ制作ができている。デジタル施策も自社だけでなく、SNSや外部メディアの活用といったように拡張しているのがわかります。
さて、ここまで「マーケティング成熟度モデル」について見てきたわけですが、ここでの本題は「マーケターの採用や能力の捉え方」でした。つまり、私が言いたいのは、成熟度モデルをもとに自社の置かれている状況を理解しなければ、採用は難しいということです。
あなたの組織がレベル0なのに、そこへレベル3の人材を持ってきてもワークしないでしょう。もちろん逆に、レベル3の組織に、レベル0の人材を入れても難しい。ですから、採用を考えるのであれば、自社の立ち位置や成熟度をまず理解するところから始めましょう。
レベル0〜1のスタートアップが採用するマーケター像とは?
下記は、あくまで私の感覚値ではありますが、多くのスタートアップが属するレベル0から1の組織において採用すべきマーケターを描いてみました。
PMFの段階にあるスタートアップであれば、全体的に必要な能力は4つです。
逆に言えば、この4つのスキルセットを有していれば、専門職の色合いはそれほど強くないほうが、かえって望ましいくらいです。たとえば、広告制作に特化しているけれどウェブ知識に乏しく、基本的なコンテンツの制作能力が低いといったケースは、よくあるものです。
レベル0から1では、なるべく専門職の色が強くなく、幅広く手掛けていた人材を採用されるといいでしょう。ウェブサイトやデジタルツールを扱えて、運営サイトに反映させ、PDCAを可能な限り回せる人が……たとえば、小規模な会社で「ウェブ周りは何でもやっていて、お客さまにもたまに会っていました 」みたいな人がいれば適任ですね。
レベル2以上になると、会社としてもGo To Marketのステージに上がるので、さらに専門的なスキルを求めていく。いわゆるマネジャースキルは、レベル2を超えた場合に必要になってくると考えればいいでしょう。
今日は駆け足でしたが、第1回ではSaaSマーケターが意識すべき数字や、成熟度レベルから見るスキルについてお話ししました。私の個人noteでも『BtoB SaaSマーケティングのきほん 1』と題して、今回の内容に親しいことをまとめています。もしも、より学びを深めたい方は、併せて見ていただけたらいいかな、と思っております。