「バーティカルSaaSとオンラインセールスは、相性が良くない」
特定分野に特化した(=バーティカルな)SaaSの顧客は、「レガシー産業」に属することも少なくありません。そのため、顧客がオンライン会議ツールに不慣れであったり、対面での商談しか経験がなかったりするという諦めが、冒頭の言葉に集約されています。
しかし、この言葉は、もう定説とはできないようです。保育園・幼稚園・学童などのこども施設向けのICT支援ツールを展開する株式会社コドモンは、オンラインセールスをはじめてから、わずか1年半で1000施設以上との契約を結びました。
一例を挙げれば、彼らの「CoDMON(コドモン)」は5400のこども施設(私立保育園に限れば5000施設)で導入され、全国では15%、都内では全ての保育園の3分の1に導入されているといいます。また、自治体が運営する公立保育園でも導入が進み、全国の約50自治体で導入。こども向け施設のICT支援システムとしては圧倒的なトップシェアを誇っています。
今回、ALL STAR SAAS FUNDが主催する「#SaaSTokyo ウェビナー」では、コドモンでセールスチーム マネージャーを務める足立賢信さんを招き、その戦略のポイントを伺いました。
足立さんは大学時代にグルメサイトの立ち上げに参加。在籍15年間で述べ5000以上の飲食店営業を通じ、営業責任者、サイト開発運用責任者などを歴任。その後、飲食店向けSaaSを展開する株式会社トレタに転職、入社時の10倍となる登録数10000店の突破に貢献した経験を持ちます。
コドモンが躍進するセールスの現場で、足立さんはどのような戦略を取っているのでしょうか。オンライン商談が不慣れな業界でも、アポイントメントや商談を成し遂げる秘訣をはじめ、営業の生産性をアップするアドバイスなど、さまざまにお聞きした内容を、前後編に分けてまとめました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーである前田ヒロが務めます。
最初の難関「アポ取り」、コドモンの乗り越え方
前田:「コドモンがすごいらしい」と風のうわさでは聞いていたのですが、最近その中身を知って、「たしかにすごい」と僕も思い知ったところなんです。なかなかコドモンの中の話が表に出てくる機会もまだ少ないですから、今日は貴重な時間になりそうです。
今、社員数やセールスメンバーはどういった構成ですか?
足立:社員は80名ほどで、サポートメンバーやインターンも含めると約100名の規模です。役割としてはセールスとマーケティングを兼ねているメンバーが18名、セールス専任が7名のうち、オンラインセールスの専任が2名です。この2名は子育て中で時短勤務の「ママ社員」ですが、昨年度は二人だけで700施設の導入を決めてくれました。
前田:早速すごい話が出てきましたね(笑)。
足立:会社としての特徴でいうと、これまで大型の資金調達は一度もせずに、毎年黒字経営です。その点も、今までにないSaaS企業かな、と思っております。
前田:ほとんどのSaaS企業がVCなどから資金調達をしていますから、さらに黒字かつ成長率も高いというのは、投資家のひとりとしても驚きです。
足立:もちろん、オンラインセールスだけでなく、フィールドセールスもしますし、代理店さんと協力するケースも多いです。私はそれらのコントロールも含めて管轄しています。
前田:ありがとうございます。早速、今回の本題でもある「バーティカルSssS」のセールスについて伺いたいのですが、顧客がレガシー業界であることも多く、オンライン商談にも強い抵抗感があるとよく耳にします。コドモンはどのようにアポ取りをしていますか?
足立:おっしゃる通りで、全国の保育士さん相手に「オンライン商談させてください」と言っても、まずお断りされてしまいます(笑)。それには主に2つの理由があります。一つは、「ITもよくわからないし、苦手だからできれば避けたい」という先入観。もう一つは、「直接お会いした方が内容もわかる」という抵抗感です。
試行錯誤して見つけた秘策は、最初は「電話で打ち合わせをさせてください」というトーンで入ります。電話ならみなさん今も使っていますから、抵抗はありません。そして、「お電話で説明する際に、お手持ちのパソコンに資料を表示させていただきます」とお願いします。
これ、結局お願いしていることはオンライン商談なんです。でも、安心していただけるのかアポをいただける確率はぐっと挙がりますね。
前田:なるほど。電話で説明する形にして、先入観を超え、心理的ハードル下げると。
リードづくりはSEO、メール、FAX、DMの総力戦
前田:もう一つの理由である、抵抗感についてはどう対処しますか?
足立:そもそも来園を希望される訳って「不安だから」なんです。まずは「わかりました、伺います」とお伝えした上で、「お伺いする前に時間短縮のためにひとつ協力していただきたいのですが、お電話で事前に打ち合わせをさせてください」とお願いします。
前田:「結果的にオンライン商談」ですね!
足立:はい。それで商談が終わった後に、「それでは一度、訪問させていただきますが、お話する内容は本日とほぼ重なるところがあります。他に何かご入用でしょうか」と聞くと、「それなら大丈夫です」と済むことがほとんどです。
前田:この手法を取って、それでも会いたいと言われたら?
足立:その理由も、だいたい見えてきました。「自分以外の先生たちも交えて複数人で聞きたい」「他の施設の人も集まる『園長会』で話してほしい」といった前向きなご意向が多いので、それならば直接お伺いしたほうが早いですから、フィールドセールスにバトンタッチします。
あとは、大手法人や自治体は、やはり基本的に訪問するようにしていますね。
前田:なるほど。リード作りは、どのように?
足立:意外だと言われるのですが、「ホームページを見ました」というお問い合わせが圧倒的に多いんですね。地道にSEOにも取り組んでいます。私たちの主な対象は日本全国で35000施設ほどですから、メール、FAX、DMでご案内も頻繁に送っています。コドモン代表の小池義則は以前まで受託仕事でホームページやチラシを制作したり、小規模企業のマーケティングを手掛けてきたりしたので、そのあたりは長けています。
お問い合わせをいただいた時点で「興味がある状態」なので、次のアクションもわかりやすいんです。資料請求なら、地道にメールを送り続けて、連絡が来るのを待ちます。詳細を聞きたいようなら、商談にほぼ持っていけます。
紹介を促進する施策として、「ご紹介いただくと無料期間を1ヶ月延長」といったインセンティブ制度もあります。あとは「ご紹介カード」という物理的なカードも制作して、契約してくださった全ての方にお送りします。カードが手元にあるほうが、リアルで会話したときに説明しやすくなるようです。
前田:ナーチャリングは取り組んでいますか?
足立:まだ月に一度ほどメールを送ったり、ウェビナーへ招待したりする程度です。もっと増やしていきたいところですね。
もっとも、CoDMONが普及するにつれて、「他の園の事例を聞きました」といった、導入に前向きなホットリードが増えてきている印象です。CoDMON経験者が転職をして、今の職場でも導入しようと働きかけてくれたり。親御さん経由で話を聞いたりすることもあるようです。
CoDMONは「人件費」と比較する
前田:「なぜ売り切りでなく月額なのか」といった、サブスクリプションという仕組みに対しての質問は来ますか?
足立:月額課金の違和感はないようですが、これまで各先生が主体的に行なっていた事務作業の代替えなので、そこにわざわざお金をかけることの対抗感はあるようです。切り抜け方としては、私は全て「人件費との比較」に話を持っていきます。
「人件費は無料である」と誤認されていることが多いので、「私たちはシステムではなく、事務員という職員を提供しているのです」と説明します。「CoDMONと同じような成果を出そうとすると、事務員が1〜2名は必要ですよ」と話すんですね。利用料は月5000円から1万円程度ですから、人件費と比較すると、一様に「安い!」という反応になります。
前田:なるほど。今のは、まさに「うまい切り返し」だと思うのですが、足立さんは以前に『営業が「切り返しトーク」を考える前にすべきこと』もnoteに書いていましたよね。
足立:はい、これは大事だと思っていまして。基本的にSaaSの導入は、相手に「あなたたちのオペレーションを変えてください」と伝えているのと同義ですから、現場の方にとっては気持ちいい話ではないんですね。だからこそ、ストレスを与えるようなご案内は、なるべくすべきではないと考えています。
具体的には、お客さんから「紙に手書きが慣れている」「機械が苦手なスタッフが多い」といった不安を告げられた際に、それを受けて私たちが「大丈夫です」と説明した時点で、どれほどうまい言い方をしたとしても、お客さんのお気持ちを否定することになってしまうんですね。
だから、そのあたりの不安な要素は、あらかじめ先回りしてこちらから伝えてしまいます。「紙に手書きが慣れている、機械が苦手なスタッフが多いといった不安もよくお聞きするのですが、これこれこういった理由で大丈夫すよ」と。不安要素と「大丈夫」を先にワンセットでお伝えすることで、お客さん側からも安心していただき、導入に否定的な言葉が出なくなりました。
他にも、CoDMONはお伝えすべきことが多いのもあって、商談はトータルで45分から1時間ほどに納めているのですが、まずは冒頭の説明で20分、こちらのご案内を一通り聞いていただいて、あえてお客さんから途中で質問をお受けしないようにします。それからデモや料金説明で20分行い、残りの時間でお客様からのご質問にお答えするといった流れですね。
一通りの説明をした後に質問時間を設けたほうが、お客さんの頭の中は整理され、ご質問はこちらの意図したものが出てきやすいので、その返答方法も全て用意しています。話している途中で質問を受けてしまうと、伝えるべき情報が飛んだり、話題が分岐してしまったりして、お客様も混乱しやすくなるので避けています。
記事後編では、いよいよセールスの現場に踏み込みます。また、足立さんが編み出した「2週間で一人前になれる」という新人教育のノウハウも明かしてくださいます!