スタートアップの起業家やプロダクトマネージャーが、成功するプロダクトを生み出す上で、「ユーザーインタビュー」は最も重要なプロセスの一つといえます。
プロダクトマネジメントSaaSを提供しているフライル社が、日本のプロダクトマネジメントの動向を調査した『Japan Product Management Insights 2022』の結果によると、「良い開発アイデアを生み出す情報ソース」のダントツ1位も「ユーザーインタビュー」でした。
業務で使われるB2B SaaSプロダクトでは、「誰の、どのような課題を、どう解くのか?」を定めなくてはなりません。そのため、お客さまのストーリーを深く理解することは、最も注意深くなされるべきプロセスなのです。
しかし、ユーザーインタビューには慣れが必要です。私はベンチャーキャピタリストとして、1年間で数百ものピッチに耳を傾けていますが、語られる表面的なユーザーストーリーを浅く感じてしまうことも少なくありません。また、私たちVCにとっても、ユーザーインタビューは投資判断に大きく影響を与え、かつ難しいプロセスの一つのため、常に準備と注意を払っています。
今回は、アーリーステージのプロダクトマネジメントに重要な、ユーザーインタビューの設計および実施の際に意識すべきポイントについて、5つのステップに分けて解説します。
なお本稿では、SaaSプロダクトを作ることに特化したノウハウを紹介しますが、ユーザーの深掘り調査や目的別のインタビュー(ユーザーテスト、プライシングの定性調査など)については、宮田 善孝さんの著書 『ALL for SaaS SaaS立ち上げのすべて』に詳しく記載されています。こちらもぜひご参照ください。
(共著:湊 雅之+宮田 善孝)
ステップ1:理想的な顧客プロファイル(ICP)の仮説を書き出す
『幸運の女神は準備されたところにやってくる』
有意義なユーザーインタビューは、入念な準備から始まっています。特にPMF前のアーリーステージで重要なポイントは「アーリーアダプターの特定」です。そのためには、アーリーアダプターとなる理想的な顧客プロファイル(ICP:Ideal Customer Profile)を設定することから始めましょう。
起業家自身の体験が役に立ったり、アーリーアダプターを知り合いが務めてくれたりすることは多いものです。しかし、プロダクトを成功させたいなら、まずは戦略的に一歩引いた目線でICPを書き出し、ユーザーインタビューから仮説検証を繰り返して、「立体感のあるICP」を創り上げていくことが欠かせません。
以下のようなポイントが、ICPに立体感を与えます。
・どのような職業か?
・どんな規模・産業の企業に勤めているのか?
・年齢は?
・どんなテクノロジーを普段使っているのか?(ソーシャルメディア、SaaSなど)
・どんな一日の過ごし方をしているのか?
・どんな性格か?
・ホットボタン(普段気にしていること)は何か?
ただ、理想的なICPは仮説であること、には注意しましょう。従って、次のセクションにもつながりますが、想定よりも少し広いセグメントにインタビューすることで、掘るべきセグメントを取りこぼさないことは必須です。
ICPの作成だけでなく、企業としての規模や業務が洗練されている「一歩先に行っている企業」にヒアリングすることで、実現すべきソリューションアイデアの解像度が上がることもよくあります。特にホリゾンタルSaaSの場合、ICPとしてフィット感が高そうな業種に加えて、その先にフィット感が出てきそうな業種へのインタビューを行なうと、最初に攻めるべきICPへの自信を深められます。
ステップ2:アーリーアダプター以外もインタビュー対象に入れる
初期のプロダクト開発において、アーリーアダプター層の特定はPMFを実現するためにも最も重要です。しかし、プロダクトの長期的な成功を考える上では、バイアスを持ったターゲット層に早期から話を聞き、異なる視点を幅広く得ておくことも、とても大切です。
特に日本の場合、SaaSのアーリーアダプターとなる人は、そこまで層が厚くありません。そのため、プロダクトロードマップやGo-To-Market戦略のステップを考える上では、ミドル/レイトアダプターになるような層の声も早期から少しずつ拾っていくと、スケーラブルなプロダクト作りにつながります。
また、バイアスをかけずにインタビューを行なうためには、ICPに当てはまるユーザー層を中心に置きつつも、異なるユーザー層を含めましょう。インタビュー社数の目安は100社程度が理想です。
では、アーリーアダプター以外からどのようなインサイトが得られるのか?Google Calendar/Docsなどの元プロダクトマネージャーであるKen Norton氏の意見をもとに以下に記載します。また、それぞれをインタビュー対象とする上での「優れている点」と「注意すべき点」をまとめましょう。
アーリーアダプター
アーリーアダプターとなるユーザーには「3つの特徴」があると、リーン・イノベーションの専門家であるBrant Cooper氏はまとめています。
1.あなたがプロダクトで解決しようとしている課題をよく理解している
2.課題/ペインを解決するためのソリューションを積極的に探している
3.課題/ペインを解決できるならば、喜んでお金を支払う
優れている点
・初期のユーザーとして、PMFの実現をリードしてくれる
・パワーユーザーになってくれる
・プロダクトを積極的に理解し、彼らが望むものに積極的フィードバックをくれる
注意すべき点
・機能で話すことを好む傾向があるため、根本的な問題/ペインを覆い隠してしまうリスクがある。機能を要求する背景や理由をしっかり聞くことが大切。
ミドルアダプター
ミドルアダプターは、課題/ペインは感じているものの、ソリューションを積極的に探しているわけではありません。そもそも、「何がソリューションになりえるのか」もイメージを持っていない場合がほとんどです。多くのユーザー層はこのカテゴリーに入ることが多いです。
優れている点
・平均的なユーザーのため、売上の成長ドライバーになってくれる
・プロダクトロードマップ作りに貢献してくれる
注意すべき点
・プロダクトに詳しくなく、否定的なことを言いたがらないため、正直に話せる雰囲気や関係を作るのが大切
・積極的に話したがらないので、質問ではオープンクエスチョンを多めにする
レイトアダプター
レイトアダプターは、現状維持の意識が強く、誰かに命令されないと変えようとはしません。プロダクトが一般的に流通した成熟市場でない限り、プロダクトのユーザーになることはほとんどありません。一方で、何がプロダクト導入のボトルネックになるかを理解できるヒントがもらえます。
優れている点
・ユーザーが現状を維持したいと思う力学(ユーザーがプロダクトを新たに使うことを妨げてしまう要因)を理解できる
・ユーザーが現状で満足していることを理解できる
注意すべき点
・将来的に欲しいと思えるソリューションを的確に説明することは得意ではないので、現状についての評価にフォーカスした方が良い
上記はテクノロジー導入への感応度の差による、ユーザーインタビューで得られるものと注意点を示しました。その他、インタビュー対象の“幅”を考える際の、実践的な指針について紹介します。
・ホリゾンタルSaaSで業種などのセグメントが多岐にわたる場合、各セグメントで「最低3件」は聞く
ホリゾンタルSaaSでは、ICPを定めても対象とする業種が多岐にわたる場合もあり、実際には業務フローが異なることも珍しくありません。故に、一定の示唆を出すには、各セグメントについて1社だけヒアリングするのではなく、少なくとも3社はインタビューした方が良いでしょう。
・経験豊富なスペシャリストは、一気に複数社分のインタビュー価値を得られる
専門性が高い業種で働く人ほど、同職種で転職していることが多くあります。従って、現職に加えて、前職での経験をインタビューできると、実質的に複数社分のヒアリングに近い価値が得られます。
・士業やコンサルなど、対象業務/業種をサポートしている専門家からも横断的な示唆が得られる
直接の見込み客でなくても、プロダクトの対象業務/業種をサポートしている専門家がいれば、早い段階で確認し、アプローチをかけるのは得策です。
ステップ3:幅広いアプローチ方法でインタビュー対象に網を張り、探す
インタビューの実施に向けて、対象ユーザーにアプローチする方法を考えます。よくある落とし穴は、知人や家族などの近しい人だけで進めることです。もちろん有益な情報ソースになりえますが、一般的に2次・3次のつながりのような離れた人の方が、厳しくも“本当の”答えを提供してくれる可能性があります。
日本のB2B SaaSの場合、ユーザーの活動がオンラインを中心としていないことも考慮しましょう。特に伝統的な企業やアナログなバックオフィス業務を担当する職種などは、展示会のようなオフラインの場がアプローチに適することもあるのです。
B2B SaaSで取りうるアプローチ方法の例は、以下の通りです。
・創業メンバーのネットワーク
・展示会/カンファレンス
・LPへの事前登録/問い合わせフォーム
・顧客からの紹介
・雑誌/メディア記事
・ABMデータベース(FORCAS、Baseconnectなど)
・ネットワーキングイベント/ウェビナー
・ホワイトペーパー/ブログの購読者
最初は方法を限定せず、広く網を張って、見込み客を見つけることが一番です。
ステップ4. ユーザーの真に迫るためのインタビューガイドを作る
繰り返しになりますが、ユーザーインタビューの目的は、作ろうとしているプロダクトの「誰の、どのような課題を、どう解くのか?」を仮説検証することです。短い時間で効果的なインタビューをする上では、進め方や質問の流れをまとめた、「インタビューガイド」を事前に作りましょう。
インタビューの質問を設計では、ハーバード・ビジネス・スクールで戦略論の大家として知られる故クレイトン・クリステンセン教授が考案したジョブ理論(Job-To-Be-Done, JTBD)に基づく手法があります。この手法が面白いのは、「顧客のドキュメンタリー映画を作る」気持ちで、ユーザーのジョブを機能的/感情的側面で掘り下げるという観点です。ユーザーのジョブを細分化して“仮説リスト”を構築し、それに沿った質問を作ります。
ジョブの仮説リストの構成要素は、以下の通りです。
①JTBDの仮説(When..、I want to…、So I can)
②JTBDの分類
③ジョブの実施者
④バリア(実施する障壁となるもの)
⑤代替手段
このジョブ理論に基づくユーザーインタビューのやり方は、ハヤカワカズキ氏のこちらのブログ記事で、詳細に解説されています。
ジョブ理論の注意点は、プロダクトの方向性によっては有効でないケースがあることです。ユーザー自身が課題を明確に認識している「顕在課題」に対するプロダクトならば、有効性が高いです。しかし、
ユーザーが課題を認識できていない「潜在課題」のソリューションになるような、ビジョナリーなプロダクトの場合は、有効でないケースがあるのです。
その場合は、ソリューションアイデアをユーザーに当てて、実現したときの効果や世界観に共感してもらうことが、ユーザーインタビューの焦点になります。
その他、インタビューガイドを作る際の主な注意点は、以下の通りです。
・最初は相手が話しやすい質問からスタートする
たとえば、今の仕事内容や、これまでの経験など。
・5W1Hのオープンクエスチョンを中心にする
Yes/Noクエスチョンはバイアスがかかりやすくなります。
・見込み客の“ペイン”を理解することにフォーカスする
インタビューは、見込み客の欲しい機能や要望を集めることではありません。
・行動/心理状態を聞く質問が先、フィードバックをもらう質問は後に、明確に分ける
行動状態と心理状態の質問を混ぜると、バイアスがかかった回答に誘導してしまうリスクがあります。それらを聞く際には、機能の提案などはしないように。あくまで、「過去に、どのようにユーザーがその課題を解決してきたか」に集中しましょう。
・憶測ではなく、実際に起こった事実の確認にフォーカスする
人は機能やソリューションについて話すことを好む傾向にありますが、自分の行動を予測することは上手くないのです。インタビューはソリューションの答えをユーザーに求める場ではありません。アーリーステージの学習を最大化する上では、「もしも」の憶測を聞くより、実際に今起こっている行動や、その時のユーザーの感情を深く理解することが重要です。
ステップ5. インタビューでは「なぜ?」を繰り返し掘り下げる
インタビューガイドに従ってインタビューを機械的に実施すると、ユーザーの回答が表面的で、ぼやけた課題に終始してしまうことはよくあります。ユーザーインタビューは「なぜ?(Why?)」を問うスキルが最も重要かつ根幹であり、成否を分けるのです。そして、ユーザーの裏にあるコンテキスト(文脈や背景)や根本的な原因を理解することが、プロダクトを成功に導きます。
「なぜ?」を繰り返し問うテクニックは、ユーザーの裏側を知るためのシンプルな解決策です。「なぜなぜ分析(Five Whys)」ともよく言われますが、トヨタ生産方式を発明した一人の大野耐一氏が考案したやり方です。『リーン・スタートアップ』の著者であるEric Ries氏も、このFive Whysの有用性をこちらの記事で語っています。
“(Five Whysによって)技術的な問題として始まったことが、実は人間とプロセスの方に課題であったことが判明したのです。これは完全に典型的な例です。技術者がよく陥りがちなバイアスは、プロダクト部分の課題に過度に焦点を当ててしまうことです。このFive Whysで、この誤った過度な反応を打ち消せるようになります。”
Whyで掘り下げる際に意識すべきポイントは、深く事実(ファクト)を把握しつつ、それに対してユーザーがどう感じているかという、心理状態を分けて整理することです。インタビューの回答が、しっくりこないと感じることがあれば、恐れず「なぜ」と聞いてみると良いでしょう。思わぬ発見が見つかることも多いです。
(最後に)ユーザーインタビューを成功させるためのヒント集
最後にユーザーインタビューを成功させるためのヒントをいくつか紹介したいと思います。
・ユーザーインタビューは1対2で行なう
グループインタビューは集団思考に陥ってしまうため、正しいインサイトを引き出せない可能性があります。1回のインタビューの対象者は1人にする方がベターです。また、インタビュー実施者側は、メモを取る人と質問する人の2人体制で望む方が、質問する人がユーザーの会話やボディランゲージに集中できます。
・初めはアイスブレークの質問をする
必ずしもインタビューされることに慣れてない方もいます。心理的なウォームアップをする上でも、カジュアルな質問(例えば、「●●さんは今日、オフィスから来てくれたのですか?」など?)で場を温めるのも良い手です。
・可能であれば録画/録音させてもらう
あとでチームでも見返せるように、録画もしくは録音を理由を添えてお願いしてみましょう。最初は録画されて緊張される方も、話し出すうちに、気にしなくなることが多いです。
・聞くことにフォーカスする
基本中の基本ですが、ユーザーインタビューの目的は売ることではありません。ユーザーが対話の大部分を話すように、ディスカッションをリードしましょう。
・ボディランゲージにも宝が埋まっている
ユーザーインタビューは、ユーザーの言ったことだけではなく、表情やしぐさなどのボディランゲージから得られる情報も有益です。特に心理的なペインの深さや、ユーザーのソリューションへの興奮度合いなどは、発言以上にカギになることもあります。
・ユーザーインタビューは集中的ではなく、毎週数件に頻度を調整して、仮説をブラッシュアップできる時間を念頭にスケジューリングする
インタビューは重ねるごとに仮説がブラッシュアップされていき、新たに検証する必要がある仮説が出てきます。そのため、インタビューは一気に行なわず、毎週実施されたインタビュー結果を元に、仮説を精緻化し、インタビューガイド自体もブラッシュアップして、翌週のインタビューに臨みましょう。より深みのある仮説検証、ひいてはプロダクトを成功に近づけることができます。
・知り合いの紹介をお願いする
インタビューの終わりに、ターゲットになる見込み客の紹介をお願いすることも、ユーザーインタビューの量を重ねる上では有効な手段です。
・感謝を伝え、相手にも質問の時間を与える
ユーザーの方には時間を割いてくださったことに、心から感謝しましょう。最後の5分は、ユーザーの方に質問やコメントの機会を渡すことも効果的です。インタビュー中に考えたことを吐き出せるので、思ってもみなかった情報を与えてくれることもあります。
・インタビューメモはできるだけ早く書いて、共有する
記憶は時間と共に薄れてしまいます。記憶が新鮮なうちにメモを書いて、チームに共有しましょう。
・印象に残ったユーザーの何気ない一言もメモする
ユーザーインタビューの主目的は「誰の、どのような課題を、どう解くのか?」ですが、ユーザーの何気ない一言が、痛烈なマーケティングメッセージや課題のシャープな言語化につながる事があります。ストーリーベースで、ユーザーのちょっとした感情の吐露も丁寧にメモを取っておくと、重要な財産になります。
(参考資料)
ALL for SaaS SaaS立ち上げのすべて
https://brantcooper.com/brants-rant/how-to-find-early-adopters/
https://www.productplan.com/blog/questions-product-managers-ask-customers/
http://giffconstable.com/2012/12/12-tips-for-early-customer-development-interviews-revision-3/
https://www.bringthedonuts.com/essays/how-to-listen-to-customers.html
https://note.com/12011991/n/n082417cda3f7
https://medium.com/swlh/the-product-managers-guide-to-interviewing-customers-4351bf65e6b7
http://www.startuplessonslearned.com/2008/11/five-whys.html
https://www.userinterviews.com/blog/the-ultimate-guide-to-doing-kickass-customer-interviews