プロダクト戦略とは、テクノロジー企業がプロダクトによって何を実現したいのか、そのためには何が必要なのか、そしてビジネス全体のゴールにどう合致しているかを記述した、ハイレベルな計画です。簡単に言うと、以前の私たちの記事で紹介した、プロダクトビジョンとプロダクトロードマップの間をつなぐものです。
優れたプロダクト戦略は、「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか?」をクリアに説明します。
プロダクト戦略は、事業のステージ、組織の能力、プロダクトの成熟度、顧客の性質、競合環境などによって大きく異なります。また、SaaSのプロダクト戦略は、6ヶ月~1年の時間軸で作られることが通常ですが、期間の設定も事業によりけりです。
(共著:湊 雅之+宮田 義孝)
優れたプロダクト戦略の構成要素
私たちの考える、優れたプロダクト戦略の構成要素は、以下の通りです。
・プロダクトビジョン:プロダクトの理想的な未来の姿を、シンプルかつ力強くまとめた文章
・タイムフレーム:目標を達成するために必要な期間
・ペルソナ/ICP:プロダクトが主にターゲットとする理想的な顧客像
・プロダクトの目標/解決する課題:プロダクトで解決しようとする主な課題
・主な取り組み(イニシアティブ):プロダクトの目標を達成するための戦略的なテーマ
・主な結果指標:全社OKRなどの事業上の目標と紐づけられた、測定可能な期間内の成果
プロダクト戦略はなぜ重要なのでしょうか。ここでは2つの理由を紹介します。
理由その1:プロダクトビジョンを具体的に実現する道のりを、組織全体で理解し、連携できる
プロダクトビジョンは「プロダクトで何を実現するか」を簡潔な文章で伝えてくれますが、それを「具体的にどうやって実行していくのか」は教えてくれません。プロダクト戦略を作ると、エンジニア、マーケティング、セールスなどの組織全体でプロダクトの方向性を詳しく理解することを助け、部門間の連携力が高まります。
たとえば、開発チームであれば、自分が取り組んでいるプロダクトが全社OKRのような戦略目標に対して、どのように貢献しているかを理解できます。セールスチームであれば、プロダクトの優位性やポジショニングを顧客に明確に説明できるようになります。
理由その2:プロダクトロードマップの優先順位付けがしやすくなる
プロダクト戦略をスキップして、プロダクトロードマップに取り掛かるケースは少なくありません。しかしプロダクト戦略が無ければ、ステークホルダー間での優先順位付けで合意を取りにくくなり、限られたリソースと時間を誤って投入してしまうリスクがあります。
プロダクト戦略からはじめることで、「プロダクトで何を達成したいのか」がより明確になるため、戦略的にプロダクトロードマップに落とし込むことができます。
SaaSプロダクトに使える、8つの戦略パターン
過去20年ほどSaaSが歩んだ歴史において、プロダクト戦略はさまざまなパターンが開発されてきました。ここでは、SaaSのプロダクト戦略を考える上で使える、代表的な8つのパターンを紹介します。なお、優れたSaaS企業は、以下に記載されている複数の戦略パターンを組み合わせていることも多いです。
1) ローコスト戦略
主に後発のSaaSプロダクトや成熟したSaaSプロダクトにみられる戦略パターンです。顧客の最低限のニーズは満たしている一方で、代替手段や競合プロダクトに比べて柔軟性が乏しい場合、機能をシンプルに限定しつつ低価格に設定するケースが多くあります。
主にSaaSスタートアップのシード・アーリーステージで見られます。代表例は、フリーミアムを主体としたMailChimpなどです。
ただし、ローコスト戦略は対象となるユーザーがかなり多く、Product-Led Growthなど顧客獲得コストを下げられないと、成長が維持できません。Product-Led Growthのような形を取る場合、ユーザーがセルフオンボーディングできるなど、カスタマーサクセスの負荷を軽減したり、UI/UXを誰にも分かりやすくする必要があります。
また、日本国内をターゲットにしたプロダクトのアーリーステージ以降では、ローコスト戦略から積極的に脱却し、他の戦略へシフトすることが多く見受けられます。
2) ランド&エキスパンド(Land&Expand)戦略
ローコスト戦略の派生形で、低価格で小規模かつ素早く企業への導入を進め、アカウントを核とした後にアップセル/クロスセルでARPA(顧客1社当たりの平均単価)を向上させていく戦略パターンです。特に全社導入など、利用するアカウント数が多く、ネットワーク効果が効きやすいSaaSプロダクトでよく見られます。SlackやNotionが代表例として挙げられます。
3) ニッチ戦略
特定の業種/産業に特化して、プロダクトを展開する戦略パターンです。対象とする業務にホリゾンタルSaaSが普及している一方で、その業種/産業において、アンメットニーズ(まだ満たされていないニーズ)があることはよくあります。たとえば、法律事務所特化のCRMであるClioはこの好例です。いわゆるバーティカルSaaS、そしてホリゾンタルSaaSの初期でもよく見られるパターンです。
4) ハイタッチ・サービス戦略
顧客の業務または機能の複雑性が高いため、顧客のオンボーディングコストが高いSaaSプロダクトでよく見られる戦略パターンです。この戦略の場合、カスタマーサクセスやコンサルティングのような、人員の工数がかかるため、エンプラ向けSaaSで一般的に見られます。特に競合プロダクトが、エンプラ向け海外SaaSに対して、有効なケースがよくあります。海外SaaSは、機能は豊富でも、日本に参入したばかりの時はカスタマーサクセスのリソースが十分に無い一方、日本のエンプラ企業は手厚いサポートを期待されるためです。
dataXやモチベーションクラウドなどが当てはまるケースでしょう。
5) ベスト・オブ・ブリード(Best of Breed)戦略
特定業務向けで、トップのブランドと機能性を兼ね備えた、ポイントソリューションとなるSaaSプロダクトで見られる戦略です。高い機能性、柔軟性、安全性を兼ね備え、競合に対してプロダクトの差別化ができており、マーケットリーダーの地位を獲得できている場合に多いです。特にエンプラ向けSaaSでこのパターンはよくあります。QualtricsやZoomが代表例です。
6) オール・イン・ワン(All-in-one)戦略
対象ユーザーが使う、すべてのソフトウェア機能を兼ね備えた戦略パターンです。SaaSそれぞれが最適化されていたとしても、複数の異なるSaaSを使いこなすことは、ユーザーの業務全体で見た場合、業務負荷が多くなります。シンプルな機能で十分、ですがユーザーの業務の幅が広いSMB向けのバーティカルSaaSでは非常にメジャーな戦略です。ServiceTitanやToastが代表例です。
7) APIプラットフォーム戦略
ユースケースとして、他のSaaSと連携したり、インテグレーションしたりすることで価値が上がるSaaSでよく見られる戦略パターンです。また、市場での強いポジショニングを築けているケースもよくあります。代表例は、Salesforce、Shopify、freeeです。
8) 他サービスとのシナジー戦略
フィンテックやマーケットプレイスなど、異なるサービスとの連携を前提として、SaaSを顧客の業務に入れ込むためのロックインとして、プロダクトを連携させる戦略パターンです。SaaS自体は低価格で提供し、連携する他サービスがキャッシュカウになっているケースもよく見られます。
好例としては、SMB向けに人事SaaSを無料で提供し、健康保険の販売をしているZenefitz。サロン向けに予約・顧客管理SaaSである「Salon Board」は無料で使える一方、集客メディアであるホットペッパーでマネタイズしているリクルートも挙がります。
プロダクトビジョンの実現を引き寄せるのが、戦略
プロダクトビジョンを策定したり、見直したりする際に、上記8つのプロダクト戦略から、いずれを取るべきなのか。落ち着いて考えることで、プロダクトビジョンの実現を引き寄せることができます。
事業やプロダクトのフェーズの変化に伴い、ターゲットセグメントが広がったり、取るべきプロダクト戦略は移り変わったりしていきます。組織全体でアラインし、全社一丸となるためのロードマップをつくる起点に、プロダクト戦略はなれるのです。
参考資料)
https://www.productplan.com/glossary/product-strategy/
https://www.svpg.com/product-strategy-overview/
https://www.productboard.com/blog/product-strategy-6-steps/
https://www.aha.io/roadmapping/guide/product-strategy#business-models
https://blog.mindmanager.com/product-strategy-examples/