「State of the Cloud 2023」- マルチバース時代を迎えた世界のクラウド市場
Bessemer Venture Partners「State of the Cloud 2023」の一部を日本語で紹介したものです。全文はリンク先をご覧ください。
毎年恒例の米トップティアVC Bessemer Venture Partnersによる、SaaS市場の現在地と今後に関する「State of the Cloud 2023」がリリースされました。今年は例年より気合の入った内容で、ヒストリカルデータで現状のSaaS市場の振り返りと「AIの大波」にどうSaaS企業が捉えていくかが、基本的なところから解説をしてくれています。全部読めない方向けに、重要なポイントを以下にまとめます。
2023年の今は「マルチバース」の時代を迎えています
利上げに加え、SVB破綻でマクロ経済的には更に不確実性が高まりました。それと同時に、AIの進化による技術的なパラダイムシフトが同時に起こっています。
クラウドの逆風はあるが、実はクラウド市場は未だに明るい
利上げによるマルチプル圧縮に加え、景気後退懸念から予算縮小やセールスサイクルの長期化のダブルパンチを受けています。しかし、SaaSは最も魅力的なビジネスモデルであることの証明として、過去12ヶ月で見てもBVP IndexはS&P500の平均成長率の2倍上です。また、パブリッククラウド市場は、コロナ以前の水準を上回っています。
SaaS IPOが急停止の一方、大型M&Aが市場を下支えしています
2022年はSaaS企業のIPOはゼロ件でしたが、AnaplanやZendeskなどPEによるM&Aの加速がクラウドビジネスの基盤を支えています。また、戦略的なM&Aでも、AdobeのFigmaに対する過去最高レベルのプレミアムを付けた買収オファーからみられるように、トップクラスのSaaS企業はいまだに高い評価を受けていることが分かります。
資金調達のベストタイミングは、資金を必要としない時です
2021年時のような「イージーマネー」はもうありません。市場のタイミングを計ろうとせず、資金が手に入る時に資金調達をすることをお勧めします。
市場の評価は「成長より利益重視」から「成長を中心とした効率性重視」にシフトしています
2021/11でのSaaS企業の評価において、「成長:利益」の比重は、6:1で圧倒的に成長重視でした。2022/10では、成長:利益の比重は1:1までシフトし、やや利益重視に傾いたこともありました。しかし、現在では、この評価比重が2:1で成長重視にまた戻ってきています。
資金調達に向けて理想的な基準は「ARR成長 +100%、バーンマルチプル 1.2相、Rule of 40 40%」です
キャッシュフローの損益分岐点をすぐに達成する必要はなく、最適なコストで成長することが大切です。
予測1:SaaSの非効率性を正し、可能性を延ばすSaaSの可能性
クラウドコストの合理化の動きに対して、コスト削減できる分野は大きな余地があります。
予測2:気候変動への対応するSaaSの可能性
自然エネルギー価格の下落や法整備、消費者のムーブメントの高まりから、エネルギー分野のSaaSの出現を加速していく可能性があります。
予測3:AIの生み出す価値は大半が現場や消費者へChatGPTは、発売からわずか2ヶ月でMAU 1億人達成という快挙を成し遂げました。エコシステムの爆発的な普及に伴い、消費者向けやエンタープライズ向けで新たなカテゴリーリーダーが出現します。AIネイティブなプロダクトは、AIを中核に据えて一から設計されるようになっていきます。
予測4:中央集権型と分散型の競争がAIの進化を加速
OpenAIやGooleなどの中央集権型のアプローチで市場の寡占化を狙う動きの一方で、AIモデルやロングテールはオープンソースコミュニティの様な分散型のアプローチが花開いてきています。この競争は、より優れた技術が低価格化していくことを意味します。
予測5:大規模言語モデル(LLM)革命で全てのSaaSアプリが変化
AIは電気、自動車のように、不可避な技術革新です。現状維持バイアスに囚われ、クラウドに乗り遅れ、衰退したオラクルにならないように、この技術革新には法務面に注視しながら臨むべきです。SaaS企業がLLMの採用を進める上では、以下のステップを取ると良いでしょう。
- 社内ワークフローでAIによる機会を評価する
- プロダクトロードマップを再構築する
- 開発と市場投入を高速で進める(実行スピードが最重要)
- 市場テストをしながら、長期的なMoatを意識したAI戦略を作る
AIネイティブなSaaS企業はARR $1Bを最速で成長します
AIネイティブ企業は、これまでのクラウド企業よりも50%速くARR $1B達成を実現すると予測します。
HashiCorp創業者が語る「クラウド視点で見る現代のAIの進化」
MITCHELL HASHIMOTO「Growth of AI Through a Cloud Lens」の一部を日本語で紹介したものです。全文はリンク先をご覧ください。
米上場SaaS HashiCorp創業者ミッチェル・ハシモトさんの記事。今後10年超でおこるAIの台頭は、クラウドと類似性があり、クラウドの歴史のアナロジーで解説してくれています。クラウドの進化の歴史を理解すると共に、それ以上に進化の速いAIのプラットフォームシフトの可能性を理解するのに役に立つと思います。
- クラウドの初期の成功は、価値の即時性の高さ(EC2は最速で安価)です。現代の生成AIも同じ価値の即効性の高さがみられます。
- 但し、初期のクラウドは未成熟で、多くの用途では実用性が乏しかったが、徐々に人気が高まり、ハイプが来て、高機能化と共に用途を拡大していきました。現在のAIも同じような状況にあります。
- 静的なレガシーソフトウェアと異なり、クラウドは"モバイル対応"など、動的さ(ダイナミックさ)に進化していく点が優れていました。このシフトでは、古い製品がすぐ陳腐化せずに、時間を追ってその差が広がってきました。AIでも同じような状況が起こります。
- クラウドの優れた点は、マイグレーション特性があったことです。古い技術を捨てるのではなく、既存のソフトウェアをより良くしました。ただ新技術を持ってきただけでは、業界全体に大きなインパクトを作り、スケールすることは難しいです。最近のAI開発は、既存ソフトウェアをより良くする点で似ています。
- AIによるプラットフォームシフトは、数十年かかったクラウドのプラットフォームシフトの時よりも、より短い時間軸で起こる可能性があります。
イノベーションが生まれる前のPMF期間は「忍耐」と「制約」が肝
Michael Seibel氏によるツイートの一部を日本語で紹介したものです。全文はリンク先をご覧ください。
Y Combinator Michael Seibel氏のTweetを紹介します。2013年にY Combinatorにジョインしてから、数多くのスタートアップの創業支援をしてきた当人によるPMFのアドバイスです。スタートアップこそスピーディに成長するべき、という考えを持ってもおかしくないと思いますが、PMFを難しい道のりの中では制約に耐えることが大事というのが彼のメッセージです。以下、Tweetの翻訳になります。
- スタートアップがPMFを見つけるには時間がかかります。私の経験では、1〜4年です。Twitchは5年以上かかりました。小規模なチーム、低いバーンレート、そして圧倒的なフォーカスを持っていると、より容易にPMFを達成できます。
- PMF前にスケールしようとすることは、スタートアップを殺す一番の要因です。つまり、あなたの投資が何の価値もなくなる最速の道にもなります。
- 創業者がエンジニアを大量に採用したり、シニアエグゼクティブを雇ったり、ビジネス開発やパートナーシップ組んだり、PMFのために効果のないショートカットを探すことはしないでください。代わりに、お客さまと対話し、彼らを気にかけ、彼らの課題を学び、効果的に解決する策を考えるべきです。
- 人員/キャッシュの制約があることで、イノベーションを促進するということを覚えておいてください。これこそが、スタートアップが既存のビッグプレーヤーにはない、何らかのチャンスを持っている唯一の理由です。
- 創業者が、従業員に対して、ボスのように振舞うべきではありません。創業者がPMFに到達するのがどれだけ難しいかを実感した時に陥る自然な反応です。そのような難しい状況を打開することも、創業者やその会社の仕事であることを忘れてはいけません。
あなたの顧客は誰ですか?
向井俊介さんのnote「あなたの顧客は誰ですか?|向井 俊介 | B2B営業のアドバイザー&営業実務教育研究|note」のご紹介です。
ALL STAR SAAS FUNDメンターである、向井さんのnoteをご紹介します。特にセールスなどお客さまに向き合うお仕事をされる方々の中には、より企業にプロダクトを導入してもらうためにペルソナや業界の特性を分析・整理し、戦略を作ることがあるかと思います。その時、向き合っているマーケットにいる「お客さま」を、具体的に分析できているか、というのが本記事の問題提起です。プロダクトを検討するお客さま側の担当者やプロダクトを利用するユーザーは「人」であることから、「人」を見たアプローチをすることを説かれています。ぜひチェックしてみてください。
ARR $600Mを突破したAsanaから学ぶ5つの教訓ー顧客セグメントを見直していくことの重要性ー
SaaStr「5 Interesting Learnings from Asana at $600,000,000 in ARR | SaaStr」の一部を日本語で紹介したものです。全文はリンク先をご覧ください。
AsanaやMonday.com、Atlassianなど円滑にプロジェクト管理するツールは企業のハブである重要なソフトウェアの一つです。すでに前述した多くの企業がIPOを果たしていますが、NotionやAirtableなど急成長のリーダーも多数存在する領域です。今回は、その中でもARR $600Mを突破したAsanaから学べる5つの教訓の記事について紹介させていただきます。
- NRR はエンタープライズでは 135% と高く維持されています
成長は少し鈍化しましたが、NRR はそれほど低下していません。SaaS支出コストの見直しなど不況期であったとしても、NRRは依然としてトップ水準を維持していくことは経営として重要なイシューになります。 - 500人以上でかつ $10万ドルの顧客セグメントが急速に成長しています
Asana は完全にエンタープライズ向けはないですが、このセグメントがいまや成長のトップ エンジンです。成長率は80% でかつ、はるかに高いNRR (135%) になっており、将来への期待も高まります。 - 5,000ドル以上の顧客が売上の73%を占めています
Asanaは、明確に5,000ドル以上のACVを獲得できるセグメントにフォーカスを当てています。これが重要なラインとしているようです。一方で が6億ドル以上であっても、売上の27%が5,000 ドル未満の顧客からのものであることは印象的です。 - 収益の 39% は米国外ですが、米国がはるかに成長しています
グローバル化は進展しつつも依然として、ヨーロッパやその他の地域はこれからとなっています。 - 1.2万社のSMBのお客様(数で 86%) は売上の 27% を占めています
Asana にとってロングテールは重要な要素であり、小さな顧客は定期的に大きな顧客に成長します。興味深いことに、顧客数では大きくなっていますが、総収益の割合としては小さくなっています。
機関投資家にモダンなITインフラSaaSを提供するClear Street、シリーズBで$270M(約360億円)を調達
現在、米国資本市場全体で使われているITインフラは、いまだに1980年代に作られたメインフレーム技術に依存しています。そのため、手作業のプロセスや高コストの技術負債が課題になっています。Clear Streetは、約200社の機関投資家と数百社もの小規模なアクティブトレーディングを行う事業者向けに、米国株式およびオプションの清算、保管、ファイナンスに必要な現代的なソフトウェアを提供しています。過去1年で利用する機関投資家の社数は500%増加し、1日の取引量も300%以上増加しています。本ラウンドは、Prysm Capitalがリードしました。今回調達時のバリュエーションは、$2B(約2,700億円)です。
消費者が安全なデジタルID利用をできるB2C SaaS ID.me、シリーズDで$132M(約180億円)を調達
ID.meは、消費者がオンラインで自分のアイデンティティを簡単に証明・共有するSaaSを提供するスタートアップ。1億人以上がID.me Walletを利用しており、米国30州、14の連邦機関、500以上の大手小売店での本人確認を簡単に行うことができます。消費者は、個人情報を管理しながらオンラインサービスや特典を簡単に利用することができます。今回のシリーズDは、Viking Global Investorsがリードしました。今回の調達に合わせて、ゴールドマンサックス・シタデル出身の元Mint House CFOが同社のCFOに就任したと発表しました。
大学スポーツ特化のコミュニケーション・運営支援SaaS Teamworks、シリーズEで$65M(約90億円)を調達
Teamworksは、大学などを含む大規模なスポーツチームのコーチや管理者がアスリートをサポートするために、採用、育成、管理、コミュニティ形成などの様々なツールを提供するスタートアップ。世界6,000以上のスポーツチーム、軍事期間、公共機関で利用されています。今回のシリーズEは、Dragoneer Investment Groupがリードしました。今回の調達に合わせて、人材採用、コンプライアンス管理、オペレーション自動化、キャンプ合理化などのツールを提供するARMS Software社の買収を発表しました。同社は400を超える大学の運動部で利用されています。
創業1年の経済データのDatabase as a Service Cybersyn、シリーズAで$62.9M(約84億円)を調達
Cybersynは、2022年に著名ファンドCoatueでデータサイエンスヘッドだったAlex Izydorczyk氏が創業した、公開・独自の経済データを組み合わせて、意思決定を支援するSaaSを提供するスタートアップ。主な顧客は政府機関やエンタープライズ企業です。今回のシリーズAは、データクラウドプロバイダー大手 Snowflakeがリードし、CoatueとSequoia Capitalも参加しました。Snowflakeの投資は、CVC部門ではなく、本体投資であり、Snowflake CFO Mike Scarpelli氏らが、Cybersynの社外役員に加わる予定です。
カナダ発の自動車修理業界特化SaaS AutoLeap、シリーズBで$30M(約40億円)を調達
世界的に原材料の高騰などにより、自動車価格が上昇しており、平均的な乗用車の利用年数は13年以上を経過しています。この「車の高齢化」により、自動車修理ニーズは増えている一方、自動車修理工場はの90%は、エクセルやレガシーの請求書作成ツールなどの古い技術を使っています。AutoLeapは、使い易さを重視し、修理工場向けに見積り、請求書、作業処理などのワークフローをデジタル化するエンタープライズSaaSを提供しています。2021年末のシリーズAから顧客ベースは10倍近くまで拡大。今回のシリーズBは、Advance Venture Partnersがリードしました。
DX時代の新しい会計事務所を作るSoVa、プレシリーズAで2.3億円調達
税理士/社労士などの専門家が独自開発したシステムに加え、専門家紹介などの人のサポートを合わせて提供するサービスを提供しています。バックオフィスに関わるtodoが一目でわかるカレンダー機能や、役所手続きなどに必要とされる書類を提供するチャットボット、タスクの進捗が確認できるタスク管理機能を搭載しています。サービスリリースから1年半で300社以上の企業が利用しています。本ラウンドに参画した投資家は、下記の通りです。
- ジャフコ グループ、グローブアドバイザーズベンチャーズ、East Ventures、ココナラスキルパートナーズ、ブリッジコンサルティンググループ、ちゅうぎんキャピタルパートナーズ、セゾン・ベンチャーズ、RSM汐留パートナーズ、CPAエクセレントパートナーズ、山田 徳昭 氏(クリフィックス税理士法人)、グロービス(G-STARTUPファンド)、村上 裕太郎 氏(慶應義塾大学大学院)、深野 竜矢 氏(ZeLo FAS)、手塚 正彦 氏(会計教育研修機構)
時間に向き合うプラットフォームを提供するタイムクラウド、プレシリーズAで資金調達。累計調達額1.1億円突破。
時間管理ツール「TimeCrowd」を開発・提供しています。タスクごとにかかる時間を記録し、チームの生産性をリアルタイムで把握することができます。この「見える化」を通して業務改善や人材育成、案件管理に役立たせることができます。受託開発やアウトソーシング、その他コンサルティングサービスなどの「プロジェクト型ビジネス」を行う企業が導入しています。本ラウンドに参画した投資家は、下記の通りです。
- ライフタイムベンチャーズ、インキュベイトファンド、koujitsu、未知、個人投資家
- 米アマゾンが生成AIに参入。AWSで生成AIに対応を強化した新サービス「Amazon Bedrock」を発表。(Impress Watch)
- 中国ハイテク大手 アリババがChatGPTの競合プロダクトを開発中と発表。(BBC News)
- AnthropicがOpenAIに挑む4年計画。10以上の主要産業に参入するため、今後2年間で$5Bを投資すると発表。(TechCrunch)
- 元OpenAI幹部 Head of Productを務めたFraser Kelton氏が、米トップVC Spark CapitalにVenture Partnerとして参画。(The Information)
- ブルームバーグ競合の企業・金融データベースSaaS AlphaSense、シリーズDで$100Mを調達。アルファベット傘下VC Capital Gがリード投資家。バリュエーション $1.8B。ChatGPTやBard等を組み込んだツールを提供。(CNBC)
- 法律家向けに医療文書のレビューを支援するAIを提供するEvenUp、シリーズBでBessemer Venture Partners等から調達(調達額は非公開)。バリュエーション $350M。2023年Q1のARR $8.9Mで、売上高マルチプル 40x。Lightspeed Venture Partners、Insight Partnersなどの有力VC6社がコンペに参加。(Inside.com)
- テキストを自然な話し言葉に変換するAIを提供するElevenLabs、シードで$18Mを調達。投資家はAndreessen Horowitzや元GitHub CEO Nat Friedman氏など。(Head Topics)
- 生成AIで新薬開発の加速化を支援するUnlearn.ai、$15Mを調達。Radical VenturesとWittington Venturesが投資家。バリュエーション $265M。OpenAI CTOのMira Murati氏が社外取締役に就任。(The Economic Times)
- 政府機関向けにデータドリブンなAI SaaSを提供するCardinality.ai、シリーズBで$12.5Mを調達。Boathouse Capitalがリード。(PR Newswire)
- Web3特化のAIアシスタント「Alex」を提供するCryptoGPT、シリーズAで$10Mを調達。バリュエーション $250M。(Yahoo!Finance)
- エンタープライズ企業のGAIやLLMの活用を支援するDistyl AI、シードで$7Mを調達。CoatueとDell Technologies Capitalがリード。GitHub 元CEO Nat Friedman氏も参加。Open AIと事業提携も発表。(VentureBeat)
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