多くの企業がリモートワークへ切り替えを余儀なくされるなか、取り組みを強化すべき施策のひとつが「オンラインセールス」です。“withコロナ時代”にSaaS企業が生き残り、伸び続けていくためにも、非対面かつ効率的な営業戦略は欠かせません。
今回、ALL STAR SAAS FUNDが主催する「#SaaSTokyo ウェビナー」では、クラウド人事労務ソフトを提供するSmartHRより、オンラインセールスを担当する正木聡帆さんを招き、その戦略のポイントを伺いました。
正木さんはオンラインセールスチームの立ち上げメンバーとして、2018年6月にSmartHRへ参画。社員数50名以下の企業へのWeb商談からスタートし、現在は300〜2000名規模の企業を担当なさっています。
昨今の環境化で、SmartHRは営業施策の全てをWeb商談ベースに切り替えたといいます。日々、現場で顧客と向き合う正木さんに、資料作りやアイスブレイクといった実践例、セールスとしての心がけ、さらには未来像に至るまで、さまざまな話をお聞きしました。
聞き手は、ALL STAR SAAS FUNDのマネージングパートナーである前田ヒロが務めます。
基本の環境設定は「できるだけ鮮明に」
前田:まずは、オンラインセールスを強化しようとする方から、よく聞かれる質問の一つが「環境設定」なんです。正木さんは、どういった環境設定を心がけていますか。
正木:基本はパソコンとネット環境さえあれば取り組めますが、より良くしていくポイントとしてカメラ写りは意識しています。「バーチャル背景」が使えるなら、SmartHRではデザイナーが制作した統一の画像を設定します。
設定できないWeb商談ツールの場合は、できるだけ白い壁にして、何かが映るにしてもお花が少し見えるくらい。あとは、いわゆる「女優ライト」と呼ばれるリングライトを使い、顔に光がしっかり回るようにしています。
前田:やはりカメラ映りは意識すべきなんですね。
正木:SmartHRでも、新入社員さんの初めての歓迎会をZoomで行う機会も結構あるんです。それで思ったのは、やはり対面よりZoomのほうが印象に残りづらい。Web商談も同じはずなので、できるだけ鮮明に映り、顔が程よく近くに見えるように調整して、印象を強く残せるように意識しています。
映り方も、猫背だと印象がよくありませんから、Webカメラを置く位置には気をつけています。パソコンのインカメラだと、どうしても下から仰ぎ見る映像になってしまうので。
前田:ちょっと上から目線に見えちゃいますよね。
正木:そうなんです。いろいろと工夫しているおかげか、お客様から「正木さんは、そのまま画面から飛び出してきそうですね」と言われました(笑)。
前田:正木さんが気をつけていても、相手の顔が見づらいということもありませんか。
正木:お客様側のカメラが起動しないなど、結構多いですね……複数人いらっしゃると、誰がお話されているのかわからないことも。あとは、お客様のカメラが起動しないと、誰が、どのような表情をしているのか読めません。起動したとしても、顔が豆粒ぐらいの大きさでしか映っていなくて、判別しにくいケースもあります。
だからこそ、事前準備が必要です。SmartHRでは、インサイドセールスのメンバーが商談に参加するお客様のお名前や役職、仕事の内容などを事前にヒアリングしてくれています。名刺交換もできませんから、それらをSalesforceで共有します。
当日はそれらの情報をもとに、参加している方をまず確認したり、バイネームで業務について問いかけたりするなかで、商談相手の情報を把握して進めるようにしています。自分たちの情報を渡す意味では、バーチャル背景に社名や氏名を入れたり、提案資料の1ページ目に自己紹介のスライドを加えていたりもしますね。
提案資料は「ワンスライド・ワンメッセージ×三段構成」
前田:まさに、提案資料の質問もよく聞かれます。オンラインセールスで用いる資料や、プレゼンの仕方は対面営業と異なりますか?
正木:資料の鉄則は「ワンスライド・ワンメッセージ」です。実は、コドモンの足立賢信さんから教えていただき、SmartHRでも提案資料の作り方を大きく変えました。構成は、まず「お客様の課題」を明示し、それをSmartHRはどのように解決するかを伝え、それから機能紹介をする、という三段構成を基本にしました。
例えば、SmartHRは人事労務の入社手続きや、紙資料で扱っていた年末調整を、スマートフォンで簡単に申請ができるようになるプロダクトです。「お客様の課題」では、返送書類が足りない、そもそも提出すべき書類が帰ってこない、不備書類の差し戻しに1週間かかる……などがよくあります。
そこで、まずはこれら多くの企業に共通する課題を提示します。すると、お客様とアイスブレイクを全くしていなくても、お客様はこの課題に共感を表してくださいます。そこで、「SmartHRでは紙が無くなるので、書類が足りないことも起きません。差し戻しはボタンひとつで、自宅からオンラインで可能です」といった課題解決の道筋を示します。
その上で、「SmartHRの機能を紹介します」と動画デモなどを見せつつ、お話を進めます。この三段構成に沿った資料は、オンラインセールスに限らず、フィールドセールスでも活用できるものだと思います。それまでは機能ごとに口頭で説明していて、どちらかというと「しゃべり」で勝負するようなところがあり、最適化されているとはいえなかったんです。
前田:Web商談のプレゼンで意識していることは、どうでしょう?資料の見せ方や、マウスの動かし方などのポイントもありそうですが。
正木:視覚情報がうるさくならないように意識しています。資料は速くめくりすぎない、マウスポインタも動かしすぎないといったことです。ただ、一番に気をつけているのは、初回商談をできるだけ短くすることです。資料が100ページあっても、お見せするのは20ページほどに留めて、情報を詰め込みすぎないようにしています。
前田:短くする理由は?
正木:二次元での商談コミュニケーションは2時間も3時間も場が持たないですし、集中力も続かないと思うんですね。お客様側から質問が次々寄せられて長びく分にはいいのですが、長くとも40分ぐらいがベストという肌感覚を基本としています。
「自己開示」が良いオンラインセールスにつながる
前田:肌感覚も日々養われている正木さんに、いきなり難しい質問を投げてみたいのですが……「良いオンラインセールス」とは何だと考えますか?
正木:お客様から会ったことがあるような感覚を持たれる人、かなと思います。私の目標でもあります。
そこまでに至るには、一回の商談では難しいはず。回数を重ねて追客していき、最終形態としての在り方になるのではないでしょうか。
前田:どのようにすれば近づけますか?
正木:ポイントは2つあります。一つは、私自身がしっかり自己開示できていること。もう一つがお客様側にも自己開示していただくこと。この2つが合わさってこそですね。
これまでフィールドセールスをされてきた方がオンラインセールスに取り組む上で、一番のハードルに感じるのも、このポイントだと思っています。お互いに自己開示するための場づくりがしにくいと。
一口に自己開示と言ってもさまざまですが、私は「自分の感情」を伝えるようにしていますね。お客様から課題や現況といった事実ベースのお話を聞き、それに対して「私は」何を感じたのか。あるいは他のお客様から聞いた話に「私は」どう考えたのか。
そういう「想い」を商談の中に都度ちりばめるようには意識しています。その積み重ねがあって、お客様のなかに「正木さん像」が立ち上がってくるのかなと。
前田:親近感を持たせるためにも、「正木さんが誰なのか」を、事前にできる限り伝えるのですね。そして、商談を通しても性格や感情を開示していく。
正木:あとはその一貫として、商談前日に自分のプロフィールURLをお送りしています。そこには自分が好きな物や趣味、チームメンバーやオフィスの写真なども含まれています。
アイスブレイクとしての雑談を「商談の最後」にする理由
前田:自己開示といえば、「アイスブレイク」も課題のひとつに聞きます。SmartHRでも、フィールドセールスからオンラインセールスへ切り替える際など、どのように対応してきたのでしょうか。
正木:前提として、慣れれば乗り越えられるハードルと、長年の経験があっても越えにくいハードルがあるんですね。
慣れれば乗り越えられるハードルを2つ紹介すると、まずは「お客様が話してくれずにアイスブレイクしづらい」。さらには「お客様が複数名で商談に出てきた時に戸惑う」。これらは慣れもあるのですが、根本的にフィールドセールスと同じ感覚で挑もうとするから難しくなってしまうのかな、と思っています。
前田:オンラインセールスとしての挑み方があると。
正木:私の場合は、すぐ本題に入ります。間延びさせないように進めて、お客様の困りごとを早い段階でこちらから代弁できると、商談の途中でお客様が「あ、ちょっといい話かも」と前のめりに聞いてくださるようになります。その段階で、事前にコーポレートサイトなどから調べておいたお客様の「褒めポイント」を挟んでいくんです。すると、雑談などをしなくても、氷がどんどん溶けていく感覚になるので。
前田:物理的に会えると雑談が多かったりしますものね。それこそ訪問している場所に対するコメントや、その日の天気いった話せる引き出しは多い。でも、オンラインセールスには、そういった機会はたしかに少ないです。お客さんの「褒めポイント」はどんなことを?
正木:コーポレートサイトがすごく綺麗に作られている、採用がとてもうまくいってる……など色々あると思います。「褒めポイント」探しがアイスブレイクに繋がると私は思っていて。事前準備でも「お客様の会社に自分が入社するつもり」で、その会社と自分が好きなところを探すのを意識しています。そして、それ以外の雑談は商談の最後にすることが多いですね。
前田:雑談を最後に持ってくる理由は?
正木:本題が終わって、そこで切ってしまうと関係性が構築しにくいからです。雑談で少し心がほぐれた状態で、お互いのパーソナルな部分の会話をしてから切った方が、「この人は次も連絡してくれるかな、連絡しやすいな」と思えるのでは、という仮説のもとです。
商談が終わった後に、オンラインセールスでは追客を重ねることで関係性を深めていきます。訪問のインパクトには敵わないからこそ、一度の商談で全ての達成は狙いません。
前田:追客を重ねていくなかで、導入を左右するのが導入推進派と反対派の存在です。どのポジションに就く人が、どういった熱量を持っているのかを把握するのは、少なくとも商談を進める上で重要な情報かと思います。
正木:そうですね。その情報が得られないと、特に金額感が上がっていく施策の場合は進められないでしょうから、必須です。
前田:オンラインセールスでは、先ほど参加者の顔ぶれを事前に確認しておく話もありましたが、これらの存在がよりわかりにくいという課題はありませんか。
正木:はい、実際に「反対派の存在が見えづらい商談がある」とは、メンバーからも難しさとして挙がってきます。これが、長年の経験があっても越えにくいハードルかなと思います。オンラインセールスはお客様の状況が見えづらい部分があるのは仕方ないことです。
商談に出てきてくれていても話さない方がいたとして、「あの人が実は反対派だった」と後からわかるケースもあったりしてですね……。個人的には反対派の発見よりも、まずは推進派とその周りの方々に何でも話してもらえる良い関係性を作るのが、今のところ重要だと考えています。
前田:なるほど。推進派の方を中心に、内部の展開を教えてもらったり、導入の妨げになっている理由を伺える関係性を作るのが重要といった感じですね。
正木:特に大企業では担当者が5〜6名いらっしゃって、部長さんが2名関わる商談もあったりします。そうなってくると、私が後から電話するタイミングひとつとっても、「誰に連絡すべきか」という問題が出ます。
そこで、商談の最後に「この内容だと誰々さんに連絡するので構いませんか」などをすり合わせした上で、情報を共有しながら、いろんな人に接触していきます。その中で、反対意見があるのかどうかの把握にも頑張ってるんですけど……なかなか難しいですね。やはり、オンラインセールスでコミュニケーションがうまい人は、もとから電話営業などを得意とする人は多いです。
前田:パーソナライゼーションではないですが、機械的に処理しないことも重要なのだと思わせられます。
正木:送るメールを見ても、その人の性格が見えるような文面がありますね。ビジネスの会話をしながらも物腰が少し柔らかだったり、初回商談時に雑談のようにお話ししたことが散りばめられていたり。今、全体的に配信量が増えているなかで、それでも埋もれない、絶妙なコミュニケーションとしてのメールも大切です。
withコロナ時代には「コンテンツの拡充」が欠かせない
前田:オンラインセールスで完結させるためには、商談を振り返りながら仮説を立てて、試行錯誤を繰り返し続けないといけませんね。
正木:あとは、オンラインだけでどうしても商材が売れない場合は、セールスだけではなく別のところに問題がある可能性もあるかなと。たとえば、よくある理由は2つです。ひとつが、売るためのコンテンツが少ないとき。もうひとつは、プロダクト自体をもっと磨かないといけないケースです。
前田:前者でいうコンテンツは、営業資料の充実を指しますか?
正木:それも含まれますし、あとは機能紹介の動画なども入ります。売れない要因がコンテンツであれば、どういったものを制作すればいいのかを、マーケティング部門やデザイナーとも相談して進めていく必要がありますよね。明らかに良いコンテンツをたくさん発信されているような競合があるなら、比較して何が足りないものを検討しなくてはなりません。
また、後者でいうと、スマートドライブの弘中丈巳さんが素晴らしいnoteを書かれていました。「オンラインセールスは生産性と同時にプロダクトを磨くのが任務」であると。お客様が感じている課題と、そのプロダクトが持っている機能とのギャップを埋める作業を、オンラインセールスでは成すべきという内容です。とても参考になりますので、ぜひ。
前田:僕もそう思いますね。オンラインセールスで完結させるには、おそらくセールステクニックだけでは達成できません。マーケティングやプロダクトとも連携し、マーケティングの観点で何を発信すべきか、プロダクトのポジショニングをどう取るか、適正な価格の落とし所は……と、すべてがつながる。セールスだけで完結して解決するのは難しいのではないでしょうか。
正木:“SaaSのヒロさん”も、こうおっしゃるのですから、皆さんも同じように取り組んでいくとしましょう(笑)。
「withコロナ」の環境において、私は「大コンテンツ時代」になると思っています。オンラインセールスで売れるための営業資料や動画だけでなく、SmartHRだとオウンドメディア、e-Book、働き方改革の資料など様々です。全社的に、オンラインで売っていくために必要な武器を揃えておく必要があります。
お客様側からすると、導入を決める材料が単純に少なくなっている状態。いかに質の高い情報を提供できるかを、セールスだけでなく「会社として」考えておくべきかなと思います。
顧客にとって優先順位が高まれば、予算の壁は超えられる
前田:僕が投資している企業でも、「初回商談をするための事前打合せ」しているところもあるそうです。Zoomの使い方レクチャーや、動作確認のための機会を持つと。手厚く進めるのであれば、それもコンテンツの一つといえそうです。
ここで参加者からの質問をひとつ。特にアウトバンドの商談について、「新型コロナウィルス感染症が原因で予算が降りない」という断り文句に対し、切り替えのキラーワードはありますか、とのことです。
正木:うーん……それはやはり、出せないものは出せないのではないでしょうか……。
前田:僕からの回答としては、そのお客様の「優先順位」をできるだけ把握して、頭の中で優先順位を上げてもらうことが重要だと思いますね。対象顧客の課題トップ3を解決するプロダクトなのであれば、おそらく頑張ってでも導入しようとするでしょうし、少なくとも強い興味は持ってくれるはず。商材がそのトップ3に入れるかどうか。
正木:素晴らしい!そうですよね。それに、もし私が顧客側で、あまり導入したくないと思っている商材だったら、「こういう状況で予算も取れないので……」ってコロナを言い訳に使ってしまうかもしれないです。
前田:「コロナが原因で予算も出ません」は「興味がありません」の裏返しである可能性が高そうです。本当に導入したければ、断り方も変わってくると思うんですね。「この価格では難しいけれど、スモールスタートできませんか」といった話が出てくるはずですから。
正木:メモしておきます!(笑)
SaaSにとっては、セールスからサポートスタンスの表現を
前田:最後に「オンラインセールスの未来とは」という、すこし哲学的な話を投げてみたいです。僕も全くどういう回答があるかわかんないんですけれども(笑)。
正木:未来というより、私が普段考えていることになるのですが……コロナのような大変な状況の話は一旦置いておいて、SaaSを提供する会社としてカスタマーサクセスを考えた時に、事業成長を加速させるためにも、最終的にはオンラインセールスに集約した方がよいと思っている節があるんです。
エンタープライズでは、特に訪問という手札を使うのも有効な手段であるのは大賛成です。ただ、SaaSはオンラインセールスに集約すべきかというと、導入いただいたお客様に契約後もずっと訪問サポートはできないじゃないですか。お客様自らに活用していただける状態になってこそ、SaaSは導入効果が最大化します。
ずっと訪問でご提案をし続けて、契約後は「チャットサポートのみになります」と言われてしまうと、お客様側は弱ります。使い方ひとつとっても訪問で状況把握を求めたくなるでしょうし、応対するCSの方々も困ってしまうはず。CSの体制作りはもちろん重要ですが、自分たちのサポートスタンスをセールスの段階でもしっかり見せるべきなんですね。
お客様が導入後にサクセスする状態になるまで、セールス側でお客様を育てることも必要。そのための手段としては、オンラインセールスが有効なのではと思っています。
前田:たしかにそうですね。導入前後のギャップを少なくし、導入後も同じ手厚さで期待値がずれないようにそろえておくことも大事なんでしょうね。
正木:SmartHRとしては、フィールドセールスとオンラインセールスの垣根がなくなった状態が理想の実現ですね。対象顧客の社員規模で区分けをして、必要であれば訪問の手札も使いながら進められるのが理想系です。
前田:コロナをきっかけに、「オンラインで商談しないといけない」という状況にお客様側もなっていますからね。従来のようなフィールドセールスとオンラインセールスという区分は成り立たず、全体的な「セールス」という捉え方になりそうですよね。
正木:本当にその通りで、これを機に変わっていけたらいいですね。私も対応するお客様の規模感はどんどん上げていきたいですし、がんばります。皆さんでもっとオンラインセールスのスキルを高めていきましょう!