SaaS企業にとって、特にPMF後の拡大期フェーズは避けられません。このフェーズを上手く乗りこなすことが至上命題である中でも、売り上げの拡大に欠かせないのがセールス人材の戦力化といえます。
セールスと一口に言っても、扱う商材やターゲットが異なれば、そのスキルも個別具体性を帯びてくるもの。「自社にとって」優れたセールスとして活躍してもらうためにも、大切になるのがオンボーディングのプログラムです。
即戦力化のアクションを明確にし、いかに実力を発揮してもらうのか──この観点を掘り下げるべく、ALL STAR SAAS FUNDでは、メンターの工藤慧亮さんにインタビュー。工藤さんは金融機関とITベンチャーでトップセールスを経験し、現職である株式会社SmartHRではセールスプランニングチームにて、営業チーム全体の組織開発に当たっています。
インタビューから見えてきたのは、スキルマップよりもマイルストーンを重視するプログラムでした。インタビューは、ALL STAR SAAS FUNDのVenture&Enablement Partnerである神前達哉が担当。記事末尾には、神前が考察した「Sales Enablement Programの作り方」と、「セールスオンボーディング・プログラムの事例表」を付記しています。
スタートアップであればシリーズA〜Bの企業にとっては必須、それ以降のステージでも現状の振り返りに「使える」ものになるでしょう。セールス組織の拡大前に、ぜひ参考にしてほしい記事になりました。
なぜ、ランプアップタイムを定義すべきか
神前:セールス人材の即戦力化を考えるうえで、オンボーディング期間を短縮し、ランプアップすること(※強化を促すこと)は、観点の一つになっていると感じます。工藤さんはこの点、どういう投資をしていくべきで、重要視する必然性は何だとお考えですか。
工藤:ランプアップがうまく進まないと、組織全体での売り上げがブレる要因になるのが大きいでしょう。ランプアップタイムを3ヶ月と定めると、3ヶ月後には戦力化が見込めて、期待できる概算の売り上げも設定できます。等級別に、五つ星ならこれくらい、中堅ならこれくらい……とARRが生み出せる。
そうすると、半年後や1年後に採用が順調にいった場合の売り上げも予測できます。売り上げが足りない場合にも、人員を増やすことで概算を導きやすくなる。そこで、基本的なランプアップを定義して守っていく、あるいは期間を早めていくのが重要になってきます。
神前:ありがとうございます。ランプアップタイムを定義できていない会社も多いですね。
工藤:意外と定義せずとも、会社がどんどん進化していくといったように、半年後にはもう組織が変わってしまうからでしょうね。ただ、「ランプアップタイムを定義する」を「期待する売り上げを決める」と捉えた場合、どう考えても状況ごとに決めたほうがいいはずです。難しいことでは確かにあるのですが。
神前:目安となる期間はあるのでしょうか。
工藤:一般的にはSMBであれば3〜4ヶ月、Midマーケットであれば半年、エンタープライズなら8ヶ月〜1年かなと思います。また、ターゲットを問わずに3ヶ月目くらいから予算自体はつけますが、その傾斜期間が違うのも常です。角度は会社によってまちまち。ただ、基本的には立ち上がる1〜2ヶ月前くらいから予算がつくのがよくあるケースでしょう。
神前:工藤さんが育成などに携わられていて、採用段階なのか、採用後なのかに、そういったランプアップタイムについて事前に伝えることはありますか?
工藤:私はことさら伝えてはいませんが、「3ヶ月目から予算がつきます」といった話はされているのではないでしょうか。要は「入社の期待値」と同義ですから、伝えるのであれば、面接のときから明確に言うべきかなと思います。
その認識を合わせたうえでジョインしてもらうほうが、入ってきてから方針を伝えるよりもはるかに馴染みやすいはずです。そのあたりは、採用担当の部署やマネジャーと足並みを揃えておくといいですね。
神前:他にも、揃えておくべき観点はありますか。
工藤:いわゆる「カルチャーマッチ」といいますか、会社の価値観、バリュー、ビジョンが合っているのは前提。そのうえで、セールススキルが面接時の期待値と、会社として定義しているスキルに対して、どれほどマッチしているのかを定量化していくことです。それができると、「オンボーディング期間の長さ」の違いもPDCAが回せるようになるでしょう。
採用担当者とは、募集要項の擦り合わせと、書類選考の基準の設定が大きなところです。セールスならば「10〜15ほどのスキルを持つ人が欲しい」として、スキルの一つずつが言語化ができていることが大事。それは、これまでに採用した人の成長度合いから計ることが一定で可能です。
ARRだけだと「達成している否か」の指標でしかないので、採用面での評価軸にしにくいんですね。そうではなく、面接時のスキルに対して「5段階中で4の期待値」であった人が「実は2の評価」だった、というフィードバックをもとにして、スキルアップできることで埋められるか、という観点で見るのが実際的だと考えます。
マイルストーンを重視するオンボーディング・プログラム
神前:具体的にオンボーディング・プログラムを作ろうとしているシリーズA〜Bのスタートアップ企業に対して、工藤さんが実際にアドバイスされるなら、どういったことを大切にされますか?PMFを達成し、これから人を増やしていくフェーズでは、セールスのオンボーディングも大切になってくるかと思います。
工藤:スタートアップに求められる売り上げの速さと、採用を拡大しなければならない特殊な状況下にあたっては、増員に関するルール作りを並行するのが欠かせませんね。
たとえば、セールスの活動履歴をちゃんと入力している会社もあれば、そうではない会社もあるはずですが、いったいどのタイミングから実施すべきなのか。遅すぎず、早すぎないタイミングが重要です。
それを見極めるためには、まずトッププレイヤーの要素をヒアリングして、どういったスキルがあるべきかを言語化します。自分たちの企業の営業として必要なスキルが共通化されていきます。
さらに、セールスとして「1ヶ月目、2ヶ月目、3ヶ月目……半年といった段階で、どういう状態だったのか」を聞き、それぞれの段階でどういう状況を目指すべきかを言語化していく。そこには会社の期待値と併せて、マイルストーンを作っていくと早いでしょう。
△工藤さんのアドバイスをもとに、ALL STAR SAAS FUND・神前が経験も交えてまとめた「オンボーディング・プログラムの表」。このような言語化はオンボーディングの共通化でも役に立ちます。
マイルストーンを重視するオンボーディング・プログラム
神前:マイルストーン重視の方針で進めていく際の懸念点はありますか。
工藤:それらをインストールしていこうとなったときには、案件管理の入力タイミングといった「セールスのルールやカルチャー作り」を同時に進めておくことです。欲しいスキルやカルチャーがリンクしていることで整備が早く進むはずです。
その整備がうまくいっていないと、オンボーディングプログラムだけが独りよがりな「研修」として存在し、現場とリンクしないようなことが起きてくる。セールスとして目指すべき文化も含めて、マネジャーたちと一緒に考え、型作りも変更しつつ、必要なスキルも定義し、各月のマイルストーンに落とし込んでいくことが大切です。
神前:文化作りが大事という点で、具体的に決めるべきルールは何でしょうか。
工藤:前職の話でいえば、クレドやミッションの具体化は一つ役に立っていましたね。「世界最先端の」という言葉が冠されていたとすれば、それはどういった状態であれば「世界最先端」といえるのか、などです。
一方で、オペレーショナルなスキルとして、「世界最先端」である以上は、お客様の情報は当然ながら最新に保たれ、レポートを誰もが作れ、密接な案件管理ができる状態になっていることが、その価値を生むといったチームのカルチャーが共通の基盤にありました。
このあたりが固まっていることで、チーム全体で当たり前の基準になっていたので、スムーズに馴染んでいけた経験があります。成果を上げている人はミッションに即して行動し、オペレーショナルなことができているというのが組織の文化として感じられたのは、とても好例だったと思います。
神前:部署のカルチャー、ミッション、ビジョン、バリューを策定するともいえそうです。
工藤:そうですね。現状の目線ではなくて理想から考えると、必要なスキルや、その理想にたどり着くために欲しい人材も見えやすくなります。現状からのボトムアップだけでなく、理想からのブレイクダウンというアプローチも取れる。両方あるほうがズレがないかなと。
まずはコンパクトに。スキルマップから作ることは勧めない
神前:オンボーディングプログラムを設計するときの「落とし穴」や、工藤さんにもあった反省点があれば、ぜひ教えてください。
工藤:私としては過去に2つの失敗がありました。一つは、オンボーディングプログラムを考えるのが遅かったこと。セールスの人数が多い状態で新しいルールを作ったり、必要なスキルを定義したりするのは、それだけで時間がかかってしまいますし、制作ボリュームも結構な大きさになってしまいました。<yellow-highlight-half-bold>ルールや基盤は人数が少ない状態から、必要なスキルをもとにコンパクトに作り始めるのが重要<yellow-highlight-half-bold>ですね。
もう一つは、早期から作るうえでも、マイルストーンの設定です。先にスキルマップから組み立てずに、マイルストーンを重視しましょう。シリーズA〜Bくらいのスタートアップでは定義するのが難しいと思うのですが、新しく人は入ってくるし、その人に1ヶ月後から半年後までにかけて、どういう状態になってほしいのかは言語化して伝えないといけない。
定量的な数字でもよいですし、定性的で構わないので、マイルストーンを設定してあげることからスタートすべきだったと思います。
神前:オンボーディングを言い換えれば、「新しく迎え入れた人を戦力にするための研修」だと思います。一方で、SaaSに限らずセールスは、入社してからも常にスキルアップしていかなければならない役職です。販売実績のある人の商談に同席する、マネジャーと1on1をするなど方法はさまざまです。工藤さんはオンボーディングによるスキルアップについて、どのように考えますか。
工藤:オンボーディングは「立ち上がり期」といえますが、その先にある「一人前」の状態、そこから先にある「プロフェッショナル」については、定義が会社ごとにまちまちです。では、どうなっていればそのように呼べる状態なのかを、各スキルごとにスコア化してみるのもよいでしょう。
あるいは、スキルの全体平均が一定を超えれば「一人前」と定義する。つまり、オンボーディングのスキルアップを定量化するわけですね。それによって、そこへの到達時間も測れるようになるかと思います。
あとは定性的に1on1をしたとき、一定のスキルレベルまで到達すると、やはり伸びが鈍化していくはずですから、それをキャリア観点からチェックしてあげること。そのまま伸ばしていきたいのか、キャリアを考えて異動や配置替えを考えるのか。それを判断するための情報もスキルマップの一つだと捉えています。
会社が拡大すると各チームごとにスキルのばらつきが出てくるなかで、目標への達成率と合わせて鑑みてみると、戦略的なチーム編成のストラテジーを決めるうえでも、重要な指標になるのではないでしょうか。
プログラムを作るための3ステップを考えてみた
工藤さんへのインタビューを経て、ALL STAR SAAS FUND・神前が、いかにオンボーディング・プラグラムを作り上げられるのかを考察しました。
Sales Enablement Programの作り方
どれほど優れたスキルや経験を持った人物だとしても、扱うサービスや対象顧客が変われば、初日からパフォーマンスを発揮することは難しいものです。
企業としては急成長を実現するためにもセールスやカスタマーサクセスの採用は不可欠ですが、オンボーディング期間を短くして即戦力化するための整備は、意外と見落としがちです。
採用のアクセルを踏む前に、このプログラムを定型化しておかなくてなりません。なぜなら、早期での活躍が期待できる以外にもメリットがあるからです。パフォーマンスが出ないことによる従業員の離脱防止、採用コストそのものの低減、マネジャーの管理コスト削減といった期待が持てます。
今回は工藤さんへのヒアリングをもとに、オンボーディングプログラムの作成で重要なポイントや具体的例を整理し、下記に3ステップでまとめてみました。
概ねはこの3ステップを、各企業のエース級人材の活躍や、カルチャーマッチに応じて策定していくことで、具体化できていけるものと考えます。一例として、記事内にも掲載したオンボーディング・プログラムの表を、下記よりダウンロードできるようにしました。ぜひご活用ください!