人事制度の設計は、つまるところ等級や報酬制度の構築を抜きにして語ることはできません。魅力的な組織づくりにつながるだけでなく、メンバーに期待する役割や発揮してほしい価値を言語化し、さらには採用候補者とのミスマッチングを防ぐことにもつながります。
ALL STAR SAAS FUNDのメンターとして、数多くのスタートアップの人事体制構築のコンサルティングやサポートをいただいている金田宏之さんに、等級制度と報酬制度の考え方についてお聞きしました。
2014年にスタートアップ向けの組織人事コンサルティングに特化したインプリメンティクスを創業され、ハンズオンで支援を続ける金田さんに、現場目線で「使える」考え方を教わります。
(この記事は2022年8月22日のPodcast配信版をもとに抜粋・再構成しました)
人事制度の三本柱、最も大事なのは「等級制度」
──人事制度の設計において、等級制度の役割や必要性はどういうふうにお考えですか。
金田:前提として人事制度は「等級制度」、「評価制度」、「報酬制度」の三本柱で組み立てられるのですが、僕はなかでも等級制度が最も大事だと考えています。
等級制度にはいくつかの役割があります。一つには、お互いの期待値を合わせる基準として使えます。会社から期待することを言語化したものが、等級制度における等級要件や等級定義に記されている、といえます。社員からすれば、記載の内容が自分のキャリアパスや将来の報酬を考えるための情報として扱えるんですね。また、等級は報酬の水準やレンジを決めていく際の根拠にもなります。
──「人事制度の三本柱」でいうと、等級制度と評価制度の違いがイメージしにくいです。
金田:等級制度の等級は、会社によって「3等級、4等級」「グレード3、グレード5」などと呼び表されますが、そもそも「等級とは何か」といえば、その会社における人材のレベルを表したものです。世の中一般ではなく、あくまでも会社単位の人材レベルです。そして、評価制度の「評価とは何か」といえば、一定期間における成果や行動に対する解釈だと考えています。
等級制度は、その人材が入社するタイミングまでの全ての時間舳をたどって、人材レベルを判定するもの。評価制度は、3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月といった一定期間を定義したなかでの成果や行動を解釈するもの。時間軸の観点から見ると、違いは明らかだと思います。
等級制度は、会社の変化に合わせて常にアップデートされ続けるもの
──等級制度の設計では、どういった尺度で測るべきなのでしょうか?
金田:まずは一般論で定義するならば、等級要件あるいは等級定義を作って、基準としてみなしていきます。いくつか項目立てされ、その項目がレベルによって表現されています。
たとえば、能力やスキル、リーダーシップ、バリュー、専門性、成果といった項目を立て、それぞれにおいて「レベル3の人材ならこういった能力があってほしい」「レベル4ならこういったリーダーシップを付けてほしい」「レベル5ならこういったバリューを発揮して影響力を持ってほしい」といったふうに一覧化していきます。
この内容は、具体化していけばしていくほど合わなくなってくるケースがありますから、設計のステップ1としては、抽象的にならざるを得ないところがあります。そして、ステップ2では職種に応じた等級要件を作っていきます。そのためには、「会社として人材の理想像」を作るのが大事だと思っています。この理想像が「あるべき姿」になります。
「上位クラスのマネージャーにはどのようにあってほしいのか」をまず言語化し、それをレベルごとに設定していく。設定した内容を実際の人材に当てはめていったときに、「現実と合わない部分」や「もっと強調したい部分」といった濃淡が出てきますから、アップデートしていくというのが基本の進め方です。
初めて等級制度を設ける会社であれば、一度作っておしまいということでは決してなく、毎半期、あるいは毎年のタイミングで更新していく前提でよいでしょう。求める人物が変わったり、制度運営をしていくことで新たにわかったりすることもあるからです。
等級と役職は、“ひも付けない”ほうがいい
──さまざまな会社の等級制度を見てみると、「4等級はマネージャー」「6等級はCxOクラス」といったように役職と等級が連動したケースも多いです。ひも付けたほうがいいのか、緩やかに取り決めるべきか、どのように考えますか?
金田:僕は「ひも付けないほうがいい」と考えています。確かに「5等級は部長」「6等級は本部長」といったように決めると、聞く人も作る人もわかりやすいです。ただ、その考えに当てはまる部分もあれば、どうしても当てはまらない場合も出てくるので、制度運用が難しくなってしまうんです。
──社員規模が20人〜30人ならば等級制度も全社員統一でよいのかと思いますが、最近ではSmartHRさんがオープンにされている等級制度などを拝見すると、カスタマーサクセス、セールス、エンジニア、デザイナーといった役職ごとにまた制定されていますね。100人〜200人規模になり、データも一定たまってきたら、職種別の運用も必要になるということでしょうか。
金田:そうですね。あとは、人数規模が増えると、評価者の人数も増えるのが、実は気払わないといけない部分です。
要は、評価者Aと評価者Bの言う内容が違ってくることが、人事制度の運用にとって最も致命的な問題になるからです。評価の内容がバラバラになってしまうと、人事に対する信頼感が欠けてきて、最終的には報酬にも結び付くので、社員は不満が溜まって最悪のケースでは辞めてしまうということになる。
評価者が増えたとしても納得感を持ってもらい、信頼関係を作るための制度を運用していきたいとなると、職種ごとなどの基準の細分化は必要になってきます。
等級は公開し、報酬は非公開にすべき理由
──等級制度をいかに社内へ公開していくのか、という観点も聞かせてください。制度自体は公表すべきか、あるいは「Aさんは4等級です」などのグレードも明かすべきか。あるいは、グレードによる報酬条件も公開したほうがいいのか。センシティブな人事情報とも結び付きますが、それらのガイドラインはどう考えるべきですか?
金田:各社で考え方は違うと思いますが、僕のポリシーは「等級は基本的に公開で、報酬に関しては非公開」です。
等級を公開する理由は3つあります。1つ目は、等級が公開され、等級の結果を全社員が見ることによって、経営者や評価者が人材レベルをしっかり判定していると伝わる。もちろん、判定が正しくなされていることが前提にはなりますが、人事制度やその運用に対する信頼が上がりやすくなっていきます。
2つ目は、経営側や評価者も説明責任を果たすことにつながり、等級判定への妥協がなくなる。非公開のなかで評価がなされると、悪く言えば「これでいいかな」という妥協をしやすくなると思うんです。公開ならば失敗も許されませんから、慎重な評価で臨めるはずです。
3つ目は、等級の要件や定義は、抽象度の高い設計になっているからこそ、社員に結果をもって理解してもらいやすくなる。「こういう働きぶりをすると5等級なのか、うちの会社では高い人材レベルとみなされるんだ」と思えれば、等級要件の意味や等級制度の理解も深まります。
ただ、あくまで等級判定が正しくなされていることが前提です。「なぜ、あの人がこの等級なの?」と感じさせると不満の温床になりますから、それをやりきれるのかという問題が付きまといますが、基本的には3つの理由から公開したほうがよいと考えます。
あと、僕の経験上、非公開にしても結局はバレているんですよ(笑)。目標設定のコミュニケーションなどから、メンバーがうっかり聞いてしまったりして。そうなると、非公開であることの気持ち悪さや矛盾を感じやすくなりますから……。
──しかし、報酬は非公開でよいと。
金田:正しく言うと、「一般社員には非公開だけれど、報酬を決めるマネージャー以上には基本的に公開する」ですね。評価者には等級判定をして報酬を決めることを役割として持っていただきたいので。報酬決定をする権限がない人が、報酬まで知っている必要はないでしょう。その情報を持っていたとしても、自らの報酬決定に意味をなさないと思います。
等級はその人の能力やリーダーシップの結果を解釈して判定した結果ですが、「報酬はその人の能力次第か」と問われると、一概には言えないはずです。特にスタートアップは中途採用が基本になるので、前職の給料に引っ張られたり、採用候補者の入社を促すために競合よりよい条件を提示したりと、報酬は力以外の調整余地がたくさん入ってきます。
報酬を全社員に見てもらっても、説明もできないし、不満の温床にしかならないんですね。
──採用時に、等級水準と報酬にギャップが生じたときは、基本的にどのように対策すればよいでしょうか。
金田:差額が生じたときは「サインアップボーナス」といった一時金で対応していく場合と、スタートアップならではの武器として「ストックオプション」や「株式報酬」で対応していくのが基本線です。
報酬制度で上限が1,500万円である方に対して、制度のルールとしては2,000万円は提示できないのが前提ですから、そのギャップは他の報酬項目で対応していくのがふさわしいと思っています。現金で提示をしてしまうと、全体として制度が形骸化してしまう原因になります。
もちろん、既存メンバーとの報酬差や今後の人件費など、いろいろと議論は必要ですが、それらも踏まえた上で、社員へ説明をしていく形で制度をアップデートしていく必要があります。
等級制度は採用の共通言語になる
──今のお話を引き継ぐと、採用においても等級制度が生かされると思えた瞬間が、最近ありました。プレイングマネージャーやハイレイヤーの人材を採りたいと考えたとき、その人材像の解釈が社内でバラつきやすい。そこで等級制度が共通言語になってくれると感じます。
金田:現実的には、入社前の採用タイミングで全部を見極めることは難しいとは思います。ただ、採用の経験を積んでいくと、等級の妥当性が感覚としてわかってきます。まずは経験をどんどん積んで、振り返りをしながら、精度を上げていくのがよいでしょう。
ちなみに、等級制度の設計で「等級を何段階にするのか」という議論が出ますが、僕としては段階数はあまり多くしないほうがいいと思います。自分としては、スタートアップなら7から8等級あれば十分。最も使われるのは3等級から6等級くらいでしょう。
この4段階をしっかり言語化して、社内にもロールモデルの型を作っておくための議論をしていけば、等級設定の間違いも、かなり減らすことができると思います。
──採用で等級を高く付け過ぎてオファーしてしまうという、等級設定の間違いも起こりそうかと。予防線の張り方はあるのでしょうか。
金田:僕は採用のプロではないので、個人的な意見にはなりますが、人を見ていて「何かしらの違和感が出たとき」は、必ずそれを言語化して全員で共有し、その違和感を話し合うことが大切です。その違和感を超えてでも採用してもいいのかを、採用プロセスに組み込むのが基本的な予防線です。
人材の採用ミスマッチが起きるケースは、何かしら別の背景があるものです。「このポジションが欲しい」「人材が足りなくて困っている」といったニーズが優先されて、採用基準がゆるくなるケースは起きがちです。
そこで採った後にどういうリスクがあるのかを言語化したら、「等級を1段下げて採ったほうがいいかもしれない」と検討したり、いきなりマネージャーとして採用するのではなく、3ヶ月間から6ヶ月間の試用期間を経た上で役職につけるのも手です。そういったワンクッション入れるだけでも全く違った形にはなるはずです。
昇格は6ヶ月の期間を設けて、仕組みで上げる
──昇格と降格について聞かせてください。その判定基準は、「入学要件(主に昇進・昇格において、上位役職・等級に昇格させるための判断基準のひとつ)」か「卒業要件(定義されているランク/等級を一段上がる際に、現ランク/等級で満たしておくべき要件のこと)」のいずれかが考えられますが、どちらを基軸とすべきでしょうか?
金田:僕としては、わかりやすさを重視して、入学要件で作ることがほとんどです。4等級に昇格するのであれば、再現性がある状態で4等級に引き上げても問題がないことが証明され、評価されれば、昇格扱いになるわけですね。卒業要件でも駄目というわけではありませんが、いずれにしても前提や認識をそろえた上で、制度を作っていくのがいいでしょう。
──昇格に納得感を生むには、どういった制度設計を心がければいいですか?
金田:人事制度を取り扱っているのは、基本的に評価者になる方だと僕は思っています。そして昇格は、基本的には「直属の上長が提案し、会社が承認する」というのが最も納得感のあるプロセスだろうと。自分を評価してくれる方を「メイン評価者」と定義していますが、メイン評価者が推薦して、管掌役員やCEOが会社として承認するのですね。
理由としては、昇格を決められるのは、やはりその人を最も見ている直属の上長のはずです。その人が昇格を決める、つまりは報酬を決めることにも直結しますので、その任命に責任を持って当たっていただくのが、やはり最も納得できるはず。日頃から1on1をするのも直属の上長でしょうから、最も正しい情報で運用できると考えます。
概ね、評価の期間は「6ヶ月に1回」で設計することが多いですが、そこで等級判定会議を設けて、昇格の推薦を決めて判断していきます。僕が制度をつくるとき、全ての会社ではありませんが、仕組みの特徴として取り入れることがあるのは「昇格候補者制度」です。昇格候補者を期初のタイミングで一定で握ってしまうやり方ですね。
期初に「この人は6ヶ月間で昇格する可能性が高い」とメイン評価者が判断したら、それをまずは評価者で握っておき、「昇格条件」を見立てて議論していくんですね。「この不足が補えれば昇格でもいいのではないか」といった内容ですね。
ただ、昇格候補者が全員昇格することはありません。6ヶ月間で成果が出なかった、期待する行動ができなかった、不足が改善できなかったとなれば昇格できず、また次の6ヶ月に励んでもらうコミュニケーションになります。
──昇格は、役職を上げることと同じように運用するべきでしょうか?
金田:役職は等級制度と結び付けないほうがいい、とお話ししたように、昇格(昇級)イコール役職が上がるわけではないという前提で、制度を作っていくことが多いと思います。
そのなかで「この人をVPにしていきたい」「この人をマネージャーにしてチームを持たせたい」というのは事前に握って、準備していくべきでしょう。役職の配置は本当に慎重にやるべきで、組織改編をジャストアイデア的に行うと、うまくいかなかったときの影響が甚大だからです。
最低でも3ヶ月から6ヶ月の期間を使って、候補者に役割が遂行できる能力があるのかを、他のVPやマネージャー、人事も含めて見た上で決めていくのがいいと考えます。僕は「サプライズが起きてしまったときの損失」を、いかに人事制度という仕組みで避けられるのかが大事だと考えています。
基本的に、人は自己評価が高いものです。その自己評価に対する期待値調整をした上で、足りない部分があれば適性に振り返る習慣を作っていかなければ、本人のモチベーションも、組織や周囲に対する影響も損失が非常に大きいな、と。
降格は、より慎重に。大事なのは「正直な振り返り」
──昇格だけでなく、降格のプロセスもあり得えますが、より慎重になされるべきことかなと感じます。
金田:そうですね。本人にプライドもありますし、報酬にもダイレクトに影響しますから。退職につながりかねないネガティブな部分が十分あります。
基本的に等級を変えることは、等級制度のなかの基準、要するに等級要件や等級定義に照らしてなされるべきですから、降格の場合も「何が足りていないのか」を基にコミュニケーションしなければなりません。それを本人に日頃からリアルタイムでフィードバックしていき、お互いの認識をそろえていくことが大事です。
その上で、メイン評価者として改善の見込みが立てられないとなったときに、先ほどの「昇格候補者制度」の逆で、降格対象者に「6ヶ月後にこのままだと降格してしまうよ」と開示して状況を握っていくプロセスを設けたほうがよいでしょう。ただ、僕の経験上だと、いったん降格をさせたり、降格の対象者になったりするところから復活してくるケースは、ほぼいないです。
等級制度の設計をする際にも、「いざというとき」に降格制度があるべきですから設けはするのですが、実際に発動させるとなると、会社としてその方の等級判定を間違えてしまったと捉えるべきでしょう。その点で言っても、再昇格はかなり難しいといえます。
採用のミスマッチや降格といった失敗が起きてしまったときは、正直に振り返ることが大事です。「期待する成果を出せなかった人」だけが問題視されるのではなく、「なぜ入社時に見極められなかったのか」「採用した後の環境で改善できることはないか」というふうに考えなくては、次につなげていかれませんし、また同じことが起きてしまうかもしれない。
素直で正直な振り返りは、自分たちにとっても苦痛ですが、やるべき価値は大きいです。